夏油転生~異世界行ったらポケモ〇マスター~ 作:らららん
今日は朝からついてなかったな……。
少し顔に影が見える男。彼は今朝、いつも通りトースターで焼いたパンをマーガリンを塗って食べようとしたがマーガリンがきれており、仕方なく何もつけずに食べた。その時、コーヒーも飲むのだが偶々淹れるのを忘れていたため、水で口を潤した。ワックスで髪の毛をセットしようとすると、ワックスもほとんどなくなっており中途半端な髪形になった。
それらのせいで今日、彼は機嫌が悪いのだ。
――いや、こんなんじゃダメだ! 保険の営業はスマイルが大事! 悪いことがあってもプラス思考、ポジティブシンキング! 今日も一日頑張ろう!
切り替えた彼の顔には、貼り付けたような笑みが浮かんでいる。
唐突の切り替わりに、彼を見ていた通行人は少し気味が悪そうに見た。彼がそれに気づくことはないが。
「―――それでは外回り行ってきます!」
「おう」
保険の営業は大変だ。大変な理由はいくつもある。
ノルマがきつい。給料が安定しない。詐欺をしているようで心を病んでしまう。そして帰っても、次の仕事の事ばかり考えてしまう。これらの理由から、保険業は大変離職率が高い。
だから、新入社員の時に言われた言葉を未だに大事にしている。
『―――プラス思考が大事! 何か悪いことがあっても上機嫌に、スマイル忘れるな! 保険は信頼、信頼してもらえる人はみんな笑顔だよ!』
元々は結構ネガティブだったんだけど、この言葉のおかげで今日も元気に仕事ができる。先輩ありがとうございます!
彼はまた少し上機嫌になった。恩師の顔を思い出した彼に死角はない。
彼が外に出る時、あいにくの雨になっていた。こんなこともあろうかと折り畳み傘を持っていた彼はそれを使い、折り畳み傘を持ってきてよかったとまた上機嫌になった。
しばらく営業先の方に歩いていると、傘もささずに歩いているジャージ姿の中年男をみかける。その表情は笑顔の彼と真反対に、暗い。今にも自殺してしまいそうな雰囲気だ。
彼は迷わず、声を掛けた。無論、保険の営業のためだ。
「すみません」
「………え、俺?」
「はい、濡れているようなので、もしよかったらこの傘使ってください」
「な、なんだよ! 憐れんでんのか? 自己満足で気持ちよくなんじゃねェぞコノヤロー!」
いきなりの罵倒。しかし彼は慌てず、尚も笑顔で対話を試みる。胸ポケットから名刺を取り出す。
「いえ、実を言うと私こういう者でして」
「は、保険?」
「はい、なので声を掛けたのも
彼はいかにも紳士そうな雰囲気で、実は下心ありきで近づいたのだと告白した。
そう言われたジャージ姿の男は、少し戸惑った。
「なんだよ、そんなぶっちゃけていいのかよ」
「別にぶっちゃけてませんよ? ただ私は、あなたを新しい顧客にしたいから話しかけただけです」
「それはマジでぶっちゃけてんじゃねェか。でも、保険なら入らねぇからな。話も聞かねぇ」
「もう私たち話しちゃってますけどね」
「……傘、借りるぞ」
「いえ、差し上げます。名刺も貰っていただけるようですし、あなたはもう立派な顧客候補ですから」
ジャージ姿の男は礼は言わねぇぞと言う。内心言ってるも同然では? と考えるがこれ以上は口にしない。
まぁ、やっぱりお客さんにはなってくれないよなー。傘も渡しちゃったし、コンビニ寄ってタオルと傘買うか。
内心残念がりながら見送ろうとするが、その前方にカップルが痴話喧嘩? しているのを見つける。
「っち、リア充が」
「若いですよねー。私、若い時はそう言った事とは無縁だったので彼らが羨ましいです」
「絶対嘘だろそれ」
「あれ、もしかして今褒めました? いやー嬉しいですねー」
「くそ棒読みだしな………ん、あれ」
ジャージ姿の男が突如駆けだす。それを彼は見て、そしてジャージ姿の男の視線の先にトラックが見えて状況を把握した。といっても、出遅れた彼に出来ることはない。
ない、のだが。
「! 君たち、そこから急いで離れて!」
遅れて、彼は駆けだした。
先に走り出していたジャージ姿の男は、一人を押して避難させた。やはり、彼に出来ることはない。
―――あぁ、最期に誰も救えなかった。
少しの後悔を残し、彼はこの世を去った。
◇
はずだった。
「父さん、遊びに行ってくる」
「……あぁ、いってらっしゃい」
一言でいうと、彼は転生した。それも剣と魔法の異世界だ。赤子から自意識があった彼は数分で状況を察し、まぁなるようになるさと持ち前のプラス思考であまり混乱せず乗り切った。
「……今日も、魔術で遊ぶのか?」
「うん、ボク魔術好きだから」
嘘である。彼は別に魔術が好きなのではない。他にやることがないから魔術をしているだけに過ぎない。
彼の身体は幼稚園生くらいだが、心は大人である。勿論、同年代の子と話が合うはずもなく除け者にされていた。そしてこの年なので仕事も任せられない。そして残ったのが、簡単にできる魔術なのである。
「……
「分かってるよー」
「魔術を使えば使う程、魔力量が多くなるのは分かっている。だから毎日魔術を使っているけど、疲れるんだよなー」
木の下で猫、犬、ウサギなどの動物型ウォーターボール(?)を使って遊んでいた彼は、一度止めてごろんと横になる。横になった事で見える空には、前世で見慣れていたビルなどはなく、澄んだ青があった。
彼はそれに感動を覚えることなく、少しの寂寥感を感じる。産まれた当初は、非現実的で全てを楽しめた彼だが、段々慣れてくると郷愁に駆られるようになった。
少ししんみりしていると、頭を振って郷愁の念を振り払う。
「そうだ、あれやるか」
彼は丘に一本だけ育つ木の下まで行くと、ぐっと膝を曲げジャンプした。
驚くべきことに、ジャンプした彼は木を跳び越えんばかりの高さに達した。そのまま木を超えずに落ちる彼。
「まだこの木をジャンプで飛び越えられないな。あとちょっとだとは思うけど」
その後も何十回と跳ぶが、木を跳び越えることは出来ない。しかし彼は上機嫌だ。
―――昨日よりも高く跳べた。これはもう少しでいけるな!
今日の出来に満足したからだ。彼はプラス思考の人間なのである。
「おーおー、すげぇなお前さん」
「………誰ですか?」
振り返ると、そこには見覚えのない茶髪の剣士風の男が一人。
いや、よく見るとどこかで見た記憶もあるな。誰だっけ?
「まぁ、そんな小さいんじゃまだ知らねぇよな。俺はパウロ、この村の領主といえば分かるか?」
「あー! 領主様ですか!」
「お? 領主が分かるのか、早熟だな」
快活な笑みを浮かべるパウロ。
「いやなに、声を掛けたのはさっきの見ちまったからな。その年で随分鍛えてるようだったから、ついな」
「? 別に鍛えていたわけじゃなくて、遊びですよ?」
「は、あれが遊び?」
「はい、鍛錬はしたことありません。遊びです」
パウロは彼に興味を持った。いや、跳ぶ姿を見た時から興味を持っていたのだが。
「お前のお父さんはなにやってるんだ?」
「父は狩人です。罠を張って獲物を仕留めたり、弓を使って仕留めたりします」
「もしかして、ガルズの倅のルーグスか?」
「はい、ボクはルーグスです」
そういえばまだ名乗っていなかったと彼は思った。まぁ今は子供、礼儀もなにもあったものじゃないと彼は開き直った。
「お前、剣に興味はないか?」
「めちゃくちゃあります!」
そうして彼の一日は、また過ぎていく。