一輪花の咲くまで   作:No.9646

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68話 救う人、救われる人、ヒーローの所在②

 

ピ、ピ、と静寂の中に電子音と機械の排気の音だけが響く。

部屋の中央に鎮座するベッドの上には、弔が眠っていた。

ここ数日と同じく、葬はマニュアル通りの手順で機器を操作する。最後にボタンを押せば、バチっと電流が流れる音がして、弔の身体が跳ねた。

間も無く、すっと瞼が上がる。

赤い瞳でじろりと睨め付け、弔は不満気な声で文句をつけた。

 

「おい」

「おはよう。今は16時だよ」

「また身体動かねえんだけど。いい加減これやめろ」

「安全対策だから我慢して」

 

弔の身体はステインの“凝血“で動かなくしている。

オールマイト並みのパワーを持った弔には拘束具が意味を成さないからだ。

AFOの人格では瀉血で対処していたのでそれをやるかやらないか、第一声でどちらの人格が出ているかを判断している。

防御用の盾を張っているジェントルは毎回足をガクガクさせる瞬間だった。

人格が弔であることを確認して退出させると転がるように出て行く。大仕事をやりきったのだから、もう少し自信をつけても良いと思うのだが。

数分もすれば“凝血“の効果も切れた。

その間に淹れていたハーブティーのカップを弔に差し出し、葬も自分の分を持って向かいの椅子に腰を下ろした。

この場には、弔と葬の2人きり。

 

「さて、じゃあ始めようか」

 

“感情支配“を発動させた葬の右眼に八色の光の花が咲く。

弔はじっとそれを見つめる。

何をしているかと言えば、弔の精神調整だ。

彼の憎悪を葬が奪ったことでバーンアウト症候群の傾向があった。

けれど彼の中には依然としてAFOが宿っている。

これは個性因子を介して弱った精神を喰われない(乗っ取られない)ための訓練。

訓練は“感情支配“をかけながらの対話、カウンセリングのようなもので、時々与える感情を切り替える時に宣言する程度で葬が聞き役に徹することもあれば、煽って口喧嘩の様相を呈することもある。

 

「自分は誰で、何をしたいか。確固たる自我、信念、夢、願望、原点。何でもいい。結局のところ、精神干渉は我を通した方が勝つ」

「随分と哲学的だな。自己啓発本でも読んでる気分だ。書いてみろよ」

「文章ならスピナーの方が良いんじゃないか?私は報告書くらいしか書けないから。まあ、私は自分が何者かなんてどうでもいいけど」

「一瞬で矛盾してんじゃねえか」

「私の場合は『自分が誰か』より『何をしたいか』の方に重きを置いているから。私自身のことはけっこうどうでもいいんだ」

 

元は名前すらなかったこの身は、随分と肩書きが増えた。

消耗品として消費されまいと必死で己の価値を上げていたお人形の9番。

それが“悪の帝王”AFOの義娘、国内最大級の反政府組織のNo.2。

“平和の象徴”オールマイトの娘。

“魔王”死柄木弔の制御装置。

そのどれであろうとも、方法は変われど目的は変わらない。

 

「私は私の大切な人たちを守りたい」

 

対話は弔が自身の内側と向き合う無言の時間も多かった。

 

「大切…大事なもの…誰…何を…」

 

己の胸のうちの内をゆっくりと浚う。

 

「俺は、ヴィランだ」

 

悪意を以って全てを壊す。

そんな思いの、そんな思いに呑まれないように隠した、奥の奥。

小さな小さな、本当に大事なモノ。

ちかりと何かが光った気がした。

 

「俺はー」

 

─────────────────────────

 

緑谷が雄英に帰ってきた。

事の全てがすんなりと行ったわけではない。

不安に駆られ緑谷を拒絶する市民に一石を投じたのは麗日だった。

 

「ここを!彼の!ヒーローアカデミアでいさせてください!」

 

小石が立てた細波は波紋のように広がり、やがて流れとなった。

その光景を見ていた根津は感じたのだ。

この一歩は小さな一歩かもしれないが、これまで人々が歩み寄れなかった一歩を踏み出したのだと。

再び雄英へと受け入れられた緑谷は、流れ作業で風呂場まで運ばれて丸洗いされた。

 

「おい湯船に汚れが浮くだろーが!!金タワシと業務用洗剤原液で刮げ!!」

「用法・容量は守らなきゃあダメだぜ!」

 

そしてようやく、まだまだ完全ではないものの腰を落ち着けた。

ただ、まだ眠れそうにもなかった。

すっかり視野の狭くなっていた自分は、気遣ってくれる師の厚意すら無下にしてしまった。

謝らなければと話していると、轟が無言で窓を指差す。

ガラスに張り付いたソレは、絵面が軽くホラーだった。

 

「こちらこそ力になれずすまなかった緑谷少年!!」

 

がばと頭を下げるオールマイトに、緑谷も申し訳ないと謝罪を返す。

 

「僕の方こそ、すみません。心配をおかけしました。あと、まだ、彼女への手掛かりも何も掴めなくて…」

「それは君が気に病むことではないさ」

 

策を講じて関係を公表したが、それの意趣返しの如く緑谷をピンポイントで狙われるのは想定が甘かった。

 

「びっくりしたよなぁ。黒衣ーでいいのか?まさかオールマイトと2人が親子だなんて」

「それも生まれてすぐに誘拐だなんて…決して許されることではありません」

 

人の命を、人生を。奪い、弄び、踏み躙り。

許せるはずがなかった。

 

「轟もさ、家庭事情で、悔しいよなぁ。轟が何かしたってわけじゃねぇのになぁ」

「したよ―血に囚われて、原点を見失った。でも今は違うから、違うってことを証明する。皆に安心してもらえるように」

 

エンデヴァーへの批判は当然あるが、想定していたよりずっと下火だ。大衆の関心は専らオールマイトと葬へ移っている。

それでもやはり心無い者たちはいるから、自宅とは別に家を買って、母や姉兄はそちらに移った。

本当なら、轟焦凍ーエンデヴァーの息子、荼毘の弟がここにいることはあまり良くないことなのだろう。

 

「家みたいなどうしようもない、とっくに壊れてた家族だけど、何とか繋がって、歪だけど形になろうとしてる。だから荼毘を、燈矢を止めるんだ」

 

辿々しく、探りながら言葉を紡ごうとする轟の頭を、大きな手がポンと優しく撫でる。

 

「私も、あの子と家族になれるように頑張るよ、轟少年。一緒に頑張ろう」

「―はい」

 

かつては身構えることもあったが、乗り越えつつある父親の手とも違う骨ばった大きい手のひら。

憧れた相手ともあって、轟はくすぐったくもあり、温かくもあり。

少しばかり目を細める。

 

「お、轟もちょっとは肩の力抜けたか?」

「大変だろうけどさ、俺らも手ぇ貸すからよ!」

「ああ」

 

彼らは、いつだって側にいてくれる。

初めて隣に立つことができた友人たちが彼らで良かったと、轟は心から思うのだ。

 

「驚きと言やぁ緑谷もだよなぁ」

 

上鳴が緑谷へ水を向ける。

 

「すっげえ強くなってんの!俺ら全員がかりでやっとだぜ?ダークシャドウも振り払っちまうし、なあ、ってあれ?」

 

話を振った相手の姿がなかった。

 

「常闇どこ行った?」

 

─────────────────────────

 

緑谷が雄英に戻った。

まだ寝付けないようであったが、表情は随分と和らいでいた。

それを見届けて、常闇は寮を抜け出した。

彼の顔は険しい。

あれから、常闇は会話の機会を得られていなかった。

電話にも出ない、メッセージにも反応がない。

ようやく、彼が雄英に訪れていることを視界の端で捉え会議室前で待ち構えていた。

ベストジーニストと共に出てきたところを声をかける。

 

「ホークス」

 

振り返りもしない。聞こえないふり。

 

「ホークス!」

 

ベストジーニストが助け舟を出し、ホークスの肩を叩く。

 

「先に車に行っている」

 

「あ〜」とぼやきながらガシガシと頭を掻いてホークスは振り返る。

白々しい貼り付けた笑顔。

 

「とりあえず、場所変えよっか」

 

2人が向かったのは屋上だった。

歩く最中は無言で特に示し合わせたわけでなく、前を行くホークスが足を向けたのがそこだった。

いつでも飛び去れるから。

 

「それで、話って何かな常闇くん。知っての通り忙しっくってもう」

「あの映像のことだ」

「幻滅したでしょ?」

 

親は犯罪者、公安の汚れ仕事を担い、ヴィランと言えど未成年の少女に(羽根)を突きつけ身の安全の引き換えに脅し、大量出血までさせている。

とてもじゃないが、ヒーローのやることじゃない。わかっている。

 

「あ、俺のとこのインターン生ってのも外聞悪いでしょ?他のヒーローに頼んで変更してもらうよ。ベストジーニストさんならたぶん引き受けてくれると思うんだよね」

 

軽い調子で捲し立てれば、当然、返ってきたのは怒号だった。

 

「ふざけるな!!」

 

そうだろうな、と振り向いたホークスはぎょっとした。

常闇は怒っていたー同時に、泣いていた。

ぼろぼろと涙を溢しながら、泣きながら怒っていた。

 

「俺の師はあなただ!ヒーローホークス、俺に飛び方を教えてくれた、ウィングヒーローホークスだ!」

 

ぐず、と鼻を啜り涙を拭う。

 

「確かに、あの映像を見て、ショックだった。なぜ、どうしてと思った…あなたの親が誰だろうと、そんなことはいい」

 

轟だって親の業を、兄の罪を負う必要などないのだ。

ならばホークスだって、親の罪を背負う必要などありはしない。

 

「…俺は、あなたの翼を美しいと思った」

 

逞しく羽ばたく、誰よりも速く飛ぶ大きな紅い翼。

蒼い炎で灼かれ大分少なくなってしまった。

それでもその背中は、憧れたヒーローの背中なのだ。

 

「その翼が泥に塗れるのを、羽根が血に染まるのをもう見たくない。だから俺は、どこまでもあなたを追いかける!あなたも!緑谷も!誰も汚れなくていいように!みんなーヒーローも!笑っていられる世の中にしたい!」

 

ヒーローが暇を持て余す、笑ってしまうくらい、明るい未来。

OFAーオールマイトが緑谷へ、緑谷がA組へ、麗日へ、人々へ。

 

「綺麗事かもしれない、ああ、綺麗事だ!しかし!ヒーローが綺麗事を言わなければ、誰が言うんだ!」

 

自分の歩んできた道も、彼に繋がっているのか。

 

「ありがとね、()()()()くん」

 

ばさりと少なくなった翼を広げ、ホークスは飛び立った。

高く高く。見るものが誰もいない空へ。

まだ僅かに残っていた雨粒がゴーグルに当たる。

 

「こんゴーグル、視界悪かとね」

 

こんなにも、滲んで見えるなんて。

 

─────────────────────────

 

「あちらに動きがありました」

「目良さん」

 

オールマイトやホークスらのいる臨時会議室にやって来たのは、ヒーロー公安委員会の委員長代理となった目良である。

 

「大丈夫ですか」

「ええ、まあ、はい。寝たいとか言っている場合じゃないので」

 

普段から激務に追われる彼は好きなものをノンレム睡眠と答える社畜であるが、目の下の隈も隠せないほど濃くなっている。

休む暇もなければ、気の休まる時もないのだろう。

40にもならぬ彼が代理とは言えど委員会の長となったのは、先のリ・デストロ捕縛作戦の際に多くの死傷者を出し、一命を取り留めたものの大多数が未だ入院中であり、無事な上役もその席を疎んだから。

誰も沈むと分かっている舟に乗って泥に塗れたいとは思わない。

謂わば蜥蜴の尻尾切り要員。

否、彼だけではない。

政府上層部はヒーロー公安委員会そのものを切り捨てる事にしたのだ。

 

「すみません、俺の責任です」

「君の所為ではありませんよホークス」

 

ノートパソコンを開きながら事もなげに目良は言う。

 

「我々はより多くを救ける為に、より良き社会の為にと少数に犠牲を強いてきた。今度は、我々の番だというだけです」

 

どの道、国民の信頼を失った以上、誰かが責任を取らなければならないのだ。

そしてその責任は、自分たちがレールを敷いてしまった20そこそこの若者に負わせるべきではない。

 

「それで、動きというのは?」

 

問われた目良の答えに、一同の表情が変わった。

 

「乗って来ましたか」

 

ホークスの読みが的中した。

会見にあたっての打ち合わせで、彼は再びオールマイに頭を下げた。

 

「申し訳ありません、オールマイトさん。もう一度、娘さんを利用させてください」

 

オールマイトと葬の親子関係の公表は大きなリスクがあった。

それでも公表に踏み切ったのは、向こうがこちらの考えを読んでくると読んでのことだ。

 

「もう一度あの死柄木弔と戦えば、またどれだけの被害が出るかわかりません」

 

不完全な状態でアレなのだ。

潜伏し回復されたら、ましてや万全の状態で攻められたら、人的にも経済的にも大打撃は必至。

実際、円の価値が大暴落、煽りを受けた日本企業が倒産の危機に喘いでいる。

既に莫大な損失が出ているのだ。

 

「その点、死柄木葬の方なら戦わずに押さえることも不可能じゃない」

 

向こうは荼毘の動画で世論を掻き乱した。

それを逆手に取る。

 

「ぶっちゃけ、死柄木葬は旧解放軍連中にとって利用し易いんです」

 

“平和の象徴“オールマイトの実子というブランド。行政側の責に帰す瑕疵がある事件の被害者、しかも見目の良い未成年の少女で、AFOの後継死柄木弔の公然の義妹。

弔の補佐として教育されているから運営側としての実務能力もある。次点で表の顔でパフォーマー(個人事業主)をやっていたMr.コンプレス、続いて社会人経験のあるトゥワイスがなんとかやっている。

反面、元が使われる側であったから個人主義傾向のある敵連合の中では組織行動に慣れていて先達であるリ・デストロには敬意を払うし、大規模運営の経験はないから解放軍のメンバーの裁量で動かせる。そしてそれを良しとするバランス感覚も備わっている。

個性の“感情支配“も幹部たちの個性と相性が良い。

耐久力に限界のある複製ですら、目良を含め委員長をはじめ配備されたヒーローや武装した職員に多大な被害を出したリ・デストロの“ストレス“の最大効果を瞬時に引き出せる。

何より、一般市民が集まっている前に出すだけで駒にできるのだ。

そこにトランペットの“煽動“が加われば、あっと言う間にこちらが強硬策を取れない集団暴徒の出来上がり。

ましてや死柄木葬は極力傷を負わせずに確保を求められる。

決死覚悟で前に出てこられたら、攻撃の手を緩めることになりかねない。

弔に比べて戦闘能力は遥かに劣るが、その分彼女の存在は盾となる。

 

「なので、あちらから手放してもらいます。敵連合と解放軍を分断させる」

 

荼毘のように向こうに先手を取られる前に、こちらからある程度情報を公開する。

あちらから暴露される前にオールマイトと葬の親子関係と経緯をこちらから公表するのだ。

エンデヴァー(轟家)のスキャンダルを塗りつぶせる話題を提供し世間の注目を逸らし、悲劇を演出して、親元に帰れない可哀想な被害者少女に仕立て上げる。

それをいつまでも手元に置いておけば反感を買う。

超常解放戦線の目的は、現行制度の象徴とも言えるヒーローを殲滅しそれに伴う混乱が生じた隙に法による秩序を失った世界で自衛と言う名の自由を謳い政権を取ること。

破壊行為に正当性を持たせ民意を盾にとる手前、必要以上に世論に外方を向かれるのは避けたいはず。

超常解放戦線のトップは死柄木弔だが、実際動かしているのは旧解放軍らのメンバーだ。

ババ抜きのババに転じたジョーカー(死柄木葬)を最後まで持とうとはしない。

 

「しかし、それでは彼女の身に危険が及ぶのでは?私は恨みを買っているから…」

「そこはあちらさんに自分でカバーしてもらいます。解放軍側も担げる内は神輿を守る。少なくとも連合は死柄木側につくし、彼女自身少数ですが自分の手の人間を持ってる」

 

カバーされるから現状こうなっているわけで。

死柄木弔を手中に収めた彼女は、オールマイトの娘と暴露されて逆恨みから襲われても、弔に身を守らせることができる。

強大な力を見せつけた弔の存在が、葬を守るのだ。

それでなくても側にレディ・ナガンとステインがいる。そうそう簡単に手出しはできない。

リ・デストロ等が葬を切り捨て、彼女が彼らを見限るならそれも吉。

敵連合と旧解放軍を分断させられるし、仮に葬が孤立すればこちら側につくよう交渉できる公算が高くなる。

 

「とまあ、ここまでは読まれること前提、本当の目的は更に先」

 

あの狡猾な少女がただで転ぶわけがない。

自身の身柄と引き換えに、最大限の譲歩を引き出そうとするだろう。

そしてその結果は公にされなければならないし、その為には場が必要になる。

拠点を隠す都合上、場所は向こうに用意できない。

仮に決裂して戦闘になるにしろ、確定した日時に、こちらの都合の良い場所で、奴らを迎えることができるメリットは大きい。

前回はこちらの動きを読まれて遅れをとった。

ならば今回はそれを利用する。

 

「死柄木葬が主導権を握っている間に、向こうからこの戦いを終わらせるように仕向ける」

 

かくして、会見よりおよそ1ヶ月後。

超常解放戦線より停戦および和解交渉の申し入れがなされたのである。

 

─────────────────────────

まだ寝てる時間が多いけど時々起こされて精神修行させられてる。

僕はー

 

意図は汲み取ったので時間稼ぎと調整に奔走

 

常闇

汚れる必要などなくなればいいんだろ!!

 

ホークス

ありがとう、ヒーロー。

考え方が似てる自覚はあるので腹の読み合いをしてる。





親子関係公表の裏側でした。引き剥がし作戦。
秘密って暴露されるより白状したほうがダメージ少ないし、告白側でタイミング決められるので。
パパが支持率めちゃ高いオールマイトだからできるやり方。
文官側はどこまで譲歩できるか会議三昧、
ヒーロー側は出久も雄英に戻って決裂した場合に備えて準備中ー

そんな中、突如として謎の巨大要塞が現れ、街や人々を飲み込んでしまう。
そして出久たちの前に、見た目はオールマイトにそっくりだが真逆の信念を持つ敵・ダークマイトが立ちはだかる。

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