「呪胎の発生には気づいていたんだ。それが変態を遂げるまでまったり待つつもりだったんだよ。」
五条袈裟を身に纏った男はそう独り言を語る。長い黒髪と一房の前髪を垂らし、細められた目は胡散臭い印象を与える。福耳には大きなピアスをつけている。
彼は続ける。
「取り込んだ時点で呪霊の術式の成長は止まってしまうからね。そこに京都の未来ある若人がやって来てしまうとは。いやはや、どうするべきか。」
──呪霊のストックは多いに越したことはないが、このタイミングで高専の術師とは接触したくない。できるだけ呪霊を削ってもらえれば手間も省ける。なんにせよ──
「呪術師の
「一旦退くぞ!!」
耀が声を張り上げる。呪霊の変貌に気づいたためだ。正確には、暗闇の向こうで変質した存在感を感じとったためであるが。二人も変化に反応している。術式を使うには、空間の余裕も必要だ。まずはトンネル外に出なければならない。
しかし三人が行動を起こす手間は必要なかった。なぜなら──
「──は?」
──黒い液流に思考ごと押し流されたためだった。
「──っぶはっ!」
黒い粘液の川は三人をトンネル外に弾き飛ばした。体制を立て直し、同時に距離をとる。西宮は術式を用いて箒に飛び乗り、地面に広がる粘液に足をつけずにトンネル内の暗闇を見ている。東堂は足元の粘液を脚力で飛ばしながら移動し、待ち構えた。
暗闇を注視する。
「みずっ み、ずが… みずを… 」
黒い液流の出元から黒い人型が歩いてくる。それは粘液に足を取られずスムーズに進み、ボソボソと小声を発していた。トンネル外に出たそれは俯いた顔を上げ、喜んでいるように翼を広げてみせる。
顔に広げる黒色の筋繊維はぐにぐにと蠢き、眼窩には黒い炭石を嵌めている。
纏う呪力と存在感は明らかにさっきまでと違う。呪霊としての位階が上がっていた。今までのレベルは遊んでいたようなものだ。
呪霊の広げた翼と腕が喉元を掻きむしる。
眼窩の炭石が火を立てた。
どうやらやる気だ。
黒液を足で吹き飛ばしながら術師二人が迫る。
『爆鱗瞬動』!!
部分的な爆発は不規則な加速と移動を可能にする。隙だらけの肋にまずは一撃叩き込んだ。
「やっぱりか。」
ギチリと音がなる。黒い筋繊維と骨は複雑に結びついて堅牢さを見せた。
振り回された翼腕を躱しながら叫ぶ。
「最大出力でぶち抜く!手ェ貸せ!」
「応!!」
東堂が加わる。
巨大な翼腕による単調な振り回しは二人を捉えきれない。手数を活かしきれない呪霊に対して、二人は足元の粘液に気を配らなければならない。
(粘液を剥がすために脚で呪力を消費すると攻めの出力が下がる!!厄介だがジリ貧になる前に崩さねばならない!!)
翼腕を一本抑えて東堂が蹴りを加える。
背後に回った耀は脚に崩しを入れた。
『付喪操術』『
地を這う斬撃は二人の周囲の粘液をこそぎ取る。
本来の地面の色が見えた。
──やっと大地を蹴ってぶん殴れる。
呪霊が粘液を供給する前に、耀は仕掛けた。
『爆岩・
活性化した粘液が瞬時に火を吹く。爆風と膨張は最大出力だ。
吹き飛ばされた呪霊は腕と翼腕、脚の計六本で大地にしがみつく。
口をがばりと開くと、口腔の奥から橙色の光が漏れ出た。それはドロドロに液状化した熔鉄を思わせ──
「みずがほしい」
「西宮!!」
「──ッ!?」
──空を飛ぶ箒に向けて熱線が放たれた。反動で人型はビクリと後退してみせる。
箒の一部が焦がされ、衝撃でバランスを崩す。そこに伸びた橙線が迫る──
「もう一発だ」
──アッパーの要領で開いた顎を無理やり閉じる。そのまま粘菌が赤にまで色を変え、爆発。
凄まじい熱量と衝撃が呪霊を襲う。呪力で強化した拳と出力を最大まで上げた爆破。爆破耐性を持った伽藍の拳なしでは扱えない高出力の爆発だ。呪霊の頭部に当てれば勝負は決まるはずだった。
しかし断末魔も消失反応も見えない。
──呪霊は爆発に耐性があった。それは伽藍家の拳がそうであるように、
煙が晴れると、呪霊の口腔からは再び橙色の光が盛れ出す。足元の黒液は、勢いよく飛び込んでいた耀を歓迎し、粘ついて足の自由を一瞬奪った。
熱線が耀の肩部に直撃する。その橙液は触れた瞬間へばりつき、粘度を上げて丸く膨らんで──
────巨大な火柱を上げた。
瞬時に熱せられた大気は膨張し、上昇する気流となる。吹き戻しの風が中心に向けて強く吹いた。
「伽藍君!」
「…熱と爆発的膨張。アレを扱うから俺の爆破も効果はないってわけか…」
爆発で吹っ飛ばされた耀は生きていた。上半身の大部分を橙液に覆われた結果、肩を中心に放射状に傷を見せている。
「一年生の手に負えないわ…。応援を呼びましょう…!」
「……まぁ出力と硬さは特級だな。そこは認めよう。」
「──だが、俺たちなら狩れる。そうだろう
「…耐爆性ってのは面で受ける圧力に強いこと。それは一点の力で凹んじまったら途端に脆弱になる。こっちも出力の底上げが必要だがな。つまり──」
焼けただれた制服を脱ぎ捨てる。火傷した皮膚を反転術式で直し、傷口から白い狼煙を上げる。
────呪力強化でぶち抜く。
呪霊は欲する物を得られずに喉を掻きむしる。
──くるしい。あつい。みず。
洞穴の中で焼け、渇き死んでいった非業の魂は、その生得領域を凄惨なものにしていく。心の
翼腕先端の手指が印を形作る。
高度な技術と呪力出力。そしてセンスを併せ持つ者が到達する呪術の極地である。
りょういきてんかい 「
黒い球体が二つ成形される。それらは重なり合い、1つの黒球を作り上げ──
球体が崩壊する。
「────こですかさず発動する
「ハイハイ。それで
「だって死ぬだろ下手すりゃ。」
「いきなり弾き飛ばされた私の身にもなりなさいよ!東堂も術式の説明が全然分かんないし、出てきても拍手するだけだし。」
「
「意味分かんないわよ。呪力の味なんて。もう…。」
東堂お腹一杯