一輪花の咲くまで   作:No.9646

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51話 次の桜の咲く頃に③

 

 

「……この事はお互い知らなかった事にしませんか」

 

息を飲む音がした。

 

「葬、おまえ何言ってんだ…!」

 

葬はレディの制止を聞かずに続ける。

 

「お互い口を噤んで知らぬ存ぜぬを貫く。聞いていただけるのなら、私はこの事を口外しない。利用もしない。そちらにとっても悪い話ではない筈です」

「理由を聞いても…?」

「“平和の象徴“ーその名に傷をつけるべきではない。私はAFOや弔のように貴方を嫌っても、ましてや憎んでもいない。貴方の人生に汚点を付けたいとは思っていない。それにこの先、世の中は更に混沌とした時代を迎えるでしょう。私たちが何かするしないに関わらず。存在すら知らなかった者の為に余計なものを背負う必要はありませんよ」

 

“平和の象徴“の実の娘がヴィラン。その事実がどれだけの影響をもたらすか。

オールマイトとそれ以外では訳が違う。長年、オールマイト以外は十把一絡げに扱われてきた。多少の誤差程度の扱いなのだ。

知らぬまに拐かされたと言えど、存在を知らなかったことからして瑕疵になりかねない。

よしんば上手く公表して世間の同情を買えたとしても、諍いの火種は残る。

 

「君は、何を言っているのか、わかっているのか」

「ええ、勿論」

「君は、君は私の名誉何かのために!私に君を切り捨てろと、そういうのか…!」

「貴方の人生と、()()()()()()()()のためにはそうすべきだという話です」

「そんな事はない!断じて!」

 

葬は手を額に当て、瞼を伏せると肺の中の空気を全てと何かを吐き出すように長く息を吐く。

 

「だから無理なお願いだと言ったでしょう…」

 

こんな状況で、この事実がどう影響するか、どう利用できるか損得勘定しているあたり己も()()だなと葬は密かに自嘲する。

 

「他にも理由はあります。AFOと手を切る理由が出来たからと言って、弔や連合を裏切る理由にはならない。リスクもデメリットも大きすぎる」

 

裏社会においてヒーローオールマイトはこの上なく邪魔な存在であり、憎悪や嫌悪の対象でもあるのだ。

これまで“悪の帝王“AFOの義娘として築き上げてきた地位が崩れる。方々から連座的な逆恨みで締め出しを喰らいかねないし、ヒーロー側への見せしめや人質としての価値が跳ね上がり身の危険が桁外れに増す。

どちらかが使い期を誤れば、どちらともが致命傷を負いかねない諸刃の剣だ。

この場に塚内がいること、予測される検査媒体の入手経路からして、警察や公安の上層部もこの事は知っている。

お互い簡単に切れるカードではない。

 

「いっそのこと、私に明かすべきではなかった」

 

母親を殺されたならばそれなりに大義名分は立つが、今の段階では理不尽な扱いもない。金払いもいいし人脈も権限も使い放題。裏切れば葬の方が立つ瀬を失くす。

人質に関してはなくはないが、明言されてもおらず手を出されたわけでもない。

きっと興味がないのだろう。それが一番安全だ。

もしもの時はと八斎會組長に後のことは頼んでいる。「孫に近いくらいの若いもんが、年寄りよりも先に死ぬこと考えてんじゃねえ」と苦言は呈されたが、人情に厚い組長は必ずやと引き受けてくれた。

根回しも何もなしにヒーロー側に付けば、治崎に任せている八斎會絡みの事業にも影響が出る。

資金源が絶たれかねないし、そうなれば仲間たちの生活が危うい。

それに、犯罪被害者とは言え、表面化すれば周囲から好奇の目に晒されかねない。過去の事はいつまでもついて回る。ならば今のまま、一切の過去を抹消した戸籍や人生を歩んでいた方が安全。

葬は正義を為したいわけではない。

危ない橋を渡ってまで、彼等をヒーロー側に託す必要はないのだ。

 

「コイツの言う事は気にしなくていいぜ。警部さん、アンタは上にそういう話がでたって事だけ報告あげて(伝えて)もらえりゃいいんだ。迷惑はかけない」

 

警察とヒーロー公安委員会は協力体制にはあるが、仲良しこよしではない。

歴史や権限は警察の方が上だが、今はヴィラン受取係なんて呼ばれて、不満に思ってる連中も多い。

そこに敵連合の情報と公安の弱みを餌に取引を持ちかけようと言うのだ。

 

「私はお前たちを売るつもりは毛頭ないよ」

 

レディ・ナガンはヒーロー社会の闇の部分の生き証人。

汚れ仕事を命じていた側としては、彼女に表に出てもらっては困るのだ。

元直属プロやヒーロー殺しでは制圧するのもリスクがある。

 

「罪ごと闇に葬る。それが彼等()のやり口だ。過去に行ってきたことをこの先しないとは限らない」

 

公安に身柄が渡れば、今度こそ口封じをされ、真相は藪の中。

上層部にAFOの息が掛かっている可能性も現時点は否定できない。

1人殺せば人殺しでも、100人殺せば英雄とは良く言ったものだ。

彼の信望者は多い。

心はなくとも青山のように脅された者以外でも、阿ったり、利益絡みで繋がっている連中も多い。

現時点では把握していないが、その決定をしている側にAFOの手が伸びている可能性も否定できないのだ。

ヤクザ(ギャング)が警察と繋がっているのは何も海(テレビ)の向こうだけじゃない。

塚内は内心で掌を握り込む。

塚内はいわば現場での叩き上げ組だ。これまで数々の犯罪者の取り調べにあたってきた。

だからこそ思うのだ。これは手強い相手だと。

対面時こそオールマイトの様子に面食らっていたが、切り替えてからは誘拐や母親の死を語ろうとも冷静を保ち。

最初でAFOを事の元凶として離れると決めて親元に帰りたいと望んでくれたらベストだったがそれも叶わず。

考えながら手持ちのカードを切る。

 

「この国は、社会は君たちを見捨ててなどいない。それはあくまで極少数の者たちが行った許されざる行いだ。君たちの人身売買に関わったヒーローをはじめ、関わった者には相応の処分が下される」

「塚内警部、できもしないことを交渉材料に持ち出すのはやめましょう。その少数に国家組織が含まれている事をお忘れではないでしょう。そもそも、あなたにそれを談る権限はないはずだ」

 

だからレディは上層部への繋ぎを求めている。

葬とて、その手の法律に精通しているわけではない。

ヒーローへの信頼を守る為とレディ・ナガンに命じていた秘匿命令の数々、窮迫した危険に晒されていると承知で引き伸ばし何人もの死傷者を出した過去。引っかかるとすればその辺りだろう。

 

「レディの提案を呑むという事は、それらを優に2桁闇に葬るのに加担することですが、その一端を担ぐのも貴方にとっての正義だと?」

 

いずれにせよ、できるわけがない。

“平和の象徴“の不在。怪人脳無の不気味な噂の浸透。すなわち情勢不安。

現在の状況で、ヒーローを統括する組織の違法行為を明らかにすることは、より社会的信用の失墜に直結する。

それを断固として阻止するためにあちらは動いているのだ。根底の目的の放棄など、決して承諾(のみ)はしない。

故に交渉材料としてすら上がらないのだ。

出すとしても、今ではない。

 

「それと、ステインもヒーロー連続殺傷事件については立件できても、私の護衛としての仕事の方はどうするつもりで?当然、誰を守ろうとしたが為の行為であったかは記録に残る。ついでに、彼の標的になった連中はヴィランに情報流していたり八百長やったりしたのも多い。『非業の最期を遂げたヒーロー』を『殺されても仕方がない卑怯者』と市民に思わせヒーローの信用を落とす事を、上層部は良しとするでしょうか?」

 

こちらは正直ハッタリもいいところだ。

裁判となれば原則公開。秩序や公序良俗を乱すと判断された場合は非公開になるが、“ヒーロー殺し“の裁判を非公開にすれば余計な憶測が飛び交うこと必至である。

彼も彼で信望者が沸くくらいには人気があるのだ。

 

「社会と自分達を天秤にかけて自分達をとると?」

「それが『普通』の人間の反応でしょう?見知らぬ人間10人より、私は私にとっての大切な1人をとる。私は貴方がたと違って公僕ではない。尤も、私たちは既に天秤にかけられて捨てられた側」

 

葬はテーブルの書類に目を落とす。

 

「私なんて、元より死人だ」

「いいや!君は今、私の目の前で生きている」

 

オールマイトは一瞬言葉に詰まった。

何せ自身が数十年に渡り第一線で危険に立ち向かい、AFOとの戦いで半死半生の怪我を負い、相棒の優しさも振り切ってここまで来たのだ。

死を予知され、それでもいいと、ゴールが決まっているならそこまでひた走ろうと。

命を賭けて戦い、死ぬ事を覚悟してしまった。

 

「…私にこんな事を言う資格がないのはわかっている。私自身、一度はそれで良いと考えてしまったこともある…それでも…」

 

そんな自分に。

それでも、大人として、これまで何もしてこなかった父親として、何か。

普段は無駄に回る口だと言うのに、こんな時ばかり何も出てこない。

 

「私は君にー」

 

オールマイトの言葉を遮って、葬は緩やかに首を横に振る。

 

「家族という存在や、穏やかな生活に憧れがないと言えば嘘になる。しかしそんなものは私個人の感情であって、仲間の安全や生活と天秤にかけて傾くほど、守ると決めたものは軽くはない」

 

覚悟と信念。

共に過ごした時間はなくとも、共通した生来の気質は血のつながりを感じさせた。

余計なところ似やがってと小さく漏らすレディとは逆に、ステインはどこか満足気であった。

 

「何かを成すために何かを犠牲にするのは仕方のないことだと、この前あったヒーローは肯定してくれました」

「その犠牲に君自身が入っている」

「当然。それなら私はそこまで。死ぬ公算が高いとしても、私にとって、私の生死はそれほど重要ではないのです。命懸けはヒーローの専売特許ではない」

「それはお前が背負うもんじゃねえだろ。本来なら、それは俺たちヒーローや、大人がやらなきゃいけないことだ」

「相澤先生」

「俺たち大人の力不足で、お前や他の被害者たちを救うことも叶わず、辛い思いをさせた」

 

誰かを守るために命懸けで、己の幸福も安寧も何もかも一切擲つ奴が、真っ先にオールマイトの顔色見て体調不良を心配する奴が、やり直せないわけはない。

父親を苦しめるためなんて理由で利用され続けて良いわけがない。

人生を、命を奪わせて堪るか。

相澤にまで頭を下げられ、葬は瞠目する。

 

「そっちも言ってたが、子ども守るのと責任取んのが大人の役目だ」

 

オールマイトもまた、頭を下げる。

 

「いきなり全部許して信頼してくれとは言わない。信用を築けなかったのは、信じない方でなく、信じてもらえなかったこっちの落ち度だ。だが恥を承知でお願いだ。信用を取り戻せるよう、力を尽くす。人質にされてる子たちも、こっちでどうにかする。説得力などないかもしれないが、今度こそ守り抜く。どうか、信じてほしい」

「…短い期間ではありましたが、相澤先生やオールマイト、雄英でお会いした先生方は信頼のおける方だとは思っています。ただ、後ろにいる連中が信用ならない」

 

既にホークスを介した取引も破綻した。その件に関しては担保を回収しているから、これ以上とやかく言うつもりはない。

 

「私は連合の情報源になりますが、同時に都合の悪い事実も知り過ぎている。事故あるいはAFOシンパ、他のヴィランの仕業と見せかけて殺される可能性は大いにあり得る。そうでなくても飼い殺しがいいところでしょう」

 

葬の処遇が逮捕に切り替わらないのは、そこに至るまでの動機や経緯を公にするわけにはいかないからだ。

その上、“平和の象徴“の実の子ときた。

言動を強制できる管理下に置くか、死人に口無しと始末するか。

 

「現にこの前、連合を裏切って情報を流せ。従えば命だけは助けてやるが従わねば殺すと脅かされて流血沙汰をやったばかりです」

「「「は?」」」

 

3人の声が重なった。

 

「ちょっと待て。どう言うことだ?」

 

保護対象の未成年に情報収集の強要?脅迫?殺害?と3人は混乱した。

ヴィランとの戦闘は日常茶飯事だが、確保は戦意喪失なり戦闘不能にさせることが大原則。

それこそ殺害もやむなしなどよっぽどのイレギュラー。AFOのように甚大な被害を出すあるいは出しかねない凶悪ヴィランや、脳無のようにそもそも対話不能かだ。

それを、物心つかない内に誘拐された、それも資格持ちのプロや行政の人間が関わった犯罪被害者の未成年を殺そうとした?

 

「…それ、いつの事だ?交戦状態だったか?」

 

相澤が唸るように声を絞り出す。

 

「去年の12月の末近くに、待ち合わせ場所に出向いたら胸ぐら掴まれましたよ」

「前に会った直ぐ後だよねそれ…?」

 

葬の後ろでレディが肯定して首筋を掻っ切るジェスチャーをする。

急所からの出血。

オールマイトは口から血を吐いた。

 

「さっき怪我したり危ない事なかったかって…」

「無いとは言いませんでしたし完治しているのでカウント外でいいかと…?」

「良いわけないだろ」

「トラブルがあったとは聞いたが…」

 

塚内は先ほど指摘されたDNA採取の経緯を考えてハッとした。

捜査本部に届けられた時は既にデータでしかなかった。

潜入捜査をしているホークスが死柄木葬のDNAを採取できたと公安経由で提供されたが、もしかしてその時のものでは。

それに思い至り、頭を抱える。

まさか既にここまで拗れているとは。

これは早急に関係各所との()()()()が必要だ。

彼らの様子に、葬たちはやはりこちらとは別動かと再確認した。

葬は検査結果の用紙をヒラヒラと振るう。

 

「まあ、それでこの検査結果が出たからって手の平返しされたらそれはそれでクソ」

 

さもありなん。各人はそれぞれ言葉を飲み込んだ。

 

「仮に、私が“平和の象徴”の実子だからと見逃されても、ならば私以外の者達はどうなるという話です。貴方がたは私の仲間をAFOに取られている人質と認識している。それは間違いではない。彼らは私にとって質になり得る。彼らの生活を脅かされたくなくば口を噤めと、従えと言われたら、私はそうする他ない。それは今と何が違う」

「そんな事は決してさせない!」

 

まさか父親がオールマイトだと分かったからと喜んでヒーロー側に与して情報渡して協力し、その後は大人しく黙って真っ当に更生して社会生活送ってくれる、なんて都合のいい予想を立てるほど能天気(お花畑脳)なわけではあるまい。

仮に手出し口出しをされないとして、全部水に流せと言うのか。

 

「まあ、とんだポンコツクソ親父だけど腐っても元No.1の“平和の象徴“だ。影響力もでかい。連中も多少は気を使うだろうさ」

「私といい轟君といい、No.1ヒーローは家族関係が拗れるってジンクスでもあるのか?」

「ポンコツクソ親父…ん?エンデヴァーも?」

「轟君に色々と聞きまして。大分センシティブな内容なのでここでは差し控えますが。相澤先生、情報の取扱いはなるべく早く教えた方がよろしいかと。情報抜く側(こっち)としては楽でいいんですけど」

 

次のヒーロー基礎学が座学に変更される事が決定した瞬間であった。

 

「この前会った時は大丈夫そうでしたけど、メンタルケアはきちんとお願いしますね」

「引っ掻き回した奴が言うな。お前から連絡あった後、轟と爆豪中心にガッタガタになったんだぞ」

「それは申し訳ない。轟君のお姉さん拾ったついでに生徒家族の方に人手回してこちらへの追及が手薄になればくらいだったのですが」

「お前なぁ…!」

 

この話題はカマかけ。それぞれも反応を見る限り、()()()の身元には辿り着いていないようだ。

 

「話を戻しますが、こちらとしては、そちらと手を組むにはメリットが薄い上にリスクが大き過ぎる。何より、背後が信用ならない。よって現時点では協力はできない。それにお互い、もう引ける所にはいないでしょう」

 

既に残された時間は少ない。

 

「それはどういうー」

 

その時、小さく、ほんの僅かに、葬たちの通信機が信号を拾った。

 

「「「‼︎」」」

 

ピリッ…と空気が変わる。

 

「どうやらタイムアップのようだ。お客(・・)が来たようです」

 

すぐさま2人が動く。

あらかじめ指示していたのだ。

他の部屋に配置したラブラバに、防犯カメラのハッキングとドローンでの周辺監視と、動きがあるようなら合図をするように。

レディの“エアウォーク“と別室待機のジェントルの個性で、逃走準備は万端であった。

戦線の方には、時間をずらして伝えていた。その上でオールマイトたちには直前で変更を伝えている。この時間にきたということは、出どころは予想がつく。

相澤たちも直ぐに察しがついたようで、眉間に皺を寄せる。

 

「尾行はされてなかったぞ」

「ああ。こちらも介入拒否は伝えた。向こうも承諾したはずだ」

「約束事を守る気がないのでしょう」

最初から、この会談は破綻する予定だったのだ。

 

「気が変わられましたら連絡を。踏ん切りがつかなければ、私が個性を使ってもいい」

 

愛情の反対は無関心。

こちらに向ける感情など、カケラも残さず消してみせよう。

すっかり護衛に頭を切り替えた2人と共に、葬は場を後にしようとする。

 

「待ってくれ!」

「ひとつ、AFOには礼を言わなければ」

 

オールマイトの制止に、葬は振り返らぬまま。

 

「貴方から戦う力を削いでくれたおかげで、私は貴方と殺し合いなんて真似をしなくて済む」

 

彼女の表情はわからなかった。

 

「さようなら、オールマイト」

 

──────────────────────────────

 

これで良い、これでいいんだ……

 

オールマイト

この後、会長宛に直電する。

 

塚内

前提情報がだいぶ違った。

なんで来たんだ本部承認のはずなんだが?

「社会と自分達を天秤に〜」は原作の発言。

(青山一家宛だったけど「?」と思ったby作者)

 

相澤

教師として、ヒーローとして、大人として。

信用取り戻すのは楽じゃないのは百も承知。

 

お客さん

お察し。

なお一部の独断専行。

葬と逆方向の信頼()が出来上がっている為にすれ違っている。




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