子供の成長は早い   作:zarame.

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標的5 宇佐美栞

「ボーダーの皆さんこんにちは、玉狛第一オペレーターの宇佐美です。今日は今週の水曜日から開幕したB級ランク戦二日目昼の部を実況していきます。解説席には加古隊隊長の加古さんと嵐山隊から佐鳥君にお越しいただいてます」

 ランク戦の実況というのはローテーションでシフトが組まれていて、望んだ試合の実況を出来るかどうかは運次第、防衛任務との兼ね合いがあるためオペレーター同士の交渉で融通を効かせることもできないなかなかシビアなものだ。

 一度でも実況をやったことのあるオペレーターならばそれをわかっているだろうに、それでもなお今日の実況を羨ましがるのは、なんと言っても新設沢田隊のデビュー戦であるからだ。この試合に関わることができる自分は運が良いと、宇佐美栞は背筋を伸ばして実況を始める。

「さて、今日の試合はいかがですか?」

「注目すべきは沢田君のところだけど、佐鳥君が来てるってことは色々訊かせてもらえるのよね?」

 加古望からのふりに、佐鳥賢は全力で「もちろんです! 沢田先輩から許可は降りてますし、なんならインタビューもしてきました!」とこの試合にかける意気込みを披露する。

「頼もしいですね。念のためですが、沢田隊の紹介だけしておきましょう。ご存知の方も多いと思いますが、この部隊は三人きょうだいというボーダー初となる家族部隊です。今後はランボ隊員とイーピン隊員は名前で呼ばせていただきますね」

「えーと、今日この席で佐鳥が話すことはすべて沢田先輩の許可の元なんですが、この三人は容姿から見てわかるとおり里子のきょうだいなんです。沢田先輩とランボ隊員はイタリア生まれ、イーピン隊員は中国生まれ、沢田先輩の上には日本生まれの長男さんがいるらしいです」

 この試合の実況をやることをシフト表で確認した宇佐美が真っ先に佐鳥に解説を頼んだのは、元チームメイトとしても、そのキャラクター性からしても、皆が求める沢田隊の情報を扱うに最も長けていると判断したからだ。玉狛には同い年の迅がいるし、嵐山隊には親友の嵐山がいるけれど、あらゆる意味で注目の的である沢田フゥ太という男には好意と悪意の入り混じった様々な噂が囁かれてしまうため、この場でそれらを一掃するためにも佐鳥が相応しく、宇佐美の第六感によるその判断が正しかったことは、センシティブな情報──と思っているのは日本人特有の思考なのか、当の本人は訊かれればその都度丁寧に、楽しげに兄がイタリアで会社を経営しているところまでを誰にでも話している──をさらりと混ぜられる佐鳥の手腕によって証明された。

「多国籍な家族だけど、みんな顔面が素晴らしいわね」

「絵面が華やかですよね、心なしか女性隊員の観客が多い気もします」

 というのは冗談ではなく、超満員の客席には純粋に沢田隊への興味を持つ者と、フゥ太とランボの顔面に惹かれた者達がいるのだろう。

「ここでステージが選択されました。ランク戦初挑戦の沢田隊が選んだのは市街地Aです」

「これは沢田先輩が選んだマップでしょうね」

 佐鳥は一人納得したように言う。

「あら、その心は?」

「嵐山さんのブラコンシスコンは有名ですよね。実は沢田先輩もなかなかのものなんですよ。だからこのノーマルマップは自慢の二人を披露するためにあえて選んだものだと推測できます」

「シンプルなほうが二人の魅力が際立つってことね」

「そういうことです!」

「でも市街地Aは海老名隊も茶野隊も戦い慣れたマップだから、地の利を活かしてどう戦うのか楽しみね」

「それでは、転送までの間に各隊のポジショニングやトリガーセットのおさらいをしていきましょうか」

 先シーズンの最終順位を踏まえて新たな装備を加えた隊員──あくまでも個人ランク戦などで装備が知られているもの──の成長、隊にとってのメリット、デメリットを踏まえて解説者に話題を振る。始まったばかりのランク戦はわからないことだらけであるが、だからこそ予測を立てるのが面白いのだ。解説者の個性が光るため、転送開始までの十五分を埋めるには十分で、試合へのボルテージも高められて一石二鳥。

「海老名隊と茶野隊の解説ありがとうございました。最後は沢田隊ですが、この隊はまだまだ情報が少ないですね。沢田隊長はオールラウンダー、イーピン隊員もランボ隊員もスナイパー合同訓練にはいなかった、ということしか私の方には情報が入ってきてません」

「イーピン隊員はスコーピオンが得意みたいよ。双葉が一度手合わせしたと聞いてるわ」

「なるほど、じゃあ沢田隊長と並ぶ前衛ということですね」

「それはまだわからないですねぇ」

 ふふふっと意味深に口元を歪めながら、佐鳥は「この試合は沢田隊のデビュー戦ですが、もうひとつお披露目があるんですよ」と観客の関心を煽る物言いをする。

「なるほど、なるほど。ますます試合が楽しみになりますね。そうこうしているうちに転送までのカウントダウンが始まります!」

 会場への転送位置はランダムだ。初期配置の悪さによって勝てる相手に負けることもある、それがチームで行うランク戦の醍醐味なのだ。

「全部隊転送完了!」

 ステージは市街地Aという住宅街が並ぶベーシックマップ、時刻は夜、一定間隔を空けて転送された隊員達が一斉に動き出す。

「まずは海老名隊のスナイパー、乙川隊員がバッグワームで消えました!」

「各チームいい感じでばらけてますね」

 沢田隊と海老名隊は三人構成、茶野隊だけが二人構成のチームだが、ハンドガン型トリガーを使う近・中距離型で火力では引けを取らないよう工夫がある。

「各部隊それぞれ合流に動いてますね。夜という環境設定でも視覚支援があるので昼と変わらずに見えていますが、おっと、ここで沢田隊長が一人別行動でしょうか」

 海老名隊のスナイパーはまもなく狙撃ポイトに到着し、茶野隊の二人が合流しそうという段階で、フゥ太がグラスホッパーでマンションの屋上に移動した。ランボとイーピンは合流する動きなので、沢田の行動に注目していると、なんと彼の手元に現れたのは、スナイパー専用トリガーであるアイビスだ。

「えぇ! 沢田隊長がアイビスをかまえています!」

「懐かしいじゃない、そういえば彼って、私が入隊してすぐはスナイパーだったわね」

「加古隊長はご存知でしたか。そうなんです、実は沢田隊長は東さんの教え子なんですよ」

 得意げな佐鳥の発言に、会場中から驚きの歓声が上がる。

「佐鳥君、詳しくお願いします!」

「お任せ下さい! 沢田先輩は嵐山隊長や柿崎さんとの同期入隊で、嵐山隊が広報部隊になると決定した時に柿崎さんと入れ替わりで嵐山隊に配属になったんですが、その当時はスナイパーだったんですよ。当時を知ってるのは東さんとか木崎さんあたりの一部だけですね。でもその時には佐鳥もスナイパーとして所属していたので、スナイパー二人体制でやっていくのかどうするのかってタイミングで沢田先輩がオールラウンダーを目標に弧月使いに転向したのが始まりです」

「沢田君は隊のことを考えて自分の手札を増やしたってわけね。器用な彼らしいわ」

「オールラウンダーとしてA級隊員になれたからそう言えますけど、佐鳥としては自分のせいでって考えたこともありますよ。そのころ佐鳥はツインスナイプの練習を始めたばっかりで成績も悪かった。でも沢田先輩は佐鳥の挑戦には価値があるからって背中を押してくれたんです」

「後輩と自分の可能性を広げる決断だったというわけね」

「ということは、スナイパー二名が配置につき、アタッカー対決が始まる予感ですね」

 カメラ画面が切り替わり、合流したそれぞれのチームを映し出す。

「海老名隊が離れて転送されたみたいですが、スナイパーの位置取りがちょうど中間地点でどちらもサポートできるように考えられてますね!」

「ここで茶野隊と海老名隊の茂手隊員が遭遇、二対一の構図です!」

「ガンナー二人相手に距離を詰めるのは大変だけど──ああ、スナイパーの射線上に誘導するつもりね」

 B級下位の試合は中位や上位と比べて面白味がないと不人気であり、今日のように新しいチームの参戦などがない限りここまでのギャラリーが集まることはない。本来ならばC級隊員にとっては良い勉強の場であるのに、ついつい上ばかりを見上げて、次の足掛かりとなる下位ランク戦に興味を持てないのは実にもったいない。この試合を観に集まったC級隊員もきっと沢田隊にばかり注目し、あえてバックワームを使わないフゥ太の行動の意図を探っているのかもしれないが、元A級が隊長を務める沢田隊がいるからこそ、負けじと新しい試みに踏み切った海老名隊に注目すべきなのだ。

「いい動きをするじゃない。離れてしまったからこそ自分を囮にスナイパーに撃たせる──ように見せかけて、反対側から隊長が来るのを待つ」

「海老名隊長はオールラウンダーですからね。中距離での攻撃が可能です」

 画面のなかではまさに今アサルトライフルが茶野隊を襲っている。これで二対二となるが、スナイパーの射線上であるため実質は二対三、茶野隊は狙撃を恐れてフルアタックが叶わず自慢の火力勝負に出られない。

「両チーム白熱した戦いを繰り広げていますが、ここで忘れちゃいけないのが沢田隊ですね。屋根の上にランボ隊員が到着しています」

 あっ、と思えばランボの頭上に巨大なトリオンキューブが出現した。夜を照らす輝きは月よりも明るく、まるで太陽のような威圧感に画面越しでも圧倒される。

「あれ二宮君より大きいんじゃない?」

「入隊式後のポジション別訓練は嵐山さんが担当で、ランボ隊員のトリオン量は二宮さん以上だとは聞いてましたが、夜のステージで眼にすると迫力が増し増しですね」

「ここで乙川隊員が撃った! しかしシールドで塞がれました。トリオンキューブに見合う防御力です」

「今のはランボ隊員自身ではなく、トリオンキューブを撃てば暴発を狙えたかもしれませんね」

 巨大なトリオンキューブは二十七分割されて茶野隊と海老名隊を襲う。弾は通常弾、アステロイドだ。

「ここでイーピン隊員のバッグワーム奇襲! 加古隊長の言うとおりトリガーセットはスコーピオンですが、これはブランチブレード!」

 トリオンキューブと攻撃直後の奇襲により、茶野隊から一人、海老名隊から一人ベイルアウトした。

「ランボ隊員に一点、イーピン隊員に一点が追加されました」

「彼女の動き、素人じゃないわね。何か体術の心得があるのかしら」

「それは佐鳥がお答えしますね。イーピン隊員は幼少期より中国拳法を習っているそうです。実際に見て納得ですが、スコーピオンは彼女のしなやかな体術と相性が良さそうですね」

「トリオン体と言えど結局は生身の延長よ、生身でできないことはトリオン体でも難しい。けれど生身でできることはトリオン体でさらに磨き上げることができる。強くなる方法はトリガー構成を変えたり、ランク戦だったり、戦略だったりと色々あるけど、生身の鍛錬は本来ならすべてのポジションの基礎訓練に組み込まれるべきものなのよ」

 流石はA級で隊長を務めるだけある加古の解説に、皆が自分にできる努力をひとつ知ったことだろう。

「現場はまだ混乱しているもよう。茶野隊は残り茶野隊長一人、海老名隊は海老名隊長と乙川隊員、沢田隊は全員生き残っています──が、ここで海老名隊長がイーピン隊員に発砲、これをシールドと反射神経で素早く回避! あっ! 沢田隊長のアイビスが火を吹きます! 渾身のヘッドショット、海老名隊長、ベイルアウトです!」

「ねぇ、今の見た?」

「見ました──」

 加古は呆れて、佐鳥は何とも言えない苦笑いを浮かべる。

「とんでもない過保護な狙撃をするのね」

「沢田隊長は元々バッグワームを使ってないし寄られても問題ないスナイパーですが、海老名隊長より乙川隊員を仕留めるのが先なように思いますね」

「妹にちょっかいかけられて一発目でヘッドショットは、ちょっと大人気ないわねぇ」

 ここで佐鳥による事前情報、嵐山に並ぶブラコンとシスコンの拗らせ具合というのが効いてくる。

「茶野隊員が単身イーピン隊員に迫りますが、ランボ隊員が牽制します」

「柔軟性と俊敏性に優れたアタッカーと高いトリオン能力で守備も務めるシューター、そしてパーフェクトオールラウンダーのスナイパー、バランスが良すぎるぐらいですね」

「茶野隊長もトリオンキューブを出しました!」

「彼も新しい試みね。今まで使ってなかったもの」

 転送待機中に先シーズンを振り返ったおかげでそれが彼なりのチャレンジであることがわかる。隊員達の切磋琢磨を見逃さないのも実況の役目である、というのは宇佐美の持論だ。

 トリオンキューブの中身はアステロイドか、ハウンドかバイパーか。皆の関心がそこに集まった直後、トリオンキューブは閃光を上げながら爆発する。

「メテオラです! 茶野隊長、自爆用のメテオラを装備していました!」

「二人編成の部隊だからこその思い切りね。沢田隊から一点でも取ってやろうって気概を感じるわ」

「そうですね──しかし、ベイルアウトしたのは茶野隊長だけの様子──」

 煙幕が晴れるのを待っていると、そこには固定シールドに囲まれるランボとイーピンがいた。

「おお、固定シールド! たしかにランボ隊員の固定シールドならメテオラを防げますね。これは沢田隊長の指示でしょうか」

「──憶測ですが、黒川オペレーターの指示かと思います」

「まさか、沢田君の位置取りも彼女の?」

 ボーダー歴が長いだけあり、加古は沢田隊のオペレーターを務める黒川の有能さを知っているようだ。

「そうですね、バッグワームを使わずあえてレーダーに映って相手チームに圧力をかけるのは沢田隊長の発案かもしれませんが、細かく位置取りを変えてじりじりと追い込むのは黒川オペレーターの視野の広さがあってこそですね」

 宇佐美は沢村響子と肩を並べて本部長補佐を務める黒川花の手腕を想い、チームのオペレーターを務める時間を捻り出しているスケジュール管理能力に感心するのだった。

「沢田君のやり方ってあれよね、ずる賢いって言うか手段を選ばないって言うか。東さんの教え子なだけあるわ」

「加古さん、加古さん、気を付けないとブーメランですからね」

「あら、嫌だわ」

「さて残るは乙川隊員のみとなりましたが、ここで沢田隊から距離を取ります」

「ベイルアウト狙いですかね」

「この状況なら撤退も悪くない選択よ」

「ここでベイルアウト圏内に出ました! 乙川隊員自主的ベイルアウトにより、沢田隊が生存点を獲得、沢田隊の勝利です!」

 試合時間は三十二分、これにてB級ランク戦二日目昼の部は終了した。

「試合結果はこのようになりました。総評をお願い致します。まずは加古隊長から」

「元A級がいるってだけで仕方がない結果ではあるのよね、ほら、東さんがB級にいるのも戦力過多なところがあるでしょう。でも沢田隊が勝ったのは元A級がいるからじゃなくて、イーピン隊員がトリオン体にきちんと体を慣らしていたり、ランボ隊員がシューターとしての立ち回り──今日の場合は上から攻撃をしたこと──を実践していたり、とっさに固定シールドを張れるだけの瞬発力を身につけていたり、とても初戦とは思えない、勝つための準備をきちんとして挑んだ試合だからよ」

「それを踏まえて言わせてもらうと、海老名隊はバラけた転送位置に対して臨機応援に戦う姿勢が見れました。アタッカーがスナイパーの射線上に相手を誘導するのはB級上位でもA級でも通用する動きですが、スナイパーとしてひとつ改善点をアドバイスさせてもらうと、あの場面ではアイビスよりイーグレットに持ち替えて、海老名隊長と共に狙撃しておけば一点取れていたかもしれませんね。茶野隊長の自爆メテオラも、ランボ隊員のトリオン能力に押し負けてしまいましたが、一人残されたあの場面ではあれ以上の選択肢はなかったでしょう。二人編成のガンナーの強みは瞬間的な火力なので、人が集まる前にしっかりと場を見極め、一点一点を積み上げて行くと中位も狙えるんじゃないでしょうか」

 佐鳥のコメントに頷き、加古が続ける。

「元A級の沢田君はもちろん、あっという間にB級に上がったことは噂で聞いていたと思うけど、それに怯まず強気の攻めを見せたのは海老名隊も茶野隊も良かったと思うわ。この試合の解説をできてとても面白かった。呼んでくれてありがとう」

「佐鳥も楽しかったです!」

「こちらこそ、お二人ともありがとうございました」

 ステージの環境設定をわざわざ夜にしたのは、何か仕掛けてくるぞと思わせて行動の足を鈍らせる狙いがあったのか、はたまたオペレーターへのささやかな嫌がらせか、それともランボのトリオンキューブをさらに巨大に見せるためか。もしも過保護スナイプではなく海老名隊のスナイパーを確実に落としていればその後の試合の動きはどうなっていただろう。

 試合が終了し、出口に近い者からぞろぞろと観客が帰って行く。その足でランク戦ブースに向かう者、もしかしたら生身のランニングに出かける者もいるかもしれない。加古と佐鳥に改めて礼を述べ、見送り、頭の中を先ほどの試合でいっぱいにしながら、さて自分も帰ろうかと腰を上げると、未だ腰を据えたまま真っ黒なモニターを眺める少女がいた。

 艶やかなショートヘアが整った横顔をさらに引き立てている少女の名は、木虎藍。フゥ太と入れ替わりに嵐山隊に入隊した期待の新人だ。

「木虎ちゃん、お疲れ様。まだ戻らないの?」

「あ──すみません、ここにいたんじゃ宇佐美先輩が帰れませんよね」

 慌てて立ち上がる木虎を見兼ねて、宇佐美は「途中まで歩かない?」と気分転換に誘った。

 本部まで木崎レイジが迎えに来ているのでお茶に誘うことはできないからこそ、宇佐美は軽く「さっきは何を考えていたのかな」と訊いてみた。何となく話してくれる気がしたのは、宇佐美が以前に木虎とフゥ太が話しているところに居合わせたからで、若干の戸惑いを見せながらも木虎は唇を開いて話す姿勢をみせた。

「今日の試合を観て、自分がしてきた努力を振り返っていました。沢田先輩はA級にいた頃とはまた違う武器を手に新たな努力を始めました。あんなに何でもできる人なのに慢心しないで高みを目指し、教えを乞う者には無償で与え、いつも周りに気を配り、場を円滑にまわし、家族に対しても妥協がない。尊敬すべき先輩です。彼にオールラウンダーとして教育していただいた経験に恥じぬ自分でいるために、必ず、私はもっと強くなります」

 眉間のしわの深さからてっきり思いつめていないかと心配したが、どうやらそれは宇佐美の杞憂だったらしい。

「それなら大丈夫だよ。あなたには沢田先輩のお墨付きがあるからね」

 それはあの日に居合わせた宇佐美だからこそ言える言葉で、木虎はその雪のように白い頬をわずかに紅潮させて、それを誤魔化すように「私は宇佐美先輩も尊敬しています。風間隊をA級まで押し上げた影の立役者である先輩の玉狛転属は、正直なところ寂しいと思っているんですよ。臨時部隊でも混成部隊でもいいので、私も先輩のオペレートで任務にあたってみたかったです」と、隠そうともしない気位の高さが玉狛の少女を思わせて、ついつい可愛がりたくなってしまうことなんて知る由もないだろうに、無意識に宇佐美の心をくすぐってやまない花のようなかんばせを引き締めるのだ。

 ランク戦ブースの別れ道で宇佐美は木虎に手を振り、木崎がいつも車を付ける出入り口を目指す足取りは軽やかで、車に乗り込めば案の定「ご機嫌だな」と指摘された。

「とても良い試合だったんだ」

「そうか、なら俺たちもログを観てみようか」

「私が実況してあげるよ」

 車のシートクッションに背中を預けながら、宇佐美はあの日を思い出す。

 先輩である黒川とラウンジでお茶を飲んでいると、B級に上がりたての木虎を連れたフゥ太がやって来たのだ。木虎のことは新入隊員用訓練で九秒の記録を出した少女として、宇佐美の耳にも入ってきていた。

 その時はまだ黒川が沢田隊のオペレーターを務めるとは知らなかったけれど、今になってみればあれは自分の代わりに嵐山隊に入隊させようと考えている弟子を紹介しに来たのだ。宇佐美がいたからあくまでも弟子の紹介という口実で、黒川に自分の隊のオペレーターを頼む素振りは見せなかったけれど、沢田のことだから根回しをしていた可能性もある。加古の言葉を借りるならば、流石は東の弟子と言える。

 きっかけは多分、フゥ太の何気ない台詞だった。師が弟子を紹介する際の、ボーダーでは良く聞くとさえ言えるそれ。

「木虎は自分に厳しく努力を惜しまない。教え甲斐のある僕の自慢の弟子なんだ」

 そして木虎はこう答えた。

「自慢だなんて、そんな、努力は最低限の当たり前です。トリオン能力の低い私には出来ることが限られているので」

 謙遜とも取れるし、自分を客観視できているとも取れて、宇佐美も黒川も引っかかりを覚えるようなものではなかった。けれどもフゥ太は横に並ぶ木虎にわざわざ向き直った。

「それは違うよ」

 木虎の顔には隠せない動揺が浮かび、宇佐美も心のなかで「えっ」と声を上げた。そしてフゥ太は言うのだ。

「人は努力するのは当たり前と言うけれど、実際に努力を結果に実らせるまで続けられるのは一握りの人間だけだ。それは立派な才能だよ。木虎、おまえには努力を才能にするまで続ける根性がある。それは素晴らしいことだ」

 高い上背を、腰を曲げることで見下ろすのではなく目線を合わせて、優しい声色だけれどしっかりとした意志を込めた口調で、フゥ太は師としてだけでなくA級に名を連ねる実力者としても木虎を評価していることが、二人がどんな師弟関係を築いているのかまったく知らない宇佐美にさえも伝わってきて、その賞賛であり鼓舞でもある言葉のひとつひとつが、向けられたわけでもない宇佐美の身体に熱を持たせるだけの威力を持っていて、あんなことを言われたら最後、木虎でなくとも胸を張らずにはいられない。

「自分を誇りなさい。謙遜じゃなくて胸を張るんだよ。積み重ねた努力はおまえの揺るがない自信になり、それはどんな時でもおまえの背中を支えてくれる力になる」

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