一輪花の咲くまで   作:No.9646

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前回更新から反応をたくさんいただけてウハウハしています


50話 次の桜の咲く頃に②

 

「「………………」」

 

沈黙。

シン…と静まりかえった室内。

誰も何も発せず、ただ誰かの次の発言を待つ。

そんな中、ふっ、と葬は表情を緩めた。

 

「オールマイト、やはり寝んだ方がいい。その顔色だ。隣も借りてある部屋だから、少し休憩してらしたらどうです」

 

気の毒に。疲れが溜まっているのだろう。

少し眉を下げ、困惑を含めながらも笑顔を作る。

 

「私は正気だよ」

「正気でない奴は皆大体そう言うんだ」

 

養子縁組の話と混同しているのか。時々つまらない冗談を飛ばすことがある人だが、時と場合を違えることはないだろう。

弔たちと違い、葬はオールマイトにどうしても死んで欲しいわけではないのだ。

この先、本格的な衝突や状況の激化は避けられないのだし、今のうちだけでも安静に過ごしてほしいものである。

隣の部屋への案内を頼もうと軽く背後を振り向く。

血色の瞳は何も言わず、紫の瞳は半ば呆然と葬を見つめていた。

スッと動く気配がして、前に向き直る。

オールマイトが椅子から降りて土足の床に手をついて、頭を下げた。

 

「本当にすまない」

 

改めて、オールマイトの口から事の次第が語られる。

故人の遺品らしき日記も渡された。

結果。

 

「待て待て待て待ってストップ、ストップ!」

 

荒れに荒れた。

基本その辺での乱闘など日常茶飯事で無視して放置するステインでさえ止めに入る事態に発展したのである。

 

「レディ落ち着いて」

「お前が我を失ってどうする…!」

「どきな葬。ステインも離せ。この【不適切な表現が含まれています】野郎の空頭に風穴空けてやる」

「最近葬の口が悪くなったのはお前の影響か…!」

 

すとんと表情を失くし、瞳孔の開いた眼で個性のライフルを稼働させ銃口を向けるレディを前から葬が宥め、背後からステインが羽交締めにして、相澤が抹消で発砲を防ぎ、塚内が庇う後ろには土下座するオールマイト。

端的に言って、修羅場であった。

 

「正体隠して付き合って遅刻中座ドタキャン常習、隠しきれずにバレててそれにも気付かず?付き合ってた女の妊娠に気が付かないで?相談する時間も取れずに行方くらましてもフラれたと思い込んでろくに追いかけず?挙句AFOのクソ野郎にバレてて?初対面で似てんなと思ったけど気まずくて?テメェ【不適切な表「おいやめろ未成年いるんだぞ」

「相澤先生今そんなこと気にしてる場合じゃないでしょう」

 

人間一周回ると、もしくは、他者が自分以上に取り乱すと、といった具合だ。

なお、混乱していないわけではない。程度の問題である。

 

「レディ落ち着いて。そりゃあ少しばかり迂闊だったと思うがオールマイトは被害者だから。な?諸悪の根源はAFOだから。これもしかすると失踪からして誘導された可能性もあるからな?オールマイトも頭を上げてください」

「あの外道はハナから論外なんだよ。つかステインお前、知ってたな?」

 

ドスの効いた声でレディは睨みつける。

レディの指示で接触のタイミングを探り、繋ぎ役になったのは彼だ。

今回の会合の趣旨を知っていた可能性は大いに有り得たし、事実それを認めた。

 

「流石に他人の口から伝えるべきではないだろうが」

「弁えるべき引き際はそこじゃねえんだよ」

 

双方ともにぎりぎりと拘束側と振り解こうとする側とで拮抗していた。

体格や腕力差ならステインに分があるが、レディとて元公安直属のヒーロー。

全員それなりに戦闘経験がある面々である。

ヒーロー達もいるので”凝血“で身体の自由を奪うわけにもいかない。“感情支配“で強制的に沈静化させるか。

 

「おい元不動のNo.1。これまでアンタが現着して救えなかった被害者はいなかった。いつでも、どこでも、事件があればアンタは飛んで来た。私ら他のヒーローが苦戦してようが、アンタはあっさり救け出した。だけどな!いちばん守らなきゃならないもん守れてないじゃないか!救えてないじゃないか!」

 

オールマイトは只々ひたすら、頭を下げ続けた。

 

「ああ、その通りだ」

 

この数年、全てを捨てて娘を守ってくれていたのだ、彼女は。

何一つ言い訳などしなかった。できなかった。する資格もない。

罵倒されようが蹴られようが撃たれようが、全ては己の責だ。

 

「数ヶ月傍うろついて何で気付かなかった、何で気付いてくれなかったんだよ⁉︎何で…!」

 

葬は雄英に潜るにあたり髪と眼を変えている。

金髪碧眼も色の濃い薄いなど種々あれど、思い起こしてみれば確かに重なる部分があった。

 

「あの時、私が無理にでも連れて行っていれば…」

 

レディ・ナガンが出会った時、既にAFOとの接触があったのだ。

聴取にオールマイト本人が来てもおかしくはなかった。

そうでなくても、資料の写真でもいい。結婚するはずだった相手(母親)と瓜二つの顔立ちに自身と揃いの色の、別れた直後に生まれただろう年齢の少女の存在を知れば、心穏やかではいられなかったかもしれない

しかもその子がAFOに目を付けられていると知れば、より注意深く調べられただろう。

その過程でもっと早く、今判明している事実に辿り着いた可能性が十分にあったのだ。

あの時、遅れを取らなければ、連れて帰っていれば。

 

「私なんかと会わなきゃ…私なんかいなけりゃ…」

「それは違う」

 

きっぱりと、葬は断言した。

 

「貴女の所為じゃないよ。レディ・ナガン」

 

俯く彼女の顔を上げさせる。揺れていた瞳が、ゆっくりと戻ってゆく。

 

「レディ・ナガンは、私たちを救けようとしてくれた最初の1人だ。全てを捨ててでも守ると言ってくれた私のヒーローだ。私は貴女と出会えた幸運を誇れど、そのことに微塵たりとも嘆きも怨みもない」

「葬…」

 

小さく「…離せ」と呟かれ、暴れる気配もないと見てステインは拘束を解いた。

 

「……悪い、取り乱した」

「いや、君の言う通りだ。レディ・ナガン。私は男として、親として、最低のことをした」

「………」

「私にそんな権利はないのかも知れない。それでもこれだけは言わせてほしい。レディ・ナガン、ステインも、ありがとう」

 

レディは短く舌打ち、ステインは何も返さなかった。

 

「…椅子に座ってください」

 

塚内にも視線を送り、元の通りソファに座らせてもらう。

葬も席に戻り、すっかり冷めたお茶と共に思考を飲み込んだ。

しばしの間、誰も口を開かなかった。

皆一同に葬に視線を向けて、彼女の言葉を待った。

やがて、静かにカップを置く。

 

「正直、何をどう言えばというのが本音です」

「ああ、困惑はもっともだろう」

「本来なら私から言うべきだろうことは全てレディに言われてしまった」

「何をどう責められようと仕方がない。それだけのことを私はしてしまった。いや、何一つ責任を果たして来なかったんだ。私と奴との戦いに巻き込んでしまった。本当に、すまない」

 

三度深く頭を下げられる。

 

「………貴方が父親だと言われて、驚きはしています。けれど、どこか納得している自分がいる」

 

感覚的過ぎてどう言えばいいか分からない。

本当に、何となくなのだ。

以前、ほんの僅かの間に抱いた見果てぬ夢はすぐさま砕いて潰した。

サーやデクに啖呵を切っておいて情けないと憧憬は消し去ったはずだった。

しかし、何となく嫌いになれない。何となく気にしてしまう。

実の親子だと明かされて、すとんと腑に落ちてしまった。

嘘だ偽造だと断じることもできたのに。

それに。

 

「何より、あの人のやりそうな事だ」

 

それを考えると俄然納得がいった。

数年ではあるが傍に侍り為人を見てきたが、それを考えると尚更で、葬は額に手を当て項垂れる。

 

「…すごくやりそう」

 

弔と言い己といい、たった1人への嫌がらせにどれだけの時間と人間と手間と金をかけたのか。

そしてふとある結論へ思い至る。

 

「…これ最終的に私を生かしておくつもりないだろ。死体は治崎か荼毘に…って何だその顔」

 

ほとんど独り言をこぼし、今度は死体を利用されないように分解か骨も残さずに火葬してくれるように頼んでおこうとしたが、まるでダメなものを見るような顔をされた。

 

「真っ先に死体になってからを考えようとすんじゃねえよ」

「何でそんな考えになるかな…」

「お前やっぱり混乱してんだろ」

 

この言われ様である。

 

「常に最悪は考えて対策を立てるべきでしょう。事の真相が知りたければ、それこそ当人に聞きに行けば嬉々として語ってくれると思いますよ」

 

それこそ、この窶れたオールマイトが顔を出せば、「何だようやく気がついたのか?それで?今どんな気分だい?」と気分良く嘲ってくれるだろう。

 

「それに数年とはいえ、側仕え(親子)やっていれば、あの溝みたいな性格でも多少は理解できる」

「やりたくてやってるわけじゃねえんだろ」

 

相澤達は内心で僅かばかり胸を撫で下ろすこともかなわず、苦い想いを抱えていた。

オールマイトが父親だと明かす事で、葬が怨みや憎しみを抱かないかが懸念だった。

例え諸悪の根源がAFOにあったとしても、行き場のない感情のぶつけ先を目の前の父親(オールマイト)に向ける可能性もあったのだ。

ふざけるなと、お前のせいだと、悪党に引き裂かれた子が親に憎悪を向けるなど、あるべきではない。

しかし、葬はオールマイトへ恨み言をひとつなく。

レディ・ナガンが先にぶちまけてくれたのも大きいのだろうが、それどころか、被害者だと庇い立てAFOを元凶と断じた。

戸惑ってはいるようだが受け入れてくれのだ。

一先ず、第一関門は乗り越えたと言える。

ただし、これは大人にとって都合のいい傾向というだけで、どちらかと言えば取り乱すほうが10代の子どもとしては健常な反応なのだ。

 

「なあ、警部さん」

「何か?」

「アンタの上と取引できないか?」

 

塚内に声をかけたのはレディだ。

 

「葬が持ってる情報の大半は私も持ってる。共有されてんだ。その情報と私らの身柄で葬や他の連中の安全と不干渉を保証してほしい」

「レディ」

「子ども守るのと責任取んのが大人の役目だよ」

 

レディは横で黙っているステインを指差す。

 

「こいつも葬のこと頼むのに、『オールマイト』になら自首するって言ってんだ」

 

これまで幾度となく逃げ果せてきたヒーロー殺しに一斉に視線が向く。

 

ヒーロー連続殺傷犯(ステイン)を殺していいのは本物の英雄(オールマイト)だけだ。ここにいるのは、親になり損ねた愚かな男が1人いるだけだろう。その腑抜けた様をどうにかしてからだ」

 

分かりにくいが、肯定する発言に皆が驚く。

 

「最近何かコソコソしてると思ったら…お前たちそんなこと考えていたのか?」

「養子縁組の話聞いてからな。オールマイトと雄英の校長なら、他の奴等の後ろ盾にもなる。警察の方で公安連中に対して貸しを作れば牽制にもなる。それに自分で言ったろ。あの野郎がコイツ(オールマイト)を苦しめるためにお前を使ってるってんならお前の身が危ない」

「だから今考えてる」

 

とりあえず、居場所が知られている自宅は引っ越しだ。春休みが近いのが救いか。年少者は縁組を引き受けてくれる先も用意したほうがいいだろうか。

いつもより回らない思考を無理矢理にでも巡らせる。

AFOの事だ、自分さえいなければ他の子どもたちは瑣末と切り捨て興味を持たないだろう。

古巣で死んでいれば、1人分だけ死体だけ仕入れてオールマイトの目の前に「お前の娘だよ」と放り投げでもしたのではないだろうか。

その時は信じずとも、死体を残し後で検死をすればそれが事実とわかる。

この先なら脳無の素体もあり得る。個性はおそらく取られるが、別のを与えればいい。もう一度殺させる為だけなら使い捨てで良いのだ。

やはり治崎に直接頼んでおこう。レディのことも任せていいだろう。ステインはすでに別戸籍で生活しているから、あとは他の者たちもー

 

「皆の事はどうにかしてみせる。お前たちの事だって」

「そういうこっちゃねーんだよ。私らの事なんざどうだっていいし、その皆の中に自分を数に入れてねえから言ってんだ」

 

「どうせ碌なこと考えてねえんだろ」とある程度調子を取り戻したレディは呆れたように言って、座る葬を抱きしめた。

 

「言っただろ。救ってやれなくても、せめて守るからって」

 

あの日の誓い。

結局、これまで大した事はしてやれなかった。

 

「レディ…」

「で、どうなんだ?」

 

レディはすぐに葬を放すと塚内たちに向き直る。

 

「この場で即答は難しいが、なるべく上の方まで持っていけるよう尽力しよう」

「待ってください。勝手に話を進めないでいただきたい」

 

葬は待ったをかけるが、それもオールマイトからの応酬となった。

 

「どの口で言えるのかと罵ってくれて構わない。だけど、どうか一度だけでいい、チャンスをもらえないだろうか」

 

全て無かったことにはできないしし、してやれない。

けれど、どうにかこれまで台無しにされた『普通の子ども』としての生活を取り戻させてやりたい。

例え残された時間は少なくとも、自身の贖罪と彼女の罪も共に背負って生きて行こうと。

 

「……ひとつ、無理なお願いをしてみても?」

「!ああ、可能な限り応えるつもりだ」

 

そして葬は、その()()()()()を口にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一周回って宥める側になった

…本当に「父さん」か

弔には「先生」で自分には「父親」ってそういうことか

 

レディ

八つ当たりだって自覚はあるさ

でもさ、なんで、もっと早く

 

オールマイト

土下座謝罪。

 




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