「路面電車を生で初めて見た」
海岸線沿いの道から鹿児島の市街地へと至り。
地元ナンバーの車で溢れかえる往来の中、群馬ナンバーの私のバイクが混ざって走っていると。
幅広い車道の中央を走る路面電車と並走した。
「めっちゃすぐ隣走るじゃん」
柵も段差もない、本当にすぐ隣を走る路面電車。
しかしスピードは遅く、混雑している我々一般車とタメを張る程度の速度である。
でもこちらには信号があるので、停車する私たちを尻目に路面電車は先に進んで行った。
「ここら辺で泊まれてたら乗りたかったなぁ」
この市街地周辺で泊まる案もあったのだが、良い宿泊施設が見つからず断念していた。
いやまぁホテルはいっぱいあるのだが、“旅”感が薄れるからとホテルを敬遠してたのがよくなかった。
私の宿泊の選択肢はキャンプか民宿ばかりなので、たまには豪勢なホテルを取ってもいいかもしれない。料金が高いとどうしても二の足を踏んでしまう。
そんなワケで今日の宿泊もキャンプ場の予定です。
「やべ。道分かんなくなった」
順調に道なりを進んでいたが、不意に行き先を見失った。市街地は入り組んでてすぐ現在地が分からなくなる。
ちょうど目の前にコンビニがあったので隅っこに停車させてもらい、ついでに暑かったのでアイスを購入して食べながら道を確認する。
「お、桜島フェリーも直ぐそこだな。仙巌園は……もうちょいか」
目的地までもう少しだ。
仙巌園──、この開聞岳旅の下調べ時、妙に気になっていたのだ。特に思い入れも知識もないが、絶対行こうと決めていた。
ついに私も世界遺産だとか歴史とかに目覚めた──……とかではなく、
グーグルマップで調べていた時、仙巌園が地図上で凄いアピールしていたのだ。丸く囲っている写真。
それで気になって見ていると、何やら美味そうな餅の写真が出てきたのだ。私の興味関心は基本的に食欲である。
あと、仙巌園へ至る直前の道路も気になっていた。
国道10号と16号が交わる箇所。
16号がぐるりとループ線になっているのだが、仙巌園へ行くための10号線が地図上だとどこを通っているのかよく分からないのだ。
これは現地で目視するしかあるまい。
そんな理由でいざ、10号と16号の交点となる場所にやって来た。
「おお……意外と大掛かりな造り……」
上りと下りの16号線が左右に展開され、その中央を10号線が突っ切る。
くそっ、時間があるなら
そして私が行く10号線はトンネルに入り、外に出ると数時間ぶりの海が右手に見えた。
「そして左手に直ぐ仙巌園があるはずだが……っ」
仙巌園はあった。
あったが、私は咄嗟にスルーしてしまった。
いや違うのだ。
寄るつもりはある。
あるのだが、立派な武家屋敷というかなんというか、とにかく想像より敷居が高そうな雰囲気に気後れしてしまったのだ。
「えー……?あの雰囲気、俺みたいなヤツが入っていいのか?」
仙巌園を通り過ぎて少し。
左手にトイレ休憩スペースがあったのでそこで停まり、改めて仙巌園を調べる。私みたいな無知蒙昧で浅学非才な一般人が予約無しで本当に入ってもいいのか?
結論、全然OK。
むしろ観光地として寄ってらっしゃい見てらっしゃいレベルだ。
私は覚悟を決めた。
「よし。戻って寄るぞ……!」
メチャクチャ入りづらい雰囲気だが、それは私の主観に過ぎない。
この勢いに任せて入るっ。俺は入るぞ……!
そうして道を戻ろうと右折ウインカーを出したのだが……
「交通量多すぎて途切れねぇ……!」
右から左から常に車がやって来て、バイクでも割り込む隙がない。
軽く5分、もしかしたら10分以上ずっと待ち続けていた。平日の真っ昼間なのになんて交通量だ。
「クソ、なんで通り過ぎたんだ俺!こんな無駄な時間を過ごすハメになるならイッパツで入れよっ」
たかだか数十分だが、とてつもなく無駄な時間を過ごした。暑いし。
道迷いならまだしも、しっかりと認識した上で入るのを躊躇うという情けないミスだからなおさらだ。
私の経験上、『自分みたいなヤツ、場違いだよな……』という理由で寄らないのはマジで人生損してる。とりあえず寄れ。旅先ならなおさら。
ここへ来て日和る自分に苛立ちつつ、ようやく途切れた隙間に出発。
そして勢いのまま仙巌園の入口へ突入した。
「右折レーンありがたい。それじゃあ入りますよっと」
警備員が誘導でこっちに来い来いしていたので近付くと、話し掛けられた。
「そっちにバイク専用の通路があるから、そっち通って。駐車料金は下りた後にこっちに払いに来てください」
バイカーがよく来るのだろう。
テキパキと説明され、私は素直に通路を進行。バイクを停め、駐車料金を払うために門戸に戻った。
「はーい。ではあちらからお入りください」
メチャクチャ安いバイクの駐車料金を払い、入り口受付へ。
多言語対応のパネルから大人一枚を購入。紆余曲折あったが(自業自得)、ようやく仙巌園の中へ入れた。
「おぉ……。めっちゃキレイ……」
入ってすぐ思ったのが、そんな感想だった。
整えられた庭の景観、小綺麗な資料館──、神社仏閣に近い静謐さが漂っていた。
私はまず目の前の資料館に入った。
「美術館かな?」
そう思うほど、中は広く静かで綺麗だった。いや美術館行ったことないけど。
展示物を一人ボーッと見ていると、ガイドに連れられたツアー客が入ってきた。
外国人たちだ。
受付や仙巌園に入ってすぐの所にも散見されたが、恐らく園内は外国人の比率のが多い。
今日は平日の昼間なのだが、彼らはどういう生活サイクルで日本に渡って観光しに来るのだろう。羨ましい。
ツアー客から逃げるように資料館から出て、次へ向かう。
仙巌園は広い。サクサク行こう。
「デカい門だ」
本来はここから出入りしていたのか、立派な造りの門を見上げ。
「立派な松だなぁ」
日頃からよく剪定されているのだろう、まるで盆栽の如く整えられた松の木を眺める。
実際に盆栽のようなものなのだと思う。
仙巌園は目の前の桜島を模した造りだと言う。
この綺麗な庭は鉢なのだ。
周りより少し高くなっている場所から、塀の向こう、鹿児島湾を挟んだ先のイカツい実物の桜島を眺めた。
山頂の空には航跡雲が横切っている。
「……メチャクチャいい所だな、仙巌園」
私は歴史に疎いが、それでもこの満足感だ。
園内にはゆっくりとした空気が漂っているし、落ち着いて観光したい人には是非オススメしたいスポットだ。雰囲気だけでも味わえる良い場所である。
その後もじっくり庭を散策する。
「へぇ。綺麗に整えてるばかりじゃないのか」
ピシリと整えられた庭園だが、一部は年季を感じさせる空間も存在した。
木陰に苔を生やした、木の根により不陸となっている階段。
その奥には陽の光を浴びる祠が鎮座し、周囲に観光客の存在があっても閑寂とした空気が流れていた。
「うーん。ついでで寄る場所じゃなかったな」
開聞岳のついでで来た場所だったが、十分にメインを張れる観光地だ。仙巌園。
敷地はそこそこ広いので人口密度も薄く、結構な観光客が居るのに居心地がいい。
水路を流れる小川の傍らを遡りながら、緑が深くなっていく奥地へ散歩する。
「あら。行き止まりか」
山から流れてくる小さな滝にぶつかって、道もそこで途絶えた。
……そろそろ引き返そうか。
文化遺産と自然が織り成す空間から脱し、人が行き交う土産屋の方へ。
さて、私が仙巌園に来ようと思ったきっかけの店は、と……
「お。アイスクリームいいな」
店の前に看板が出ていて、日差しの中を歩いてちょっと汗ばんでいた私はこれ幸いと足を運んだ。
「この、紅はるかの焼き芋ソフトクリームください」
なんかご当地っぽかったので頼んでみた。
紅芋系統のお菓子はタルトくらいしか食べたこと無かったが、マイルドな甘さでアイスクリームもよく合う。見た目も綺麗だ。
「そういえばアイス二個目だな。腹壊さなきゃいいが……」
私はあまり胃腸が強い方ではないのでアイスは1日一個と定めているのだが、つい食べてしまった。暑いのだからしょうがない。
土産屋ゾーンの建物をボーッと見ながらゆっくり食べ終え、コーンスリーブをアイスクリーム屋のゴミ箱へ。
そこら辺の土産屋を冷やかしながら移動し、その内お目当てのカフェに辿り着いた。
「なんかテレビの撮影みたいなのやってるな」
店内に入ると、何やら女性を中心にしてデカいカメラやレフ板などを持った人たちが居た。
直感的にテレビの撮影現場だ、と思って少し感動した。
撮影現場なんて初めて見たのだ。スゴい、女性タレントの肌が白く輝いてる。
そんな撮影現場を尻目に、目当てのカフェにて両棒餅とアイスコーヒーを注文。
お盆に載せられた商品が直ぐに渡される。
「写真見て分かっちゃいたけど、だいぶ小さいな」
横長の畳張りの椅子に腰掛けながら両棒餅を観察する。
竹串2本が並んで刺さった、焦げ目のついた平べったい形状のみたらし団子。それが3つ。
見た目は完全にみたらし団子だが、果たして。
「いただきます」
結論から言うと、メッチャ食べやすいみたらし団子だった。
餅が大きくてムッチムチな弾力が特徴的だが、基本は美味しいみたらし団子だ。
撮影現場を眺めながら、薩摩藩の庭園を背景にコーヒーを啜る。甘いみたらしとの相性は抜群だ。
「結構ゆっくりしちまったな」
時刻は13:30。
この両棒餅を食べるために寄っただけの仙巌園だったが、つい時間を忘れて魅入ってしまった。
後悔はない。
ないが、ちょっとマズい。
宿泊地はそんなに遠くないが、まだ桜島島内も観光したいのでそこまで時間的余裕は残されていなかった。
私は素早く食べ終え、立ち上がった。
「思いがけず楽しかったぞ、仙巌園」
歴史に興味がなくともここまで楽しめたのだ。知識があればもっと楽しいのだろうなと思いつつ、私は仙巌園を後にした。
〰️〰️〰️
日に照らされてすっかり灼熱になっていたバイクのシート。
それに臀部を熱されながら、私は来た道を少し戻っていた。
「ちょうどフェリーの出航時間だな。間に合うか?」
1時間に一本走る桜島フェリーだが、今の私に1時間の待ちは致命的だ。
是非とも14時台の便に乗りたかったので、気持ち急いで市内を走る。
「よし。迷わず来れた」
パーフェクトナビゲーション。
ふ頭に入り、出向を待つフェリーが見えた。
さて、受付を済ませるために何処へ行けばいいのか……、と思っていると、誘導員が誘導棒をクルクル回している。
私はありがたく誘導されると、次々と現れる誘導に従ってグングン奥へ進んでいく。
「え!?ウソだろ!?」
そしていつの間にかフェリーの船尾にまで案内され、誘導員はそのまま入れとサインを送ってくる。
私は乗船する前にシールドを上げ、誘導員に聞いた。
「え、このまま乗っていいんですか?受付とかは……」
「大丈夫大丈夫。このまま乗りぃ」
まさか受付も無しに乗れるとは。
私は半信半疑ながらもバイクを進め、一番奥まで案内されて停めた。そのまま階段を上るよう指示される。
ヘルメットを脱ぎながら二階に上がっていると、「はーいOK、出航!」と船が動き出した。
どうやら私とその後にもう一台入って来た乗用車が最後だったようだ。
ゆっくりと岸から離れていくフェリー。
陸に別れを告げる暇もなかった。もはや流れ作業で出航するフェリー。
私はとりあえず三階の甲板に出ると、船尾から動画を回した。
速度は意外と速い。みるみる内に陸から遠ざかっていく。
船の発着場の真上くらいに受付ロビーっぽい建物があるのだが、本当に受付は必要ないのだろうか。
一抹の不安を抱えながらも、もう乗ってしまった事に変わりはないので船上を楽しむことにする。
今度は船首から動画を撮った。
目の前にはどんどん近づいてくる桜島が悠然と佇み、フェリーは防波堤のラインを越えて凪いだ海上の真ん中に突入する。
「海の上だからか、涼しいな」
心地よい風も吹き、甲板は巨大な屋根に覆われているので快適そのものだ。
湾内だからか波の揺れも少ないし、メチャクチャ居心地がいい。
私はここら辺でようやく甲板を見渡した。
乗客はそこそこ。皆思い思いに寛ぎ、海を、陸地を、空気を楽しんでいる。
雑多に並ぶ自販機。
テーブルや椅子は見るからに年季が入っているが、むしろそれが
まるで遊覧船。
二台で行き来しているから実質そう言っても過言ではないのではないだろうか。
向かい側の桜島からやって来たフェリーとすれ違う。
贅沢な空間だ、と思った。
沢木耕太郎の『深夜特急』でも、こうしてフェリーに乗り贅沢なひと時を過ごす章があった。本当に優雅な過ごし方だ。
それにしても、ここに住む人達はコレが通学路・通勤路になるのか。メッチャ楽しそうだな。まぁ毎日乗ってたらそんな感慨も薄くなってしまうだろうが。
景色をボーッと眺めてるのもいいが、船内の散策も忘れてはいけない。
二階に降りると、そこはひと昔前の教室のような、ガラス張りで中が見える大部屋があった。中には乗客がゆったりと座っている。
「え。なんか店がある」
船尾の方にはうどん屋があった。
まさか船内にそんな施設があるとは知らず、しげしげと眺めてしまう。
せっかくなら食べたかったが、お腹がそこまで空いてなかったので眺めるに留まる。執筆してる今、ムリにでも食べておけばよかったと少し後悔している。
私は再び三階の甲板に戻り、適当な椅子に座って景色を眺めた。
もう桜島は目の前だ。
錦江湾──陸地からこの湾を迂回したらだいぶ時間が掛かるだろう道のりを、ものの15分で到着だ。早い。
下船準備を促す船内アナウンスが流れてきた。
「うおっ、マジであっという間だな。おちおちボーッともしてられん」
乗客が慌ただしく動く。
私も移動を開始し船の側面の階段を下りようとしたが、ふと接岸風景が見たくなった。
ちょうど目の前に岸壁が迫り、そのギリギリをフェリーが攻めていたのだ。
「おいおい。コレぶつからないか?」
私の無用な心配を余所に、ゆっくり、ゆっくり動くフェリーが、コンクリートの岸壁スレスレを進んでいく。
「おおぉ……スゲェ」
ずっと見ていたが、本当に岸とぶつかるスレスレを維持して動いている。ヘルメット一個分くらいだぞ、隙間。
フェリーの大きさを考えると凄い運転技術……航行技術だ。これを毎日、毎時間やってるのか……
「いやー、凄いもん見た」
私は急いでバイクの下へ。
もう下船は始まっているので、ヘルメットは被ったが手袋は付けずバイクに跨る。
船内は慌ただしい雰囲気だ。そんなに直ぐに次の便が出発するのだろうか。
兎にも角にも、桜島に到着だ。
私は慌ただしく誘導されるがまま、桜島の地に降り立った。