深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

35 / 59
23.3/21、三床山(子三床烏つつじ桜二床一床山)

 

 

私の登山を振り返ってみて、今回の登山が最も危うい登山だった。

特に何か問題が起きたわけではない。

むしろ何も起こらなかったのが問題というか……。

つくづく私の登山は幸運に恵まれていたと強く思う。

両端が切れ落ちた崖の一本道を、目隠しで歩いているような危うさだ。一歩踏み間違えれば死ぬ道を歩んでいる。

もちろん当時の私はそんな自覚がないので、そんな危険な行為を冒しているとは露知らず、呑気に登山を楽しんでいたのだが……。

何回でも言おう。私はひたすらに運が良かっただけだと……

 

 

 

 

──9:30。

野菜の代わりに畑の中に敷き詰められた、太陽光発電機のパネル。それを囲むフェンスの横に、その登山口はあった。

 

「入口分かりづらかったな」

 

今日も今日とてXJR1300を駆って登山しに来た私。

この登山口に至る道が少し分かりづらくて(六差路ってなんだよ)迷いながら来たため、本当は9時登山開始を予定していたが時間が押してしまった。

 

「車が意外と居る」

 

そこそこ広めの駐車場には、所狭しと登山者の車たちが並んでいた。そんなに人気なのか、この三床山(みとこやま)は。

今回登る山は三床山という、標高334mの里山だ。

今日まで登る山の標高を順調に伸ばしてきた私だったが、ここへ来て一旦下げた。

理由は特にない。この頃の私はグーグルマップでとりあえず目についた1000m以下の山に登っていたのだ。

バイクを隅っこに停める。

 

「よぅし、行くか」

 

ブゥンブゥン……と低く呻く太陽光パネルを背後に、白砂利を踏みしめ、いざ登山口と隣接する神社──鹿嶋神社へ。

景色は一気に厳かで静謐な空気に変わる。

すぐ後ろには近代的で環境破壊的なパネル群が並んでいるというのに、人間の感性とは不思議なものだ。

神社で軽く参拝し、その脇から登山口へ入る。

一歩踏み入れるとそこはもう草、木、土の一色。

登山道はハッキリと分かるが、それ以外の箇所は人の手が入っていないありのままな感じがした。

傍らには『登山者注意!』の文字が。猟師に向けた注意喚起だ。

 

「こんな低山に猟師が来るのか?」

 

そう思ったが、私には猟師の事情など分からぬので看板が立っているのならばそうなのだろうと納得。撃たれないよう気を付けよう。

 

「ん?こっち……か?」

 

少し進むと、道は直進で続いているのだが左手に『三床山沢コース』、さらにその後に『三床山稜線コース』と分かれ道が。

この案内板、特に稜線コースは見落とすかと思った。看板が草木に少し呑まれているのだ。

今回の私はこの稜線コースで行く。というか、

たまたま(・・・・)この道からスタートを切った。

なんと私、登る山だけを決めて肝心の登山ルートは現地で見切り発車なのだ。ありえない愚行である。

そんな行き当たりばったり的な愚行を冒すということは……なんと!登山アプリも起動していないのである!!

 

 

──なぜせっかくインストールした登山アプリを使わなかったのか。

前回の鳴神山で警告音がうるさかったからとかいうマジで舐めた理由だ。死にたいんかお前。

 

 

「おーおー。メチャクチャ草木が茂ってるな」

 

命綱であるGPS機能を手放した私はズンズン山へと分け行っていく。恐れを知らなすぎる……

幸いにして登山道は一目瞭然で、迷う心配はなかった。今のところは。

まだ3月だが、すでに緑を芽吹かせ始めた草木のトンネルを中腰で歩いていく。確かにこれだけ茂っていたら、猟師にエモノと間違えられて撃たれることもあるかもしれない。

そんなことを思いながら進んでいくと、何やら木の枝に大量に細かなモノがぶら下がっているのに気付いた。

手に取って見てみる。

 

「松のトゲトゲか?」

 

二股の松のトゲトゲが、あらゆる枝に引っかかっていた。

その量は本当に目に入る枝全てに引っかかっていて、こんな現象が起きるんだーと呑気にトンネルの中を歩んでいく。

しばらく進むと視界が晴れた。草木のトンネル地帯を抜けたようだ。

 

「スゲー楽な道だな」

 

さっきの草木トンネルは勾配があったが、今はなだらかな道だ。日が差して視界も開けて気持ちがいい。

 

「うお、キノコだらけ」

 

傍らに立つそこそこ太めの木が、ビッシリとキノコで覆われていた。

見た目的にちょっと触るのに忌避感があるキノコ群を避けつつ、進む。

すると道が急に見上げる形になった。

 

「えー……、ここ登んの?」

 

先の道とは比べ物にならない急勾配が目の前に立ち塞がった。

この山の標高300mをイッキに登るんじゃないかと思うほどの、無慈悲な坂。

実際には横移動200m・縦移動100mほどなのだが、初心者の私が絶望するには十分な勾配だった。

 

「はぁ……ひぃ……ツラぁ〜っ」

 

それでも登る以外の選択肢はない私。

文句を言いながらも亀の如き歩みで登る。

 

「あっっつい!」

 

気温は外套を着込んでいて丁度いいくらいなのだが、坂を登って体温がヒートアップ。

ザックを一旦置いて外套を脱いで丸めて、汗を更にかく前にレイヤー変更。

再出発。

 

「うおっ、砂で滑る!?」

 

「痛っ!?頭に枝ァ!」

 

「どこまで続くんだこの坂は!?」

 

見苦しさ100%でお送りします。

それでも何とか急勾配を抜け、多少穏やかな岩石地帯に足を踏み入れた。

 

「ハァッ、ハァ……なんか赤茶の角張った石が目立ってきたな」

 

以前に登った石尊山と似たような岩質である。位置的にもけっこう近いし。

ここら一帯の低山群は、何やら地理的に関連があるのだろう。詳しくないから分からんけど。

途中、崖のように飛び出た岩から絶景を拝めたりとちゃっかり堪能しつつ。

岩石を踏み越えて行くと、ついに着いた。

 

──10:40、三床山山頂。

 

「おー。そこそこイイ見晴らし」

 

山頂は多少の木々に覆われていたが、その隙間から関東平野を一望できた。

私がバイクを置いたソーラーパネル群も見える。

振り返れば日光まで続く山々が連なっている。

先日登った鳴神山も視界に映っている事だろう。どれだか分からんけど。

 

「けっこう良い山だな、三床山」

 

低山と侮っていたが、道中のそこそこな険しさに、山頂ではそこそこな景色を拝めてそこそこな満足度だ。

ん〜、でもなぁ……。

休憩がてら菓子パンを頬張りつつ、白湯でホッと一息つく。

まったりしつつ少しモニョっていると、夫婦の登山者がやってきた。

 

「こんにちはー。ここは三床山ですかね?」

 

「こんにちはー。そうですね。三床山です」

 

夫婦たちはザックを置いて、私としばし雑談を交わす。

どうやら私のすぐ後ろを歩いていたようだ。

 

「それで、この後コッチの山に行きたいんですけど、道分かります?」

 

そう言って登山アプリの地図を見せられたのだが、正直私はちんぷんかんぷんだ。何せ自分のアプリの起動すらしていない。

知ったかぶって「これじゃないですかね?」などとほざくが、当然何も理解していない。

だが地図を見せて貰った事により、下山せずに他の山へ行けることをなんとなく理解した。

 

──縦走という概念に初めて触れた瞬間である。

 

本当はこのまま下山する予定だったが、ふむ……。

 

「ありがとうございます。それじゃあ私たちは行きますね」

 

休憩もそこそこに、夫婦は私を置いて先に発っていった。

1人残された私は、先ほど感じたモニョの言語化に成功していた。

 

「登り足りない」

 

そこそこな充足感を得たが、正直物足りなかったのだ。

時間もまだまだ余裕があるし、このまま下山ではどこか消化不良気味だったので、私は決断を下した。

 

「よし!さっきの夫婦を追うか!」

 

登り足りない。なら追い登山である。

それはいい。それはいいのだが、ここでちょっと振り返ろう。

この時の私は、登山アプリを起動していない。

よってGPS機能による現在地の把握が出来ないし、モチロン地図すら持ってない。

事前に地形や登山道を把握しているワケも無く。

そうなると当然、登山届なんてガチの命綱も提出してなくてぇ。

そして単独行。

……遭難死のビンゴがあったら、全ての穴をブチ開けてブッチギリの優勝(死亡)だ。

 

「この頂上に来る前に、確か分かれ道があったな」

 

自分がどれほど危険な行為をしているか全く気付いていない私は、三床山頂上から下りて直ぐにある分かれ道にて息巻いていた。

そのまま来た道を戻って下山する者こそ真の登山者(アルピニスト)なのだが、まだまだクソ初心者(ニュービー)である私は愚かにも縦走を選択。

どの山に続いているのかも知らない道へ歩を進めた。

 

「けっこう(くだ)るな」

 

岩石と砂の下り坂をゆっくり下りていく。

低い山だがなかなか起伏が激しい。初心者的には。

でも至る所に年季の入ったロープが垂れているので、急峻だという認識はあながち間違ってないのかもしれない。

だが直ぐに道は穏やかになる。

どうやら三床山頂上直下だけが厳しいだけらしい。後にはほぼほぼ平らな登山道をありがたく歩く。

 

「あんまり天気は良くないな」

 

天気予報的に崩れる心配こそないが、空はほとんど雲で覆われていた。

しかしあまり厚い雲では無いらしく、景色に暗い印象はない。風もなく、順調な山行だ。

 

「ん?……ああ、ここに繋がるのか」

 

左手に道が伸びていて、標識には『鹿嶋神社行き沢コース』の文字が。登山口にあった、もうひとつのあのコースだろう。

 

「こっから帰るか?いやでもまだ登り足りないしなぁ」

 

結局、スルーして登山を続行することに。

その後も背丈を越すデカい岩があったりしてテンションが上がったりしつつ、道自体は可もなく不可もない道がしばらく続く。

そんな折り。

 

「お。また分かれ道だ」

 

そのまま真っ直ぐ行く道と、右手へ下っていく行く道が現れた。

私は特に考えなく、右手を選択。呑気に歩いていった。

 

──……この分かれ道の選択、仮に正解不正解があるとすれば、不正解である。

私が選んだ道は床山の裏ルート(私が勝手に名付けた)なのだ。

真っ直ぐの道と比べると、道の長さ・累計高低差が倍以上の道のりを歩くことになるのだ。

倍と言っても、所詮は里山。きちんとした準備を整えていればなんの問題もない道なのだが、私のような行き当たりばったりで行くようなルートではない。

「おぉ……?なんか、急に森が深くなったな」

 

人通りも、恐らくそこまで活発ではないのだろう。

頭上を茂る葉が濃くなり、登山道も少しだけ分かりづらい。

ほんの少しだけ不安が鎌首をもたげてきたが、初心者はその程度では止まらない。

ズンズン奥へと進んでいく。

そして11:30、ほんのりと開けた場所に出た。

 

「ん、小三床山?」

 

山の名前のみが書かれた木札が、松の幹にポツンと括り付けられていた。

どうやら山頂らしい。

 

「ふぅ。ちょっと休憩」

 

いい区切りだとザックを下ろす。

道順も、どんな山があるのかも知らない状態で歩いているので、休むタイミングはこうして何かキッカケがないと決断できない。

こうして俯瞰してみるとマジでヤバい行動しかしてないな、私。

登山してる人がこの文章を読んだら「コイツ死にたいんかな?」と全員が思う事だろう。一応、死にたくはありません。

 

「よいしょ。行くか」

 

自分の行動が死を手繰り寄せているなど全く意識していない私は、5分程度の休憩で出発。さらに奥地へと向かう。

どれだけ歩くか分かっていないのに、何故この時の私はこんなにも余裕があるのか。

それは水と食料を大量に持ち歩いているからだ。

低山には不釣り合いな5ℓほどの水に、菓子類含めた潤沢な食べ物たちを背負っているのだ。

歩荷トレーニングと、いざ遭難したとなったらこの備蓄で生き残るつもりなのである。

つまり、遭難自体には備えているわけだ。えっへん。

……違うのだ、無知な私よ。

まずもって遭難を起こさないための事前準備が、本当の備えなんだ。遭難後の対策だけをしてどうする。

 

「〜♪」

 

そんな執筆時の私の気持ちなど知る由もなく、私は「日が落ちるのもまだ先だし、余裕余裕」と知性に欠如のある登山を楽しんでいた。

だがここら辺で、ほんの少しだけ正気になる。

 

「うおぉ……っ、キッツ!」

 

日の差さぬ、木々に覆われた斜面。

昼間だというのに背の高い木々が日光を遮る中、私は薄暗い勾配を喘ぎながら登っていた。

 

「つーか、道合ってんのか?コレ……」

 

いつしかひと目で分かるような登山道は消え、暗い地面の中から登山靴の痕を探して歩くような形になっていた。

 

(それに腹減った……)

 

時刻は昼前。動き続けていたこともあり、空腹である。

景色は木々で閉じ、光は暗く、道も不明瞭。そして斜面がキツい。

事ここへ来てようやく「あれ?道戻った方がいいんじゃね?」と不安が芽生えてきた。

 

「とりあえず……っ、次に何かあるところまでは行くか!」

 

さっきの小三床山の標識のように、何か区切りを見つけて一旦休憩しようと誓う。

本来なら今この場で立ち止まって休憩し落ち着くのが一番正しい行動なのだが、いやはや登山の魔力とは恐ろしい。遭難する人間は往々にして、こうして進み続けてしまうのだ。

私は体力に物を言わせて愚直に進み続け、11:50。烏ヶ岳という山頂に着いていた。

 

「道合ってた……。それにあんまり時間経ってなかった……」

 

空腹と暗がりと道の不明瞭さで錯乱してただけで、実際は何も問題なく進めていたようだ。

……くどいようだが、この山行自体は大問題です。

 

「あー〜っ、一気に疲れた……」

 

念願の区切りに到達して気が抜けた私は、ザックを放ってそこら辺に座り込んだ。

数十分前の小三床山までは元気いっぱいだったが、不安になった途端この調子である。

 

(どうしよ……道、戻ろうかな)

 

事ここに至ってようやく『自分はこの先の道を知らない』という事実をメタ認知した。遅すぎる。だがここが戻り時だ。戻れ。

 

「とりあえず、メシ食うか」

 

呑気に昼メシと洒落込む私だが、しかしこの行動は割と正解だ。

焦りや不安を感じている時こそ、コーヒーを淹れるくらいの余裕を持って休憩するのだ。

そして今回の昼メシはそれに適う。

 

「いでよメスティン。そしてチキンラーメン」

 

そう。私はとうとう菓子パンを卒業し、山ラーメンをキメに来たのだ。

私の初めての山ラーメンは、遭難一歩手前状態だった。

ローテーブルを展開。バリ取りと洗浄をしっかりした新品メスティンに水とチキンラーメンをぶち込み、ガスバーナーを点火。

シュゴオォォ……と吹く火の前で数分、黄昏れる。

 

「おっしゃ出来た」

 

あっという間に温かいラーメンの完成だ。具は一切無し。

ふー。ふー。

 

「ウマい!……けど、そこまで劇的に美味しいわけじゃないな」

 

ぶっちゃけ家で食うのとそんなに変わらなかった。

おかしい、山で食うラーメンはメチャクチャ美味いと相場が決まっているのに……。

ロケーション効果でもっとテンションブチ上げになるかと思ったが、自分でも意外なほどドライな反応だった。

でもお腹は減っているのでズルズル食べる。温かいメシってだけ上等だ。

そんな期待値の高すぎたチキンラーメンを啜っていると、私が来た方から登山者がやってきた。

 

「こんにちはー」

 

「こんちわっす」

 

単独の女性だ。少しふくよかな。

私より年上気味な彼女は、ラーメンを食べる私をジッと少しだけ見つめた後、そのまま進行方向へと進んでいった。

うーむ。そういえば、山の中で火を使うのはあまり良くなかったか?防火的に。そこん所まったく確認してなかった。

ラーメン汁をしっかり飲み干しながら、次の山では火の扱いについて調べようと思いながら片付け始める。

カラになったメスティンに水をチョロっとクルクル、飲み干し、トイペで乾拭きし、しまう。

 

「……よし」

 

貴重な他の登山者だ。

道も分からぬ今、彼女をストーキングしようと颯爽と荷物をまとめて出発した。

 

 

──多分、彼女が来なくても道を戻ることはしなかっただろう。腹を満たしたおかげで精神はすっかり回復していたから。

回復したからこそ正常な判断を下してほしいところだが、私は若かった。加えて愚かでもある。

 

 

歩き始めると、さっきの斜面と打って違って分かりやすく歩きやすい道であった。

これならストーキングしなくとも平気だったなと思いつつ、12:40。

つつじ山335mの標識に出会う。コッチは標高が書かれていた。

しかし山頂というにはあまりにも『ただの道』で、標識がなければまったく(いただき)だと認識できない地形だった。

周りの立ち木も葉が枯れ落ちて、ずいぶんと寂れた雰囲気だ。嫌いじゃない。

だが見どころはないのでそのまま進む。

そして10分と経たず、次の山頂の標識が見えた。

 

──12:50、桜山355m。本日の登山最高峰。

 

そこに、先程のふくよかな彼女が居た。今度は私から挨拶する。

 

「こんにちは」

 

「あ、こんにちは……」

 

二度目の挨拶とあってか、少し人見知りが発動している。

分かる。

初回の人間には何も考えず接せられるが、2回以降はむしろ気後れしてしまうよな。何話せばいいか分からん。

そんな気まずい空気の中、女性はパシャパシャと写真を撮っていた。

花だ。

ここら辺も枯れ木ばかりが立ち並んでいるが、所々でピンクが咲き乱れているのだ。桜山の由来だろうか。

 

(仕方ない。先行くか)

 

ストーキングで道をナビしてもらおうかと思っていたが、彼女は桜に夢中で中々動き出さない。

露骨に待っているのもそれこそ気まずいので、私は意を決して道を先に進んだ。

幸い、登山道は分かりやすくなっていた。

そのまま黙々と歩き続け、足に疲労を感じてきたところでイイ感じの岩を見つけ、そこに座り込む。

私の進行方向から単独の男性登山者が1名、すれ違っていった。他にも登山者が居ると安心するな。

まったり休憩していると、花の彼女に追いつかれた。

 

「あ……どうも」

 

「……どうも」

 

気まずい。

気まずいが、もうここまで来たら同じ道を歩く運命だろう。

少し先行する彼女の後ろについてまわる感じで、私も歩く。

いつしか会話を挟むようになった。

 

「いやー、私も山でラーメン食べたいと常々思ってるんですけど、中々決心つかなくて」

 

「バーナー持ってればいつでも出来ますよ。俺だって今日のは、湯を沸かしただけのチキンラーメンですし」

 

先程、私のラーメンを食べる姿をジッと見てきたのは羨ましがってたのか。

でも本当、お湯さえ沸かす道具があれば誰でもカンタンに出来る。

畢竟、魔法瓶に家からお湯を詰めて持ってくればさらに楽チンだ。

他には、彼女は花の観察が目的で登山をしていて、けっこう遠くから来ている(福島とか言っていたかな?割と遠いから聞き間違いかもしれない)など益体もない話をしながら歩く。

 

(楽しい)

 

こんなに誰かと話しながら登山をするのは初めてだ。存外楽しい。

相手が見知らぬ他人だというのも、変に気遣う必要がなくて気が楽だ。

私は1人密かに気分を高揚させていると、「あ、コッチみたいですよ」と道を諭された。

 

「む?道が続いてるように見えるが……」

 

見た目、完全に直進コースである。

なんの疑問もなく直進だと思っていたが、どうやら正規の登山ルートは左へ曲がって行くらしい。

彼女の言う通り左へ曲がると、目印となるピンクテープが枝にブラ下がっていた。

素直に彼女に付いていく。

 

 

──はいここ、運が良かったポイントです。

花の彼女と一緒に歩いてなかったら、この時の私は登山道から外れて一体どうなっていた事やら。

 

 

そこまで重要な事柄だと認識できていないこの時の私は、呑気に会話を続ける。

彼女も彼女で、憧れの『山でラーメンを食う』実績を解除している低山に不釣り合いなデカザックを背負った人間がまさか、登山アプリすら起動していない遭難者予備軍だとは夢にも思っていなかっただろう。

 

「俺が登山を初めたのは今年の一月からなんですよー」

 

「えー、そんなんですかー?そんなに大きいザックを背負ってるからてっきり」

 

「大は小を兼ねる精神でデッカイの買っちゃいました。でも、ゆくゆくはテント宿泊(テン泊)する予定です」

 

花の彼女のザックは日帰り用の、こぢんまりとしたザックだ。

私の背負うザックの内容量とは倍近い差があると思われる。

枯葉をシュカシュカ踏みしめながら歩いていると、ふと気づいた。

 

「……なんか、標高メチャクチャ下がってません?というか平地な気がします」

 

「そうですね。スゴい下がりましたよね」

 

桜山からほぼずっと下りが続いていた。

私は感覚で現在地の標高が低いことを感知したが、彼女は無論、事前知識で知っていただろう。

実際、現在地は低かった。標高は100mほど。全方位を小高い山々で囲まれた現在地は昼間だというのに薄暗く。

しかし下山したというワケではない。床山はここからなのだ。

 

「あー、ここ右ですね」

 

「うわ、分かりづらっ」

 

分かりづらい道、パート2。

またしても直進と思われた道だったが、今度は右手に登っていく道が正解だ。

本当に本当に、彼女が居なかったらこの登山で遭難していただろう。道が分かりづらいのもモチロン悪いが、それ以上に私の計画性・準備の無さが規格外すぎた。

出会いに感謝してもし足りない。ガチで命の恩人だ。

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

と、そこで突然彼女が道の脇に突撃し、しゃがみ込んだ。

何事かと見れば、そこに一輪の花が咲いていた。

彼女はゼロ距離でパシャパシャ写真撮影。超熱心なその姿に私は脱帽だ。

うーむ。やはり山に登るなら彼女くらいとは言わずとも、植物に関心を寄せた方がより登山を楽しめるんだろうな。

そう思うのだが、なかなか興味が湧かないのも事実である。一瞥してキレイだなー、くらいが限界だ。

 

「ふー。失礼しました」

 

ツヤツヤした彼女が満足気に立ち上がる。本当に楽しそうだ。山ラーメンより遥かに羨ましい。

そこからはひたすら登りとなる。

さっきまでは下りだったから会話する余裕があったが、ここからはひたすら登りに集中せざるを得なかった。

 

「はぁっ、はぁっ……ッ」

 

「うぁ〜……キツいです」

 

途中で何回か小休憩を挟む。

行動食を分け合ったり、私の超余分に持ってきた水をお裾分けしたりなどすっかりパートナー然とした関係を築きつつ。

 

──14:00。一床山320m登頂。

 

「うおー!?スゲェ見晴らし良い!」

 

先程までの鬱蒼とした景色が掻き消え、全方位に景色の開けた山頂に辿り着いた。

この床山登山で一番景色がいい。

遮るものがないため、午後になって吹いてきた風が体を無遠慮に叩くも、火照った体温に丁度いい塩梅だ。

花の彼女も、疲れ果てた表情だが柔らかく笑っていた。

 

「登頂おめでとうございます。っはぁ〜……疲れました」

 

二人揃ってしばらく大休憩。

標高こそ低いが、ほとんど2回登山したようなものだ。疲れもひとしおである。

 

「でももうそろそろ行きますか。まだ夕暮れまで時間はありますけど、登山的には遅い時間ですし」

 

「っそうですね」

 

私、知ったかぶりである。

でも実際、曇りの天気でほんのり薄暗いので同意できた。疲れた体に鞭打って立ち上がり、出発する。

 

「ちなみにどの方向から帰ります?いっぱい分かれ道ありますけど」

 

一床山頂上は色んな方向に道が続いていた。

今私たちが登ってきた桜山方面に、二・三床山方面、そして直通で鹿嶋神社行きの三方向。

 

「私はコッチです」

 

花の彼女の選択は、二・三床山方面。私もそれに倣う。

そこから稜線を歩き、特に問題なく14:30、二床山山頂へ。

二床山山頂は標識だけで、特に面白みはない。

 

「あ、私はコッチです」

 

そこで彼女は進路を変えた。

どうやらここから目の前に見える高松という山を経由して、鹿嶋神社へ下りるそうである。

私はそんな彼女に付いていこうかと思ったが、ふとある事を思い出した。

 

「そうですか。俺は沢コースから下りようと思ってたんで、ここで一旦お別れですね」

 

そう、私は三床山沢コースの事を思い出していた。思い出してしまったのだ。

気になっていたのは事実だが、何も1人になってまで行くような場所ではないのに。考え直せっ。

 

「そうですか。じゃあ鹿嶋神社でまた会いましょう」

 

彼女は少し残念そうな空気を出したが、どうせ下山場所は同じなのでまた会えると思い直したのか、直ぐに出発していった。

そうです、会えますよ。……私が無事に下りられたらな!

 

「うっし、行くか」

 

私は私で、謎に一人きりで意気込んだ。

人と楽しく喋りながら登山するのも楽しかったが、やはり私は一人の方が好きなようである。

無言で知らぬ道を独り、歩く。

 

「うおっ。急に崖じゃん」

 

と思えば結構な岩場に遭遇した。

人3人分ほどの高低差がある岩場に、そこそこ新しめな鎖がぶら下がっている。

もうあとは下山するだけだと思っていた私は少し気圧されたが、いざ下り始めればなんて事は無かった。

岩の突起に足をかけ手をかけ、無事に下りきる。

思いがけぬスリリングな出会いに岩場の写真を撮った。

その後はなだらかな道で、直ぐに今日の特異点、桜山へ続く分岐点に辿り着いた。

 

「ここまで帰ってきたか」

 

一周してきたことを実感して、感慨深くなる。

チラリと後方──高山方面を見やった。

するとちょうど花の彼女の赤いザックが見えた。まだ山頂へ登っている途中のようで、とりあえず順調に進めているようである。

 

「俺の方が下山が速いかな?」

 

私はようやく知った道となった道を得意げに進み、直ぐに『鹿嶋神社沢コース』へ辿り着いた。

 

「よっし。行くか」

 

せっかく『分かる道』となった三床山登山道をわざわざ外れ、未知の道へ。どうして初心者ってこんなに無謀なことを平然としてしまうんだ?

 

「ッけっこう急な下りだな」

 

沢コースは、ひたすらにジグザグの下りだった。

道自体はべらぼうに分かりやすいが、はるか下まで延々とジグザグの道が続いていて、ぶっちゃけ面白みも何も無い。

ひたすらに足のブレー筋が酷使される。

どこかで一休みしたいが、イイ場所はどこにもない。私は観念してひたすら下り続けていった……

 

「ふぅー……終わったか?」

 

もはや無心で進み続けた私は、ようやく平地に辿り着けた。

目の前には流れのない沢が、人がスッポリ入る程度の窪みの中に溜まっている。

 

「道、無くね?」

 

そして道がイマイチ分からなかった。

沢には出会ったが、登山道らしき道がないのだ。

私はここでようやく自分の行動の愚かさを嘆いた。

 

(そもそも沢コースってことは、この沢の中を通るってことか!?)

 

実際にそういう意味かどうか今も分からないが、道を判別できない今、この沢が頼みの綱であった。

山登りで道に迷った時、沢下りはご法度だが、しかしもう来た道を登り返す気力はない。時間的にももうムリだ。

私は意を決して沢の中を歩く。

 

「うわぁ……ぐちょぐちょだ……」

 

水の量こそ少ないので歩くことは歩けるが、ベチョベチョと靴が泥にまみれる。

あまりにも泥が付着して歩きづらいし、水の面積も増えてきたので窪みから脱出して沢沿いに歩いていく事にする。

だが。

 

「っく!?登れん!」

 

窪みはそこそこの深みがあり、登るのにひと苦労した。

その場でジャンプしただけでは登れないので、窪みの中で助走をつけて勢いよく駆け上がる。

泥が跳ねたが仕方ない。必要経費だ。

そうして苦労して窪みから脱すると、運がいいことに登山道と思しき跡を見つけた。しかもピンクテープ付き。

 

「良かった……道、合ってたか……」

 

人工物を見つけて安堵する私。

そこからはひたすら道に沿って、プロテインバーをもそもそ食べながら歩き、ついに。

 

「着い、たぁ……」

 

見覚えのある『三床山沢コース』の標識に出会った。

ついに三床山、下山である。

 

「とりあえず、駐車場まで行かないと」

 

披露しきった心と体を引きずるようにバイクの下へ。

鹿嶋神社を過ぎ、鳥居を潜って太陽光パネルの並ぶ無機質なフェンスにまでやってきた。

 

──15:30、下山完了。

 

(一気に人工物だらけだ)

 

ほんの数分前、沢で泥だらけになって不安になっていたとは思えない光景だ。

周囲の車の数は激減していた。

私のバイクと、あとは2、3台の車しかない。私の下山時刻が遅すぎるのだ。

 

「ザック、括るかぁ」

 

疲れきった体で面倒くさいが、ザックをバイクに紐で取り付ける。背負いながらでも帰れるが、それはそれで地味にキツいのだ。

作業に没頭していると、私が来た方角とは真反対から花の彼女が現れた。

 

「あ、お疲れ様ですー」

 

「お疲れ様です」

 

彼女は車なので、後部座席にザックを放るだけで終わりだ。羨ましい。いやバイクで登山に来る私の方がおかしいのだが。

ふと、一台の車から誰かが降りてきて花の彼女に近付いた。年配の女性だ。どうやら知り合いらしい。

そして二人してコッチに近づいてくる。

 

「さっきまで一緒に登山してたんです。あ、この人は私の登山仲間で……」

 

花の彼女から紹介される。

よく分からないが、花の彼女が下山するのを年配の女性はここで待っていたようである。これから一緒に帰るのだとか。

年配の女性からお菓子を渡される。

 

「お近づきの印に」

 

福島(多分)のお菓子だとか。

餡子の焼き菓子だったか。さっそく頬張ると、疲れた体に甘味が染み渡る。

私がパッキング作業している間、二人は仲良く雑談に興じ、私がエンジンを掛けると手を振ってきて再度「お疲れ様です」と車に戻って行った。どうやら待っていてくれたようだ。お気遣いありがとうございます。

 

「それじゃあ、お気を付けてー!」

 

そうして元気に去っていく彼女たち。

私も疲れきった体に心地良さを感じながら、颯爽と帰路についた。

 

 

 

 






──三床山登山に関しては何も問題は起きることなく、無事に下山しました。

事実をこの上なく記した文だが、実際は最初から最後まで問題だらけだという矛盾が成立してしまった。
私が無事に帰れたのはホンっっっ当に運が良かっただけである。反省しろよホント。
皆さんが登山する時は、くれぐれもこの私のような愚行を冒さぬようお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。