「君が辰也の飼い犬かい」
ふたつの黒い眼をこちらに向けて、男は、口の端だけを持ち上げ、不敵に、微笑った。
C級の合同練習が終わった直後のラウンジは、白い制服があふれ返り、B級以上のそれぞれの隊服が浮いて見える。だから友人たちを探すのは簡単で、村上鋼は宿題の約束をしていた荒船哲次が待つテーブルへと早足で向かう。
「やあ、村上。俺も同席していいかな」
「もちろんだとも」
正直なところ、今日は荒船に勉強を教えてもらうつもりでいた。荒船からメールで知らせを受けた時から、進学校で生徒会長を務める蔵内和紀の心強さを噛み締めていたのだ。
他人からすれば強化睡眠記憶というサイドエフェクトは万能に映るかもしれないが、身につけるには理解が必要で、体に覚えさせるのは得意だけれど、勉強となると簡単にはいかない。村上が苦戦するのは数学だ。基礎はともかく、応用となるとこうして進学校組に世話になるのが常であった。
「ありがとう、二人とも。よくわかったよ。やっぱり頭が良い奴は他人に教えるのも上手いんだなぁ」
「こちらこそ、俺も良い復習になった」
「おまえは飲み込みが早いから教え甲斐がある。カゲや当真がもうすこし前向きに勉強してくれたらな」
ここにはいない友の成績を嘆く荒船に賛同できる立場にいない村上は、彼らにどうやって勉強させるかと話し合いをはじめた進学校組への関心にも勝る空腹を感じ、ついつい食堂の方へ視線を流した。昼食はしっかり食べたけれど、成長期の体は頭を使うだけでもエネルギーを欲するのだ。
休憩を終えたC級隊員たちが訓練に向かう後ろ姿が、ラウンジの出入り口に向かっていく。当時の自分を懐かしみつつ、心の中でエールを送った村上は、白い波に逆らうようにして歩いて来る一人の男を見た。
黒いスーツを着ているけれど、二宮隊ではない。知らない顔だ。
「なあ二人とも。あの人、誰か知ってるか」
村上が訊ねると、荒船と蔵内も男を見つけ、凝と見入る。
「知らねえな」
「首に許可証を下げてるから外部の人だろう」
蔵内に言われて納得するも、視線を外せないのは、彼が真っ直ぐこちらに歩いてくるからだ。
近くで見ると二宮隊のようなブラックスーツというわけではなかった。ダークスーツではあるけれど、ワイシャツのストライプと紫色のネクタイが華やかで、目の前に立つ男の足元から髪の毛までを、村上はしげしげと観察した。背が高い。二宮匡貴と同じくらいの位置に頭がある。
「村上鋼──君が辰也の飼い犬かい」
名を呼ばれたことはわかっても、その後に続く言葉の意味が理解できなかった。戦場では命取りになる数秒の間、村上の脳は思考を止めた。
「藪から棒に失礼だな。あんた誰だよ」
村上のかわりに切り返したのは荒船だった。口は開かぬも、蔵内も男を怪しむ目付きをしている。
名指しされた村上はと言うと、男が口にした何だか失礼な言葉は置いといて、タツヤという名前がひっかかっている。聞き覚えがある。村上はその名前を知っている。身の回りにいるタツヤという名を持つ人物、それは──来馬辰也。村上が所属する鈴鳴支部の第一部隊、来馬隊長その人だ。
「あなたは来馬先輩のお知り合いですか」
「来馬家とはビジネスパートナーだ。今夜、辰也と出席する懇親会に君を連れて行く」
ビジネスパートナー、懇親会、縁のない単語ばかりだ。呆気に取られながらも、村上の脳は昨夜の来馬の言葉を思い出すのだ。
「明日は家の集まりがあるから僕の夕食は準備しなくて大丈夫だよ。いつもありがとうね、今ちゃん」
来馬はたしかに家の用事があると言っていた。
「立ちな、村上鋼。仕事の時間だ」
男の言葉には有無を言わさない引力のようなものがあって、それは村上が心から尊敬する来馬辰也の名を出されたことも関係しているが、まるで個人ランク戦でアタッカーランク第一位と向き合っているような、肌を刺す緊張が、村上に腰を上げさせた。が、村上の腕をつかんで止めに入るのは二人の友人だ。
「鋼、待て。行く必要ない」
「彼の話には何の証拠もない。来馬先輩に連絡を取るのが先だ」
村上はその可能性に初めて気が付き、男に厳しい眼を向けるも、男は眉ひとつ動かさない。それどころか早くしろと言いたげだ。
村上がスマホに手を伸ばしたのと、来馬がやって来たのは同時であった。
「恭弥さん! 一体何をしているんだ」
鈴鳴第一の隊服をまとうトリオン体の彼は、男と村上たちを交互に見て眉間にシワを寄せた。来馬のこのような表情はとても珍しい。
「彼を連れて行く」
「来馬の仕事だよ、鋼は関係ない」
「ボディガードにはちょうど良いだろう」
「そういう話なら尚更だ」
かたい意志を示す来馬に、男の眼がわずかに細められた。
「君は──自分が守られる側の人間だということを自覚したほうがいい」
「これでもB級の中位グループにいるんだよ」
「それはトリオン体での話だろう。生身で僕に勝てないくせに」
「──たとえ生身でも恭弥さんに勝てる人なんてほとんどいないと思うけどな」
眉尻が下がる困ったような苦笑いは村上にも親しみがあった。口を挟むなら今しかない。
「あ、あの! 来馬先輩!」
「ごめんよ、鋼。荒船君と蔵内君も。置いてけぼりにしちゃったね」
来馬がこちらを見てくれたことに、村上は言いようのない安堵を覚えた。
「えっと、まずは彼を紹介するね。僕の幼馴染で来馬家とは代々ビジネスパートナーの雲雀恭弥さんだ。風紀財団の代表取締役も務めてる実業家だよ」
愛媛からスカウトされてきた村上は雲雀という名も風紀財団も知らなかったが、どうやら荒船と蔵内は耳にしたことがあるらしい。
「それで、今夜の懇親会にボディガードが必要ってどういうことですか」
「その話は忘れなさい」
「無理です。いくら先輩の命令でも聞けません」
視界の端で荒船と蔵内が驚いているのがわかる。村上がこうして正面から反抗するのも珍しいことであった。
「俺にやらせて下さい。お役に立てるよう努力します。来馬先輩を守らせてください」
先ほどは上手く反応できなかったけれど、村上は来馬の飼い犬と言われて悪い気はしなかった。荒船と蔵内が怒ってくれたことは純粋に嬉しいけれど、来馬に飼われたら大切にしてもらえそうだし、そばで守りやすくなる。村上は来馬の番犬になりたい。
「来馬先輩、なにも殺し屋から守ってもらうわけじゃないんですから。ただ来馬家に取り入ろうとする奴らを睨みつけるだけの仕事です。ここまで言ってるんだ、連れて行ってみたらどうですか」
村上に助け舟を出したのは、見知らぬ少年を連れた沢田フゥ太であった。
大規模侵攻で多大な被害を受けたものの、昨年にリニューアルオープンしてみせたこのホテルは、三門市に複数ある宿泊施設の中で最も高級であるらしい。
会場に足を踏み入れた村上の眼にまず最初に飛びこんできたのは巨大なシャンデリアだ。次に、フロアに敷かれた豪奢な絨毯。それからスーツとドレスを着た人々。
場違いなところに来てしまったことを、村上はものの三秒で痛感するのだった。心の中で、最後まで村上を心配してくれた二人の友を想う。
──みかど未来の会。それが今夜の懇親会の正体だと教えてくれたのは、ひとつ歳上の元A級隊員である沢田フゥ太だ。
正体という独特の言葉選びに村上が訊ねると、彼はもう一度「名目上は懇親会さ。ただ、その正体はボーダーやトリオンを使って三門市での金儲けを考えている大人たちの会合だ」と、なんだか不穏な説明を付け足した。
「鋼、緊張しているのかい」
隣に立つ来馬に声をかけられてようやく、来馬が差し出している飲み物に気が付いた。
「すみません──えっと、自分は大丈夫です」
「乾杯のドリンクは参加者の義務だよ。僕たちはまだノンアルコールね」
おずおずとグラスを受け取ると、壇上に司会者らしき男が登壇する。辺りが暗くなり、皆の関心がそちらに集まると、村上はこのホテルにやってくる前、レンタルスーツの試着中の出来事を思い返した。
フゥ太が連れていた見知らぬ若者は、噂の新設された沢田隊のメンバーであった。名を沢田ランボ。すらりと伸びた体付きと造形の完成度に反して、まだ中学生だというから驚きだ。言われてみると、体の薄さには少年としての未熟さがある。
営業部長の唐沢克己のサポートとして懇親会に参加する兄に連れられて、彼もボーダー隊員として初参加するという。ランボに連れられて村上はレンタルスーツの店を訪れたのだが、右も左もわからぬ村上に対し、ランボは慣れた様子で村上を試着室に押し込んだ。
ランボはトリガーの換装を解いた時点で見事なスーツを着ていた。波打つ黒髪をセットして、胸ポケットには眼と同じエメラルドのハンカチーフ。スーツの知識などまったくないから、見事というのはランボに良く似合っている、という意味である。
試着するものは店員が十着ほど持ってきた。スーツなんて着られたら良いんじゃないか、という疑問を、呆気に取られながら口にすると、ランボは「来馬先輩に恥をかかせたくなければ大人しく着てください」と、村上の急所をひとつきにした。
村上を着せ替え人形にしながら、ランボはパーティでの立ち振る舞いを教えてくれた。兄、フゥ太からの言伝だそうだ。
料理やドリンクには手をつけないこと。飲食する姿は人を無防備に見せる。歓談の時間で周りが食事を楽しみはじめてもそれに混ざってはいけない。来馬先輩は来馬家の人間として和やかに会を楽しむ必要があるから、多少の料理とドリンクを口にする。それでも、ボディガードの君の役目は、来馬家の若君に付け入り、金儲けようとする輩を一人残らず睨みつけ、来馬辰也には付き人がいると覚えさせることだ。来馬先輩は君に甘いから食事をすすめるし、実業家たちに自慢の隊員だと紹介するかもしれない。その時は来馬先輩の顔を立てる最低限の会話だけで身を引きなさい。決して、隙を見せてはいけないよ。
徹底しているのは、これらを来馬がいる前で口にしないことと、村上に十五分の仮眠を取らせたことだ。眠ることで言伝を脳味噌に刻み込めば、間もなく迎えの車が現れた。リムジンと呼ばれる長い車に乗る日が人生で訪れようとは。
車内に雲雀はおらず、来馬は「彼は群れるのが嫌いだから」と、微笑った。
唐沢、沢田兄弟、来馬とこの懇親会にやってきて三十分が経つ。遠目に雲雀の姿を見つけたが、彼はボディガードを付けず一人でいた。
彼は一人なんですね、と口にしかけて、ぐっと唇を噛みしめる。世間話は今すべきではない。だというのに、フゥ太が言ったとおり、来馬は村上を甘やかすのだ。
司会者と〇〇企業の代表取締役だという男が雑談をはじめると、来馬はすっと村上の耳に問いかける。
「はじめてのパーティがこれじゃ疲れちゃうかな」
「──いいえ。俺から同行すると言ったんですから」
「でも、嬉しいよ。鋼がそばにいてくれるだけで安心しちゃう」
「そんなこと──」
言われたとおり隙を見せないようにと気張っているのに、来馬のせいで頬がゆるみそうになる。頬の内側の肉を噛むようにしてどうにかこらえると、遠目に、フゥ太が雲雀の横に移動したのが見える。来馬もそれに気付いたらしい。
「沢田君のお兄さんと恭弥さんが同じ中学の先輩後輩の関係なんだって」
来馬の声は密やかだ。壇上ではまだトークが繰り広げられている。
「恭弥さんは実業家としてボーダーに多額の寄付をしてくれてるんだよ」
「まだ若く見えるのに、すごい人ですね」
「うん、そうなんだよ。十八歳で風紀財団を立ち上げて、順調に事業拡大をしているね。彼は眼が良いんだ。人を見極める眼だよ。実力主義でとても厳しいけれど、彼の周りにいる人は皆が素晴らしく優秀だ。沢田君もそのうちの一人だし──鋼。恭弥さんに目をつけられたおまえも、特別なんだからね」
それを言うならば、あなたこそが特別だ。
帰りの車で必ず伝えようと心に決めながら、村上は想う。ラウンジで雲雀に向けられた眼の奥にあった人を品定めする威圧感は相当なもので、荒船はもちろん、温厚な蔵内でさえ警戒の色を滲ませた。あの男の幼馴染として、来馬家の人間として、彼に見限られないでいるどころか、ボディガードまで用意されてしまう来馬は、もしかしたら村上が思うよりもずっと、すごい人なのかもしれない。
登壇が終わり、落とされていた照明が明るくなると、参加者同士の交流がはじまった。来馬は料理をすすめてきたけれど、緊張で味がわからないだろうからと断った。慣れない場だからこそ来馬もそれ以上は言わず、礼儀として中皿に食べやすそうな前菜やローストビーフなんかを綺麗に盛り付ける。圧倒的な場慣れした様子に、村上の中にある来馬の尊敬ゲージが上がっていく。
「これはこれは来馬家の、辰也君じゃないか」
子供の頃から知っているという御婦人との挨拶を終えた来馬の前に現れたのは、なんだか趣味の悪いスーツを着た男だった。なんとなく、ランボの言葉の意味がわかったような気がする。服装とは礼儀で、このような場では特に、人はその人の身なりから第一印象を受け取るのだ。
男はずんずんと近付いてくる。距離が近い。ぬっと前に出たそれを、村上は無意識のうちに本気で睨み付けていた。
「なんだね、君は」
濃い二重の、ぎょろりとした眼が村上を捉える。肌が脂で光っている。村上の眉間のシワは濃くなるばかりだ。
「紹介します。僕が隊長を務める部隊の隊員で、アタッカーという近距離ポジションで第四位の成績をおさめている剣士なんですよ。鋼、僕の隣に」
一歩下がった位置から、来馬のために隣に寄る。ほんの少しだけ前に。来馬と男の距離に圧力をかけるように。
「──村上鋼と申します」
隊長の顔を立てるだけの最低限の会話だけで身を引く。決して隙を見せてはいけない。
「ほお、まだ若いのに四番目に強いってことか? しかしボーダーは子供に戦争させる組織だからなぁ」
軽口のつもりか、男は軽快に笑う。
「おっしゃるとおり、我々は若者に三門の未来を託している。なので大人は、その命を守るためにいるのですよ」
淀んだ空間に新鮮な空気を運んできてくれたのは、ボーダーの営業部長だった。
「はじめまして、私はこういう者です」
唐沢はビジネスマンらしい所作で名刺を差し出すと、連れているフゥ太を紹介し、男の関心を来馬と村上から自分に移動させた。
「来馬先輩、テラスにランボを待たせています。申し訳ありませんが相手をしてやってもらえますか」
「ああ、わかったよ」
その場を離れる村上の耳には、男の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「すまないね、鋼。嫌な気分にさせてしまったかな」
「平気です」
「あの人はアンチボーダーってわけじゃなくてね、いつでもあんな感じなんだよ」
隊員達から仏と呼ばれる彼の心の穏やかさは、このような社交の場によって育てられたのだろうか。村上は自分が短気だとは思わないけれど、先ほどの負の感情を思い出すと、自分のメンタルコントロールの未熟さを反省せずにはいられなかった。
テラスには、黒髪を月光に光らせるランボが、サンドイッチを食べながら二人を待っていた。
「お疲れ様です、来馬先輩、村上先輩。よければこれどうぞ」
「僕はつまんだから平気だよ、ありがとう。鋼は食べなさいね、お腹が空いてるだろう」
一月の下旬に半野外のテラスに出る客はおらず、肌寒さを感じつつも、ランボと来馬が言うならと、料理が盛られた皿を受け取ることにした。
料理は冷めているけれど、高級ホテルの食事など経験のない村上からすると、魚を使った前菜も、パンと食べる何かのペーストも、かたまり肉のシチューも、どれも美味い。白米があったら大満足だったけれど、流石にそれは想うだけに留めた。
ランボとフゥ太、村上という中・高生がいることを理由に、会場を出たのは決して遅くはない時間であった。帰りの車にもやはり雲雀の姿はなく、来馬の許可の元、村上は支部まで送ってくれるという唐沢の言葉に甘えることになった。
「唐沢さん、先ほどは助かりました。沢田君もありがとうね」
「いやいや、あの程度のことは何でもないよ。ボーダーに出資もしてくれそうだし、仕事だよ」
「え、彼からの出資を受けて大丈夫なんですか?」
「それはどういう──?」
村上が問うと、来馬は眉尻を下げて言いづらそうに頬をかく。失言だったのだろうか。
その疑問に答えてくれたのはフゥ太だった。車内にいると長い足が窮屈そうだ。
「彼はいくつかの会社を経営していてね、その中でもちゃんとクリーンな会社を選んでるよ。金の流れはこちらでも把握してるんだ」
「そのとおり。たとえ彼の他の会社が暴力団と繋がっていようと不正をしていようと、ボーダーの不利益は何ひとつありはしない」
その情報によって、雲雀がなぜ自分にボディガードをさせたのか合点がいく。まだ若い来馬に取り入ろうとする薄汚い連中を遠ざけること。日々の戦闘で来馬を守ることを心がけているけれど、外でも盾となれる事実は、村上の心に喜びを運ぶ。
「あの、鋼の前でそういう話は──」
「来馬先輩、あなたはこの三門市とボーダーを繋げる重要な立ち位置にいますね。だからこそ村上を遠ざけて守ろうとした。ですが、そばに置くことで守る方法だってあるんですよ」
「すくなくとも、フゥ太が俺たちと隊を組んでくれたのは同じ理由です」
まるで秘密を打ち明ける子供のように、ランボは生まれながらに色付く頬を嬉しそうに染めて、いたずらに微笑った。
「そうなのかい?」
「あまり人に言えた理由じゃありませんが──過保護上等です」
そう言い切るフゥ太の眼差しがあまりにも真剣そのもので、村上は自分の中で育つばかりの欲求を、すんなりと受け入れることができた。
隣に座る来馬に膝を向けて、村上はその顔を凝と見る。
「来馬先輩、あなたこそが俺の特別です。これからもそばで守らせてはもらえませんか」
車内の暖房が急に温度を上げたような心地であった。手汗が吹き出したのがわかり、頭のどこかで自分を俯瞰する自分が、レンタルスーツを汚してしまうと心配している。
じわり、じわりと、来馬の顔が赤らんでいく。明るめの髪の毛から覗く耳も、車内の暗さに負けずに色付くのだ。
「僕だって、おまえ達のことを守りたいのに」
「守ってもらってますよ。先輩はいつだって俺たちのことを考えて下さり、認め、心を守ってくれています」
「本当に?」
「勿論です」
「じゃあ──お相子ってことにしようか」
今日、来馬に反論してまでも同行して良かった。彼のはにかみを目撃した村上は心の底からそう想うのだ。
「なんだかツナと獄寺氏を見てるようだ」
ぽそりと呟くランボに視線をやれば、彼は「うちの長男と右腕のことです」と、柔らかく言う。
「恭弥さんの後輩の、イタリアで会社をやってるお兄さんだよね」
「ここだけの話、ボーダーへの出資額はトップなんですよ。ありがたいことです」
唐沢は車内でありながら周囲を警戒する素振りをする。今日まで特別な接点はなかったが、どうやらユーモラスな人のようだ。
「僕たち養子の三人を実の家族として愛してくれる、優しくて自慢の兄です」
兄のことを語るフゥ太とランボは楽しげで、その表情は柔らかい。来馬がぜひ一度会ってみたいなと微笑う。フゥ太もランボも兄を自慢したくて仕方がないといった様子で、まだ張り替えが終わっていない三門市内にあるフゥ太を含めた嵐山隊のポスター──噂によると、無断で剥がされたポスターが高額取引されているらしい──の微笑みとは異なる、顔いっぱいの笑顔は、ボーダーの広告塔ではなく、ただの一人の弟で、あった。
正月に帰省したはずなのに、なんだか無性に家族に会いたくなってきた。特に、妹を可愛がってやりたくなってしまい、しばらく帰る予定がないことに、懐かしい寂しさを、感じた。