子供の成長は早い   作:zarame.

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標的8 沢村響子

 買い物の帰り道、その後ろ姿を眼にした感想は「おお、やってるなぁ」というものだった。営業部長の唐沢が嵐山隊を卒業した沢田フゥ太を連れ回していることは忍田本部長から聞いていたし、それに対しても唐沢のやりそうなことだというだけで、驚きも何もありはしない。彼ならば唐沢の期待に応えるだろう。

「沢村、まだ時間ある?」

「あるけど、どうしたのよ」

 解散する流れで駅前の交差点まで来たというのに、沢村同様、唐沢の接待に付き合わされているところを目視した黒川花が、別のものに眼を奪われている。

 そちらを見れば、納得した。よく知っている横顔が三人分。

「──そこのビルのフルーツパーラーで良いわね」

「上等」

 沢村と黒川は気付かれないように男子高校生の背後にまわる。

「あんた達──見たわね」

 当真勇、北添尋は黒川の問いかけに飛び上がるも、唯一、サイドエフェクトを持つ影浦雅人だけは、面倒臭さを隠しもしない形相だ。この場にそれを気にする者は一人もいない。

 二人はボーダーに所属する成人組という立ち位置から、三人を高級フルーツパーラーに連れ込むのだ。

 ビルの十四階、窓から三門の街を眺められるソファ席。三人を並べて奥へと押し込んだ。高校生、それも男子ではなかなか足を踏み入れられない店を選んだ目的は、もちろん口止めである。

「さて、好きなもの選びなさい」

「ここは私達の奢りだから」

「沢村さん、黒川さん、なんか怖ぇーよ。俺たちそんなに見ちゃいけなかったか」

 なんて言いながらも、当真は季節のフルーツのパフェを指さしている。

「どうしようかな、ゾエさん迷っちゃうな、ここはお言葉に甘えて、プリン・ア・ラ・モード! カゲはどうする?」

「──別にこんなん奢られなくたって喋らねーよ」

「まあまあ、いいから」

 なだめようとしてもなだめられてはくれないから、北添に視線で問えば「カゲはクリームあんみつで」と決めてくれた。北添が一緒で助かった、と思うこの感情さえも伝わっているだろうから、彼らサイドエフェクト持ちの苦労が絶えることはない。

「ところであんた達、こんな時間に駅前で何してたのよ。まさかサボりじゃないでしょうね」

「まさか! 区の職員会議で短縮授業だったんですよ」

 北添が慌てて否定する。区の職員会議──学生のころにそんなものがあった気がしなくもない。懐かしい響きだ。

「ただでさえボーダーの任務で授業受けてないのに、短縮されてテストは大丈夫なの?」

「じゃあ沢村さんと黒川さんが俺らに勉強教えてくれよ」

 彼ら三人は同級のなかでも勉強が苦手だと聞く。A級一位部隊のオペレーターも一緒になって来馬隊のオペレーターに泣きついているのは、食堂で見られるテスト前の風物詩となっている。だというのに、心配とお節介、半々の世間話にそんなことを言う当真は、可愛がり甲斐がないというもの。

「高校生の勉強なんてもう覚えてないわよ」

「ええ、そういうもんですか?」

「でも高校に通ってるあいだはしっかり勉強しないとね」

 レモン果汁入りのグラスを傾けながら黒川が言うと、なら勉強なんてしなくたって、という気持ちが表情に出ていた三人は、そろって眉間をくしゃくしゃにした。なんてわかりやすい子たちだろう。

 当真の季節のフルーツパフェ、北添のプリン・ア・ラ・モード、影浦のクリームあんみつ、沢村と黒川のフルーツ・アフタヌーンティーが運ばれてくるまで雑談を続けたのは、何もここに来た用事を忘れたからではない。本部長補佐という立場にいると、どうしたって隊員達とのコミュニケーションにはかぎりがある。B級のオペレーターを引き受けた黒川は別として、沢村はボーダーという自衛機関に所属する大人の立場から、未成年の子供たちの顔色を、見た。

 注文した品が運ばれてくると、男子高校生達は目に見えて喜んだ。影浦でさえ、宝石のように輝くフルーツに足を組むのをやめて、むっとして見える口元が緩むのだから、やはりデザートには人を幸せにする力があるのだ。

「よし、食べたわね、あんたたち」

 それぞれがフルーツを、プリンを、生クリームを口に入れたのを見届けて、黒川は言う。

「黒川さんー、その言いかた嫌だなぁ」

「口止め料だからね、わかってるでしょう」

「だから言わねぇって。沢田さんが女とホテル入ろうが興味ねぇし」

「ホテルっつってもラブホじゃねぇし、食事だろ」

 あまりのことに沢村はフォークを落としそうになった。黒川はティーカップを持つ手を震わせて、カチャカチャと音を鳴らしながらソーサーに戻した。

「──嘘でしょ、待ってよ」

「連れてきて本当に良かったわ」

 二人は驚愕に心臓を跳ねさせ、自分たちの英断に胸を撫で下ろした。

「なになに、どうしたんですか」

 けろりとしている北添の顔色からするに、彼らの言葉は本心だろう。言いふらすつもりはなくたって、いつどこから漏れるかわからない。特に、あらぬ誤解はこの場で解いておかなくては。

「いい、あんたたち、食べながらで良いからよく聞きなさい」

 沢村は姿勢を正して三人の顔を凝視する。

「沢田が連れていたのはボーダーのスポンサーの娘さんよ。見逃したみたいだけど、営業部長の唐沢さんが一緒にいたし、たぶん根付きさんと父親が先にホテルのロビーで待ってるはず」

「だから、あれはフゥ太のデートでもなんでもなくて、ただの接待なのよ、接待、営業活動、仕事よ」

 念には念をと黒川が釘を刺す。すると彼らは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、「なんだぁ」と笑うものだから、口止め料なんていらないと言っておいて、内心で面白がっていたことが判明した。これぞ男子高校生、きっと同級で話のネタにでもするつもりだったのだ。

「沢田さんのデート事情なんてみんな面白がるだろうに」

「いやぁ、すごかったよね、白いジャケットなんて沢田さんか嵐山さんくらいしか着れないよ。あ、烏丸君もいけるかな?」

 ホテルに入っていく姿はちらりとしか見えなかったが、上下に白のセットアップ、あと黒のタートルネックを着ているように見えた。これがスーツスタイルなら見るからに仕事だが、絶妙なラフさ加減が気合の入ったデート感を生み出しているのだ。

「でも大丈夫かなぁ、沢田さんに接待されたら、好きになっちゃわない?」

「あの人がそんなヘマするかよ」

 影浦のその返事は意外だった。嵐山隊を卒業する前はA級同士、目立たないところで仲良くしていたのだろうか。

「なあに、フゥ太なら上手くやるって?」

 黒川が深追いすると、影浦は小さく舌打ちし、言いにくそうに視線を泳がせる。

「別に何を言っても良いよ。私ね、フゥ太の兄とは同級生なの。だからフゥ太がこーんな小さいころから知ってるのよ」

「えっ、初耳なんだけど」

 沢田隊のオペレーターを引き受けたのも、名前を呼ぶ親しさも、繋がりは沢田家の長男にあったのか。解けた謎に納得するように、沢村は紅茶をひとくち飲む。

「こんなことボーダーで言ったら、沢田先輩って小さいころはどんな感じだったんですか? ってミーハー女子が寄ってくるでしょ」

「あー、そうね、そるなるわ」

「ということだから」

 にこやかに、けれど威圧感をにじませる黒川に、影浦はとうとう押し負けた。

「感情が刺さらねぇんだよ」

 それは影浦のサイドエフェクトに関わる発言だった。

 感情受信体質──自分に向けられるあらゆる感情が肌感覚となって感じ取ってしまうというそれは、未来視に次いで厄介なものだと沢村は考える。他人の感情など知り過ぎて良いことは何もないからだ。

「あの人、誰にでもにこにこして笑顔の安売りしてるくせに、楽しいとか嬉しいとかちっとも刺さってこねぇ。東さんのほうがまだわかりやすいぞ、狙撃中はともかく」

「ああ、そういうこと。それはあいつの癖みたいなものよ」

 黒川はまるで近所のお姉ちゃんのような口ぶりだ

「フゥ太が沢田家に来たのは小学校三年生くらいのときでさ、その歳になると自分がどういう経緯で引き取られたとか、そういう事情も全部わかるでしょ。フゥ太は特に頭の良い子でね、昔っから大人の顔色を読むのが上手かったの。いつだってランボとイーピンを優先してあげる、良い子のお手本だったの。だからよくみんなで遊んでやったわ。子供はかまわれてなんぼでしょ」

 ランク戦で佐鳥が沢田きょうだいの事情を語ったのは、余計な詮索を避けるための根回しだった。センシティブな問題だからこそ、ありもしない噂を流される前に先手を打つ。それは目立つ容姿をしている彼らの、彼らなりの身を守る方法だったけれど、黒川の語るそれは、幼い彼らを知るからこそのお節介だ。

「嵐山隊に配属されたのも、フゥ太にはそれができるから。周りの顔色を敏感に察知して良い方へ転がしてしまえる。嵐山はそれを無自覚にやってるけど、フゥ太の場合はぜんぶ計算よ」

 声色も、口調も、自分の弟を語っているようで、聞いているこちらはなんだかむず痒い。

「影浦の話を聞いてなんだか安心したわ。フゥ太が計算してやってるってことはね、ボーダーがあいつの居場所だって証明してるようなもんだから。守ろうとしてるの。嵐山隊ではボーダーの二大広告塔として、そんで今はまた別のアプローチを始めてるってわけ」

「それが、俺らが見ちまった接待ってことか。沢田さんなら女を本気にさせるようなヘマはしねぇな」

「フゥ太の天職はホストか結婚詐欺師ね」

 冗談なのか本気なのか、それを聞いた影浦は珍しく歯を見せて笑った。

 口止め料を払い、しっかりと釘を刺せば、後は目の前のスイーツを楽しむだけだ。男子高校生はひとくちが大きく、北添なんて一番大きなものを食べていたのに、食べ終わるのは一番早い。ランチの帰りだった沢村と黒川はアフタヌーンティーをシェアしてちょうど良い量であった。

「じゃあ、もしも他に見ちゃった子がいたらボーダーの接待だってことを話してね。間違ってもデートだなんて軽口は叩かないように!」

 駅前で最後の念押しをすると、当真は「耳タコだっつーの」と呆れ、北添は「ごちそうさまでした!」と礼を言い、影浦はごく軽い会釈をして、本部に向かって行った。

 

 

 翌日、沢村は接待現場を一般隊員が目撃していたことを忍田に報告した。広報部隊を抜けたからこそできる接待なのだが、広報部隊を抜けたからこそ誤解を与えてしまう可能性を進言すると、配慮に欠けていたことを認め、改善することを確約した。

 それにしても、影浦の言葉を借りるなら笑顔の安売り、沢村の言葉で言うなら誰にでも分け隔てない彼が、自分の感情をセーブしていたというのは意外だった。C級にもB級にも、教えを乞われたらない時間をどこからか捻り出して指導にあたる姿は沢村も何度か見かけたことがある。同期の東ほどではないが、一度は彼に教わったことがある隊員は多くいて、沢村の眼には、彼らはとても可愛がられているように映っていた。

「沢村、お昼行こうよ」

「もうそんな時間なのね」

 黒川とはそれなりの付き合いだけれど、呼び方はお互いにこんな感じだ。友人と呼ぶより同期の意識が強いのと、黒川には『きょうこ』という名前の親友がいるそうだ。

 廊下を歩きながらする会話も新作コスメではなく、ブラック企業もびっくりの激務に追われている上司達の仕事をいかに簡略化するか、というもの。本部長補佐の沢村もそこそこの仕事を抱えているが、彼らを見ていたら忙しいとは口に出せない。そして黒川も、上司達と似たような激務に自ら片足を突っ込んだ物好きである。

「わー! フゥ太ぁ!」

 食堂に着くと、何やら楽しそうな声が聞こえてきた。オールブラックのミリタリー隊服は眼につきやすい。見れば、沢田ランボが兄に捕まり、頬にキスされているではないか。海外のホームドラマなんかで見かける異国の文化だが、彼らがやると違和感がないのはその容姿からだろう。

「あらまあ、はしゃいでいるわね」

「楽しそうにしちゃって」

 次に、妹のイーピンも兄から親愛を受け取った。彼らにとってはなれたコミュニケーションなのだろうが、周りにいる嵐山隊の佐鳥に時枝、ひとつのテーブルで昼食を取っている影浦、北添、王子、蔵内の四人は、苦笑いだったり驚いたり、爆笑だったりと、反応は様々だ。

 食券を買いながら眺めていると、今度は佐鳥が顎をつかまれたではないか。嵐山隊に所属している当時はこのようなおふざけをしている雰囲気はなく、仲の良さは感じつつも広報部隊に相応しい風格があった。

「あーあ、肩の荷が降りたからって遊びすぎよ、フゥ太のやつ」

 やはり黒川は姉のような口ぶりで、そんなことを言う。

 沢村は納得した。メディア出演している嵐山は毅然としているけれど、同級の柿崎や弓場たちと一緒にいる彼は結構はしゃいでいる。それとまったく同じ現象なのだろう。広報という表向きのボーダーの顔から、裏でイメージ戦略や資金調達を行う立場になったことは、ボーダー内部での沢田フゥ太という人物の好感度を保つ労力からの解放を意味する。これは素で嵐山准である男と、すべてを計算していた男の決定的な違いだ。

「なんだか楽しそうだな」

 声を張っているわけでもないのに人々の耳に届くその声は、ちょうど沢村が思い浮かべていた人物であった。

 颯爽と現れた嵐山は、時枝にじゃれついているフゥ太の頬に手を添えると、まるで王子様のようなそぶりで唇を寄せた。

 沢村と黒川は瞬時に両耳をふさぐ。次の瞬間、ボーダーが誇るイケメンの戯れに被弾した女性陣の悲鳴は、食堂を飛び出し廊下にまで響き渡った。

 たまたま騒動の中心に居合わせただけの男子高校生達は、その衝撃を全身に浴びて、やっかいなサイドエフェクトを持つ影浦は頭をクラクラとさせている。それにいち早く気が付いたフゥ太が、無遠慮に影浦の頭を撫でまわす。まるで弟と妹にするようなそれは、やはり嵐山隊の沢田フゥ太のものではない。

 これは感情受信体質を持たない沢村の憶測だけれど、影浦の鬱陶しそうな表情からは何かしらの感情が刺さっているように見えるのだ。一体どんな感情が、どのように肌を通して伝わっているのかは、沢村の憶測も通用しない未知の領域であるが。

 そうそう、これは誰にも話したことのない──当時の彼はまだ嵐山隊でボーダーのイメージを担っていたから──沢村の秘密だが、去年の六月ごろに、フゥ太の彼女を目撃したことがある。

 警戒区域のほど近くで、彼が女性の車から降りてくる場面に居合わせたのだ。と言っても、相手がこちらに気付く前に建物の影に隠れてしまったから、なんだか後ろめたくて黒川にも言えないでいる。

 真赤なオープンカーの運転席に座っていたのは、豊かなローズ系のブラウンヘアを風になびかせる、ものすごい美女である。ハリウッド女優か、はたまたハイブランドモデルかと思わせる、フゥ太よりひとまわりは歳上の大人の女の魅力が、距離を取っている沢村にもこれでもかと伝播した。

 グラマラスな美女の長い指が別れを惜しむようにフゥ太の頬をくすぐって、この若い男を随分と可愛がっているように、見えた。

 あれほどまでの女がそばにいては、ボーダーで黄色い歓声をあげている少女達など小鳥のようなものだろう。

 あれから半年以上が経っている。新たに結成した沢田隊もランク戦を経験し、新人の二人も先輩に世話を焼かれているようだから、そろそろこの秘密を黒川に打ち明けてみようか。

「てなわけで、今夜でも飲みに行かない?」

「飲みは良いけど、どういう文脈よ、それ」

 こーんな小さいころから知っているのよ、と語る様子を見るに、酒の肴くらいにはなるだろう。ビールで乾杯して、三杯目くらいから「子供の成長ってどうしてこんなに早いのかしら」なんて言い出したら、酒の席の戯言として笑ってやろう。

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