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合宿2日目。
阿鼻叫喚。
合流したB組が「もはや可愛がり…」と溢す集中訓練の様はそんな様相を呈していた。
洞窟の暗がりからは絶えず叫び声が聞こえ、土山を登ると転がり落ちるを繰り返し、沸たぎる湯に漬けられた者、吐きそうになりながら食べ続ける者等々。
そんな中、一花は“土流“で造られた足場で“感情支配“による感覚強化の連続使用、一定時間耐久などの訓練をするーふりをしていた。
体育祭準決勝対轟戦で見せた個性の使い方。
本来恒常使用可能なものであるが、あれを未完成の技術として申告したのである。
相澤からは初日のテストで手を抜いていたことを詰められたが、まだ調整ができない、入試や体育祭のように短時間で勝負が決まる場面でないと発揮できないと言い逃れた。
ラグドールの“サーチ“を掻い潜るために認識阻害の個性をかけて臨んでいる一花はその能力を逆水増ししていた。能力どころか氏名からして偽りである。
態とできないフリをするのはそれなりに神経を使うが、そこは才能と技術と意地である。
夕方、ふらふらになるまで扱かれた生徒達はカレー作りに勤しんでいた。
蛙吹や爆豪のように全く問題のない者もいれば、あまり料理経験のない者もいる。
比較的体力に余裕があってそれなりに料理のできる一花も、簡易かまどと水場を忙しなく動き回っていた。
「八百万さん、米を研ぐのに洗剤は使わない。ああ、いや研ぐと言っても
ちょうど芦戸が火が欲しいと轟を呼んだので彼には着火係に回ってもらい、四苦八苦しながらカレーを作り終えた。
「いただきまーす!」
鍋を丸ごとテーブルに置いて、あとはご自由に形式だ。
育ち盛り食べ盛りの高校生男子たちはもちろんのこと、訓練で空腹を抱えていた皆でカレーをかき込む。
「ヤオモモがっつくねー!」
その嫋やかな風貌に似合わず食べる八百万の個性“創造“は脂質を変換して創造するため、沢山蓄えるほど沢山出せるらしい。
瀬呂がそれに「うんこみてえ」と言ってしまい、ショックを受けた八百万に代わり耳朗に殴られていた。
「今のは瀬呂君が悪いよ」
和やかや夕食。
程よく腹も満ち皿を下げた頃、一花はカレーを持ったままどこかへ行こうとする緑谷を見つけた。
「緑谷君どこ行くの?」
「カレー洸汰君に持って行こうと思って。食べてないみたいだったから」
「じゃあ、私も付き合うよ。飲み物も持って行こうか」
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洸汰は独り、いつものひみつきちで膝を抱えていた。
何をするわけでもなかったが、マンダレイも知らない、一人になれる場所。
もうすっかり暗くなって、空には都会じゃお目にかかれない満点の星がきらめている。
ぐうー…とお腹が鳴った。
空腹ではあったが、騒がしい下に戻る気にもなれない。
「お腹すいたよね?これ食べなよ」
誰も来ないと思っていたところに声をかけられて、思わずびくりとする。
「飲み物も持ってきたよ」
カレーとお茶を差し出すのは、ヒーロー志望の高校生たちだった。
もっさりとした地味めな男と、白い髪の綺麗な女。
「いいよ、いらねえよ。言ったろつるむ気などねぇ。俺のひみつきちから出ていけ」
ぎろりと睨みつけるが、二人は動じない。
男の方に両親を言い当てられて、ぐっと奥歯を噛み締める。
「馬鹿みたいにヒーローとかヴィランとか言っちゃって殺し合って、個性とか言っちゃって…ひけらかしてるからそうなるんだ、バーカ」
男の方はまだグダグダ何か言ってきた。
「うるせぇズケズケと‼︎出てけよ‼︎」
怒鳴りつければ男の方はしゅんとした。
今度は黙っていた女の方が近づいてきて、しゃがみ込む。
近いけれど、手の届かない距離で女は問いかけてきた。
「君はヒーローが嫌いかい?」
「嫌いだ」
「じゃあ、お父さんお母さんのことも嫌いかい?」
「っ…!きらい、だ!」
「どんなところが嫌い?」
「どんな、って…!さっきも言ったろ!ヒーローなんかやってるから、力ひけらかしてるから、死ぬはめになるんだ!それから…!」
「それから?」
両親が亡くなったのは、洸汰が3歳の時だ。
写真で顔を見ることはできるけど、記憶はどんどん薄れて行く。
もう、ほとんど覚えていられない。
「う、うるせえ!さっさと出てけよ‼︎ヒーローになりたい奴なんかと話す気ねえ‼︎」
返ってきたのは沈黙でも、叱責でも、痛ましげな視線でもなかった。
「私は別にヒーローになりたいわけではないよ」
「は?」
「黒衣さん?」
思ってもみなかった返答に、洸汰と緑谷は思わず聞き返していた。
「私は“ヒーロー“という職業に就きたいわけじゃない。“
「守りたいもの…?」
何の関わりもない、これからも関わることのないだろう通りすがりの高校生。
それなのに、何故か無視できない。
「未来を」
たったひと言。
真っ直ぐに見据えた瞳はあまりに鮮烈、あまりに凜然としていて、目が離せない、聴き入ってしまう。
惹かれてしまう。
「大切な者たちが、飢えず、乾かず、凍えず、脅えずに過ごせる未来。私はそれを守りたい。その為に闘う。その為に死にに行く。顧みられずともいい。忘れ去られてもいい。君のお父さんお母さんが君を愛していたのなら、私は少しだけ彼等の気持ちを理解できる。遺して逝く者の最後の願いなんて、いつだってただ一つさ」
「願い…?」
「『どうか幸せになって』」
洸汰、ともう居ないはずの母の声が聞こえた気がした。
「臆病でもいい、弱虫だって泣き虫だって。君が君でさえあってくれれば、君が生きて幸せになってくれれば、それでいい。勝手に置いて逝ったくせにと思うだろう。そうだね。
洸汰の目にぶわりと涙が浮かぶ。
「君も、周りの声なんて気にする必要はない。君は悲しんでいい。寂しいと言っていい。何で一人にしたんだと、置いて逝ったんだと嘆いていい、君はお父さんお母さんの死を称賛する連中に、ふざけるなと怒っていい。君の
言ったとも。
何でそばにいてくれなかったの?
何で他の人を守って死んだの?
何で1人で置いて逝ったの‼︎
返ってくる言葉はいつだって同じだ。
「そんなことを言うものじゃない」「君のご両親は立派なヒーローだった」「名誉なことだ」
「君もお父さんお母さんのように」「強い子になりなさい」「立派な人になりなさい」
マンダレイだって、優しいのはわかってる。気をつかわれてることも。
でもヒーローだ。自分の仕事を否定される言葉全部は認めてくれない。いつもやんわりと、嗜められる。
洸汰の中で渦巻く感情は、行き場所を失っていた。
「洸汰君」
溢れそうになる涙を我慢して引き結んだ唇では悪態も吐けず、ぐっと堪えて睨むように顔を上げる。
片方の瞳だけが若草色に染まっていた。
春先に芽吹いた若い草の冴えた黄緑色。
母と歩いた日差しの暖かさ、抱かれた胸の柔らかな温もり、包み込むような愛情を湛えた優しい瞳。
姿形の全く違うはずの相手に、母の姿が重なって見えた。
(ママ…!)
一度決壊してしまえば、止められはしなかった。
「おいで」と広げられる腕に飛び込んで、受けとめられたその胸に縋っていた。
「あぁ…うわああああぁ…‼︎」
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。
泣いて叫いて、燻ってた思いを吐き出して。
「泣きたい時に泣いて、怒りたい時に怒って、笑いたい時に笑いなさい。守られる者の特権だよ」
しゃくりあげながら、抱き上げられゆっくりと揺られて、背中をトントンとされる内、だんだんと瞼が重くなってきた。
「たくさん泣いて怒って、少し心が軽くなったらでいい。顔を上げて周りを見てごらん。君を救い上げてくれる人がきっといる。大丈夫、君はちゃんと愛され守られる側だ」
じゃぶじゃぶと沐浴のように少しづつ、ひび割れた心に清涼な水が染み込むように浸透して行く。
既に亡くしたはずの心地よい暖かさに、次第に洸汰は意識を手放していた。
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泣き疲れて洸汰はすっかり寝息を立て始めていた。
洸汰を抱き抱えながら、一花は揺籠のようにゆっくりと身体を揺らし、優しく背を叩く。
「悪いね緑谷君。カレー折角持ってきてもらったのに」
「ううん、いいよそんなこと」
冷めてしまったカレーは、後でラップでもして保存してもらうとしよう。
「すごいね、黒衣さんは。僕なんか、全然、何を言ってあげたらいいのか分からなくて…」
「私はちょっとガス抜きをしただけだよ」
道中、緑谷から聞いた洸汰の話。
彼はヒーローだった両親をヴィランに殺されていた。
ヒーローもヴィランも、戦場に立つ以上死ぬのも仕事のうちだ。
けれどもその死は周囲に影響する。
いつだって、割を食うのは力のない弱い子供だ。
そしてその一端を、ヴィランとして担ってしまっている自覚はあった。
これまで手にかけてきた者たちの中にも、小さな子供がいた親であった者もいただろう。
彼らとて、もしかしたら家では良い親で、そうでなくても子供にとっては唯一無二であったかもしれない。
一花は親というものを知らない。
顔も名前も知らない相手は、初めからないも同じ。
だから彼等の痛みを完全に理解する事は出来ないのだろうけども、怨まれるのは覚悟の上。
それでも、今は止まれやしないのだ。
「私はこういう個性だからね」
「人の心を救える、とても優しい個性だと思うよ」
「そんな大層なものじゃないさ。ただのその場凌ぎ、根本的な解決になんか成りはしない」
眠る幼子をそっと撫でる。
「黒衣さん…でも、きっと、キッカケにはなると思うんだ。怒りとか、恨みとか、悲しみとか…ひとつの気持ちに囚われて、前に進めない人には…前に進むのに、背中を押せる、そんな力だと思う」
上手く言えないけど、ともごもごする緑谷に一言礼だけ告げて、一花は「戻ろうか」と身体を起こし、洸汰を抱え直す。
「あ、僕が抱っこするよ」
「大丈夫だよ」
「でも、カレーと飲み物の方が絶対軽いし…」
「いいよ、俺が運ぶから」
「「先生」」
暗がりからぬっと現れたのは、相澤だった。
「お前らがいないって峰田が騒ぎ出してな。まあ、お前らのことだから心配はしちゃいないが、放っておくわけにもいかんからな、一応」
峰田のことだ、年頃の男女が黙って二人で夜にいなくなったからと下衆の勘ぐりでも働かせたのだろう。
「彼も懲りませんね…」
「本当にな」
相澤も苦々しく頷く。
眠る洸汰を起こさないようにそっと相澤へ託す。
既に守るものを定めてしまっている以上、天秤の傾きは変わらない。
救えるモノには限りがある。彼を守り慈しむ側には己は立てない。
けれども泣く子を目の前にすれば、この先彼の未来が穏やかであれと願わずにはいられなかった。
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一花
どうしたって遺して逝く側。奪う側でもある。
心の隙間に入り込むのは悪だけではない。
出久
一瞬驚いたけど守る為にヒーローを目指してるんだと解釈。(言葉に嘘はないので)
翌日轟とも話して、自分は言葉では無理でも行動で示せるようになろうと決意。
洸汰
ちょっとガス抜き。
翌日、自分のヒーローを見つける。
今回もお読みいただきありがとうございました!