子供の成長は早い   作:zarame.

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標的1 嵐山准

 カラン、カラン、というドアベルの音に顔を上げると、あたりを見渡す姿があった。栗色の髪を揺らしているだけなのに妙に惹きつけられるものがあるのは、どうやら皆が同じようで、その姿を一秒でも長く眺めていようと、喫茶店に居合わせた、見たことのある制服姿の学生達が凝と眼をこらしている。

 嵐山准は軽く手を上げて、ここにいるよと、合図を送った。

 すると相手も同じように返し、長い足を存分に使って歩いて来る。彼は並盛高校の制服の上から十一月の寒さをまとっていて、生まれ持った白い肌がさらに青白く感じられた。

「待たせたかな」

「いいや、俺が早く着いたんだ。気にしないでくれ」

 栗色の髪とヘーゼルの眼を持つ友人、沢田フゥ太はイタリア生まれの日本人だ。日本は複数の国籍を認めていないので、幼いころに日本国籍を取ったと聞いている。流暢な日本語をあやつりながらも容姿は日本人離れしており、年齢のわりに大人びて見えること、柔らかい物腰などが、こうして視線を集めてしまうのだろう。

 嵐山が自分のことを棚に上げて友人の優れた容貌に感心していると、フゥ太はきょろりと辺りを見渡し「出ようか」と苦笑した。

 嵐山は手早くコーヒーの会計を済ませる。

 会計待ちの数分を狙って、奥の席に座っていた二人組の女生徒がフゥ太に声をかけた。彼は優しい笑顔を向けて握手に応え、嵐山が会計を済ませると、一歩退いて嵐山の番であることを告げる。他の客の迷惑になる前に、適度なファンサービスで店を出る。

 まるでアイドルのようなそれもこれも、すべては仕事の一環である。

「君といると女の子の視線が痛いね」

「おかしいな、それは俺の台詞のはずなんだが」

「そうかな」

「そうとも」

 フゥ太が意味ありげに微笑むので、嵐山はついつい声を出して微笑った。

 二人はボーダーの広報担当であった。

 界境防衛組織・ボーダー。近界民の侵略からこちら側の世界を守る民間組織であり、組織と市民の関係性を作り、理解を広め、応援やサポートをお願いするために作られたのが広報部隊。その部隊長を務めるのが嵐山なのだ。

 フゥ太はほぼ同時期にボーダーに入隊──正確に言うとフゥ太が数ヶ月後──し、自分の隊を持つために卒業した隊員と交代で同隊になったチームメイトであり、学校は違えど同級で、大学は二人ともボーダー推薦で三門大学に決定している。

 ボーダーという一面を取り除いても、二人は気の合う友人同士だ。多忙ながら都合を合わせて遊ぶことも、こうして放課後に待ち合わせして一緒に基地に向かうこともある。今日はフゥ太に誘われての待ち合わせだった。

「嵐山に話したいことがあるんだ」

「やっぱり。店で切り出してくると思ってた」

「あそこはひとめが多いから」

 警戒区域ぎりぎりの立地が便利で待ち合わせ場所として使っていた穴場の喫茶店である。普段は文庫本を持ち込む客が多いのに、今日は客層が異なった。偶然か、それともあの喫茶店に出入りする姿を見られていたのか。なんにせよ、声をかけられてしまったからにはもう使えない。

 周囲に人がいないことを確認して連絡通路から基地へと入る。

 人感センサーで明かりがつく。点灯の一瞬、白い塗装に光が反射して眩しいのにも慣れた。

 この出入り口は本部まで十五分ほど歩くことになる。殺風景な通路だが、だからこそ内緒話にはうってつけなのだ。

 ひとつ白い息を吐いて、フゥ太は話をはじめた。

「今年いっぱいで嵐山隊を抜けようと想う」

 ──え、という無意識の、ささやきにも満たない音が口からもれて、嵐山の足は縫いつけられた。

「ボーダーを辞めるわけじゃないよ。自分の隊を作りたいんだ」

「どうして、チームメイトはどうするんだ」

「来年から僕の弟と妹が入隊する。二人と僕とオペを含めてフォーマンセルのチームを組む」

 嵐山の脳味噌は衝撃にぐらぐらと揺れたけれど、この衝撃を経験するのも二度目、どうにか歩みを再開させる。

「突然で申し訳ない。それもこんな場所で。でも歩きながらのほうが盗み聞きされる可能性も低いから」

 隊室で話すには他の隊員がいつやってくるかわからない。出先でする話ではないし、自販機前の休憩スペースにもひとめがある。自宅の自室が一番のプライベート空間であるが、呼ぶのも呼ばれるのも、広報の仕事をしながら防衛任務にあたり、学業にも手を抜かない二人には難しいことである。あまり気にしないようにしていたが、三門市において、ボーダーの顔である嵐山隊にプライベートはないに等しく、フゥ太の言うとおりかもしれないと納得した。

「俺は嵐山隊の隊長でフゥ太の同期だが、止める権利はない。柿崎のときもそうだった」

 嵐山は一度そこで言葉を切って、個人的にぶつけたい言葉をどうにかしまうことに成功した。

「まさか、ランボとイーピンがボーダーに入隊するとはな。おまえの影響だろうな」

「たぶんね。本当はもっと前から言われてたんだけど、なにかと理由をつけて反対してきた。でもイーピンがもうすぐ十四歳になって、僕が十五歳で入隊したから、来年まで待てば認めてくれるのかって訊かれて、すぐには答えられなかった」

 反対する気持ちは嵐山にもよくわかる。友としても、同じく最愛の弟と妹がいる兄としても、フゥ太の話は他人事ではなかった。

「あの子たちが十五歳になったとしても僕は反対する。僕は兄で、ボーダーは戦争のための組織だ。たとえベイルアウト機能があってもまた大規模侵攻がおこれば死人が出る可能性だってあるからね」

「なのに、認めたのか」

「覚悟があったから──それを僕が踏みにじるわけにはいかないだろう」

 彼はときおり、嵐山が知らない顔をする。友としても同期としても同じ隊の仲間としても違う、大人びた横顔。

「でもやっぱり僕は兄だから、どうやったら守れるかって考えた」

「その答えが同じチームか」

「そばにいれば最低限守ることはできる。守る対象に身を守る術を教えられるのは効率も良いしね」

 ただ加護対象として真綿に包むのではなく、ひとりの個として弟と妹の意志を尊重した上で、兄としてのわがままで同じチームに所属させる。頭が切れるフゥ太らしい根回しに、嵐山は感心する他ない。初期メンバーであった柿崎国治が脱隊しても嵐山隊がいちじるしく順位を落とさなかったのは、フゥ太の戦略転換の賜物だ。

「上層部には話したのか」

「うん、十日かけてようやくお許しを得たよ。僕の代わりに推薦したい隊員の目処もついてる」

「準備万端というわけだ」

 話したいことがあると言ったとおり、これは相談ではなく報告だった。

 年が明けるまであと一ヶ月と十五日。フゥ太の入隊は嵐山隊が正式に広報部隊として活動すると決まってからで、思えば三年近くを共に過ごしてきた。彼の高校は三門市の隣町にあるが、大学に入学すれば友人としての時間は今よりも取れるだろう。ボーダーの同級を誘って旅行すれば絶対に楽しい。一人だけ大学に進学しないでボーダー一筋になるやつがいるけど、スケジュール管理は嵐山の特技でもある、上司に頼めばどうにでもできるはず。つまり、フゥ太が脱隊しても友人としての時間は変わらないのだ。

 たとえどちらかがボーダーを辞める日が来たとしても、いつまでも友人関係でありたい。嵐山にとってフゥ太はそう想える人物であった。

 二人はボーダー本部に到着すると、トリガーを起動させて換装した。

 遠くからでも目立つ赤い隊服は、嵐山の双子のきょうだいが憧れたヒーローの色だ。

「できれば今日、みんなに話をしてもいいかな」

 フゥ太はエレベーターの密室でそう問うた。嵐山は「早いほうが皆のためにもいいだろう」と、隊長として答えた。

 隊室には、隊員である時枝充とオペレーターである綾辻遥が先に来ていて、一台のスマートフォンを覗きこんで話に花を咲かせていた。二人は嵐山とフゥ太に挨拶すると、画面をこちらに向けた。そこには、時枝が飼っている愛猫が、飼い主の指にじゃれつく動画が再生されている。犬を飼っている嵐山からみても愛らしいのだから、時枝はもちろん、猫好きからしたらたまらない可愛いさだろう。

「賢は来ているか」

「いますよ。出水先輩と米屋先輩の個人ランク戦を観に行くと言ってました」

「防衛任務の前に話があるんだ。賢に連絡するから、皆もここで待機していてくれ」

 嵐山隊のスナイパーを努める佐鳥賢は、呼び出しメールを送った五分後には戻ってきた。

「佐鳥ただいま戻りました! みんな集めて作戦会議ですか?」

「僕から話があるんだ」

 隊長に代わって前に出たフゥ太に隊員の眼が集まる。

 フゥ太は嵐山にしたように、決定事項の報告をした。

「そんなぁ、沢田先輩まで抜けるなんて寂しいです!」

 まで、というのは先に抜けた柿崎のことを言ってるのだろう。素直に寂しいと引き止められる佐鳥のことを、嵐山はこの上なく羨ましく思った。それこそが嵐山が呑み込んだひとことだというのに、佐鳥だけでなく綾辻だって嫌味なく伝えることができる。隊長である嵐山にはとうていできないというのに。

「そういえば、言ってましたよね。沢田先輩は家族を守るためにボーダーに入ったって」

 時枝は、佐鳥のように半泣きではないけれど、彼にしては珍しいほどに表情を崩していた。

「覚えていてくれたんだ。そうだよ。僕は嵐山と柿崎のインタビューを観て、嵐山のあの発言が許されるボーダーという組織でなら家族を守れるかもしれないと希望を見たんだ」

「えっ」

「嵐山には言ってなかったね」

「は──初耳だ」

 首の後ろが発熱したように熱く、手のひらに汗が滲んだ。

 まさか、そんな、まさか。

「僕がボーダーに入隊したきっかけは君なんだよ。流石はボーダーの顔だね」

 こんなに、こんなに嬉しいことがあるだろうか。広報という仕事に誇りを抱く一方で、顔だけで選ばれた部隊だという噂は、とうぜん嵐山の耳にも届いている。けれども、自分の顔で誰かがボーダーを知ることがあれば、それは両親に感謝すべきことで、誰かの入り口となれたなら、それは光栄という言葉以外に表しようがない。

「ありがとう、嵐山。僕は嵐山隊を抜けるけど、これからも大切なものを守るためにボーダーで戦っていくよ」

 隊を抜けての独り立ちはよくあることだ。柿崎だってそうしたし、あと数年もしないうちに時枝と佐鳥がそうする可能性は十二分にある。隊を離れたらそれでさようなら、だなんて薄情なこともない。食堂で会えば食事を共にするだろう。なにより大学ではただの友人だ。これが今生の別れではない。

 だと言うのに。

 自分の覚悟に共感し、仲間となってくれた友人と別れることがこんなにも寂しいだなんて。

「せっかくのハンサムが台無しじゃないか。いや、君は泣き顔も素敵かな」

 目を潤ませた嵐山にそんなことを言う、イタリア生まれ日本育ちの友人に出会えたことは、嵐山の人生においてきっと大きな意味がある。

 願わくば、生涯の友でありますように。

「礼を言うのは俺のほうだ。ありがとう、沢田。共に広報部隊の基盤となってくれて。良き友人でいてくれて。副と佐補を気にかけてくれることも。そしてボーダーの仲間になってくれて、ありがとう。おかげで俺は今日も大切な家族を守ることができる。だから沢田もどうか自分の家族を守ってくれ。胸を張って嵐山隊を卒業してくれ」

 いま伝えなければきっと後悔する。いま伝えなければ、この想いは伝えきれないだろう。嵐山は自分の心に従って言葉を紡いだが、この言葉選びが最適なのか、他にもっと相応しい言葉があるんじゃないか、自分の想いのどこまでがフゥ太に伝わっただろうかと、広報という人に伝える仕事を生業としていながらも、恐ろしいほどの焦燥感に襲われて、けれども友は、戦友は、嵐山のそんな等身大の心をまるごと包みこんでしまう。

 日本人のスキンシップには珍しい、ハグ。フゥ太は時々これをする。嵐山もきょうだいにはするが、嵐山に友人同士のハグを教えたのはフゥ太だった。彼は隊の仲間や友人を躊躇なく抱きしめる。

 フゥ太に抱きしめられながら、嵐山は文化の違いに感銘を受けた。他人を抱きしめるこの行為は、嵐山が必死に紡ごうとした言葉を飛び越える力を持っている。たとえ相手が言葉の壁の向こうの異国の住人であろうと、異世界の近界民であろうと、言葉も文化も関係なしに心を通わせられる、愛すべき行為なのだ。

「二人だけでずるいですよ!」

「今日ばかりはまぜてもらいます」

 背中に佐鳥が飛びついてきた。フゥ太の背中には時枝が。らしくないと自覚しているのか恥ずかしそうで、時枝まで動いたのだから自分が動かないわけにはいかないと、一種の覚悟のようなものを決めた綾辻が、最後に微笑ってやってくる。

「嵐山隊に配属されたとき、僕は運命を感じたよ」

「入隊のきっかけになった嵐山さんと同じ隊に配属されたからですか?」

「それだけじゃないんだ」

 首を傾げながら見上げてくる後輩達を、フゥ太は愛おしそうに見つめる。

「僕の名前、イタリア人としての名前はね、フータ・デッレ・ステッレと言うんだ。意味は──」

 ──星々のフゥ太。

 A級に所属する嵐山隊には隊の特徴を表すエンブレムがある。五つの星が並ぶその図形は初期メンバーで考案した。

 それはまさしく、運命かもしれない。

 ボーダーは民間の軍事組織だ。嵐山たちは命をかけて戦う兵士だ。

 それでもかけがえのない出会いであることを、一体誰が否定できようか。

 防衛任務の時刻になると、皆は意識を切り替えて現場に向かう。そこに別れの寂しさはなく、あるのは兵士としての責務と仲間への信頼だ。

「嵐山隊現着した! これより防衛任務を開始する!」

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