というわけで弟に連れてこられたのは、神立スノーリゾート。
クソ長い関越トンネルをン百キロで爆速走行し、トンネルを抜けた先には白銀の世界が広がる。
「おー。凄い雪積もってる」
道路の両脇は、寄せられた雪の壁で塞がっていた。
群馬県側は山の上にこそ雪は被さっていたが、道路上にはまったく雪など無かったので紛うことなき別世界である。山を隔てるとこんなにも環境が違う。
トンネルから脱出する直前に電光掲示板に『減速せよ』の文字が光っていた。
トンネルから出ると除雪された雪の道に出迎えられ、車は徐行して進む。
私の移動はもっぱらバイクなので、こうした積雪状況の高速道路は初めてだった。私の乗用車にはETCすら付けていない。
「じゃあ一旦コンビニ寄るから」
高速道路から下りると、弟はコンビニを目指した。
食料調達だ。
バタン、と車から降り、うーんと背筋を伸ばす。
天気は晴れていた。
太陽の輝きが、路上の雪に跳ね返って眩しい。足下は溶けた雪でびちゃびちゃだ。
ここまでまさかのノンストップで来たからな。乗っているだけとはいえ少しだけ疲労感がある。
バイクだったら絶対途中のSAで休憩を取ってるのだが……車と弟、恐るべし。
「じゃ、行こ」
弟はケロリと食料と水を確保し、準備は万端だ。通い慣れているのだろう。
私も水とパン二個、おにぎり二個を購入し、車の中でおにぎりをいただく。
そして12:00頃──
「お。ここか」
神立スノーリゾートに到着。
広大な敷地の駐車場に、そこそこの車が停まっている。休日の昼時なので納得の混雑具合だ。
「ちょっと遠いけど、停めるならここら辺でいいんじゃね?」
「えー?もう少し近くに行きたいんだけど……」
弟は渋ったが、施設に近いほど駐車スペースが埋まっていたので結局遠いところに停めた。
降りると、ビシャビシャの雪で靴が濡れる。
除雪こそされているが、駐車場はどこも水溜まりだらけだった。
「ちょっと着替えるから待ってて」
弟はスノボ用のツナギに着替え、自前のボードを取り出す。
弟はガチ勢一歩手前くらいにスノボにのめり込んでいて、装備もバッチリだ。
対して私は全てをレンタルします。
仮に今日滑れるほど上達したとしても、多分スノボにハマることは無いだろう。道具が高いし場所も遠いし、何より雪道が怖い。社会人は雪がひたすらに億劫なんです。
そんなわけで準備完了した私たちは、神立の施設へ歩いて向かった。
「……遠い」
「……スマン」
私が遠い位置の駐車場を指定してしまったばかりに、弟は重いボードを担いでため息を吐いていた。スマン。
でも歩ける体力あるなら、混雑時は人の少ない遠い場所に停めるのがトラブル少なくていいんだ。
だがこれが結構、想像以上に距離があった。
施設が思いのほかデカくて遠近感がちょっと狂わされていたようだ。
「着いた……」
ようやく屋内に入ると、中は人でごった返していた。
人口密度の高さにちょっと辟易するが、人混みを掻き分けて中に入ろうとした矢先。
知らない人から話しかけられた。
「あの、すみません。これから入場しますか?」
中年のおじさんが申し訳なさそうに近付いてきた。
ちょっと警戒心。
おじさんはこう言った。
「入場券買ったけど帰らなくちゃならなくなって、良ければ券を貰ってくれません?」
私と弟は顔を見合わせた。
それっていいのか?
詳しいであろう弟に「譲渡ってOKなん?」と聞くと「……まぁ、いいんじゃない?」と曖昧な返答が。
まぁ分かんないよな。
とりあえず貰っとくか。
「……くれるというなら、それじゃあありがたく」
「はいよ!楽しく滑ってね」
おじさんはにこやかに去っていった。怪しさヤバい。
だが金も要求されてないし、なにより成人男性二人組にわざわざ話しかけてきたのだ。そこら辺は信頼ポイント高い。
謎のイベントだったが、受付にて弟の券を買って(貰った券は本当に使えた)私のボードを借りて、さっそくゲレンデに出た。
「じゃあちょっとそこ滑ってみて」
弟からのレクチャーが始まる。
ボードに片足嵌めて、平坦な場所を軽く滑ってみた。
数年越しの二回目のスノボだが、これくらいなら出来た。
「なんだ出来るじゃん。じゃ、さっさと行こう」
おいおい、これだけで出来る判定は早すぎだろ……、と思う私を置いて弟はリフトへ向かってしまう。
そこそこの並びの列に並び、「リフトに乗る時降りる時は、流れに対してボードを真っ直ぐに」とちょくちょく教えてくる。
教えられた通りリフトに乗り込み、しばしの空中散歩を楽しむ。
「この乗ってるだけの時って何してんの?」
「何も。ぼーっとしてる」
スマホは持ってるけど、落としたら怖いもんな。
私もぼーっとするのは苦ではないので、兄弟揃ってぼーっとする。
景色良いしな。
ほどよく雲の浮かぶ晴天。
微風。
遠くを囲む山々。
繋ぎ目で定期的に揺れるリフト。そして停止するリフト。
足下から響いてくる楽しそうな声たち。
私がだらっとしていると、弟がふと話しかけてきた。
「そういえば、雪山で登山しないの?たまにさ、荷物背負ってリフトに乗って登山する人見かけるんだけど」
「なに、そんな手法があるのか。知らんかった。……んー。その内したいとは思ってるけど、まだ俺のレベルじゃちょっと不安で……」
雪装備も知識も無いしな。
ソロだから、冬山をやるなら万全の用意をしないと危なすぎる。
夏に比べて冬は人の数も少ないし(救助のアテではなく、安心感的な意味で)、まだ憧れの域だ。
弟は興味無さそうに「ふーん。あ、降りるよ」と話を変えた。
ふむ。リフトから降りるのはまだ私には難易度が高い。集中しなければ。
「ボード真っ直ぐにして……、おー、上手いじゃん」
スー、と転ぶことなく乗降口から脱出できた。やったぜ。
弟からもお褒めの言葉を与り、少しドヤる私が気分よく滑り始めようとしたら……
「じゃああっちのリフト行くよ。付いてきて」
「え?」
私としてはまさかの展開だった。
待て待て。さらに上に行くのか?私は初心者だぞ?
しかし置いてけぼりにされては一緒に来た意味が無いので、弟に言われるがまま次のリフトに乗る。
リフトに運ばれながら聞いた。
「ちょいちょい。いきなり一番上から滑んの?俺死なない?」
前回、中腹から一回滑っただけで諦めた私だ。
そんな奴がいきなり頂点から挑むなんて、無謀過ぎる。
あと普通に恐いです。
弟は普通の顔して言った。
「上の方が雪質良いんだよ。まぁ大丈夫大丈夫」
……今日、私は生きて帰れるだろうか。
あれよあれよと内に私たちはスキー場の頂点へ。正直生きた心地がしなかった。
リフトから降りる。
「うおぉお、っぶへ」
緊張からか、今度は転んでしまった。
一応、乗降口の範囲からは脱出できていたのでリフトを停止させる事態にはならなかったが、少し心が曲がってきた。折れそう。
「はいはい立って立って。滑るよ」
弟が無様な兄の姿を楽しそうに見てくる。ちくしょう。
いやだが、転んで分かった。
雪がフカフカだ。転んでも痛くない。
中腹はもう少し固まっていた気がするので、確かに雪の質が断然に違った。
「ん?なんだこの頼りないポールみたいなのは」
「それは捕まり棒みたいなヤツ。立てない人はそれ使う」
斜面の前に地面から生えるポール状の人工物があった。
確かに、雪が深くてちょっと立ち上がりづらい。ボードに両足固定すると、私みたいな初心者は立ち上がるのもひと苦労だ。ありがたく使わせてもらう。
「はいじゃあ斜面に対して体を正面にして、ジグザグゆっくり滑ってくよ」
弟に教えられた通り、フラフラしながらもゆっくりジグザグ走行する。
……よ、よし。ここまでは一応独学でも出来たトコだ。久しぶりだけど意外と滑れるな。
「大事なのは斜面側の重心だから」
続いてブレーキとターンも教えられる。
お、おぉ……?出来たり出来なかったり、中々自分の重心のポイントを掴めない。
そうこうしている内に中腹にまで下りてきていた。ほぼほぼ転ばなかった。
良かった……、死んでない。
というかむしろ、初心者ほど上に行った方が良かったのか。雪が柔らかくて滑りやすいし、ケガもしにくい。
前回の私は無知にもほどがあり過ぎたようだ。
「じゃあもう一回行こうか」
弟の言葉に今度は頷く。OK、完全に理解した。
そしてもう一度弟に見てもらいながら滑り、なんとかコツを掴んできたような……気がする。
ターンがちょっと難しいな。特に斜面に対して顔を向けた状態が。
私が脳内イメージしていると、弟がゴーグルを装着した。
「よし。もう行けんじゃね?俺ちょっと滑ってくる」
「え?お、おぉ……」
三度目のリフトから降りると、弟はそう言って好きに滑りに行ってしまった。
どうやらレクチャーは終わりのようである。
まぁもう雰囲気が滑りたくてウズウズしていたからな。兄のお世話から解放してやろう。
「さてと……」
置き去りにされてしまったが、まぁもう大丈夫だ。
ゆっくりやっていくとしよう。
「正面向いたターンは結構出来るな。問題は斜面向いたターン」
「ぅうおお、らァあ!」
「グッはァ!?ハァ……はぁ……やっぱムズい」
多少は滑れるようになったが、まだまだ初心者の域である。
もう幾度目かのスっ転びでちょっと休憩していると、ちょっと遠くの目の前で弟がシャッ!と止まった。
両手をポケットに突っ込んでいる。は?カッコよ。
「進捗どう?」
「……見ての通り。あとメッチャ疲れた」
普段使わない部位の筋肉を使ってる感じがする。慣れない動きは直ぐに疲れるな。
ふう、と息を吐く。
ふと、滑ることに注力していた視界がここでようやく開けた。
綺麗に均されたゲレンデの先に、長野の山々が遥か向こうにまで連なっている。
スノボに夢中で景色を全く見れていなかった。
すげぇイイ所で滑ってたんだな、私。
こちらを見てくる弟と共に、この光景を撮る。
( ……それにしても人が多いな)
敷地が広いので密度こそ低いが、どこを向いても人が居る。遠くの人なんてゴマ粒のようだ。
ふぅ。
「後もう一回滑ったら、一旦下行くわ」
私がそう言うと弟は頷き、また一人で滑っていった。多分弟はすでに私の倍以上滑っている。
──時刻は14:00。
さっきおにぎり食べたが腹減ったな。あと喉も乾いた。
リフトで独り上昇しながら、水くらいは持ってくればよかったと後悔する。
それじゃあさっさと下りて、遅めの昼飯に向かうか。
「ぉおおお!ぐはぁっ!?」
そんなふうに思っていたのだが、この最後の滑走が中々思い通り滑れなかった。
気が抜けたのか集中力が切れたのか、派手にスっ転ぶ。
それに加え、ターンも思うように出来なくなってきた。
「あれ?やべっ、変な所入っちまった」
フラフラと迷い込んだのは、二本のレールが設けられた場所。
あれだ、プロっぽい人がこの上をシャー!って滑るヤツだ。
つまり初心者にとって危険ゾーン。プロっぽい人にとって私はクソ邪魔者だ。
(早くここから脱しなければっ)
そうは思うが、レールの行く先は傾斜がキツくてメチャクチャ恐い。なんだってこんなに急峻な造りなんだ。
歩いて移動しようにも、雪が柔らかく深くてズブズブ沈み、立ち上がることすらままならない。
「仕方ない。カッコ悪いがこっちだ」
そうやって私が進んだのは、一般レーンとこのレールレーンを隔てている、枯れ草がボーボーに生えた坂。というより段差。
この段差もそこそこ角度があるが、正面の傾斜へ行くよりはマシだ。
私は枯れ草をバキバキボードで踏み潰しながら、なんとか一般レーンの端っこに下り立った。
「はぁ。恐かった……」
幸い、私が迷い込んでいる時に誰も滑ってこなかったので事なきを得たが、とんだ災難だった。いや私が勝手に迷い込んだせいなのだが。
その後はもう完全にやる気をなくし、トロトロとゆっくり下っていく。
もうボードから足を外して歩いて下ろうかと思ったが、まだ雪に足が沈むので結局はスノボ状態の方が効率がよかった。
(リフトに乗って帰る手は……もうムリだ)
中腹のリフトはすでにちょっと通り過ぎてしまっていた。登り返すのもツラい。
仕方なくズルズル下りていく。
「だんだん雪が固まってきたな」
中腹を過ぎて少しすると、雪がカチコチしてきた。
フカフカの雪だった上層部に比べるとすごい滑りづらい。
私が悪戦苦闘していると、背後からシュッと女性二人組が追い抜いていった。
……と思いきや片方が目の前で転んだ!
「うおおッぶつかる!?」
私はその場で急ブレーキをし、もちろん綺麗に止まれるハズもなく転倒。
激突は回避できたが、硬い地面に強かに背中を打ち付けた。いってぇ……
「すいません!私初めてでまだ全然滑れなくて!」
「いえ、俺も初心者なので上手く止まれず……」
お互い謝り倒し、苦労して立ち上がる。
二人組のもう片方は経験者らしく「はいはいゆっくり滑ろうねー」と初心者ちゃんを誘導していった。
私の頼れる弟はどこに行ったんだ?
泣き言を言ってももはやどうにもならないので、私は樹林帯に突入したコースの中を静かに滑っていく。
「っく、この……!」
日陰に入ったからか、カチコチ具合がさらに酷くなった。
こんな硬い雪に転びたくないが、ツルツル滑って何回も転倒、転倒。また転倒。
心身が削られていく。
「くっそ。なかなか進めねぇ……」
実際にはほんの数分だろうが、体感30分くらい掛けてようやく施設にまで戻ってこれた。
長い下りだった……
「あー疲れた。やっぱスノボの才能ねぇな。まだ二回目だけど」
ボードを外し、雪を落として立て掛けて屋内へ。
もう何もやる気が起きない。適当な椅子に座る。
弟に「館内のここら辺で座ってる」とだけ連絡し、無事に帰還できたことを噛み締めてボーッとする。
それから30分ほど経ち、ようやく弟が現れた。
弟が苦笑する。
「疲れてる感じだね」
「あぁ……疲れた……」
その後は弟に言われるがままボードを洗浄し、道具類を返却。
本当は施設内の店に寄ってみたかったが、どこも満員で寄る気は起きず。
そのまま帰ることになった。
「運転よろしく。……寝るかもしんないけど、いい?」
「いいよ」
弟の許可を得たのでお言葉に甘えた。
出来た弟を持って大変ありがたいぜ……Zzz……
地元へ帰還。
弟行きつけのラーメン屋に寄り、人生二回目のスノボ体験は幕を閉じた。
うん。スノボは私はもういいや。