子供の成長は早い   作:zarame.

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標的10 唐沢克己

 一般隊員の立ち入りが禁止されている会議室、特大のモニターを凝視する一人の男がいる。

 せっかくの高級玉露が冷めるのも気にせず、試合結果などその類稀なる能力でわかりきっているだろうに、祈るようにしながら最愛の子供達の成長を見届けようとしている。

 唐沢克己は中継よりも高級玉露を味わいながら、巨悪と呼ばれるマフィアのボスに注目する。

 ──マフィア・ボンゴレ十代目ボス、沢田綱吉。

 今からおよそ四年前、唐沢は裏社会に生きていた。所属していた組織の名は風紀財団。拗らせたブラコンを隠しもしない巨悪の王の中学校時代の先輩にあたり、ボンゴレでは最高幹部の一人である雲雀恭弥は、唐沢の元上司であるのだ。

「あいつら、こんなに動けるようになって」

「トリオン体の扱いに関しては目覚ましい成長速度です。イーピンさんは香取隊の香取隊長から攻撃手としてスコーピオンの指導を受けたようです。ランボさんも、A級に上がったらA級四位二宮隊の二宮隊長からアドバイスを貰う約束をしているとか」

「上手くやれているんですね、安心しました」

「友好関係も良好のようですよ。例えば、嵐山隊の嵐山隊長や玉狛所属、S級の迅隊員などはご自宅にも招いたことがあるそうで。ランボさんとイーピンさんは先ほど上げた香取隊長、二宮隊長の他にも同級の隊員とランク戦で切磋琢磨しています。フゥ太さんと仲の良い隊員には可愛がられて、食事に行ったり、勉強を見てもらうこともあるとか」

「新しい環境で頑張ってるんだなぁ。誇らしいし、嬉しいけど、そんなに早く大きくならなくてもいいのに──」

 丸い眼からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

「子供の成長は早いと言いますからね」

 元上司の上司を唐沢が接待しているのは、彼もまたボーダーに巨額を援助しているからだ。もちろんボンゴレの名は伏せてある。いくつかのフロント企業に分散しているが、合わせた総額はかなりのもの。下のきょうだい二人が入隊してからはさらに増額された。彼の機嫌を損ねて援助を打ち切られるわけにはいかない。もっとも、彼の家族がボーダーに所属しているあいだはその心配もないけれど。

 金なら好きなだけやるから安全面の考慮を怠るな。

 つまるところ、増額にはこういう意味が含まれているのだ。

 トリオン機関はどうしたって子供のうちしか成長しない。それも使えば使うほど成長が見込めるとなると、子供を兵隊とする以上にトリオンの有効活用があるだろうか。上層部に所属する大人達のトリオン機関は例外なく成長を止めてしまった。これからは定期的に使用して維持に努めることしかできない。逃げられない加齢による衰えに怯えながら。

 そんな大人達にできる唯一、それは兵士とするしかない子供達の命を守ること。矛盾しているだろうか。兵士とするのだから、せめて彼らの命が失われないための兵器開発と組織作りは大人の役目。ベイルアウト機能も大人達が金を注ぎ寿命を削る想いで作り上げたシステムのひとつである。

 どれだけ子供達の命を尊重しても、子供達を兵士としている罪悪感が消えることはない。

 あっという間に兵器の使い方を覚えてしまう子供達を見ていると、その成長を喜べば良いのか悲しめば良いのかわからなくなる。青春時代を戦争に捧げさせてしまうことのなんて悲しいことだろう。自分の町を守るための力を求めた子供達と、それを与える大人達。場合によっては子供達の盾となって死ぬ覚悟も、捕虜として敵国の拷問を受ける覚悟はあるものの、それでも足りない。その空白を埋めるために唐沢は今日も金をかき集めて、沢田家の長男は大金をばら撒くのだ。

「さて、試合も終わったことですし、あの子たちの顔を見て来ます」

「どこにいるかは──あなたのサイドエフェクトならすぐにわかりますね」

「はい、なのでご心配なく」

 きょうだいの活躍に目元を潤ませる男が巨悪などと、誰が信じるだろう。会いに行く足取りの軽さなんて、それこそただの、家族をかまいたいだけの男じゃないか。

 あの元上司の上司と聞いていたから、初めての顔合わせでは柄にもなく緊張したものだ。 誰もいなくなった会議室で、二煎目の玉露を楽しもうと腰をあげると、雲雀が入ってきた。

「ちょうど今、茶を淹れようとしていたところです。二煎目の玉露ですが、いかがですか」

「うん、もらうよ」

 彼の表情筋はいつも物静かにしているが、今日は何だか不機嫌を抱えている。

「沢田様ならごきょうだいに会いに行かれましたよ。トリガー工学の研究結果報告なら、戻って来てからのほうがよろしいのでは?」

「いい、今の綱吉に関わりたくない」

 てっきり彼に用があるのかと思ったが、その予想は外れた。雲雀はお茶請けのいいとこのどら焼きに手を伸ばす。

「家族に夢中になっている綱吉には気をつけたほうがいい。でないと腕を折られるよ」

「──はい?」

 危ない、危ない。玉露を吹き出すところだった。

「フゥ太がボーダーに入りたいと言った時、綱吉はどうしたと思う?」

 唐沢は一瞬の熟考の末に、「部下の腕でも折ったんですか?」と、冗談半分、本気半分で答える。

「僕の腕、もう一人は肋」

 彼が自分から話をするのは珍しく、何を語るのだろうと唐沢は耳を傾ける。

「戦争をしている組織に弟を預けたくなかったんだよ。出資の代わりに情報は得られるとしても、ネイバーとの戦争はボンゴレもうちも無関心ではいられないからね。しかも志願の理由が自分の家族を守る力を得るためときた。綱吉は半狂乱で僕の腕とあいつの肋を折って、ようやくフゥ太に許可を出したのさ」

 仮にも裏社会で仕事をしていたのだから、唐沢にもある程度の荒事の経験はある。唐沢が今でもこうして裏社会と通じているのは、ボーダーへの利益とオメルタを知る者として、足を洗うことが許されないからだ。本当の意味で裏社会と決別するには、あらゆる記憶を抹消するか死ぬかの二つにひとつ。ボーダーには記憶を処理する技術はあるが、あれはふとしたきっかけで記憶が蘇らない保証はない、あくまでも警戒区域に入り込んだ一般人や、脱退する者からトリオンの仕組みなんかの情報を抜き取るだけのもので、今の技術では唐沢の足を洗うには足りないのだ。

 だからこそ唐沢は知っている。雲雀の戦闘力がどれほどのものであるかを。この男の腕を折るなんて芸当は、たとえトリオン体を使用しても容易ではない。

「ご忠告ありがとうございます。肝に銘じておきます」

 しばらくのあいだ、唐沢はB級ランク戦ラウンド8の記録映像を眺める雲雀を静観していた。

 狙撃用トリガーで接近戦に対応するフゥ太の異色さは彼の育った環境と、それを可能にする努力の賜物と言える。あえて接近戦用トリガーを出さないのはA級に上がるまでの温存と予想できるが、その余裕と、その上で勝つ実力、それらは沢田の三きょうだいがそれぞれに裏社会を生き抜いてきた子供であることの裏付けである。

 裏社会の情報屋であり、マフィア・ボンゴレの諜報員であるフゥ太。マフィア・ボンゴレの最高幹部に内定しているランボ。伝説の殺し屋、風の愛弟子であるイーピン。沢田の家に引き取られる以前の彼らがどのような世界で生きていたのか、唐沢は元・風紀財団の資金調達係りという立場からある程度の考察をしている。

 その上で唐沢と根付は、フゥ太を育てると決めた。彼が隣町で暮らす家族のため、そして兄へ情報提供するため──これは唐沢しか知らぬこと──にこの組織で上を目指すのなら、自分達がその足掛かりになろう、と。

 フゥ太は実に有能だ。根付はメディアの使い方、唐沢は金の集め方を教えているわけだが、彼はすでに自分の容姿の活かし方、立ち回り方、それらを熟知している。流石は裏社会で情報屋として生きてきただけのことはあり、根付は嵐山隊からの脱退を心底嘆いていたけれど、フゥ太の使い道は今が正しいと唐沢は考える。これは嵐山にはできない、フゥ太だからこそこなせる仕事だからだ。

「フゥ太君がボーダーでの就職を希望していることを、十代目はご存じなのでしょうか」

 雲雀が茶器に手を伸ばしたタイミングで唐沢は訊ねてみる。

「さあね、気付いてはいるだろうけど」

 返事があるとは運が良い。機嫌が良いわけではなく、腕を折られた屈辱のほうへ意識が向いているだけのこと。会話は短いにかぎる。

「そうですか。なにぶん、彼は兄の役に立とうといつも必死なので」

 フゥ太の家族愛は沢田隊初戦の過保護スナイプで知れ渡ったけれど、この数ヶ月フゥ太をそばに置いている唐沢からすると、彼は長男に対してもブラザーコンプレックスを拗らせている。何度目かの食事の折に、フゥ太は兄について語った。唐沢が聞き出したというよりも、兄の自慢をしたい弟心が語らせたのだ。

 ボーダーに志願する許可を兄に求めた時は緊張したこと。許可する代わりに大学卒業を条件として提示されたこと。これには、自分は中卒で向こうに渡ったくせに、と珍しく不満をこぼした。他には血の繋がらない自分達に本当の家族のように接してくれたこと。兄だけでなく、両親も兄の友人達も可愛がってくれたこと。この話から、フゥ太が後輩の面倒をよく見るのは自らの経験を元にしていることもわかった。

 唐沢が元・風紀財団の構成員であり、オメルタから逃れられずにボンゴレからの出資を扱っているからこそ、フゥ太は嵐山隊の沢田フゥ太でも沢田隊の沢田フゥ太でもなく、裏社会で生きてきたフータ・デッレ・ステッレとして、身構えずに話をしたように唐沢は感じている。ここ数ヶ月の彼のやる気の出どころは、神の采配とも呼ばれる、類稀なるサイドエフェクトを持つ兄の加護下にある甘えで、どれだけ自分の頭で考え行動しようとも、すべては最愛の兄の手のひらの上。兄の意表を突くのは難しく、その正義の元に善悪の定義が行われているこの世界を守るために、フゥ太は今日もスナイパーライフルを握るのだ。

 下の子供達もそんな兄の思考を見透かしているのか、肌で感じているのか。イーピンは隣町の家族を守るという沢田きょうだいの共通認識の元、いつか自分の隊を持つようになる。勿体無いのは、ランボである。彼は高校を卒業すれば渡伊してしまうだろうから。

 スマートフォンのバイブ音に、唐沢はゆるりと視線を持ち上げる。

 唐沢のではない、雲雀のスマホだ。彼は素早く操作すると、画面を凝と見つめ、眉間にしわを集めていく。

 何かよくない知らせだろうか。唐沢が様子を伺っていると、雲雀はおもむろに、スマホの画面を唐沢に見せた。

 そこに映るのは、右側にフゥ太、左側にランボの肩を抱き、イーピンに抱きつかれて、だらしないほどに表情をとろけさせている沢田家の長男だ。

 次の瞬間、雲雀はスマホを壁に叩きつけた。強靭な肩を使った豪速球により、スマホは悲惨な音をあげながら破片を飛び散らせる。

「帰る」

「報告と資料はどうなされますか」

「草壁に送って」

「承知いたしました」

 仕方がないと、スマホと破片を拾い集める唐沢は、ボンゴレの技術力に心底感動した。あれだけの衝撃を受けてなお、スマホは生きていたのだ。

 沢田の四人きょうだいの写真を背景に、ひとつのポップアップが表示された。

 腕を折られた屈辱はともあれ、常日頃からこんなふうにメッセージを送られては、雲雀でなくとも呆れてしまうかもしれない。

 資料とは別にこのスマホも風紀財団に郵送しようと、唐沢は梱包材を探しに備品室へと向かった。

 

 ──どうしよう、恭弥さん。今日も俺のきょうだいがこんなにも可愛い。




これにて完結です。ありがとうございました。

8月のイベントで頒布します。
ご興味がありましたら、活動報告(はじめまして)から支部に掲示している情報をご確認下さい。
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