桜島に上陸してすぐ、渋滞に捕まった。
フェリーから下船してそのまま、全員が料金所ゲートに直行するからである。
「こういうシステムか、桜島フェリー」
船賃を払う場所は桜島側だけにしか存在せず、激混みICのような様相を呈していた。
料金所は現金の他、クレカや各種交通系ICカード、電子決済が使えるらしい。ハイテク。
14時の炎天下、ノロノロと列が進んでいく中で私は閃いた。
「つまり鹿児島市内側からなら、タダでフェリーを永遠に往復できるのか?」
支払いが目の前の料金所なのだから、桜島に本格的に入りさえしなければ永久機関が完成してしまう事になる。
そこん所どうなのか分からないが、もし次来たら深夜の桜島フェリー往復とかしてみたいものだ。迷惑にならない範囲で。
「よし、ようやく桜島に入れた」
そんな考えを巡らせながらクレカで支払いを済ませ料金所を出ると、事前に目星を付けていた駐車場へ向かう。
と言っても目と鼻の先だ。
桜島ビジターセンター、その裏手の駐車場にて停車する。
ここ以外にも広大な駐車場はいっぱいあって、さすがは島全体が観光地といったところだ。
「さて、どこをどう見て回るか」
早速ビジターセンターに寄るか、目の前のデカい公園でひと息つくか。
喉が渇いたので近くの自販機で水を購入しながら考える。
「公園を散策するか」
そこそこ人の居る公園内を闊歩し始める、ぼっち成人男性。
なんか背の低い木々に囲まれた遊歩道みたいな場所で行き止まりに当たったり、メチャクチャ長い足湯ゾーンを見つけてタオルを取りに一旦バイクに戻ったりしながら、その足湯に浸かってひと息ついた。
「あち〜……、だがそれがイイ」
熱い日差しの下。
登山靴と靴下を脱ぎ、ツナギを上半身はだけて、濁った熱いお湯とその湯気で汗だくになる私。
吹き出る汗、だがすでに登山で汗をかいているのでお構いなしだ。
登山の後の蒸れた足にお湯が心地良い。
「おー。目の前に御岳が」
そして目の前には、桜島を象徴する山──、北岳・中岳・南岳とその側火山群の総称、御岳が。
何とも贅沢な寛ぎゾーンだ。一般開放されてる公園だぞ、ここ。
さっき買った水で水分補給しながら、この後の予定を考える。
「湯之平展望所……行きたいけど時間が不安だな。そもそも島を一周したいけど、それは完全にムリ……」
ガバの旅程なので桜島観光はほぼムリめ状態に陥っていた。
やはり旅行の計画は事前に練っておいた方がいい。私は今更ながら後悔した。
さて、幾分かスッキリしたので足湯から出る。ゆっくりしていたいのは山々なのだが……
最早、寄れるのは目の前のビジターセンターくらいだ。
足を拭き、向かう。
「博物館みたいだな」
ビジターセンター内は桜島の歴史や地理の資料館みたいな内容だった。
入ってすぐに土産物が並び、奥には桜島のジオラマを中心に桜島の歴史紹介文と写真がズラリと張り出されている。
私は流し読みでそれらを順繰りに見て行ったが、その内のひとつ、『桜島の名前の由来』が目に止まった。
確かに、桜島は桜が有名だなんて話は聞いたことがない(私が知らないだけかもしれないが)。
何を持って桜島なのだろうか。
「なになに?コノハナサクヤヒメ説に、桜島忠信説。桜の花、地名と来て……最後は桜島ミュージアム理事長の仮説?噴火説、ねぇ……」
どの解説にも最後には「史料が乏しくあやしい」と来て、理事長の私見だけ「自信あり」とドヤっていた。
けっきょく定かな理由は不明なのか。意外。
しかしそれぞれの解説を読んで、確かに理事長の仮説がイチバン説得力があった。ドヤるのも分かる。
「文面から理事長のドヤ顔が目に浮かぶな」
理事長の顔知らんけど。
さて、そこそこ楽しませてもらったので次に行くか。
私はビジターセンターを後にした。
外に出ると、傾きが如実に表れてきた太陽が私を出迎えた。
「マジで時間なくなってきたな」
ちょっとゆっくりし過ぎた。
仙巌園といい桜島といい、観光地の魅力が高すぎる。もっと時間にゆとりが欲しい。
私は泣く泣くバイクに跨った。
悔いても時間は伸びないのだ。また来る機会を作るしかあるまい。
「もういい加減、キャンプ場を目指さざるを得ないか」
ここからは寄り道無しだ。
暗くなる前に設営を済ませなければ。
そういうわけで錦江湾に別れを告げたのだが、直ぐにバイクは停車した。
道の駅である。これは是非とも寄っておかねばならない。
「夕飯も買わないとな」
今から向かうキャンプ場の周りには何も無いので、夕飯はテントの中で何かを食べることになるだろう。
ここら辺で食料を調達せねばならない。ムダな寄り道ではないのだ、決して。
「うーん。ちょっと夕飯になりそうなのは無いなぁ」
ひと通り見て回ったが、土産物や特産品ばかりで食事となるようなモノは見受けられなかった。
いや、料理スキルが高ければ全然食えるモノはあるのだが、スキルツリーを伸ばしていない私ではムリだ。包丁とかも無いし。
ここで私が買えるものは無いと判断。
「ん?みかんアイスクリームかぁ。食いてぇけど今日もう2つアイス食ってんだよなぁ」
まだまだ日差しは暑いので全然食べたいが、あんまり胃腸の強くない私は流石に3個目は憚かられた。
桜島のみかんを使ったアイスクリーム……、食べたいが、腹を下すリスクは取りたくない……!
「ふぅ。さっさと行くか」
結局、道の駅は冷やかしただけで退散する事になった。
真っ直ぐ伸びる道を進む。
「路肩にドームが定期的にある……。火山対策か」
道中、待避壕がポツポツと建っていた。
看板なども火山灰への注意喚起など、独特だ。自分は今、桜島に居るのだと実感する。
そんな光景にしばらく進んだ先に、また何やら施設があった。
もう寄り道する時間はないと決意したばかりだが、しかしせっかくの桜島……
「うー〜ん、もう時間は無いけど……っ。チラッと見るくらいならいけるか……!」
こういう時、一人旅は便利だ。誰に気兼ねする事なくアホみたいな行動が出来る。
広々とした駐車場に停車。
古着やアクセサリーを所狭しと扱う土産屋が居並び、その反対側には公民館のような建物が。
駐車場の奥には歩道が何処かへと続いている。ビューポイントがあるらしい。
「さすがに歩いていく時間は無いな……。土産屋も買うには早いし、公民館みたいなのだけ見てくか」
中に入ると、鹿児島一帯のパンフレットが壁際に網羅され、床に桜島とその周辺の地図が描かれていた。私の他に人は居ない。
「パンフレット貰ってこう」
せっかくなので目に止まったパンフを直感的に数種類取る。今夜のキャンプ時のお供だ。
ついでにトイレも済ませ、その場を後にする。何も買わずに申し訳ない。
ものの10分ほどで再びバイクを発進。
名残惜しいが、桜島を脱する。
道を直進すると橋に行き当たり、右折。垂水市に入る。
「じゃあもうさっさとキャンプ場へ直行……、お。良い画角」
海岸沿いに駐車場があり、反射的にそこに停まって桜島を撮った。
多分この後、角度的に桜島が見えなくなると思われたので写真収めだ。
海には停泊している小型の船が所狭しと並んでいた。どんだけ船あるんだ。
「さっきからちょっと進んではすぐ止まってんな」
時間は押している。確実に。
だが予定を明確に立てていない、ひとり旅特有の楽観的思考は驚くほど楽観的だ。
「何やかんやどうにかなるだろう」と心のどこかで高を括っている。「どうにかしなければならない」が本当は正しいのだが。
最悪、1夜2日か。バイクに乗って夜間移動し続けるのだ。……という妄想を本気で考える。
明日の23時発の新門司フェリーがタイムリミットなのだが、現在地はまだ鹿児島であるし、開聞岳登山という大目的を終えた今、帰宅に注力するのも手である。
まぁ事故る予感しかしないので、絶対しないが。
「なんか、今さらお腹が空いてきたなぁ」
考え事をしながら運転していると、不意に空腹感に襲われた。
そういえば昼メシらしい昼メシを食べていなかった。
貝類はたらふく食べたが、お腹に溜まるモノでは無いだろう。
おにぎりでは足らない。きちんとしたご飯ものが食べたい。
「最後の寄り道、道の駅だ」
ご飯の調達をしに、いざ最後の寄り道へ。
平日なのもあってか、広い駐車場は驚くほど空いていた。
同時に、店舗の方も気配を感じなかった。
目の前には海鮮物を掲げている大きな店があるが、恐らくやっていない。
まぁ今は海鮮欲は満たされているので、それはいい。
問題は他の店だ。
アイスクリーム屋があるが、今日はもうアイスは打ち止めだ。さすがに腹を壊す。なんで今日はこんなにアイスが目に付くんだ。
目に止まるのはそれくらいで、後はコンビニがあるだけ。
ここまで来てコンビニ飯は避けたいところだ。
いや、逆に一蹴してコンビニ豪遊もアリか……?
これ以上の移動が面倒くさかった私は、近場に飲食店が無いか駐車場でスマホをイジる。
そして見つけた。
「お。目の前にカフェがあるのか」
ほぼ休業日のような道の駅。
その中でカフェが一軒営業しているようだった。
さっそく建物に入り、カフェがある二階へ向かう。
「けっこうオシャンティーな店構えだな」
旅先で寄るには些か洒落すぎた店構えだが、近くに他に飲食店はない。
休日にカフェ巡りもしているので、特に抵抗はない。たまには旅先でお洒落なカフェも良いだろうと中に入った。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?お好きな席にどうぞ」
女性に促され、けっこう広めな店内を見回す。
他に客はいなかった。
客も散る夕方時。しかも平日ならばガランとしてても納得である。
私は店内中央の席に堂々と座り、メニュー表を眺めた。
(……そういえばさっき仙巌園でコーヒー飲んじまったな。まぁいいか)
コーヒーを常飲している私だが、あんまり飲むと気持ちが悪くなるのだ。大体3杯くらいが目安。
今日は2杯目なのでまだイケると判断。しかしキャンプ場での夕方コーヒーブレイクは諦めなければならないな。
次は食べ物を選ぶ。
(パン系……は気分じゃない。パスタでもない。もう少しガッツリ行きたいな。……ほう、カレーか)
個人的にカフェであまり頼まないカレーが目に付いた。
ご飯ものが食べたかった事を思い出した私は、珍しくカレーをチョイスした。
「すみませーん。注文お願いしまーす」
コーヒーとカレーを頼み、水をひと口。
さて、待ち時間で周辺の地図を改めて探ろう。
まずはキャンプ場の位置を再確認し、次いで温泉を検索。
今日は開聞岳登山して、暑い中運転と観光して中々に汗をかいた。温泉に入らなければ今日という一日を終えられない。
まぁ昨日の内にキャンプ場と温泉セットで探していたので、キャンプ場の近くに温泉があることは把握済みだ。抜かりはない。
「お待たせしましたー、注文のカレーです。ごゆっくり」
そうこうしているとカレーが来た。
カフェ特有のカレーといえば小洒落た盛り付けが想像されるが、ここのカレーは普通に米とルーのシンプルな奴だった。
ルーが少しシャバシャバした感じだが、野菜が具だくさんで嬉しい。旅のメシは栄養偏りがちであるし、スパイスも体に良い影響を与えてくれそうだ。
そこそこのピリ辛でしっとりと汗が滲む。うまい。
私はすぐに平らげた。
「ふぅ。お腹が膨れたら少し落ち着いたな」
コーヒーを啜りながら、周辺をもう少し再検索してゆっくり過ごす。
……といってもいい加減、キャンプ場に行かないとな。
距離的には直ぐそことはいえ、テントを建てないといけないし、それに予約してないからまだ泊まれるかすら分からない状態だ。
早くタスクを済ませて自由の身になろう。先延ばしは良くない。
「すみません。お会計お願いします」
私はマッタリ時間を切り上げ、何やら店主と従業員がレジ前で一緒に計算している所をお邪魔した。今日の売上の勘定だろうか。
外に出ると茜色が強まった気がする。
うん、さっさとキャンプ場に行こう。静かな駐車場にエンジンが唸る。
大通りから外れると、直ぐに山に囲まれた地帯に入った。
「お。ここからまだ桜島が見えたか」
小高い橋の上から桜島が見えた。
横目でそれを見ながら、山間部の畑の直線を突き進む。
大通りから一本入っただけでまったく人の気配がない。
途中、入ろうと目星を付けた温泉があったが、一旦スルー。入浴はテントを建ててからだ。
そして対向車と出会うことなく、目的のキャンプ地へ着いた。
──16:30。
寄り道しないと決めてから随分時間が掛かったが、とうとうやって来た。
「さて、泊めてくれるかね」
営業しているはずだが、ここも人の気配がない。
この時間帯なら誰かキャンプしててもいいはずだが、見渡せる限りに客は居ない。さすがは平日といったところか。
受付の窓を覗き込む。
バイクの音を響かせてきたので、中の男性三、四人がすでにこちらを見ていた。居たのか、人。
私より年上だが、若い。何だか体育教師と言った風な人たちだ。
「すみません。予約してないんですけど、今日テン泊出来ますか?」
「あ〜。ウチ、一応予約制でして」
ぐっ。またしても予約か。
キャンプブームとコロナ禍を経て、キャンプ場はもはや完全に予約必須の地となってしまった。
キャンプとは、ふらっと寄れて安くて静かで気ままに過ごせる旅の安息地ではなかったのか(勝手なイメージ)。
私が絶望しながら「仕方ない、次点のホテルに行くか」と踵を返そうとすると。
「まぁまぁ、他に客も居ないしイイんじゃないですか?」
管理人の一人が言った。
すると続々と肯定的な意見が続く。
「そうそう。せっかく来てもらったんだし」
「そうだなぁ。ま、いいか。一日だけかい?」
「!、はい、そうです。一泊で……」
ありがたいことに許可を頂けた。
まぁ心の隅ではこうなる事を期待していたのだが……。大抵、融通を効かせてくれるものだ。
これがまた私の予約無しムーブを加速させる。本当は予約した方がイイのは本当にそう。甘えさせてもらってます。
手続きを行いながら雑談を交わす。
「しかし、連休でもない平日によく来たね。何処から来たんだい?」
「あ、群馬から……」
「「「群馬ァ!?」」」
もっと近場、少なくとも九州地方のどこからか来たと思っていたのだろう。世間的には祝日もないド平日であるし。
まさかの関東からの来客にとても良いリアクションをしてくれた。ウケる。
これによりテン泊がさらに好意的になった。
「温泉入るなら直ぐそこのヤツじゃなくて、コッチの方が良いよ。桜島と海と、今の夕日で景色が凄くいいから」
オススメの温泉も紹介してもらい、すっかり親身に接してくれた。
「それじゃあ、この許可証はテントかバイクにぶら下げといて。朝9時には俺たちここに来るけど、その前に出発するなら許可証はそこのポストに入れといて」
一通りの説明と注意事項の後、彼らは帰っていった。17時で上がりだったらしい。
ギリギリに来て申し訳ない気持ちと同時、受付が間に合って良かったと安堵した。
「よし。テント建てるか」
他に客の居ない、だだっ広い芝生の中から贅沢にテントを張る位置を決める。
東屋があったのでその近くにザックを下ろした。ここをキャンプ地とする。
サクサク展開し、17:30前には寝床が完成した。
「ふぅ。……まだ明るいな」
陽は傾いているし茜が差しているが、ビックリするほど明るい。
夏至が近い。
まだまだ活動を終えるには早いようだ。
今日の寝床を確保したので、途端に強気になる私である。
「じゃあオススメされた温泉にでも行こうかな」
心身ともに身軽になった私。
荷物をキャストオフしたバイクに跨り、早速温泉へ向かった。
「おいおい。煙出てんじゃん」
温泉に向かう途中、再び見えた桜島は噴煙を上げていた。
最初は雲が重なってそう見えるだけかと思ったが、明らかに地面側から煙が立ち上っている。
「……警報とかは鳴らないんだな。これが日常の風景って事か」
夕日に照らされる噴煙は幻想的であった。
もし地元の山──赤城山や浅間山から噴煙が上がっていたらヤバいどころでは済まないので、こうして噴煙を暢気に眺めていられるのは新鮮であった。
というか噴煙を眺めるの自体、初めてだ。
「……と、その前に」
噴煙を見て興奮気味な私は、山間部から町中に戻ってきて、とある店に立ち寄っていた。
酒屋である。
鹿児島と言えば焼酎である。
この時の私はまだ焼酎の味など分からなかったが、とりあえずキャンプ場で地酒を飲みたかったのだ。
ちなみに、個人が経営しているような酒屋に入ったのも今回が初である。
「ごめんくださーい……」
恐る恐る入る私。
他に客は居ないし、店員も見当たらない。今日寄る場所は仙巌園以外ぜんぶ人居ないな。
所狭しと厳つい瓶の焼酎がズラリと並んでいる。
どれも一升瓶だ。
お土産として買ってもいいが、少々……いや大分嵩張るし、そもそも今夜私が飲みたいのだ。
もっと小さいサイズは無いものか……
「いらっしゃいませー」
私が物色していると、奥から割と若めの奥さんが出てきた。
こう言っては何だが、意外だ。
こういう老舗っぽい酒屋の店主は爺さん婆さんだろうと勝手に想像していたが、偏見だったようだ。
奥さんがフレンドリーに接してきてくれる。
「どんな物をお買い求めですかー?お土産ですか?」
「えーっと、今夜自分で飲みたくて。地元ならではの、小さめの瓶のがいいんですけど」
私のしどろもどろな説明に「なるほど。うーん、ミニボトルあったかな?」とそこらの瓶を漁り出す奥さん。
店に並べられている、目に付く範囲の瓶はすべてデカい。
個人を相手にはしてないのだろう。
下手に気取って酒屋に入らず、大人しくコンビニでそれっぽいのを買った方が良かったかもしれない。
私が反省していると、「あ!あった!ありましたよ!」と奥さんがミニボトルを掘り出してくれた。
「おお!ありがとうございます!理想のサイズですよ……!」
掲げられる300mlのミニボトル、しかも二種類。
もし見つからなかったら、探してもらった手前、5合瓶か4合瓶の購入もやむなしと思っていたが……本当にありがたい。感謝だ。
「『八千代伝』の黒と白、どっちがいいですか?」
見つかったミニボトルは同じ銘柄の、白と黒の麹違い。
当然、私には違いが分からないので奥さんにオススメを聞いた。
「実は俺、焼酎飲み慣れてなくて。飲みやすい方はどっちですかね?」
「うーん。まぁ、黒ですかねー。完全に私の好みですけど」
問題ない。そのまま購入。
私は芋焼酎『八千代伝 黒』を手に入れた。今夜のお供だ。
私はふと聞いてみた。
「そういえば桜島から噴煙が上がってるんですけど、アレ大丈夫なんですか?」
「え?ああ、そうなんですか。まぁいつもの事ですよ」
やはり日常茶飯事らしい。
動揺はおろか意識すらしてない、実にあっけらかんとしていた。
桜島の周囲に住む人たちは実に逞しいと感嘆する。
さて、お酒をゲットしたので温泉に向かおう。
ものの5分と掛からず目当ての温泉の駐車場へ到着。ノボリが出ていたので分かりやすかった。
駐車場から少し坂道を歩き、温泉施設へ。
何やら南国チックな芝生と木が植えられており、リゾートっぽい雰囲気に少しだけ入りづらさを感じる。
しかし独り行動に慣れきった私はそんな事では怯まない。
私は堂々と受付に入り、温泉への入場券を入手した。
それではお待ちかねの温泉タイムだ。
「おぉ!夕日がっ」
黄金に輝く湯船。
他に客は居なく、貸し切り状態。最高のロケーションだ。
シャワーで登山の汗を流し、露天風呂へ赴く。
「はぁ〜……最高」
湯船に夕日の光が乱反射し、眩しさに目を細める。
目の前にはオレンジに輝く海。
そんなパノラマの端で、桜島が噴煙を上げている。
「これは、極楽と言わざるを得ない空間だ……」
今日一日の移動距離は大したことないが、登山に観光と中々充実した一日だった。
テントも建てて酒も手に入れたし、今日は最高だ。
疲れが湯に溶けていく……
「いやアッチィなおい」
堪らず立ち上がってしまった。
露天風呂の温度はそこまでではないが、降り注ぐ直射日光でジワジワ熱くなってきた。
しかし日陰に移動するとせっかくの桜島が見えなくなってしまうので、貸し切り状態なのを良いことに行儀悪く行ったり来たりする。
そんな感じでしばらく堪能した後、日が完全に落ちる前に上がることにした。
空が明るい内にキャンプ場に戻りたい。
「いい湯だった。オススメ聞いて正解だったな」
確かな満足感を得つつ、湯冷めしない内に帰路に就く。
まだ気温は高めなのでほんの少し汗ばみつつ、バイクに跨った。
「気温が丁度いいな」
日の入り一歩手前。
太陽が水平線に触れる中、バイクを走らせた。
ツナギの隙間から入ってくる風が心地良い。
大通りから山間部へと至る、途中の橋に差し掛かったところで思わずバイクを停めた。
「良い雰囲気だな」
火口からキレイな煙を上げる影の桜島に、太陽が沈みこむ海。
黒と茜と、ほんの少しの青が混じる空。
電線の先に、ポツポツと灯る垂水市の街並みの光景。
あまりにもいい景色だったので写真に収めた。
「一日の終わりとして完璧だな」
私は身も心もホクホクで、他に誰も通らない道を帰っていった。
そして、夜。
「おー。焼酎いいじゃん。飲める飲める」
テントに引きこもった私は早速酒盛りしていた。
焼酎は全然飲み慣れていない私だが、雰囲気でガブガブ水割りで呑む。
芋焼酎はクセがあると聞いていたが、スッキリしていて普通に飲めた。
キャンプ自体も久しぶりであるし、テンションも上がっていたのだろう。
「ふはは!楽しー」
山の中、たった一人しか居ないキャンプ場で能天気に笑う成人男性。
酔っていたのか疲れていたのか、はたまた両方か。この日の夕飯は何を食べたのかまったく覚えていない。
翌朝、焼酎のミニボトルはスッカラカンになっていた。