深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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24.2/24─雲取山【降雪期】④

 

 

 

ドサリ、という重い音で目が覚めた。

 

「んぁ?……なんか落ちた?」

 

シュラフの中でモゾモゾ寝返りを打つ。

物音に疑問を持ちつつも、まったく布団から出る気配は無い私である。寒い。メンドイ。

そうこうしているともう一度ドスン、と何かが落ちる音がした。

 

「…………ああ、雪かな?」

 

おそらく、樹上に積もった雪がテント近くに落下してきたのだ。

どうやらギリギリ当たらない位置にテントを立てていたらしい。運が良かったな私。

音の原因を推理した私は安心して惰眠を貪る。

いや寒くて起き上がる気力が湧かん。

さすがは冬山……すでに結構着込んでいるのに寒さが貫通してくるぜ……

 

「いやマジで寒いなコレ」

 

たまらず起き上がる。

凍死するほどじゃないが、快眠するには些か寒すぎる。

何かもう一段階、寒さ対策が必要だ。

 

「雨具を着るか」

 

シュラフの下に敷いていた上下の雨具を羽織る。断熱材的な役割を期待していたのだが、やはり着た方が効果が高い。

つま先が冷えに冷えていたので、ズボンは半脱ぎ状態で履き、裾でつま先を包む。

 

「おー、いい感じ」

 

少し着膨れが気になるが、防寒着として優秀だな、雨具。これなら寝れそうだ。

時刻を見るとまだ21時。寝始めて数時間でこれか……。

夜は長い。

 

 

 

 

 

 

「……とうとう、きてしまったか」

 

不意に目が覚めた私は、波が来たことを悟った。

トイレである。

時刻を見ると深夜2時。けっこう寝たな。

 

「うーーん……メンドイ。けど行かなきゃ」

 

シュラフの中でモゾモゾ寝返りを打つ。

まだしばらくはガマンできる尿意だが、朝まではムリだな。

もはや用足しは確定なのだが、このクソ寒い中シュラフからテントから出るのが億劫すぎる。

多分30分くらいはずっとモジモジしていたと思う。分からない。夜は時間が引き伸ばされる。

山荘から響いてくる室外機の低い音が羨ましい。

 

「っ行くか!」

 

意を決して起き上がった。

雨具をちゃんと着て、ヘッドライトを手に取り、テントのジッパーを開ける。

ジ〜〜ッ

 

「雪は……上がったか」

 

うろ覚えだが、確かこの時はもう降っていなかった気がする。

しかし地面にはしっかり降り積もり、ライトに照らされる世界は白だ。

星はない。

 

「あ〜寒。トイレ遠い……」

 

愚痴を言ってもしょうがないが、つい言ってしまう。

一瞬、そこら辺でしてしまおうかと邪な思いが生まれるが、頑張ってトイレまで歩く。

 

「うおっ!?」

 

滑ってけっこう派手に転んだ。

マジか……ショック。アイゼン付けてないとこんなに滑るのか……

面倒臭がって装着しなかったのだが、やはりちゃんとしないと危ないようだ。

でも戻るのは面倒なのでそのまま行く。

無事にトイレを済まし、帰り道は一歩ずつ気を付けて戻った。

 

「ふぅ。トイレ行くだけでひと苦労だな」

 

テントに帰還。

昼間に覚悟していたが、やはり実際は予想以上に面倒臭いし危なかった。

寒いのでシュラフに包まる。

それからウトウトとスヤスヤを繰り返し微睡むこと、数時間。

 

──4:30。

 

「もうそろそろ起きるか」

 

まだ外は暗いが、温かいメシを食ってれば丁度いい時間だろう。

隣のおじいちゃんテントからもガサゴソ音が聞こえるし、動き時だ。

 

「朝ラーキメるぜ」

 

朝食は袋ラーメンだ。具は無し。袋ラーメンは登山者にとって便利アイテム過ぎる。

さて、それでは早速皆大好きお湯を沸かすためにウォータータンクを手に取ったのだが……

ガシャポン、と変な音が鳴った。

 

「ガシャポン?」

 

え?ウソだろ?まさか……凍ってらっしゃる?

凍ってます。テントの隅に置いておいたウォータータンクの水、凍ってます。

 

「おいおいおい。これはマジでマズイ。……いや半分だけか。ギリだな」

 

タンクを揺らすとガシャガシャガシャと氷のぶつかる音が。

半分はまだ液体だった。完全凍結は免れていたらしい。

 

「うおー危ね。ちょっと考えれば予想出来たことなのに、全然考えてなかった。次からは気を付けないと」

 

冬山テン泊では飲み水が凍らないよう対策が必要だ。マジで全然考えてなかった。

とりあえず無事な水をコッヘルに注ぎ、バゴーッ、とバーナーが火を吹く。

テント内の気温が上がる。

 

「はぁーあったけ。生き返る……」

 

朝食の時間はシュラフの中でスマホを充電しておく。

寝てる間の充電は過充電がもったいないし、何より寒過ぎて充電されないからな。

水筒に入れていた水をおもむろに飲んだ。

 

「!?、マッズ!?」

 

昨晩、ミネストローネとソーセージをボイルしたお湯を詰めた水筒。

このお湯(すでに水)が非常(ひっじょ〜)にマズかった。

ヤバい。直感的に分かった。肉の脂だ。ソーセージだ。

 

「昨日の俺のアホ……」

 

普段料理しないからこうなるのだ。

仕方がないのでボイル湯を捨て、タンクの冷たい水を飲む。つめたっ。

そうこうしているとお湯が沸いた。

ラーメンをブチ込み、ほぐし、フーフー食べた。

 

「はぁ〜……ウメェ……生き返る」

 

口直しして今日何度目かの生き返る私。

山のラーメンほど至福なものはない。

しみじみしながらも、ものの5分と掛からず平らげ片付け作業に入る。

テントはまだ畳まないが、その他の荷物をある程度纏める。

 

「まだザックには入れなくていいか。雨降ってるわけじゃないし」

 

とりあえずテント内で収納出来るものは全て片付け、外へ。

景色は白んでいた。風が少し強い。

 

「メッチャ快晴だな」

 

昨日の曇天から一転、いまは雲ひとつない空だ。

まだ太陽は顔を出していないが、東側はすっかり明るい。

だが天頂から向こうは今だ漆黒だ。

私は夜明けの狭間に立っていた。

 

「それじゃあいざ、雲取山山頂へ」

 

モコモコに着込み、貴重品だけを持っていざ登頂へ。

山荘から頂上まではおよそ30分。

私は荷物(ザック)を持っていないのでもう少し早く到着出来るだろう。

 

「まさかこんなに良い天気になるとは」

 

ヒョイヒョイ駆け上がる勢いで登る。

ザックを背負っていたらそこそこ辛そうな坂だが、今の私の敵ではない。

ちょっとした岩場もなんのその。寝て食べて身軽な私は元気いっぱいだ。

 

「良い気分で朝日を拝めそうだ」

 

正直、朝日を拝むのは諦めていた。夜中もまだ降ってたし。

それがどうだ。この透き通った東雲は。

いや、もう曙だな。

太陽が顔を出してきた。

 

「ちょっと出発遅かったか」

 

山頂で日の出の様子をじっくり見ようと思っていたのだが、少し行動が遅かったようだ。

頂上までまだ半分といった所で、樹林の向こうからジワジワと光の玉が輝きを増していく。はえーよ地球の自転。

 

「おはようございまーす」

 

山荘に泊まっていたであろう、私と同じく山頂を目指している人たちを何人か抜かす。

彼ら彼女らはザックを背負っていた。このまま東京方面へ下りて行くのだろう。

身軽な私は太陽の温かみを感じながらサクサク進み、6:30──

 

「着いた!登頂!」

 

頂上には立派なオブジェが建っていた。

『東京都最高峰 雲取山(Mt.kumotori) 標高(Altitude)2017.1m』の文字が刻まれた、立派な山頂標識だ。

辺りはすっかり朝焼けに照らされている。目に映る光景はほとんどオレンジ色だ。

 

「風、強いな」

 

山頂は開けていて遮るものがなく、吹きさらしだった。冷たい風が頬を叩く。

 

(意外と人居るな)

 

両手で数えられる程度の人数だが、山頂という限られた空間だと多く感じる。

テントは二つだけだったが、山荘にはこんなに泊まってたのか。

頂上の景色をパシャパシャ撮り終え、朝日拝みフェイズに移行する。

 

(いや〜……、登ってきた甲斐があったな)

 

ほぼ360°の絶景だ。

太陽の光に灼かれる東京。

奥秩父に連なる山々。その谷間には雲海が揺蕩っている。

そして奥に聳える、霊峰富士山。

裾野は黒く頂上付近は白く染まった、誰もが想像するフリー素材のような富士山の姿だ。

冬の澄んだ空気のお陰で遠くまで見渡せる。

 

「メチャクチャ景色良いですね!」

 

山頂で一堂に会した人たちと和気あいあいする。

自分のパーティ以外全員知らない人同士だが、冬山に登頂して朝日を浴びた者たちでシンパシーを感じ合う。

 

「あーあ。山座同定盤が凍ってるよ」

 

振り積もった雪が薄く固まり、ただの台になっている山座同定盤。

皆して固まった雪をどかし、盤面を発掘する。

 

「やっぱり富士山はデッカいねー」

 

どこの盤でも大きく表示される富士山と、実物の富士山を見比べて楽しむ。

他にも色々な山を眺めて存分にゆっくり満喫し、もうそろそろ行くかと腰を上げた。

 

「それじゃあ、お先失礼します」

 

ちょっとだけ仲良くなった山頂仲間たち別れを告げた。

さあ、お楽しみは終了だ。

長い長い下山が始まる。

 

 

 

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