伽藍の子供たちはそのほとんどが屈強な肉体を持つ。術式発現前の子供たちは当人同士でじゃれ合い、その肉体の特異性に気がつくことはないが。
術式発現とともに彼らは粘菌の使い道を学んでいく。その肉体の頑強さにおいては未発達であり、爆発に耐えきれずに致命傷を負うことも少なくない。その爆発が同族によるものだとしても。
その子供はか細い息をしながら胴体を血に濡らしている。風圧により肺は破裂し、出血。胸部の
子供の平均的な出力で粘菌を活性化させた場合、こうはいかないだろう。並以上の出力の爆発が体を襲ったようだ。
大人達が慌ただしく動く中で、その術式を発現した子供は目を見開き、呆然としている。
その手には傷一つない。
「合同任務、かぁ。」
車内で耀はぼやく。
「心配ですか?そんなに。」
「いいや。他人をぶっ飛ばす程不器用じゃねぇけどさぁ。」
呪術師は元来人手不足だ。余程の大家でもない限り人員を常に欲している。それでも尚、伽藍家はワンマンよりの任務形態だ。粘菌を振りまくためである。振りまかれた活性粘菌は無差別な爆弾になる。もちろんところ構わずばらまくようなことはないが。如何せん戦闘中の術式行使では危険性が増す。
『爆岩』による近距離爆破。『廓緑』による高出力の爆破などは周りを巻き込みやすい。
近距離戦闘で爆発を扱うのは通常自殺行為である。恵まれた肉体とそれを爆発の衝撃に酷使する伽藍家の異常性が伺える。
「イヤーマフでも配るかなぁ。」
「君が伽藍の後継か。」
「…あんたが加茂家の次期当主サマってわけか。」
長い前髪を左右に分け、白い髪留めをつけている。目は常に細めているような糸目で、冷静な雰囲気を纏っている。和装を纏い弓を背負っている様子から戦闘の準備は出来ているようだ。
一方耀の方は軽装である。いちいち手が塞がるエモノを使うよりも、掌印を優先する呪術師も少なくないが。彼は後者よりの立場だった。といっても彼の場合、もっぱら拳をぶち込む用途であった。
「廃墟としては典型的な吹き溜まりだった。元々保養所として開設された施設は数年後宿泊施設へ。観光バスが行き交う人気ぶりも、今となってはこの通りだ。」
「世間では有名な霊能者がここを大々的に訪問。当時放送された様子ではさぞ怖がっていたようだったが。知名度の向上と、残り続ける巨大な廃墟は悪質な呪霊を呼ぶことになったようだ。」
「結構下調べしてんのな。その感じだと被害も既に出てるだろ?」
「確認されている。皮を剥がされた遺体の一部が発見され、巡回にあたった2級術師1名とも連絡がつかない。1級呪霊相当の案件だよ。」
「だから珍しく合同か。まぁなんだ。そう固くならずによろしく頼むわ。」
「…よろしく頼む。」
道すがら低級呪霊を屠りながら、廃墟奥地へ2人は進んでいた。
「近い。」「ああ。いるな。どうやら食前に間に合ったらしい。」
廃墟の一角。かつては広間だったであろうそこは至る所に白い糸が張り巡らされている。中央から幾本も垂れ下がっている糸玉はときおりピクピクと痙攣を起こした。保存食だろうか。まだ連れ帰ることができるヒトであればいいが。
「とりあえず術師の安否ぐらいは──」
耀の真下から鋏が突き出た。それは獲物を断ち切るために勢いよく刃を閉める。
「ふん!」
鈍い音が響く。閉じようとする鋏に両腕で力強く抵抗している。
鋏の刃線にはギザギザとした牙を有し、そこから液が染み出した。その牙が食い込むだけでも厄介なことが伺える。
『赤血操術』
加茂の番えた矢が足元に殺到する。途端に鋏を地面に引っ込め、その影は奥へと退いた。
「っと。牙は存外鋭いらしいな。」
地面からぬるりとそれは這い出た。
一見して巨大な蜘蛛だが、足が6本しか見えない。地につける四本の足先には黄色いトゲが生えている。残り2本の前足には鋭く大きな爪を生やし、カチカチと地面を打ちつける。体は布を纏うように、剥いだ人の皮で覆われている。背中に生やした黄色い結晶と毒毛が光を返す。皮の隙間から覗かせる複眼は爛々と輝き、こちらを敵視しているようだ。
「血が止まらん。出血毒か。」
呪霊は再び地面に沈み込む。呪力を立ち登らせながらそれは2人に迫る。尾部だけを地面から出し、糸を噴出して標的を捉えようとする。
「──っチィ!しゃらくせぇ『蝕菌』!」
まとわりつく糸に粘菌を絡める。
粘菌が尾部に到達する前に、呪霊は糸を自切した。
粘菌が赤く染まる。
爆発。
呪霊に近づきながら耀は粘菌を出血箇所に纏わせる。それは患部をゲル状質で包み──
──『術式反転』
急速な不活化作用により粘菌は休眠状態に入る。毒物の排除が出来ない以上、出血を手早く止めるほかない。休眠状態の粘菌は渇き、固着する。そのまま拳に纏った粘菌も不活化させる。
「『
毒毛と結晶を無視して、硬質なグローブをはめた拳は呪霊の腹部を叩く。たまらず呪霊は前足で応戦する。
『赤血操術』 『苅祓』!!
回転する血液ノコギリと前足が衝突する。火花を散らして爪は弾かれた。
そのままラッシュを頭部にまで──
「──こいつ
口内から、巨大な鋏角が飛び出し、そのまま耀の拳を挟み止めている。固着した粘菌は牙を通していないが、凄まじい咬合力は片腕の自由を奪った。
呪霊はすかさず尾部の糸腺に圧力をかけ、高圧となった糸を解放する。
衝撃が耀の体を吹き飛ばした。
(高い呪力操作精度と爆発に耐えうる強靭な肉体。オマケに反転術式まで覚えているのは予想外だった。)
体制を立て直した2人はひとまず仕切り直す。
お互いに状況を確認していく必要がありそうだ。
「高出力の術式は使わないのか?」
「廃墟のフロアごと吹き飛ばしてあんたが無事ならいつでもオッケーだ。」
「そうか。だったら私の術式で仕留めることになるよ。」
「いや、
「…勝算が?」
「ちんたら遅い拳速じゃどの道通じねぇ。どっかでやる必要があったからな。」
(敵の呪毒と伽藍は相性が悪い。手数の多さで凌がれてもう一度毒が入ればキツイだろう。)
(ならば私が前で立ち回り、隙を見て高出力をぶつける方が…)
「アげてくぞ!」
弾かれたように加速する耀に対して呪霊は地面に潜り込んだ。糸を手繰って天井、壁にまで潜り込みながら縦横無尽に移動する。
(術式で距離をおき、糸弾で立ち回る気か!)
呪霊は鋏角を打ち鳴らしながら、毒毛をばら撒き、高圧の糸弾を準備する。
『百斂』
血液を両手で挟み込み、その圧力を上げていく。
高圧で解き放たれる血液はトップスピードで標的を撃ち抜く。
『穿血』!!
高圧の糸諸共、血液が尾部を穿った。そのまま腹部、頭部まで切り裂こうと操作する前に、呪霊は一瞬で体を引っ込める。
(頭部を潰さねば祓えない。どう引きずり出す?)
高い破裂音。
耀は背部の粘菌を爆破。
高圧の気体を一方向に噴出する反作用は少年を一瞬で前方へと吹き飛ばした。
面倒な糸は飛んでこなくなった。
毒毛も歯牙にかけない。
もう一度近づく必要がある。
だから飛ぶ。背部と脚部を粘菌で纏い、術式で調節された爆破によって自らを弾き飛ばしながら迫る。
さながらモグラ叩きのように追いかける。どうやら呪霊は一定時間以上、全身を隠すことが出来ないようだ。隠れた箇所をことごとく砕かれながら、そのスピードとタイミングが適応し始める。また放たれた高圧の血液で尾部が引き裂かれた。
ついに拳が腹を捉えた。そのまま粘菌を活性化。広がりを見せる粘菌が急速に色を変える。
爆ぜつつある纏った人皮布を脱ぎながら呪霊は鋏角を伸ばした。
──閉じた鋏は獲物を捉えていない。
空中での爆破は進行方向も慣性も書き換え、耀は器用に鋏を躱している。再び挟み込むために鋏を開い──
『赤縛』
鋏角は閉じたままだ。どうやら開く力はそこまでないらしい。
肘の粘菌が火を噴く。
たちまち猛加速する硬拳が複眼を捉える。
頭部を砕く小気味良い音が響いた。
「2級術師は命からがら助かったと。」
「黄色い結晶。あれが麻痺毒だったようだ。出血毒で仕留め皮を剥ぐ使い方と、麻痺させて生きたまま糸弾に保管。どっちがいいかは人それぞれ。というところだ。」
「……
「翠?あぁ、伽藍から嫁いだ…。」
「ステゴロで姑とかボコしてないか?」
「そんな話は聞いたことないな。」
「大人しく嫁入りなんて不可能だと思ってたが、ちゃんと立ち回ってるようだな。感心した。」
(…戦闘方法とは裏腹に、案外気が回るのか?)
「多分伽藍の血で加茂乗っ取る気だぞ。あいつ野球部作るくらい産むって言ってたし。」
「…まだ耳に入ってないなその話は。」
頑張って文字数増やしていきます。