「お。ミニ鳥居がある」
開聞岳登山を終え、民宿まで戻るのに舗装道路を歩いていた時。
ふと、道路の傍らに神域の雰囲気を醸す場所があった。
ミニ鳥居の真ん前にはこれみよがしに植林されたであろう幹の細い木が、石のサークルに囲まれて祀られている。
名称などを表すモノが周囲にないので、恐らくポイ捨て等の防止を目的としたなんちゃって神域なのだろう。
しかしここは開聞岳と枚聞神社の中間地点だ。
鳥居の背後には巨大な岩も聳えているし、そう考えると空間の神聖度が高く見えなくもない。ここも一応拝んでおくか。
「自販機あるな。ちょっと飲んでくか」
そこからちょっと進むと自販機が並んでいた。
水筒の水には飽きていたところなので、私は珍しくジュースを購入。
ゴクゴク一気に呷った。
「あ〜ウマい!疲れた体に糖分が染み渡る……!」
ジュースの甘味料が死ぬほどウマい。
ノンストップで下山してきたので、少しここらで休憩する事にした。低山とはいえ、ぶっちゃけ疲労していた。
ザックを地面に置き、少々はしたないが自身も地面に胡座をかいて座る。
アスファルトからじんわりと温かさが伝わってくる。朝の曇り空が嘘のように晴れていた。
「あー、疲れた……」
正直、久しぶりの登山だったのでザックの重さが堪えていた。
そう、私は2月の雲取山以降、一回しか他の山行をしていなかったのだ。しかもそれも低山。
2023年の抱負『出掛ける年』の反動か、今年は外出の頻度が落ちていた。
……まぁ、.23年は登山始めたてでテンション上がってたから、初心者特有の後先考えない衝動に任せた行動だったというのもある。
それが2年目、知見が増えた事により、逆に気軽に登山へ赴けなくなっていた。
日々のランニングや筋トレこそ欠かさなかったとはいえ、やはり登山には登山でしか鍛えられない部位がある。
そんなワケで久しぶりの登山活動で、一気に肉体が疲弊してしまっていた。
「まぁ、後は気ままに観光しながら帰るだけだから、何とかなるか」
私はよいしょと立ち上がる。
ここでゆっくりしてるのもオツだが、流石にちょっと時間がもったいなさすぎる。
疲れた体に鞭打ってザックを背負い、空き缶をゴミ箱に捨てて再び歩き出した。
「小学校……いや中学か」
森林地帯を抜け畑道を通り過ぎ、景色が町の雰囲気になってきた頃。
網目のフェンスの向こうの校庭では、体育の授業と思しき光景が繰り広げられていた。
私は「休日なのに学校あるのか……」と思ったが、この日は平日である。
私は有給を取って優雅に平日登山している事実を忘れていた。
休みなのは私だけで、世間は普通に週日だった。
「完全に俺、不審者だな」
思わず苦笑してしまう。
フェンスの向こうの学校という日常と、海を渡って登山や観光しに来た非日常の私。
ここの中学生たちにとって開聞岳は、窓の外に見えるいち風景だろう。
私は一念発起して遥々やって来たが、彼らは思いついたら即登れる地元の山……
遠くの地で観光してるとよく思う。
私が体験する非日常は、誰かにとっての日常である事を。
(ま、それは当たり前なんだけど)
子どもの時分にこんなに近くに山があったら、果たして私は登山を始めていただろうか。
自分が中学生の頃、未来の自分が
「ふー……ようやく戻ってきた」
疲れによるものか、ちょっとセンチメンタルになりながら歩く事しばし。
民宿が見えてきた。
──これにて開聞岳登山は無事に終了と言っていいだろう。お疲れ様でした。
空は雲がずいぶん減り、振り返ると開聞岳の姿が朝よりもハッキリ見えた。
なんてこった、確実に今の頂上のが良い景色を見れているぞ。朝早すぎたか……
「もっとゆっくり時間が取れてればなぁ」
今日の残り時間と明日の一日で新門司港まで帰らなければならない旅程だ。
観光しながら徐々に北上していかなければならないのである。帰路と兼業だ。
まぁどっちにしろ早朝登山は
そんなわけであまりボーッとしていられない。さっさとザックをバイクに括り付けよう。
「ただいま帰りましたー」
元気よく帰還を告げると、民宿は無人だった。
あれ、マジか。玄関は網戸なのに誰も居ないなんてあるのか?
バイクの経緯・修理費用を渡さないとだから、居てくれないと困るのだが……
家主を探して右往左往していると、庭の裏手からおばあさんがひょっこり出てきた。なんかデジャブ。
「あぁ、おかえりなさい。もう登ってきたの?ずいぶん早いねぇ」
「あ、どうも。朝早かったですからね。……ところで、バイクの方は」
「もう終わってるよ。えーと、料金はこれくらい」
修理費は1000円ちょいくらいだった。安い。
プロからしたら本当に何でもないトラブルだったようだ。ありがとう顔も知らぬ車屋さん。
支払いとお礼を済ませてバイクの下へ。
ネジが刺さっていた場所を見ると、その箇所が何やらポッコリと膨らんでいた。
「ふーん。ネジ抜いて修理材を注入した感じかな」
ツンツンつつくと固いシリコンみたいだった。
タイヤの表面にこんな突起が飛び出てて平気なのかと思うが、プロの仕事なので大丈夫だと信じて運転するしかない。
さて、そういうわけでネジ問題も解決した。もはや長居は無用、早く出発しよう。
一度民宿に入り、登山装備からハンガーに掛けていたツナギに着替えて荷物を持ち出す。
忘れ物、ナシ!
これで民宿とはおサラバになる。お世話になりました。
そうして外に出てパッキング作業に勤しんでいると、おばあさんが何やらビニール袋を引っ提げてやって来た。
「お兄ちゃん。これ貰ってって。庭で採れたビワ」
「え、あ、ありがとうございます。……って、これ全部!?」
ビニール袋の中から一個渡された後、まさかの袋ごと差し出してきた。ちょまっ、一人で消費するには多過ぎるっ。
私は頑張って断ろうとする。
「さすがにこんなに頂けませんよっ。2、3個くらいで……」
「いいのよぉ。いっぱい出来ちゃったからいっぱい持ってっとくれ」
拒否、失敗。
ビワって常温でどれだけ鮮度を保てるんですかね?
おばあさんは私にビワを渡すと、そのまま裏庭へ戻っていった。
開聞岳の麓にひとり、取り残される私。
ちなみにおじいさんは別の仕事でもう民宿には居ないらしい。
「はぁ。頑張って食うか」
とりあえず一つ食べてみた。
少し酸っぱさが強いが、それが却って疲れた体に心地良い。けっこうウマい。
「ウマいけど、食い切れるビジョンが見えねぇ……。種デカ」
口の中で、身の付いた梅干しくらいの大きさの種が転がる。
種が大きいから可食部は見た目より少ないようだが、それでも一人で食べ切るには無理があった。
「今この瞬間どれだけ食べれるかだな」
後になって食べるとなると衛生的に恐いので、消費するなら今しかない。
種はティッシュで包んでゴミ袋へ。
私はパッキング作業をしながらさらに二個食べた。
「……ビワでお腹いっぱいになるのは、ちょっと癪だな」
おばあさんには申し訳ないが、ここで食い止めだ。
もう少し旅の情緒溢れる食べもので腹を膨らませたい。山でパンとか食っといてなんだが。
私一人に渡し過ぎなビワの入ったビニール袋の口を縛り、サイドバッグの隅っこに
「よし!出発するか」
最後に民宿と開聞岳を
色々お世話になり、本当にありがとうございました。
〰️〰️〰️
巻層雲がほどよく空を覆う晴天の中。
私を乗せたバイクは池田湖の湖畔を気持ちよく走っていた。
「おー。山頂から見てた湖だ。やっぱりデカいな」
数時間前に開聞岳山頂から見下ろしていた景色を、今はその隣を通過している。
逆にさっきまで居た開聞岳の頂上を見上げ、あそこから来たんだと感慨に耽った。
この感覚が私は結構好きだった。
「本当はこの湖周りもゆっくり見て回りたいが、時間がな」
湖畔でボーッとするのも一興だが、時刻はすでに10時を超えていた。
登山は素晴らしいアクティビティだが、如何せん時間が掛かる。
本当は
バイクに乗って湖を流し見しながら道を急ぐ。
「それにしても、タイヤはまったく問題ないな。ありがとう修理してくれた人」
タイヤの表面に突起ができていたが、昨日までと何ら変わらない運転心地でひと安心だ。
バイクは絶好調である。
そうして問題が杞憂となって心に余裕ができると、途端に欲が湧いてきた。
「せめてもう一泊分、余裕が欲しいな」
開聞岳を登るという目的こそ達した。
……が、遠路はるばる鹿児島までやって来て早々に帰ることに苦心しなければならない事が、歯痒く思った。
私の計画性の無さがそれに拍車を掛けているので、自業自得でもあるのだが……
まぁ今更嘆いても仕方ない。
昨日の夜にピックアップした行きたい場所に向かおう。
地図上の池田湖をぐるりと回り込んで、鹿児島湾へと向かう。
──向かう先は道の駅、喜入。
そこで一旦昼メシの選定を行う。
まだ昼前だがそこそこお腹が空いていた。ビワをちょっと食べたことで逆に、というヤツだ。
それにその道の駅の真ん前には、気になっていた建造物があった。
グーグルマップで見ても異様の一言。
世界最大級の石油・原油備蓄基地、ENEOS喜入基地である。
「お。アレだな」
湖を越えて畑地帯を通り過ぎ、住宅の隙間を縫って海岸線沿いに出た。
その海岸線沿いを走っていると、遠目にその姿が確認できた。
海の上にそびえ立つ、ずんぐりとした
私の現在地の視界からでは横一列分しか見えないが、奥行にはアレが何行も連なっているのだ。
「海を埋め立ててその上に原油を貯蔵して……人間やりたい放題だな」
人類の開拓力には脱帽である。
そんな人工物と大自然の海を眺めながら、私は道の駅喜入に辿り着いた。
隅っこの二輪駐車場(自転車もあり)にて、木の根で盛り上がったアスファルト部分を避けて停める。
「何か軽くつまめるモノがあればいいが」
ここは温泉がウリらしいので入浴するか迷ったが、流石にまだ早すぎた。
登山したのでサッパリしたい気持ちもあるが、道程は長いし時間もあまりない。今は見送りだ。
私は建物内を練り歩くが、特に琴線に触れるモノがなかった。ここは地元民向け色が強い施設のようだ。
私は外に出て、駐車場の端からタンク群を眺めた。ちょうど目の前が基地の端っこなのだ。
海は干潮なのか、底の泥が太陽の光に晒されていた。
「お〜……デカ。あの中身、全部石油なのかよ」
タンクひとつがちょっとした野球場くらいあるのではないか。
ネット情報によると、全国で消費する2週間分の石油・原油を貯蔵できるようだ。バケモノ施設だな。
しばし巨大建造物を眺めてボーッとする。
「……どっかで本格的に昼メシ食うか」
木の影で涼みながらスマホをいじる。
次の目的地に着く前に腹ごしらえをしたい。
道中に何かあればいいが……。
「お、海鮮屋?を発見」
現在地からそう遠くない所に、海の幸を提供してくれる店があった。
しかも貝。はまぐりだ。
「ここにしよう、そうしよう」
即断即決であった。
それもそのはず、実はこの九州ツーリングの旅では事前に何箇所も
それで旅の計画時に新門司港周辺の店に目星を付けていたのだが、朝早すぎてやっておらず断念していたのだ……。
「開店は11時か。ジャストなタイミングだ」
もうほんの少しここでダラダラしていれば丁度いい時間だった。
巨大タンクを背景に他にめぼしい店がないか探しながら時間を潰し、その内動き出した。
「けっこう気温上がってきたな」
夏一歩手前といった気候である。
「うーん……アレ、かな?」
目当ての店を早速見つけたが、入口が一見では分からずスルー。
Uターンするためにその先の店の駐車場にお邪魔しようとして、入る直前で気付いた。
「危ねっ!ロープ張られてた……」
その店は潰れていたようで、駐車場の出入口には細いロープが吊るされていた。危うく引っかかって事故るところだった。
幸い駐車場前だけでもスペースが広かったので無事にUターンし、後続車が来ないタイミングで改めて目当ての店へ。
ゆっくり走行で入口を探す。
「おいおい。下りてくのかよ」
入口は見つけた。
しかし海抜が低くなり、段差から落ちれば海まっしぐらな地形。
そして少々気後れするくらいには入りづらい雰囲気だった。
漁業関係者しか入ってはいけないような雰囲気……
そんな所をバイクで入らなければならない事にだいぶ勇気がいったが、ええいままよ南無三旅の恥は掻き捨てと侵入する。
「うぉお……恐ぇ……」
すぐ隣には海。
バランスを崩して転倒しようものなら一巻の終わりである。
そうして恐る恐る、砂利の駐車場に無事停車した。
「ふー、恐かった。……時間通りだな」
開店時刻である11時、ジャスト到着である。
駐車場には他の客は皆無。
潮で錆びている階段を上がり、恐る恐るドアに手を掛けた。
「こんにちはー……。あの、やってますか?」
「はーい、いらっしゃい。やってますよ。券売機から購入してお好きな席にどうぞー」
人の良さそうな女将さんが出迎えてくれた。
内装は広いリビングのようで、靴を脱いで上がる。
広い店内の奥のテーブルにはおじさんが一人座っていたが、雰囲気的に客ではなさそうだ。女将さんの旦那さんか?
とりあえず、言われた通り券売機にて食べ物を選択。
牡蠣と……はまぐり。おにぎりも食べよう。なんだか無性に米が食いたかった。
「じゃあこれでお願いします」
「はーい。座ってお待ちくださーい」
食券を渡し、開店直後のがらんどうとした店内を見渡す。
席は選び放題だ。
景観に配慮されただろうデカいガラス窓からは鹿児島湾が望め、せっかくなので海が見やすい角の席に座る。机には醤油・ポン酢・ポッカレモンが配置されていた。
待ち時間は恒例の道順チェックに勤しむ。
途中、市街に入るので少しだけ道が入り組むが、基本的にこのまま沿岸沿いに走っていくだけである。
特筆すべき注意点は無いので、これまた恒例のボーッとタイムに突入する。
「はぁー……疲れた」
一応登山を経た身なので、身体はそこそこ疲れていた。
脱力して窓の外を見る。
凪いだ海の向こう、所々船が行き交う奥に台形の山が浮かんでいた。
桜島だ。
今日はあの桜島の方へ向かう予定だ。昨日の夜決めた進路だ。
「いい眺めだ」
突発的に選んでやって来た店にしては、だいぶ当たりを引いたのではないだろうか。
その気持ちは、料理が運ばれてきた事でさらに強くなる。
「お待たせしましたー。蒸し岩牡蠣6ヶとおにぎりでーす」
皿から溢れんばかりに盛られた殻付きの牡蠣がやってきた。
牡蠣ひとつが手のひら半個分ほどある。なかなかのサイズではなかろうか。
隣には長皿に乗ったちょっと小ぶりなおにぎり二個。ふりかけののりたまが振りかけられている。
さらに殻を剥く用の厚め・長めのペーパーナイフのような器具と銀トレー、そして軍手を渡された。
「はまぐりはもう少しお待ち下さーい。牡蠣は剥き方分からなかったら呼んでくださいね。コツは貝柱を切ることです」
「あ、はい。ありがとうございます」
剥き方は……まぁ何とかなるだろう。
隙間にガッ!と差し込んでグッ!と開けばいけそうだ。
私は水をひと口。
空きっ腹に、蒸したとはいえ貝類はちょっと怖いので先におにぎりをひとつ頬張る。根拠のない対策だが、私の気分的にそうしたかったのだ。
さて、腹の準備を整えたので軍手を装備して、いざ一個目の牡蠣を手に取った。
「うわ。表面がボロボロ崩れるっ」
恥ずかしながら、私はこれまで牡蠣を殻付きのまま食べたことがなかった。
ボロボロ剥がれる殻の表面が机の上に散乱しまくるので、手に持った牡蠣を銀トレーの上に移動。
身を傷つけないよう、手探りで徐々に刃を入れていく。
「うーん……、お、開いた」
割と簡単に刃は入り、貝柱の切断に成功した。
つるんとした純白の身とご対面。
「おぉ……うンまそ〜っ」
殻ごと提供される貝なんて、それこそ一年前の北海道ぶりだ。
湧き上がる期待にゴクリと生唾を飲み込む。
六個もあるんだ。ひとつめはそのまま
外側に反してキレイな殻の内側から、ぷりぷりした身を箸で摘んで持ち上げる。
蒸されたことで引き締まったその魅惑のボディ。すでに口内はよだれで満ちていた。
「いただきます」
ちゅるりとひとくち。
舌の上でその滑らかさを一瞬堪能した後、噛む。
身が裂けた途端、ぎゅうぅっと、旨味と磯の香りが爆発的に広がった。
その脳に直接訴えかけてくるような味が、噛むたび溢れ出てくる。
ゴクリと旨みのエキスを全て喉に流し、はぁ、と息を吐いた。
「……うまい」
ため息をつく旨さとはこの事……
私は満足気に背もたれに寄りかかった。
これが後五つもあるのだ。至福と言っても過言では無い。
たまに私に訪れる『貝をとにかく食べたい』欲が急速に満たされていく。このままじゃんじゃん食うぞ!
「今度は醤油を垂らしてより濃厚に……お次はポン酢でスッキリと……続いてレモンで爽やかにギュッと……」
パカパカ殻を開けて次々食していく。
旬としては微妙な時期だが、牡蠣素人の私にはこれでも十分である。
旬ではないモノを一年中食べられるようにした人間の科学力には感謝しかない。
「はぁ〜……、レモンが一番合うな」
どうやら私は牡蠣にはレモン派のようだ。
まったくどうして、牡蠣にはレモンが合うのか。
海と陸。動物と植物。人間が仲介しなければ決して出会わなかったであろうこの組み合わせ。
一体君たちはいつどこで手を取り合ったんだ?まさに自然の神秘である。
……いやまぁ、仲介者たる人間の舌の上の中での話だから神秘まったく関係ないのだが。完全に人間側の都合です。
私は水を飲んで、フゥ、とひと息ついた。
「うっぷ。意外と……飽きが早く来た……」
四個食べて、まさかのもう飽食状態になってしまった。貝をとにかく食べたい欲とはなんだったのか。
味変してるとはいえ、磯の強い香りと濃厚な舌触りを連続で食べるのは思いのほかキツいようだ。
いくら旨い食べ物でも、濃い味覚はすぐに限界が訪れる。
……酒。
酒が、欲しい。酒があれば無限にイケるのに……ッ!
仕方がないので水を飲んで小休憩を挟む私に、女将さんがパタパタ近づいてきた。
「お待たせしましたー。はまぐりのバター焼きでーす」
丁度いいところに来た。味変ならぬメニュー変更だ。
コトリと置かれた皿の上には、一個だけだが拳大のはまぐりが鎮座していた。
デカい。コチラはすでに上の殻は取り外され、そのまま食べられる。
私は早速いただいた。
「……っ!歯ごたえスゴっ」
牡蠣と違ってぎゅむぎゅむと弾力のある身に、噛むほど旨みが溢れ出してくる。
バター醤油の油がまた良い。磯の香りに飽きてきた口内に力強い油分がコーティングされていく。
これで残りの牡蠣を、また美味しく食べられる……!
はまぐりを食した私は、水を少しだけ飲んでそのまま牡蠣の殻をパカリと御開帳した。
お供はレモンだ。
醤油とポン酢を抑えて堂々と牡蠣の相棒ポジションに座った君に、エスコートを任せよう。
そうして残る二個をつつがなく食べ終え、最後に一つ残しておいたおにぎりで口内の安定化を図る。
牡蠣は最高だが、少々主張が激しくすぎる。
最後は隣に寄り添うような米の甘さの安らぎが必要だ。おにぎり頼んでおいて、本当に良かった……
「ふぅ。ご馳走様でした」
割り箸を空の皿の上にカランと転がした。
女将さんが水を注ぎに来てくれる。
「お〜。よく食べたねー。お客さんは何?旅行中?」
「あ、はい。群馬からちょっと」
「は〜、群馬から。……群馬!?」
GWでもお盆でもない時期だからか、群馬からと言うと行く先々で驚かれるな。
そのまま他愛もない話をしていると、てちてちとフローリングを叩く足音がどこからが響いていきた。
そしてひょっこりと、机の隙間から茶色い犬が顔を出した。ダックスフンドだ(確か)。
「お〜、かわいい」
「でしょー?ほらおいで」
しかし犬はそれ以上近づいて来ず、触れることは叶わなかった。そんな。
そんな感じで食後に5分ほどまったりしていたが、あまりゆっくりしてもいられない。
私は余韻もほどほどに立ち上がった。
「それじゃあご馳走様でした。美味しかったです」
「はーい。気をつけてねー」
快く送り出されて外へ出る。
生ぬるい風と暑い日差しが心地良い。
バイクも太陽光に照らされてすっかり熱くなっていた。シートが熱ちぃ。
「朝の曇り空が嘘のように晴れたな」
今なら確実に開聞岳の頂上からの眺めは絶景だろう。仕方がないとはいえ、早出が裏目に出た。
目の前の海越しの桜島を
開聞岳登山は微妙に残念な結果だったが、もう一度登るかと言われたらちょっと……という感じだ。
良い山ではある。
良い山ではあるのだが、如何せん遠い。遠路はるばるやって来て何度も登る山ではない。あれは地元の山だ。
九州には他にも魅力的な土地や山がいっぱいあるので、恐らくもう二度と開聞岳に登ることはないだろうと思われた。働いている身のうちは。
そう思うと開聞岳登山を実にもったいなく消費してしまったなと思うが、お天道様のご機嫌ばかりはどうしようもない。
気を取り直して次に向かおう。
「よし。それじゃあ仙巌園に行きますか!」