深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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23.5/28─赤城山(黒檜・駒ヶ岳)

 

 

 

──6:40。

北海道ツーリングを終えておよそ3週間。

長旅の疲れもすっかり癒えて元気になった私は、珍しく早朝出発して赤城山の大沼駐車場に立っていた。

人の気配も少なく、静寂が心地良い。

 

「夜勤明けだと早朝出発しやすいな。ま、3時くらいから起きてるから当然か」

 

今は日曜日。

土曜の朝に仕事から帰宅し、夕方に寝てAM3:00起床だ。変則的だが睡眠時間はバッチリである。

 

「5月でも、やっぱ山頂付近は冷えるな」

 

朝早いというのもあるが、中々に冷えきった空気だった。

まだ駐車場だが、現在地の標高はすでに1345m。夏だと市街地との温度差が10℃は低くなる場所だ。

 

「寒いからさっさと行くか」

 

じっとしていると冷えるので、いざ黒檜山(くろびさん)登山口へと向かう。

 

──赤城山は、黒檜山を主峰とした連なる山々の総称だ。『赤城山』なる頂はない。

関東平野に住んでいるのに、私はそのことを今まで知らなかった。というか興味がなかった。登山をするまでは。

 

「うわっ。こんなにルートあるのかよ」

 

家で登山ルートを検索していた時の私のセリフである。

大沼を中心にして実に様々な頂上が聳えているので、ルート選びに難儀した。

今回はその中でも特にメジャーと思しき、主峰の黒檜山を選んだ。

 

「あー、結構キツいなー」

 

駐車場から少し道路を歩き、こぢんまりとした黒檜山登山口を登る。標識が立っていなかったらここが入り口だと分からないかもしれない。

抉られたような土と岩の道を登ること少々。

辺りは一面岩が転がる光景になり、加えてそこそこの険しい勾配を歩かされた。

 

「まぁでも、階段みたいでそこまで苦ではないな」

 

そこそこの標高を誇る赤城山だが、初心者・中級者向けによく紹介されており、難易度自体は高くない。

道もハッキリしているし、順調に標高を上げていく。

 

「こんにちはー」

 

チラホラ他の登山者と出会う。中には下山者まで居た。一体何時から登ってるんだ。

この赤城山、車さえ運転できれば、先程の大沼など広々とした駐車場が常時開放されているのでアクセスは容易だ。

近くには無料の、湖畔に面したキャンプ場もある(私も何回かキャンプ利用した)。先程の下山者はそこを利用していたのかもしれない。

シーズンである夏はハイカーだらけで広い駐車場が埋め尽くされるほどであるし、割と人気な山だ。

若りし頃は登山なんて非生産的なことをよくするなぁ……と思っていたが、君、数年後にしてるよ、登山。

 

「そこら辺にいっぱい咲いてるな。紫ピンクな花が」

 

ツツジだ。

かつての三床山で出会った花の彼女に倣い、写真に収めていく。

 

「猫岩ってどれだろ」

 

事前の調べで、その岩周辺は崖になっているので注意されたし、と読んだのだが、肝心の猫岩がどれだか分からない。

だが岩石地帯を登りきった先、草木に覆われた向こうが確かに崖になっていた。危ない。

 

「お、大沼が見える」

 

向こうには今しがたやっきた大沼が眼下に望めた。

こうして見ると結構登ってきたな。

というか、感覚的にはずっと背を大沼方向に向けていた気がするのだが、いつの間に正面になっていたんだ。方向感覚が狂ってしまっている。

元々私は方向感覚があまりよろしくないが、180°狂ってしまうとは流石にヤバい。

登山道はハッキリしているので迷うことはないが、ちょっとショックだった。能力が登山に向いてなさすぎる。

しょんぼりしながらも進む。

それ以降は特に問題なく進み、8:00──

 

「お。もう頂上か」

 

赤城山、黒檜山頂1828m登頂。

頂上だというのに現在地の景観はない。

しかし左手に絶景スポット2分と書かれており、そちらに向かう。

 

「おー、いい眺め」

 

そこは広場だった。木々が退き、360°見渡せた。

本日は曇りだが、明るい。薄い雲だ。

空を漂う雲と、下界に浮かぶ雲に挟まれている。

その中で山の濃い緑色が一際目立っていた。まるで空に浮いているようだ。

大沼の向こうに小沼があり。

所々に赤白の鉄塔が聳え、赤城山の数あるピークのひとつである地蔵岳の電波塔も見えた。

こんな山奥によくあんな巨大な物を建てるなと関心しつつ、菓子を頬張る。

 

「そしてけっこう人がいる」

 

その広場は人で賑わっていた。

広場は文字通り広いのでそこまでの人口密度ではないが、道中に比べれば圧倒的に人が多い。

みんな、まだ朝の8時だぞ。パワフルだなぁ。

自分もそんな一員だという事は棚上げ。

 

「さてと……」

 

私はその一員から抜け出して1人、目の前の斜面を進んだ。

この先には小黒檜山というピークがある。

登山アプリでルート作成中に見つけて、今日の行程は短いのでちょっくら行ってみるかと組み込んでみたのだ。

だが、この選択は間違いだった。

 

「え。全然道ないじゃん……」

 

進み始めてすぐ、私は焦った。

急坂の下り。

膝まで埋まる藪だらけの周囲。

人の気配はおろか、登山者の足跡すら見つからない。

かろうじてピンクテープがぶら下がっているが、それ以外の人工物は皆無。

私は100mほど進んだところで、ピタリと止まった。

 

「ムリだ。戻ろう」

 

クルリと反転。

今度は登るハメになる急坂を一気によじ登り、あっという間に先程の広場まで戻ってきた。

 

「はぁ……はぁ……っ行ける気がしねぇ」

 

アプリの地図を見る限り、そこまで距離はない。

しかしそれは罠である。

後から調べたが(事前に調べろよ)、小黒檜山には道が存在していないのだ。更にあれより先に進めば、胸元まで迫る藪と格闘せねばならないらしい。

地図読み能力・藪漕ぎの経験のない私には無謀な挑戦だった。

すぐさま戻ってきて正解である。

 

「あのー……」

 

私が座り込んで休んでいると、1人の男性ハイカーに尋ねられた。30代くらいだろうか。

聞けば、彼も小黒檜山を目指そうとしていたようだ。

だがソレに向かったであろう私が直ぐに帰ってきたので、話を聞きに来たらしい。

私は素直に話した。

 

「藪漕ぎの経験がなければ、行かない方がいいですね。道が全然分からない状態でした」

 

「そうなんですか。地図見る限り、簡単に行けそうなのになぁ」

 

私は思った。

おそらく、この人は私と同類の『そこそこ登っているけどレベルアップしてない登山者』だと。

流石に面と向かってそんなことは言えないので、「まあ判断は任せます」と放任。

私は黒檜山頂を後にした。

多分、あの人は行かないだろう。よしんば行ったとしても、私同様にすぐ踵を返すはずだ。なんてったって私たちは登山レベル1だからな(決めつけ)。

その後は稜線を伝って歩く。

多少のアップダウンはあるものの、基本的に道はなだらかで順調そのものだ。

キレイなピンクのツツジに迎えられながら、9:20。

あっという間に駒ヶ岳に着いた。

 

「大沼の真上だな」

 

黒檜山頂とは違う角度からその全体像を眺める。

背後には関東平野を一望でき、中々に絶景だ。

しばし景色を眺めて堪能する。

 

 

──……しかし、アレだな。

道程が順調過ぎるとまるで書くことがないな。

登っているその時は楽しい事この上ないのだが、順調過ぎて写真も少ないし記憶も薄い。

なんで楽しい記憶ってすぐにトんでしまうん?

 

 

菓子パンを食べて休憩しながら、この後の予定を考える。

 

(当初の計画だとここで下山コースに入るが、ちょっと歩き足りないな。別のコース行くか?)

 

この駒ヶ岳から下りずに別の頂上へアプローチ出来るが、どうしたものか。

小黒檜山を断念した事で時間も体力も有り余っている。

後は行くか行かないかだけの問題だが……

 

「ま、下りるか」

 

私は駒ヶ岳から下山を開始した。

理由はまぁまぁ情けないコトに、小黒檜山で少し怖気付いたのだ。

今日は攻めても良いことない日だと結論づけ、さっさと下山していく私。

 

「セミの抜け殻じゃん」

 

花を見ていたらその枝に気の早いセミを見つけた。

5月で羽化するか?この山頂付近で?もしかして去年の抜け殻の可能性もある?

 

「うわぁ。メッチャ階段じゃん」

 

工事現場のしっかりした足場のような階段が続く。少し山の情緒が……

下りも特筆すべきことはなく、そのまま大沼の駐車場付近へと下山した。

今回は小黒檜山以外は問題なかった。

まぁでも駐車場のトイレで用を足す時、足がガクガクして荒ぶって大変だったが。

酷使した感じはなかったが、体にはしっかり疲労が蓄積していたようである。

そんな感じで赤城山最高峰の黒檜山登山は終幕した。

赤城山にはまだまだピークが沢山あるので、この調子で制覇していきたい所存だ。

 

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