あれから、葬は寸暇を惜しんで動き続けていた。
衝撃も動揺も覆い隠し、捻じ伏せ、消し去って。
「やらなきゃならない事が山程あるんだ」
連日、リ・デストロ等との打合せ、表側の政治家であるトランペットとの政界関係者への調整打診、裏側は治崎を連れ回して根回しに奔走している。
加えて施設備品の拡充、通信体制の強化にこちらも徹夜作業中のスケプティックにネチネチと嫌味を言われながら栄養食やエナジードリンクの空缶を積み上げる日々。
時折、ホークスが接触してくることがあったが、この時期戦線本部において葬は常に誰か幹部と連れ立っていた。
「要件を言え。後でいい?後はない。今3分やる」
当然、人に聞かれて良い話ではない。
その場で話せない奴は引き下がるしかない。
事実、後でと言われてもびっしりとそれこそ日によっては分刻みでスケジュールを組んでいた葬に時間はなかった。
休憩どころか睡眠時間すら削り、見かねたレディの指示でステインの“凝血“による拘束の後強制入眠すらざらである。
身動きできないまま俵担ぎにされた葬は苦言を呈する。
「せっかく採血したのに」
気軽に病院に行けない割には怪我をするため時々自身の血を貯めてあるのだが、それを使われた。
耐性がなければ一服盛られているところだ。
なお、個性の影響かステイン曰く血の匂いに敏く人によって変わるそれは個人特定さえ可能らしい。オールマイトのすら判別できると豪語する彼に、レディがドン引きしていた。
ヒーロー殺しはオールマイトと対峙したことはないはずである。
そんな中齎されたのは、ヒーロー及び警察による掃討作戦の決行日の報せだった。
『
連絡は、士傑高校に通っている仲間からだ。
図らずとも今回は情報の供給源となっている。
タルタロスに関しても、彼の先輩に施設関係者の家族がいたことからそこを足がかりに進めていた。
彼も元ナンバーズ、それだけの訓練を受けていて、それだけの実力があるということ。
敵陣真っ只中に居ようと、そう簡単に遅れを取るとは思えない。
古巣を出てからのここ数年はその成長ぶりも顕著で、成長期に間に合ったのか環境や栄養状態の改善もあって身長や筋力の発達に伴う身体能力も飛躍的に向上している。
ステインに師事し、技術面の習得にも余念がない。
彼はその個性の特性もあって戦闘員として訓練された。以前は反発し折檻を受け、傷だらけになっていたが、己の意志で戦う事を決めた彼は近接戦闘面においてならば、葬以上の力量を見せる場面もある。
仮免試験の時はプロがヴィラン役をやったそうだが、ハンデ付きの相手など1人でも蹂躙できただろう。現場に公安職員もいて、目をつけられないようにと程々優秀程度の点数で抑えたようだ。
彼はインターン先の事務所が管轄する支部への突入の後方支援部隊。
そこは空にしておこう。
全体の大まかな配置の情報を受け取る。
エンデヴァー等を主軸とした対死柄木弔蛇腔部隊。
ホークス等を主軸とした対超常解放戦線群訝山荘部隊。
いずれにも雄英高校ヒーロー科の生徒等仮免保持者がインターン生として後方部隊に配置。
他、士傑高校及び傑物学園などに所属する者も全国各地に点在する支部の制圧補佐、周辺の避難誘導にあたる。
作戦決行は、戦線の各隊長含む主要メンバーが一堂に会する総会当日。
狙われるとすればその日だろうと予想はしていたが、これで確定した。
『また新しい情報が入り次第連絡する』
「あまり危ない真似はするなよ」
「『お前が言うな』」
即座に電話の向こうとこちら側からステレオでブーメランが返ってきた。
『おい』
「ん?」
『必ず、生きて帰って来い』
元No.46は葬の次に生き残った年数が長く、共にいた時間も多い。
ヒーローという職業に就きたいわけじゃない。それでもヒーロー候補生養成学校として最高峰の雄英と並び立つ士傑のヒーロー科に籍を置いたのは、全ては葬の側に並ぶ為。役に立つ為。
手足でも頭でも個性でもくれてやる、好きに使えとそう言って元No.58と共に頭を垂れた。
この先、何があろうとも共に。この先、自ら膝を折るのはお前だけだと。
願わくば、暗闇で血に染まる己の側でなく、日の当たる場所で心穏やかに生きて欲しい。
今はまだ葬が禁じているから今回のようなイレギュラーを除いて関わってはいないが、彼らが成長し大人になれば。
だからこそ、彼らがその身を汚さずに済むように。
「悪い、もう切るよー留守を頼んだ」
『あ、おい』
答えにならない応えを返して通信を切る。
葬は嘆息して、椅子の背もたれに身を預け天井を仰いだ。
状況を整理する。
蛇腔側は既に個性ストックや器材・データなど含め最低限必要な物を残し予備施設に移している。
弔も直前に動かしたいが、ドクターが思いつきで行った実験により想定以上に進んでいたはずの進捗が遅れぎりぎり。定着率70%以上でないと容態が安定しないため動かせない。
警戒心の強いドクターが戦線の人員による警備を拒絶したため、あちらの守りは脳無頼り。
戦力は稼働テストの済んでいない最上位型5体とニア・ハイエンド複数体。
加えて“転移“と“二倍“の小型が2体。
相手の戦力を考えると、弔を逃すまでの時間稼ぎにはなる。
おそらく、ヒーロー側の主戦力はあちらに投入されるだろう。
弔の強化改造が向こうに知られているのなら、完成すれば脅威だ。必ず排除に動く。
対して、大人数での集会を襲撃するとなると、より多くの人員が割かれるのは群訝山荘側。
他の支部も応戦・応対すると人員の組立を微調整しながら、ついでにエネルギーもといカフェインを求めて伸ばした手は、空振りに終わった。
「お前これ何本目だ?」
「何本目…?」
レディにエナジー飲料を取り上げられて問われ、葬はちょっと困った。
はていつの分からカウントしたものか。
その時点でアウトである。
「代わりにこちらを。合う茶器がないのが残念だが」
代わりにデスクに置かれたのは、テディベア柄のマグカップに注がれた、
ローテーブルで作業をしているラブラバにも同じ物が出されている。
「そっちはどうだ?」
「順調よ!前に腕試しでどこだったかしら?どこかの会社のセキリュティに潜った時よりちょっと硬いケド、私にお任せ!」
「頼もしい限りだラブラバ!」
「ジェントル…!」
2人の背景に花が飛んでいるのは、きっと気のせいだろう。
「少し休め」
「さっき仮眠をとったばかりだよ」
「小一時間ばかしソファで横になりながら仕事やんのは仮眠とは言わないんだよ」
数メートル歩けばベッドがあるというのだからちゃんと寝ろと。
そういうレディや他のメンバーにも色々と任せているので、皆忙しい日々を送っている。
「時間がないんだ。ヒーロー側の襲撃日程が判明した。やはり総会を狙っている」
「死柄木完成前のタイミングで戦線の一網打尽を狙うならそこしかねえだろうな」
レディはガリガリと頭を掻く。
「で、どうすんだ?」
「どうするとは?」
わざと呆けた返答をした。
彼女たちは分かっているのだ。
葬の出している答えが変わっていないことも。
「あちらからの返答は?」
「着信と留守電の数見るか?」
「やっぱり諦めてはくれないか」
「当然だ」
ステインにじろりと睨まれる。
英雄が人を救う事を諦める。そんな事はありえない、と。
「親不孝なんて言葉、私には無縁だと思っていたのに」
出されたハーブティを口にすれば、りんごに似た甘い香りとすっきりとした味わい。ほのかな甘みはハチミツが垂らしてあるのだろう。
温かさが腹に落ちる。
「犠牲無くして何かを成し得る事はない。これからやろうとしている事は、多くの犠牲を払うだろう。『1人でも多く』それが私の役目だ。それでもここから先、これまで以上に五体満足生きて帰すと約束はできない。だからー痛っ」
CHOP!とけっこういい勢いでレディから頭に手刀が落とされた。
「バカ言ってんじゃねーよ」
「飲み物持ってるのに危ないじゃないか」
「お前がバカ言うからだろうが」
先日の会合は少なからず彼女たちに衝撃を与えた。
考えに考えて、そして出した答えを、彼女たちは受入れた。
「繋ぎ紡がれたその先。それを見届けるのが義務だ」
「怪傑紳士ジェントル・クリミナルは義賊であるからして、義に背くなど以ての外!」
「ジェントルが協力するなら私だって何でもするのだわ!」
後戻りはできない。前に進むしかないのなら、送り届けるのだ。
未来へ。
「失敗したら、簀巻きにしてポンコツ親父に差し出してやるからな」
「…そうか。それは失敗できないな」
ふっと葬は微笑う。
希望や信頼を向けられて、重責を背負い、それでも笑って見せる。
「ボスが好きにやれと言うんだ。私は私のやり方で、好きにさせてもらう」
現状、どちらを選択してもどこにも安寧の地はない。
ならば一か八か。
人生は花火みたいなものとは過去の人はよく言ったものだ。散るも一興だが、しかし。
「
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ヴィラン掃討作戦を明日に控えた夜。
「とうとう、明日だね」
市民の避難を主にする後方部隊とはいえど、弱冠15〜6でその作戦に参加する事となった学生たちはどことなく落ち着かない様子であった。
明日に備えて早めに寝ようとする者、落ち着かず共有スペースに人がいないかと集まる者、ぎりぎりまで個性の訓練に注力する者と様々だ。
「おい」
「かっちゃん、どうしたの?」
「面ァ貸せや」
そろそろ休もうかと思いつつもやはり落ち着かずにソファで話に混ざっていた緑谷に、爆豪が声をかけた。
「おいおいまた喧嘩じゃねえだろうな?」
「やめろよこんな時に。明日に障ったらどうすんだ」
「ちげぇ!」
引き止めようとするクラスメイト達を一蹴して、爆豪はずんずんと足を進める。緑谷が「かっちゃん、どこに行くの?」と尋ねるが応えは返ってこない。
「ここって…」
やがて爆豪が足を止めたのは、いつぞや2人で殴り合いをした場所だった。
「ガキの頃、虫取りに行って俺が川で転んだの、覚えてっか?」
「え?」
唐突に訊かれ緑谷は記憶を探るが、ずいぶん前の、それも小さい頃のことだ。
「ごめん、覚えてないや…」
素直に白状した。
爆豪から睨まれるか舌打ちか罵倒か罵詈雑言あたりは飛んでくるかと思ったのだが、それもなかった。
「俺はお前を見下してた。無個性だからって。あの時、お前に手を差し伸べられた時から、後ろにいるはずのお前がずっと先にいるような気がしてた」
それは初めて聞く、爆豪の本音。
「気味が悪かった。自分のことを勘定に入れねえお前が不気味で、それでも折れねえで
雄英に入って何ひとつ思い通りに行くことなんてなくて、相手の強さを、自分の弱さを理解していく日々だった。
「今のテメエは、確かにすげえ力を持ってる。オールマイトの力だ。でもお前は、緑谷出久は、力を手にする前からすげえ奴だった。俺は初めから負けてた。嫌だった。見たくなかった、認めたくなかった。だから遠ざけたくて虐めてた」
言ってどうにかなるものじゃない。だけと、これは本音なのだと。
「今までごめん」
爆豪は、頭を下げた。
「かっちゃん…」
緑谷は初めて見る爆豪の様子に戸惑った。
彼は、爆豪勝己は緑谷出久にとって1番身近にいる『憧れ』だ。
それはこれまでも今も変わらない。そしてこれからも、きっと。
「えっと、あの、その、確かにやり過ぎだろって思った事はあったけどさ、ほら!僕は別に気にしてないからさ!」
「そういうところがキメェしムカつく」
「えぇ……」
一体どうしろと。
「これは俺の禊だ。明日、死柄木の兄貴の方共々ヴィラン女ブッ飛ばすのにケジメつけただけだ」
断じてあの女に言われたからじゃない。
元々謝るタイミングは探していたのだ。決してキッカケとかそういうんじゃない。あの女に遇ってからすでに3ヶ月近く経っているのだし、だからと言って別に3ヶ月ぐだぐだモタモタしていたわけじゃない。
爆豪はふつふつと沸き立つ怒りに手をわきわきとさせる。
「俺が頭下げたんだ、あの性悪女にも頭下げさせてごめんなさいさせてやんだよ!」
緑谷は静かに、真っ直ぐに応えた。
「そうだね。止めよう、今度こそ」
事情があるのは全部ではないが知っている。
短い間ではあったがクラスメイトとして接している間に気づくことができなかった。青山の時に抱いた悔恨はまだ記憶に新しい。
「通形先輩に聞いたんだ。彼女は救われることを諦めてしまってるって。インターンの時に遇った彼女を引き止める方法がわからなかった。今でもわからない。だけど、このままで良いってことはないと思うんだ」
ヴィランが何故ヴィランになったのか。
これまで当たり前に思っていたヒーローとヴィラン。白と黒の境は、世界の色は曖昧だった。
自分たちはずっと眩しい太陽に守られてきた。
だけれど、明かりの届かない暗闇も確かに存在するのだと思い知らされた。
闇に呑まれて、手を伸ばせなくなった人がいる。
彼女だけじゃないのかもしれない。他のヴィランだって、何か事情があるのかもしれない。
それでも。
「このままじゃ、もっと沢山の人に被害が出る。もっと罪を重ねさせる事になる。求められていないのかもしれない。僕じゃ何もできないのかもしれない。でも、救けが必要なら、たとえ振り払われても、僕は手を伸ばす事を諦めたくないんだ」
余計なお世話は、ヒーローの本質だから。
「……とっ捕まえさえすれば、オールマイトが面倒見んだとよ」
「オールマイトが!?」
仮免取得の当日に聞いた話を、口止めされている部分を省いて濁した。
「やっぱりオールマイトは凄いやちゃんと先を見据えてるそうか被害者救済の為の団体は前例もあるしオールマイトは頻繁にそういう寄付のチャリティにも参加してるから詳しいんだろうなそういえばこの前ヒーロー基礎学で更生制度を「うるせェ」
爆豪は延々と垂れ流される緑谷の独り言を一言でぶった斬った。
まだ話は終わっちゃいないのだ。
「お前の力は確かにすげえ。テメエはテメエが死にそうになろうが1人で突っ込んじまうんだろうがな、でもな、お前は何でも
とん、と突き出された拳が緑谷の胸を叩く。
「1人で戦おうとすんじゃねえぞ。俺も、俺らも連れてけー出久」
「ーうん!」
爆豪の拳に、緑谷は自分の拳をコツンとぶつける。
「勝つぞ」
「うん、勝って救ける、だね!かっちゃん!」
勝って救ける、救けて勝つ。
両方を1人ではできなくても、2人なら。
それでも足りないのなら、皆で。
「それと」
緑谷は付け加える。
「『デク』でいいよ、かっちゃん。僕は、頑張れって感じのデクだ!」
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葬
腹は括った。
好きにやらせてもらうとしよう。
勝己
謝った。
意地になって出久呼びするけどまだしばらくはデクが混ざる。
出久
鋼メンタル。本当に気にしてないのに…
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後半はかっちゃんの「ごめん」回でした!
デクVSA組回劇場往復しました(涙)