深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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5/1─樽前山

 

 

 

5/1、4:30。

私はすでに白んだ窓の外を見て驚愕していた。

 

(日が昇るの早ッ!?)

 

早起きに成功してカーテンを開けた矢先、この朝日である。

時間的には余裕があるのだが、あまりの明るさに何となく焦りが募る。

私はいそいそと準備を進め、部屋に備え付けで置いてあったお茶をいただき、残りの沸いたお湯を魔法瓶に詰め、出立した。

宿代は昨晩、先払いしておいたので部屋の鍵を玄関の返却口に置けば問題なく出発できる。

意外にも、すでに別の部屋の鍵がひとつ置いてあった。私の他に、もう一人すでに出発しているようだ。まだ5時前なのに、強い。

私はザックを背負ったまま、バイクに跨った。

現在地から樽前山まで、およそ1時間。これから登山をするのだし、パッキングせずに背負って向かった方が効率がいい。

エンジンを吹かすと、冷えた空気に音が澄み渡っていく。

本州の冬の朝並みだ。普通に寒い。

服装を完全な冬装備で固めてきた良かった……。

雪はない。それは事前調査済みである。命に関わるので。

なので私は迷うことなくバイクを発進させた。

 

 

 

 

道に少しだけ迷い、5:50。

景色はすっかり山の中。

あまりにも緩やかな峠道を爆走してきて、辿り着いた場所は樽前山の、五合目。

ここまで完全に舗装された道路で、目の前はT字路になっている。

右に向かえば下りで、登山後に進行予定の道のり。

そして左は、樽前山七合目へと続く砂利道(ダート)になっている。

当初の予定ではバイク騎乗のまま七合目まで進み(そこまで通行可)、登頂、下山という流れを考えていた。

そう、考えていたのだ。

 

「通行止め……だとッ!?」

 

そう、T字路は通行止めになっていた。

上りも下りも完全封鎖。憎き三角コーンが、今度は列を成して私を阻んでいた。

ここまで雪もなく凍結もなかったため、まったく予想だにしていなかった。

山はおろか、その後の下りのルートまで通れないとはっ。

エンジンの唸る音が虚しく響く。

私はバイクに跨ったまま、通行止めの風景を写真に収めた。バイカーは峠で通行止めに出会ったら、記念撮影するのが礼儀なのだ。

私は路肩にバイクを停めた。

背負ったザックをバイクに括り付ける──パッキングするためだ。もはや背負っている意味は無い。

ところで、この場には私の他にもう一台、キャンピングカーが居合わせていた。私が来た時にはすでに停まっていたヤツだ。

その運転手が降りてきて、私に話しかけてきた。

 

「アンちゃん、その荷物、もしかして登山かい?」

 

「はい。けど、登れないみたいで残念です」

 

時間はムダにできない。

早起きできたと割り切って、この先の北海道の大地をゆっくり堪能するのだ。

失礼にならない程度にパッキングしながら返答すると、彼は驚くべき情報をくれた。

 

「いや、登れんで。車はムリやけど、こっから歩いていく分にはいいんや。俺もこれから登るしな」

 

いやいや、そんなバカな。

三角コーンに通行止め看板に、なんかバーまで設置されているのだ。どこに通行できる要素があるというのか。

だが彼は言う。

登山するだけならば、ここに車を置いて歩いていけば問題ないと。

私は迷った。

このおっさんの言うことを信じるか、信じないか。

車のナンバーを見るに地元民。信ぴょう性は高い。

迷って迷って、私は直ぐに決めた。

 

「本当ですか。それなら俺も登ります。せっかくここまで来たことですし」

 

本来の計画だと、七合目までバイクで登ってそこから登山開始だった。

しかしここ、五合目から出発となると登山所要時間は+1時間以上を加味しなければならないだろう。登ると決めたからには、即行動しなければ今後の旅程に支障をきたす。

登らないという選択肢はなかった。運良く『通行止めだが登山は可能』という情報に出会えたのだ。これで登らずに何とする。

私はザックを背負い直すと、まだ準備中だというおじさんに先に行く旨を伝え、歩き出した。

 

「おう、気をつけてな」

 

三角コーンを避けバーの端を通り抜けると、なだらかなダートの坂が蛇行しながら奥まで続いている。しかし一応道路なワケで、あまり登山という感じの道ではない。

ザク、カシャ、と踏みしめた砂利が子気味よく響く。

道幅は二車線よりもう少し広いくらいか。

左右には背の高い木々が立ち並び、そんな景色がずっと続いていく。

周りには誰も居ない。振り返ってもおっさんはやって来ず、完全に一人だ。

……もしや、ハメられたか?

いや、ハメられる理由がない。そもそも車の中にはちゃんと登山装備があったので、その内来るだろう。

それに、一人きりで登るのはいつもの事だ。

弓立山420m、鳴神山980m、筑波山870m……

登山を始めて約3ヶ月、標高こそ低いが、そこそこの数の山を登ってきたのだ。これくらい余裕だ、余裕。

ひたすら砂利の道を進み、およそ30分。

開けた場所に出た。

樽前山、七合目ヒュッテだ。本来想定していたスタート地点にようやく辿り着いた。

 

「ふぅ〜……」

 

私は息を吐いてベンチに座る。

重いザックを置き、中から魔法瓶と、セコマで買っていたパンとおにぎりを取り出す。

休憩兼朝メシだ。

本当は山頂で食べようと思っていたのだが、我慢の限界だった。お腹がペコペコだ。

そんな感じで寒さと疲れと空腹をいっぺんに癒していると、今しがた私が歩いてきた方から人影が。

おっさんだ。

道が蛇行していたので姿は確認できなかったが、どうやら10分程度の差しかなかったらしい。

おっさんが立ちながら水分補給すると、話しかけてきた。

 

「アンちゃん速いね。結構登ってるんか?」

 

「いえ、まだ今年から始めたばかりで」

 

他愛ない会話をしながら、いつしか一緒に歩き始めていた。

思いがけず旅の……登山の道連れだ。

今までほぼソロ登山だったので、新鮮である。

 

「ほんでな、やっぱ鹿よ。アイツらホンマ道路に飛び出してくるけん。アンちゃんも気ィつけな」

 

おっさんは相当登っているのだろう。

雑談しながらヒョイヒョイと、歳を感じさせない動きで歩く。

私もそれに付いていくが、私がこの年齢になったらこんなに動けるかと思う。そもそも生きているかな……

そんな益体のない事を考えながら数分、私は愕然とした。

 

「うえ!?雪が……っ」

 

およそ八合目あたり、ここへ来て急に辺り一面が雪景色に覆われていた。

なんという事だ……、私は雪山装備──クランポンを持っていない!

まだ雪の残る山には登るつもりがなかったので、買ってすらいないのだ。

不覚、下調べが足りなかったか……

と思っていたら、隣のおっさんが普通に歩き出した。

 

「え?行くんですか?」

 

「まぁこんくらいなら平気だなぁ。まだアイゼン使うほどじゃぁない」

 

そのまま歩いて行ってしまうおっさん。

私はしばし逡巡を巡らしたが、結局意を決して付いていく事にした。

未体験の登山に装備不足で登る、愚考の愚行……。ここまで来て途中下山したくないという、悪しきもったいない精神……

実際、雪は大して積もっていなかった。

山の角度的に溶け残った・風に流されてきた雪たちだ。直近で降雪の記録もなかったハズであるので、慣れている人からすればなんて事ない残雪だろう。

そう、慣れていれば。

 

(恐っわ!滑るし足取られる!)

 

こちとら関東平野の、雪が降ったら珍しがる人種である。雪耐性などゼロ通り越してマイナスだ。こんなんでよく登る決意をしたものである。

森林限界を超えたのか、辺りは見晴らしが良く遠目に頂上が窺えた。まだ距離があるが、この景色がもったいない精神にさらに拍車をかけた。

 

「やべ、道分かんね」

 

私が悪戦苦闘していると、おっさんがそんな声を上げた。

マジか……、確かに、立ち止まって周りを見渡すと『道』がどこにあるのか分からない。

雪が覆いかぶさっているのだ。

風の吹く音だけが静寂を切り裂く。

無音。

他に音は、ない。

 

「道は……コッチやな」

 

二人してスマホとにらめっこして、おっさんがどうにかルートを見つけ出す。幸い、そこまでルートは外れていなかった。

低木の茂る場所を抜け、足下を滑らせながら登り、なんとか雪の無い面にまで辿り着いた。

時刻は7:00になっていた。

 

「雪の残る山、怖ぇー……」

 

「雪山、初めてっつてたな?でもこんくらい可愛いモンやで」

 

おっさんは余裕の表情だが、私はもう完全に恐怖が勝っていた。

道のりはまだ続く。

そして少し進んだ先には、また雪が蔓延っていた。

私の心は完全に折れた。

 

「正直、雪のある道は怖いんで俺はここで下ります」

 

私はここでようやく正常な判断を下した。

おっさんは簡易アイゼンを持っているので大丈夫だが、私はダメだ。

リサーチ・道具・心構え……すべてが不足していた。登山をやり始めて初の挫折である。

 

「そうか。……でもま、見てみ」

 

おっさんの指し示した先。樽前山頂上に対して、振り返った先の眼下の景色。

周囲長40kmのカルデラ湖、支笏湖。

そのデカい湖が一望できる場所に、私たちは居た。

 

「コレ見れただけでも、登ってきた甲斐あったろ?」

 

「……はい」

 

確かに、十分な絶景だ。

登ればさらに良い光景を見れるだろうが、私の樽前山登山はここまでだ。心の折り合いが、これでついてしまった。

そもそも、このおっさんと居合わせていなければ私は登ることすらしなかったのだ。通行止めだったので。

それを考えれば、この登山は決して失敗と言えなくもないだろう。

おっさんは登って行き、私はそれを見送る。

再び一人になった。

私はその場に座り、支笏湖を眺めながら白湯で一杯。

スノーピークのチタンマグが、カランと乾いた音を立てた。

5分くらいそうしていただろうか。私は気合を入れて立ち上がると、樽前山を下り始めた。

 

 

 

自分の足跡を頼りに雪道を過ぎ。七合目から五合目までの砂利道を柿ピー梅じそ味(行動食)をポリポリしながら抜けて、ようやくバイクにまで帰ってきた。

道中、他の登山客──夫婦と女性一人とすれ違ったので、そこで本当に登山しても良かったんだ、とひそかに安堵した。確認を取ったワケではないが……。

何はともあれ、下山完了。

後はバイクにザックを括りつけ(パッキング)、いよいよ北海道を爆走する。そもそもソレがメインなのだ。

パッキング作業をしていると、遠くからブォンとエンジン音が。

何やらスポーツカーがやって来て、私の居る通行止め看板で止まった。

ご愁傷さま……と思ったが、札幌ナンバーだ。そこそこの地元民。通行止めと知りつつもドライブしに来たのだろうか。

などと尻目に紐の固定の確認をしていると、窓が開いて話し掛けられた。若い男性だった。

 

「あのー、ここって通れないんですかね?」

 

どうやらご愁傷さまの方だったようだ。

私はにこやかに返す。

 

「そうですねー。私も困ってたところなんですよ」

 

スポーツカー君がキョロキョロと辺りを見回す。

どうやら、通行止めなのに路肩に車が何台も停まっているのが気になるらしい。

私は得意げに語った。

 

「この車は登山客のですよ。かくいう俺も今しがた、下山してきたところなんです」

 

登頂していないのに、いけしゃあしゃあとアルピニストぶる私。

嘘は言ってない、嘘は。途中下山だが確かに山には登ってきたのだ。嘘は言ってない。

スポーツカー君が感心したように「へー!」と言ってくれた。ありがとう青年。

 

「というわけで、戻るしかありません」

 

「ですよね」

 

そのままスポーツカー君は反転、ブォン!と駆けて行った。達者でな。

さて。私も出発しよう。パッキングに不備がないか再確認した後(ヨシ!)、セルを回す。

本来の予定ならば、このT字路を右折した道で山を下りる算段だった。しかし通行止めであるので、私も来た道を戻らなければならない。

出発。

風を切りながら、吹かしたエンジン音が山間によく響く。

枯れ木立ち並ぶ山を駆け抜け、道路が直線になったところで振り返った。

今しがた登っていた樽前山の姿がよく見えた。

天気は快晴。気温も少し肌寒い程度の、絶好のツーリング日和。

幸先良いか悪いかは微妙なスタートではあるが、私は晴れやかな気持ちで樽前山を見納めた。

 

 

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