──9/18、3:00起床。
辺りは当然のごとく真っ暗だ。
早寝したのでこんな時刻に起きてしまったが、予定通りではある。ごめんやっぱちょっと早すぎ。
「とりあえず起きるか」
良質な睡眠が取れたのか、妙に目が冴えていたので一旦起きることに。
テントのチャックを開けるジーーッという音が、静かなキャンプ場にイヤに響く。
「おぉ……星スゲェ」
夜露に濡れながら感嘆する。
夜空にはマンガのような満点の星空が広がっていたのだ。
星を眺めながら、サンダルを履いてひとまずトイレへ。
トイレから戻ってきてからも、私は前室を開けたままテント内で横になり、夜空を眺め続けた。
(気温も、寒すぎない涼しさで丁度いい)
夏の夜。
現在地の標高は1500mを越す場所だが、とても過ごしやすい環境だった。
私はその状態のままウトウトと、気付けば4:00。
「さすがに冷えたな……。予定通りの時間だし起きるか」
まだ空が白む程度の明るさ。
意を決して上体を起こし、朝メシの準備に入る。
今回は粥をいただく。
時短と手間を省いてパックの粥を買ってきた。お湯でグツグツ温めればいいだけなので楽すぎる。
冷えた体に温かい粥が身に染みる……
「ちょっと物足りないな」
そう言いつつビスケットを齧りながら、ゴリゴリと豆を挽き、先程お粥パックを温めたお湯でコーヒーを抽出。
朝はやっぱコーヒーだな。お粥との親和性はないけど。
「よし、撤収」
エネルギーを取り込んだので、そそくさと荷物をパッキングしていく。
寝袋をしまい、テントの中身をリヤカーに仮積みして空っぽにし、テントを畳む。
ザックとサイドバッグに全ての荷物を詰めこみ、リヤカーに積載。忘れ物がないか見渡してチェック。ヨシ!
「それじゃあ出発だ。……朝からしんどいな」
まずはバイクの置いてある受付駐車場まで、リヤカーを引っ張って約1kmだ。朝イチの運動量じゃねぇ。
朝メシの時は薄暗かったが、夏なのですでに辺りは明るくなっていた。ちょっと雲が多めだな。
朝露に濡れる山道を、ヒィハァ言って歩く。
最後、駐車場にたどり着く手前が坂になっていてさらに体力を削られる。
おい、私はこれから登山するんだが……っ
「バイクにっ、到着ッ!」
5:30──、朝露まみれなバイクの前で、早速地面に座り込む私。
しかしあまりゆっくりしては居られない。
リヤカーから荷物を下ろし、リヤカーを倉庫へ返却。
キャンプ許可証も専用ポストへ投函する。
マイクロファイバーで、ずぶ濡れなバイクを拭きあげる。
ここはキャンプ場の専用駐車場なので、白砂山登山口の駐車場までバイクを移動しなければならないのだ。昨日の砂利の駐車場である。
バイクにサイドバッグを取り付け、ザックは背負って愛車に跨った。
「さて、行くか」
セルを回す。
登山口駐車場までは距離にして数百mだが、バイクを押しがけして移動するには長すぎる。押しがけは意外と体力を消耗するのだ。
そんなワケでエンジンを始動させたのだが……
キュキュキュキュキュ!キュキュキュキュ!
「ウソだろ!?動かねぇ!」
夜間の冷えと、今だ上がりきらぬ気温でバイクがヘソを曲げていた。
まさか夏の一夜でここまで冷えるとは。山はキャブ車に厳しいな。GW北海道ツーリングの然別湖を思い出すぜっ。
故障の線は薄い。バッテリー等はまだ交換したばかりだし、何より昨日までブイブイ言わせていたのだ。確実に冷えが原因である。
チョークを引き、二度、三度とセルを回す。
キュキュブブ、ッブオンブブブブブブブ!
「よぉし!」
ようやく点火したが、アクセルを回していないと直ぐに止まってしまいそうだ。
『ブブブブ』が『ブオオオオ』になるまで、低回転を維持し続けて暖気する。
しかし……
「なかなか
よっぽど冷えていたのか、5分くらい経ってもまだ心許ないエンジン音を奏でる
さすがに時間が掛かりすぎだ。
「うーん……、つーか直ぐソコだし、もう行くか」
早朝の静かな山奥でエンジンを轟かす、この悪行。
キャンプ場は1kmほど離れているとはいえ、絶対あっちまで響いてるだろう。というかコッチにはロッジが建っている。
うるさくしてすみません。もう行くので勘弁してください。
私はトロトロと出発進行し、5分と経たず白砂山登山口の駐車場へ。
昨日は釣り客も居て結構な数の車が駐車していたが、現在は片手で数えられるほどだ。
私は広い駐車場の隅っこに停めて、持っていく荷物を確認。ヨシ。
革ジャンをサイドバッグにしまい込み、登山口へ。
登山口の真ん前には一台の車が停まっていて、二人組の婦人が待ち構えていた。
「おはようございます。これから白砂山ですか?」
「あ、はい。おはようございます。白砂山登ります」
山岳会の人だろうか。
展開したテーブルに地図を広げ、「登山届けを出してますか?」「ここ、道が分かりづらいので注意してくださいね」などと確認してくる。
私の他にも、たまたま居合わせた老夫婦と、単独の中年男性にも同様の注意喚起を促していた。
「では、気を付けていってらっしゃい」
私たちは一通り確認されたあと、心良く送り出された。
6:00──、私、老夫婦、中年男性の計4人で白砂山登山スタートである。
老夫婦の一組以外、全員が赤の他人であるが、なんとなく流れで一緒に歩くことに。
「あらぁ、お独りで登山に?凄いわねぇ」
「いえいえ。お2人こそパワフルですね」
適度に雑談しながら森の中へ。
始めは登っていたのだが、しばらくすると道は下りに。おいおい、まだスタートしたばっかだぞ。
この道は一度、沢まで下りきってからようやく本格的な登りが始まる。そこからが真のスタートラインだ。
とはいえ……
「メチャクチャ下りますね」
「そうねぇ。あ、先どうぞ。私たちはゆっくり行くから」
老夫婦に先を譲ってもらい、サクサクと下っていく。
標高がもったいないと思うことしばし。
ようやく沢がお目見えした。
「地味に水量があるな」
最近雨が降った影響だろうか。
行けるには行けるが、渡るには躊躇する程度には水が流れている。
気を付けて渡らなければ、登山靴が中までびしょびしょになってしまうだろう。
「お先、失礼します」
私が悩んでいるうちに、中年男性はそそくさと先に行ってしまった。
上手い具合に突出した岩の上を行き、沢を半分渡ったところで木製の細い人道橋に辿り着く。
この橋、何故か沢の中央部分にだけ鎮座しているのだ。向こう岸も沢を渡りきらず、途中で途切れている。
増水して沢の幅が広がったのだろうか。
うーん。……というか、小腹が空いたな。
朝メシのお粥だけでは足りなかったのと、リヤカー牽きでエネルギーを消耗したからだろう。
沢を渡る前に、私はカロリーメイトをひと袋食べることにした。
「あらやだ、川だわ」
のんきに食べていると、老夫婦に追いつかれた。
互いに会釈し、老夫婦はそのまま「先行くわね」と沢を渡っていく。
途中でフツーに沢に足を突っ込んでいたが、彼らは気にすることなく進んでいった。
人が居なくなり、サワサワと心地よい空間が流れる。
せせらぎをボーッとしばらく聞いていたが、ゴミをしまい、水をひと口飲んで意気込んだ。
「よし、行くか」
水に濡れぬよう岩の上を伝い、慎重に歩く。
濡れているので滑りやすい。
四方八方からロープで固定された木製の人道橋に足を掛け、渡る。
橋の上からだと、流れがけっこう急に感じるな。
ちょっと身構えたが、特に問題なく渡り終えた。警戒しすぎたかな。
そこからはいよいよ本格的に山道だ。
「……」
鬱蒼と茂る山の中を、ひとり黙々と歩く。
チリンチリン、と、熊よけの鈴。
自分の足音。息。
葉のこすれる音。微弱な風。
他に音は、ない。
「はぁ……はぁ……」
高度を上げてきた朝日が、木々の隙間を縫って差し込んできた。
下界はもう暑くなってきただろうか。
今の私は登山により体温が上がり始めているが、空気は涼しい。
真夏の時期に長袖Tシャツ1枚がとても快適である。
丁度いい気温に身を委ねつつ、ひたすら黙々と山、山、山。
深い緑の中を歩き続けていくと、中年男性に追いついた。
「どうもー」
「ああ、どうも。速いですね。老夫婦にも追い抜かれちゃいましたよ、僕」
少し開けた場所で休憩していた中年男性。
私もそろそろどこかで休憩を取りたいところだな。
男性を追い抜いてしばらく進むと、右手の奥まった方に何やら標識が。道から外れて確認してみる。
1802m、地蔵山──白砂山に向かう途中に点在する、ピークのひとつだ。
ちょっと分かりづらい位置にあるな。ピークなので周りより小高くなってはいるが、展望は何もない。
まぁ丁度いいのでここで小休止とする。
ザックを下ろしてグミをモグモグしていると、中年男性がやってきった。……が、私にもピークにも気付かずスルーして行ってしまう。あらら。
肩を回してストレッチしながら、5分ほどで出発。
現在時刻は7:30。けっこう良いペースだ。
「……しかし、足元が泥でグチャグチャだな。靴が泥だらけだ」
昨日のキャンプ場での雨はそうでもなかったが、この山奥ではそこそこ降ったのだろうか。そういえばテントで寝てる間にも、ポツポツと降っている音が微睡みに聞こえたような……気がする。
水溜まりこそ無いものの、地面がぬかるんでヌチャヌチャだ。泥が付着して足が重い重い。
泥に苦戦しながら歩いていると、ふと足下にソレを見つけた。
「何だこれ?白い丸……」
緑と黒の地面に、キレイに真っ白な円がひとつ。なんだコレ?
しゃがんで見ると、紛れもなくキノコであった。柄もササクレもすべてが真っ白な、純白のキノコ。
立った状態だとキノコの傘だけ見えていたようで、まるで人工物のような真っ白い円に見えたのだ。
後になって調べてみると、ドクツルタケだった。『殺しの天使』の異名を持つ猛毒キノコ。
「超キレーだし、1本だけ生えてて可愛い」
そんなことを知らぬ私は呑気にキノコを愛でる。天使と言われるだけあってマジで綺麗なのだ。
故に、私は触らなかった。
猛毒だという事は知らなかったが、しかしあまりに目立つその姿は無知な私でも危険を感じたのだ。なので写真を撮るだけに留まった。
キノコ=毒という認識である。素人がキノコに触ってはいけない。
「さらば」
殺しの天使に別れを告げ、歩き出す。
それから1時間ほど山道をえっちらおっちら、グングン進む。
「お、景色が開けてきた」
高度が2000mを超え、木々の背丈が気持ち低くなってきた頃。
その向こうに稜線が見えた。その稜線上に、まるで獣道のような登山道が続いている。
「おぉ、あそこ行きてー。ルート的にアレを通る……よな?」
今から行く道に思いを馳せながら、本日2つ目のピークに到着。
──8:40、堂岩山2051m。
「またまたどうも」
「はは、どうも」
再びの休憩中の中年男性。どうやら歩くペースは私の方が少し速いようだ。
軽く雑談を交わし、そのまま一緒に歩き始める。どうせ行き着く先は同じだ。
酸っぱいグミを食べつつ、蕾のリンドウに彩られる道を成人男性2人が往く。
少し歩くと、ここまで一本道だった道が逆Y字に分かれた。私たちは逆Y字の左側だ。
分岐地点で景色が広がる。
「アレが白砂山か」
およそ2km向こうに鎮座する、今回目指す頂き。
遮るモノのない稜線だからか、山頂が遥か向こうに感じるな。あと高低差がけっこうある。
それにしても、どっちを向いても山だらけだ。四方八方を、2000mを越す山々に囲まれている。
極限まで人工物のない世界。
見晴らしがいいため、稜線に老夫婦の歩く姿が見えた。けっこう近くに居たんだな。
観天望気もしやすい。
東側は晴れ、北西は曇りの絶妙な天気。
気温もちょっと涼しいな……、上着を着込む。
さっさと登頂した方がいい。
「じゃあお先に行きます」
ここでまた休憩していくという中年男性を置いて、ひとり歩き出す私。
逆Y字路を直進、道は一旦下りに。
自分の背丈と同じくらいの植物が生い茂り、人ひとり分の道幅をバザバサと掻き分けて進んでいく。
皮膚を出してたら枝で擦り傷だらけだな、これは。
しばらく枝葉と格闘しながら突き進む。
「痛たた……、人が通ってないって感じがするな」
さすがは今日の登山客、今のところ4名の山。秘境極まれり。
途中で泉……いや、沼だな。沼が出現し道が広くなるも、直ぐにまた茂みの中へ。
「服とか破れちゃわないか心配……、お」
茂みを進んでいくと、標識の柱が出てきた。
猟師の頭。──9:10。
白砂山頂上前でのピークだ。稜線上なので景色も良い。
頂上まで残り1.3km。
ここから先は茂みが無くなり、岩場に変化する。
右手には常に谷底が広がり、転んだらひとたまりもない。気を付けなければ。
「ふぅー……、お?」
気合を入れて歩いていくと、次第に老夫婦に追いついた。どうやら休憩中のようだった。
「おやぁ、また会いましたねぇ」
「あらら、追いつかれちゃったか」
別にレースをしてるワケではないが、まぁ気持ちは分かる。
頂上までもう少しだからな。
「はは、お先失礼します」
軽く会釈して先を進んだが、思いの外ここら辺は傾斜がキツくて乳酸が溜まる溜まる。
岩場に腰を下ろしておやつカルパスでエネルギー補給していると、老夫婦に追い抜かれた。
互いに会釈する。
こんな感じで追い抜き追い越されを繰り返し、残り数百mの道のりの果てに。
ようやく辿り着いた。
「はぁ……はぁ……、っ着いたぁ……」
──10:00。
白砂山2139m、登頂である。
「お疲れさま」
ちなみに老夫婦の方が先に