TS転生したので幼馴染系ヒロインムーブする【本編完結】   作:わらにんぎょう

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三日ほど前に一話投稿しています。先にそちらをご覧ください。


はい、自分で期日を設けて遅刻する大馬鹿ものです。本当に申し訳ない……。今話もなんだかんだで15000字というすごいことになってしまいました。前半はほとんどただのイチャイチャ回です。あまり気負わず読んでいただけると幸いです。


あなたが好き

「御祖母さんの家でっかいな……」

 

「でしょ?」

 

 

 そこそこ長い道のりを経て、八女市にあるお婆ちゃん家に着いたボクたちは敷地内の駐車スペースに車を停めて家の正面に立っていた。その建物を見るなりこっそり耳打ちしてくる蓮。そういえば蓮はお婆ちゃん家は見たことないのだった。

 

 いや、運動会、体育大会などで面識こそあるものの、よく考えたら家を見たことがないのは当たり前だ。最近蓮の他人感が薄れすぎてて認識がおかしくなっていた。

 

 驚いている蓮の手を引いてインターホンを鳴らしに行く。

 

 

「おばあちゃーん! 遊びにきたよ!」

 

『あら! 菫ちゃんいらっしゃい! 彼氏くんも一緒ね』

 

「まだ彼氏じゃないよ」

 

 

 しばらくしてお婆ちゃんが鍵を開けてくれたのでみんなで家に入っていく。

 

 

「島田くん、久しぶりね」

 

「お久しぶりです。お世話になります」

 

 

 挨拶もそこそこに蓮の手を引っ張って奥へと勝手に案内する。勝手知ったるといった感じだがお婆ちゃんはボクには甘々なので問題なしだ。チラリと見ると微笑ましそうにこちらを見守っている。

 

 

「ここに荷物置いてていいよ」

 

 

 空いてる部屋へ行き、ボクと蓮の荷物を並べて置く。完全に知らない場所だからか、蓮の表情は強張っている。緊張しているのだろう。その肩をバシバシと叩いて意識をこちらに向けさせる。

 

「そんな怖がらなくていいって。連れてきた私が申し訳なくなっちゃうでしょ。ただ一日寝る場所を借りるだけだし、リラックスリラックス」

 

「まぁちょっと緊張してるだけだから。大丈夫」

 

 体の力が抜けない彼にリラックスするように言うものの、流石にある程度緊張するのは仕方ないので放置することにする。

 

 そして荷物を置いた後は洗面所まで案内し、順番に手を洗った。手を拭ってそのまま居間に向かう。

 

 静かだなと思いながら部屋に入ると、お婆ちゃんたちと両親が何やら小声で話していた。ボクたちを見て動きを止めた彼らに小首を傾げる。

 

 そうだ、と人差し指をピンと立てたお母さんが口を開く。

 

 

「そういえば、蓮くんは八女は初めて?」

 

「はい。初めてですね」

 

「ちょっと早く着き過ぎちゃったし、お夕飯まで二人で散策してきたら?」

 

 

 時計を見るとまだ14時前だ。確かに今からここで時間を潰すにしてもあまりすることがない。特に蓮は暇だろうし居心地も悪いだろう。

 

「よし、じゃあ私が案内してあげるよ」

 

 折角の機会なのでボクが胸を張って案内を買って出る。実はボクもそんなに八女市の地理には詳しくないのだが。

 

 

「ちょっと待って、菫。はいこれ」

 

 

 早速出かけるべく荷物を取りに行こうとすると、お母さんに呼び止められる。なんだろうと思っていると二万円の軍資金を渡された。いささか多い気がするのだが。一体どこに行くことを想定しているのだろう。

 

 

 取り敢えず貰ったお金を握りしめ、先程置いた荷物から外出用の鞄だけを取って軽く準備を済ませる。

 

 

「おばあちゃーん! 行ってくるねー!」

 

「はーい。いってらっしゃい」

 

 

 そうしてお婆ちゃん家に来て早々また出かけることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

「って言ってもどこに行くんだ?」

 

 

 意気揚々と家を出た菫に伴って僕も門を潜る。軽い足取りで歩く様は遠足に行く幼児(おさなご)のようだ。しかし僕の言葉を聞いて一転、気まずそうに顔を逸らす。

 

「えへへ、実はまだなにも考えてない」

 

「おい案内するんじゃなかったのかよ」

 

 誤魔化すように笑いながら頭を掻く彼女に呆れる。最近しっかり者のメッキがどんどん剥がれていっている気がしてならない。距離が縮まったからだろうか。

 

「まぁまぁ、我々現代人にはスマホという文明の利器がついてるからね」

 

 そう言いながらスマホを弄り始める菫。覗き込んでみるとナビアプリで観光地を検索していた。検索結果を見ながらうーんと唸る彼女。

 

「取り敢えず近くの天文台行ってみる?」

 

「昼に天文台行くのか?」

 

「この時間の天文台っていうのも面白そうじゃない?」

 

 そういいながらスマホでホームページを見せてくる菫。昼からも開いている珍しい天文台としてPRされている。

 

 目をキラキラとさせながらこちらを見ている菫を見ているとわざわざ拒否する気にはなれない。実は宇宙に興味あるタイプだったのだろうか。

 

 そういえば昔幼い僕に対して宇宙の成り立ちだとかについて語っていたことを思い出す。思えばあの頃から天文が好きだったのかもしれない。しかし普段は全くそういった一面を見せないため少し意外であった。

 

「じゃあ取り敢えずここ行ってみるか」

 

「いぇーい、レッツゴー!」

 

 妙にハイテンションな掛け声と共に、当たり前のように手を繋いで先導する菫。こうして手を繋ぐのも随分と慣れてしまった。

 

 

 前言撤回、やっぱり全然慣れない。手の柔らかさにドギマギさせられるし、この至近距離で楽しそうな表情の菫を見ると胸がギュッと締め付けられる。

 

 美人は3日で飽きると言うが、僕は16年経っても飽きる兆しも見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 バスに揺られること十数分、例の天文台の最寄りの駅に着いた。

 

 星野村という名前の山村だ。そんなお洒落な名前に負けず、緑豊かで、日本の原風景とでも言うべき美しい景色が広がっている。ナイアガラの滝などの見るものを圧倒させる厳かなものとは違う、見ていると心が穏やかになるような景色だ。

 

 

 隣を見ると頬を染めてぼーっと景色に魅入る菫。彼女の視線の先には緑の棚田が広がっている。うっとりとした表情で感嘆の息を吐く様子はいつも元気な彼女にしては珍しい。こういった穏やかな景色が好きなのかもしれない。

 

 

 この神秘的な風景と相まって、まるで一枚の絵画のような美しさだった。

 

 

 僕はしばらくそんな菫に見惚れてしまっていた。普段のうるさい菫も好きだが、こうして静かに佇む彼女はその儚げな美しさに拍車が掛かる。

 

 童話の一場面を見ているかのように、現実感が薄れていく。その世界観に巻き込まれて永遠にも感じられた時間は、菫がこちらに目を向けたことで終わりを告げた。

 

 

「あ、ごめん急に黙って」

 

「ッ! いや全然大丈夫。ここ景色いいよな」

 

「だよねぇ。夜しかここ来たことないし気づかなかったなぁ。昔はあんまり景色に意識を向けてなかったし」

 

 

 そう言ってもう一度景色に視線を戻すと、どことなく物憂げな雰囲気でほうっと息を吐く彼女。

 

「なんか、原風景? って、なんでこんなノスタルジーを感じるんだろうね。別に私たちが子供の頃に見てたわけでもないのに」

 

「たしかに」

 

「こういう場所に住むのって、やっぱり憧れるなぁ。実際に住んでみたら大変なこととかも多いんだろうけど」

 

 もう一度ぐるりと周りを見渡す。そして切り替えるように再び歩きだした彼女に手を引かれて一緒に歩いていく。

 

「こういう観光も、やっぱり悪くないね。部屋に篭ってばっかだったけど、なんかだいぶ認識変わっちゃった」

 

「そうだなぁ、いつか観光地巡りでもしてみようぜ。菫は海外に行ってみたいとかはあるのか?」

 

 それを聞いた菫は少しだけ驚いたように横目でこちらをチラリと見ると、曖昧な笑みを浮かべる。

 

「そうだね、ふふ…………せっかちだなぁ」

 

「? 何が」

 

「いや、なんでも。海外に行くならやっぱりフランスかな」

 

 弧を描く口元を、繋いだ手と反対の手で隠して目を細める菫。そのままさりげなく距離を縮めて来た。腕と腕がギリギリ密着しないくらいの距離だ。

 

 

 そうして他愛もない話をしつつ歩いていると、ついに天文台が見えてくる。小さなドームが二つ並んでおり、いかにもな外観だ。

 

 

「わぁ懐かしい〜いつぶりだろ」

 

 

 そんな声を漏らす菫を尻目に、おそらく観測所であろうドームの横にある建物へ入っていく。エントランスで受付を済ませて奥へと進む。

 

 

 至るところに星の標本や解説ポスターなどがあり、菫は毎度立ち止まって熱心に読んでいた。望遠鏡での観察記録が流れているモニターなども設置されている。

 

 

「取り敢えず観測室に行ってみよっか」

 

 

 パンフレットを僕に見せながら観測室を案内板を見つつ観測室に繋がる廊下を歩いていく。昼間はやはり人が少ない。

 

 

 観測室に着くとスタッフの方が今見える星について解説していた。土星、金星などの王道な惑星に加えて、時間によっては水星も見えるようだ。たまにアークトゥルスなどの恒星の観測もしているらしい。

 

 観測室は二つあるようで、昼間は古い方の観測室が開放されているのだとか。新しい方の望遠鏡の方が大きいらしいが、ここの望遠鏡も凄まじい大きさである。なんでも元九州で一番大きい望遠鏡だったらしい。

 

 今は運良く僕らを含めて3組しかいないため望遠鏡も覗き放題だった。現在は土星にピントが合わせられている。

 

 案の定菫は目を輝かせていた。

 

「土星だよ、土星。みんな大好き土星さん」

 

「落ち着け」

 

「いやだって、あの可愛らしいフォルムはみんな好きでしょ。それに、肉眼でも見えるくらい身近で一番宇宙感あるの土星だし」

 

「たしかに」

 

 興奮気味に望遠鏡を覗く菫に代わって僕も見てみる。想像していたよりも綺麗に土星が見えた。模様もリングもハッキリしており、菫が興奮するのも少しわかった気がした。

 

 写真で見るのとは違う。こうして見ると、今この先にこの惑星が実在しているのだと強く認識させられる。何とも不思議な感覚だ。望遠鏡で見ると小さく可愛らしい姿をしたそれも、実際には半径が地球の10倍近くある大きな星である。スケールが大きすぎてなかなか想像が付かない世界だ。

 

 その後、スタッフさんによって幾つか星を見せて貰うと、彼の勧めでテラスに出てみることにした。テラスには太陽望遠鏡が設置されており、黒点の観察などができるらしい。他の人達はまだ観測室に残っているため菫と僕だけで二人占めである。

 

 

「この線、ダークフィラメントっていうやつかな。名前かっくいい」

 

 

 今はHαフィルターというものが付けられているらしい。よくわからないがプロミネンスの観測ができるようだ。黒点観測用フィルターは結構見かける気がするが、プロミネンスまで見ることができるのはそこそこレアな体験ではないだろうか。

 

 菫と交互に覗いて見れば、太陽の外周にモヤモヤっとしたプロミネンスが見える。

 

 

 一通り見た後、満足げな顔の菫と共に観測所から出て本館へと戻った。

 

 自動販売機が設置されている休憩スペースで一旦休む。なんとなく菫と一緒にココアを買った。

 

 

 

 

「うーん…………」

 

「どうした?」

 

 

 何やらパンフレット見ながら唸っている菫に問いかける。覗き込もうとすると、プラネタリウムの案内を指差しながら見せてくる。見てみれば丁度今から次の上映が始まるらしい。

 

 

「せっかくだからプラネタリウム見て行こうよ」

 

 

 プラネタリウム。小学校の頃学校の行事で見て以来である。菫ほど興味津々といった風にはなれないが、せっかくなので見にいくのもありだ。パンフレットによると20分程度の上映らしい。

 

「いいな。このまま帰るのも勿体無いし、見に行ってみるか」

 

 わーい、と無邪気に笑いながらはしゃぐ菫を見る。今日はいつもより妙なテンションだ。大体いつも変なのだが、最近は色々とあざと可愛いというか、なんというか。

 

 一度離していた手を再び繋ぎ、プラネタリウムの会場へと向かう。

 

 

 ふと、周りをキョロキョロと見回し始める菫。なんだろうと思い見ていると急に耳元に顔を近づけてくる。突然のことに逃げようとするもガッツリ腕をホールドされており逃げられない。

 

 吐息が耳にかかり思わず体がぶるりと震える。

 

 

「水族館デートにプラネタリウムデートなんて、なんだか王道だね」

 

 

 小さな声でそう囁く彼女。当然その破壊力は抜群で、耳元で囁かれた僕は一瞬膝を折りそうになった。

 

 しかしある程度耐性が付きつつあった僕はギリギリ持ち堪える。そして余裕ができた僕は、悪戯っぽい笑みを浮かべながらも顔を真っ赤に染めて台無しにしている彼女を見つめる。自分で振って自分で照れるのは相変わらずだ。いつぞやを思い出す。

 

 そういえばあれ以降どんどん距離が近くなっていったのだったか。

 

 

「そうだな、じゃあ次は夜景でも見に行くか。3回目のデートには王道だろ?」

 

「うぇ!? う、うん」

 

 

 

 いつまでもやられっぱなしは癪なのささやかな仕返しをする。おそらく僕が何かを返してくるのは想定外だったのだろう。狼狽えて目をあちこちにやる菫。そんな可愛らしい姿をずっと見ていたい気持ちもあるが、前を見ないと危ないので前方に視線を戻した。だが手は深く絡めたまま歩く。

 

 

 どう考えても恋人しかしない繋ぎ方だが、もう今更である。そもそも恋人未満は普通一緒に寝ない。

 

 

 余裕そうに振る舞いつつも内心では緊張で震えまくっていた。なんとか表には出さないように頑張っているものの、いつ露呈するかわかったものではない。

 

 

 そうして二人でプラネタリウムを見に行ったが、頭の中がデートやらなんやらの言葉で埋め尽くされて、あまり集中することができなかった。

 

 隣で一緒に見ている菫も同じく落ち着かない様子であった。側から見れば二人でそわそわしている妙な姿が映ったことだろう。

 

 そうして、気がつけば上映は終わっており、いつの間にか部屋から出ていた。結局ほとんどの解説が頭に残らなかった。少し残念である。

 

 

 まぁ、プラネタリウムは()()いつか見に来ればいい。取り敢えず、今日は菫も楽しめたようなので良かった。

 

 上映室から出ると、先ほどは気づかなかった星座関連の展示に気づく。それぞれの星座の解説がずらりと並んでいる。なんとなしに二人でぼんやりとそれを眺めた。先程解説に出てきたような気がするものもいくつか見受けられる。

 

 一通り見た後エントランスへと戻った。

 

 

「なにか買わなくていいのか?」

 

「大丈夫」

 

 

 お土産コーナーには菫が好きそうな面白い商品が沢山あったが、どうやら菫は何も買わないらしい。結構意外だった。変なお菓子とか、そういうのを見かけるとすぐ買ってしまうタイプなのに。

 

 特に買うものがないならと、そのまま建物を出る。バス停に向かう途中で次の目的地をスマホで調べる。

 

「どうしよ、神社巡りでもする?」

 

「黒木の素盞嗚(すさのお)神社とか良さげだな」

 

 このあたりだと黒木にある素盞嗚神社などが有名なようだ。大藤が見られるそうなので開花時期を一緒に調べる。

 

「う──ん……大藤の季節が絶妙にズレてる……ここはまた今度行こ」

 

 どこに行こうか悩みつつ二人で話し合う。

 

 話している内にバス停に着いた。取り敢えず近くの有名なお寺に行ってみることになった。次のバスまでは時間があるのでベンチに腰掛けて二人でぼーっとする。

 

 ふと思ったが、こういう時間無言でも特に気まずくならない関係というのは結構レアなのかもしれない。

 

 そう思いながら隣に座る菫を見る。そのタイミングで丁度菫もこちらに振り向き、パチリと目が合う。そうしてお互いに首を傾げていると何かを思い出したかのようにポンと手を叩く彼女。

 

 

「そうそう、ここって夜になるとすごく星が綺麗なんだよね。名前の通り(星野村)

 

 

 ゆっくりとそう切り出しながらなぜか少し言い淀む菫。若干俯いて視線を泳がせている。相変わらず緊張している時がわかりやすいやつだ。

 

 

「それでね、その、せっかくだから今日夜にもう一回来たいなって。一緒に…………来てくれる?」

 

 

 唇をキツく結んでじっとこちらの様子を窺ってくる菫。なぜそこまで緊張しているのか、大したことでもないのに。こんなところまで連れてきたのだから、もっと堂々としていて欲しい。

 

 うっすらと理由を察しつつも一旦思考から追いやる。

 

 

「それくらい、全然いいよ。今更遠慮する必要ないのに」

 

 

 それを聞いてパァッと表情がほころぶ。彼女の背後にブンブンと動く犬の尻尾を幻視した。

 

「じゃあ約束ね。絶対だからね」

 

「わかったわかった。押しが強いな」

 

 ぐいっと顔を近づけてくる菫を押し返していると、向こうからバスがやってくるのが見える。

 

「ほら、バス来たぞ」

 

 ほわほわとしている菫の肩を叩いて意識を引き戻す。そのまま一緒にバスに乗った。2人掛けの席に並んで座りながら次に向かうお寺の情報を調べる。

 

 

 

 そうして夕食の時間までのんびりと八女市を観光するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 途中でお母さん達に連絡を入れつつ、18時半までたっぷりと遊んだ。ずっと動きっぱなしのボク達にお婆ちゃんは目を細めながら「若い子たちはやっぱり元気だねぇ」と呟いていた。違う、今日のボク達が元気すぎるだけである。普段のボク達は割と家の中でダラダラしてばかりだ。

 

 なんだかこの二日で一年分まとめて遊んだような気分である。みんなでご飯を食べながらこの二日を振り返る。

 

 一緒に水族館に行ったこと。イルカショーは楽しかったし、あの時もらったシャチのストラップは鞄に付けてある。チンアナゴちゃんはベッドを占領しているし、お土産のお菓子はお菓子入れにまだ沢山入れられている。

 

 そしてあそこで手を繋いでしまったせいで、一人でいるとき妙に手が寂しく感じるようになってしまった。できることならずっと繋がっていられたらいいのにと思う。

 

 自分がこんなに寂しがり屋だったとは思わなかった。もしこれで振られてしまったらもう生きていけないかもしれない。

 

 依存してしまっているのだろう。良くないことはわかっている。でも、もうどうしようもなかった。うん、全部蓮が悪い。

 

 そんな諸悪の根源たる蓮を見る。すぐ隣で萎縮しながら箸を動かす姿はなんとも情け無い。

 

 今日はお婆ちゃんによって豪華なお刺身の盛り合わせが用意されていた。まぁ、確かに、ほぼ身内とはいえ外部のものがここに参加するのは居心地悪いだろう。

 

「島田くんも遠慮せずに食べていいからね。食べ盛りなんだから」

 

 遠慮してなかなか手を付けられていない蓮にお婆ちゃんがそんなことを言う。ボクは無言で蓮のお皿を強奪すると、目につく蓮の好きそうなお刺身を取り分けた。びっくりして固まる彼の元に再びお皿を戻す。

 

 一連の流れを見ていたお婆ちゃんは目をぱちくりとさせた後しばらくして笑い始める。

 

「相変わらず仲がいいのね」

 

 満足そうに頷いているお婆ちゃんにサムズアップを返し、ボクも自分の食事を再開する。

 

 

「島田くん、学校での菫はどう?」

 

「びっくりするくらい優等生ですね」

 

「ちょっとお婆ちゃん!」

 

 

 黙々とサーモンを食べている内に蓮に絡み始めるお婆ちゃん。慌てて止めようとするも蓮がどんどんボクの話を暴露していく。お母さん達も興味津々に聞き始める。

 

「昔は調理実習で卵を粉砕していたのに、いつの間にかすごく上達してて驚きました」

 

「蓮、怒るよ」

 

「ごめんて」

 

 話さなくていいことを話す蓮に、つい普段より低い声が出る。蓮の癖に調子に乗りすぎだ。後でお仕置きしなくては。

 

 

 そんなやり取りをちょくちょく挟みつつ、終始穏やかに夕食の時間は過ぎていった。その後は蓮と一緒に食後の片付けを手伝ったり、この広い建物を蓮に案内して回ったり。そうして時間を潰している内に八時半。

 

 とうとう()()()が近づいて来たことに体が強張る。うまく誤魔化せているだろうか。最近の蓮はこういった不調はすぐに見抜いてくる。もしかしたらボクの内面なんて全てお見通しなのかもしれない

 

 

 夜に高校生だけで出歩くのは危ないということで、お父さんに車で送ってもらう事になっている。お母さんはお婆ちゃんと一緒にここで待っているそうだ。

 

 緊張しつつも外出の準備をして、みんなで一緒に外に出た。

 

 

 お母さん達に見送られながら蓮と車に乗る。星を見にいくはずなのに、さながら戦場に行く兵士のような気分であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 これから何かありますと言わんばかりにガチガチに緊張している菫を見ると、なんだか小動物を見ているようでつい笑みが浮かんでしまう。相変わらずこういう隠し事は下手だ。

 

 

 …………バレンタインの時は出し抜かれてしまったが、あれはノーカンでいいだろう。

 

 

 背筋をピンと伸ばして顔を強張らせている彼女の手をそっと握る。暗くて見えにくいが、街灯の明かりで驚いたようにこちらを見つめる顔が見えた。

 

 

 以前ならこういう行動は頭の中で痴漢だのセクハラだのと理性が訴えていたことだろう。だがこの二日間で散々手を繋いだことで色々と吹っ切れて、そういった感性はどこかへと消えてしまった。まだ気恥ずかしいのには変わりないが。

 

 

 ぼんやりとこちらを見つめながら手をにぎにぎとしてくる菫。その庇護欲を煽る仕草に一瞬理性が蒸発しかける。

 

 

 そんな僕にお構いなしに、ひとしきり手を弄んだ彼女は満足したのかそのまま背もたれに深くもたれかかる。少し強めに手を握ったままであるが。

 

 

 先程より肩の力が抜けた様子に安心して、僕も彼女から視線を逸らす。このまま見つめていたら恥ずかしさで醜態を晒してしまいそうだった。この暗い中だから、きっと若干引き攣っていた頬には気づかれていないだろう。

 

 窓から覗く景色からだんだんと灯りが減っていく。少しずつ木々が増えていく。

 

 車窓から見える景色をぼーっと眺めている内にいつの間にか目的地に着いたのだろう。車が停まる。

 

 茂和さんにお礼を言って車を降りる。空を見上げると星野村の名の通り、非常に美しい星空が広がっていた。都会の光でごちゃごちゃした空間ではなかなか見ることのできない澄んだ夜空である。

 

 そうして度々空を見つつ駐車場から天文台へと向かう。灯りはあるものの、そこそこ暗い中道を歩いていく。

 

 夜の道は、いろんな意味で昼間とは違って見えた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私は近くにはいるつもりだけど、気にせず二人で遊んでおいで。危ない目に遭ったら大声を上げるんだよ? いいね」

 

「はーい。行ってくるね」

 

 

 天文台に着くなり茂和さんにそう言われる。その厚意に甘えて二人で観測所へと向かう。

 

 夜は昼とは異なり新しくできた方の第二観測室が開放されるようだ。こちらは現九州最大の望遠鏡が設置されているのだとか。

 

 観測所へと入ると昼間よりも多くの人が集まっていた。昼に見たスタッフとは別の人が望遠鏡を動かしながら解説をしている。

 

 今は星座に関する解説が行われている。

 

 かの有名な北斗七星、そしてうしかい座のアークトゥルス、おとめ座のスピカ。これらを結んだ曲線を春の大曲線というらしい。そういったちょっとした星座の話などが聞こえてくる。

 

「おとめ座がデメテル……うーん……」

 

「なんとなくfg○のデメテルには似てる気がしなくもない」

 

「たしかに」

 

 周りの邪魔にならないように小声で話しつつ、解説に従って星を眺める。こうして見ると過去の人はすごい。解説をされれば確かにわからなくもない。しかし彼らは何もない状態からこの星々に名前と物語を与えたのだ。

 

 スケールの大きな話は置いておいて、天体望遠鏡を丁度覗くことができる順番になったため菫と一緒に望遠鏡を覗いて見る。今が見頃らしいボン・ブルックス彗星というものだそうだ。七十年周期で太陽を回っているらしい。

 

 そういった難しい話はどうせ菫が覚えているだろう、彼女に全部任せて僕は大人しく星の綺麗さだけを考える。

 

 巨大な望遠鏡で見た星は大きくハッキリとしていた。星ごとに色が違っていて面白い。

 

 

 そうして有名で光度の高い星をいくつか見た後観測所を出る。人が多かったが昼とは違う様々な星が見られて菫は満足そうだ。

 

 

 プラネタリウムは昼にもう見たのでこれからどうしようかと思っていると菫に手を引っ張られる。

 

 

「車に荷物積めるしせっかくだから何か買っていこうよ」

 

「結局買うのか」

 

 

 やっぱり昼間は欲しいのを我慢していたらしい。昼にチラリと見たところ宇宙食や宇宙っぽいものが沢山販売されていた。菫が興味を引かれないわけがない。

 

 案の定お土産コーナーに行くや否や宇宙食カレーをカゴに入れる菫。流れるような動きだった。

 

 ワラスボのインスタントラーメンにドリンク、etc。取り敢えず目についた風変わりな品物を買っていくらしい。こういう時買うのが食品ばかりなところも菫らしい。彼女の物がない私室がそれを物語っている。

 

 と、そんなことを思いながら二人でお土産コーナーを回っていると、まるでお菓子でも買うかのように、一切の躊躇いなく天体望遠鏡をカゴに入れる菫が見えた。そんなものまで買うつもりなのか。

 

「って、いやいやいや。それはいらないでしょ」

 

「いる」

 

「いらない。戻してきなさい」

 

「蓮のバーカ」

 

「なんだァ? てめェ……」

 

 プイッと顔を背けて頬を膨らませる菫。あざとい。カゴを守るように後ろに隠している。いや、やはり天体望遠鏡はいらないと思う。

 

「絶対持ってても使わないでしょ」

 

「使う使わないの問題じゃないんだよ。蓮はわかってないなぁ」

 

 ちっちっち、と指を左右に動かしながら彼女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。少しイラッとしつつも、直後、真剣な顔をするのを見て文句を飲み込んだ。

 

 

「こういうのはね、形に残すことが大事なんだよ」

 

 

 そう言いながら急に寂しそうな顔をする彼女に言葉が出てこない。なぜそんな顔をするのか。そんな僕を置いて彼女は続ける。

 

 

「なんだっていい。でも、天体望遠鏡なんて絶対無くさないし、こんなインパクトのあるものなら一生忘れないでしょ?」

 

「まぁ、そうだな」

 

「またいつか、大人になった時に、これを見て今を思い出せたら…………すっごく楽しそうじゃない?」

 

 

 そんなことを言う菫に、これ以上の文句を言う気にはなれなかった。ただ、

 

 

「それなら、僕も半分出すよ。一緒に買った方が思い出になるだろ?」

 

「……!! うん!!!」

 

 

 それを聞いた菫の顔が一気に明るくなる。どうせなら全額僕が出したいところだが、絶対菫は許してくれないだろう。彼女は昔からやたら奢りだとかそういうものを嫌っていた。奢ろうとしてくることはよくあったが。

 

 スキップでもしそうなくらい軽やかな足取りでレジに向かう彼女。そんな彼女に連れられて一緒に会計を済ませる。今日一の嬉しそうな顔に、なんとなく胸がムズムズした。言葉を間違えなくてよかった。

 

 

 えへへ、とだらしなく笑っている彼女から荷物を奪い、僕が持つ。結構な量になってしまったので彼女に持たせておくのはなんだか落ち着かなかった。

 

 そんな感じで建物から出る。外に出ると途端に真っ暗だ。これだけ明かりが少ないからこそ星野村と呼ばれるのだろう。空を見上げるとやはりいつも見るものとは違いキラキラと輝いている。

 

 

 不意に、こちらをじっと見つめる菫と目があった。

 

 

「ねぇ、あっちに開けたテラスがあるんだけど、最後に見に行かない? 綺麗に一面に星が見えて好きなんだよね、あそこ」

 

 

 そう言ってニコリと笑った彼女は僕の返事を聞く前に手を取って歩いていく。

 

 引っ張られる形になった僕は急いで歩き、隣に並んだ。

 

 

 

 虫の声がほのかに聞こえる静かな暗闇のなか、お互いに無言で歩いていく。風に木々が揺れる音がやけに響いて聞こえた。

 

 観測室の側面の坂から上に登っていくと、そこには確かに開けたスペースがあった。転落防止の柵に寄ってみると、視界を遮る物がなく、下を見下ろせば真っ暗な中木々が広がっている。

 

 余計な光も遮蔽物もないその景色は、とても綺麗だった。菫のお気に入りだというのも頷ける。ふと、景色を見ている僕の視界を遮るように、菫が前に躍り出る。

 

 

 風にさらりと揺れる髪が月明かりを反射している。こちらを振り返って笑みを浮かべた彼女は、唯一灯りのついているベンチへと手を引いていく。小さな木のベンチに腰掛けるとぎしりと小さく二回の軋みを上げた。

 

 

 並んで腰掛けながら、しばし沈黙の中を過ごす。二人でのんびりと夜空を眺める。

 

 

 何分、何十分そうしていただろうか。

 

 

 

 ──────────気がつけば夜空から外れた視線が、二人の間で絡まり合っていた。

 

 

 

 熱を孕んだ吐息。儚げに細められたその目がじっとこちらを見つめている。

 

 ゆっくりと彼女は口を開く。

 

 

「ねぇ……私ね……」

 

 

 もうとっくに、その続きの言葉はわかっていた。二日前から。いや、もっと、ずっとずっと前から、目を逸らし続けていただけで、心の奥底ではわかっていた。

 

 

 だからこそ、僕も人生で最初で最後の()()()()()()

 

 

 言葉を途切れさせた彼女は、一度目を閉じる。何かを思い出すように、それに浸るように。

 

 

 ゆっくりと目を開いた彼女は、意を決したように、再び口を開いた。

 

 

「私は…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ好きになったのか、どこを好きになったのか。それを言えと言われたら難しいものがある。気がつけば好きになっていた、そうとしか言いようがない。

 

 しかし、何度かドキッとした場面もある。

 

 中学一年生の頃だったか。二人で一緒に歩いていた時、ボクは横から来る自転車に気付いていなかった。そのまま危うく衝突しそうになっていたところを、彼が咄嗟に抱き寄せて庇ってくれたのだ。ごく自然に肩に手を回して、そっと止めるように。普段鈍臭くて、ちょっと触るだけで挙動不審になる癖に。ああいう時だけ混じり気のない心配を向けてくるのはズルいと思う。あれが初めて彼を意識した時だったか。

 

 いや、ボクがインフルエンザで学校を休んだ時だろうか。冷感シートとポカ○スエットを買って来てくれて。「安静にしろよ」とだけ言ってそっと帰っていった蓮。LIN○で『ありがとう、後でお金返す』と言ったら『他にも欲しいものあったら言って。あと、お金は別にいい』と返ってきた。今でもよく覚えてる。お金は結局返させてくれなかったから、その年の誕生日プレゼントを少しだけ豪華にしたことも覚えている。

 

 

 普段結構適当に扱ってくるくせに、突然優しくしてくるのだ。すごく、ずるい…………。

 

 

 他にも色々なことがあった。小さなことが沢山重なって、気がつけば彼のことが………………。

 

 

 私は、もともと私に強い関心を寄せて来る人が苦手だった。下心を隠そうともせず、下品に笑いながら話しかけて来る男子も、直球で好意を伝えてきて、交際を申し込んでくる男子も。正直なことを言うと怖くて怖くて仕方がなかった。前者は気持ち悪くて嫌だったし、後者は別の理由で苦手だった。

 

 前世の影響か、私は失望というものに酷く敏感だった。よく私を知らずに私に好意を伝えて来る人たちは、私に失望する可能性が最も大きな人たちだ。だから苦手だったのだろうか。今となってはよくわからない。

 

 でも蓮は、ただただ側に居させてくれた。必要以上にこちらを気にすることもなく、かと言って無関心というわけでもなく。

 

 当たり前に側に居て、話したい時に話し、遊びたい時に遊ぶ。そんな、まるで家族のような距離感がとても心地よかったのだ。

 

 やっぱり、好きになるべくして彼を好きになったのかもしれない。

 

 

 

 だから………………

 

 

 

『好きです。あなたのことが……ずっと、好きでした』

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、言おうとした口は、気がつけば手で塞がれている。蓮の手によって。口に出るはずだったその言葉は、寸前になって喉元で消える。

 

 

 一体何が起きたのかわからない。頭が真っ白になる。そのまま数秒固まる。

 

 

 蓮によって、これだけ頑張った告白を、邪魔されたのだ。

 

 

 だんだんと理解が追いついてくると、目から涙が溢れ出してくる。止めようとするが止まらず、ぼろぼろと次から次に溢れてくる。

 

 

 大事なところで、今なんでこんなことを……ひどい…………一生の勇気を振り絞ったのに。

 

 

「……ッ! なんで……ッ!!」

 

 

 嗚咽混じりに文句を言おうとした私を手で制す彼。私の口から手を離した彼は、真剣な眼差しでじっとこちらを見つめて口を開く。

 

 

「いつも、受け身だったからさ。今くらい、僕に譲ってくれよ」

 

 

 その言葉の意味がわからない。なんで邪魔されたのか。

 

 蓮の眼を見て、思わず息を呑む。ここまで熱を持って私を見てくれたことなんて今までになかった。

 

 

 そうして、一拍置いた蓮は、私の目を力強く見つめて

 

 

 

「ずっと、ずっと昔から。出会った時から、君のことが好きだった。今までずっと逃げてきたけど、もう菫以外の人間なんて好きになれない………………こんなどうしようもない僕だけど。どうか………………僕と付き合ってください」

 

 

 

 そう、ハッキリと言ったのだった。

 

 

「あは、は……なに、それ……ずるい……ずっと、私から言うつもりだったのに」

 

 

 感情がとめどなく溢れてくる。この気持ちが抑えられない。切なくて、胸が締め付けられて、もう、我慢ができない。

 

 

 勢いよく蓮の胸に飛び込む。一瞬だけよろけた彼はそのままぎゅっと抱きしめてくる。

 

 

「私も、好き。大好き」

 

 

 そうして、やっと、その想いを、言葉にすることができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく抱き合って、お互いの存在を確かめ合った。

 

 初めて抱きしめられたその感触は、私の求めて止まなかったもので、ずっとずっと、このままでいられたらいいのにと、そう思わざるを得なかった。

 

 

 でも、まだ言わないといけないことがある。

 

 

「あの、ね」

 

「うん。どうした?」

 

 

 胸元から顔を上げた私を優しげに見つめてくる彼に胸がチクりと痛む。

 

 

「まだ、言ってないことがあるの」

 

 

 煮え切らない言葉で言い淀む私をゆっくりと待ってくれる蓮。少しずつ言葉を探しながら思考を整理していく。

 

 言うことは決めていたはずなのに、蓮の突然の行動のせいで全て頭から抜け落ちてしまった。でも、しないといけない。罪の告白を。ずっとずっと隠してきたことを。

 

 

「実は私、すっごく悪い人なの」

 

「…………」

 

 

 ポツポツと、自白していく。今までのことを懺悔するように。それを蓮は黙ってじっと聞いてくれる。

 

 

「本当はね、最初は蓮の人生をめちゃくちゃにしてやろうと思って近づいたの」

 

「………………うん!?」

 

 

 ずっと抱いていた後ろめたさを曝け出す行為に、少しずつ涙が溢れてくる。胸がズキズキと痛む。思い出すのは昔の私。一ミリも蓮に対する感情なんてなくて、ただただ利用するつもりで近づいたあの時。

 

 

「幼稚園の頃のこと覚えてる? 蓮にずっと纏わりついてたの。本当はね、虐められている君を見て、これなら簡単に騙せそうだなと……簡単に依存させれそうだなって思って近づいたの」

 

「…………」

 

 

 話していくうちにゆっくりと顔が俯いていく。蓮の沈黙が怖い、彼の表情を確認するのが怖い。顔を、上げられない。

 

「騙して、依存させてしまえば、将来こき使えていいなって。そうやって一生私に貢がせようと思ってた。幼稚園の頃だけじゃない。小学校でも、そうだった」

 

 当時の私の考えは、今思い返して見るとあまりにも酷いものだった。自分本位で汚らわしい本心。それを自ら打ち明ける。

 

「これも、ずっと黙ってたけど、実は、私、性自認は男だったんだ。だから、早いうちに君を奴隷にしちゃえば、いい男避けになると思って」

 

「……なるほど」

 

 ただ一言だけ発した蓮に心臓が跳ねる。肩が勝手に震える。ずっと幼稚園の頃から、10年以上隠してきた内心の吐露は、思っていた数十倍重く私の胸にのしかかった。いまだに蓮はまともに話さない。一体何を考えているのかわからない。

 

 

「ね? とんでもないクズでしょ? それに、私、蓮が思ってるような女の子じゃない。男の子なんだよ。ごめんね……こんな私で」

 

 

 そう、言い切ってぎゅっと目を瞑る。言えることはもう言い切った。あとはもう、断罪を待つのみだ。

 

 しばらく、沈黙が支配する。一分か二分か、一言も発さない蓮に、次第に胸の中を絶望が満たしていく。そんな時、ようやく蓮が話し始める。

 

 

「…………情報量が多すぎて理解が追いつかないんだけどさ、結局のところ今お前は僕が好きで、僕もお前が好き、それは変わらないんだよな?」

 

 

 そして、そんな蓮の口から出たのは当たり前の確認であった。私が今更彼を嫌いになれるわけがない。それがなんだというのか。

 

 

「……それは…………うん」

 

「なら、それでいいんじゃないか? 結局今僕を好きでいてくれるならそれでいい。今更そんな昔のこと持ち出されてもよくわかんないし。昔からお前が天才だったってことはよくわかったけど」

 

 

 優しい声音で、そう言いながら俯く私の頭をゆっくりと撫でてくる。その手つきに、思わず一瞬で屈しそうになる。だが、10年以上隠してきたこれをそんな言葉で済まされていいわけがない。

 

 

「……でも!」

 

「でもじゃない。てか今更そんな理由で振られたら逆に恨むぞ? もう生きていけないんだけど。お前が僕の性癖捻じ曲げまくったせいで、もうお前以外をまともに異性として見れないんだよ…………申し訳なく思ってるならむしろ責任取ってくれ」

 

 

 突然私の顎に手を添えて強引に顔を上げさせると、真剣な眼差しで私の目を覗き込んでくる蓮。そんな様子に、本気だと悟った私は流石に敗北を認めるしかない。

 

 

「うっ…………」

 

 

 再び蓮の胸に顔を埋める。そんな私を抱きしめて頭を撫でてくる蓮。

 

 

「いやぁ、ほんと。今更幼稚園のことを気にしてここまで話すのなんてお前くらいだよ。そんな昔のこと気にするわけないじゃん。大事なのは今」

 

「…………」

 

 私も無言で彼の背中に手を回して抱き返す。

 

 

「まぁ、性自認云々は初耳すぎてびっくりしたし実感湧かないんだけどさ。どっちにしてもお互いに好きなら関係ないし、実は男だとか言われても、僕からしたら結局菫は菫だよ」

 

 

 一番のコンプレックスだったそれをあっさりとスルーした蓮に少し驚いてしまった。でも、蓮らしいなとも思った。そんなことを深く考えるような性格でもない。

 

 というか、私が逆の立場だったとしても同じことを言ったのかもしれない。なまじ生まれてから抱いてきたものだったため認識が歪んでいただけで、私が考えすぎだったのだろうか。

 

 

「取り敢えず、僕はお前がなんと言おうともう逃すつもりはないよ。いや、僕のことが嫌いになったっていうなら潔く諦めるけど。もしその、性自認云々についても、何か辛いことがあったらいつでも吐き出して欲しい」

 

 

 一度、顔を上げて向かい合う。涙で蓮の服がぐちゃぐちゃだ。あとでお父さんに揶揄われてしまうかもしれない。帰る前に乾かさないとな、とそんなどうでもいいことを考える。それくらいは余裕が戻ってきた。だから、ちょっとした意地悪な質問を投げかけてみる。

 

 

「ねぇ、もし私がさ、本当に、この体が男だったら。君はそれでも私を好きになってた?」

 

「うーん…………それはどうだろ。わかんない……」

 

「もうっ! そこは嘘でもそうだよって言うとこでしょ!」

 

「ご、ごめん」

 

 

 妙なところで正直な蓮に思わず笑ってしまう。でも、それなら、この体に生まれて、女の子に成れてよかった。

 

 

 前世を否定するこの体がずっと嫌いだったけれど、君が好きだって言ってくれるなら、ようやく私も、私が好きになれそうだよ。

 

 結局、昔蓮が言っていたように、TSした私は堕とされてしまった。心も体も女の子にさせられて………………これは一生をかけて責任を取ってもらわないとだね。

 

 

 心の底から笑顔を浮かべて蓮を見つめる。見惚れてしまったのか、それを見て固まる蓮。

 

 

 その唇を不意打ちで奪う。

 

 

 ファーストキスは、涙のしょっぱい味がした。

 




はい。菫が完堕ちしたのでこれで完結です。何故わざわざこんな面倒なお泊まり会をしたのか、かなりしょうもない菫らしい理由です。後日談で少しだけ書く予定。

実は最序盤で「直球165キロの超王道」というコメントを読んでからとにかく王道を突っ切っていました。見切り発車で始めた小説ですが、なんとか完結させられて安心です。そして最後の方何度も更新を空けてしまい申し訳ありませんでした。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました! よければこの後投稿していく後日談、番外編でもよろしくお願いします。
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