子供の成長は早い   作:zarame.

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標的9 諏訪洸太郎

 目が眩むような才能──というものは、ボーダーにいればいくらでも見ることができる。ランク戦の戦績によって成績順で並べられているのだ。上を見れば嫌でも思い知らされるが、実は完全な能力評価というわけでもない。並び順はあくまでも隊による成績で、個人ランクなどからの加点はなし。個人戦ならばもっと上にいる者がいれば、もっと下にいる者もいる。だからこそランク戦は興味深いのだと、諏訪洸太郎は思う。

「これにてB級ランク戦ラウンド8、上位・昼の部を終了します!」

 王子隊のオペレーター、橘高羽矢がランク戦の実況を終えると、人々は興奮冷めやらぬ様子で会場を後にする。今期のランク戦で華々しいデビューを飾った沢田隊が一位をかっさらったのだから、しばらくはこの話題で持ちきりになるだろう。

「見事でしたね、まさか沢田があんなに強気に攻められる奴とは知りませんでしたよ」

「あークソ、スナイパーのくせにガンナーみたいな闘い方しやがって」

 商売上がったりな戦い方に悪態をつくと、堤大地は軽快に笑って後輩の活躍に賞賛を送る。諏訪とて、ガンナーからスナイパーに転向、ではなく出戻りをした沢田フゥ太がスナイパーとして戦えるようになるまでにどれほどの努力を積んだかわからぬ男ではない。本人が語らずとも──直接聞いても笑顔で躱してしまう、人には絶対に努力する姿を見せない男なのだ──想像できてしまうからこそ、諏訪はこうして悪態をついている。

 人波がはけてきたので二人も腰を上げた。のろのろと歩きながら話は続く。

「そもそも、上層部は沢田をどうしてぇんだ。嵐山隊を脱退したってのに、今度は根付さんと唐沢さんに連れまわされてるって言うじゃねぇか」

「来馬先輩と出席したっていうパーティーですか。それとも日佐人が駅前で見かけたっていう?」

「どっちもだよ」

 隊員同士で師弟関係を結んだり教え合い助け合うことが多いこの組織は、人と人との繋がりが太い代わりに噂話が回るのも早い。どこどこの隊の誰に恋人ができたなんてゴシップから、学校の成績、はじめたばかりのバイト先、秘密の特訓なんてのも支部所属でないかぎり高確率でバレる。所属の転向だってあっという間に周知されるだろうに、彼はどうやって隠し通したのだろう。東に匿ってもらったか、同級のよしみで玉狛の訓練室を使ったか。

 接待に同行していることはすぐに知れ渡るのに、スナイパーへの出戻りが露見しなかったこの特異さこそが、諏訪からすればフゥ太らしさと言える。

「沢田、ランボとイーピンを育てあげたらそのままボーダーに就職するつもりだったりして」

「冗談に聞こえねぇな」

「ですよね、自分で言ってそう思いましたよ」

 彼が就職すると聞いても諏訪は驚かないし、諏訪と同じ反応をする者は他にもいるだろう。

 もしも今、隊長をしながら就職のための経験を積んでいるのだとしたら──

「なんつーか、生き急いでんなぁ」

 まだまだ未成年だというのに、何が彼を急かすのだろう。

 来馬グループが出席するパーティーにフゥ太とランボ、そして村上が参加したというのは次の日には諏訪の耳に入っていた。ラウンジで来馬の知り合いが村上を連れて行くと言い、来馬が拒否したという騒動は、彼らが自覚するよりもかなり目立っていたのだ。

 区の職員会議があり三門中の高校生が短縮授業であったその日、唐沢と根付がテレビ局のお偉いさんとその娘の接待にフゥ太を同行させたのは、学校を終えて駅前で遊ぼうという流れになれば誰でも目撃しかねない時刻だったらしい。諏訪は、同隊の笹森日佐人が半崎義人と別役太一の三人でカラオケを目指していたところ、タクシーから降りる唐沢、根付、フゥ太を見かけたと聞いている。女を連れていた目撃情報がどこからか流れて、影浦と北添がそれはデート現場ではなく接待であると、ランク戦ブースで噂の否定をしていたのはつい最近のことだ。

「堤、おまえ飯どうする?」

「午後から大学に顔を出さないと行けないので、そっちで食べます。ひとまず隊室に戻ろうかと」

「了解、俺は飯食ってくかな」

 この組織も諏訪が入隊したころよりは人が増えているが、人が出ていくばかりの三門という町はどうしたって閉鎖的だ。噂は簡単に広がり、鎮火には時間がかかる。不用心に未成年を連れまわす上層部にも、自分の身を削ることに慣れきっている子供にも、諏訪は想うところがあった。

 だからだろうか。昼時で人がごった返す食堂で、子供達の姿に吸い寄せられるように諏訪はそちらを見た。

「もう、こんなところで泣かないでよ」

「だって、だって──」

 ぎょっとした。垂れ目がちな眼元がさらに垂れて、ランボはぽたぽたとテーブルに涙を落としていた。

「おう、おまえら、どうした」

「諏訪さん、ちょっと聞いて下さいよ。いまね、緑川君がランボのブドウゼリーのトッピングの葡萄を食べちゃったの! ランボはブドウが大好きだからショックを受けちゃって」

 イーピンは、だからってこんなところで泣かなくても、と言いながら自分のコーヒーゼリーを食べている。

 米屋や出水なんかが「ひとくち!」と言い合いながら食べ物や飲み物を分け合っているのはよく見る光景だ。諏訪もやたらでかいひとくちを要求してくる小さな同級がいるし、友人同士であげたりもらったりするのはよくあることだが、今回は好物であることと、緑川のことだ、嵐のようにやってきてブドウを奪い去って行った様子が目に浮かぶ。

「おまえら、昼飯は?」

「フゥ太が来てから食べます。迅さん達も一緒らしくて」

 そうかい、と撫でたランボの癖毛は、犬のような手触りだった。

 自販機でリンゴジュース、食券でブドウゼリーと昼飯を買った諏訪がテーブルに戻ると、ランボはまだ眼を潤ませていて、拗ねた口元や赤い鼻は幼子のそれだ。ランク戦で素晴らしい立ち回りを披露し、実年齢より歳上に見える容姿をしているからこそ、そのギャップは諏訪の世話焼き属性を刺激する。

「ほれ、ランボ、俺のゼリーと交換しようぜ。イーピンはこっちな」

 ブドウを食べられてしまった失意から手付かずで表面のクリームが乾燥しかけているゼリーと、出来立て艶々のゼリーを交換すると、ランボの眼はこれでもかと見開かれた。目玉が落ちないか心配になるからほどほどにしてくれ。イーピンは私にもありがとうございます! と愛嬌たっぷりに喜んでみせる。この二人は、初対面から奢り甲斐のある子供たちだった。

 ランボとイーピンとの出会いは、ランク戦ブースの自販機の前。諏訪がコーヒーを買おうとしているところにやって来て、「あ、諏訪さんですよね、ジュース奢って下さい!」と、のたまうのだ。B級ランク戦はもちろん観戦していたし、彼らは噂の的であったから、その風貌を見れば誰かはわかった。

 二人は子供の太々しさで、「沢田隊のイーピンとランボです。兄が、ジュースを奢ってもらうなら諏訪さんだって教えてくれたんです」と、言うものだから、諏訪は呆気にとられて、気付けば「何がいいんだ」と訊いていた。その時に買ってやったのも、ブドウジュースとリンゴジュースだった。

「そういや、沢田の上にも兄貴がいるんだよな」

 嬉しそうに、大切そうにブドウゼリーを食べるランボを見守りながら、諏訪は本日の麻婆豆腐定食を食べる。

「いますよ、ツナさん。私たちと九歳離れていて、いまはイタリアで会社経営してるんです」

「その年で異国で働いてるのはすげぇな」

 会社経営となると、イタリアという国に何か縁があったのだろうが、それにしてもその若さで社長とは恐れ入る。

「ツナは頑張ってますから」

 緑川に食べられてしまった一粒のブドウ。諏訪が新しく買ってやったものを食べてご機嫌らしいランボは、兄を語る口調も誇らしげだ。

「四人きょうだい、仲は良いみたいだな」

「忙しくてツナとはなかなか会えないけど、電話とかは良くするよね」

「誕生日にはプレゼントも送ってくれるよね。プレゼントを貰うより会いたいけど、それを口に出したらわがままになっちゃう。次に会えるのはいつかな。あ、そうだ、諏訪さん、写真ありますよ」

 イーピンが溌剌としながら取り出したのはスマートフォンだ。画像フォルダから写真を見せてくれるのかと思いきや、彼女はスマホケースの中から一枚の写真を取り出した。

「これ、中学卒業と同時にツナさんがあっちに行くことが決まって、最後の日に撮った写真なんです」

「懐かしいね。ママンと、フゥ太と、俺とイーピン、それでこれがツナです」

 指で示しながらランボが説明をしてくれた。写真には、幼き日の沢田きょうだいと優しそうな女性、制服を着た少年の五人が写っている。

 ごく普通の、平凡そうな少年だ。柔らかく笑っている。フゥ太が少年の手を握るようにつかんでいるのが微笑ましくて、兄としてのフゥ太しか知らない諏訪にとって、はじめて出会う弟のフゥ太だった。 

「みんな、ちっこいな」

 こんな小さいころに離れて、さぞ寂しかったのではないか。

「六歳くらいかな。すごく覚えてることがあって、ツナさんが向こうに行ってから半年も経たないうちに、一度帰って来たんです。まさかこんなに早く会えると思ってなかったから嬉しくて」

「そんなこともあったね。あれは傑作だよ」

 あまりに楽しそうに思い出し笑いをするランボにつられて、諏訪は視線でイーピンに話の続きを求めた。

「ツナさんが帰って来た次の日に、職場の人が迎えに来たんです。てっきり休暇かと思ったら、そうじゃなくて、職場から抜け出して来たらしくて」

「社長になるためのスパルタ教育が大変だったみたいですよ。俺たちのことを抱えて帰りたくない! って泣き叫んでましたから」

「おいおい、いいのか? 兄貴のそんな話を暴露しちまって」

「これくらいなら平気ですよ」

 沢田家の長男の話を聞いて、なんとなく腑に落ちた。教育係がスパルタな社長教育をするとなれば、そこそこに大きな企業の跡取り息子と言ったところか。里子を三人も迎え入れる経済的余裕からしても、親が社長かそれに近い権力者なのだろう。中卒で親許を離れて単身イタリアに渡った兄がいるとすれば、フゥ太の生き方にも合点がいく。

 小さな手で兄の手を握るフゥ太の、赤く泣き腫らした目元が、まるで「行かないで」と、言っているように、見えた。

「おまえたち、まさか色んな場所で俺のそういう話をしているの?」

 第三者の声に、諏訪は写真から顔をあげた。ランボとイーピンの後ろに見知らぬ男がいる。黒スーツの男の首にかけられているのは入館許可証、やはり外部の人間のようだ。

 あれ、と思う。初対面のはずなのに、諏訪はその男を知っていた。見たことがある。どこで──視線はテーブルに落ちて、そこに写る少年と、目の前の男を、諏訪は見比べた。

 わがままになるから口には出さないけれど、次にいつ会えるだろうか、と心待ちにしていた弟と妹は、叫んだ。

 その悲鳴は驚きと喜びが合わさったもので、次の瞬間、二人は体当たりをするように男に抱きついた。

 昼食の席で良かった。二人がトリオン体を解除して生身でいなければ、沢田家の長男は大怪我を負っていたかもしれない。

「帰ってくるなんて聞いてない! どうして事前に連絡をくれなかったの?」

「驚かせようと思って」

「なんでツナがボーダーにいるの? まさか仕事? えっ、いつからボーダーと仕事をしていたの?」

「ボーダーとはかれこれ四年になるかな。うちはボーダー本部の建造から出資しているんだよ」

 矢継ぎ早な質問にさらっと答えているが、これには諏訪も驚いた。

 まじかよ、という呟きが耳に入ったのか、男の視線が諏訪を捉える。

「はじめまして、私の家族がお世話になっています。長男の沢田綱吉です」

 すっと出された右手に、諏訪はとっさに立ち上がって右手を出し、慣れない握手に応じた。日本の挨拶ではない。イタリアで仕事をしていると挨拶も変わるのか。

「はじめまして。諏訪洸太郎と申します。フゥ太君と同じB級で隊長をしています」

「何度か食事をご馳走になったとフゥ太から聞いています。三人そろって面倒を見ていただいているようで」

 するとイーピンが、ブドウゼリーの葡萄を食べられて泣きべそをかいていたランボのために諏訪が新しいゼリーを買ったこと、イーピンもジュースを貰ったことを、簡潔に述べた。

「あ、おい、そういうのは言わなくていいんだからな」

 保護者に報告されるのは気恥ずかしい。諏訪が慌てて止めても時すでに遅し。

「気にしないで下さい。ボーダーじゃ後輩に奢るなんてのはコミニュケーションの一環なんです。俺が奢ってもらったぶんを下の奴らに返してるだけなんで」

 言い訳のように言葉を重ねても、男は和かに微笑んでいて、それが写真の中の母親の顔に重なった。

「うちの子たちは良い先輩に恵まれたんですね。あなたに直接のお礼をすると恐縮されてしまいそうなので、ボーダーへの出資という形で返させていただきます」

 自分よりいくつか歳上なだけなのに、童顔のわりにスーツが似合っているところや、言葉選びや表情のひとつひとつに、社会人としての気迫があり、若くして社長という役割をこなしてきたからこその貫禄に、諏訪は納得せざるを得ない。これは、フゥ太が憧れるわけだ。

「沢田──えっと、フゥ太君がどれだけボーダーで頑張っているか、ご存知ですか。嵐山隊ではボーダーという組織のイメージアップに努め、広告塔として、学業、私生活などのあらゆる場面で理想の隊員でいました。今期のランク戦では、新チームでの参加にも関わらず一位に輝きました。その裏にどれだけの努力があったのかを彼は決して口にはしないので、是非、お兄さんから褒めてあげて下さい」

 一分の隙もない完璧な立ち回りをする赤い隊服姿のフゥ太と、兄の手を必死に握る弟のフゥ太が、諏訪を饒舌にさせる。素直に褒めさせてくれない、先輩としてのフラストレーションを兄にぶつけたとも言えなくはない。

 また、余計なお節介を焼いてしまった。諏訪は自分のこれを悪癖と自覚している。

「フゥ太は昔から気を使いすぎるきらいがあって、それは兄としては心配でした。でも、あなたのように気にかけてくれる先輩がいる環境ならば、長所として活かせるでしょう」

 長男は弟と妹の肩を抱いて、二人はその肩に甘えるように体を寄せる。

「本当に、この子達を気にかけてくれてありがとうございます。ボーダーに入りたいと言われた時は、正直に話すと反対したかった。自国防衛を掲げていても戦争は戦争ですから。でもボーダーなら大丈夫だと想った私の勘は、当たっていたようですね」

 実際には、出資者という立場からボーダーの内部調査でもしたのだろうが、このような言葉をかけられて照れないでいられるほど諏訪の面の皮は厚くない。

 顔の熱にむずむずとする口元をなんとか隠したところで、またひとつ、新たな悲鳴が上がった。

「え──ツナ兄だ!」

 フゥ太のそんな大声を初めて聞いた。

 なんだ、そんな顔もできるのか。あれは、子供時代だけのものではなかったのか。

 こちらに向かって駆けてくるフゥ太の表情が驚きから喜びに変わる。置いてけぼりにされた柿崎と生駒が、何事かと顔を見合わせて歩いてくる。ニヤついてるところを見るに迅は視えていたようだ。

「言ってくれたら空港まで迎えに行ったのに!」

「おまえたちの驚いた顔が見たかったんだよ」

「そんなぁ! ねぇ、今夜の予定は? 忙しい? みんなでご飯には行ける?」

「もちろん予定は空けてあるよ。ビアンキも合流できるって」

 するとランボとイーピンが歓声を上げる。

 柿崎と生駒、迅が合流すると、フゥ太は頬を紅潮させながら言うのだ。

 きっと皆が初めて出会う、弟のフゥ太である。

「紹介するね、僕の兄さんなんだ!」

 これは嵐山と弓場も呼んでやったほうが良さそうだ。諏訪がスマホを取り出すと、それを見た迅が「もう連絡してあるから大丈夫ですよ」と、微笑った。

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