Fate/Steins;Gate   作:アンリマユ

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狂気のマッドサイエンティスト

手から伝わってくる生暖かい液体の感触。抱きつくような形で俺によりかかる女性 牧瀬紅莉栖。

 

「紅莉栖……紅莉栖!?」

 

「フ、ハハハハ! 馬鹿どもが! お前らには相応しい末路だ」

 

近くにいた中年の男は、嗤いながら落ちていた論文の袋を拾うとその場を走り去っていった。

 

「ごめん……なさい。巻きこんじゃって……」

 

絞り出す様に声を出す紅莉栖。俺は彼女を支え、ゆっくりとしゃがみこむ。

 

「どうして……」

 

「父親だから…パパに認められたくて……それだけで……」

 

どんなに暴言を吐かれ蔑まれようと、酷い目を受けようと。紅莉栖は父親が好きだった。

だから、その父親に殺されかけて尚、父を護る為にとっさに体が動いた。父の代わりに自らが俺のナイフに刺されてしまった。

 

「怖いよ……私、死にたくない」

 

苦しげに涙を浮かべ、紅莉栖はまるで生にしがみ付くかのように俺の腕を強く握る。

しかし、出血が止まることはなく、血溜まりは広がっていく。

 

「死にたくない……死に……」

 

俺の腕を握っていた紅莉栖の手から力が失われ、だらりと落ちる。ハッとなって紅莉栖の胸に耳を当てる。

だが、紅莉栖の心臓はその鼓動を完全に停止いていた。

 

「紅莉栖……? 紅莉栖……! あぁ…ぁぁ…ぁぁあああああああああああああああああああ!!!」

 

俺は紅莉栖を抱きしめ、何もかもを吐き出すかのように絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……なんで今さらあの日の夢を」

 

重い瞼を開けつつ、さっきまで見ていた夢に顔を顰める。やけに重い体に鞭を打ち、布団から這い出た。

 

「ああ、そうか……」

 

そこで自分が何故あの時の夢を見てしまったのかに思い当たる。

昨日最後に見たセイバーの顔。守りたかったはずの人を自ら傷つけてしまった後悔と憤怒。何より自分が許せないという気持ちが理解できてしまった。だから、同じ思いを体験したあの時の夢を見てしまったのだろう。

 

「……待て。あれからどうなった!?」

 

「お目覚め? バーサーカー」

 

昨日の出来事が鮮明に思い出され慌てて部屋を出ようとした瞬間、同じタイミングで部屋を訪ねてきた人物に多々良を踏んだ。そこに立っていたのは───

 

「───凛。何故お前がここにいる!?」

 

「あら、何故ここにいるとはご挨拶ね。貴方のマスターの命の恩人に向かって」

 

「なに? どういうことだ」

 

俺は凛から全ての顛末を聞いた。魔力も枯渇し、令呪も全て使い果たしたイリヤが凛に助けを求めに来たこと。

その後、凛は衛宮邸の庭で倒れていた俺と士郎、疲れ果てて意識を失ったイリヤの治療し、泊まり込んで容態を見ていてくれたことを。

 

「そうか……悪いな。感謝する」

 

「で、私も昨日柳洞寺で何があったか知りたいんだけど?」

 

「わかった。だが、アサシンの相手をしていた俺は全てを知っているわけではない。イリヤと士郎が起きてから、全ての情報と纏めようと思うが構わないか?」

 

「OK、その方が効率もいいしね。じゃ、居間で待ちましょう」

 

程なくして、目を覚ましたイリヤと士郎は居間へ集合する。士郎は全員分のお茶を入れようと席を立つが、その時我が物顔でアーチャーが台所から全員分のお茶を用意して現れ、一悶着あったがようやく落ち着いて話せる状況になった……のはいいのだが。

 

「イリヤ、何故お前は俺の脚に座る」

 

「……いいでしょ別に」

 

いや、別に大した重さでもないし構いはしないのだが、真面目な話をしようとしているのに胡坐を掻いた脚の上に少女を座らせたままというのは絵的にどうなんだろうか? そして凛、そのにやけた笑みをやめろ。

 

「まぁいい。では状況を整理するぞ。まず俺からだが……」

 

俺はアサシンとの戦闘を事細かに、そして傷だらけの士郎と操られたセイバーが現れ逃げた事を説明する。

 

「ちょっと待って。アサシンの刀が三本同時に存在したって? 三連撃じゃなくて?」

 

「ああ」

 

「そう言い切れる根拠は?」

 

「我が魔眼運命探知(リーディング・シュタイナー)は異なる世界線を観測する魔眼だ。それはお前たち魔術師の言う並行世界も例外なく観測する。俺の魔眼は燕返しが放たれる瞬間間違いなく三本同時にアサシンの刀身がこの世界に存在しているのを観測した」

 

俺の言葉に対しイリヤも同じだと賛同し、更にあれは魔術でなく純粋な剣技であり、魔術師には防ぐのはおろか、発動前に感知することも不可能に近いと付け加えた為、凛は頭を抱える。

 

「……いいわ。じゃ次衛宮君。柳洞寺でいったい何があったか。そして、どうやってセイバーは奪われたのかできる限り鮮明に話して」

 

「わかった」

 

士郎の話ではキャスターのサーヴァントは最初自分たちと手を組まないかと持ちかけてきたらしい。既にイリヤと協力関係にあった士郎はそれを拒み、戦闘が始まった。

しかし、対魔力の高いセイバーはキャスターの魔術をものともせず一気に追いつめる。そのまま止めを刺そうとした瞬間、イレギュラーは起きた。

 

「葛木が現れたんだ」

 

「葛木って……まさか、葛木先生!?」

 

「ああ……葛木がキャスターのマスターだったんだ」

 

葛木という名前が出て驚く凛。凛が言うには葛木は士郎と凛の通う高校の教師で、魔術師でも何でもないはずだという。

 

「葛木のやつ妙な動きで一瞬でセイバーを沈黙させて……」

 

今度は凛だけでなく俺も驚いた。セイバーを沈黙させるというだけでも驚くべきことだが、それが生身の人間のしたことだというなら驚愕せずにはいられない。

そして、士郎の必死の抵抗虚しく、キャスターは手にした短剣をセイバーに突き刺し士郎とセイバーの契約が破棄されセイバーはキャスターに奪われてしまったらしい。

 

「そこからは岡……凶真さんも知ってると思うけど、セイバーが抵抗してくれたおかげでなんとか致命傷は避けられた」

 

「はぁ……葛木の強さもだけど、契約を破る短剣か。おそらくキャスターの宝具なんでしょうけど、なんて出鱈目な能力よ」

 

確かに。サーヴァントを圧倒するマスターに、契約を破棄する術を持つキャスター。これほど厄介な敵はいない。

せめてキャスターの真名がわかればそこから弱点を突くこともできそうなものだが、契約破りの短剣なぞが出てくる神話があっただろうか?

 

「士郎、他になにかキャスターについて気付いたことはないか? 使っていた魔術とか、口調とか、見た目からわかるものでもいい」

 

「えっと……見た目はローブを被ってて性別が女だってことくらいしかわからない。魔術に関しては魔力の砲撃と、骨の兵士を操ってた。あ! あと、俺が言った魔女って言葉に対してかなり怒ってたみたいだ」

 

短剣、女性、魔力の砲撃、骨の兵士、魔女。その単語が当てはまる神話を頭の中で検索する。

ローブを羽織っていると言うことは、西洋圏の英雄である可能性が高い。そして、女性で魔力の扱いに長けている。町全体に魔力を張り巡らせ、魔力砲を放ち、傀儡も使える。それほどの魔術師はおそらくかなり古い、神代の魔術師。

だいぶ絞れてきた。残るワードは短剣、骨の兵士、魔女。

 

「……そうか、キャスターの正体はコルキスの女王メディアだ」

 

「「えっ?」」

 

かつて、古代ギリシャにて裏切りの魔女と呼ばれた悲劇の女王。彼女は魔術に長け、竜の骨から竜牙兵という骨の兵士を召喚し操ったといわれる。その物語の中で随所に出てくる短剣。それが裏切りの魔女の神性を具現化した魔術兵装になったとすれば、キャスターの宝具の説明もつく。

 

「おそらく、バーサーカーの推理はあたりだろう」

 

その時、今まで霊体化し黙っていたアーチャーは実体化して何かの欠片を机の上に置いた。

 

「アーチャーこれは?」

 

「以前凛と共にガス漏れ事件の現場を調査した時に戦った骨共の残骸だ。これは竜の骨で間違いない」

 

「ちょっと! なんでそんな大事なこと黙ってたのよ!?」

 

「仕方なかろう? これだけではキャスターの正体に当たりをつけるには弱すぎる。何より、君はそこの小僧とのいざこざもあってイライラしてたからな。私としては、とても話しかけられる状況ではなかったのでね」

 

アーチャーは言いたいことは言ったと皮肉げな笑みを浮かべると、再び霊体化した。

さて、これでキャスターの正体は判明した。あとは対策を立てれば、セイバー奪還のチャンスもあるかもしれない。

だが、そう簡単に女王メディアの弱点となりうるモノを用意できるだろうか?

 

「あら、バサーカー。それは心配ないわよ」

 

「どういう事だ凛?」

 

凛は腕を組み、右手の人差し指を立てると微笑を浮かべ説明を始める。

現時点での問題はキャスターの弱点を手に入れることではなく、キャスターを倒す事。注意するのは葛木と契約破りの短剣。

 

「貴方たちの敗因は折角のチームを分担して挑んでしまった事」

 

つまり、始めから1体のサーヴァントに2体のサーヴァントで挑めばよかったのだ。

アサシンと戦う際は凶真が燕返しを観測し、アーチャーが阻止するという戦法をとればそこまで苦戦はしないだろう。キャスターとの戦闘に対しても、おそらくセイバーが葛木に敗れたのはイレギュラーだったから。はなから葛木が強敵という認識を持って臨めば、狂化もある凶真ならば人間の葛木を抑えることは十分可能。その隙にアーチャーが弓を主体として中距離、遠距離でキャスターに挑めば十分勝機がある。令呪に抵抗しているセイバーが戦闘に参加してくる可能性は少ないが、もし完全にキャスターの支配下になっているのであれば葛木の相手を凶真が、セイバーの相手をアーチャーが、そして、キャスターの相手を凛とイリヤでする。

サーヴァント相手に凛とイリヤで太刀打ちができるのかと思ったが、凛には秘策があるらしく、キャスター相手ならばなんとかなるらしい。

 

「で、バーサーカー。身体の調子はどう? 理想を言えば早ければ早いほどいいから、今夜にでもキャスターの所へ行きたいんだけど」

 

拳を握り、体の調子を確かめる。

ランサーから受けた傷は完治してはいないが、表面上は傷がふさがっている。多少魔力が少ないのが気になるが、夜までには回復するだろう。

 

「問題ない。万全とは言えないが戦闘に支障はほぼない」

 

「じゃ、解散ね。今夜0時に迎えに来るからそのつもりで」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

とんとんと話を進め、帰ろうとする凛を士郎が止めた。まぁ、士郎の性格を考えれば当然予想できたことだ。

それは凛も同じだったのか、特に驚く様子もなく冷たい視線を士郎に向ける。

 

「俺も行く」

 

「駄目よ。貴方は家で待ってなさい」

 

「それはできない! セイバーは俺のせいであんな目に遭ったんだ。だから、俺が助けないと!」

 

士郎の言葉に凛の視線は更に冷たく、鋭くなった。

そして、凛や士郎は気づいてないだろうが、霊体化しているアーチャーもその眼光の鋭さを増している。まるで、憎き仇でも見るかのように。

 

「そう。じゃあはっきり言ってあげる。足手まといよ衛宮君」

 

凛として言い放つ凛の姿に、思わず俺は感心した。その一切の甘えもない魔術師然とした姿。

高校生の彼女がこれだけの立ち振る舞いができるようになるのに、いったいどれだけの苦労をしたのか。

 

「サーヴァントのいないマスターは大人しくしてなさい。でないと貴方、死ぬわよ」

 

有無を言わせぬ凛の言葉にも、決して士郎は引かない。言葉で言ってわからぬなら、残るは実力行使のみ。凛の魔術刻印が光を灯す。魔術師として、凛は士郎をねじ伏せ昏倒させるだろう。それは凛にとっても当たり前のこと。

だが魔術師ではなく、人としての遠坂凛はその行為に多少の負い目を感じてしまうだろう。

なら、ここでその役目を担うのは大人である俺の役目だろう。

 

「いいかげんにしろ」

 

「がっ!?」

 

俺の拳が士郎の鳩尾に深く突き刺さり、士郎はその場にうずくまる。その士郎の髪を掴み、顔を上げさせた。

 

「イリヤ」

 

「ええ」

 

多少眉間に皺を寄せたものの、俺の言わんとすることを理解したイリヤは表情を戻し士郎と目線を合わせた。

途端、目が虚ろになり、体の力が抜けていく士郎。そんな士郎の胸倉を掴み、意識がなくなる前にどうしても言いたかった言葉を投げつける。

 

「大切な人を自らの手で傷つけたセイバーの気持ちを考えろ───この愚か者」

 

 

 

 

その後、士郎を部屋に寝かせ凛たちが帰宅した後、中庭の真ん中で空を見上げているとイリヤがやってきた。

 

「休んでいなくていいのか」

 

「……うん、いい。キョーマといる」

 

「そうか」

 

やはりイリヤの様子がおかしい。凛がいた時はまだ普段通りに振る舞っているようではあったが、帰っていこう俺の傍を離れようとしない。

そのことを訪ねようと思ったのだが、その前にイリヤの方が口を開いた。

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 

それは、何に対してのことだろうか。

俺の身体に対してのことか、それとも凛の考えたキャスター討伐についてのことか、あるいはその両方か。

 

「もう、私の令呪ないんだよ」

 

その言葉には、もう助けられないというニュアンスが含まれていた。

俺は一度消滅しかけている。それを、イリヤが2つの令呪を使い強制的に繋ぎとめた。

 

「それでも、キョーマは私の傍にいてくれるの?」

 

マスターとして助けることができなくても、それでも自分を守ってくれるのかと。自分の傍にてくれるのかと。

自分のサーヴァントでいてくれるのかと。小さな勇気を振り絞り、目に涙を溜めて問いかける。

 

「私は怖い。キャスターの宝具で契約が破られるんじゃないか。アサシンに倒されて消滅するんじゃないか。令呪のないマスターを見捨てるんじゃないか。って」

 

溜まった涙は溢れ出し頬を伝う。その体は小刻みに震え、小さな白い手は赤くなるほど強くスカートを握りしめる。

 

───ああ、そんなことを怖がっていたのか。

 

無理もないのかもしれない。たった一人、味方もなく城へ幽閉されて過ごした日々。

やっと見つけた自分と共にいてくれる存在(サーヴァント)の消滅の危機。

どんなに大人びていても、その小さき体には重すぎるほどの負担がかかっていたのだろう。

 

───どうすればいい?

 

そんな言葉が頭に浮かぶ。

無論俺にイリヤを裏切るつもりは毛頭ない。だが、言葉にしたところで彼女は安心できるだろうか? 笑顔を見せてくれるだろうか?

いや、今の俺には彼女を笑わせることなどできないだろう。ただの鳳凰院凶真にはそれだけの力はない。

ならばどうすればいい。

自身に問いかけると、思い出されるのはラボメンたちとの日々。あの頃はみんなが笑っていた。

 

───そうか。

 

令呪という契約がないなら、ラボメンという絆で繋がればいいじゃないか。

狂戦士の鳳凰院凶真に力がないなら、あの頃の鳳凰院凶真になればいい。仲間を絶対に見捨てず、仲間の為なら世界の理相手だろうと戦う狂気のマッドサイエンティスト。

 

───そう、我が名は狂気のマッドサイエンティスト 鳳凰院凶真!

 

決意と共に吹き荒れる魔力の風。その風はイリヤの涙をやさしく吹き飛ばし、その眼に驚愕の色を見せる。

イリヤの目の前で凶真の黒衣は見る見るうちに白く染まり、白衣へと変わる。

 

「フゥーーーーハハハハハ! なぁーにをブァカな事を言っているイリヤスフィール! この鳳凰院凶真、そのようなつまらぬ理由で貴様と共にいたわけではぬぁーい!」

 

「キョ、キョーマ?」

 

突然のことにオロオロしだすイリヤをよそに凶真は突然優しい顔になると、目線を合わせるように片膝をつき、イリヤに小さなピンバッジを渡す。そこには歯車のような模様と、その端にOSHMKUFAI2010と書かれている。

 

「いいかイリヤ。それは我が未来ガジェット研究所のラボラトリーメンバー、ラボメンの証だ。ラボメンの絆はサーヴァント契約よりも、令呪よりももっと強い。そして、俺は何があってもラボメンを守る」

 

暫く呆けていたイリヤだが、俺の言わんとしている事を理解したのかその目を細め涙を流す。だが、その涙は先ほどの涙とは違う意味を持っていた。

 

「うん……うんっ!」

 

「今日からお前はラボメン№009 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだ!!」

 

 




更新が遅くて本当に申し訳ありません。今後も不定期になるとは思いますが、なにとぞよろしくお願いします。

というわけで、5話にしてようやくあのオカリンが帰ってまいりました。
次回はいよいよVSキャスター編です。乞うご期待!

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