深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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頂上にてゆっくり1時間、下山

 

 

頂上直下は地味に急登だった。

最後は頑張って一気に登りきったので体力はスッカラカンである。

ザックを放って余韻に耽ける。

 

「あー、キツかった〜」

 

「ですよねぇ。最後の方、急なんですもん」

 

やはり同じ思いを抱いていたようだ。

しかし急登だっただけあって、景色は素晴らしかった。

周囲360°に白砂山と同レベルの山域が遥か向こうまで連なり、圧巻の一言。

熱い日差しに冷たい風が心地いい。

もうこれ以上登らなくていいんだという開放感に包まれる。

そんな感じでしばらく老夫婦たちと登頂の喜びを分かち合っていると、主人が立ち上がった。

 

「俺ァちょっと向こう側の、三県境を見に行ってくるわ」

 

白砂山は稜線上の頂きである。

なのでそのまま直進できる道が続いており、この主人は頂上を超えてさらに奥地へ行こうとしているのだ。

一応登山道としても表記されている(県境トレイル。なんか日本最長のトレイルコースらしい)し、道も開拓はされているのだが……、私たちが通ってきた道ほど整備はされていない。踏み倒された草でボーボーな道だ。

 

「ちょっと行ってくるわ」

 

ザックをデポし、主人は歩いていった。元気だなぁ。

私と夫人は疲れたので待機である。ぶっちゃけちょっと行きたい気もしたが、しかし疲労に軍配が上がった。

さて、ではお腹もいい感じに空いてきたので、私は昨日の夕食と同じラーメンを作ることにする。2食分の片割れだ。

ローテーブルを展開し、その上にガス缶バーナーon水入りクッカーをセッティング。

ファイア。

ボォオーッ!と勢いよく吹き上がる炎を、クッカーが一身に受け止める。

 

「……少し肌寒いな」

 

この時、山頂はすっかり雲に覆われて視界がゼロになっていた。懸念通り、ひと雨来るかもしれない。

風も出てきて、そのせいで気温体温も下がり、涼しいを通り越して寒さを覚えてきた。登頂時に脱いでいた上着を再び羽織る。汗も引いたしな。

 

「けっこう寒くなってきたわね。あの人、大丈夫かしら……」

 

夫人も、軽くなにか食べながら天気と夫の心配をする。

主人はだいぶ向こうまで歩いていったようで、中々帰ってこない。稜線歩きだから迷うことはないだろうが、この天気が心配だ。

 

「はぁ、はぁ、……どうも」

 

主人の行方を探っていると、中年男性が登頂してきた。これにて一応、今日の登山メンバーが山頂に集結である。

 

「お疲れさまです。さっきまではギリ天気良かったんですけどねぇ」

 

「ちょうど雲が出てきちゃって」

 

「え、そうなんですか。タイミング悪かったなぁ」

 

軽く雑談しながら、話の流れはここに居ない主人の話になる。

 

「あー……、アレじゃないですか?」

 

全員で主人の向かった方向を探る。

景観こそ雲で見えないものの、稜線上はけっこう向こうまで見渡せるのだ。

目を凝らせば、コチラに戻ってくる小さな人影が見えた。目的は達したのだろうか。

私がラーメンを食べ始めた辺りで、主人が帰ってきた。

 

「いやぁ、三県境は見つからなかったよ。何もなかった」

 

残念な結果だが、どこか満足そうな主人だった。登山なんて自己満足の極みだからな、本人が納得出来ていればそれでいいのだ。

老夫婦はその後もう少し休憩した後、ひと足早く「ではお先に」と下山していった。

私もラーメンを食べ終え、食後の休憩がてらビスケットを貪る。

ソロ男性もしばらくゆったりしていたが、私がラーメンの後片付けをしている内に「じゃあ僕も先に失礼します」と下りていってしまった。

ぽつねんと取り残される私。

 

(まぁ俺がゆっくりし過ぎなだけか)

 

ラーメン程度の手間でも、山だと時間はあっという間にすぎる。

良い悪いで言ったらまぁ割と悪い。

山頂という限られたスペース(山によるが)を独占することになるし、頂上ゆえに遮るものがなく、かつ山の天気は移ろいやすいからだ。

今日は比較的速く登頂できて、人も少なく、天気も持ってくれているからいいが、少し調子に乗りすぎた感はある。

 

「俺も行くか」

 

最後にぐるっと360°撮影して、出発。

周囲は完全に雲に取り囲まれていた。

と言っても濃霧のような悪質な視界不良ではなく、景色が堪能できない程度のふわふわ雲だ。登山道とその先はハッキリ見える。

岩場を気を付けながら進み、再びの猟師の頭へ。

そこに先ほどの中年男性が居た。

 

「いやー、すぐ疲れちゃって参っちゃうね」

 

「けっこう道が急ですからね。まだ11時過ぎたくらいですし、ゆっくり行きましょう」

 

そんなことを言いながら私は先行。

とりあえず逆Y字の分岐地点まではノンストップで行こうと決めていたのだ。

 

「あ、こんにちは」

 

「こんにちはー」

 

気合を入れて歩いていると、ようやく新規の人とすれ違った。

こちらもソロの男性で、今から頂上へ向かうようだ。

正直、もう天気が怪しいのであまりオススメしないが、まあここまで来たらもうすぐだ。

佇まいに玄人感が出てるし、心配するだけ無駄だろう。

そんな彼を見送り、12:00──

 

「ふぅ。ようやく戻ってきた」

 

逆Y字分岐点まで戻ってきた。山頂側視点だと正Y字だが。

私はこの後、元来た道(右手)……ではなく左手から下山する。

そこそこ遠回りになるが、白砂山登山では割とポビュラーなルートだ。あともうひとつのピーク──八間山を踏んでからの下山となる。

もちろん、最終的にはきちんとバイクを置いた駐車場にまで戻れる道だ。

……と、一旦ザックを下ろして休憩する。

 

「ふぅ〜……景色はいいけど疲れるな、この稜線は」

 

今しがた下りてきた白砂山を振り向く。

この稜線の往復だけで2時間くらいか。

しかも頂上で1時間もまったりしてしまったから、もうお昼を回ってしまった。

 

「……ちょっと失礼しちゃうか」

 

私は右を見て左を見て、他の登山者が居ないことを確認すると茂みに向いた。

ちょっと用足しである。すまんな、ガマンできなかった。

 

「ふぅ。さてと……」

 

時間的にはまだ全然余裕がある。もう下山ルートに入っているし。

しかし天気が危なかった。

頂上付近の真上に厚い雲が鎮座し、もうあそこは降っていてもおかしくない見た目だ。

気付けば周囲からもモクモクと、底が暗くて立ち上ってくるやる気のある雲だらけである。ヤベェな、あれ全部入道雲か?

私が立っている周辺の空はまだ青空だが、そこを埋めるように雲たちが迫ってきている。

ちょっと焦るか。

 

「どうもどうも。雲がどんどん増えてきましたねー」

 

そんな事を考えていると、中年男性が追いついてきた。

私はもうザックを背負っていつでも出発できる出で立ちで、挨拶を返す。

 

「そうですね。頭上は晴れてるけど、雨がいつ降り出してもおかしくない感じですね」

 

降ってきても道具は一式あるので問題は無いのだが、どうせなら降らないでほしいのが本音である。

雨は雨で趣きがあるのは理解しているが、今は求めてない。

 

「僕は来た道をそのまま戻って下山します。そちらは?」

 

「俺は八間山の方からグルっとしてくる感じです」

 

どうやらここでお別れのようだ。

互いに手を振って「気を付けて」と歩き出す。

 

(さて、気ままな一人歩き復活だ)

 

老夫婦がどっちに行ったのかは分からないが、恐らく八間山ルート──私と同じ道だろう。なんとなくそんな気がした。根拠はない。

しばらくは右手に樹林、左手に山々を眺めながらの稜線歩きとなる。

そんな景色を眺めつつ、先程より強くなってきた風を浴びながら進む。

 

「絶妙な気温だな」

 

高度が下がって樹林帯にまでやってくると、風が阻まれて生ぬるい気温になってきた。

雲は多いが、クリティカルで太陽だけが顔を出していて眩しい。

歩いているとだんだん暑くなってきたので、上着を脱ぎ、サングラスを装着。レイヤー変更完了。

太陽が陰る・顔を出すを交互に繰り返すので、それに準じてサングラスの着脱を何回か繰り返しながら、ひたすら熊鈴を鳴らす。

この堂岩山─八間山ルートはだいぶ歩きやすかった。道は分かりやすいし、アップダウンもそこまで激しくない。

ほぼ森の中だが、たまに開けた場所に出ると山々の景色が広がる。紅葉したらたいへん見応えがありそうだ。

 

「お、老夫婦発見」

 

ふと、遠目の坂道を登る老夫婦の姿が見えた。やはりコチラのルートを辿っていたか。

そこそこ距離はあるが、射程圏内だな。

私も坂道に辿り着き登り切ると、目の前の景色は深い森が広がっていた。すでに老夫婦の姿はない。速いな。

平坦な道の傍らには、倒木がベンチのようにイイ感じに横たわっていた。

八間山までちょうど中間地点……

 

(ここいらで小休止するか)

 

ザックを置いてギョニソを齧る。

頂上でラーメンを食べたし道中でもお菓子を摘んでいたが、それでも腹が減るハラが減る。

登山ももう終盤に差し掛かっているが、ザックの中にはまだ食料がふんだんに残っていた。メシと水はなんぼあってもいいですからね。

しかし、その分荷物(ザック)が重くなるのがネックだ。

おかげで肩に食いこんで痛い。

ぶっちゃけザックをもう背負いたくないが、気合を入れて立ち上がる。もうちょい頑張れ。

休憩もそこそこに、水をひと口含んで出発。

この頃にはもう、空は完全に曇っていた。

夏真っ盛りだというのにヤケに涼しいし、これは本格的にヤバそうだ。

気持ち早歩きでサッサと歩き、最後のピーク八間山を目指す。

 

「ん?」

 

軽快に進んでいた私だが、ふと立ち止まった。

疑問に思ったからだ。

今進もうとしているこの道、本当に登山道か?と……。

素直に直進して来たが、なんとなく違和感を感じたのだ。

草木が乱雑に道を塞いでいるものの、ギリ人は通れる間隔。

足下が今まででイチバン泥でグチャグチャで、歩くのを憚るレベル。だが先駆者の足跡が残っている。

一見すると登山道のように見えるが、しかし、これまでの経験から「違う」と感じた。

その根拠を補強する材料がもうひとつ。

 

(そういえば登山口で話した、山岳会の人?たちに言われたな)

 

──『ここ、道が分かりづらいので注意してくださいね』

 

地図を指さして教えてくれた、道迷いの注意。

その位置が、今この現在地と完全一致するのだ。

それを証拠に少し道を戻って辺りを見渡してみると……

 

「あ。ピンクテープあった」

 

間違いである直進してきた道の、右手側。

ちょっとした段差を上った所に道と、その道が正しいことを証明するピンクテープがあった。

それに今立っている地面をよく見ると、泥にまみれたロープが落ちていた。

恐らくこの道を封鎖していたであろうロープだが、無惨にも力尽きて役目を全うできていなかった。

……これは注意されてなかったら危なかったな。ありがとう山岳会の人。

話だと、この先には沢が流れていて結局通れないらしい。

しかしこの下山時、雨が降ろうかというこの空模様の状況でこのまま直進していたら、沢くらいは無理して渡ってしまいそうだ。

そして無事に遭難……と、ならなくて良かった。焦りは禁物である。

 

「危なかった」

 

水を飲んで、酸っぱいグミを噛んで少し落ち着く。

同時に登山アプリでもピンクテープ(こっち)が正しいことを確認して、再出発した。

ここ以降、特に迷うことなく突き進むことしばし。

道が分岐した。

【八間山←→野反湖】の標識がある。ようやく辿り着いたようだ。

 

「ちょっと登るのか……、ザック置いてこ」

 

どうせ野反湖に向かうので、ザックはここにデポして空身で行く。

 

「うおっ、もう着いた」

 

もうちょい登ると思っていたが、道を曲がったら一瞬で着いた。

 

──13:30、八間山1934m登頂。

 

「お、兄ちゃん来たか」

 

「道に迷わなかった?私たち、けっこう奥の方まで行っちゃったのよ」

 

老夫婦もすでに居た。

話を聞くと、彼らもあの道迷い地点で直進してしまったらしい。うんうん、あれは迷う。

そこそこ広い山頂で、互いの無事を祝って寛ぐ。

それと彼ら以外にもう一人……

 

「こんちには。お疲れさまです」

 

本日6人目の登山客が居た。

この人はこの八間山が目的地らしく、今しがた登ってきたところだと言う。

そうだよな。今から白砂山頂上まで行くとなると完璧に夜の時間帯だ。遭難するぞ。

そんな感じで雑談する事しばし。

 

「うーん。景色、皆無」

 

あいにくと、天気は完全に白んでいた。

本当ならこの八間山は展望が素晴らしいらしいのだが、残念だ。

6人目は八間山登山口へ往路するというので、お別れ。

老夫婦も先に出発し、私一人になる。

私ももう少し休憩したらさっさと下ろう。いつ降られてもおかしくない天気だ。

お菓子を頬張りながら道を戻り、ザックを回収。気持ち急ぎで歩を進める。

下りという事もあり、けっこう速めで移動しているのだが、意外と老夫婦に追いつかない。彼らも雨に降られない内に、と急いでいるのだろうか。

ふと、野反湖展望エリアと銘打った看板に出会った。

だが当然、見えるわけがない。

雲が邪魔している……というより、普通に木が邪魔だった。晴れてても見えねぇだろコレ。

 

──そうこうしている内に、ポツポツと水滴が葉を叩き始めた。ヤダー!

 

でもそこまで雨足は強くない。私は雨具を取り出さずにそのまま歩き続ける。本格的に降り始める前に逃げ切るっ。

 

「やだやだ。降ってきちゃったわねぇ」

 

森の中を進んでいると、老夫婦が立ち止まっていた。

どうやらあちらは今、雨具を装備するらしい。ザックを下ろしてガサゴソやっていた。

 

「ホント、参りましたね。下山まであともう少しなのに」

 

会釈しながら通り過ぎる。

まだ小雨だ。まだ雨具は着なくても平気……、だと思っていたのだが。

 

「強くなってきたな……」

 

ザァー……と、本降りに。さすがにこの降りは無視できない。

私は折りよく屋根のように葉を広げた木の下に避難し、そこで雨具を取りだした。

ザックもカバーを掛け、フル装備。

 

「富士山以来の雨天山行だな」

 

あの時も、山頂から下りる段になって雨が降り始めた。

しかし今回はザックを背負った状態だ。前回は山荘にザックを預けて空身だったので、なにげに初めてのフル装備状態での雨天登山だ。

 

「あー……、空気と体温がどんどん冷えていく」

 

雨により、あらゆる熱が急激に低下していくのを感じる。

登山の熱も冷めた。

もはや一刻も早く下山したくてたまらない。

空気も熱も気分も道も、すべてが下がっていく。

唯一上がるのは、帰宅へのモチベーションのみ。

 

(速く……早く帰りてぇ……!)

 

道はすでに平坦に差し掛かった。なので遠慮容赦なくズンズン進む。

 

「うお」

 

山道が途切れ、急にアスファルトが顔を出した。

ここは昨日、バイクで疾走した野反湖周辺の道路だった。

ならば、この舗装道路を右に進んでいけば自ずとバイクが待つ駐車場にまで戻れるのだが……

 

「コッチの山道から行くか」

 

道路とは別に、それと並走するように登山者専用の散策路があった。

登山も終盤。どうせ行くなら、せめて最後まで登山らしい道を行きたい(気分は下がっているが、明確に終わりが近づくと途端に名残惜しくなってくるのだ)。

というか、道路の方は歩行者の幅が狭いので単純に危なかった。

散策路に舵を切ろうとした時、背後から老夫婦がやってきた。

 

「あら、道路に出たわ。車までもうすぐね」

 

「うむ。だが道がふたつあるみたいだな。どっちから行くか」

 

あちらも迷っていたようだが、私が散策路の方に行くと言うと彼らもそれに従った。まぁどっちを選んでも距離的にはほぼ変わらないからな。

 

「階段はあるがなぁ!」

 

私はラストスパートパワーで階段をズンズン上る。

この散策路、起伏が激しい……ッ。

いや、平時ならなんて事ない歩きやすい道だ。

なんかいっぱいお花も咲いているし、晴れていたらさぞ気持ちいい散策を味わえただろう。

だが登山で疲弊しきった体には、中々にキツい丘の連続だった。

 

(まさかまた登るハメになるとはっ。車が通らないから安全とはいえ、やっぱアッチを選んだ方が良かった気がするぜ!)

 

舗装路が恋しくなるが、しかしどうせ帰りにバイクに乗って通るのだ。

歩きでしか通れない花で彩られた散策路を、贅沢にも早歩きで通過していく。雨が降っているし、早く帰りたいからだ。

今にして思えば、この時急ぐ理由はまったくなかった。

時刻は14:00を過ぎたばかりでまだ日没まで余裕があったし、フル装備なので濡れる心配もない。

落ち着いて、心に余裕を持って行動すべきであった。

八間山の山名柱を撮ったのを最後に、約2kmの道のりにて1枚も写真を撮っていないと言えば私がどれだけムダに焦っていたのか分かるだろうか。

疲れきった下山時の魔力は、確も恐ろしい。

 

「うおおおお!帰ってきた!」

 

そんな愚かな私は、本当に幸運にも白砂山登山口へと無事帰還した。

 

「お疲れ様です」

 

ザックの重さから解放された私を迎えてくれたのは、中年男性と山岳会の婦人2人だ。

中年男性はまぁ、下山してゆっくりしていたというのは分かるが、山岳会婦人たちはずっとここに居たのだろうか?こちらこそお疲れ様です。

 

「この雨で心配しましたよー。無事で何よりです」

 

「こちらこそ、道迷いの注意ありがとうございました。事前に教えてもらってなければ遭難してました」

 

ここまで来ればもう帰宅したも同然なので、雨に降られながらもリラックスして話す。

和やかに話している内に、老夫婦も無事に下山してきた。

早朝出発組、つつがなく勢揃いである。

後は私がすれ違ったソロ男性だけが山に残されているようだが……

駐車場に停まっている車を数えれば、今日の白砂山行き登山客は5名で確定らしい。

一応9月はシーズンだと思うのだが、はるか山奥というアクセスの悪さか……

 

(バイクへのパッキング、めんどくせぇ……)

 

それはそうと、帰り支度である。

この雨が降りしきる中、ザックをバイクに括り付けなければならない。

車組はテキトーに車内に放れば済むが、バイクはそうもいかない。もうひと踏ん張りだ。

ザックを背負ったまま乗ればいいじゃんと思われそうだが、イヤだ。

もう肩に負担を掛けたくない(切実に痛い)。

おかしいな。数多のザックを試し背負いして、体にジャストフィットするこのザックに決めたのに……

店員にも「GREGORY(グレゴリー)(たい)ですね」などと揶揄られたのだが、長時間背負うとこのザマだ。他の登山者は肩に食いこんで痛い思いしてないんですかね?

 

「颯爽パッキング」

 

そんな事を考えながら荷造り完了。

割とパッキング作業は手馴れてきた感があるな。

雨具越しに水滴が垂れる。

依然として雨足は強い。

土砂降りとまではいかないが景気よく振り続ける水に、ヘルメットと手袋、バイクに付随するサイドバックははずぶ濡れだ。

ヘルメットはギリ、内装は無事である。置き方が良かった。

サイドバックは大丈夫。もともと中身は防水袋に入れてある二重構造なので心配はない。

問題は手袋である。

登山前は降雨を想定していなかったので、サイドバックのマジックテープ部にテキトーに貼り付けて置いてしまっていたのだ。

つまり吹きさらし。びしょびしょ。水浸しである。

 

「うへぁ……ぐちょぐちょだぁ」

 

だが装備する。

素肌で風雨に晒される(バイクのスピードで、だ)と、マジで瞬で体温がお亡くなりになるからだ。

濡れ濡れの手袋でも、装備するしないじゃ雲泥の差がある。

 

「それじゃあ、気を付けて帰りましょうねー」

 

バイクのエンジンを吹かしていると、それぞれが車内から窓を開けて互いに手を振る。

といっても全員同じ道で山を下りるんだけどな。

老夫婦が最初に出発し、私がそれに続く。雨がけっこう大粒で痛い。

右手に野反湖を眺めながら往く。

 

「さらば」

 

しばらく進むと、ビジターセンターが見えてきた。

昨日ここへ来た時に、帰りに寄ろうと思っていた場所だ。

 

「うーん。寄りたいが、この濡れた状態で建物に入るのはなぁ」

 

私は寄り道を断念する。

駐車場には団体のツーリングバイクたちが並び、ビジターセンターの屋根の下にはオッサンたちが雨宿りしていた。もしかして雨具ないんか?

雨宿りおじさんたちを横目に私はバイクを走らせ通過。スゴい見られていたのは気のせいではないだろう。

雨の中を爆走していると、不意に老夫婦を乗せた車がハザードを焚いた。

なんだ?先行けってか?別に煽ったりしてないし、この雨の中だとゆっくり先導してくれた方が助かるのだが……

しぶしぶ私は先頭を代わる。

まぁ先頭になったらなったで、もう少しスピード上げるんだけどな!

……と思った矢先。

 

「っ、なんか土いっぱい運ぶトラック!」

 

運悪くダンプカーの群れに遭遇してしまった。

この山道だと彼らのスピードは原付並。それが3台ほど列を成しているので追い越すに追い越せず、ハイパートロトロ運転で進む。

体温がみるみる奪われていくため一刻も早く下界へ下りたいのだが、こればかりはどうしようもない。

 

「まぁしゃーなし。この雨だとスピード出すのも恐いしな」

 

道路上を沢のように流れる雨水。上は雨・下は跳ねてくる水と、もう脛くらいはビシャビシャである。

こんな状態でもし転倒したら、せっかくの登山の余韻がブチ壊しだ。嘘。いつ転んでも気分と肉体とバイクがブチ壊しである。

トロトロ運転を続けることしばし。

一本道だった道がようやく分岐し、しかもダンプカーたちはゾロゾロと会社と思わしき敷地へと去っていった。

 

「よっしゃ!それになんか雨も上がった!」

 

雨は山域だけだったのか、麓まで下りてきた今空気は乾いていた。

だがまだ油断はできない。上空には厚い雲が掛かっている。

もっと人里まで逃げなければ。きっと下界は晴れているはずだから。

 

「あー……ここ温泉あるんだよな」

 

白砂山から下りてきて一番近くにある道の駅に寄ろうかと思ったが、いつ降り始めるか分からないので泣く泣くスルー。風呂上がりで雨なんて最悪だ。

ちなみに老夫婦はこの道の駅に寄っていくのが見えた。ちくしょう車は羨ましいぜ!じゃあな!

アスファルトも乾いていたので、ここで一気に加速。

水滴をすべて吹き飛ばすつもりでバイクを飛ばし、16:30──

 

「あったけ〜」

 

太陽の光が降り注ぐ街中の道の駅にて、ザックの中の替えの服に着替えて日光浴している私がいた。

あの雨はマジで山の領域だけに降っていたらしい。下界はメチャクチャ晴れていた。ついでに気温も高い。夏だ。

温かい飲み物を買おうと思っていたが、この暑さですっかり炭酸の喉になっていた。

プシュ、と無事下山の祝砲を上げる。

 

「今回はキツかった……距離も長いし道も迷って雨に降られて……今までの登山の集大成だな」

 

登山半年の洗礼である。

でも無事に下りてこられたし、なんだかんだ楽しかった。

 

──白砂山登山、これにて終了である。

 

雨から逃げ延びて余裕ぶっこき始めた私は駐車場でダラダラしながら、ある重大なことに気付いた。

 

「しまった。下山報告してなかった」

 

雨で焦り、登山アプリの下山完了ボタンを押し忘れていたのだ。

そのせいで私の今日の登山記録の最後のほうが、時速60kmで標高を1000mも下るトンデモ登山者になっていた。

 

 

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