黒を基調とした体には深緑色の鬣を有し、ところどころから竹節を覗かせる。四足を地につけ尾を揺らし──その尾先には先程選ばれた叫び声の主を留めて──こちらに振り返った。
その立ち姿は雅な印象を与えるが、その首から上にすえられた顔は人面のそれであった。
ニタニタと笑みを浮かべる翁面。何が楽しいのか。あるいは新しい
閃光が走った。──遅れて爆音が轟く。
耀は術式行使を躊躇わない。
呪霊による犠牲者は体が五体不満足であることも少なくない。故に
しかし食い縛られた歯と溢れる呪力から、少年の心境は幾分か理解出来そうだ。
すぐに終わらせる。
一瞬で昇った血が頭から降りる前に、地面から生えた緑柱が二撃目を受けた。
「しゃらくせぇ!!」
次々と生える竹を連撃が砕く。束になってつれ立つ竹が防壁となって呪霊を守る。いくら砕こうとも地下茎から供給されるタケノコに終わりが見えない。
瞬時に回り込み、呪霊に肉薄しようとする。その姿を
日を遮る葉から場違いな太い竹が数本。体を貫くには至らないが、時間稼ぎには十分であった。
「待てやゴラァ!!」
呪霊は距離をとった。相手は明らかに火力の高いパワーファイターである。ならば距離を取り物量で押し切る。材料はそこら中にたっぷりあり、もはや腹の中のようなものだ。
「──っ!」
今度は耀が防御に回る番だった。全方位からとめどなく飛んでくる竹槍が体を叩く。攻撃に優れた伽藍の術式も、攻める暇がなければ意味をなさない。
耀の肉体は耐久性にも優れているが、急所を重点的に防ぐ呪力操作はどうしても綻びが生まれ、そこを突かれる。いずれ限界を見せるだろう。まだ時間はあるが。
耀の血走った目と白い息は死に瀕したためではなかった。呼吸は速くなり、心拍数は更に上昇する。
分泌されたアドレナリンは交感神経を興奮させる。シンプルな怒りであった。
その怒りのまま高出力で呪力が術式に注がれる。術式により活性化した粘菌は、飛んでくる竹が触れるより先に鮮やかに赤色へ変わった。
竹の打ち響く音は爆音に塗り替えられていく。
「呪力が切れる前によぉ。全部吹き飛ばせばいい話だろ!」
全身を包む鮮やかな赤は竹が当たったそばから砕いていく。その反動ももちろんあるが、頑丈な肉体と怒りのおかげで今は感じていないようだ。
(距離をとられる前に真っ直ぐ行ってぶん殴る!)
呪霊も手応えの変化に気づいた。妨害のために伸ばす竹柱も怒り任せに破られる。最硬化させた竹で仕留めるしかない。肩に携えた竹を硬化させ、思い切り振りかぶった。
鈍い音が竹林に響く。
攻め手を止める訳にはいかない。自ずと両者は同じ選択をとる。再び衝突が起こる。立て続けに硬質がぶつかる音が鼓膜を揺らす。
今や竹槍の雨を降らせる余裕もなく。呪霊は仕方なく尾に呪力を込めた。
竹林の外縁部で稈が連続的に倒れる。天井を覆う葉は枯れ落ち始めた。
衝突に耐えかねた硬竹が先に砕ける。勢いそのままに続けた剛拳が呪霊に迫る中、尾に留まったモノの中から紫光が漏れ出た。
急速に膨れ上がった上半身の肉は芽となり、弾け飛んだ。
中から伸びた紫の花が、光を放ちながら──
「耀はさ、何が気に入らないの?」
その紺色の髪は伽藍の血を引く証だった。問いをした少女は何気なく聞いたようだったが、少年の方は少し口ごもった。
「うちの家でもかなりいいもの、もらったのにさ。男だし。強くなれるじゃん。」
その褐色の肌は快活な印象と、
「頑丈なだけなら殴り合うしかないよ。あたしはどっかに嫁に出るからいいけど。」
伽藍の特異体質のみを継いだ少女には、取っ組み合いで一度も勝てなかった。
伽藍家の女は、家の関係を保つ道具のひとつだった。それに強さは必要なかった。
「まぁあたしの子がもっと強くなるから、関係ないけどね!」
後に少女はある家系に嫁いだ。粘菌を他家に運ばないため、という形式的な清めの儀式を行い、よくある行事のひとつとして滞りなく、家を去った。伽藍家ではよくあることである。
血の匂いがする。次いで痛みが走った。
「────ッ!」
気を失ってた?
いや、打撃で飛んでたんじゃなく、
「──またかよッ!」
紫花の光が瞬く度に、意識を飛ばされる。というより昏睡だった。深い眠りは呪力による強化を止め、そのこわばりを解して効果的に打撃を通してしまう。
(視覚に頼らずいくか?目をつぶっただけで術式は無効化できんのか?)
紫花の明かりは弱々しくなっていく。
広げた竹林を畳みながら、新たに尾の枝から花が開いて──
爆発。
伽藍でも滅多にしない頭部での粘菌爆破である。急所そのものである部位の爆破は体質でもカバーしきれずに、酷い衝撃と目眩を起こす。
しかし
「頭突きも効かねえヤツのこと思い出させやがって!死ぬほど痛ぇんだぞ!」
既に射程には入っている。拳と頭部にいつでも爆破を起こせるように粘菌を光らせ、耀はようやくストレス発散が出来そうだった。
「それがその包帯の理由か。」
「頭突き爆発なんぞ相伝も想定してねぇだろ。」
毅は祖父が頭突きで地盤を砕く様を思い出したが、言葉にはしなかった。
「まぁなんだ。戦いの中にも色々あるものだろう。特に搦手を相手取るには経験が必要だ。」
「親父もそのクチか。走馬灯とかか?」
「…死が近づく時には良かれ悪しかれそいつの
「知らん。強いていえば手のごつい女だった。」
すぐ終わっちゃう