深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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23.2/26─鳴神山~一歩進んで二歩下がってない?~

 

 

 

 

「けっこう人が居るな」

 

──2/26、10:30。

私は鳴神山西ルートの登山口にて、バイクを停める場所に困っていた。

駐車している車が多く、また停める場所も限定的だったからだ。山奥の終点で、その道端にみんな車を停めている感じである。

もう4回目となる登山だが、未だに早出早着の意識が無い私だった。来るのが遅いと停車に困る(こうなる)

だが私はバイクなので、そこら辺の端っこに停車できてしまった。この初心者はホントに……ッ

 

「こんな狭くて停めづらい場所に、よく車で来るな」

 

バイクを悠々と停めながらそんな事を呟く。しかし間違っているのは私の方だ。

ふつう登山には、車か公共交通機関を利用するのが

まとも(・・・)だ。

バイクで来る輩なんてそうそう居ない。ましてやXJR1300とかいう完全街乗りヤンキーバイクで来るアホは私くらいのものだろう。

そんなアホは呑気に「風情がいいなぁ」などと傍らに流れる川のせせらぎを聞きながら、ザックを背負って出発した。

 

「おっと。その前に……」

 

私はスマホを取り出して、とあるアプリを操作する。

そう、登山アプリだ。

登山4回目にしてようやく、ホントにようやく登山アプリを使い始めたのだ。

 

 

──……ポンコツだった私が急にマトモになり始めたのには理由がある。

本を読んだのだ。

書店で新刊の探索中、今まで1ミリも興味なくて視界にすら入っていなかった登山コーナーを発見し、そこでイッキに3冊の登山本を購入したのだ。

これにより私の登山レベルは一気に成長したというワケである。

 

「独学よりも、やっぱ師がいた方が強いわ」

 

書物パイセンは偉大だ。

特にその在り方がスバラシイ。

喋らず動かず、私から接するまで唯そこにあるのみ。しかも途中で放っても構わない。最高に都合のいい師だ。

独学のままだったら代わりに死が待ってたな。ガハハ!

……という事で本を読んで、ようやく基礎を学んだワケである。

まだ本の内容が完璧に身に付いたわけではないが、登って実践しながら徐々に理解を深めていこうと思っている。

そうして登山アプリを起動しながら、少しばかり舗装道路を歩く。

地味にキツい坂道をゆっくり登っていると、前方から大学生くらいの集団が下りてきた。

 

「こんにちはー」

 

山登りのサークルだろうか。

皆しっかりした装備で、一目で『やってる』感が感じ取れた。すでに下山しているという点も素晴らしい。

それに対して私はどうだ。

ゼロ地点で今からスタートだ。登山しない方にも、この圧倒的な諸々の差が見て取れるだろう。読書による成長はどうした。

 

(一体何時から登り始めたんだ?)

 

すれ違い様、私は畏怖する。

まだ自分が登頂まで何分掛かるかすら理解していない私は、彼らの行動の速さにただただ驚くばかりである。

本当は初心者こそ早出早着を意識してほしいところだが、現実は真逆だ。初心者や山をナメている人ほど入山が遅い(個人の見解)。

そんなナメた初心者は気を取り直して進み、山域へと足を踏み入れた。

 

「おおー。メッチャ山だなー」

 

周囲から人や人工物の気配が消え、土と木と陽の光だけになる。

真っ直ぐに伸びる杉たちの合間から差し込む陰影の中を、1人歩く。

大学生サークル以降、誰とも会わぬまま進み続け、30分ほど。

 

「お、イイ感じの休憩スポット」

 

倒木風のベンチが現れたので、休憩と洒落込む。

ザックを下ろしベンチに腰かけ、水筒から白湯をコップに注いだ。

 

「はぁ〜……誰も居ねぇ……」

 

白湯を啜りながら寛ぐ。

聞こえてくるのは鳥のさえずりと、頭上で風の流れる音くらいだ。

やはり山は独りがイイ。

この広くて静かな空間にただ1人という心細さがたまらなく心地よい。

先程の大学生サークルのように徒党を組むのが本来正しいしソレも楽しいのだろうが、私には出来そうもない。

団体行動はやってもツアーだろうか。もっと本格的で危険な登山に挑戦する際くらいしか、こじらせてしまった私は集団に属する機会はないかもしれない。

というか、したくない。元々そのケはあったが、社会人になってから益々プライベートを誰とも過ごしたくない偏屈者になってしまった。

結果、行き着いた先がこの単独登山である。

この先も独りで登り続けるなら、一層の読書吸収力と実践力が求められるだろう。

 

「そろそろ行くか」

 

10分ほど経ったので休憩を切り上げた。

少々ネガティブな思考回路を辿ってしまったが、後悔自体はない。

むしろ今はウキウキしている。何せ生涯の趣味を謳歌している最中なのだから。

 

 

──そこから20分ほど沈黙の山行。

勾配がそこそこキツいなと感じていると、傍らにチョロチョロと管から水が流れていた。

水場だ。

ザックを置いてしばしの休憩とする。

 

「水場があるのは知ってたけど、コレって飲めるのか?」

 

アプリや登山口の案内地図で水補給場として紹介されていたが、山の水ってこのまま飲んでもいいのだろうか?

今は別に喉が乾いてないし手持ちの水も十分にあるので必要ないが、これみよがしに『飲んでください』と流れているとちょっと飲んでみたくなってしまう。

ゴクリ……

 

「寒いし手ぇ濡れるし、いいや」

 

スルー。

夏場だったら危なかった。山の水を飲む時はしっかり浄水しよう。私はまだ浄水アイテム持ってないけど。

ここまで登ってきて体温の上がっていた私はレイヤー変更、外套を脱いで出発する。

 

「うおっ」

 

さらに少し登ると、今度は一面氷漬けの斜面に出くわした。

少し迂回すればカンタンに回避して通れるとはいえ、軽アイゼンなど当然持っていないこの時の私はあまりにも山をナメていた。

 

「めちゃくちゃ凍ってんじゃん」

 

私は氷をコンコン叩きながら、そのまま何も考えず登山していく。

幸いにして氷はここしか無かったが、今思えば引き返しポイントであった。

氷で滑って滑落したらどうするんだ。

経験者(ベテラン)の判断ならば一向に構わないが、初心者の単独行だぞ。

もはや自殺志願者と言っても良い。いのちが幾つあっても足りない。

そんな危険など露知らず、本当に運良く私は登山を続けていく。何度でも言うが私が無事なのは『たまたま』だ。

 

「ふぅ……はぁ……っ坂が地味にキツい」

 

目先のしんどさにばかり目を向け、真の危険性には気付きもしない。

『初心者だから』などと言い訳は効かない。何かが起きてからでは遅いのだ。

 

「あれ……着いた?」

 

ひたすらに運の良かった私は、肩の広場と呼ばれる中継地点にまで辿り着いていた。頂上一歩手前だ。

風がビュゥビュゥ吹いている。

ここまで山の斜面に守られていたが、広場に出たことで強めの風に襲われた。

背の高い木々の影が、ザワザワと広場に覆い被さる。

 

「うおっ、寒……」

 

太陽と体温のおかげで暖かった体から、急速に熱が奪われていく。

広場にはマフラーを巻き付けたお稲荷さんが2体鎮座していて、寒がる私をほくそ笑んでいた。

 

「なんか募金箱ある」

 

この鳴神山の環境を守るために、山岳会が管理費の寄付を求めているようだ。

入山料と思って100円を投入。

この程度ではなんの足しにもならないだろうが、まぁ無視するよりかはいいだろう。

私はお稲荷さんの間を通って山頂を目指す。

 

「勾配キツいけど、あとちょっとだからっ」

 

そう自分に言い聞かせ、12:30。

最後のキツい勾配を抜けると、景色が開けた。

 

──鳴神山980m、登頂。

 

「メッチャ景色いい……」

 

頂上のスペースは狭いが、その分遮るモノがなく360°の展望だ。

頂上の中央には小さな祠があり、それを囲むようにして比較的綺麗なベンチがいくつも置かれている。

道中誰とも出くわさなかったが、頂上には数組の人たちがベンチに座っていた。私もそこに混ざる。

 

「うあ〜……疲れた」

 

ザックを置いて伸びをして、景色と登頂の空気に浸る。

風は強かったが、陽が照っているのでポカポカしてたいへん過ごしやすかった。

お腹が減ったのでコンビニで買ったパンを食べながら、行儀悪く狭い山頂を練り歩く。

 

「おー。富士山が見える」

 

各方位に矢印を生やした柱があり、その示す先を見れば遠目に富士山が見えた。

登山を始めて思うが、富士山ってけっこうどこからでも見えるもんだな。本当にめちゃくちゃデカいんだなと朧気に実感する……

右を向けば赤城山・浅間山。左は関東平野にポツンと筑波山。振り返れば日光連山と山ばかり。

私は関東平野と山岳地帯の境界線に立っていた。

 

「スゲェいい場所じゃん」

 

標高980mは低山の部類だが、いやはや満足度は高い。

というか初心者にとっては十分高い標高だ。よく無事にここまで登れてこれたと思う。えらい。花丸はムリだが丸くらいはあげよう。

この時の私はなんとなく1000mの壁を自分に課していて、この山を登ろうと思ったのも1000mをギリギリ越えないからだ。

理由は北海道ツーリング計画の初日、樽前山だ。アレに登る予定を立てていた。

あれが1041mと、ちょうど『壁』として立ち塞がっていたのだ。

初めての壁越えは樽前山で……と思って敢えて低山縛りをしているのである。まぁ見事に失敗したワケですが……(深夜渡航4話“樽前山”参照)。

 

「おー、良いロケーションじゃん」

 

「コーヒー飲もうぜ」

 

私より後から来た若い男2人組が、足下で湯を沸かしながら談笑していた。

いいな、コーヒー。

山挽きコーヒーをする下地は私もすでに出来ているのだが、まだ山で火すら扱っていない。

山でカップ麺も食べたいし、次の登山では挑戦してみるか。

 

「さて、下りるか」

 

結構まったりしてしまった。

しかし後は下山だけとなると、途端に名残惜しくなってくるな。登ってる時はひたすらキツいだけなのに。

 

「そういえば、もう一個頂上があるらしいな」

 

この鳴神山、実は双方峰である。

今私がいる場所は正式には桐生岳と言い、すぐ近くにもうひとつの頂上、仁田山岳が聳えているのだ。これらの総称が鳴神山である。

私は早速そちらへ行こうとして……

 

「おぉう……めっちゃ人来た」

 

年配の大規模パーティがコチラに向かって来ていた。

さっきからどこからか声がするなーと思っていたが、彼らは仁田山岳の方で休憩していたようだ。

道が狭いので彼らに道を譲るが、次から次へと人が途切れない。多すぎだろ。

 

「はーい。ごめんねー通りまーす」

 

朗らかなおばあちゃんの挨拶。

あの狭い頂上に収まりきらないだろ、この人数。出発してよかった。

パーティが掃けたので、私は人の居なくなった仁田山岳に向かう。

コチラはあまり展望がない。木々が茂っているし、というか頂上の標識どこだ?

いちばん高い場所と思しき所に立ってみたが、近くに石積みの何かと小さな鳥居だけで頂上を表すモノがない。

………コッチの頂きは地味だな。

ちょっとガッカリ頂上だが、まぁそれはそれでよし。

では今度こそ下山開始するのだが、ここでまた葛藤が発生した。

登山アプリに登録した登山ルートは、このまま来た道を折り返すルートだ。

だがここへ来て欲が出てきた。

この鳴神山は頂上を中心に、グルッと一周できるような形で登山ルートが存在するのだ。

折り返すのは味気ないし、そっちに行ってみようか。

ちょうど今、先程のコーヒー男2人組が私を抜いてそのコースへと下りていった。

丁度いい。あの2人に付いていこう。

そう思って歩き出した、その時。

 

『ルートを外れています。ルートを確認してください』

 

電子の警告音が鳴り響いた。

私はビックリしてスマホを取り出し、アプリからの注意喚起を一旦消す。

 

「おぉ、スゲ。ちゃんと警告してくれるんだ」

 

GPSの精度の高さにしきりに感心する私。

しかしですね、遭難ではないんですよ。ちょっと予定ルートを変更したいだけでしてね……

と思ってもう一度歩き出したが、再びの警告。

私はルート変更のやり方を知らなかった。

いや、落ち着いて普通に操作すれば分かっただろうが、あまりにも警告されて不安になって焦った私は観念して踵を返した。

元の折り返しルートに戻った。

 

「で、帰ってきました」

 

──14:15。

私は来た道を丁寧に戻り、バイクの下にまで無事に帰還していた。

私はザックをバイクに括り付け(パッキング)しながら思う。

今回も反省の多い登山だった。

特にルートの事前作成だ。まさかあんなに敏感に察知されるとは思わなかった。

まずはもっとアプリの使い方を学ばなければ。

……と、現在執筆中の私は俯瞰的に思えるのだが、この時の私はまるで反省していない。

次はどこの山を登ろうかと呑気に画策しているアホである。

本を読んで明確に知識を蓄え始めた私だが、やはりキチンとした人に師事された方がいいだろう。

特に私のようないい加減な人間には首輪が必要である。

だが孤独を愛する私は、この先も1人で無謀な登山を続けていくのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 





絶対に誰か経験者と一緒に行った方がいい。死ぬぞ。登山は。
私はマジで結果的に運が良かっただけだから、マネしないでください。
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