深夜渡航   作:へるしぃーぼでぃ

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5/2─起床、阿寒湖へ

 

 

 

北海道ツーリング、上陸してから2日目。

5/2、3:30。

ゴポンデュポン、と水と気泡の転がる音で目が覚めた。

テレビの下に暖房器具のような謎の製品があるのだが、それがずっと変な音を出しているのだ。就寝前から気になっていたが、疲れ果ててていたおかげか、快眠できて良かった。本当にこの機械は何だったのか、今だに謎である。

さて、スマホの時刻を見て多少驚いたが、ヤケに目が冴えていた。

久しぶりの連泊で、自分でも知らず内にテンションが高まっているのだろうか。

何にせよ、早起き出来たのは良い事だ。

私は布団から這い出で、トイレ、洗顔、水をひと口。

完全に目が覚めたところで、今日の予定──道順を検索にかけて予習する。

今日の内にとうとう、今回の旅の最大目的地である野付半島にまで到達するのだ。気合いも入るというものである。

そんな感じで道を見直していたら、ふと小腹に()きを感じた。今すぐ食べれそうなモノは……

そうだ。道の駅『しかおい』で妙に惹かれて購入した、あのさつまいも大福を食べよう。

大福の入ったパックをちゃぶ台に置き、何の気なしにテレビを点ける。

ニュースがやっていた。何やら札幌市内のゴミの中から札束が見つかったとか何とか報道していた。

 

「っうま」

 

さつまいも大福、これがかなりの美味だった。

優しい甘みに、ネットリとした滑らかな食感。飽きの来ない味とはこの事か。

なんだかお腹にも優しそうであるし、朝イチのおやつとして非常に優秀な食料となった。ごちそうさまです。

お腹を少しだけ満たした私は、朝風呂に向かった。このホテルは嬉しいことに、ほぼ24時間お風呂を解放しているのだ。

時刻は4:00を少し過ぎたところ。

太陽はすでにその顔を覗かせており、シャワーを浴びて露天風呂に赴いた私を出迎えてくれた。

意外なことに、私の他に二人、先客が居た。

青年とおじさんである。

中々『分かって』いるじゃないか、と謎の連帯感を抱きつつ、入浴。

相変わらずここの露天風呂は、湯加減が熱くもなく(ぬる)過ぎる事もなく、絶妙で最高だ。

朝陽に照らされる山々を眺めつつ、本州の真冬なみの寒さを誇る空気の中でこの身を暖める。

トクトクと湯が落ちる音。

澄み渡る空気を風が切り裂く音。

私たちの間にモチロン会話はなく、ただ静かな時が過ぎていく……

いつまでそうしていただろうか。気付けば露天風呂には私一人だけになっており、思う存分に体を伸ばしていた。

寝てはいない。ただひたすらにボーッとしていたのだ。

やはり温いお湯は最高だ。もっと全国的に流行らないかな……

〆に室内の熱いお湯に潜り、シャワーを浴びて出た。お陰で体はポカポカだ。目も完全に醒めた。

さて、部屋に戻った私はテレビを見ながら荷造りを開始した。

部屋に散らばった私物をザックやサコッシュに詰め、服も浴衣から私服へとチェンジしていく。実は浴衣の着方はイマイチ分かっていない。

レギンスを履き、次いでズボン、厚手の靴下。

長袖のTシャツ、上着、外套、そしてネックウォーマー。

GWとはいえ、北海道の空気は寒いと思い知った昨日。

温泉で体を温め、装備も万端。

時刻は5:10。今日は山に登る予定もないので、だいぶ時間に余裕ができるハズだ。

部屋を検め、忘れ物がないかチェック。ザックを背負い、手荷物を提げ、サコッシュを身に纏い、部屋を後にした。

鍵を無人のフロントに置いて、いよいよ外に出る。

予想以上に寒かった。

山の中だからだ。

標高は800m程度とはいえ、ここは北の大地。まだまだ私の認識は甘かったかもしれない。

バイクと対面し、私はそう自分の甘さを痛感した。

 

「マジか……」

 

頼りの相棒はキンキンに冷えていた。

というか霜に覆われていた。

屋根も何もない、山の中を野ざらしで一晩放置されていたのだ。おまけにホテルの影の中。そりゃ確かに凍ってしまうか。

とりあえず私はザックを括りつけ、いつでも出発できる準備をしておく。

シートやら何やら、全てが霜に覆われているので、先ほど私の体を拭いたバスタオルで霜を落とした。どうせしばらく使わないのだ、濡れて構わん。

そして霜だらけになったバスタオルは、ザックと紐の間に通して固定した。こうしておけば、運転中の風と直射日光で乾いてくれるだろう。

……さて、準備が終わったところで本題に入ろうか。

低体温症に陥ったバイク。

こうなるとマズい。昨日までブイブイ言わせていたバイク君だが、冷えるとそんな元気はナリを潜め……

 

キュルキュルキュル……

キュルキュルキュル……

 

ご覧の通り、エンジンが掛からなくなってしまうのだ!

だが、まだだ。まだ慌てるような時間じゃない。

チョークレバーを引き、改めてセルを回す。

 

キュルキュルキュル……

キュルキュルキュル……

 

あばば。

ヤバい。

エンジンが一向に掛からない。

セルは回るからバッテリーは無事だと思うのだが、こんな山奥で立ち往生とか不安しかない。

私はとりあえずバイクを陽の当たる場所にまで移動し、放置した。

あんまりキュルキュルし過ぎても良くないのだ。

自然にバイクが暖まるまで、私はホテル周辺の散策路を散歩する事にした。

ホテルと然別湖の間には足湯が一般開放されており、もうもうと湯気が立ち昇っている。

周りには湖へと流れ込む川が幾本もあり、中には湯気が出ている川も。

柵にもたれかかって、朝陽に照らされる然別湖を眺める。

人は居ない。山と湯気と太陽だけの、穏やかな世界がここにあった。

なんとのどかな光景だろうか。バイクが動かない事など些細なことの様に思えてくる……

──……ワケもなく、内心は焦りまくっていた。まったく穏やかではない。

外に出てきてから、すでに30分ほどが経った。

さて、もうそろそろいいだろう。起床の時間だ、寝坊助なXJRよ。

鍵を挿し、チョークを引き、セルを回す。

 

キュルキュルキュル……

キュルキュルキュル……ヴヴ

 

(来た!)

 

キュルキュルッヴヴヴブォオン!!

 

ようやく掛かった!

だがまだだ。回転数がみるみる下がっていくっ。

このままではせっかく動いたエンジンが止まってしまう。私はアクセルを吹かした。

 

ブォォオオオオオオ!!

 

朝からうるさくしてスミマセン。然別湖の皆さん。

しかしこうなる事は既定路線だったので、私はホテルから少し距離を置いた位置に居た。せめてもの気遣いだ。

それでも閑静な山奥、しかも朝イチのバイクの爆音は耳障りすぎた。本当にすみません。

2000回転をキープしつつ、たまにアクセルを戻して様子を見て、再び回転数を上げる。

この暖機運転を10分ほどしていただろうか。

ようやく。ようやく、アクセルを吹かし続けなくてもエンストしない状態になった。

長かった……

ここまで来ればもう安心だ。後はチョークを戻して、調子を見ながらゆっくり走っていけばいい。

すいぶん長いこと騒いでしまったし、出発出来るならばさっさと出発しよう。

……近くに、湖の中へと消えていくトロッコのレールがあるらしいのだが、生憎と今のバイクを放置する余裕がない。せめてもう少し距離があればエンジンも完全に温まるのだが、仕方ない。スルーしよう。

私は再度、うるさくしてしまった事を心の中で詫びると、トロトロと低速で発進した。

 

 

 

 

しばらく走りエンジンの調子も良くなってきたところで、昨日立ち寄らなかったビューポイントにて停車した。エンジンは掛けたままだ。

 

「おぉ……」

 

今日の天気は、概ね良し。

雲の切れ間からこぼれ落ちる光が、遥か向こうまで広がる畑を照らし、遠くの山々の影を映す。

ビューポイントの案内板にはここから太平洋が見えると書いてあったが、生憎とその方向だけ厚い雲が掛かっていて見えなかった。

吐く息が白い。

割とマジで寒い。

温泉で暖まった体も、この場所に来るまでにすっかり冷えきってしまった。バイクが動かなくて肝も冷えたし……

傍らには車が一台、霜に塗れて停まっていた。

どうやら車中泊しているようだ。寒そう。

バイクのエンジンを掛けっぱなしなので、うるさくして申し訳ない。

あんまりバイクを放っておくとエンストする可能性がまだある(寒いから)ので、さっさと行くことにしよう。

山をトロトロ走行で下り終え、畑の中の一直線の道路をひた走る。

ふと、つい先ほどまでビューポイントで眺めていた畑の中を通過している事に、何やら不思議な感覚が宿った。

北海道の山は、距離が遠いようで近い。

いや実際に距離はあるのだが、平坦な道は真っ直ぐ・広い・信号がほぼ無いという条件により、異様に移動スピードが速くなるからだ。

そして樽前山や日勝峠でも感じたが、山道すらもメチャクチャ走りやすい。

ともすれば平坦の直線道路よりも快適だ。緩やかなヘアピンカーブが普通に楽しい。

対して直前道路は、終わりが見えないのだ。

なにしろ遥か向こうまで道が続いている。周囲は畑だらけであるし、見晴らしが良すぎて逆に何も無い状態なのだ。

そう、今走っているこの道などがいい例だ。

 

(本当に、北海道の直線道路には省略線を入れた方がいいと思う。グーグルマップさんよ)

 

左右は畑。前後には若干波打つ直線道路がずっと続いている。

体感で30分以上はずっとこの景色だ。

景色の変化と言えば、背の高い木が道路と十字を切るようにして横一直線に遥か向こうまで並んでいるくらいだ。

境界線、または防風林だろうか?

何にせよ、こんなに綺麗によく植えたものである。

それに、畑もだ。

関東では家一軒程度の土地の畑でも持て余して雑草だらけになっているというのに、北海道のこの広大過ぎる畑でそんな惨事になっている畑は皆無だ。

私は農業についてまったくの素人だが、よくこんなに広い土地を扱い切れるなと感心するばかりである。

そんな雄大な大地に広がる畑に思いを馳せながら、走り続けることさらに半刻。

7:00。

私はガチガチに冷えきった体で、セイコーマートの前に立っていた。

 

(さっ寒すぎる!)

 

温泉でじっくり暖めた体はどこへ行ってしまったのか。

たっぷり1時間ほど冷風を浴びた私は、全身を震えさせながら入店した。

お腹が空いているのも、寒さに拍車をかけていただろう。

なにせ朝メシはさつまいも大福だけなのだ。お腹が減るに決まっている。

そんな私がチョイスしたのは、タラコと塩サバのおにぎりたちとお茶。

ただのおにぎりではない。手作り風の、しかも作りたて間もないであろうオニギリだ。

絶対うまい。

私は外に出ると、あったか〜いお茶をひと口、さっそくガッついた。

結論から言おう。メチャクチャウマかった。

寒さと空腹による相乗効果もさもありなん、単純にフツーに美味い。

一粒一粒が立っている米に、まぶして巻かれた塩と海苔。

それだけでも美味いのに、食べ進めていけばブチ当たる中身。

塩サバの引き締まった身。

タラコの程よい塩味と辛さ。

あまりにも美味しすぎて顔がニマニマしてしまう。というかニマニマしていた。

食べ終わるのは直ぐだった。

普通のコンビニおにぎりより1.5倍はデカいおにぎりだったが、今の私にはたいへん丁度よかった。

多すぎず少なすぎず、お茶も飲み干した私は至極満足してため息を吐いた。

生き返った……

吹きすさぶ風は冷たいが、今の私にはもう効かん。

ヘルメットを被り、臨戦態勢。

気力はチャージされた。再びのドライブと洒落こもう。

 

 

 

 

8:00。

寒さと曇り空はどこへやら、春を通り越して初夏かと思うほどに暑い中、私は道の駅『あしょろ銀河ホール21』に居た。

暑い。

天気もすっかり晴天になっており、朝の寒さは完全に消え去っていた。

私の服装は完全に対冬用、特にネックウォーマーの不快さが際立つ。

ネックウォーマーを脱ぎ去ってひと息つくと、私は道の駅を散策した。

と言っても、時間的にまだ施設は開店していない。

適当にフラフラ練り歩き、自販機で飲み物を買い、幅の広い階段に腰を落ち着けて黄昏た。

この道の駅は観光よりも、ちょっとした休憩が主目的で立ち寄ったのだ。

今日、本格的に立ち寄る場所は二箇所。

ひとつはこの旅の原点、野付半島。

そしてもうひとつは、阿寒湖だ。

距離的にも中間地点に存在しているので、おあつらえ向きだったのだ。

時間的にも申し分ない。今から出発すれば、ちょうど店が開く時間帯になる。

朝イチにトラブルがあったが、概ね順調。私は空き缶を捨て、服装を少しだけ(ラフに)した状態でバイクに跨った。

 

 

 

 

山の中にポツンと、一軒のガソリンスタンドを見つけた。

もうそろそろ給油がしたいと思っていた矢先だった。ナイスタイミング。

周囲に道路以外の人工物がなく、なんとも浮いた(・・・)ガソスタである。

 

「レギュラー満タンでお願いします」

 

「……」

 

対応してくれた店員のおじさんは無愛想だったが、それが逆にいい味を出していた。

なんと言うか、寂れた雰囲気が妙にマッチしているのだ。

こんな何も無い場所の給油所だ。おそらく観光人より、地元の農家などを相手にする場所なのだろう。

ガソリンスタンドに相手も何も無いが、有人の給油所ではその人となりが場所に浸透すると私は思っている。

昨今は無人のガソスタが主流だが、バイクに乗っていると有人のガソスタのありがたみが沁みる。

交流に飢えているワケではないが、束の間の関わり合いに癒されるとでも言おうか。たとえ喋らずとも。

 

「……」

 

「どうも」

 

領収書にサインをして、エンジンを掛ける。

満タンになると、実に調子よく唸る。

おじさんはさっさと引っ込んでしまったが、私も振り返ることなく出発した。

 

 

 

 

それから1時間あまりノンストップで走り続けた頃。

私は目星をつけていた広い駐車場を見つけ、停車した。

阿寒湖に到着である。

 

 

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