深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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24.2/23─雲取山【降雪期】②

 

 

 

「人がまったく居なくなった」

 

──9:10。

 

駐車場から階段を上がり、神社へ向かう人の流れに逆らい独り山の方へ。

一瞬で孤独になった。

人が増えてきたからこそ際立つ。まだ神社の敷地内だというのに『ポツン』だ。それはもう見事に。

 

「……うーん。なんかちょっと背負い方マズったな」

 

歩き始めてすぐ、ザックのバランスが気になった。

ちょうど目の前に古びた田舎の集会所みたいな建物があったので、その軒先にお邪魔して一度ザックを下ろす。

まだ履かずに手に持っていたチェーンスパイクもジャラリと置く。

うーん、と背筋を伸ばした。

 

「まだ登山始まってないけど、孤独感エグいな」

 

人の気配を神社方面(アッチ)の方から感じるだけに、人の気配がない方へ行くことに一抹の寂しさを感じた。

雪が寂しさに拍車を掛けていた。

なんというかこう、雪には孤独感を増す成分があるように思う。多分夏だったらこんなにセンチメンタルにならない。

まぁ単純に生き物が居ないからな、冬は。

それに加えて音を吸収する雪だ。

さらに山という特殊な環境。

ソロ。

 

「当然の帰結すぎる。行くか」

 

現状を認識してザックを背負う。

今度こそザックの各種ヒモをしっかり固定し、いざ。

 

「よし。この鳥居から登山道だな」

 

少し進むと、無骨で小さな鳥居が出現。

登山者へ呼び掛けする看板や、登山届を投函する箱などがある。

ここからいよいよ雲取山の山域だ。

初めて訪れる山、初めて降雪する中での登山なので気を引き締める。

 

「それでは、出発!」

 

雪はまだ浅い。

私は軽アイゼンを手に持ったまま歩き出した。

 

 

 

 

「いやぁ……孤独感、エグ……」

 

歩き始めてすぐ。

神社の敷地を出て、本格的に登山をスタートした私だったが。

先ほども感じた孤独感だったが、これ(・・)はさらに一線を画すエグさだった。

 

山。

木。

舞う雪。

積もる雪。

斜面。

私。

寒さ。

微風な風。

 

──だけ。

他には何も、ない。本当に。

 

「雪が『しんしんと降る』って、マジなんだ……」

 

静かに降り積もっていく雪を眺めながら、私は感心したように呟く。

よくもまぁ、昔の人はこれ(・・)を言葉で表現したものだ。

こんなの『しんしん』以外言いようがない。

それに加え、今の私の状況もそれに拍車を掛けていた。

初めての山で、初めての雪山への挑戦。

ソロ。

他の登山者も居ない。

山と私だけだ。

今、私はたった1人で雲取山と相対している。

 

「まぁ厳密には、山小屋にはすでにスタッフが居るんだろうけど」

 

それでも今は、今だけは私の独占状態である。

ちなみに私より先行している登山者は居ないと断言出来た。

この朝から降り始めたであろう雪に、足跡が一切無いからだ。

 

「山小屋の人は住み込みなんだろうか?もしくは東京側から登り下りしてる?」

 

そこら辺は分からないが、兎にも角にも独りだ。

このままフッと消えてもしばらくは誰にも気付かれない、危うい空間。

自暴自棄のような心地良さ。

恐さとワクワクが丁度いいバランスで揺れる。

 

「景色が見えないのは残念ではあるが……」

 

立ち並ぶ木々の隙間の向こうは、絶賛ホワイトアウトしていた。

外に居るのに閉ざされた空間に居るようだ。

歩く。

それだけがこの空間で私がやる事の全て。

とはいえ、道はスゴく歩きやすい。

登山道はハッキリ分かるし、登りも大してキツくない。

問題があるとすれば……

 

「軽アイゼンをどのタイミングで履くかだ」

 

私はまだチェーンスパイクをジャラジャラと手に持っていた。

地面はまだ土の色がギリギリ見える程度。

履くにはまだ早いと思うのだが、一体どの程度で履く判断を下せばいいのか失念していた。

アイゼンを入手し、履く練習まではした……

 

「まったく。俺ってヤツはいつも詰めが甘い」

 

いつもそうだ。

日常生活や仕事でも、毎回あとちょっと考えが足りない。

問題が発生してから初めて、事前にやるべき事があったことに気付く。

平地ではそれでも何とかなるが、ソロ登山では致命的だ。リカバリーが効かない。

 

「現場の判断で行くしかない。まだ履かなくても行ける……!」

 

元より初めての雪山。

ムリだと思ったら即帰ることを念頭に置いている。

体力・心の余裕は十分。

熊鈴の音は山奥へと移動していく。

 

「お。葉っぱの天ぷらみてぇ」

 

──10:40。

黙々と歩き続けること、約1時間。

雪も降り続けて辺りはすっかり白一色になり、私と雪以外動く物が無い世界にて。

ひょこりと登山道に松の葉が飛び出ていた。

それがビッシリと雪と氷に覆われ、まるで純白の衣で揚げた大葉の天ぷらみたいになっていた。美味しそう。

 

「ま、絶対味もしねぇし苦いんだろうけど」

 

私はその天ぷらをパシンと木の棒で叩き、歩を進めていく。

私はアイテムを入手していた。

なんかいい感じの木の棒である。

これをストック代わりにして、今私は雪の上を歩いていた。

ちなみにまだ、軽アイゼンは装着していない。

 

「なーんか今日は疲れるんだよな、足が」

 

初めての雪山か、荷物満載の重いザックのせいか。

理由は分からないが、ヤケに疲労度を感じていた。

そんな時に見つけたのが、このいい感じの木の棒である。

長さといい、太さといい、全てが私とフィットする。

真っ直ぐではなく途中で少し曲がり、そこから先端にかけてちょっと歪曲している。

それが柄、鍔、刀身のようで、非常に男心をくすぐる形状をしていた。テンション爆上がり。

 

「うーん。俺もそろそろストック買った方がいいかな。でも無くても富士山登れたし……」

 

ストックの購入を検討しながら、登山道に飛び出る枝を斬る(どかす)

テンションが上がって気を良くして歩くことしばし。

壁に二つの顔が現れた。

 

「あ、これがなんちゃらのレリーフか」

 

秩父宮両殿下のレリーフだ。

計画を立てている時にこのレリーフの存在は知っていたが、実際に山奥で見ると異物感がすごい。

ここまで人工物は登山道・ベンチ・標識くらいなので、急に文明レベルが跳ね上がった。よくこんな山奥の、しかも結構高めな位置の壁に設置できたな。

レリーフを過ぎると、トイレと、霧藻ヶ峰の看板、そしてしっかりめのベンチと山小屋が。

山小屋は無人だった。

ベンチにはすっかり雪が積もり、座るには少し厳しい(レインウェアを着込んでいるから別に座っても問題ないのだが、気持ち的に)。

私は山小屋の屋根の下に腰掛けた。ここへ来てひと休みである。

 

「ふいー疲れた。……雪ずっと降ってんな」

 

山域に入ってから、雪は絶えず振り続けていた。

そこまでの降雪量ではないが、こうしてずっと振り続けられるとヤバいのではないか。

これから更に山奥へ向かうし、果たして雪山初心者の私は無事に生きて帰れるのだろうか。

スマホを見る。

 

「道のりはまだ長いな。つーかコース長過ぎだろ」

 

改めて、三峯神社─雲取山はロングコースだ。

片道およそ10km。

私の登山歴の中でも最長の部類に属する。

その代わりと言ってはなんだが、目立つほどの急登や危険な箇所はない楽な道だ。登山道もよく整備されている。アップダウンは常にあるが。

 

「楽な道ではあるけど、『歩き続ける』ってだけで疲れるよなぁ」

 

私は軽アイゼンと木の棒を横に置き、白い息を吐いた。

歩き続ける。

動き続ける。

 

──走り続ける。

私は登山を始める前からランニング習慣に目覚めていたのだが、そこで愕然とした思い出がある。

あれは初めてランニング10km(推定)をノンストップで完走した時。

 

「……っメッチャゆっくり走ったのに、足が有り得んほどガクガクする……!」

 

ゴールと定めた場所に辿り着いて歩き始めた瞬間、ズン!と来た。

足の震え……痙攣が止まらないのだ。

立ち止まらず走り切るために意識してゆっくり走った。体力的にはまだ余裕があった。

だが『走り続ける』行為は、思っている以上に身体に負荷が掛かっていたようだ。

以前にこの10kmチャレンジした時、途中で体力が持たず1kmほど歩いたのだが、その時の走り終わりにはここまでダメージは無かった。

 

「つまり、休憩は大事って事だ」

 

雪を眺めながら5分ほどのんびりした私は、体を伸ばして立ち上がる。

平地でのトレーニングなら程々に負荷を掛けてもいいが、山では余計な負荷は致命的だ。

理想は疲れを自覚する前にちょくちょく休むこと。

お菓子のラムネをひと口、水をひと口含む。

よし、休憩終わりっ。

 

「うーん……、アイゼンはまだいいか」

 

地面はもう真っ白だが、ここまで滑ったり等危険を感じた瞬間もない。

まだ平気だろうと現場の判断を下し、私は木の棒と軽アイゼンを手に取った。

 

 

 

 

休憩を取ったことでさらに順調に歩を進めること、およそ1時間。

ふと気付いた。

 

「ん?後ろの方から音がするな……?」

 

少しばかり坂道が険しくなってきた頃。

背後から微かに、私の物ではない熊鈴の音が聞こえた。

しかも複数。

なんという事だ。

私がここまで順調に歩き続けてきたが、まさかの後続に追いつかれてしまったようだ。地味にショック。

孤独の時間は終わりを告げた。

 

「うえぇ……できれば追いつかれたくねぇなぁ」

 

別に追いつかれても問題は無いが、なんとなくイヤな気分だった。謎のプライド。

しかし順調な私のペースに追いつく後続の速さである。じきに追いつかれることは必至だ。

 

「いい感じの木の棒……サラバだ」

 

私はいい感じの木の棒を傍らにそっと置いた。

何となく見られたら気恥ずかしかったのだ。謎の恥じらい。

 

「うわ。手袋汚っ」

 

木の棒を握っていた手袋の手のひらが、木の皮と土でハチャメチャに汚れていた。

ちょっと考えれば予想できたことなのに……と反省しながらパンパン叩いて汚れを落とす。

あまり落ちなかった。

 

「それと……さすがにもうそろそろ履くか。軽アイゼン」

 

まだ握っていたチェーンスパイクがジャラリと鳴る。

完全に履くタイミングを逃していたが、後続に追いつかれた事でようやく決心が着いた。

もし履いてない状態で後続に追いつかれたら「うわコイツアイゼン履いてねぇ危ねぇヤツだな」と思われると予想したのだ。実際危ねぇヤツです。

そんな不純な動機でようやく軽アイゼンを装着。……装、着……

 

「あれ?なんか履けねぇ」

 

自宅で試し履きした時のようにフィットしない。つま先部が変だ。

あーっと落ち着け。よく見ろ。

あ、前後逆だし、しかも裏表も逆になってる。

逆にこれでよく一旦履けたな。

靴から取り外して元に戻して、再度履く。

……よし!今度こそフィットした!

 

「おぉ……スゲェ。カッコイイ……!」

 

ジャラリと八本のトゲが雪を噛み締める。

歩くとギュッと、素の靴の時より明らかにグリップ力が上がった。

おいおい何でサッサと履かなかったんだ私。ずっと手に持ってたのがアホみたいじゃないか(紛れもないアホ)。

そんな感じで雪上の軽アイゼンの履き心地を堪能していると、とうとう後続に追いつかれた。

 

「こんにちはー」

 

やって来たのは中年男性三人組のパーティだ。

挨拶を交わしながらそれとなく足下を見ると、全員が軽アイゼンを履いていた。

良かった……、追いつかれる前に履いといて。

……まぁ私の刻んだ足跡を見てればアイゼンを履いていなかった事はバレててもおかしくないが、特に突っ込まれなかったのでヨシとしよう。……今は履いているしな!

 

「お先失礼しまーす」

 

「しまーす」

 

三人組はサクサクと進んでいった。

速い。

ちょっと付いていこうと思ったが、これはすぐにバテてしまうな。自分のペースで歩こう。

再び一人になるが、前方から話し声が時折聞こえてくる。

………楽しそうだな。

よく登山とかいう、そこそこハードなアクティビティに中年になってもつるんで来れるな。どういう関係だろうか。

ソロもいいしソロがいい私だが、一回くらいは団体行動で登山も経験した方がいい気がする。しない可能性が高いけど。

そんなどうでもいい事を考えながら歩き続け、12:00──。

荒廃した白岩小屋に到着した。

多少広い空間とベンチが設置されている。

時間的にもここで昼飯としよう。

 

「疲れましたねー」

 

「ここでようやく半分来たって感じか」

 

「はぁ、はぁ、っ喉乾いた」

 

先行していた三人組もここで休憩していた。

彼らとは一歩離れたベンチにザックを置き、ザックカバーをちょっと捲って中から菓子パンを取り出す。

白岩小屋の心許ない軒下で、雪を気持ち避けながら食べた。

 

「あー……お兄さんは一人で?」

 

静かに食べていたら話し掛けられた。

まぁそりゃ話し掛けられるよな。隣だし。

 

「はい。そちらが三人組で羨ましいです。一人だと孤独感スゴいですよ」

 

心にも無い返答である。

一人を楽しんでいるクセに羨ましいとはこれ如何に。

……まぁ確かに、多少はそういう気持ちもあるにはあるが、実際に団体行動する事になったら速攻で一人になりたい衝動に駆られると思う。

初めての雪山を単独(ソロ)で来る私だぞ。人とつるむのイヤ過ぎる……

こんな社会不適合者に片足突っ込んでいる私は、三人組と楽しくおしゃべりしながらパンをモシャる。

 

「じゃあ俺たちは先に行きます」

 

「はい。気を付けてください」

 

私が二個目のパンを食べていると、彼らは先に歩き出して行った。

やっぱペース速いな。

別段そこまで焦るような時間・ペース配分・積雪ではないので、私はそのままゆっくり休憩を取る。

 

「あっちがなんか開けてるな」

 

廃屋の奥に広いスペースがあった。

そちらへ行くと、目の前には奥秩父の山々が連なる光景が広がっていた。

晴れていたらさぞ爽快な景色だっただろう。

 

「まぁ今は今で、幻想的な光景か」

 

遠方の景色は灰色で濁っているが、漂う雪の中、独り、無音で山嶺を望む。

うん。やっぱり良い景色だ。

 

「……よし。行くか」

 

三人組が先行してから10分ほど経ち、パンを食べ終え水分補給も済ました私はようやく歩みを再開した。

毎度の事ながら、休憩を挟むと体が軽い。

宿泊装備一式を背負うザックもなんのそのだ。

そんな軽快に進む私はそこから30分ほどで、早くも再会した。

三人組の内の一人と。

 

「どうもー、さっきぶりです。……他のお二人は?」

 

「はァ……はァ……、先行ってもらってます。自分、ちょっと体力キツくて……っ」

 

確かに息がだいぶ上がっている。

おいおい。パーティなら一番遅い人に歩調を合わせるものじゃないのか?

まぁ彼らのパーティ内事情だから口は出さんけども。迷うような道でも無いし。

しばらくは一緒に歩いていたが、「お先にどうぞ」と促されてしまったので先に行く。

しばらく歩くと、割と直ぐに残り二人と出会った。言うほど置いてけぼりにしていたワケではないらしい。

互いにペコリと会釈。

私を追い抜いたペースなら私が追いつける道理はないので、なんだかんだ遅れた仲間を気にしているらしい。

二人も追い抜き、再び私が先駆者へと返り咲く。

 

「うーん……。この追いつかれて追い抜いてっていつまでも慣れん」

 

別に全くもって気にする必要は無いのだが、なんとなく気まずい。

また追いつかれたら気まずくなるので、このまま雲取山荘までフィニッシュしたいところだ。

登山道を少し侵食している笹薮を蹴りながら歩く。

雲取山は距離が長いからか、割と平坦気味な道が多い印象だ。

歩きやす過ぎて少し歩調が早まる。

そのまま白岩山頂上を過ぎ(特に展望はなかった記憶)、その後の分かれ道では芋ノ木ドッケでは無い方へ進む。どうせ後で道は合流するから、登山者のお好みだ。

ドッケとは『尖った峰』を意味し、文字通り急峻な道なので今は避けた。

 

「こっちはこっちで楽すぎだろ」

 

巻き道はほぼ平坦で、ただ歩くだけだった。

そうしてドッケの道との合流地点にまで爆速で進み、私は思わず吹き出した。

 

「ふっ。こんな山奥で『東京都』とは」

 

標識の下の方、所在地を示す欄に『東京都』の文字が。

こんな場所も都内だってんだから、笑ってしまうな。疲れてるんだ私は。

 

「あ〜……疲れた……」

 

そう、疲れはピークに達していた。

慣れない雪道に、初めて使う装備。

軽アイゼンの爪には雪が張り付き、重い。

そこら辺の木の根にぶつけて雪を取る。

それに暑い。

雪避けのレインウェアに体温の熱がこもって不快だ。

疲れで滲み出る体臭も、ウェア内に充満して臭い。

なんだか錆びた金属と生肉を同時に嗅いでいるような……アンモニア臭か?我ながら鼻につく臭気でショックだ。

おそらく私の疲労臭と、ウェア素材の独特な臭いのブレンドだ。最悪。

 

「クソ……っ、自分の体臭が臭いのショック……!」

 

無臭を心掛けている私は絶望した。

なんだかんだ私も中年だからな。仕方ないとはいえ、やはりおじさんにはなりたくないものだ。

 

「今すぐ風呂に入りてぇ」

 

残念ながらその願いを叶えることは不可能だ。

出来ることといえば、タオルで拭くのが限界である。

登山の宿命だ。

臭いのはもう観念するしかない。

 

「枝の先っぽまで凍りついてやがる……」

 

気を取り直して、周囲を見る。

登山道に飛び出ている枝の、その先端までビッシリ凍りついていた。

以前の荒船山で見たのは霧氷だが、これはおそらく樹氷だ。ミニ樹氷。

枝の上部は積もった雪でフォルムが丸みを帯び、下部は棘状の氷が無数に生えている。

まるで白いムカデのようだった。

 

「もう標高2000m近いもんな」

 

関東の平地じゃ見られない現象だろう。

実際初めて見るので、珍しさからパシャパシャ撮る。

周囲には原生林が広がるばかり。

 

「さて、もう少しだ」

 

ちょっと元気が出てきたところで、今日のゴールである雲取山荘へ向かう。

全体の行程で見ればもう少しの距離なのだが、歩くとこれがまた長い。

大ダワに至り、女坂と男坂に道が別れる。

どちらを行っても再び合流するし大した差異はないが、私が選ぶのは当然、女坂だ。疲れているので少しでも楽な道を選ぶ。

そうしてせっせと体を頂上に向けて運び続けること、30分。

建物が見えてきた。

 

「着い、たぁ……、っ着いてない」

 

山荘に到着……と、ぬか喜びも束の間。手前に廃屋があったのを忘れていた。

確か以前の雲取山荘だったか。

ぬか喜んだが、生きてる山荘ももうすぐだ。

身体にムチを打って目の前の坂を歩く。

そして14:20──

 

「今度こそっ、着いたぁ……」

 

標高1836m、雲取山荘へ到着。

辺り一面雪景色の中、私以外誰も居ない冬空の下で。

 

 

 

 

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