一輪花の咲くまで   作:No.9646

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今回は平和です。


27話 ヴィランアカデミア①

 

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紳士の朝は早い。

現代の義賊、ジェントル・クリミナルこと飛田弾柔郎は紳士であれと常日頃から心がけている。

紳士たるもの身嗜みに気を配るのは当然。

起床し、顔を洗い自慢のカイゼル髭と髪を隙なく整える。

シワのないシャツにスラックス。ブラウンのベストならタイは臙脂が良いか。お気に入りの薄紫も捨てがたい。それとも遊び心を入れてみるか。

本日の紅茶はイングリッシュブレックファースト。ミルクの気分の時はティンブラも捨てがたい。

お湯を沸かし、ポットとカップを温めておく。

湯を捨てたポットへ茶葉を入れ、沸騰した湯を注ぐ。コポコポと落ちる水音もまた心地良い。

蓋をしてしっかり茶葉を蒸らす。ここで急いてはいけない。紳士はいつだって余裕を持っていなければ。

時間を測り待っている間もまた良いものなのだ。

茶葉が蒸れたらスプーンでひとかき。中を均一にならしてカップへ注ぐ。

「ふむ。良い香りだ」

鮮やかな水色と香りを堪能していると、上から降りてくる物音がした。

「おはようジェントル。今日も素敵だわ」

「おはようラブラバ」

今日の朝食はホットサンド。

残り物のゆでたまごと玉ねぎのみじん切りをマヨネーズ、胡椒、からしで和えた飽きのこない定番。

辛味が苦手なら粒マスタードや本からしでもいいが、和からしのこのピリリとした辛味がアクセント。

中途半端なアボカドも使ってしまおうと、冷蔵庫から取り出す。

変色を防ぐためにオリーブオイルを塗ったアボカド、生ハムとクリームチーズを一緒に挟めば色鮮やか。

濃厚なねっとりとしたアボカドに塩気の効いた生ハムとクリームチーズのハーモニーもまたハズレがない。

パンに塗るマーガリンは食材の水分をパンに染み込むのを防ぎ食感を守ってくれる。

こんがりと焼けたパンの芳ばしい香り。

後は葉物とスライスしたトマトでも添えれば、優雅な朝食の完成だ。

「おはよう」

少しすると実質オーナーである葬がやってきた。

先日ニュースを賑わせた悪の帝王の娘。

ジェントルに転機が訪れたのは2年ほど前だった。

噂になり始めていた連続殺傷犯を従えた葬にスカウトを受けたのだ。

尤も、実質「はい」か「YES」の2択だった記憶しかないが。

手も足も出せずに殺人鬼に抑え込まれた時は恐怖のあまり年甲斐もなく粗相してしまったのは秘密だ。

ラブラバが住所割って訪問してきた時とは別種の生命危機への恐怖だった。

それからは得られる情報の質が跳ね上がり、指示通りに動けば動画の内容はチンケな迷惑行為から摘発されていない非人道的な悪の組織を叩く正しく義賊らしいものに変わった。

今ではこうして拠点を任されるまでになっている。

突然免許取ってこいと専門学校に押し込まれたのには驚いたが。その間の生活も学費も開店資金も経費扱いと至れり尽くせりの好待遇。

殺人などのガチでやばい仕事までは回してもらえないし回されてもそれは嫌だが、その辺りは手慣れた人員で十分補っている。

巷で名を馳せるヒーロー殺しとだって対等な同僚だ。

彼とは年も近く同性の同僚で、過去ヒーロー志望で高校中退と共通点が多かった。

話しかけてもあまり相手にはしてもらえないのはきっと気のせいだろう。

そうとも、作戦の時はちゃんとオペレーターとして頼りにされているとも。

ジェントルには夢がある。歴史に名を残す偉大な人物になること。しかしその夢は一度潰えた。

学生の頃にはヒーローを目指していた。4度も仮免試験に落ち、自主退学を進められるほどの落伍者であった。

18歳の卒業間近、ビルから落ちた清掃作業員を助けようとしてヒーローを妨害、結果その人は重傷を負い、自身も公務執行妨害で逮捕、退学、一家離散の憂き目を見た。

ある事がきっかけで再度夢を叶えようと足掻くも、鳴かず飛ばず。いや、大事なパートナーを得た事は僥倖であった。

動画の方は少し前からすっかりステインにお株を奪われてしまったが。

しかも本人投稿でなく転載。そこはちょっと悔しい。

けれど動画投稿は今や二の次。

ジェントル・クリミナルは弱きを救け強きを挫く義賊。

そしてヒーロー殺しと並んで葬を守る盾である。

今や彼女は次代の裏社会の君臨者候補、そして我々は若き女王を守護する剣と盾。

実に輝かしく昂然たる響き。

軌道に乗っている今、そして未来のため日々の生活を擬態するのも欠かせない。

葬にも遅めの朝食を出し、ジェントルはラブラバと共に支度の続きにかかる。

昨日閉店時の在庫確認で不足しそうな食材の下拵え、スープの仕込み、サイフォンのセット、テーブルチェックなどなど。

作業をしていれば次第に従業員役の者も出勤して来た。

皆で一通りのルーティンワークを終え、出入り口にかけたプレートを『close』から『open』にかえる。

喫茶『Gentle』開店である。

 

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先日のヒーロー達との邂逅後、葬は彼らの動きに注視しながらも通常業務に戻りかけていた。

アレから、治崎たち死穢八斎會はほぼお咎めなしとなった。

『おい、どうなってやがる。お前何かしたのか?』

一時は拘留されたが数日のうちに釈放されたらしい。当の本人たちが困惑していた。

「心当たりがないわけじゃないけど、私はまだ何もしていないよ」

『…サツ共が帳場を持ってかれたとぼやいてた』

「そう」

声の温度が一段下がる。

疑惑が更に強まった。余程葬の件を表に出したくないらしい。

治崎との通信を終えると、目の前にスッと紅茶を淹れたカップが差し出される。

「どうぞ」

銀髪を丁寧に撫で付け、カイゼル髭を蓄えた店主であった。

英国風アンティーク調で誂えられた店によく似合う、紳士然とした風態の男である。

純喫茶『Gentle』。

ここは葬が拠点の一つとして用意した場所だ。

表向きは希少な紅茶を味わいながらゆったりと寛ぎの時間を提供する紳士淑女の憩いの場。

紹介があれば商談密談にも使える個室あり。

そしてマスターを務めるのが自称現代の義賊、怪傑紳士ジェントル・クリミナルである。

彼は元は犯罪動画を投稿する迷惑な小悪党でしかなかったが、それなりの年月を逃げ果せる手腕と緻密な計画性に目をつけた葬が相棒のラブラバこと相場愛美と共にスカウトした。

ジェントルは、主に作戦参謀兼陽動役だ。

葬の情報網と彼の計略をもって行動ルートや実行タイミングを算出し、さらには葬たちが事を構えるときは近辺の逆方向で少しばかり派手なヴィジランテ活動をして陽動役を担っている。

拠点経営にあたり同一人物とされないように根回しはしているが。

「本日の茶葉はようやく手に入れましたゴールドティップスインペリアル!鮮やかで美しい水色、芳醇な香りとふくよかな余韻、その希少性から正しく幻の紅茶の名に相応しい逸品!」

「こだわりも素敵だわジェントル!」

相棒のラブラバはGentleでウェイトレスをしながら、彼を支えている。

彼女は以前のジェントルの動画を見てからの熱狂的なファンで、動画のIPから住所を割って押しかけたほど。独学ながらハッキング技術には目を見張るものがあり、電脳上での情報収集やサポートに心強い存在だ。

「貴重なものをありがとう」

カップを手に取れば、透き通った水色の紅茶の香りが絡まった思考を解いてゆき、ほうと息を吐く。

「ところで、険しい顔をされて何事かお悩みですかな?」

「兄さんの事でちょっとな。まったく…年上なのにうちの子たちより手がかかるんだ…」

葬は誤魔化すが、あながち全部が嘘でもない。

黒霧が捕まったらしい。

らしい、というのも、弔からの連絡がないのだ。連絡が取れたのは治崎達との顔合わせの時が最後。

黒霧は敵連合の要と言ってもいい。

個性“ワープゲート“による移動手段、物資や資金管理、生活面を含めた弔の補佐役。

そんな黒霧が捕まったというのに、弔からは何の連絡もない。

これは何かしらの作戦の内という事なのか。それであるならば下手にこちらから手出しはできない。

葬から弔に連絡すれば済む話なのだが、甘やかすなと命じられている手前躊躇われる。

そもそも敵連合は義兄をリーダーとする組織であって、葬主体で動かしてはいけない。

弔も勢力拡大を狙っているようだし、どこか既に体系だっていて、まとまった人数が動かせて、財源があって、弔を頭に乗っけるだけで勝手に動いてくれる、そんな反社組織がないだろうか。

そんな他力本願な都合の良いものないなとセルフで思考にツッコミをいれたあたりで、葬は自分が疲れている事を自覚した。

振り返ってみれば最後にちゃんと帰宅したのは夏休みの僅かの間。

(どこかでまとまった休みを取ろう…)

やや遠い目をしてスケジュールを調整するかと端末を取り出すとそこに、着信を告げる音が鳴る。

噂をすれば何とやら。

弔からの連絡だった。

 

────────ー

「呆れた。なんでもっと早く連絡を寄越さないんだ」

敵連合はグダリきっていた。

「活動資金なら口座にあるし、現物も幾つか隠してある。マスキュラーたちの稼ぎだってあるだろう」

「そういうのの管理は全部黒霧に任せてたんだよ」

()()()するにもこう顔が売れちゃねえ。やりづらいったらないわ、ほんと」

「“平和の象徴”が倒れてあちこち騒いでる連中のおかげで、どこもかしこも警備が厳重になっちまうしなぁ。商売上がったりよ」

ヒーロー・警察らの目を掻い潜るため分散して勢力拡大を図っていたが、上手くいかず。

遅々として進まない拡大計画に、黒霧から戦力のアテがあると持ちかけられ、別行動を許した。

そして黒霧とはそのまま連絡がつかず。

資産管理も丸投げしていた為に生活すらままならない。

陰でコソコソ活動しているカルト教団等から金品を奪い漁り凌いでいた始末。

黒霧が言っていた戦力と脳無を管理していたドクターを探していたが、装備も壊れ金も底をつき二進も三進もいかなくなって漸く葬に連絡してきたのである。

葬はシンプルに頭を抱えた。

「あ!俺が狙ってた肉!いらねぇやるよ!」

「これ美味しいです!あ!そうです葬ちゃん!聞いてください!この前、士傑高校に行ってきたんですけど、カッコいい男の子いたんですよ!獅郎くんって言うんです!」

「その話は後で詳しく聞こうか」

思わぬところで下手人を見つけた。

連合の面々は久しぶりの満足な食事を貪っていた。

腹が減ったと騒ぐので、余り物でも廃棄予定の食材でもいいから食わせてやってくれと店に戻り、有り合わせで作れるものをとにかく作ってもらった。

ラブラバが忙しなく厨房とテーブルを行ったり来たり、料理を運び空いた皿を下げている。

「こっちにも色々考えがあるんだよ」

もっそもっそとサンドイッチを齧っている義兄に、葬はじっとりと胡乱な視線を向けた。

「へえ。その考えとやらを是非とも聞かせてほしいところだが、それより先に第一優先事項がある」

「何だよ」

葬とて言いたいことは山ほどある。

しかしそれらを置いても最優先。

「全員シャワーを浴びて着替えろ。正直、少し臭う」

何人かが非常にショックを受けた顔をしていた。

 

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「はあ〜生き返った〜」

「ようやくさっぱりできたわね」

仮住まいに移った敵連合の面々は、各々羽を伸ばしていた。

腹を満たし、汚れを落として、柔らかい寝床を確保した彼らはリビングで寛いでいる。

他方、葬は彼等の着替えや生活用品、当面の生活費などを手配、黒霧が管理していた資産の確認と運用方法の検討、今後使えそうな拠点候補の選出、別働メンバーとの連絡等、やる事が多い。

こうなると死穢八歳會絡みの案件をしばらく接触を控えるために治崎に丸投げしておいて正解だった。

葬は今にもベッドに潜り込みそうな弔の尻を蹴飛ばして情報のすり合わせを行う。

治崎たちとの会合直後、黒霧は戦力補強のため1人単独行動をとっていた。

そこを確保されたのだろう。

黒霧が捕まってからおおよそ一月。その間、ヒーローたちに連合への目立った動きはない。

「とすると、まだ大した情報は漏れてないと見ていいだろう。これからの予定は?」

「今は黒霧が探してたっていう戦力を探してる。大体の位置は分かってんだ。後はドクター。アジトのパソコンでしか連絡が取れなかった。脳無の開発と管理もあの人がやってたんだ。ドクターと連絡が取れれば、また脳無が使える可能性がある」

葬は記憶を探る。

この数年で義父からそこそこの人脈は教わったが、彼のそれは多岐に及ぶ。

「その戦力とやらの名前か個性か何か分からないか」

「全然」

お手上げだと、弔は言葉通り諸手を上げる。

「そうすると私の方でも絞りきれないな…ドクターなら連絡がつく。戦力の件も何か知ってるかも知れないから聞いてみるとしよう」

弔はぽすりと抱えていたクッションを投げ出して、ソファに背を預けた。

「なんだ、お前捕まえりゃ一発だったじゃん。はあ、時間無駄にした。無駄骨おった」

「だからなんでもっと早く連絡寄越さなかった」

じっとりと責める視線を向ければ、露骨に顔を背けられた。

「まあ、ドクターとの繋ぎはつけておくよ。それと提案がある」

「提案?」

葬の提案は、新しい敵連合の拠点を設けることだった。

「あのゴミ屋敷も一応数に入れるとしても、あそことBAR以外に兄さんが把握してる拠点がないのは問題だろう。現にこうして宿なしの根無草になって物理で薄汚れてるんだ」

手は皆すでに汚れているので問題にはしないが、組織やそれを束ねるリーダーにはそれなりの体裁という物がいる。

葬だって死穢八斎會や関連箇所に出向く時はスーツやそこそこ見栄えのする格好を整えるのだ。

年齢が若すぎて徒に装飾品で飾れない分、服飾系に造詣のある担当者が熱を入れている。

普段とのギャップがどうとか。そこは関係ないので割愛する。

「ここでいいじゃん。オニイサマに譲ってくれねえの」

「使ってもいいけど管理は誰がするんだ」

「お前」

「…試しにマスタードにやらせるか」

家計簿くらいはつけられるだろう。

物件ひとつ手放す損失はあるが、義父から義兄のお守りの報酬は受け取ってしまっている。それに比べれば小さな出費だ。

「敵連合の運営に関してメインは暫くは私が引き受ける。マスタードに仕込んで仕事を一部引き継がせよう。それで最悪、今回みたいな事態は防げるだろう。マスキュラーとムーンフィッシュも呼び戻すとして…マグネ」

「私?何?」

「今後はここに残ってマスタードの補佐を頼みたい。あいつは中距離は得意だが、接戦されると弱い。戻す2人も警護には加えるが、今やってる仕事もある」

交代も必要だろうし、何よりあの2人に運営系の実務ができると思えない。

「わかったわ。皆の帰ってくる場所、ちゃんと護っておいてあげる」

「それでいいかな?兄さん?」

許可の体を装った事後承認。

なお続くの(副音声)は「ダメなら代案を出せ。出せるものなら」である。

「ああ、それでいいよ」

それからも幾つかの要点だけでもまとめ終えた頃、トガがひょっこりと顔を出した。

「あ!お話し終わった?葬ちゃんの部下さんがアイス買ってきてくれました!弔くんと葬ちゃんどれがいいですか?」

「お、ダッツじゃん。抹茶ねえの?」

「抹茶は荼毘がとっていったぞ」

そういうスピナーの手にはマカダミアナッツが。トガはチーズケーキを確保していた。

「こういうのってリーダー()から選ぶもんじゃねえの?」

「早い者勝ちです!」

弔はぶつくさ言いながらもクッキークリームを持って行った。

「私は残ったのでいいよ。そうだ、壊れた装備修理に出すから、機能とか変更希望有れば多少は聞けるかもしれないが、何かあるか?」

「はい!ちゅうちゅうする機械壊れました!」

「他に修理とか買い替え要るのは?」

声をかけながら周囲を見回せば、ちらほらと手が上がる。

「じゃあアタシのもお願いしていいかしら」

「俺も。ナイフの切れが悪くなってて」

この際、修理不可や消耗品関係はもう買い替えだ。

ストロベリーのアイスを食べながら皆の要望をまとめていく。

敵連合。

社会から弾かれ、あるいは飛び出し、願いも望む未来も異なるはみ出しものの寄せ集め。

そんな彼等の、束の間の休息であった。

────────

敵連合と合流。

そろそろ休み欲しいなと思いつつ仕事しちゃうタイプ。

隠れ社畜なので時々周りからストップかかる。

 

Gentleマスター&ウエイトレス

紅茶にこだわる純喫茶(純喫茶では酒類の提供を行いません)

主に拠点防衛と管理、陽動や情報収集担当。

はよくっつけ

 

敵連合

あらたな あじと をてにいれた!

久々にゆっくりさっぱりお腹いっぱい。

ちなみにアイスは、マグネはバニラ、トゥワイスはチョコ、Mr.はラムレーズン

 

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連合のアジトはバーで黒霧さんはバーテンダーでしたが、
葬陣営はボスが未成年なので店は純喫茶でジェントルは雇われマスター。
ちなみにステイン脱走時運転がジェントル、ラブラバはカメラハッキング担当でした。
ジェントルとステインって年齢1つ差なんですよね。


次回以降、ヴィラン活動が含まれてくるのでご留意ください。

次回の更新は都合により水曜日を予定しています。
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