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「すみませんオールマイト」
葬は声を絞り出した。
「本題をと急かしましたが、端折りすぎです。1から10までとは言いませんがーいえやはり説明して下さい。全部」
しばしオールマイトの言葉の意味を逡巡したが理解に至らなかった。
「早い話、私と養子縁組をしないかという事なんだ。そうすれば、私は君の保護者になれる」
葬は現在推定16歳。
生年月日が不明のため確定ではないが、それでも一部罰則を伴う法律においては責任を問われる。
仮にトガヒミコのようにヴィランとしての認定がされても13歳以下で犯した罪に至っては責任能力がなく、そもそも置かれた状況が状況だけに刑事罰を負う可能性は極めて低い。
上層部の体面やらをさておいてもその側面もあり、現在保護方針である。なったとしても保護観察だろう。
現状葬は未成年。どうしたって保護者が要る。
AFOは拘置所だし、一応成人している死柄木弔も逃亡中、確保されたら同様に勾留されるだろう。そもそも義理の親兄妹と言っているけれど、正式なものではない。
AFOは論外なので置いておくとして、弔もとい志村転弧は行方不明からの年数経過で死亡扱いなのでそこから修正しなければならない。葬に至っては本名不明で探し出せず、最悪存在していない。
「君の家族について私も調べたんだ。だけどもすまない、結局見つけられなかった。可能性が一番高かった人は既に亡くなっていて、近しい親族も残っていない。
戸籍や個性登録も洗ったけど、恐らく君は無戸籍ー出生届が出されていない」
不貞やDV、望まぬ妊娠出産など、届出がされないケースはままにある。
葬のように裏社会で取引される商品であった子などには珍しくもない。
「本来なら、保護者のいない未成年者は施設で保護されることになる」
葬の視線が俄かに剣呑味を帯びる。
口を挟まずに一通り聞いてから判断するつもりではあるが、ピリリと緊張が走った。
一度ならず二度とも、葬がいたのは児童保護施設の看板を被った人身売買組織だ。
仲間は当然、自身もその中に再度身を置くつもりはない。
「それに、君の能力の高さを考慮すれば、傍に何かあった時に対処できる大人が常に居ないとならない」
既に
公にできない秘密も抱えている以上、義父と同じように裁判を経ずに特殊刑務所に入れるか、死人に口なし、さっさと処分してしまうのが一番手っ取り早く安全だ。
葬は自分の思考が反目する者たちと似ていることを理解していた。
「君が保護を拒む一番の理由は、こちらに来ても安全の保障されないからだろう?そんなことは本来あってはいけない。しかしいくら言葉で大丈夫だと言っても、信じてはもらえないだろう」
具体的な方法手段を何も示せず、何ら保障もなく頷けるわけがない。
「だから、私が後ろ盾になる。元とは言えNo.1ヒーローだ。娘に手出しはさせないよ。私は独り身で家族も居ないし、元々資産は寄付するつもりだったんだ。この際、犯罪被害児童救済の為の基金か財団でも作ろうと思う。君がこれまで守ってきた子供たちも、私が引き受ける。本来なら、それは私たち大人がやらなければならなかったことだ」
これでも結構いろんなところに顔は効くんだ、とオールマイトは痩けた頬で微笑う。
「私はもうこれまでのようには戦えない。けれど、私はまだ生きている。ナイトアイとも約束したんだ、「生きる」とね。平和の象徴は斃れても、ヒーローオールマイトはここにる。私は私の命あるかぎり、持てる全てで、今の私にできるやり方で、短くともこの腕の届くかぎり救いたい」
成り行きを見守っていた爆豪と轟は頭の中で先日の仮免補講での学びが反芻する。
差し伸べた手を誰もが掴んでくれるとは限らない。
時に振り払われ、牙を剥かれることもあるだろう。
それでも命ある限り救わなければならない。救うのがヒーローだ。
救う、救われる。その真髄にあるのは、心の通わせあい。
器が違う、格が違う。
これがヒーロー、これがオールマイトだ。
「どうだろう?」
3人は葬の言葉を待った。
すうと息をする音。
そして、彼女は重々しく口を開く。
「先ずはひとつよろしいですか」
「何だい?」
葬は若干視線を虚にして言った。
「それ…
((確かに…!))
げんなりとした葬の言葉に、珍しく、轟と爆豪の見解が寸分違わず一致した瞬間であった。
内容に気を取られてしまったが、確かにこんなところでするべき話ではない。
「だって今しないと話すタイミングないじゃない。今から場所変えようか?雄英なら会議室すぐ抑えられるよ」
「いや行きませんが」
葬は即座に断りを入れる。
周辺に一般市民が大量にいる街中ならともかく、今更ヒーローの巣窟に出向くつもりは毛頭ない。
わかりやすく長いため息をついて、氷の溶けた水を喉に流し込む。
「2人とも今日のことは他言無用で頼むよ」
「流石に吹聴できるネタじゃねえだろ」
「なんだ爆豪君、気遣いもできるじゃないか」
「テメエはいちいち茶々いれねえと喋れねえのか」
「冗談のひとつも言いたくなる気分なんだ。わかってくれ」
「でも、いい話じゃねえか?」
轟が期待を込めた眼で見つめてくる。
「あちこちに問題が噴出するのを無視すればね」
「色々と課題があるのはわかってる。どうしたいとか、コレはダメだとか、そう言う意見も忌憚なく聞かせて欲しい。あ、資金面は気にしなくていいよ。これでも結構稼いでるからね」
(((そりゃそうだろうなあ…)))
事件解決の歩合給、テレビ・ラジオ・イベント出演料、デザイン使用料、版権etc…都心一等地にテナント加入なしの単独事務所ビルが建てられるのだから。
しかしこれで事務能力が今ひとつとなると、当時も騒がれたが元相棒の負担が偲ばれる。
金はあるので別に管理者を立てるのが無難か。
管理方法は今のそれと対して変わらないかと、一瞬でも未来として考えてしまい、急ぎその思考を追い出す。
「根津校長も賛成してくれていてね。いっそのこと、施設は雄英の敷地内に作ろうかって話が出てるんだ」
普段止める側の根津校長までオールマイト側とは。
「雄英公立でしょう。横槍入れてきますよ」
どこがとは口にはしない。
「そこは今根津校長が頑張ってくれているよ」
余談ではあるが、もとより根津は動物に個性が発現した例を見ない個体であったために、過去人間に色々されている。今でこそヒーロー養成校最高峰である雄英の校長を務める人格者で知られているが、時折昏い部分が顔を覗かせるらしい。
文化祭開催に関しても煮湯を飲まされていたこともあり、フルスロットルだ。
葬が青山経由で送りつけた文書資料片手に警察・公安含め関係各所相手に交渉しているようだ。
「私はこれが表沙汰になっても全く構わないし、一教育者としては教訓として是非とも公開すべきだと思うね!青山君?何のことだい?無かった事にしたのはそちらじゃないか。ないものを話に乗せるなんて実にナンセンス!」
HAHAHA!と高い笑い声でも動物のため一等表情がわかりづらいが全く眼は笑っていない根津が脳内再生された。
牽制、内部揺動、分裂を誘うための告発文だったが、そういう使い方をされるとは。
対外的な理由付けが必要なら、ヒーロー養成教育における倫理道徳及びコミュニケーション力強化の為の一環として、ヴィランもしくはヒーローによる身分を利用した犯罪の被害者救済として、辺りだろう。
ヒーローを目指す生徒に、ヒーローが引き起こした犯罪による被害者と触れ合わせ、行いがどんな事態を招くか、被害者ケアを学ばせる相互扶助の場としての運用と言い張れば聞こえもそこそこに通る気がする。
根津の事だから通すのだろう。
運営費はオールマイトが立ち上げる予定の財団と協賛、OBOGからの寄付を募る予定らしい。
なお、雄英内は無理でも財力に物を言わせて隣接地を買い上げる計画が着々と進んでいる。
着実に外堀から埋められていた。
「根津校長でももし上が難色を示すようなら、私が先に会見開いちゃおうかなって」
「「「それはダメだろ」」」
少年少女らからの一言違わぬツッコミ。流石に爆豪と轟も黙っていられなかった。
そんな言ったもん勝ちの
実質引退としても、依然として影響力は侮れない人なのだから。
「それで?身の安全を対価に、私に義兄たちを売れと?」
抜けかけていた緊張が再び走る。
「それとこれとは話が別だ。安全なんてものは大前提だ。それではもう脅迫と同じことだと私は思う」
「情報は要らないと?」
「もちろん、協力してくれるのなら喜ばしい。けれど、それを対価にするのは間違っている」
「それで貴方に何の利があると?」
「君たちを救えるならそれで充分さ」
「…なぜそこまで、とは訊くだけ無駄ですね」
「誰かを救けたいという想いは、それだけで理由になる」
ふっ、と葬は小さく息を吐く。
「…悪の帝王の次は平和の象徴が父ですか。私の身の上も随分と忙しない」
「父親は未経験だけど、いい家族になれたらと思うよ」
「ついでに義兄も引き取っては?色々と騒がれてはいますが、やった事はまだ襲撃2件と誘拐だけでしょう?教唆を義父に押し付ければ、もっと軽くなる」
「被害者を前にしてその発言は頂けない。でもそれもいいね。彼は私の恩師の孫なんだ。ちゃんと罪を償ったら提案してみよう」
さぞ弔は嫌な顔をするだろう。
遠くでくしゃみをしている気がした。
「………」
一息置き、居住まいを正して、葬は深く頭を下げた。
「とても有難いお話ですが、お断りします」
予想していたのだろうオールマイトは流石に動じなかった。
どちらかといえば驚愕していたのは他の2人だ。
オールマイトが脅迫と同じことと断じた交渉を持ちかけてきたのはヒーローを統括する組織。
彼がいくら良いと言っても、周囲はそうではない。協力しない限り何かしらの圧力はかけられる。
下手をすれば他の子らの生活や安全を質に取られかねないし、一度身柄を抑えられてしまえば再度逃げ出すのは殆ど不可能になる。
逃げても一度はAFOを切ってオールマイトについたのだ、裏での生活も仕事もままならない。
AFOは青山たちのように明確な脅迫でなく、葬に対しては娘の身分とそれなりの待遇を与えた。
切るだけの正当な理由がないまま寝返ればそれは裏切り。表よりも信頼は希少価値の高い裏社会においては生死に直結する。
逃げ場をなくせば従うしかない今の状況が尚更悪化しかねなかった。
それにレディたちはどうするのか。
監視兼護衛要員に他のヒーローを加えるにしても、その連中は果たして正しく葬たちを守るのか。
懸念は尽きない。
最たるところ、信頼がない。
「あまり旨い話を頭から信じるには、私は少々汚い世界を見過ぎた」
「…根深いな」
つくづく、オールマイトは己の非力が嘆かわしかった。
ふざけるなと、今更遅いのだと恨み言すらぶつけられない。
感情の発露すら彼女にさせてやる事ができないのかと。
「それにこれでも、そこそこついて来てくれる者たちもいる。今の私には立場がある。そう簡単に彼等を切り捨てることはできないのです」
「そうか…でもまだこれで終わりじゃないさ。私も、一度で聞き入れてもらえるとは思ってはいない。何度だって君を説得して見せるよ。長年AFOを追って来たんだ、諦めの悪さは折り紙付きさ!」
「義父も辟易したことでしょう。まあ、自業自得ではありますが」
「君は奴ーAFOを慕っているかい?」
「いいえ全く。さっさとくたばれクソ親父、くらいには思っていますよ」
冗談まじりに小さく笑う。
父と呼ぶのはオーナー命令であるし、利があるからこその親子兄弟関係。弔と異なり、この義理の親子関係に情はない。
所有物であるが故に忠誠心以前であるが、関係は悪くはない。
前のところと違って扱いも良いし小遣いも貰える。拍子抜けしたくらいだ。
中身を考えなければ手本としては申し分ない人ではある。中身を考えなければ。
「私もそう思われないように努力するよ。具体策ももっと考えておく。だから君も、考えておいてほしい」
「…お互い、今日のことはオフレコ、いえ、いっそただの白昼夢と忘れてしまいましょう」
ご馳走様でした、と財布から数枚札を取り出してテーブルに置く。現在の会計の半分ほどだ。
「不要でしたら募金箱にでも」
受取を拒否される前に言い置き、吊り下げていた上着を外して席を立つ。
「黒衣」と轟が呼び止めるのを無視して、ドアに手をかけた。
「戦場で会わない事を願っていますよ。2人も、セミプロなら現場に来る事もあるだろう。手心を加えてやれるのは、見逃してあげられるのは一度だけだ」
「そっくりそのまま返してやらぁ」
首洗って待ってろ、と爆豪は首の前で親指を平行にスライドする。
オールマイトに「こら」と短く窘められていた。
「死柄木少女、連絡、待ってるよ」
オールマイトの連絡先は知っている。
ヒーロー科は課外活動も多いからと、担任副担任の連絡先は教えられていた。
「たった一時でも、夢を見せていただいた事には感謝します。オールマイト」
別れを述べようとして、はたと言葉を切った。
どうせすぐに醒める夢。
ならば最初で最後、この一度だけ。
葬は振り返らぬまま、僅かばかりのむず痒さと共に、その言葉を唇に乗せる。
「さようなら、父さん」
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オールマイト等と別れた葬は護衛役の運転する車で帰路についた。
クリスマスが近く、行く先々街は眩いイルミネーションに彩られている。
流れる景色を空虚なような、どこかうわついたような気分で眺めていた。
地に足がついていない、とでも言うべきか。
「なぜだ」
「何が」
運転するステインから、不意に問われる。
逃走中の殺人鬼も、身綺麗にして顔を隠して仕舞えば、存外バレないものだ。
「オールマイトの提案だ。なぜ断った」
ああ、と葬は先ほどの時間を思い返す。
「善い人だな、あの人は」
「本物だ」
お互いに答えになっていない会話に苦笑して、葬は僅かに瞼を伏せる。
「優しい人。そして酷な人だ」
初めから、到底叶わぬ夢を抱かせたのだから。
葬とて、夢見たことがないわけではない。
外の世界に溢れている幸せを願ったこともある。
母親に抱かれる赤子、父親に肩車をされる男の子、両親と手を繋ぐ女の子。
愛され守られて。
飢えず乾かず凍えず怯えず、暴力や死とも縁遠い場所で、当たり前に明日が来ると信じて眠る。
平凡でいい、つまらなくていい、ありふれた平穏が欲しいと、願ったこともあった。
けれどもそれは見果てぬ夢。
小さな子たちが母を、父を呼ぶ。自分は親を知らない。
他の子が、自分は番号じゃないと、名前があるのだと泣く声を聞いたことがあった。自分は名前を持っていない。
笑った顔は作り笑顔、泣き方なんて既に忘れた。空涙ならばいつでも流せるのに。
願い続けたところで達せられることなき希望、叶わぬ夢。
何度も砕き潰した。
粉々になったカケラを拾い集めて、少し歪になったそれを後ろにいる者たちに託した。
彼らが日の当たる場所で日々を過ごして、無事に大人になって、それぞれの未来を生きてくれさえすれば。
それで充分、叶う。
代替行為と言われてしまえばその通りかもしれない。
「あれならば、お前の望みは叶うだろう。オールマイトが守ると言うのだ。お前や子供たちは守られる」
「そうかもしれない。けれど、出来たとしてもそこまでだ」
同輩の仲間も、年下の子等を筆頭に最も優先するのは彼らだ。それこそ、命に代えても。
けれど、レディやステイン、ジェントルやラブラバたちを始めとするこんな小娘についてきてくれる者達。
更には治崎や組長、エリ、死穢八斎會の者たち、傘下企業を含めれば、その数は如何程か。
ほんの数年。手にしたものは随分増えた。
葬1人なら、もっと身軽に、楽に生きられただろう。
それこそ、公安の提案に飛びついていた。
オールマイトの提案だって。
しかしそれは望まなかった。今も望まない。
何も持っていなかったからこそ、一度手にしたモノは捨てられないのだ。
夢と呼ぶには爛れすぎている、妄執じみた想い。
「私はヒーローではない。けれど、守るモノはそれなりに多いんだ」
前に立つ者として、揺らぐ事は許されていない。
揺らげるほど、背負うものは軽くはない。
拠点に戻った葬は、シャワーを浴びて1人鏡の前に立つ。
さっきの件はステインからレディに話しておくと、そちらは任せた。
間接照明の明かりだけが灯された部屋に、光の花を咲かせた。
鏡写の青い眼をした己へ個性をかける。
揺らぎを、不要な感情を消し去って、精神を調整していく。
この個性は扱い慣れれば相当な使い勝手の良さだが、そこに至る迄には技術がいる。
自身にかける際は尚更、一手しくじれば廃人と化す危険性を孕んでいる。
それでなくとも、一時の表面上の感情操作でなく、もっと深くまで削れば、やがてはテセウスの船だ。
ほんの数時間に抱いて芽吹く事すら許さぬ夢を、憧憬を、生まれた感情ごと砕いて潰す。
異物を消し去った心はスッと冷ややかに鎮り、サラサラとただの記憶として流れて行く。
瞳から溢れ落ちる燐光が、まるで涙のようだと指摘する者は、誰もいなかった。
────────────
葬
珍しくちょっと被ダメ。
自分で自分の機嫌が取れてしまうのでさっさと消した。
だって、私には不要なものだろう
オールマイト
財力かわいくない組で色々画策してる。
父さん呼びはちょっと嬉しかった。
私は諦めが悪いぞ!死柄木少女!
轟&爆豪
正しく巻き込み事故。
余計な口は挟まないように良い子してた。
改めて信頼の大切さを学んだ。失って再び得ることの難しさも。
弔
なんか寒気がした。
野宿続きだから風邪ひいたか…?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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大事なことなので2k(略)
また、葬送のフリーレンの2次創作「エルフを愛した魔族の話」も掲載していますので、そちらもよろしくお願いします。(宣伝)