深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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24.2/24─雲取山【降雪期】⑤

 

 

 

「意外と登ってくるな」

 

下山を開始した私に、山荘から登ってくる登山者がすれ違っていく。

結構居るな。昨晩は割と盛況だったようだ、雲取山荘。

展望の良かった頂上から下りて樹林に入ると、吹く風がガードされて爽やかになる。

樹氷が朝日をキラキラと反射して幻想的な光景だ。

空気は冷たいが、完全に姿を出した太陽のお陰かだいぶ暖かい。

昨日とは打って変わって、今日は天気がメチャクチャ良さそうだ。

 

「もうおじいちゃん居ねぇ」

 

空身の私は数分でテント場に戻ると、すでにテントは私の物のみだった。

私が登頂している間におじいちゃんはサッサと下山していったようだ。おじいちゃんとは結局挨拶以外、言葉を交わさなかったな。

かくいう私も帰り支度に入る。

テントの中からザックを取り出し、テキパキとテントを畳んでいく。さらばだ私の秘密基地。

どうあっても隙間に侵入してくる雪をなるべく払い落としつつ、収納。

私の荷物は再びザック一つだけとなる。

小腹が空いたのでクッキーをボリボリ。喉乾いたな。

 

「そうだ。お湯貰おう」

 

山荘で頼めばお湯が貰えるらしいので、空っぽの水筒を片手に屋内へと入る。

もちろん軽アイゼンは脱いで。昨日怒られたので少しドキドキしながら。

窓から朝日が差し込む山荘はガランとしていた。人の気配がない。

 

「すみませーん」

 

それでも山荘の人が居るだろうと思って呼んでみたのだが、一向に誰も出てこない。

マジか。お湯のサービスを貰う前提で朝ラーメンの時お湯を作らなかったのだが、アテが外れてしまった。

仕方がない。

山荘から出た私は、タンク内の解氷が進んだ水をチョロチョロ水筒に詰めて補充。

水は結構な量を持ってきているので水不足の心配は無いが、今はお湯が欲しかった。

 

「まぁ作るのメンドイから、さっさと帰るか」

 

忘れ物がないか確認し、私は雲取山及び雲取山荘に背を向けた。

 

 

 

 

 

「良い天気すぎる」

 

いつしか風はやみ、ポカポカという擬音が聞こえそうなほどに太陽が青空に輝いていた。

その晴天の下で、雪で白く染まった枯れ枝が眩しく光る。

私以外に生物の気配はなく、ひたすらに無音だ。

早朝の静けさの中に、私の足音だけが子気味よく響く。

 

「芋ノ木ドッケか」

 

──8:40。

 

順調に下ってきて少し退屈さを感じていた私は、分岐に差し掛かった。

どちらを行っても再び合流する。ただキツい道か、緩い道かの二択。

 

「元気がありあまってるから行ってみるか、芋ノ木ドッケ」

 

ほんの出来心でルート変更を決意。

傾斜する道を行く。

 

「いやコレ本当にちゃんとした登山道か?坂キッツっ」

 

樹木が急傾斜の中に聳える中、私はジグザグしながら坂を登っていく。

他の登山者の靴の跡があるので通ってる人は居るのだろうが、それにしたって道が荒い。

ここ、林業的な場所じゃない?通っていいのか?

疑問に思いながらもアプリと、点在するピンクテープを頼りに進む。

どうにか坂道を登りきり、頂上と思しき場所で一杯水の標識を見つけた。れっきとした登山ルートだ。

 

「はぁ、はぁ……っ疲れた。景色も無いし、これなら巻道行った方が良かったな」

 

周囲は木々に囲まれていて視界が悪い。

登山道も一見して不明瞭だし、だいぶ後悔の色が強い。

さっさと通り過ぎよう。

そう思って進んでいたのだが。

 

「あれ?足跡がない……」

 

頂上から少し進んだ先。ちょっとした藪の中。

私は先人の足跡を見失った。

 

「頻繁にあったピンクテープも無いし……、あ。ちょっとルート外れてる」

 

アプリを見ると、私の現在地はルートからほんのちょっとだけ外れていた。

しかしこの程度は茶飯事なので、構わず進む。誤差だ誤差。

そう思って少し進むと薮が消え、誰の足跡もないキレイな雪面に出た。

いや、正確には足跡はあった。

人間ではなく、四足動物の。

あ、コレはちょっとマズいな。

 

「獣道を進んでたか。……道もさっきより更にズレてきてるな」

スマホを確認すると登山ルートとのズレが大きくなっていた。

道迷い、遭難──……そんな言葉が脳裏にチラつく。

ゾクリと、寒さではない悪寒が背中を吹き抜けた。

 

「ッ、いやいや、言うて登山道からそんなに離れてないし。大丈夫だろ」

 

実際に言うほど迷っているわけではない。まだ全然リカバリー可能だ。

それに、下っていけばその内登山道に戻れるだろう。下山中なんだし。

大丈夫、だいじょうぶ。なんとかなる。

そんな思考で一歩を踏み出した矢先。

 

「あ!?」

 

スマホを落とした。

ボトリときめ細かな雪に落下したスマホは、さらにシャーッ、と雪面の斜面を滑っていく。

 

「うそうそ!?おい!と、と、止まらねぇ!っあ、アハハ!」

 

まるで氷の上を滑るが如くスマホが逃げていく。あまりにもキレイに滑っていくので思わず笑ってしまった。

でも体は走って追いかける。

急いで追いかける私の脳裏は、ここでスマホを紛失したら遭難する!スマホ失くすのはヤバい!でいっぱいだ。

情緒が不安定。

幸い、スマホは目の前の薮に突っ込む前に止まった。

すかさず拾い上げる。

 

「あっっっぶね〜……死ぬかと思った。…………おい、反応しねぇ……!」

 

一難去ってまた一難、今度はスマホに触れても反応がない。操作が出来なくなっていた。

 

「おいおいおい!?ウソだろ!ロック画面から動かねぇ!!」

 

スマホは雪まみれになり、とてつもなく冷やされていた。

隙間というスキマに雪が詰まっている。

雪を払い落とし何度もタップするが、全く反応しない。

マジか……スマホって冷えすぎると反応しなくなるのか……

新たな知見を得た。最悪の状況で。

ロック画面だけは表示されるから壊れたわけではなさそうだが、地図が見れない。

絶賛道迷い中の今、これは致命的だった。

 

「あー〜……。……なんか、一蹴回って冷静になってきたな」

 

動きが制限されたことで、逆に頭が冷えた。スン。

さっきまでは道迷いを自覚して無駄に焦りを覚えていたが、冷静になると別段焦る様な時間じゃない。

焦るな。

一回止まれ。

休憩しろ。

登り返せ。

道に迷った時の心構えである。本で読んだ。

くるぶしまで埋まる雪の中、私は腕を組んで仁王立ちした。

 

「ケータイはまだ動かない、か。……ふぅ。自分の足跡を辿って前のピンクテープの所まで戻ろう」

 

ここでようやく正常な判断を下した。

先程までの私は、私が考えている以上にパニクっていたようだ。

もしあのままだったら、登山道から外れたまま下って行っただろう。そして遭難だ。

恐ろしい……。まるで何かに引っ張られているかのような取り乱しぶりだった。完全に遭難者の心理そのものだった。

スマホを取り落としたことでむしろ命拾いした……

 

「やらかした時こそ冷静になれって、いつになったら実行できるんだ」

 

仕事とかでもそうだ。

何かやらかした時はリカバリー作業ではなく、まずは現状把握。リカバリーはその後だ。

私は直ぐにどうにかしようとムダに足掻いてしまう悪癖がある。仕事なら更なる不利益程度で済むが、ソロ登山だと致命的だ。

 

「フー……。よし。戻ってきた」

 

そうして一個前に見かけたピンクテープまで戻ってきた私は、安堵のため息を吐いた。とりあえず遭難は回避したとみていいだろう。

だがまだ道は分からないままだ。

今の私は鬱蒼と茂る木々の中に居て、視界は不明瞭。

足跡も見えない。

さて、どうしたものか……

 

「お。回復したかスマホ!」

 

途方に暮れた私だったが、ここでスマホが復活した。ポケットに入れていたのが功を奏したようだ。

 

「充電がだいぶ目減りしてるけど……よしよし動く!道はコッチか」

 

体をクルクル回して正確な方向を確認し、早速登山ルートへ戻る。

 

──9:10。

 

「……も、戻って来れたぁ……」

 

私は無事に巻き道との合流地点に脱出できた。こ、恐かったぁ……っ。

 

「時間、全然経ってないじゃん」

 

芋ノ木ドッケの分岐ルートへ入ってから脱出まで、たったの2~30分ほどさか経っていなかった。

もっと1時間くらいさ迷ってた感覚だ。相当焦っていたらしい。

 

「はぁ〜……ムダに疲れた」

 

落ち着くためにそこら辺にザックを置いて休憩タイムと洒落込む。

水をゴクゴク飲んでいると、今しがた私が苦戦した芋ノ木ドッケの道からガサッと男性ソロの登山者が出てきた。

うお、脱出できてて良かった。情けなく迷ってる姿を見られるところだった。

男性は私を一瞥すると、そのまま下山して行った。

そうだな。私みたいに苦戦しなければまだ休憩するような距離じゃないからな。

 

「ふぅ。下山時が最も遭難しやすい事を肝に命じなければ」

 

下山して帰るだけだと、心のどこかで油断していた。

もう寄り道せず真っ直ぐ帰ろう。

私は立ち上がった。

その後はトレランおじさんに遭遇したりするなどしただけで黙々と歩き続け、途中一度立ち休憩を挟み、10:30。

 

「なんか腹減ったな」

 

ぐ〜、とお腹が鳴った。

朝メシはきちんと食べたが、割とずっと動き続けていたのでもう空腹になったようだ。

……ちょくちょく行動食(お菓子)摘んでるんだけどな。それだけじゃ物足りないようだ。

 

「よし。めんどいけどカップ麺作るか」

 

山荘で購入したカップラーメンを食べるために、登山道がちょっと開けた場所に差し掛かったところでザックを下ろした。

ここを厨房とする。

 

「山じゃお湯沸かすのもひと苦労だ」

 

平地でなら気軽に食べられるカップ麺も、山じゃバーナーを用意して、コッヘルに水入れて沸かして、今は地面が雪だからローテーブルも展開してと実に面倒くさい。

でもやる。それほどまでお腹が減っていた。

お湯が沸くのを待っていると、ソロ淑女が下山してきた。

 

「こんにちはー。……カップラーメン食べるんですか?」

 

「はい。なんかお腹減っちゃって」

 

ちょっと恥ずかしいな。

今居る場所は多少開けてるけど、マジで登山道の中途だからな。どんだけ腹ペコなんだよコイツって感じだ。

 

「ふふ。お先失礼します」

 

淑女は微笑ましいものを見る目で去っていった。あれは確実に食いしん坊だと思われたな。

まぁどう取り繕っても腹ペコには違いないので、沸いたお湯を容器へと注ぐ。

グツグツ煮立つ湯気に蓋をして、待つこと2分ほど。

 

「よっし。いただきます」

 

ちょっと早いけど食べ始めた。

お腹が減っていたのもあるが、下山はまだ中腹。あんまりゆっくりするのはよろしくない。登山道の往来だし。

まぁ時間もスペースも余裕は十分あるんだけど。

 

「ウマっ。やっぱ山で食うカップ麺美味すぎ」

 

ズルズルハフハフ、一瞬で飲み終えた。

山ではラーメンは飲み物です。

ゲフッ、と満足の息を零す。

 

「さて片付け片付け」

 

テキパキとカトラリーをザックに仕舞い、最後に水を飲んで口内リセット完了。

幸いにも誰も来なかった。

腹ペコゲージをチャージしたので下山を再開する。

 

──再びの黙々歩きで、11:20。

 

霧藻ヶ峰休憩所──行きの時は無人だった小屋の休憩所の中に、人が居た。

せっかくなので私もお邪魔してみる。

ザックは外に置き、石畳の屋内へ。

 

「こんにちはー」

 

「あ、さっきカップ麺食べてた子」

 

屋内には先ほどのソロ淑女が、何やら小ぶりな鍋っぽいもので煮炊きしていた。昼食だろうか。

うむ。道半ばで食べてた私がアホみたいだな。この小屋まで我慢すれば良かった。

淑女と話していると、奥から老人が出てきた。

 

「いらっしゃい。アンタも何か食うかい?」

 

どうやらこの小屋のオーナー的な人らしい。

棚には各種ペットボトル飲料が並び、先程食べたカップ麺なども並んでいる。

 

「いえ、俺はさっき食べたんで。……あ、じゃあポカリください」

 

腹は満ちてるが、ここまで水ばかり飲んできたのでそろそろ飽きが来ていたところだ。

けっこう気温も上がってきたし、清涼飲料水が飲みたい。

 

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

そうして奥へ消えていく老人。

それからしばらく淑女と他愛ない会話をしていたのだが、ふと気付いた。

 

「あ、やべ。アイゼン履いたままだった」

 

また脱ぐのを忘れて屋内へ入ってしまっていた。

昨日怒られたばかりだというのに、学習しない男である。

軽アイゼンを外して外のザックの隣へ放る。

そんな事をしていたが、一方の老人は何やら作業をしていて一向にポカリを持ってきてくれない。

5分くらい経ってさすがに聞いた。もしかしたら忘れられてるかもしれん。

 

「すみません。ポカリください」

 

「分かってるって。待ってな」

 

ちゃんと覚えていたようだが、もう待ったって。

その棚にあるヤツ渡してくれればいいだけじゃん。もう勝手に取ってしまおうか。

それからさらに1分ほど経って、老人は作業がひと段落したのか、ようやくポカリを渡された。

私が休憩という名目がなかったらちょっとアレだぞ、ご老人。

ふぅ。兎にも角にも待ちに待ったポカリをゴクゴク飲む。

あー、ポカリ飲むと「風邪引いた?」って味覚する。

期せずして長い休憩になってしまったので、喉を潤したら早速立ち上がった。

 

「お先に失礼します」

 

「はーい。お気を付けて」

 

鍋を片付けている淑女に見送られながら、先に出発。

再びアイゼンを装着して歩き出す。

後はもう特に休むことはせず、一目散に車を目指す。

本当は下山後、三峰神社の周囲を色々回ろうかと思っていたのだが、芋ノ木ドッケでのセルフ人災が尾を引いてもう脳内は帰宅一択だ。

というかやっぱり距離が長い。歩き疲れた……

 

──そして12:30。

 

「ふぅ。帰ってきた」

 

登山口となる小さな鳥居にまで帰ってきた。

ここまで来たらももう山域ではなく人里だ。気が抜ける。

地面もここからは舗装されているので、アイゼンを剥ぎ取る。

さて、では車を置いた駐車場に向かおうかと思ったのだが、私はここへ来て道順を間違えた。

鳥居の先は十字路になっており、そのまま真っ直ぐ進めばいいところを右へ曲がってしまったのだ。

この道は参道だ。

それに気付かずしばらく歩き、はて、こんなに歩いたっけな?と疑問に思いスマホを見て立ち止まった。

 

「道違ぇじゃん」

 

このまま進んでも一応駐車場には行けるが、だいぶ遠回りになる。

早く帰りたい私は渋々来た道を戻った。

鳥居まで戻り、今度は確認しながら間違いなく駐車場方向へ。

そしてようやく愛車の元へと辿り着いた。

 

──13:00。

 

「雲取山登山、終了〜……。お疲れさま!」

 

ほどほどに参拝客で賑わう中、重いザックを後部座席へ放り捨てて開放感を味わう。

時間的には余裕があるので、このまま三峰神社観光と洒落こみたいところだが、もう疲れがマックスだった私はそのまま車の中へ。

 

「人も多いし、帰ろ」

 

まさかの神社関連はすべてブッチする私だった。いやもう全てがダルくて……

 

「あー……でも温泉は入りたいな」

 

路上に出ると、温泉のノボリが上がっていた。三峰神社の中に施設があるのだ。

それを見た私は決意する。

 

「よし!道の駅の温泉には入ろう」

 

山道を速攻で下り、大滝温泉へ。

ちなみに路上に雪は全く無かった。昨日振り続けた雪だが、そこまでの降雪量ではなかったようだ。

道の駅に着くと幸いにも客は少なく、実にゆっくり温泉を堪能した。

 

「あ゛〜……極楽……」

 

いつものバイク登山だったらこうはいかない。

冬のバイクだと湯冷めしてしまうので温泉は我慢するところだが、今回は車である。

車超便利。最高。

私は車に感謝を捧げつつ、1日ぶりの湯船を心ゆくまで堪能した。

そうして暖かい車内でポカポカの身体で、余った行動食を食べながら帰路に着く。

私はしみじみ呟いた。

 

「雪山、怖かったけど楽しかったな。またやりたい」

 

終わり良ければ全てよし。

温泉で脳が蕩けきった私であった。

この時の私は呑気に次の雪山に思いを馳せていたが、今回の雲取山山行は非常に運が良かったと言わざるを得ない。

程よい積雪、ほぼ風なし、分かりやすい登山道。

雪山初挑戦の私に用意されたかのような、まさにチュートリアル積雪登山だった。

神に感謝レベル。

私のソロ登山は幸運の上に成り立っている事を執筆している今、たいへん自戒しています。

 

 




雪山登山(初級レベル)、実績解除。
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