深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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.24年編です。


.24、雪山へ向かう
24.1/7─荒船山


 

 

 

 

黎明に照らされる、ほどよく晴れた冬の空の下で。

 

「ふぅ。寒いな」

 

自宅の敷地内にて、防寒装備でガチガチに身を固めた私が白い息を吐いて作業していた。

目の前には相棒のXJR1300が、冬の空気によって芯まで冷やされていた。今からコイツを叩き起こすところだ。

今しがた、登山道具一式を詰め込んだ50ℓザックを後部座席に括り付け終えたところだ。

次は暖気運転に入る。

メカニカルキーを回し、カコッ、とニュートラルを示すNの文字が緑に光る。

チョークを引き、エンジンスタート。

ブブブブォオオオ!とXJR1300の咆哮が、冷たい空気を震わした。

 

──登山を始めて、早1年が経とうとしていた。

 

『出掛ける年』と定めた2023年。

新たな趣味として登山を始め、関東の低山を中心に、北海道ほぼ1週間長距離ツーリングを経て日本最高峰の富士山に登るまで至った。

初心者特有の、後先考えないパッション溢れる行動力である。

無謀な行いも多々あったが、とりあえず『出掛ける年、2023年』の抱負は達成したように思う。

それ以前の私は家でグータラするか、気晴らしにバイクでちょっと出掛けてキャンプするくらいだった。

ブブオオオオ、と回転数が上がってくる。

 

「よしよし。目が覚めたな我が相棒よ」

 

暖気完了。白い排気と息が空中で混ざる。

回転数が上がってうるささ倍増、静かな朝に響き渡る。

チョークを戻し数度アクセルを吹かして問題ないことを確認すると、私は意気揚々とバイクに跨った。

新しい趣味として始めた登山は、私の性に非常にマッチしていた。

2024年の抱負は決まってないが、とりあえず登山する事は確定だ。

行きたい山がまだまだあるからな。

 

「よっしゃ行くか」

 

さぁ、2024年一発目の登山へ行こう。

 

 

 

 

「寒い寒い寒い……ッ」

 

というわけで年末年始を過ぎて最初の休日、1/7の日曜日。

──9:00。曇りのち晴れ。

私は自宅からXJR1300をほぼノンストップで駆り、荒船山登山口──群馬、長野の県境の内山峠の駐車場に辿り着いていた。

 

「風が冷た過ぎる……ッ」

 

寒さでガクガク体が震える。軽度のシバリングだ。

現在地の標高はそれほど高くないが、それでも山域である。

ただでさえ冷たい冬の空気は、容赦なく私から体温を奪い取っていた。バイクなんかで来るからである。

おかげで両手足の指先の感覚がない。

 

「これは……しばらく動けないな……ッ」

 

すっかり凍えて固くなってしまった身体。

自販機があれば『あたたか〜い』に一も二もなく飛びつくのだが、あいにくと砂利が広がるだけの駐車場だ。トイレすらない。

私は身体を擦って動かして、持参していた白湯を飲んでなんとか体温を取り戻そうとする。

登山前からずいぶん追い込まれた状態だ。

ちなみに他にも登山者の姿が散見されるのだが、全員が車だった。当然である。

私が体温を回復させている間に、皆はさっさと出発していった。

 

「ふぅー……俺も行くか。歩いてれば体温も……上がってくるだろうし」

 

この荒船山の難易度は低いので、多少身体が動かなくとも平気だろう。

まだ動かしづらさの残る身体にザックを背負わせ、私も出発した。

 

 

 

荒船山は、私が子どもの頃から唯一関心を持っていた山だ。

 

「登山なんて一生しないだろうなぁ」

 

かつて荒船山で、とある作家の死亡事故ニュースが流れた。

当時子どもだった私は「なんでわざわざ危険なところに……」と遠くに見える荒船山の山容を見て思ったものだ。

荒々しい山波に揉まれる、陸地に浮かぶ巨大な船。

そんな異様な形をした荒船山は確かに目を引くが、登るかと言われたら幼少の私は首を横に振った。

登山なんて疲れるだけだし、実際に死ぬほど危ないらしいし、いい所がひとつもないアクティビティだ。

周囲に登山している人間も皆無。

登山とは無縁な人生を送るんだろうなぁ、と漠然と思っていた。

同時に地球温暖化が大いに騒がれていた時代。

子供心ながらに「バイクとか乗るわけねぇだろ。あんなうるさくて排気だらけで事故ったらほぼ確で死ぬ不便な乗り物。チャリでいいじゃん」とも思っていた。

あとブラックコーヒー苦すぎてアホだろとか、カカオの濃いチョコレート不味いとか、休日に自ら進んでランニングとか、ビール苦いとか……。

子どもの私は色々思ったものだ。

 

──なお十数年後。

 

「メッチャ楽しみだな。切り立った崖の所」

 

バイクに跨って荒船山の絶景スポットを目指す、絶賛登山中の大人の私の姿がそこにあった。

子どもの私が今の私を見たら愕然とするだろう。

危険と言われる登山をして。

バイクに乗り。

ブラックコーヒーとカカオ72%が好物になり、休日にはランニングして、ビールや日本酒を美味いと感じる大人になってしまった。

……こうして書き出してみると、フツーだな。割と結構な人が共感してくれそうな好みの変遷である。

ともかく、子どもの頃の好みとはかけ離れた趣向を持つ人間になった私だった。

登山楽しいぞ、ガキの私よ。

 

「割と遠いな、艫岩(ともいわ)

 

青空をバックに、荒船山の象徴である艫岩を眺める。

駐車場からおよそ2時間弱であそこまで行くのだ。

現在地は登山口から出発して、少し歩いたところである。

 

「冬だなぁ」

 

冬の山は静かだった。

私の熊鈴と、時折眼下から響いてくるエンジン音。

吹く風。

呼吸。

土を刻む靴。

他の登山者はみな先行し、恐らく私が最後尾だ。

 

「最高だな」

 

自分のペースで気ままに歩ける。

人が居ても居なくても好きなペースで歩けばいいのだが、どうしても周りに流されがちな私である。独りは気楽だ。

しかし登山開始時刻は9時とあまり褒められた時間帯では無いので、気持ち足は急ぐ。

 

「うーん……霧氷を見るにはやっぱ遅すぎたか」

 

点々と雪や氷柱はあるものの、目当ての霧氷が見当たらなかった。

今回の登山の一番の目的は、霧氷を見ることであった。

もちろん当初は荒船山を登るのが目的だったが、調べていく内に『今の時期は霧氷が綺麗』と言う情報に行き着いたのだ。

これは是非この目で見たいと思い、今日寒い思いをしてやって来たのである。

だが自宅からそこそこの距離がある荒船山。

早朝出発をキメたところで、お天道様は無情にも頭上で輝いていた。

霧氷を見るには暖かくなり過ぎだと思われた。

 

「まぁしょうがない。普通に荒船山を満喫しますか」

 

上記の理由で霧氷観賞は無理だろうとは覚悟していたのでダメージは少ない。

遠くに見える艫岩を眺めながら、べらぼうに歩きやすい道をズンズン進む。

 

「しまった。追いついてしまった」

 

駐車場で見かけた2人組のご婦人の背中が見えた。

気ままなおひとり様タイムは終わりを告げたようである。

 

「こんにちはー」

 

互いに挨拶を交わす。

山では皆が気持ちよく挨拶してくれる。山では万が一のために、こうして互いに目撃情報を残しておくのだ。

進んでいくと今度は歳若い女性2人と遭遇した。

 

「こ、こんにちはー」

 

私は少し緊張しながら挨拶を交わし、そそくさと抜き去っていく。

山でそんなことは無いと思うが、一応訴えられないよう、若い女性とは余計な接触を控えるべきだ。昨今の異性間トラブルは色々恐いからな……

 

「っうわ。ちょっと降ってきた」

 

歩いていると、頭上からパラパラと白いモノが。

雪だ。

まさか降るとは思わず少しビビったが、風花くらいの散り具合なので問題はない。そのまま突き進む。

雪が目に入ったりと翻弄されながら黙々と歩いていくと、広場のようなところに出た。

岩が抉れて洞のようになっていて、奥には染み出た水が凍っている。ミニ氷瀑だ。

 

「休憩スポットっぽいな」

 

私は立ちっぱでお菓子を頬張り、白湯をひと口。

積まれたケルンを尻目に広場を少し散策し、特に何も無いことを確認して出発した。

その後はそこそこ頑丈そうな木製の橋の前に、それこそ氷瀑となっている小柄な滝を眺めたり。

突如現れた鎖場にて少し気圧されたりしながら登り続けること、しばし。

 

「……おぉ?これはもしかして、もう台座部分に辿り着いたか?」

 

──10:30、登りが終わっていつの間にか平坦な道を歩いていた。

標高も高い感じがする。どうやら荒船山の甲板に出たようだ。

背の高い林の中を、落ち葉をカシャカシャ踏み鳴らしながら歩く。

 

「お。もしかしてアレが……」

 

左手に木々が開けた場所があった。その向こうには空が見える。

私は登山道を外れてゆっくりそちらへ向かうと……

 

「うおっ。マジで崖だ」

 

突如として地面が消えた。

断崖絶壁。

そうとしか言いようのない、落ちたら死ぬ高さの崖が眼下に広がっていた。

 

「柵も何もねぇのな。これは間違えて落ちるわ」

 

登りきって平坦な道に安堵していたら、この急転直下。

気を付けていればなんて事ないが、少しでも気分が浮かれていたらマジで死ぬ地形である。

荒船山、難易度こそ低いが超危険地帯だな。

目の前には雪を冠する浅間山が構え、周囲の高原や遠くに聳える山々が一望できた。

 

「メッチャいい場所だな、荒船山」

 

落ちなければロケーションは最高である。

景色を眺めて、しばし黄昏れる。

 

「それにしてもずいぶん寂れてるな。というか何も無い」

 

現在地は艫岩展望台であるはずだが、標識も何も無かった。

私が追い抜いた後続の女性2人組も、道の脇にいる私をさっさと抜いて先を行く。

この絶景スポットをスルー?

……もしや、ここはまだ艫岩ではない?

そう思った私は崖から道に戻って少し進んでみると、予想は的中した。

 

「コッチが本当の艫岩か」

 

立派な造りの山小屋と東屋が、森の中に建っていた。

そして真の艫岩の崖には方位盤も安置されていた。どうやら先程の崖はただの崖だったようである。

景色はそこまで変わらないが、周囲に木々が無く空間が広々している。

方位盤に示された山の名前を見ながら、改めて景色を眺めた。

 

「怖ぇ……。でもロッククライミングのしがいがありそうだな」

 

私は崖下を覗き込みながら呟く。

この断崖絶壁を登っていいのかどうか知らないが、もし登れるのだとしたらクライマーの聖地になりそうだな。

ちなみに私はゆくゆくはロッククライミングを……やらない。

ソロ登山でも危ないのに、クライマーなんていよいよ死ぬ未来しか見えない。

私は不器用なので、ロープとかの技術を修められる気がしないし。いやまぁ、登山するなら修得しといた方がいいのは分かってるんだが……。

天頂の太陽が、巨大な艫岩の影をはるか崖下にくっきりと刻む。

 

「風、強いな」

 

切り立った崖の縁に立つと、遮るものが無いので吹き荒れる風に体が揺らされる。

当然、この艫岩にも柵なんて無いので1歩踏み出せばあっという間に200m下へ真っ逆さまだ。

何度でも言おう。気を付けないとマジのガチで崖から落ちるぞ、荒船山。

 

「ふぅ。怖かった」

 

私はひと通り艫岩を堪能したあと、山小屋の場所まで戻った。

休憩しようかと思ったが、あまり疲れていなかったので歩みを続行。

それにここからは平坦な道が続く。

現在地は荒船山のテーブル部分である。気ままなハイキングコースだ。

 

「山に居る感じがしないな」

 

標高は1000mを超えているのだが、あまりにも平坦すぎて普通に森を歩いているような気分だ。

キャンプ場を開設できるレベル。

登山した者だけが辿り着ける、秘境の天空キャンプ場……

などとテキトーなキャッチコピーを考えながら、枯れ草に彩られる一本道を辿る。

道には霜柱を踏み抜いた先人の一人分の足跡が続いていた。サイズ的に成人男性。

恐らく早朝に単独で来たのだろう。羨ましい。

足跡は5cmくらい沈んでいるぞ。どんだけデカい霜柱を踏んだんだ。

 

「絶対楽しかっただろこの人。俺ももう少し早く来れればなぁ……」

 

現在はすでに霜柱は無くなり、ただの土くれの地面だ。

霜柱に出会うには、自宅から(ちょく)だとさすがに距離があり過ぎた。

この荒船山の麓にキャンプ場があるので、そこに泊まれれば朝一をキメられるだろうが、予約制である。

キャンプ場の予約って、個人的になんか『違う』んだよなぁ。昨今は予約がスタンダードになってきて悲しい。

 

「予約が便利なのは分かるんだけどさ」

 

そんなワガママな理由で遅い時間帯に来たのだから、仕方がない。

冬の太陽に照らされる枯れ木の中を、静かに歩く。

道中、先行していた2人組の男性に追いついてしまい、その背後をのそのそ歩く。

追いついた地点にちょうど、何やら石碑が立っていてそれを一緒に眺めた。

教養がないので詳しいことは分からない。解説文があったが、目が滑るな。

 

「ふむ」

 

私はしたり顔で、男性たちより先にその場を後にする。

歴史はなぁ。重要なのは分かっているのだが中々覚えられない。

あとは岩石や地形なども、登山するなら抑えておきたい教養だな。

でも正直、それらに興味関心が薄い私であった。

登山は運動とお出掛け欲を満たすためと、ついでに世間体を保つために来ている。

会社の雑談とかで便利なのだ。バイクや登山は。

誰に対しても一端の趣味として胸を張って話せ、それ以上ツッコまれず使い回しも可能(どこ行った・どの山登ったで無限に回せる)な強カードなのである。

何の気なしに始めた登山だが、思いもがけず副次効果だった。

 

「ふぅ。ようやく端まで来たか」

 

ガサリ、と足下が大量の落ち葉に埋もれて立ち止まる。

艫岩という船首からおよそ30分弱。

甲板(デッキ)を歩き通して、私は煙突(ファンネル)の根元に到達していた。

ここから荒船山の最高峰、経塚山へ至るための急登に入るのだが……

 

「おん?道、どっちだ?」

 

大量の落ち葉が地面を埋めつくし、道が無くなっていた。

私はそこら辺をキョロキョロウロチョロする。

道の傍では家族連れの一団が、レジャーシートを敷いてピクニック風に寛いでいた。

その周囲で私が右往左往する。

登山中だというのに完全に不審者だ。

そんな彼らを尻目になんとか道のりに確信を持ち、最後の登りを開始した。

だが登り始めて、直ぐ。

 

「うわっ。凍ってんじゃん」

 

坂道が凍っていた。

土に塗れて分かりづらいが、踏むとツルツル滑る。坂道なので普通に転倒する凍結具合だ。

 

「やべぇ……進めねぇぞこれ……」

 

頂上まであと一歩というところで、まさかこんな困難が待ち構えていようとは。

最後のちょっと登る部分の標高差。たかがそれだけでこんな環境の変化があるなんて。

私が立ち尽くしていると、背後から婦人の2人組と男性2人組がやってきた。

 

「あらやだ。凍ってるじゃない。持ってきて良かったわぁ」

 

婦人たちが取り出したのは、軽アイゼン。

それを靴に装着すると、2人は先行して行った。

凍った坂道もなんのその。婦人は瞬く間に頂上へ向かっていく。

 

「マジかよ。アイゼンなんて買ってすらいねぇって」

 

雪が無いことだけは調べてやって来た荒船山。

雪山装備を何ひとつ持っていない私はそれだけで登れると思って来たのだが、まさかこんな展開になるとは。

アイゼンか。私にはまだ早いと思っていたが、帰ったら買いに行こう。冬のシーズンも登るなら、低山でも不意に備えるべきらしい。

私はそう反省しながら、登った。

いや登るなよ!?とツッコミが入りそうだが、違うのだ。

凍っているのは登山道だけで、落ち葉や枯れ木塗れの道の端は凍っていなかったのだ。

というか2人組の男性が、この方法で先行していた。彼らもアイゼン持ってないのか?

というワケで私もそれに続いたのだ。本当はダメな行いです。

 

「ふぅ。道じゃないところは歩きづれぇな」

 

落ち葉だらけで枝も伸び放題、傾斜もキツい。

だがなんとか登れた。登れてしまった。

──11:30。

褒められた行動ではないが、そうして私は無事に頂上の経塚山1423mを踏んだ。

 

「おぉ……霧氷が」

 

そして頂上だけ、当初の目的である霧氷がまだ生きていた。

枯れた雑木林の縁が氷の白で彩られ、陽光に照らされている。

写真でも見たが、実に幻想的な光景だ。来てよかった。

小さな祠にお参りしながら、登頂を噛み締める。

私より先に登っていた婦人たちも興奮しきりだ。

 

「わー。登ってきてよかったね〜」

 

「頂上だけ霧氷がまだあるんだねぇ。もうお昼近いから諦めてたよ」

 

どうやら彼女たちも同じ思いのようだった。

私たちは頭上をパシャパシャ撮りまくり、心ゆくまで霧氷を眺めた。

 

「……さて、下りるか」

 

そして何より、寒かった。

ほんのちょっと標高が上がっただけで、こんなにも気温が下がるのかっ。霧氷もあるし地面も凍っているしで、正直ナメていた。

雪の予報が無いからといって、冬のシーズンの山は気軽な装備で来てはいけない。

 

「さて、また道を踏み外して行くか」

 

頂上に居た時間は10分にも満たないので、当然凍結は健在。

なのでまた道無き道に侵入し──急峻なのでそこらの木や枝に掴まりながら、下品に下山を開始していく。ちなみに男性たちは既に先に下りていった。

転んだら割と洒落にならない角度を、気を付けて進む。

 

「ふぅ……生きて帰ってこれた」

 

そしてピクニック家族の所まで戻ってきた。

ここまで来ればもう安心だ。彼らはまだ暢気にピクニック状態だった。

危険箇所を越えて安心した私は、現金にも空腹を覚えた。

時間的にも昼食時だし、何より寒い。

温かいメシを暖かい場所で……せめて風の無い場所で食べたい。そこまで強い風ではないが、ひたすらに冷たいのだ。

そうなると私が目指す場所はひとつ、艫岩の東屋だ。

空腹だが平坦な道を戻って30分だ。そのくらいはイケる。

というわけで黙々と移動し、お待ちかねの東屋へ到着。誰も居ないので東屋独り占めだ。

ザックを下ろし、中からローテーブルバーナーコッヘル水カップ麺を取り出して準備。

湯が沸くまで菓子パンを片手に、身軽な体で艫岩の景色を再び堪能する。

 

「雰囲気、最高」

 

こうして景色を見ながら食事できるので、艫岩のロケーションは抜群だ。空腹を耐えて戻ってきた甲斐がある。

東屋に戻ると、婦人たちも戻ってきていて同じように昼食の準備をしていた。

互いに会釈する。

 

「あ、カップ麺いいですねー」

 

「寒いから凄く美味しく食べれそう」

 

そうだろうそうだろう。冬の山のカップ麺は最高だぞ。

お湯が沸いたので、コッヘルから慎重にお湯をラーメンに注ぐ。

湯はたっぷりと余分に沸かしていたので、魔法瓶にも補充し、最後にコップへ。

湯はいくらあってもいい。水分は補給しすぎということはない。

白湯を啜って待つこと3分。

待望のシーフードヌードルをご開帳だ。

 

「いただきます」

 

寒空に漂う湯気。食欲をそそる香り。

ほんのり熱を伝えてくる容器を持ち、スープをひと口。

濃い塩味が口内を潤して、喉を落ちていく。

 

「っはぁ〜……うめぇ……」

 

ため息が出る美味さだ。

続けて麺を頬張る。

私は麺を啜らずに食べる派なので、箸で麺を口へ運んで静かに食べる。

山で食べるシーフードという贅沢。

富士山の時も感じたが、やっぱり山で食べるカップ麺は格別だ。バカウマい。

そんな至福のひと時を堪能していると、婦人たちが話しかけてきた。

彼女たちはおにぎりを食べていた。

 

「いいですねー。あったかいご飯」

 

「私たちも家から作って持ってきたんですけど、もう冷めちゃって」

 

それからしばらく雑談を交わしながら、ラーメンを完食した。

私は次いで食後のコーヒーの準備に入る。

 

「じゃあ私たちは先に行きますね」

 

食べ終えた彼女たちは一足先に発っていった。

まぁ私がゆっくりし過ぎというのもある。

時刻はまだ12:30を回ったくらい。天気も崩れることはない。すこぶる寒いが。

後は下山するだけだし十分に余裕はあった。

優雅にコーヒーブレイクを楽しもうじゃぁないか。

ゴリゴリと豆を挽き、魔法瓶からお湯を垂らして豆の膨らみを楽しんでいると、ピクニック家族がやってきた。

彼らは私を一瞥すると、そのまま下山していった。

ポチョポチョと抽出されたコーヒーが、チタンマグの底に落ちて溜まっていく。

 

「完全に一人だな」

 

吹く風もどこか寂しい。

私の他には熱く滴るコーヒーだけ。ポタポタと抽出しきる。

ドリップしたその黒い液体をひと口、ゆっくり味わった。うん、苦みが口内の脂を塩気を洗い流してくれる。

一旦マグは置いて道具を片付け始める。アツアツだからちょっと冷ますのだ。

マグ以外の全てをザックに収納し、私は再び崖へ。

もちろんマグと共に。

 

「イイ所だったな、荒船山」

 

コースはそこまで難しくなく、この絶景だ。

今回は山頂直下で反省点があったが、次に活かそう。

買うアイテムができた。

 

「耐雪山装備……まずは軽アイゼン買うか」

 

雪山へ挑む気はまだ無かったが、そういう問題ではないらしい。

手遅れになる前に、まずはモノだけでも手に入れておこう。

カラになったマグを振って、水気を切る。

 

「よし。帰るか」

 

ザックを背負い、艫岩を後にした。

 

「下山はやっぱダルいな」

 

その後、休憩はミニ氷瀑のある広場だけに留めグングン高度を下げていく。

白湯を飲みながら広場をもう一度探検したら、意外と奥行きがあって驚いた。割と雰囲気あるし、何だったんだこの場所。

その後に婦人2人組を抜かし(どうぞどうぞと先を行かされた)、そんなこんなで13:50、バイクの待つ砂利の駐車場に帰ってきていた。

 

「うーっスただいま。さっさと帰るか」

 

気温はそこまで上がらず、変わらず寒い。

まだ真っ昼間と言っていい時間帯だが、どことなく夕方の雰囲気だ。

午後になると一気に夕方()が増すと思います、冬の季節。

早く帰って暖かい部屋で温かいメシを食べたい……。

 

「あ、どうもー」

 

ザックをバイクに括り付けていると、婦人2人も無事に下山してきた。

しかしあちらは車なので、荷物を後部座席に放って靴を履き替えて「お先に失礼しまーす」とサッサと帰っていった。

やはり車が便利すぎるっ。

遅れること5分。私もようやくバイクに跨った。

登山を経て少しダルい足に喝を入れて、ローギアに入れる。

 

「ふぅ。ようやく帰れるぜ」

 

出発して、再びの冬の風を切る。

冬くらいは車でもいいかもしれないな、登山への交通手段。……まぁそもそも登山にXJR1300(バイク)が適してないというツッコミは聞かないぞ。私は相棒に乗りたくて乗ってるんだ。

 

「あんな所にさっきまで居たのか……」

 

254号線に出ると、右手には垂直の岩の壁が。

荒船山もとい艫岩だ。

私はバイクを路肩に停めて、しばし眺めた。

つい数時間前まであの先端に居たかと思うと不思議な感じに陥る……

ここに限らず、登山すると毎回「あそこに居たのか……」と早くも思いを馳せてしまう。視覚的に目立つモンだから余計に。

去年、そこら辺の山を思うままに登ったことでその思い馳せ回数が多くなった。

関東平野はほぼ360°山に囲まれている。

(ざっくり)北にはドカンと赤城山、東にポツンと筑波山。

南は条件付きで富士山が見え、そして今回西の奇形荒船山が追加された。

日光男体山も割とよく見えるし、本当にどの方角を向いても「おいおい俺あの山登ったわ」状態にになる。

 

「登山始めて、俺の世界の解像度上がったわ」

 

遠くに聳える雄大な山々が美しい。

絵を描いている人なんかは、細かい部位への気付き(・・・)が増えて世界が美しく見えるらしいが。

私は逆に巨大な山を意識し始めた事で、世界の解像度が一段上がった。

興味を持たないと、山ですらそこに在る事を正しく認識出来ない。

恐ろしい話だ。

 

「もっと色んなモノに興味を待とうな、俺」

 

今回も多分、色々と勿体ないことをしているだろう。

山頂付近にあった石碑やら、山の成り立ちとか、岩の種類・性質、植生などなど。

見るべきモノは山ほどある。この世はエンドコンテンツ……いや、エンドレスコンテンツでいっぱいだ。

 

「まぁでも、肝心の興味の矛先と頭のデキが悪いんだよなぁ」

 

なんでも見て知って興味を持った方がいいのは分かっている。だけどそれがイチバン難しいんだ。

バイクに跨り、ちょっとセンチメンタルになりながら冬の帰路を走った。

 

「コレください」

 

帰り道、休憩で寄った道の駅にて。

私は興味を持った下仁田ねぎ焼酎を購入していた。

これが今の私の興味の使い方の限界だ!

 

 

 

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