深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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24.2/23─雲取山【降雪期】①

 

 

 

 

「雨かぁ……ぶっちゃけダルいな」

 

埼玉県秩父市を通る国道140号線──彩甲斐街道にて、私は車移動していた。

天気はあいにくの雨模様。バタタタと雨粒が車体に弾かれる。

後部座席には荷物を満載にしたザックが転がり、カーブの度に少し身動ぎしていた。

ソケットからスマホを充電し、薄暗い車内にはBluetoothを介して音楽が流れている。

 

「ダルいけど、車移動はやっぱ楽チンだなぁ」

 

今回の目的地である東京都最高峰の雲取山へと向かいつつ、私はしみじみと呟いた。

バイク移動じゃこうはいかない。

 

──24.2/23、AM7:00。

 

雨は弱すぎず強すぎず、普通の降雨量の中、車で秩父の山林をひた走っていく。

本当はいつもの相棒XJR1300で向かいたかったが、この雨なので断念。

富士山ぶりに快適な車移動だが、実はその気分はあまりノッてなかった。

 

「このまま雨が続いたら、登山は諦めかな」

 

雨の中の登山は、正直めんどいのが本音だからだ。

ちゃんと雨具はあるし、たまには雨の登山も経験した方がいいのは分かっているが、やっぱり面倒くさいが勝ってしまう。

登山中に降り始めたのなら覚悟も決まるが、始まる前から降られているとどうしてもやる気が……

そんな気持ちなのに、なぜ目的地へ向かっているのか。

それは今回の登山が、初めての山中テント泊を予定しているからだ。

山でテン泊をするのが、登山に於いてやりたいことリストのひとつだった。

 

「くっそ。西高東低の気圧配置め」

 

入念な準備をしていざ雲取山へテン泊へ──……と意気込んだ当日が、まさかの雨でテンションガタ落ちというのが今の心境だ。

テンションは高いのに低いという奇妙な気分である。

だがまだ希望はあった。

雨が降っているのは平地だけで、雲取山及び登山口である三峯神社の天気は雪マークが現れているのだ。

雨はダルいが、雪なら逆にやる気が燃え上がるというもの。

雪山登山もやりたいことリストのひとつだからだ。

今回はちゃんと軽アイゼンを持ってきたし、準備に抜かりはない。

車は奥秩父へと入る。

 

「コンビニで最後の食料調達するか」

 

道幅が狭く、グネグネと曲がる140号線。

平日の早朝とあって他に誰も車が通らず、順調に山奥のコンビニへ到達した。

こんな山奥だからもしかしたら朝は開いてないかもと思ったが、ワンオペでやっていた。お疲れ様です店員さん。

パンや水、ちょっとした惣菜を購入。

まだ振り続ける雨に濡れながら運転再開。

パンの包装をバリッと開ける。

 

「登山前にもういっちょ腹ごしらえ」

 

朝メシは自宅で食べたが、これから寒い中登山するのでカロリー補充だ。カロリーはなんぼあってもいいですからね。

このコンビニを過ぎて道を曲がれば、後はグングン標高が上がっていく。

このまま道なりに行けば、登山口となる三峯神社だ。

……今回の登山をするにあたって、本当は三峯神社の宿泊できる施設に泊まる予定だった。

そうすれば登山計画にもっとゆとりが持てたのだが……。

だが電話予約してみたら、これがなかなか繋がらず。

繋がったと思ったら「担当者が今居ないので、こちらからまた掛け直します」の後、音沙汰無し。

私は宿泊を諦めた。

 

「車中泊でも良かったんだけど、していいかどうか調べても分からないし」

 

駐車場が広いので車中泊も視野に入れたが、OK・NGの判断がつかなかった。

というわけで駐車場が開く朝8時に向けて、雨の中を自宅から走って来たのである。

雲取山は難易度はそこまで高くないが、距離が長い。

出発がおよそ9時前だとして、私の運動強度的にはおそらく15~16時くらいに山荘到着予定だ。

登山は午後イチくらいには行動終了してるのが理想なので、今回の出発時刻はネックであった。

 

「お。雪になってきたな」

 

山道を駆け上がっていくと、雨粒がフワフワと舞い始めてきた。

雨が雪に変化したようだ。

道路や木々が薄く白に染め上げられ、幻想的な光景が作り上げられていく。

 

「誰も居ないし、なんか異界に迷い込んだみたいだな」

 

ハイブリッド車の静かな駆動音。

流れる音楽。

それ以外の音は雪に吸収されているようだ。

パンも食べ終え、緩やかなヘアピンカーブをいくつも通り過ぎた後。

建物が見えた。

──8:00。

標高約1100m、三峯神社駐車場へ到着。

 

「よっしゃ、一着だ。ただし受付の人を除く」

 

有料駐車場なので、車の代金を支払って入庫。

誰も居ないので好きな所に停め放題だ。

 

「お、なんかイイ感じに屋根がある場所があるじゃん」

 

停留所の、人が待つ場所のヤツだ。

薄っぺらいが壁もあって、丁度いい雪避けになる。

私はその停留小屋の隣に駐車した。

 

「……割と本格的に降ってきたな」

 

車の外はもう白一色。

関東の平地民からしたらとんでもない降雪量である。靴底が埋まるくらい。……平地民的には脅威なんです。

ではさっそく登山開始……と行きたいところだが、登山口がイマイチきちんと分かっていないのでまずは空身でそこら辺を練り歩く。

 

「ふーん。なるほどなるほど。多分アッチだな」

 

地図アプリで方角を確かめながら見当を付け、車に戻る。

ちなみに神社の参拝は帰ってきてからにする。これからは時間との戦いなので。

後部座席からザックを引きずり出し、小屋のベンチへ乗っける。

靴を登山靴に履き替え(バイクだと常時登山靴なので、履き替えるのが新鮮だ)、ピッと車を施錠。

さあ、初めての雪降る登山だ。

 

「とりあえず、雪に対して装備を固めないとな」

 

今の私はまだ通常時の登山スタイルだ。

ザックの中から対雪装備を取り出ていく。

 

「雨具に手袋、そして忘れちゃいけない軽アイゼン」

 

ジャラリと金具が頼もしく光る。

といってもまだ履かない。

今はコンクリの上だし、雪は脅威だがまだ大丈夫だろう。

履くにはまだ早過ぎると判断。

 

「後はザックにカバーを付けて……と。……、ッッ!」

 

大事な荷物が雪で濡れないようザックカバーを掛けるのだが、ここで問題が発生した。

 

──今回、テン泊するにあたって必需品のマイニューギアがあった。

マットだ。

ザックの下部に外付けで取り付けたのだが、コイツがカバーに入り切らなかった。ヤバい!

 

「クソっ!事前準備でカバーした状態を試してなかった!」

 

マットを買ったはいいが、そういえば背負って登山すらしてなかった。必然の失敗!

今回は事前準備をカンペキにしてきたつもりだったが、所詮はつもり(・・・)だったらしい。

だがここまで来て諦める選択肢はなかった。

現地まで来て、カバーが出来ないだけで登山を止めるなんてちょっと理由が弱い。

でもカバーはしないと絶対あとで後悔する。

マットを下ろすのも無論、論外だ。

水分が浸透した布は、重い。

 

「だから……っ無理やりカバーを掛ける!」

 

私は強引にザックカバーを装着。

ぐぬぬぬ……っ、く、ムリか!?

 

「ッ、いや待て。確かコレ向きがあったな?」

 

思い出されるのは北海道ツーリングに向かう前、バイクに荷物を積んでいた時。

あの時はマットこそ無いが、何故か上手くカバーが装着出来ず四苦八苦したものだ。初めてやる事が何事も上手くいかない男。

結局、私がカバーの向きを間違っていたのが原因だったのだが。

 

「向きをまた間違えていた可能性……アリ!」

 

カバーを反転させたらなんか上手い具合にスッポリ入った。やっぱり向きを間違えていたっぽい。

だがマットより下部──ザックの底面はさすがにカバーの範囲外だった。

これは仕方ない。地面に置かない限りはこの面が濡れることはないだろうし、いけるだろ。多分。

 

「ふぅ。予想外の展開だったが、まぁクリア出来たのでヨシ!後は熊鈴出して……」

 

「うわ、見てアレ。何してるの?」

 

ピクリと止まる。

カバーを無事に付け終えてひと息ついた私の耳に、そんな女性の言葉が聞こえた。

振り返らずに作業をしながら視界の隅で見ると、カップルと思しき二人組が傘を差して歩いていた。服装は軽装なので、参拝客だろう。

というかいつの間にか、そこそこ人口密度が上がっていた。服装的に皆さん参拝客。

準備で視野が狭くなっていたようだ。

……まぁ確かに、ここが登山口スポットだと知らぬ一般ピーポー参拝客からしたら、今の私は不審だろう。知らないものは仕方ない。

私は黙々と作業しながら内心キョドっていると、彼氏が言った。

 

「格好的に登山じゃね?多分」

 

「え?この雪の中?ヤバ、気合い入ってんじゃん」

 

思わず、ニヤリとしてしまった。

そうです。気合い入ってます。

初めての雪山登山で自分、気合い十分に入ってますっ。というか入りました。

 

「よっしゃ」

 

改めて熊鈴を装着。

チリンチリンと真鍮の音色が白い景色に響く。

気合いも入ったし、準備も完了した。

いよいよ憧れの冬山登山へ、私は赴く。

 

 

 

 

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