外輪山を無心のままバイクで下り始めて、早数十分。
私は早くも小休憩していた。
「うおおっ……、冷えた……!」
ガクブル凍える身を労わるように、自販機で購入したあたたか〜い缶コーヒーを握り締める。
何故だか急に肌寒くなってきていた。空も曇ってきている。
ミルクロードを抜け、やまなみハイウェイを経て。
──私は牧ノ戸峠レストハウスに来ていた。
大観峰付近では電波が最弱だったので、とりあえずまともな電波が入るまで道なりをテキトーに山道を下りてきたのだ。
そして辿り着いたのがここ、牧ノ戸峠レストハウス。
他にも何箇所か停まれそうな所はあったのだが、道が快適すぎてここまでノンストップだった。
私は石の階段に腰掛け、震えてコーヒーを啜りながら道の確認をしていた。
「よし。もう電波入るな。……でも読み込み遅いな……」
大観峰は圏外ではないものの、電波が一本だけとほぼ使えない状態だったのだ。
少し下れば電波が入ると思ったのだが、私のスマホのキャリアは現在地をあまりカバーしきれていないらしい。
再検索するにはあまり快適ではない状態だった。
もう少し下らなければならないらしい。
空はまだ青い。だが時刻は夕暮れに差し掛かっていた。
目玉の阿蘇カルデラを通過したので、さすがに観光もそこそこに帰ろうと思う。
船に乗れなかったらもはや笑い事になるほどゆっくり過ごしすぎた。
「ここ、登山口なのか」
現在地がどういう場所か知らずに停車した私。
周りには登山者らしき装備の人がチラホラ居た。
そこら辺を散歩してみると案内看板があり、ここから九重連山へと行けるらしい。
昨日のキャンプ場や先の大観峰、そして現在のここ。
初日の平尾台カルストや、この旅の目的だった開聞岳など、九州は本当に山だらけだ。
私の所感なのだが、九州は山が
人里からあまり離れておらず、思い立ったらすぐに行ける。そんな身近さを肌で感じる。
「クソ。登りてぇなぁ」
行き当たりばったり、偶然でここに来たとはいえ、やはり目の前に登山口があると登りたくなる。
山を登り始めて一年以上。
山に登る悦びをすっかり覚えた私は、歯痒い思いでバイクに跨った。
時刻は15時を回っている。
加えて私はこの山を全く知らないので、登るなど土台ムリな話だ。
後で調べたが『九州の屋根』と呼ばれるほど有名な所だったが、この時の私には知る由もない。
準備も時間も電波も、何もかも無いのだ。スルー一択である。
「まぁ、また九州に来る理由が出来たとでも思うか」
今はそう思うしかない。
未知の山に登りたい欲を抑え、私は峠道を後にした。
〰️〰️〰️
「北海道みたいな道だな」
峠を抜け、山から下ったことにより気温も多少は上昇して体の震えも収まった頃。
私は路肩に停まっていた。
少々行儀が悪いが、運良く周りに車も人も居なかったので停めさせてもらった。
私にしては珍しい路駐をした理由は、道路が素晴らしかったからだ。
──今しがた通ってきた峠道へ続く、あまりにも綺麗な直線道路。
まるで北海道の道を彷彿とさせるほどの規模の直線道路だった。
思わず路肩に停まって記念撮影する程である。
「そして停まったついでに道の確認だ」
私の予想通りなら、たしかここら辺で一瞬寄ろうと画策していた観光地があるはずだ。
果たして、それはドンピシャだった。
「おお、目と鼻の先じゃん」
道を何本か曲がった先に、それはあった。
九重“夢”大吊橋。
ここが道中、正真正銘最後の観光地だ。
「駐車場広いな」
時刻は16:20。
ただでさえ夕刻なのもそうだが、営業終了間際なのでガラガラであった。そしてギリギリセーフ。
だだっ広い駐車場にバイクをポツンと置き、橋の方へ向かう。
売店は軒並み閉店していた。
いや、もしかたらまだやっていたかもしれないが、雰囲気がもう「本日の営業は終了しました」感で満たされていたのだ。
冷やかし
入場券を購入し、その際スタッフから注意喚起された。
「あと30分……17時に閉館ですので、ご了承ください」
門前払いされなかっただけ、ありがたい。
私としても長居する余裕はないため、急かされるのは無問題だった。言うて、橋を渡るだけであるし。
橋が見えてきた。
真っ白で太い塔柱に、極太の主索ワイヤーが左右それぞれ三本伸びていて手前のクソデカアンカーブロックに繋がっている。
なるほど、ひと目で分かるほど立派な造りの橋だ。
橋の前には左右に『日本一の大吊橋』『九重“夢”大吊橋』と書かれた渋い木目の看板が立っている。
橋を渡る前に、この橋の概要説明板を読む。
「ふーん。完全に観光用に造られた橋なのか」
生活道路や利便性のためのものではない、景勝地としての価値全振りの建造物。
……そりゃそうか。橋を渡るのに券売機がある時点で……
私は吊り橋に足を踏み入れた。
主目的が観光用とあって、その景色は絶景だった。
「おー。高ー」
流石は日本一高い吊り橋、その名は伊達ではない。
渡り始めからその高低差を目の当たりにする。
崖、とまでは言わないが、切り落ちた渓谷の中だ。まさに浮いているよう。
私は以前、地元群馬の上野スカイブリッジを渡ったが、高さ・長さともにほぼ倍の規模である。
あちらも似たような地形に架けられていたが、
よくこんな所に橋を架けたものだ。しかも観光資源という理由で。
当事者たちの熱意が感じられる。
「まぁ、俺が想像してた『吊り橋』じゃないのがちょっと残念だけど」
私の中の吊り橋のイメージはユラユラ揺れるヤツだ。
しかしこの橋は足元がしっかりした作りで、通路の中央こそ透かしが入っているが、とても歩きやすい。
全長400m近ければ橋も頑丈に造らざるを得ないか。
数えるほどしか居ない観光客の中、私は軽快に歩を進めていく。
新緑が萌える季節だ。
濃い緑だらけの山奥で、白い橋の姿が実に映える。
カン、カン、と登山靴を踏みしめる音が谷底へ響く。
右手には滝が見えた。
震動の滝・雄滝だ。
「……ちょっと見えにくいな」
日本の滝百選に選ばれるほどの名瀑だが、生い茂る木々と夕方の薄暗さで少しばかり迫力に欠けた。
水量も少なく、時期が悪かったかもしれない。
「まぁでも、いい景色だな」
日本一の高さの吊り橋から望む、西寄りの太陽に照らされる渓谷。
この風情だけでも十分なお釣りが来る。立ち寄った甲斐があるものだ。
「さて、さっさと渡り返そう」
普通にこの橋の閉鎖時間が迫っているので、黄昏れるのもそこそこに向こう岸へ渡り切る。
こっち側にも売店があるそうだが、寄る時間も無いし閉店してるだろうしですぐに踵を返した。
「お?滝がもう一個ある」
帰り際、もうひとつ滝が流れているのに気が付いた。
雌滝だ。
さっきの雄滝よりこちらの方が噴出口が高くて目立っている。これに気付かないほど私は気が急いていたようだ。
私は足を止めた。
「道は急ぐけど、まだ慌てるほどじゃない。クールに行こうクールに」
長旅に焦りは禁物だ。
私は自分に言い聞かせ、柵に肘を乗せて改めて景色を堪能した。
静かな音を奏でる滝。
谷に反響する風の音。
他人の渡る足音。
……橋の上でそよぐ風が気持ちいい。
そうだ。私は如何なる時もボーッとすることに重きを置く人種だ。
せっかくの旅先で忙殺されるなどナンセンス。もっとゆとりを持つんだと意識する。
「ふぅ。ま、とりあえず行くか」
落ち着きを取り戻し、改めて橋を渡り返す。
まだ時間自体は余裕があるのだ。
道中でどこかに寄る時間こそほぼ無いが、移動に専念すれば十二分に港へ辿り着ける。
「帰るぞ。今度こそ」
本日何度目かの帰宅の決意を胸に、私は吊り橋を後にした。
〰️〰️〰️
「さて、こっから帰るには……」
駐車場にて道を検索する私。
ここからは高速に乗って一直線に帰ると決意を改めた。
さて、最寄りのICは……
「なんか変な道行くな……。全行程は残り100kmちょいか」
ICはちょっと山道みたいなグネグネ道を経て、数km先にあった。
これくらいなら道迷いの心配はないな。仮に迷っても全然時間は余る。余裕だ。
道を覚えて早速出発した私だが、すぐに横道に逸れた。
「うぐっ、温泉だと!?入りたい……」
グネグネ道の途中で、隠れ家のように佇む温泉が目に入ったのだ。
後は帰るだけのこの状況……っ。
最後に温泉をひとっ風呂浴びてサッパリ帰りたい欲に駆られるが、私はなんとか耐えた。
温泉に入るにしても、もう少し港に近付いてからだ。
ここで湯に浸かると、夜に移り変わる高速含む100km以上の道のりで湯冷めは必須。
それにどうせ、フェリーにも風呂はある。そこまでガマンだ。
当然、温泉には温泉の良さがあるが、今は時間の方が優先である。
「マジで余裕がないな、今回の旅……」
主要な目的こそ達しているが、ゆっくり出来る時間がない。
まぁ、しっかりした計画を立てていないから自業自得とも言えるが、やはり九州の地を2泊3日で横断するのは日程が短過ぎた。
もっと気軽に有給を取りたい……
「今さら嘆いても仕方ない、か……」
大型連休を避けられただけでも良しとするしかない。
そんな感じで無心になってバイクを走らせる事、しばし。
私な目当てのIC付近に辿り着いた。
「お。高速走ってるとよく見る、地元民が通るであろう高速を跨いでる橋だ」
あまり人が通らないのか、道の両脇は木々が鬱蒼と生い茂っている。道幅も狭く、コンクリートも古そうだ。
高速道路で見かける度に「あそこ通りてぇなぁ」と漠然と思っていたが、期せずして九州の地で通ることになった。積極的に叶えるまでもなかったちっちゃな夢が叶った。
「よし。ワープ開始」
ここから一気に門司港まで走り抜ける。
そしてフェリー乗船時間までの余った時間から逆算して、周辺を散策するのだ。完璧な計画。
……と思っていたのだが。
「やべっ。ガソリンが尽きる」
残メーター的に、どこかで給油しないとガス欠になってしまうことが発覚した。
不覚。急ぐあまりこんな初歩的な事を見落としていた。
不本意ながら一旦PAに停車。
そしてガソリンスタンドの所在を調べるのだが、高速区間にスタンドが無かった。
これは……、一度下道に下りなければならなくなったな。
「うーん、まぁいいか。高速のガソリンは高いしな」
もう高速で瞬間移動する気マンマンだったので少々面倒くさいが、こればかりは仕方ない。
ある程度まで高速を使って移動し、いい感じの位置で下道に下りて給油しよう。
そんなベストポジションに存在する給油所を探していると、あった。
「給油したらまた高速に戻って……って、なんか、そのまま下道で行けそうだな」
スタンドの近くを通る大通り、10号線。
これが門司港周辺まで、ほぼ一直線に繋がっていた。
時間も若干の余裕があるし、そのまま下道を使って帰ってみるか。高速は楽だが、ぶっちゃけ面白みに欠けるし。
そうと決まればサッと行動開始。
めぼしいSAも無いので高速区間をかっ飛ばし、私は下道に下りてとある場所で停車した。
中津市の湯迫温泉、太平楽。
小休憩にちょうどいい、道の駅のように広々とした駐車場だった。
この流れは温泉に入るのか……と思われたが、道の再確認に終始した。
温泉には入りたいけど入らない。下道で行くとなると時間が厳しいのだ。
ならば温泉に入って高速に乗ればいいと至極当然の考えが湧き上がるが、そうなると今度は湯冷めの問題が出てくる。
逢魔ヶ刻。
さすがの夏至も茜が差す時間になってきた。
私の薄着なツナギ装備では、湯上がりに涼しい初夏の高速の風は厳しい環境に思われた。
「さっさと給油して帰ろう」
温泉に後ろ髪を引かれながらも出発。
下道を走るとなればガソリン残量の心配は無用なので、10号線に乗ってテキトーに進んでいく。
だがここで問題が発生した。
「あー……、そうか。世間は平日だったな。ッ帰宅ラッシュ!」
渋滞、とまではいかないが、交通の混雑に巻き込まれてしまった。
我ながらアホすぎるが、まったく予想していなかった展開だ。これはマズい。
「でも今さら高速に乗り換えすのもなぁ……」
何かに負けた気がする。
私はもう諦めてそのまま帰宅ラッシュに流される事にした。
門司港までの距離と時間はもう射程範囲内だ。わざわざ高速を利用するまでもない。
あと一箇所だけ見て回りたい所があるが、それくらいの時間はまだ確保できていた。
……高速を利用していればもっと時間に余裕が持てていたのに、この時の私は「何とかなるだろ」と楽観視していた。
そんな感じで下道を地元ナンバーに囲まれながらノロノロ走ること数十分。
私はついに、見知った道へ戻ってきた。
「ここは……一昨日通った道だ!」
平尾台カルストへ行く途中、道迷いした道。
たった二日前の話なのに、妙に懐かしい気分になりながらかつての道を逆走していく。
ここへ来てようやく、「ああ、帰るのか……」と九州の地を名残惜しく感じてきた。
何度でも言うが、九州横断を3泊4日で駆け抜けるのは些か忙し過ぎた。
今回は開聞岳登山という明確な目標があったから良かったものの、それ以外は駆け足気味にならざるを得なかった。
旅路の焦りほどもったいないものはない。
そんな初めての九州ツーリングも、もう少しで終わりを迎えようとしていた。
私は帰りの船が待ち構える門司港を過ぎて、その先の巨大な橋を目指した。
「最後の観光だ。行くぞ関門橋」
夜の闇が背後に迫る。
だがまだ終わらない。九州の時間を最後の最後まで走り抜けるのだ。
「迷った……。道が全然分からん……」
しかし私は早速道に迷っていた。
道が入り組んでて分かりづらいのと、辺りが暗がりに包まれて余計に分かりづらさが倍増したのだ。
「ぐぅッ、こんな事なら高速でさっさと来るんだった……っ」
今さら後悔しても遅い。このまま頑張って行くしかない。
私はコンビニの駐車場の隅っこに陣取り、地図とにらめっこする。
道が入り組んでいるとは言ったが、実はそこまで複雑だという訳では無いのだ。
しかし夜という条件が、道迷いに拍車を掛けていた。
暗闇というのは想像以上に道が分からなくなるし、何より漠然とした不安が押し寄せてくる。
『暗い』という環境はそれだけでストレスなのだと実感する。
「うーん……、ここか?いやあっちか」
──20:00。
後続車が居ないのをいい事にタラタラ運転で進み、なんとか目的の駐車場に着いた。
小高い丘のような場所。他には誰も居ない。物言わぬ石碑が佇むのみ。
見上げると車が高速で往来する巨大な橋、関門橋の眩い光が見えた。
「ふう。なんとか着いた。というか、まだ日が完全に落ちてないのか」
空の片隅がまだオレンジ色だった。
いくら夏至とはいえ、
緯度か経度か、それらの違いをさまざまと感じる。地球って丸いんだな……
なんにせよ、今の私には好都合だ。
「それじゃあ行くか、関門トンネル……!」
フェリーを待たずして、私はひと足早く本州に渡る。徒歩で。
関門トンネル人道。
世界的にも珍しいとされる、海底の県境。こんなスポットは寄るしかない。
小高い丘から歩いて下りて、海だか川だか湾に面した鳥居を目指す。
鳥居の先は遊歩道に繋がっていてそこを歩きたい欲に駆られるが、時間が押しているので目当ての施設の中へ入る。
「無料で入っていいとは書いてあったが、やっぱドキドキするな」
市役所みたいな雰囲気の建物だが、中は無人だった。
そして辿り着く、エレベーターの扉。
ボタンを押すと直ぐに扉がガコン、と開いた。
「……入っていいんだよな?」
恐る恐る入る私。
扉が閉まり、フワッと内臓が浮かぶ特有の気持ち悪さに不安が増しながら黙って運ばれていく。
エレベーター内は割と広い。普通のサイズの倍くらいはあるだろうか。
内装は広いのだが、閉塞感で息が詰まるようだ。エレベーターはどうも苦手な私である。
60mの下降を一気に経て、扉がチンと開いた。
その先には、地下特有のムワッとした空気と、はるか先まで続く通路が。
「地味に人、居るな」
地上は人っ子一人居なかったのだが、この地下通路にはチラホラ散見された。
歩いている人、オートバイを手押ししている人、走っている人……
実に生活に根ざした様子である。
私は早速歩き出した。
「なんかちょっと、歪んでるか?」
心做しか、地面(床)が凸凹している感じがする。
通路自体も、本州に向けて少し上り坂になっている気がした。実際のところは分からないが。
濃い黄色で厚く塗装された床を歩く。
(今ここが海の中っていうのが信じられないな)
波の音は聞こえず、そらよりも車の走行音がよく響いていた(多分)。
幅は車1.5台分くらいで、人がすれ違うのになんら問題はない。ジョギングの人が傍らを通り過ぎていき、ぬるい風が私の頬を撫でた。
壁は下半分が濃い青、上半分が白で塗られている。中間には薄い二色の青。海と空を表しているのだろうか。
天井はジャンプすれば手が届きそうだ。人目があるのでやらないが。
灯りは狭い間隔で多めに設置されており、非常に明るかった。ここが地下だという証左だが、地下に居ることを忘れさせるほどの光量である。
「お。ここが半分か」
観察しながら歩いていると、意外と直ぐに県境に辿り着いた。
門司と下関。
九州と本州。
福岡県と山口県。
海面下58mの境目だ。
「海の下だけど、とりあえず本州に帰還した」
まぁまた九州に戻るのだが。
さて、ここまで来たはいいがこの後だ。
本当なら山口県側に行って観光に洒落込みたい所だが、如何せんそれを時間が許してくれない。
フェリー出航までまだ時間はあるが、だいたい出航時間の2時間前までには港で受付等全てを済ませて待つのがセオリーだと認識している。
私が利用するフェリー出航時刻は、23時過ぎ。
現在時刻は20:10。
ぶっちゃけギリだ。
「仕方ない。戻るか」
ここへ来て下道でゆっくり来たことが悔やまれる。
高速で移動していれば恐らく1時間ほどは時間に余裕が出来ていたはずだ。
旅の情緒とか気にせずサッサと移動していれば良かった……
後悔してももう遅いので、私は早歩きで来た道を折り返す。
正直走って戻りたいくらいだが、地味に他の歩行者が居るので憚られた。
私の服装はツナギなので、急いで走る姿は似合わな過ぎる。
普通の服装ならば「ジョギングかな?」と思われるだろうが、ツナギだと「なんか謎に走ってる人が居るんだけど。ウケる」と思われかねない。私はそういうの少し気にするタチがある。
という訳で悠々と、しかし早歩きで関門トンネルを歩く。
歩くのが苦ではない私だが、この時ばかりは少しもどかしかった。
人一人運ぶにはデカいエレベーターに乗り、内臓の浮遊感を経て無事地上へ。
「さすがにもう真っ暗だな」
辺りはすっかり夜の帳が落ちていた。
地下から出たことで、気持ち新鮮な空気が肺に満たされる。
地下というのはそこに居るだけで少しストレスが発生するらしい。
目の前にある鳥居の奥には高速道路の灯りが点々と海の向こうに連なっていて、まるで縁日の屋台の灯りのようだった。
さらに、山口県側の陸地にライトアップされた観覧車が見えた。
遊園地にはあまり行ったことのない私だが、海辺の観覧車はさぞ景観が良いのだろうなと乗りたくなってくる。
まぁ、現在の私には時間的にムリだからこその羨望だ。
成人男性が独りで遊園地もさすがにちょっとキツい。私にはまだ早いステージだ。
「ま、あっち側には行けないけど、こっち側にはまだ行く所がある」
私はバイクの下へ戻って早速エンジンを掛けた。
さっきは地下に潜ったが、今度は上を目指す。
入り組んだ道の先にちょっとした展望台が存在していて、そこから関門橋を眺められるのだ。
正真正銘、最後の観光である。
「しかし、それにしても道が暗いな」
だがその展望台に着くまでが少し曲者だった。
木々が生い茂る中、街灯もほぼない曲がりくねる道幅狭めの急坂を登っていく。
赤城山のサンダーボルトラインのカーブを一部分だけここに移植したかのようだ。
暗闇の中、バイクのエンジン音に頼もしさを感じながら直ぐに到着した。
どこをどう読んだら『めかり』と読むのか、そんな謎の読み方をする展望台に着いた。
これが最後の物見遊山なので、ここで九州の地をゆっくり堪能する事にする。
「おー。メッチャ景色良い」
真っ黒な響灘の関門海峡に、眩い灯りに照らされる関門橋。その上を行き交う車輌。
対岸にはネオンに輝く下関の町並みが。
その光を、黒に染まっている海の水面がキラキラと反射していた。
月並みな例えだが、ライトアップされた宝石のような夜景だ。
そこまで夜景に興味のない私だが、ここは素直に綺麗だと思えた。
「完全にデートスポットってヤツだな、ここは」
成人男性が独りで訪れるには、ちょっとムードが合ってなかった。他に人が居ないので遠慮なく堪能するが。
そこそこ大きい船が関門橋の下を潜り抜けていく。
私が九州最後のボーッとタイムを過ごしていると、背後から車が一台やって来て、カップルっぽい二人組が降りてきた。
傍らに停まる荷物満載のバイクと私を見て、ちょっと引き気味な二人。
どうやらおひとり様時間は終わりらしい。
私はクールに去ることにしたが、振り向いて気付いた。
防波堤的な壁かと思っていた壁に、何かが描かれている。壁画になっているようだ。
気になったのでそれだけ見させてもらう為に動いたが、しかし暗くてよく分からなかった。
何か絵巻風な絵柄だったので、歴史に関するような壁画だろう。
浅薄な私には見たところで分からないので、やはりクールに退散する事にした。デートの邪魔してごめんなさい。
「さて、最後に腹ごしらえして帰るか」
観光はこれにて終わり。最後に腹を満たして帰ろう。