深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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24.6/1─新門司港到着、九州に初上陸

 

 

 

──6/1、7:00。

 

「ふぁ〜。よく寝た」

 

窓のないツーリストルーム。

部屋の明かりを灯して時刻を見れば、ちょうど良い具合の時間だった。

 

「小便して〜、顔洗って〜、……メシ食うか」

 

部屋を出ると、小窓から差し込む眩しい光に目を細めた。どうやら台風一過で本日は晴天らしい。

上記の朝の作業を終えて食堂へ向かう。もう太平洋の海原へ進出しているからか、たたらを踏む久しぶりな感覚を味わう。

相変わらずまっすぐ歩けない。

 

「揺れてるな〜。でも穏やかな方か」

 

食堂の席に着き、タブレットで朝食を選びながら外を眺める。

波は穏やかだ。朝の静寂な空気くらいに。

人が少ないのも拍車を掛けていた。やはり大型連休を避けられたのは大きいようだ。

私の寝起きの胃腸は弱い。

パン二個とサラダにコーヒー、ヨーグルトと、自分でもドン引きするほど健康的なラインナップを選んだ。

 

「いただきます」「ご馳走様でした」

 

もそもそゆっくり食べ終え、一旦部屋に戻った。

さて、今日はどうして過ごそうか。

とりあえず、寝起きで体調が万全の今は読書かな。

揺れはほぼ無いと言っていいが、多分長時間起きてるとだんだん酔ってくる。三半規管、全然鍛えられねぇんだ。

水とお菓子と本を持ってロビーへ。人が少ないからイイ感じの席を選び放題だ。

窓際の、日当たりの良い場所で本を開く。優雅な休日だ。

 

──そうして小一時間、時間を潰す。

 

『──分後、姉妹船とすれ違います。是非甲板にてお立ち会い下さい』

 

ふと、アナウンスが流れた。

キリのいい所で本を閉じ、うーんと伸びをひとつ。

立ち上がった。

 

「よし。見に行くか」

 

ほんの少しだけ酔った感じがしていた所なので、丁度いい。散歩がてら甲板に出た。

経験上、船酔い時は甲板に出ると落ち着くのだ。揺れてるのは変わらないのに、なんでだろ。

外に出ると、心地よい潮風が吹き抜けた。

波飛沫がたまに、ほんの少しだけ顔に掛かる。この風と波が目を覚まさせてくれる。

他の乗客も疎らに甲板で待機していた。皆すれ違い待ちのようだ。

甲板の柵に肘を置いて、ぼーっと景色を眺める事しばし。

 

──10:12。

 

そこに、私たちがこれから向かう新門司港から出航してきた姉妹船のフェリーがやってきた。

あちらのフェリーとこちらのフェリーが、互いにボーーッ、と汽笛を鳴らし合う。

互いの船の乗客も手を振り合った。

仲が良くてホッコリ。

すれ違いを見送って気分も良くなり、私は一旦部屋へ戻った。ずっと座ってたから寝そべりたい気分だった。

今回は二回目の船旅という事で、心にだいぶ余裕があった。

波も穏やかで酔いの進行も遅いし、理想的な状態と言えるだろう。

……まぁ、こうして文を(したた)めている未来の私としては書くこと(イベント)が無くて困っているのだが、それはご愛嬌。

ただ船に乗っているだけで面白い事など起きるはずもないのだ。

 

「あ。マジか」

 

イベントは起きないが、不注意によるハプニングは起きた。

部屋に入るために必要なスマホのQRコード。

私はこれをWebで表示しっぱなしにしていたのだが、遠洋に出たことで圏外となり、そのページが真っ白になっていた。

これでは部屋に入ることが出来ない。

 

「やっべ。圏外になるのすっかり忘れてた。アホかよ俺」

 

フェリー乗船案内にはきちんと『お部屋のQRコードは事前に印刷等お願いします』と書いてあるので、皆さんはお忘れなきよう。

忘れた愚かな私は恥を忍んでロビーの受付へ。

 

「あの、すみません。QRコードをWebで開きっぱなしで使用していたので、圏外になって使えなくなってしまい……」

 

「大丈夫ですよ。印刷しますね。部屋番号は……」

 

受付の人はイヤな顔一つせず、スムーズにQRコードを印刷してくれた。

ありがとう。ものすごく手馴れてますね。お手数お掛けしてすみません。

帰りのQRコードは、圏内になったらしっかりスクショしようと誓う私であった。

 

「さて、昼メシ食うか」

 

時刻はいつの間を正午を迎え。

無事に部屋でゴロゴロしていた私は昼食のアナウンスが流れてからしばらく経った、食堂が閉じるちょっと前になってようやく食堂へ向かった。

一切動いてないからあんまりお腹が空いてないのだ。

 

「さて、何食べるかな」

 

働かずに食うメシに思いを馳せる。

今の私はお金を落とすのがイチバンの社会的行動なのだ。

 

「お待たせしました」

 

頼んだのはカレーと牛乳、そして刺身だ。ブリとタコの刺身。

カレーとの相性は多分悪いが、食べたかったのだ。特にタコ。

共に3切れくらいで、今の腹具合的にも丁度いい。

 

「いただきます」

 

とりあえずカレーと牛乳で腹を満たし、最後に刺身をゆっくり食べる。

……あー、ウマい。ちょっと酒が飲みたくなってきた……

でもアルコールが入ると船酔いが加速しそうなのでガマンだ。タコの染み出る味に舌鼓を打つ。

 

「ご馳走様でした」

 

会計を済ませ(まさかクレカ支払い出来るとは)、そうして再びのダラダラモードへ。

午後も人の少ない静かな船内で読書し、たまに自室でゴロゴロし、船酔い覚ましに甲板で波風に打たれながらボーッとして過ごした。

こうして書き出すと午前と同じ事しかしてないな。

 

──16:00。

 

「なんか小腹が空いたな」

 

昼メシはきちんと食べてゆっくり(ボーッと)していただけなのに、何故かお腹が減ってきた。燃費悪いなこの体。

お菓子程度では満たされないこの空腹感……。

仕方がないので自販機にてカップ麺を購入し、お湯を注いだ。

途端に立ちこめる香ばしい匂いにさらにお腹が空く。カップ麺の匂いって反則だよね。

 

「シーフードはいつ食ってもウマいなぁ」

 

山で食べるシーフードも最高だが、海上でも負けず劣らず。

ズルズル食べてほどよく腹を満たし、また読書を再開する。実に怠惰を貪っています。

 

「……なんか、全然酔わなくなったな」

 

恐らくこの辺りでフェリーの現在地が内海に入ったと思われる。

30分も読書していれば船酔いの兆候が出てくるこの私が平気なので、波の揺れが極わずかなのだろう。

お陰で読書が捗る。

そうこうしている内に18:00を回り、夕飯のアナウンスが響いてきた。

 

「そこまで腹減ってないけど、何食うかな」

 

2時間前にオヤツでカップ麺を食べたので腹の減り具合は微妙だが、食べない選択肢はない。

せっかくの船上食卓だし、それに船を降りたら時間的に食べられる場所が無いのだ。

 

「たまにはハンバーグ食べるか」

 

肉が食いたかったのでハンバーグセットを注文。

幸いにしてハンバーグはそこまで大きくなく、丁度いい食べ切りサイズだった。腹ペコだったら物足りなかったかもしれん。

 

「ご馳走様でした。ふぅ……、風呂も入っちまうかな」

 

一応ホテルは取ってあるのだが、そこのシャワーを浴びるだけよりフェリーの大浴場でのんびりした方が遥かに良い。

食後、軽く休憩を挟んで、ちょっと生乾きのバスタオル片手に風呂へ向かう。

部屋で吊るしておいたバスタオルだが、当然ながら乾ききらなかったようだ。多少不快だが仕方ない。

太陽はちょうど沈みきった辺りで、窓の外は薄暗かった。

ザパンと湯船に浸かる。

 

「ふー……、何もしてないけど一日が終わろうとしている」

 

フェリー移動のいい所でもあり、勿体なく感じる所だ。

この九州行きは当初、陸路で行くか悩んだ。

仕事が休めなかった場合、フェリー乗船に間に合わないからだ。

しかしあまりにも距離があるので無謀だと断念。

九州行きの一番の目的は登山なので、体力の消耗はご法度なのだ。

フェリーに乗るのは大前提だと思い直し、仕事も何とか有給を獲得し今に至る。

いやホント、有給がもっと手軽に取れれば悩まずに済んだんですよね会社くん。

はぁ。不労所得で10億稼いで毎日ダラダラしてぇ〜。

さすがに毎日暇なのはキツいと思われるので、軽いバイトでもしながら、なんの責任も生じないナメた人生送りたいですわ。

……願望が漏れた。風呂に入ると思考も溶ける。

 

『本船はまもなく新門司港へ到着します。お客様は下船準備をお願いします』

 

風呂から出てゆったりしていると、アナウンスが流れた。

 

──時刻は19:00。

 

ついに九州へ降り立つ時間がやってきたようだ。

私は短パンを脱いでツナギに着替え、荷物を防水袋に一つにまとめて登山(行動)靴を履いた。

ロビーへ行くと他の一般客もチラホラ集まり、皆迅速に準備完了していた。

まだ時間がある様なので、荷物から本を取りだし静かに過ごす。

しばしそう待機してから不意にアナウンスが流れ、係員に誘導されて一日ぶりにバイクの下へ。

バイクはすでに固定具から開放され、バイカーたちは各自愛車に跨って準備する。

バイク乗船者はこの一角に纏められているため、ライダーはこれで全員なのだろう。数えられる程しか居ない。

北海道GWの時はもっと所狭しだった。

やはり世間の長期休暇を避けて旅行するのは最高だな。

 

「はーい!では一台ずつお願いしまーす!」

 

反響する係員の声に、ライダーたちがブオンブオンとエンジンを回し始めた。

人数も少ないのでスムーズに進み、直ぐに私の番となった。

誘導に従い、薄暗い船内から真夜中の空の下へ。

桟橋を駆け下り、いよいよ九州の地へと接地した。

 

「よっしゃこのまま行くぜ!」

 

船内で今夜のホテルまでの道のりは再確認しておいたので、道筋はバッチリ。

船から出ても停まる事なく、私はふ頭を駆け抜けた。

 

「夜は流石に冷えてるな」

 

初夏に入りたてで九州ならもっと暖かいだろうと思っていたが、ツナギ一枚だと夜中は不十分のようだった。普通に肌寒い。

といっても今夜の宿はすぐそこなので、我慢して幅の広い道を進んでいく。

 

「あー、アレかな?」

 

宿泊予約しておいた、九州のチェーンホテルに到着。迷わずイッパツで来れて良かった。

目の前の駐車場で謎の屋台が展開していて、めちゃくちゃ目に付いたのだ。灯りをビカビカお祭りよろしく、過剰に光らせていた。

早速ホテルのフロントにて受付を済ませて、一旦部屋で座って落ち着く。

長旅中の宿にいる時の安心感は異常。

 

「ザック……面倒くせぇな」

 

バイクに括り付けてあるザックを部屋に持ってこようかと思ったが、翌日は晴れだし明日の朝は早く出発するし、何より面倒くさかったのでそのままに。ズボラ。

 

「……着替えだけはしとくか」

 

起き上がり、バイクに括り付けたままのザックから中身──着替えの入った防水袋だけを取り出す。

パンツとTシャツと短パンを履き、ツナギ以外の服とバスタオルをホテルの洗濯機へ。

服はこの2組と登山装備とツナギしかないから、こうして隙を見て洗濯してはローテーションしてかないとな。

という訳で記念すべき九州初上陸の今日はもう寝るだけとなったが……

 

「ちょっと小腹空いたな」

 

夕飯はフェリー内で食べたが、今になって物足りなさが襲ってきた。

スマホで周囲の飲食店を調べるも、ちょっと遠いし何より軒並み閉店している。閉まるの早いな。

 

「じゃあもう、目の前の謎屋台に行くしかないな」

 

そうと決まれば早速GO。

貴重品だけ持ち出して外に出れば、まだ屋台の灯りは煌々と輝いていた。

近づいてみれば、屋台ではなくキッチンカーであった。

車の通り自体は少ないくせに、たまに来る車が吸い込まれるようにこの屋台に寄ってくる。

だから客足も意外と絶えず、割と盛況だった。

メニューは割と一般的なホットスナック類だが、種類が意外と多い。……でも九州チックなモノは無かった。多分、地元民向けだからだろう。

さて、何を食べようか。

 

「んー……、ホットサンドのベーコンチーズエッグお願いします」

 

注文して、何もない夜の駐車場で後はひたすら待つ。

椅子も何も無いので、砂利の上で立ったまま明日の行動経路の再確認でもさておく。

……しかし、鳥肌が立つくらいには冷えていた。ちょっと初夏の夜の九州をナメていたようだ。半袖短パンは失敗したな。

一台来ては一台去っていく程度の、しかし絶え間なくやって来る車を眺めながら結構待つことしばし。

 

「お待たせしましたー」

 

待ちに待った夜食の時間がやってきた。まぁまだ22時くらいなんだが。

味はまぁ普通だ。九州っぽい要素は皆無。だけど温かいので最高だ。

椅子とかはないので立ちっぱで行儀悪く食べ終え、寒いのでサッサとホテルへ帰る。

洗濯が終わっていたので、洗濯物を乾燥機にブチ込む。

一度部屋へ戻り、ダラダラタイムに突入する。

 

「あ、そうだ」

 

ふと思い出して、フェリーのWebページを開いた。

そうそう。帰りのフェリー内で使うQRコードをスクショしておかないとな。同じ轍は踏まない。

やる事やってご満悦な私は、乾燥はもうそろそろ終わったかな?と見に行ってみれば、まだだった。

だがもう少しで終わりそうだったのでゴウンゴウン回る機械の前で待ち、終わった瞬間引っ掴んで部屋へ戻る。

明日の朝は早い。

これ以上はやることも無いし、今度こそ寝よう。

今日も含めていよいよ、九州の地にて3泊4日の開聞岳ツーリング旅が始まる。

 

 

 

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