深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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8/17─登頂、お鉢巡り

 

 

 

今日はここで一泊し、翌日山頂に向かう──つもりだった。

 

「早く着きすぎた」

 

現在時刻はAM10:30。

登山は早出早着が基本であるが、しかし想定より早く着きすぎた。

お昼前には着けばいいなと思っていたのだが、思ったより頑張っていたようである。自分。

ともあれ、着いてしまったのなら仕方ない。受付をサッサと済ませよう。

木のベンチにザックを下ろし、山荘の中へ。

土間に立ち入り、山荘のスタッフらしきお姉さん──女将さんに挨拶する。

 

「こんにちはー。今日この山荘に一泊の予約を入れた者ですが……」

 

「あ、はい。ではお名前と予約メールの確認を……」

 

テキパキと受付が終わり、軽く雑談が交わされる。

 

「いやー、思ったより早く着きすぎちゃって、このままダラダラするのも勿体ない感じですねー」

 

「なら、いっそ山頂まで行ってみては?今から行けばお昼くらいには着けますよ」

 

指摘されて、考える。

その発想はなかった。

当初の計画ではここで一泊した後、翌日早朝に登頂という手筈で、一日目で頂上に立つなどまるで考えていなかったのだ。

健脚向けと言われる御殿場ルートだから、苦戦すると思っての計画だったが……

 

「……」

 

私は自身のコンディションを検める。

体力、もう少し休憩すればヨシ。

肉体的疲労度、とくに問題ナシ。

高山病の予兆、ダイジョブ。

食料・水分、まだまだタップリ。

そして時間的余裕……充分にアリ!

 

「じゃあ、もう少し休憩したら行ってみます」

 

私は女将さんのアドバイスに従い、登頂することに決めた。

だってさすがに暇すぎるからな。こんな事なら本を車に置いてくるんじゃなかった。

軽量化を考えて取捨選択してきたのだが、まさかの裏目に出た。

ともあれ、外に置いておいたザックを山荘に搬入。

早期到着ボーナスで寝床の位置が選べたので、壁際を指定。その布団の前にザックを置く。

寝床は見知らぬ他人と隣り合わせで何十人と寝るから、壁際を取れたのはデカい。これだけで早く到着できた甲斐があった。

 

「ふぅ」

 

ようやく人心地ついた。

全身の汗を拭い、壁に背もたれ、サングラスを外して窓の外を眺める。

青空を背景に、人々が行き交う。

皆、山荘などの目立つ建物の付近で休憩するので、標高3000mながら人口密度は高い。賑やかだ。

しかし中に入ってくる人はあまり居ないので、彼らは別の山荘に泊まるかノンストップで頂上を目指す猛者なのだろう。おかげで静かに過ごせる。

それにしても、やけに景色が眩しい。

標高が上がり、紫外線が強いからだろうか。外に出る時はサングラス必須だな。

そんなことを考えてボーッとしながら、疲れきった体を休める。

 

「さっき残したパン食べるか」

 

道中、小休憩でひと口だけ齧ったクリームパンがあった。

しかしその時は口内の水分が枯渇していて、まったく美味しく食べれず残していたのだ。

今も口の中はカラカラだが(水を飲んでも一向に湿らない)、大休憩中なのでゆっくりと咀嚼していく。

 

(すげーマズい)

 

カロリーが高く手軽な菓子パンはよく登山に重宝するのだが、この時ばかりはその選択を後悔した。

クリームに辿り着いてもダメだった。パンだけの部分よりかは多少マシだが、ダメだ。

乾いてネバつく唾液でまったく食が進まない、進めない。

マラソンの直後にバウムクーヘンを食うようなものだ。喉が死ぬ。

 

「思わぬ伏兵だった……」

 

苦労してなんとか食べ切り、水で流し込む。

あまりにも消化不良なので他になにか無いかとザックを漁ると、良いモノがあった。

疲労回復の文字が踊る、ゼリー飲料だ。

 

「昨日の俺ナイス」

 

麓のスーパーで購入していたヤツだ。

疲労回復の言葉に釣られて買ったものだったが、今はゼリーだという事がイイ。

 

「う……ウマい……ッ!」

 

レモンの酸味とゼリーの喉越しが最高だ。

もし次また富士山を登りに来たら、絶対にゼリー飲料を再び持ってくる。パンはクビだ。

後はおやつカルパスやグミをダラダラ摂取し、景色をボケーッと眺める。

 

──気付けば1時間も経っていた。

 

「ゆっくりし過ぎた」

 

11:30頃、私は気を取り直してようやく立ち上がる。

ザックはここに置いていっていいとの事なので、持ち物を厳選する。

スマホ、サイフ、ヘッドランプの入ったサコッシュを腰に巻き、帽子タオルサングラスを装着。

未開封500mlの水を片手に、いざ。

ちょうど目の前に女将さんが居たので、今から山頂に行く旨を伝えるとこんな事を言われた。

 

「あ、雨具を持っていった方がいいですよ。午後は天気が崩れやすいですから。特に山頂は」

 

現在、雲はそこそこあるがおおむね晴天である。

雨の気配など正直まったくしない。だが、日頃から富士山で働く山荘オーナーのアドバイスである。

私の感覚よりもよほど信頼性のある助言に、私は素直に従った。

知識としても一応、午後の山の天気は崩れやすい事は知っている。

私は雨具の入った袋をサコッシュの紐にブラ下げ、準備を整えた。

 

「じゃあ行ってきます」

 

「はいいってらしゃい」

 

快く挨拶を交わし、出発。

周りの皆が重いザックを背負ってヒィヒィ登っているその横を、身軽な体でグングン進んでいく。

 

(これなら早く着けそうだ)

 

あと高低差700mばかし登れば頂上だ。

ザックからも解放された今、もはや登頂は目の前と言っても過言ではない。

そう、思っていたのだが……

 

「はぁ……はぁ……っ」

(調子に乗って速く歩きすぎた……!)

 

早々に遅々とした歩みになる私。

それも当然だった。

足場はゴツゴツとした岩場に変化し、無限の階段として立ちはだかっていた。

加えて現在の標高は3000m超え。酸素の薄さはあまり実感がないが、それでも平地より体力の消耗が激しいことは事実だ。

そして、気温が意外と下がっていないのも誤算だった。

 

(ビール飲みてぇ!キンキンに冷えたビール!)

 

滴る汗をタオルで拭い、ひたすらに登る。

ここからはいよいよ記憶が曖昧だ。

写真を撮る余裕もなく、ただ歩く。登る。上を見つめる。

申し訳程度に張られた柵代わりのロープが延々とジグザグに続いている。

確実に頂上に近づいているのだが、近くなったからこそ見えなくなる頂。

いつまで登らなきゃならないんだ……

喋る人もおらず、黙々と歩きながら頭の中で愚痴る。

 

(ん?)

 

ふと、軽くめまいがした気がした。

少しだけクラリときた程度だが、なんとなくイヤな感じがして立ち止まる。

そして深呼吸。

ゆっくり息を吸い、口をすぼめて細く長く吐き出す。

高山病だろうか。

私は、自分が高山病になると予想していた。

ここまで特に問題なく登ってきたが、ついに来たかと呼吸を意識する。

近くの岩に腰掛け、水を飲み、グミを食べてしばらくボーッと過ごす。

 

「……んー、まぁ大丈夫かな?」

 

すでに目眩は収まり、呼吸も正常だ。

処置が良かったのか、ただの目眩だったのか。

詳しくは分からないが、とりあえず大丈夫そうなので歩みを再開する。

念のため、歩くペースをゆっくりめに意識する。本当に高山病だったら恐いからな。

それでも荷物の少ない私の歩みは速いようで、結構な人数を抜いていく。

その途中で、大学生の男だらけグループも抜いた。

このグループはだいぶ最初の方から抜かし抜かされを繰り返していて、私が山荘でダラダラ1時間過ごしている時も歩き続けていたようだ。

その1時間のアドバンテージを、軽装な私は塗りつぶしたようだ。

休憩をたっぷり取ったのも良かったのだろう。時には大胆に休憩することも重要だなと身をもって実感した瞬間である。

別に競争しているワケではないが、正直彼らを抜き去って嬉しさが込み上げてしまう。

どうしようもない野郎だ。

そんな感じで少しだけ元気が出た私は、調子に乗ってグングン進む。

するとようやく、ようやくソレが見えた。

 

「鳥居だ」

 

木製の年季の入った鳥居が建っていた。

これは……、来たのか?

歩くのに必死で、かつルートは明瞭だったので現在地の把握をしていなかったが、ついに到達したのか?

ラストスパート……などできる訳もなく、一歩一歩確実に踏みしめていく。

一際デカい岩場をなんとか通り過ぎ、そして遂に鳥居をくぐった。

 

「着いた……」

 

──13:00、富士山3778m、登頂。

 

地面に埋まる三角点が私を出迎える。

私はそれを記念にパシャリと撮るが、ぶっちゃけまったく元気はなかった。

 

(疲れしかない)

 

鳥居をくぐった瞬間「うぉおーー!富士山登ったぞーーー!!」と脳内では叫び散らかしていたが、実際はハァハァ言ってるだけである。

叫ぶ気力も、度胸もなかった。

なぜなら頂上には人がいっぱい居たからである。

 

(登頂者のバーゲンセールかよ)

 

というより、バーゲンセールが開催されている店舗でもあるのかというほど人でごった返していた。

日本百名山で一番低い標高で、ケーブルカーとロープウェイを牽いている筑波山の山頂と同じくらい賑やかだ。

これが日本一の高さの景色か……ッ

一番キツい道を進んできただけに、頂上のこの喧騒にはガッカリ感が否めなかった。

まぁお盆だし、世界遺産だし、人が集まる理由を上げれば枚挙に暇がない。

 

「ふぅ。……行くか」

 

あまりテンションの上がりきらなかった登頂だが、真の登頂はまだだし先もだいぶ長い。

約3kmにも及ぶ火口の一周──お鉢巡りだ。

御殿場登山道から上がってきた私は、反時計回りに回ることにした。特に理由はない。

しかしこのお鉢巡り、中々の曲者だった。

まず、意外と恐い。

左手には深い火口(約200m)があり、右手なんてもはや切り立った崖である。柵なんてものはない。もし足を滑らせたら終わりである。

雲が湧いているお陰で視界も悪く、疲れでフラつく足を踏ん張って歩く。

 

(思いのほか、残り体力がない……)

 

頂上に着いたことによって気が抜けたのか、歩みが安定しない。

それに、頂上だというのに高低差がだいぶある。

自分の思っている以上に消耗している体力が、されに消費されていく。

道のりは長い。

そんな危うい状態で進んでいくと、さらに人だかりの多い場所に出た。

何やら小屋が立ち並び、もはや比喩ではなくバーゲンセールの開かれた市の様相を呈していた。小屋も大体すべて売店であるし。

どの山の頂上でも、お昼付近の時間帯となれば必然的に人が集まる。

だが富士山は異常だ。下界と遜色ない人口密度。

 

「さすが……世界遺産」

 

御殿場ルートを選んで登山する人は他のルートに比べて少なく、かつルートが最長なので人の集団などできないから油断していた。

しかも皆、割と元気だ。他のルートはそんなに楽なのだろうか?

私がフラフラ歩いていると、ふと思った。

 

(炭酸が飲みたい)

 

山荘からここまで水だけを飲んできて、少しだけ刺激が欲しくなった。

一応酸っぱいグミもまだあるが、違うんだ……。飲み物の、炭酸の刺激が欲しいんだ。

炭酸を求めて富士山特価(高値の意)の売店をさ迷っていると、 ゴミ袋の中に大量に転がる瓶類を見つけた。

 

「オ〇ナミンC!」

 

今の私にベストでジャストな飲み物だ。

私は炭酸を大量に摂取するとしばらく行動不能になるほど腹が脹れてしまうので、こういう小型の炭酸がイチバン欲しかったのだ。

しかし気になるのは、ゴミしか見当たらないこと。

私は売店のおじさんに話しかけた。

 

「あの、このオ〇ナミンCって売ってます?」

 

「いや売ってないよ。俺らが飲む用だから」

 

なんという事だ……

他のペットボトル飲料は盛大に売っているのに、瓶系だけピンポイントで売っていないのか!?

飲みきりサイズが欲しかったのに、これじゃあ炭酸を飲むことは叶わない。

500mlペットボトルだと飲みきらないし、何よりまだまだ歩くから炭酸が爆発してしまう。諦めるしかないようだ。

 

「そ、そうですか……。じゃあこっちのスポーツドリンクください」

 

「あいよ」

 

妥協してスポドリを購入。

屋内に座れる土間のスペースがあったので、そこで残っていた水で手と顔を軽く洗い、気怠い気持ちをリフレッシュさせる。

切り替えていこう。お鉢巡りはまだ四分の一くらいしか進んでいない。

空になったペットボトルをゴミ袋に捨てさせてもらい、水分ゲージ満タンで再出発。

……お鉢巡り、見どころはいっぱいあったのだろうが、この時の私にそこまで動き回れる元気はなかった。

ゾンビのような足取りで経路をただ進むだけ。

途中で見晴らしのいいちょっとした高台に頑張って登り、お鉢巡りの景色を動画に収めたりしたくらいで、正直記憶が薄い。景色も雲に囲まれていて下界も見えなくなっていたし。

だがここで記憶が鮮明になる。

 

「マジか」

 

お鉢巡りをようやく半周したあたりで、ポツリポツリと雨が降り出してきたのだ。

そして瞬く間に雨足が強くなっていく。

 

「こんなに急に降ってくるとはッ」

 

私は道の端に避け、急いでレインウェアを着込む。

急いでいたので靴を脱がずにズボンを履こうとするが、突っかかる。だけどムリヤリ通す。

着替え終わった頃には、普通の勢いくらいの雨が降っていた。

ありがとう山荘の女将さん。貴方のアドバイスに従っていて本当に良かった。

私の雨具はバイク用品店のつよつよ防水透湿性能を持っているのだ。普通の雨などなんのその。上下合わせて1万円だ。

 

「……」

 

サアァ……と、霧雨と雨粒の中間くらいの雨の中を歩いててしみじみ思った。

レインウェア無かったら低体温症で死んでるな。マジで。

一気に冷えてきた。

雨具の中は体温が絶妙に保持されていて温かいが、外気温が急激に下がってる。

さっきまで軽く汗をかいていたし、レインウェアを持ってきていなかった世界線の私はこの場で死んだな。

冗談抜きで命の恩人の女将さんを心の中で拝みつつ、ゆっくり歩く。

旧富士山測候所の丸い建物が見えた。

アソコの隣が富士山の真の頂上、剣ヶ峰だ。

まぁ真の頂上と言っても、周りよりちょっと小高いだけだ。そんなに気合を入れて登る場所ではない。階段だし。

だが思わぬ事態に遭遇する。

 

「マジか……こんなトコで、行列……」

 

頂上には立派な碑があるのだが、それと隣に並んで記念撮影するために列が出来ていた。ざっと10数人。

大人しく最後尾に並び、雨の降るなか静かに待つ。

撮影するだけだから直ぐに順番が回ってくるだろうと思っていたのだが、なかなか列が動かない。

しかし憤る体力などなく、ただボケーッと突っ立ってひたすら待つ。

そして私の番が来た時には、私とその後ろに並んでいた青年だけになっていた。

え?あの列は幻覚?

しかも後ろの青年に、サッと順番を越された。

恐ろしく速い順番抜かし。俺は見逃した。

スマホを渡され撮影してくれと、恐らく中国語か韓国語で話される。さっきの列の人たちも、こうして待機列の人に撮影を頼むシステムだった。

私は憤る体力もなく(2回目)、適当にパシャパシャ撮る。

 

「え、おい、ちょいちょい」

 

そしてサッサと去ろうとする青年をギリギリ捕まえ、指で「役柄交代」のジェスチャー。

どうやら私の意思は伝わったようで、青年は私のスマホを構える。

ようやく記念撮影にありつけた。

私は碑の隣に立ち、無難な片手チーズで写真を撮ってもらう。メチャクチャぎこちない笑顔だった。

こうして日本最高峰の記念撮影は完了した。

雨に降られるし、順番抜かされるしで踏んだり蹴ったりだが、ともかく登頂完了だ。

 

さぁ、ならば早く山荘に帰ろう。

 

剣ヶ峰から御殿場ルートへ向かうお鉢巡りの道は、けっこうな斜面だった。もし時計回りだったらキツかっただろう。

斜面を下ったところに浅間大社があったが、私はチラッと覗いただけでほぼスルーした。

もう休みたくて仕方ないのである。

でもいざ富士山の頂上の場から去るとなると、途端に名残惜しさが込み上げてくる。こんな所、そうそう来れないからな。

広場のようになっている場所で少しうろちょろして、最後の頂上を噛み締める。

 

「しかし、本当に人が多いな」

 

御殿場ルートの他に3つ、御殿場に比べれば楽なルートがあるが、それでもキツいだろうに。

割とラフな格好の人が多くて困惑する。ガタイのいい外国人なんて半袖短パンだ。

しかし中でも目を引いたのは、とある三人組だ。

彼らは盛り上がっている土にツェルトを展開させて横になり、寝ていた。

お昼寝にしては、雨の降る中とはロケーションが悪すぎるだろう。

もしや、アレで夜明けまでここに居るつもりか?

ヤバいな。

高度3000mの領域でも、人は実にたくましいという事を実感した。真似したくはないが。

そんな魔境からいよいよ離脱する。

お鉢巡りを一周し、元の御殿場ルートに戻ってきた。

道が本当にこれで合ってるか、よく確認。もし間違えてたら登り返すのイヤだからな。

標識とスマホで二重チェックし、間違いないことを確認。ヨシ!

 

──14:30、下山を開始した。

 

 

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