深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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23.4/2、日本百名山、筑波山

 

 

 

──8:00。

日中は暑くなることも多くなってきたこの頃だが、早朝のバイクはまだまだ寒かった。

 

「うー。けっこう冷えたな。早く着きたいぜ」

 

今回の目的地である筑波山にはまだ到着していない。

その麓のコンビニで温かい缶コーヒーを啜りながら、道の確認中だ。

ここまでの道のりも何回かストップしながら来たが、最後の確認だ。家からけっこう距離があるのだ、筑波山。

私が目指している登山口駐車場はこぢんまりとしたちょっと入り組んだ場所にあるので、こうして要チェックしないと迷ってしまう。

そうして最後の確認の後、出発。

無事に駐車場へ辿り着けた。

 

「よし。空いてるな」

 

けっこうな勾配の、住宅街な道路をバイクで登り、目当ての土地へ。

本当はもっと標高が上の方に立派な駐車場があるのだが、人混みを嫌った私は敢えてコチラを選んだのだ。何よりタダだし。

タダだけあってそれなりに狭い駐車場。砂利。

すでに他の車が何台か停まっていたが、バイクの私はラクラク停車。

括り付けてあるザックを紐解き、登山アプリを開いて登山開始をタップ。

前回の三床山で多少反省した私は、これから先の登山では必ずアプリを活用し始めた。ようやく。

 

「よし!」

 

ザックを背負い、いざ日本百名山で一番標高の低い山、筑波山へ!

 

「って、始まる前からキツい!」

 

開幕、キツい傾斜の舗装道路がお出迎え。

先ほどバイクで走った道路のその続きを歩くのだが、これがまぁツラかった。

まだ登山口にすら辿り着いていないのにゴリゴリ体力が削られていく。

無料駐車場というのはそれなりの理由があるのだ。

 

「ん?なんだ……手紙?」

 

古い民家が立ち並ぶ路地裏的な道を行くこと、少々。

古めかしい、郵便局らしい建物を見つけた。どうやら今の時代に真っ向から逆らって、紙の手紙を郵便するらしい。

『この時代だからこそ、心を込めた手紙を贈りませんか』的な事が書かれていた気がする。まだ朝早いので、建物内に職員らしき人は居なかった。

全体的に周囲の民家も古めなので、なんだかタイムスリップしたような感覚に陥る。

まぁしかし、今は登山だ。

陸橋で道路を渡ってしばらく、民家が消えて雰囲気が厳かになってきた。

筑波山神社だ。

お土産屋が立ち並ぶ区間を過ぎて境内に入ると、立派な門や社殿が。今回は山登りをメインに来たが、この神社だけでも十分な観光地だ。

だが私の興味は未だ神仏に向けられていないので、ザックを背負い直して登山口を探した。

 

「?、どっから行くんだコレ」

 

神社の裏手に回って見たりしたが、それらしい道が見つからない。

アプリと睨めっこしながら彷徨う事、しばし。

 

「境内から出るのかよ」

 

神社を南側へ出ていった先に、素朴な石造りの鳥居を見つけた。

8:50。ここが今回私が登るルート『白雲橋ルート』の登山口だ。

 

 

──そう。私はとうとう、事前にそこそこ綿密に登山ルートの計画をしてきたのである!

筑波山は至る所に登山口があり、調べざるを得なかったというのもある。

 

 

「うーん。やっぱ地図を見るだけじゃ、まだ全然分かんねーな」

 

ようやく進歩が見えてきた私の登山スキルである。

まだまだ精度は甘いし成長も遅すぎるが、成長したというだけで最早ヨシとしよう。

 

「とりあえず行くか」

 

そんな感じで鳥居を潜……ろうとして、背後から「失礼しまーす」と軽装なお兄さんが走り抜けて行った。

狂気の種目、トレイルランニングだ。

さらにその後から続々とトレランたちが走り抜けていく。

 

「へー。筑波山って走れるほど楽な山なのか?」

 

この時の私はトレランの凄さなど知らず、みんな元気だなぁくらいの感情だった。

私はザックを背負っているので(例に漏れず水・食料満載)ゆっくり歩くことにする。

出端をくじかれたが、気を取り直していざ筑波山へ。

鳥居を潜って狭い道を進むと、直ぐに森が広がった。直立のスギや、ブナの木が出迎えてくれる。

地面は木の根で覆われ、合間に岩がゴロゴロ転がり、そこらじゅう躓きポイントだらけだ。

……さっきのトレランたちはここを走っていったのか。素直に凄いな。

感心しながら、緩い傾斜の道を行く。

だがしばらくすると、勾配が出てきた。

 

「ふぅー……結構キツいなぁ」

 

いやらしくも徐々に坂道がしんどくなってくる。体温が上がってきた。

それに気温も上昇してきた。

背の高いスギのお陰で太陽光に灼かれることはないが、逆に言えば日陰でこの暑さだ。この後さらに暖かく暑くなっていくだろう。

朝のバイクは凍えるほどの寒さだったので、服装は完全冬装備だ。

立ち止まってレイヤー変更、Tシャツ1枚になる。

それにすでに30分ほど登ってきて、場所もちょうど広場っぽいところで小休憩とする。

 

「……それにしても、人多いな」

 

立ち止まって改めて見ると、大自然の景観に人、人、人の姿。

山の中なのにガヤガヤと賑やかだ。人の声が途切れない。

登っていけば各ルートからさらに人が集結するので、頂上は人混みで溢れかえっているだろうことが窺えた。

さすがは近郊で気軽に登れる百名山。この先特に描写はなくとも、常に周りに人間が居ます。

 

「柿ピーうまい」

 

行動食兼塩分補給として柿ピーをポリポリ齧る。

喉が渇くが、汗をかき始めた身体に塩のしょっぱさがダイレクトに伝わってきて最高だ。

水はたっぷり持っているのでゴクゴク……いきたいところだが、あんまり飲んで運動すると横っ腹が痛くなるので、口いっぱいに含む程度でゴクンと飲み込む。

 

「よし、出発」

 

小休憩を終え歩き出す。

それにしても、スギの木。

コイツらの様子がちょっとおかしくないか?

特にアレ。太っとい枝が真横に伸びて、急に上に向かって直角に伸びている。

そんな生え方する?

人の手でムリヤリ進行方向を変えられたみたいな異様な形の太い枝が、そこらの頭上にいっぱいあった。

なんか、こわっ。これがパワースポット……?

畏れを抱きつつも進むことしばし。

 

──10:00。

 

「うおっ。何だこのキレイな建物は」

 

弁慶茶屋跡という広場にやってきた。

その名の通り茶屋と思しき、山中には不釣り合いなキレイな小屋が建っていた。

残念ながら中身は茶屋ではなく、ただ座れるだけの休憩所なのだが、人で大賑わいだ。

道中、キチンと座れるような場所はなかったからな。椅子があるというだけで多大な価値がある。

 

「それにしても人が多いな」(2回目)

 

小屋は人で溢れているので、そこら辺で立ちっぱで休憩だ。

他にも私同様に立ちっぱや、地面に座り込んで休んでいる人々。

この休憩所は他のルートと合流する場所なので、ここから更に人混みが加速するであろう。やだなぁ。

 

「うーわ。こんなん初めてだ」

 

休憩もそこそこに出発すると案の定……いや想像以上に人が列を為していた。

行列だ。こんな山の中で。

道幅が狭いこともそれに拍車を掛けている。

それに加え、ここから筑波山の見どころの奇岩地帯に入るので、立ち止まる人も増えてもうハチャメチャだ。

 

(もはや全然疲れない歩行スピード……あ、変な岩だ)

 

すっかり汗も引っ込み、諦めて人の流れに身を任せていると頭上にどデカい岩が。

地面から生える岩と岩の間に、どこから降ってきたのかデカい岩が絶妙に挟まっていた。

名称、弁慶七戻り。

 

「落ちてきたら死んじまうな」

 

皆、岩の下で写真をパシャパシャ撮っている。

私も通りすがりながら写真を撮り、通り過ぎてから邪魔にならないよう隅っこからこの岩を眺めた。

 

「こりゃ確かにパワースポットだ」

 

巨岩というだけで信仰の対象になるというのに、こうして変な形に収まっていると自然の神秘を感じざるを得ない。

惜しむらくは人が多すぎるという事だな。

人が居なければもっとじっくりゆっくりまったりしたいのだが、続々と人の流れが激しくなっていくので退散。

 

「お?分かれ道なんてあったっけ?」

 

進むと、左に折れる道と直進の階段が現れた。

マップを見ると左が正解なのだが、とりあえず階段を直進。

名称、高天原。

岩の隙間を通るような、狭くて短い階段を登りきって折り返すと、そこは次なるスポットだった。

高台のようになっており、登山道を歩く人々のツムジが眺められた。

何故かここには誰も登ってこない。思いがけず避難所だ。

高天原と大層な名前だが、小さめな祠があるだけである。無教養なので見所を見つけられず、少しゆっくり息をついてからルートに戻った。

その後も奇岩・怪石が続く。

ご丁寧に各所に看板が設置されていて、名称を教えてくれた。

おぉ、これが胎内くぐり……ザックが引っかかって通れなかった。国割石って名前カッケェ。

勾配はあったりなかったりするが、人の列でゆっくりペースなので比較的体力の消耗は無し。

だがここら辺で雲行きが怪しくなってきた。文字通り。

 

「うわー。完全に霧の中」

 

さっきまで太陽が見えていたのに、いつの間にか雲が現れ始め視界が悪くなってしまった。

たかだか800mほどの高さなのに、ここまで急変するか天候。

 

「すっげー寒い」

 

気温も急激に落ちた。

ロープウェイの支索──女体山にはロープウェイが繋がれている──の真下にイイ感じの岩があったので、そこにザックを置いて急いで上着を羽織る。

今にも雨の降りそうな曇天だが、なんとか持ち堪えてくれよ。一応雨具はあるけど、着るのは面倒臭い。

そうして忙しなくレイヤー変更しながら、最後に少し急な岩場を抜け──10:50。

 

「山頂……か?」

 

女体山頂877m、登頂。

神社のような建物の脇の階段を上ると、その先に岩場が。

岩場の向こうは壮大な景色が広がる……はずなのだが、あいにくと白一色。

山頂までスッポリ雲で覆われてしまったようだ。

 

「ま、しゃーなし」

 

ガッカリだが、こればかりは仕方ない。

山頂なだけあって人がひっきりなしに来るし、さっさと次に行こう。

山頂連絡路なるハイパー歩きやすい道を行くことしばし。

だだっ広い広場に出た。

 

「おいおい。本当にここ山の頂上かよ」

 

男体山頂直下。

山頂だというのに土産屋や食事処が並んでいて、完全に下界の雰囲気だ。

まぁ事前に調べて知ってはいたが、実際に見ると山頂感がまったく無いな。

そしてやはり人でごった返している。

筑波山、近郊のパワースポットと言うのもあるが、ロープウェイとケーブルカーが完備されているから誰でも来れてしまうのだ。

……それにしても、ラフな格好の人が多すぎるな。

逆にスゲェよ。私なんて登山靴じゃなかったら何回足をグネっている事か……

 

「まぁ、メシ食うか」

 

ともあれ、喧騒の中、私は空いているベンチに座ってザックを開いた。

なんと前回に引き続き、本日も袋ラーメンだ。しかもチキンラーメンではない、スープが別入りの本格的なヤツ。

ちなみに筑波山は、この山頂でのみ火の取り扱い可らしい(.23年当時)。きちんと調べてきました。

ガスバーナーをセットし、お湯を沸かす。

地味に風が吹いているので体で壁を作り、コッヘル内にラーメンを展開していく。

あと家に余ってた餅も投入し、炭水化物パーティーを開催。

 

「よーし完成」

 

器なんて上等なモノは無いので、せっかくの本格的な袋ラーメンだがコッヘルから直接頂く。

 

「うんうん。普通にラーメンだわ」

 

あまり山頂感もなく周りは人だらけなので、ロケーション効果は薄い。

でもまぁ非日常感は強いので、割とニヤニヤしてしまう。私は些細なことで表情筋が緩んでしまうのだ。キモい。

スープを吸った餅で食って飲む。

ゴクゴク、クチクチ、ズルズル。

ふー、ごちそうさま。

 

「……食べ過ぎた」

 

餅がちょっと余計だったかもしれない。

これはしばらく安静にしていないと横っ腹が痛くなってしまう感じがするな。

私はゆっくり道具をしまいながら、辺りをキョロキョロ。スマホをポチポチ。

 

「男体山山頂はアッチか。……の前に、土産物屋見に行こ」

 

ザックは置きっぱで広場を散策。

土産物屋はひと昔前の、物に溢れたザ・土産屋だった。

筑波山特有のタオルやTシャツペナントはもちろん、平地でも買えるような昔懐かしのあんな物やこんな物まで。

お、竜が巻きついた剣のキーホルダーあんじゃん。昔買ったなぁ。冷静に考えたらこのシリーズなんなん?誰が買うんだよ(私)。

ひと通り冷やかした後、何も買わずザックを戻る。

 

「おっし行くか」

 

ひとまず目の前の男体山山頂へ。

頂上直下はわりとキツめな坂が続く。

──12:00、871m、男体山頂登頂。

 

「人だらけだ」

 

男体山頂の標識を写真に納めたいのに、なかなか人の流れが途切れない。

いいや、人が映っててももう撮っちゃえ。パシャリ。

さぁ後は下りるだけとなり、下山ルートをアプリで見て。

私は気付いてしまった。

 

「あれ?なんか道が続いてる……」

 

GPSの自分を示す矢印の、その先。

男体山の向こうへと続く道を。

本来ならこのまま御幸ケ原コースから下山する予定なのだが、この時、私の冒険心が疼いてしまった。

大丈夫大丈夫。地図見る限り、なんか一直線の道を一周するだけみたいだから。

私は予定外のルートへと進んだ。

 

「……と、その前に」

 

私はスマホを操作し、ルート変更を選択。

これにより、事前に決めてきたルートを外れても警告が発せられなくなるのだ。あれから少し使い方を学んだ私であった。

さて、ルート変更し進んだ先は自然研究路。

名前の通りここまで歩いてきた道よりも、より自然が深い場所だ。

しかし道はべらぼうに歩きやすい。幅は狭いがコンクリで固められているので。

 

「ほえー。本当に通っていいのか?なんか関係者以外立入禁止って感じ」

 

研究路、なんて大仰な名前だから少々気後れしながら歩く。

他にも歩いている人は居るが、明らかに人口密度は下がった。人の声も無い。どうやら人気は無いらしい。

ふむ。やはり山登りはこうでなくちゃ。

思いがけず理想の登山に気を良くする私。

途中、植生や動物の紹介看板があってそれを読みながらマイペースに進んでいき。

 

「お。なんか開けた」

 

研究路の端っこにまで来た。

飛び出した岩の上に立つと、眼下には関東平野が一望できた。

 

「ちょうど雲の切れ間か」

 

振り返ると男体山の方はまだ雲で陰っていて、この端っこの展望台はギリギリその範囲から抜け出していたようだ。

今日は展望を諦めていたから、嬉しい誤算である。

気温も上昇していた。再びのレイヤー変更。

そんな感じで展望を堪能していると、背後からザカザカ足音が響いてきた。

 

「ハァ、ハァ……こんにちは」

 

「あ、こんにちは」

 

3人のトレラン男たちがやって来た。

私は展望台を彼らに譲ると、「あ、写真お願いできますか?」と依頼された。

スマホを受け取る。

 

「あ、バックに景色が映るようにお願いします」

 

注文の多いトレイルランニング。

でも気持ちは分かるので、並ぶ3人の背景に景色がよく映るよう、スマホを高く掲げて数枚撮る。

 

「ありがとうございます!」

 

写真を確認したあと、爽やかな笑顔で颯爽と走り去っていく3人。

残された私はもう一度静かな景色を堪能した後、彼らの後を追った。もちろん私は歩きで。

その後も自然豊かで人の居ない道をゆっくり歩き、穏やかな時間を過ごした。

足元のコンクリに咲く一輪の花の写真を撮ったり。

薬王院ルートなる、更なる分かれ道にて「さすがにこれ以上はムリ」と諦めたり。

道の外れに椅子を展開して読書しているQOL爆アゲ野郎が居たり。

 

──12:40。

私は男体山の、ラーメンを食べた広場にまで帰ってきていた。もちろん人口密度は復活だ。

 

「イイ所だった。自然研究路」

 

皆、あそこに行かないのはもったいないな。

いや人が居ない方が個人的にはそっちの方がいいのだが、筑波山に来たらぜひ自然研究路も踏破してほしい。オススメ。

ザックをそこら辺に置いた私は、土産物兼食堂の建物の屋上に立っていた。

そこは誰一人として居なく、私だけ。

写真映えを意識した高台がポツンと置いてあり、その前のベンチに座ってボーッとする。

 

「けっこう疲れた」

 

自然研究路、高低差はあまり無かったが、本来歩く予定のなかった道を歩いたせいで疲れ気味だ。

そんな疲労感に包まれながら、かつ思いがけず人の居ない空間に出会えたので本格的にまったりモード全開になる私。もう歩けないかも。

 

「でも、帰るかぁ」

 

下山して家に帰るまでが登山だ。

ひとしきり休憩を満喫した私は渋々立ち上がる。

 

──13:00、下山開始。

 

「そういやケーブルカーがあんだよな」

 

この男体山頂からは地を這うケーブルカーが敷かれている。

コレに乗る選択肢もあったが、人口密度が高かったので敬遠。

そもそも私は自らの足で登山しに来たのだ。ケーブルカーやロープウェイなど邪道ッ。

そう思って御幸ケ原コースから下山を始める。

 

「道がスッキリしてる……人が少ないからか」

 

さすがに下山時は周囲の人の数が減っていた。みんなケーブルカーやロープウェイで下りているんだろう。下山時って疲れも溜まってるし、ぶっちゃけ面白みもないからな。分かるぞ。

しかしこの御幸ケ原コースは基本的に、いやらしくもそんなケーブルカー沿いに登山道が続いていた。

この道のりを設定した人は人の心とか無いのか?ヒィヒィ歩いてる登山者の横を、ケーブルカーが何食わぬ顔で登り下りするのだ。ヒドイ。

加えて結構な勾配。

今の私は下りだからまだマシだが、チラホラ通りすがる登りの人の表情は絶望に染まっていた。がんばれ。

 

「階段だらけだし、木の根も蔓延ってるしで中々……ッ」

 

順調に下りていく私だが、下りは下りで足に疲労が際限なく溜まっていく。

登山に楽な道はない。歩いている限り。

 

「しかし、変な形の木がいっぱいあるな」

 

水を飲むための立ち休憩で、周囲を見渡す。

奇岩・怪石で有名な筑波山だが、個人的にはそれに負けず劣らず奇形な樹林も見所だと思う。

登り始めの時にも見た、変な角度の枝。

キレイに二股に分かれて成長している杉。

ひたすらに太く力強い杉。

足下に蔓延る根も、まるで四足動物のような形をして浮いているヤツも居た。

そんな変な植物シリーズを写真に納めながら、そのまま30分ほど下り続ける。

そんな私を出迎えるように小屋が出現した。

 

「はぁ、はぁ……弁慶茶屋跡と同じ系譜な感じの小屋だな」

 

小綺麗で簡素な造りの休憩所。

私はありがたくここで休憩を取った。素晴らしいことに人も居ないので居心地は最高だ。少し長めの休憩にしよう。

 

「あー疲れた」

 

ドサリとザックと自分の体を椅子に投げ出す。

少しボーッとした後、ザックのウエストベルトのポケットからプロテインバーを取り出して食べた。

 

「これみよがしに目の前にケーブルカーの線路があるな」

 

休憩所の目の前。

フェンスに囲われた向こうに文明の利器が。

フェンスに寄ってみると、ケーブルが静かに動いている。上と下の両方からカンカンカンと音が聞こえてきた。

 

「お、車体が来そうだな。せっかくだし見てくか」

 

バーを食べながらゆったり待つ。…………なかなか来ないな。

 

「んー?」

 

そこでふと気付いて、目を細める。

地面から少し浮いた、ケーブルカーのケーブルの線上。その真下。

車体を引っ張っているためか、ブルブル震えながら牽かれているそれに。

植物が接触していた。

ケーブル線上の真下に生えたナズナ(多分)──いわゆるぺんぺん草の頭が、ケーブルに接触していてペシペシ左右に荒ぶっていた。

 

「あらら。あんなところに生えちゃって。運のないヤツ」

 

あれでは今後の成長は望めない。というか枯れるだろ。

そんな可哀想なナズナ(コイツ)の事を、私は心の中で『ペインペイン草』と命名した。無限にケーブルに叩かれ続ける運命……

コイツの動画を撮っていると、ついに車体がやって来た。上下両方から。ここはちょうど中間地点だったのか。

私はフェンスに軽く寄りかかって見送る。

中は人でいっぱいだ。

あんなにギュウギュウなら乗らなくて正解だったな。楽ではあるんだろうが。

そうやって見送っていると、下りの車内から小さな女の子が私に手を振ってきた。

私も振り返す。

 

「ばいばーい!」

 

車内から元気な声が響いてきた。

他の乗客が吹き出す。

私も苦笑いだ。

登りと下り便が交差し、上下に去っていく。

ふぅ。……さて、頑張って歩いて下りますか。

 

──14:10。

私は筑波神社、御幸ケ原コースの登山口に無事下山していた。

 

「さすがにさっき俺が見送ったケーブルカーの乗客は……居ないか」

 

なんとなく対抗心を燃やして出来るだけ早く下山してきたが、発着場に人は疎らだった。

悔しいが完敗だ(当たり前)。

さて、気を取り直して境内を散策する。

……と思ったが、予想外に足に限界が訪れていた。

 

「く……足の筋肉が」

 

下山して気が緩んだのか、一気にキた。

平坦な砂利の上を、足を引きずるようにして歩く。

登山アプリはまだ終了させていない。

下山通知はバイクの位置に戻ってからだ。

 

「ひぃ……ツラい」

 

神社の参拝はまた今度。今はとにかく早く帰りたい。

土産物屋を過ぎ、一直線に駐車場へ向かう。

 

「遠いぞ、無料駐車場……!」

 

タダなのには理由がある、を身を持って痛感しているところだ。

例の古びた郵便局をそのまま素通り。

最後の傾斜のキツい下り坂を下る。

これがイチバン辛かった。

普通に歩いても厳しい勾配を、重いザックを背負って足をプルプルさせて通る。

下手したらこの坂を転がっていってしまう。こんな住宅地な場所で滑落する登山者居ねーよ。

 

「ぅおおぉ!ゆっくり、ゆっくり……」

 

力を振り絞り、ブレー(キん)を酷使する。

そして14:30。

なんとか駐車場へ辿り着いた。

 

「っあー!もう歩けねぇ!」

 

ザックを地面に放り、私自身も地面に足を投げ出して座り込む。

キツかった……敗因は最後にペースを飛ばしすぎた事だ。無駄にケーブルカーに対抗心燃やすんじゃなかった……

登山アプリにて下山通知をし、パタリと力尽きた私。

下山したのはいいが、この後は家までバイクで帰らなければならない。

日が沈み切る前後になりそうだな、帰宅。

さて、この疲れきった体で何時にここを出発しようか……

 

「とりあえず休憩するしかねぇな」

 

欲を言えば明るい内に帰りたいが、別に暗くなっても問題は無い。

それよりもこの疲れきった状態で騎乗し、足を吊ったりした場合の方が問題だ(フラグ)。ゆっくり休んで帰った方が賢明である。

 

「ザックをバイクにくっ付けんの、めんどくせぇ〜」

 

バイクの前でゴロゴロしながらグダる私。

下山した事で完全にやる気が無くなっていた。

車ならばザックを後部座席に放るだけでいいので、この時ばかりはバイクで来たことを呪う。毎回やってるなこのくだり。

 

「ふぅ……やるか」

 

しかし背負いながら帰るのはそれで辛いので、観念してパッキング作業に入る。

ものの5分と掛からず完了。

 

「紐の通し、グラつき、テンションヨシ!もっかい休憩!」

 

自分が感じている以上に疲労が溜まっているのか、なかなか出発まで漕ぎ着けない。

再びゴロゴログダグダし、ふと辺りを見渡してそれを見つけた。

 

「そういやブランコとかあったな。乗るか」

 

この駐車場から目の前、一段上がった先にこぢんまりとした名前のない公園があるのだ。ブランコと鉄棒だけの簡素な遊び場。

そんな遊具と戯れ始める私。相当疲れているようである。

夕暮れ時、成人男性が独りでブランコで遊ぶ光景。完全に輩である。

 

「鉄棒、懐かしー。逆上がり出来っかな」

 

その隣のサビサビの鉄棒で逆上がりまでやり始める私。元気じゃねぇか。

ちなみに、ブランコも鉄棒も私の体格にまったく合っていない。子ども用の遊具だ。物理的にも光景的にもキッツい。

 

っは!?

 

ノリノリで遊んでいたら、道路を挟んで向こうに誰か居た。

何やら左官作業をしていたらしき、青年とおじさん。

今はこっちを見ていないが、どう見ても私の存在を把握している間合いだ。おいおいおい、死ぬわアイツ(私)。

そして更に、追加で車がやってきた。しかも彼らの仲間らしい、停車してゾロゾロ人が増えた。

おいおい、おいおいおい。

 

「……」

 

私はスン、と無言でバイクに戻り、エンジンを掛け、ヘルメットを被る。

ふう。ヘルメットを被ればもう安心だ。何も恐れることはない(現実逃避)。

私はそっと駐車場を後にした。

うぉおおおお!殺してくれ!!!ヴオオオオ!(エンジン音)

 

──16:30。

50号線沿いの道の駅にて。

閉店間際だという露店の、「残り物まとめて全部購入なら安くしとくよ!」で売ってもらった揚げ物をモシャモシャ食べていた。店員は全部売り切ってホクホク顔だった。よかったね。

揚げ物で膨れたビニール袋を引っさげて、食べ歩きしながら他の露天も冷やかす。

 

「お兄さん、ソレ喉渇くでしょ。試飲いかが?」

 

乾物屋のお姉さんに捕まった。

何やら出汁汁(だしじる)を渡され、ありがたくホッとひと息つく。

 

「お兄さんその格好、バイクですかー。どこ行ってきたんです?」

 

「えーと、筑波山を登ってきました」

 

お姉さん、「えー!?登山?すごーい!」と何故かさらに試食のイカゲソもくれる。ちょ、もう流石に多いんですが……

イカゲソを食べながら駄弁りが続く。

お姉さんが昔、私と割と近い地域に住んでいたりと謎の情報をゲットし、お礼を言ってなんとか退散。

イカゲソに大量の揚げ物と、もう運転しなくていいならビール案件な格好の私。

 

「水で我慢だ」

 

登山で余っていた水を飲み、食料を消費していく。もう夕飯いらんな。

そして全てを食べ終えた私は、夕暮れに染まる中をバイクで駆っていく。

距離はまだあるが、50号線を一直線というカンタンな帰りの道のり。

そんな感じで迷うことなく帰路に着いていたのだが……

 

「……ん?おぉ?ッぐあああ!?」

 

運転中、左足を吊った。フラグ回収。

走行しながら足を伸ばす。

すると少し楽になったので、直ぐに足をステップに乗せたが、再びジワジワと吊る感覚が押し寄せてくる。

 

(ダメだ!伸ばしてないとまた吊る!)

 

左足ピン状態で走る。

 

「くっ、駐車場に失礼するしかない!」

 

ちょうど目の前に被服店があったので、敷地に侵入し隅っこにバイクを停車。体を投げ出す。

 

「ッあ゛〜゛イッテェ……っ。結構休んだのにダメだったか」

 

水もいっぱい飲んでいたが、疲労の前にはムダだったようである。

もう少しで自宅だったのだが……

太陽が隠れてきた。

暗くなる世界。

誰も居ない、田舎特有の広すぎる駐車場にて。

 

「たった800mでこのザマか……。もっと足腰体力鍛えないと……」

 

筑波山、ナメていた。

心身ともに想定外のダメージを受けた登山であった。

 

 

──これが深夜渡航、北海道ツーリング編を控えた本土最後の登山であった。

 

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