もし、トレーナーが飲み会でアヤベさんラブを叫びまくっているのを、電話越しでご本人に聞かれたというお話です。pixivでも投稿しております。

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アヤベさんに、自分の理想の女性観がアヤベであることがバレて、追い込まれるお話。

 prrrr……prrrr……

 金曜日の夜、11時。

 就寝時刻も過ぎた時間に、私は布団にくるまった状態でトレーナーに電話をかけていた。

 しんと静まりかえった寮部屋に響く呼び出し音が、私の心臓の鼓動を加速させていく。

 

「アヤベさん! カレンがアヤベさんの頑張っているところ見てますからね!」

 

 電話がなかなか繋がらない中、隣のベッドでカレンさんが頬杖をついてニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 

「なんでまだ起きてるの……」

「え〜だって〜。あのアヤベさん自らがトレーナーにアプローチするなんてめずらしすぎだし、カレンとしては見届けないと損じゃないですか〜」

「べ、別にそういうわけじゃ……!」

 

 ただトレーナーの声を聞きたくなっただけ。それ以上もそれ以下もない。……もっとも、口に出せば確実に弄られるだろうから絶対に言わないけど。

 

「ふ〜ん」

 

 カレンさんは私の隠した内心を察しているのか、意味ありげに相槌を打ってくる。

 

「ちなみにアヤベさんは、今からどんなお話をするんですか?」

「あっ」

 

 そういえば、何も考えていなかった。

 ただ『彼の声が聞きたい』という非理性的な要求に抑制が効かず、衝動的に電話をかけてしまったのだ。

 改めて冷静になって考えてみれば、そもそもこんな時間に迷惑ではないだろうか? 今更ながらに、不安に駆られてくる。

 

「大丈夫ですよ。アヤベさんのトレーナーさん、今日夜中に外出するって言ってましたから」

 

 私の心配をよそに、カレンさんはそう言い切った。

 どうして彼女がトレーナーさんの行動を私以上に把握しているのかモヤモヤするが、それよりも今は目の前のスマートフォンに意識を割くべきだ。

 

「じゃあ、カレンはもう寝ますね。頑張ってください、アヤベさん!」

 

 彼女はそれだけを告げると、再び自分のベッドに潜り込んだ。……どうせ寝ないで私の通話に耳を傾けるつもりだろうが、対応は面倒なので放っておくことにする。

 さて、発信のボタンを押して90秒弱。

 未だに、彼は出ない。

 やはり、こんな遅い時間に連絡するのは間違いだったのだろうか。

 いや、でもカレンさんは大丈夫だと言っていたし……

 そんな堂々巡りの考えを繰り返しているうちに、とうとうコール音は止まってしまった。

 画面には、彼の名前が表示されたままになっている。

 

「もしもし?」

 

 おそらく通話は繋がったはずなのに、彼からの応答はない。ただやけに騒がしいノイズが聞こえるだけだ。通信関係の不具合だろうか、と一瞬思ったが、よく聞いてみるとそれらは全て人の話し声のようだった。男の人の大きな声。それも、楽しげな雰囲気。会話の間には笑い声も混じっている。

 しばしの間何も声を出さず聞こえてくる音声に集中していると、喧騒の中にトレーナーさんらしき人物の声が含まれていることに気づいた。

 ただし、その口調は明らかに普段とは異なっていた。

 呂律の回っていない感じ。お酒に酔っているような喋り方だ。

 もしかしたら、飲み会の最中なのかもしれない。だとしたら、この反応も納得できる。

 ただ、一つ疑問なのは、なぜトレーナーさんは私との電話に出たのかということだ。

 普通、同僚とお酒を飲んでいたならば、そちらを優先して私なんかに構うことはないはずだ。

 それにもかかわらず、彼はわざわざ私からの着信に出て、そして何故かこちらに一切話さない。

 摩訶不思議(まかふしぎ)としか言い様がない状況。

 

「もしかして……」

 

 この謎行動の動機(どうき)は、一体何なのだろうと思案していたところで、これはトレーナーの誤操作によるものだと気づいた。

 わざわざこのような悪戯(いたずら)するような性格ではないだろうから、きっと誤って電話を取ってしまったのだろう。そして彼は自分が何をやらかしたかも分かっていない。

 酔っ払っているとはいえ、ここまで露骨(ろこつ)なミスをするなんて珍しいな、と心の中で苦笑してしまう。

 

「さて、どうしようかしら」

 

 現状を端的(たんてき)に言うなれば、飲み会での男の人同士のプライベートな会話に盗聴しているに等しい。お酒が入っているのもあって、学生の身である私が聞くのに到底相応しくないような話題もあるだろう。

 このまま聞き耳を立てることで私の知らないトレーナーさんの一面を知ることができるだろうが、後々のことを考えるとここで通話を切っとく方が無難に違いない。……だが、残念なことに、この時の私は判断能力を失っていた。

 深夜テンションによって脳が溶かされていたからなのか、はたまたカレンさんに焚き付けられたせいなのか。理由は定かではないが、今の私はただひたすらに彼の声を求めていた。

 だから、彼の口から飛び出た次の言葉を聞いた時、身体中の血液が全て沸騰(ふっとう)したかのような錯覚に陥った。

 

 

 ──……俺、アヤベにさ、理想の女性観を全部破壊されちゃったんだよな

 

 

 何気ない男性トレーナー同士の会話に突如私の名前が登場した。

 驚きのあまりその後の言葉の意味が全く頭に入ってこなかい中、まさか本人が聞いている訳があるまいとトレーナーさんの話はどんどんエスカレートしていく。

 

『世話好きで真面目だけどとても不器用。料理が得意で家庭的。ちょっと抜けてるところがあって放っておけない。でも、いざという時には頼りになる。本当に彼女の担当になれて良かったわ』

 

 周りで飲んでいる彼の友人と思われる人達が口々に(はやし)し立てる。

 恥ずかしさと嬉しさがごっちゃになった感情が押し寄せてきて、布団にくるまったままバタバタと足を動かす。

 これ以上ない幸福感が私の心を包み込み、愛されているという感覚が胸の奥から湧き上がってくる。

 

 が、それも束の間。所詮は男同士の飲み会。この手の話題になると当然の如く下世話な方向へと流れていく。

 

『さっきから性格の話ばっかじゃん。プロポーション的なところは実際のところどう思っているんだ?』

 

 彼の友人らしき男性が、そんな質問を投げかけた。するとトレーナーさんは少しだけ唸り声をあげたあと、こう答えた。

 

『まあ、正直めちゃくちゃタイプだよね。顔も可愛いし、お耳も長いし、尻尾も触ってみたいし……あとはさ、女性に、ましてや自分の担当にこんな感情を持つなんてどうにかしてるんだけどさ……』

 

 トレーナーさんは一度そこで言葉を区切ると、大きく息を吸ってから、はっきりと口に出した。

 

『スタイルが最高だよな。着痩せしてて分かりにくいけど、実は結構大きいし、腰回りとかすごく細いし……足とかムチムチすぎて何度あれを触れてみたいと思ったことか……ってこれ完全にセクハラ発言だな』

 

 話のオチがつくと同時に、スマホ越しからはどっと全員の笑い声が響いてきた。

 対する私の方はと言うと、先程までの幸せな気持ちは何処へやら。今度は羞恥心の塊となってベッドの上で悶える。

 彼の一言一句を逃すまいと耳を澄ませていた過去の自分を、この時ばかりは恨むしかなかった。

 ほんと、どうしてこんなタイミングで電話してしまったのだろうか? いや、そもそもどうしてトレーナーさんは電話に出てしまったのだろうか? この受け止めきれないほどの圧倒的なラブコールの数々を責任追及思考で必死に誤魔化そうとするものの、結局は無駄な抵抗に終わった。

 

『担当のこと好きすぎじゃね!?』

 

 トレーナーさんの友人の一人がそう言うと、他のみんなも同調するように笑い声をあげる。

 

 いや、ほんと、その通り。

 トレーナーさん、私のこと好きすぎ。

 いえ、別に嫌いとかそう言うのじゃなくて、普通に嬉しんだけど。

 

 でも、愛しすぎ。

 もはや、一周回って腹立ってくる。

 それにしてもどうしよう。

 さっきから心臓がバクバクうるさいし、顔も火照っている。

 ふわふわお布団を前にしてでも、到底眠りにつくことが出来そうにない。

 明日も朝早くからトレーニングなのに。

 

 もう、最悪。

 あなたで、寝不足確定だ。

 お酒の力を借りて、いつもより饒舌(じょうぜつ)になっている彼からの電話を切ると、そのまま電源もオフにした。

 そして再び訪れた静寂の中、私は枕に顔を押し付けて、やり場のない想いを発散させる。

 だが、いくら叫んでも一向に収まる気配はなく、むしろあの会話を思い出して幸せホルモンが大量に分泌されて、結局私は布団の中で身じろぎを繰り返し続けてしまうのだった。

 

「トレーナーさんが、全部悪いんだから……」

 

 この辱めを絶対にやり返してやる。

 そう心に決めたのであった。

 

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「と、いうことで、あなたには色々説明してもらわうわ」

 

「はい?」

 

 土曜日の昼のこと。

 突然担当のアヤベに『話があるのでトレーナー室に来て欲しい』という連絡が来たので、飲み会明けの気怠さを引きずりながらやって来たのだが、開口一番に告げられたのがこの言葉であった。

 目の前には腕を組み、仁王立ち(におうだち)しているアヤベの姿があった。

 彼女は相変わらずの仏頂面(ぶっちょうづら)であり、その表情からは何も読み取ることができない。

 一方で俺は、未だ状況が(つか)めていないこともあって、ただ呆然(ぼうぜん)と突っ立っていることしかできなかった。

 

「……えっと」

 

「まずソファに座って」

 

 有無を言わせない口調に圧倒され、思わず首を縦に振ってしまう。

 

「そうだ、鍵……」

 

 俺が従順に指示に従っている様子を見たアヤベは、思い出したかのようにそう呟くと、こちらに体を向けたまま背中越しにトレーナー室の扉の鍵を閉めた。

 それからアヤベは再び向き直ると、俺の隣へと腰掛けた。

 一瞬、肩同士が触れるか触れないかくらいの距離まで接近してきたので、慌てて体を仰け反らせる。

 しかし、それを見透かされていたのか、俺が逃げるよりも先に、彼女の方から距離を詰めてくる。

 気づけばお互いの腕が触れ合うほどにまで密着していて、彼女の柔らかさが布地越しからも伝わってきてしまっていた。

 

「ねえ、なんで離れてるのよ」

 

 アヤベが不満げな様子で口を開く。

 なんでと言われましても、そりゃいきなり年頃の女性の方が肌を触れ合うような距離に近づかれたら誰だって俺と同じ対応しますよ。と、勢いそのまま言い返しそうになったが、焦る気持ちは心のうちに留めて、曖昧な返事だけを返すことにした。

 すると、そんな煮え切らない態度が気に食わなかったのだろう。アヤべは少しだけ頬を膨らませると、更に身体を寄せてきた。

 いや、ほんとにどうしちゃったんだよ。

 こんなに甘えんぼさんな彼女を見たのは初めてだ。

 まるで飼い主に構って欲しくて仕方がない猫ちゃんみたいだ。

 でも、そんなことを考えている余裕なんてすぐに無くなってしまった。

 彼女がゆっくりと顔を上げ、上目遣いで視線を送ってきたのだ。

 そんな仕草をされると、こっちとしてはドキッとするしかないわけで、顔中に熱が集まってくる。

 

「トレーナーさん、聞きたいことがあるの」

 

 膝の上に添えられた彼女の右手が、つーっと撫でるように動く。

 たったそれだけの動作なのに、なぜか目が離せなくなる。

 普段はクールなイメージの彼女が見せる、誘惑するような色っぽい表情から目を逸らすことができなかった。

 そのまま何かに取り憑かれてしまったように、じっと見つめ続けていると、突然その手の動きが止まった。

 

「昨夜の電話ことだけど、どういうつもりなの?」

 

 唐突な質問に頭が混乱する。昨日? 夜? どれのことを言っているのだろうか。

 昨夜と言われて思い当たる節があるとすれば、同期で飲み会に行ったこと。コロナ明け久々だったこともあり、結構はしゃいでしまった記憶があるが.それに、電話とは一体なんのことだろうか? 何となく嫌な予感がしたため咄嗟にスマホを手にして通話履歴の欄を開いた。

 

「マジか」

 

 履歴の一番上に表示されているのはアヤベの電話番号。

 しかも時刻はちょうど飲み会で大量のお酒を飲み干していた時間帯。

 

「あなた、ずいぶんと酔っていたわね。無意識に電話に出てそのまま放置するほどに。お陰であなた達の会話を聞くことになったわ」

 

「ち、ちなみにだが、その時俺はどんな話をしていた?」

 

 もし、そのアヤベが電話越しで聞いていた会話というのが、例のアレだったとしたならば、非常にマズイことになる。

 いや、流石にそのようなことはないか。

 うん、そうに違いない。

 まさか俺が酔っ払って偶々電話が繋がってしまったというある意味ミラクルな出来事が起こった上で、アヤベに理想の女性観を破壊されたって話を当の本人が聞き及ぶ事態に至るなど、現実的に考えてあり得るはずが無いじゃないか。

 そう、現実にあるはずがないだろう! 

 だから、どうかお願いですから、大丈夫だと言ってください神様仏様。

 しかし、アヤベは俺の必死に現実逃避とは裏腹に、小さくため息をつくと、呆れた声でこう言った。

 

「あなた、私のことを好きすぎるんじゃない?」

 

 どうやら、神様は俺に優しくしてくれる気は無いらしい。

 

 

 ────

 ────

 

 

 それからというものの、俺の昨日の発言についての散々追及が行われたのであった。

 酔っていた時の失言を、シラフの状態で、しかもアヤベによって永遠に聞かされることは想定以上の恥辱であった。

 一方、アヤベもアヤベで、昨日の俺の彼女に向けたセクハラ紛いの発言を自分で読み上げるということは想像以上に恥ずかしかったらしく、途中からは顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

 さらに、この話を始める前において密着し合って座っていたため、お互いの気まずさ、羞恥心、そして体温の上昇などがダイレクトに伝わり、やがて俺たち2人は、お互いに何も喋れなくなってしまった。

 静かなトレーナー室に、落ち着かない雰囲気が漂っている。

 そんな中、最初に沈黙を破ったのはアヤベの方だった。

 彼女はソファの上で体育座りをするような形で膝を抱え込むと、顔を伏せたまま、ぽつりと呟いた。

 

「私、あなたのことが好き」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心臓が大きく跳ね上がる。突然の告白に思考が停止し、ただ呆然とアヤベを見ていることしかできなかった。そんな俺の様子を見て、彼女は再び口を開く。

 

「もちろん、異性としての意味でよ」

 

 そう言って彼女はゆっくりと顔を上げた。

 彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「私は、あなたが思ってくれているような完璧な女の子じゃない。むしろ、めんどくさい女だと思う。嫉妬深くて、独占欲が強くて、わがままで、素直になれなくて、いつも冷たい態度を取ってしまうわ」

 

 そこで言葉を区切ると、アヤべは大きく深呼吸をした。

 それから、意を決したような表情でこちらを真っ直ぐに見つめると、俺の手をぎゅっと握りしめてきた。

 

「トレーナーさん、教えて欲しいの。あなたの女性観を壊すくらい、私は魅力的な女の子ですか?」

 

 そう言いながら、アヤべは握った手に力を込めると、自分の胸元へと引き寄せた。

 

「ねえ、答えて」

 

 アヤべの鼓動が伝わってくる。バクバクと大きな音を立てており、それが自分と同じ感情を抱いているのだと理解するにはあまりにも十分すぎた。

 俺は覚悟を決めると、アヤべの目をしっかりと見据えて、ゆっくりと口を開いた。

 

「ああ、そうだな。お前はとても魅力的だよ」

 

「……ほんとうに?」

 

「本当だ。俺の中に存在する好みのタイプなんて、とっくにアヤベで染まりきっているよ」

 

 君の担当になった、その日から。ずっと。

 

「そっか。なら良かった……」

 

 アヤベは安心しきったようにふわりと微笑むと、ゆっくりと俺の肩にもたれかかってきた。

 

「やっと捕まえた」

 

 そう言うと、アヤベはそのまま俺の首筋に顔を埋め、抱きつくようにして腕を回してきた。

 アヤベの温もりと柔らかさが、服越しでもはっきりと感じられる。

 

 彼女の匂いが鼻腔を満たし、頭がクラっとする。

 好みの香り、好みの感触。

 大好きの麻薬が脳を溶かしていく。

 

 俺のアヤベに対する愛情は、重いの一言で片付けることのできるものではない。

 女性に対する男性としての本能的な部分でさえ既にアヤベに奪われてしまっている。

 だから、もう逃げられない。

 

 アヤベのことが好きだから。

 アヤベのことを愛してるから。

 彼女もこれ望むのであれば、喜んで受け入れようと思う。

 

 これから先、アヤベと共に過ごす時間が積み重なっていけばいくほどに、もっと好きになる自信がある。

 愛して止まなくなるだろう。

 

 その愛が完全に純粋なものではないこと自覚している。

 だが、それでもいい。

 俺はアヤベが欲しい。

 

「アヤベ」

 

 名前を呼んでから、アヤベの頬に右手を添えて優しく撫でる。

 アヤベはくすぐったそうに身を捩らせる。

 そんな姿も可愛くて仕方がない。

 俺はそのままアヤベの身体を抱き寄せ、耳元に口を近づけてからこう囁いたのであった。

 

「好きだよ」

 

 と。

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 意識や感覚の変化に気づくのは、得てしてその変化が元に戻った後である。

 代表的な例が、お酒で酔うこと。

 アルコールを摂取することで中枢神経系に抑制的に作用し、判断力や行動力が鈍る。その結果、意識や感覚が変化してしまう。これが酔っ払いだ。

 しかし、その状態がしばらく続くことで、酔いはやがて醒める。そして、冷静な思考能力を取り戻すと同時に、自らの犯した数々の失態を悔いることになるのだ。

 だが、この意識や感覚の変化は、お酒を飲むこと以外においても起こりうるものなのだ。

 例えば、愛する人の真横で座って、愛する人が昨夜電話越しで話していた私に対する好意の言葉を読み上げたりとかして、羞恥心が脳の容量オーバーを起こして結果的にうちにある想いを曝け出してしまったりとかね。

 

「……恥ずかしい」

 

 まさか、私の方から告白するなんて思っていなかった。

 それもよりによって、あなたのことが好きすぎるという自白付きで。

 

「ア、アヤベ……?」

 

 恐る恐るという様子で声をかけてくる彼に対して、私はぷいっと顔を背けた。

 今、彼と目を合わせたら絶対に恥ずかしさに耐えられなくなってしまう。

 私にとって初めての告白だったわけだけど、もう少しスマートな形でやりたかった。

 こんな勢いに任せた形で告白することになるとは思ってもいなかった。

 しかも、思い切りストレートな感情表現で。

 なんにせよ、告白が上手くいったのならば、それはそれで良かったけど。

 そう一人で黒歴史を回想していると、少しイタズラめいた口調で彼は口を開いた

 

「あー、もしかして、アヤベさんさ」

 

「何?」

 

「結構照れてます?」

 

「……別に」

 

 図星だった。

 顔が熱い。

 きっと今の私の顔は真っ赤になっていることだろう。

 

「まぁ、なんだ。とりあえずさ、こっち向いてくれよ」

 

「嫌」

 

「頼む」

 

「絶対、嫌」

 

「じゃあ、抱きしめてもいいか」

 

「無理」

 

「……ダメか?」

 

「…………」

 

 彼の甘えたような声でのおねだりに、思わず反応してしまう。

 私は黙ったままゆっくりと振り返ると、そこにはいつも通りの優しい笑みを浮かべている彼がいた。

 

「やっぱりそういうとこ、可愛い」

 

「……バカ」

 

 私はそれだけ呟くと、再び彼に抱きついた。

 今度は正面から。

 

「……さて、もう夕方だし、そろそろ帰ろうか」

 

「そうね」

 

 惜しみつつもゆっくりと離れた私たちは、そう言って立ち上がった。

 お互いに荷物を手に取り、トレーナー室を出る準備を整えると、私は扉の前で立ち止まった。

 それから、後ろを振り返り、じっと彼を見つめた。

 

「ん、どうした?」

 

 飄々(ひょうひょう)とした、いつも通りの様子のトレーナーさん。

 昨日彼に振り回された分、今日は私が振り回す側になろうと思っていたのに、気づいたら立場が逆転してしまっていた。

 結局、最後まで主導権を握っていたのは彼だったということだ。

 

 でも、それも悪くないと思った。

 だって、主導権なんて握られても構わないくらいに、私はあなたに夢中になってしまったから。

 

「それでも、負けっぱなしも嫌だから___」

 

 私は一歩前に踏み出して、彼との距離を縮めた。

 

「アヤベさん?」

 

 困惑する彼を無視して、そのまま彼の胸板が目の前まで来たところで、私はピタッと動きを止めた。

 そして、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、意を決して自分の唇をゆっくりと押し当てた。

 ほんの数秒だけの軽いキス。

 それでも、確かに感じられた温もり。

 やがて、名残惜しくもゆっくりと離れていくと、お互いの口元から透明の橋がかかった。

 それが切れ落ちるのを見届けてから、私は静かに微笑んだ。

 

「トレーナーさん。実は私も、とっくの昔から、私の中にある男性観、全部あなたに壊されちゃってたの。だから、責任取ってよね。一生かけて、私のこと幸せにして。約束だよ」

 

 呆然とした表情でこちらを見下す彼にそう言うと、返事を待たずに(きびす)を返して歩き出した。

 もう、恥ずかしくて堪らない。

 今すぐ逃げ出したい。

 でも、それ以上に嬉しかった。

 これから先もずっと一緒にいられるのだと思うと、とても安心できるから。

 

「ああ、もちろん。任せとけ」

 

 背後からは、そんな力強い言葉が聞こえてきたのは、きっと、気のせいではないのだろう。

 

 

 fin


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