PSYCHO-PASS GOSPEL   作:2Nok_969633

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主よ、あなたの道を私に示してください。 あなたの道を教えてください。 あなたの真実に私を導いて教えてください。あなたが私の神ならば、救いを胸に秘めるでしょう。私は一日中あなたのことを待っています。

 

 

 

「常守朱。真なる天秤の担い手とは聞いていたが…やはり将軍が仰られた通り、清い存在だな」

 

 

そう口にした彼等(平和の使者)の望みは、正当な裁きだけだった。

 

 

『「兄弟達よ、死を恐れるな。我等は、主の剣であり盾である」』

 

 

愛する勇気がある者には、かならず苦しむ勇気がある。

 

 

──これは何だ?

 

 

ある日の東南アジア…その戦場にて、とある男が流れ弾に当たって死んだ子供を抱き上げていた。胸と腹からドクドクと生温かい液体を垂れ流しているそれは、この世界に蔓延る罪と共に崩れ堕ちていく。

 

 

──何の為の死だ?

 

 

心は壊れるために作られた。

 

 

──何故世界はこうなった?

 

 

そして、男は異物と出会った。

 

 

──そうだ、俺達は地獄に居る。

 

 

かくして、目的が手段を正当化する。

 

 

『正しさをシステムに依存してはいけない。そう思っているのは紛れもない…君じゃないか』

「だからって、こんなこと…誰も望んでいない!」

『ならばどうする?その機能不全に強いられてしまった法を以て、一体全体何が出来るというのだ?それが通用するのは、世界が安定している時のみだ。人類は…その段階に至るどころか、未だその境地に到達すらしていない。人も生物も、予め残虐性や怠惰が備わっている。妬み、恨み、奪い、そうして犯し尽くしてから殺す。面倒だから、と…元からある優れたものを利用する。何故なら、最初から考えを放棄した方が回り回って得を生むからだ。自分達が無理やり考えても上手くいかない事柄が多いのであれば、結果も過程も生まれることなく何も考えていないことと同義となる。ならば、と…偽りの自由と希望を少しでも享受出来るように…と、変貌を遂げるべくしてささやかな願いが形となって現れた成れの果てが今の社会だ。

これが真実だ。

君達が平和の恩恵を受ける陰で起きている明確な事実だ。平和とは、医学のように数多の犠牲と屍の上にあって成り立つものである。

かつてシビュラシステムを作り上げた男が居た。彼はこう言っていた。最初にシビュラシステムに生贄として捧げられた人物は、誰かの為に、社会の為に、そう言って他人の為に平気で自らを犠牲にしてしまう男だった…と。だが、皮肉にもシステムの根幹となる演算処理ユニットにそんな人間が組み込まれてしまったが故に、集団の為に個人を犠牲とすることもやむなしとした定義が当然とする社会が生み出された。

だが、もうその社会を存続する道以外に未来は残されていなかった。文字通りの破滅を進むなんて選択肢は、俺には残されていなかった。…俺がやるしかなかった』

「…だけど、それであなたの罪が消えた訳じゃない。寧ろ、そこまでして膨れ上がったものを、あなた1人が罰として背負って受け止められると思ってるの?」

『面白い冗談を言うな…そのような戯言を、果たして君自身が言える立場なのかい?友を失い、シビュラシステムの秘密を知り、世界の惨状を知り、彼女達を背負う君自身が』

「それは…!」

『君だってそうだろう、常守朱。いや、君だからこそそう言えるのだろう。たった1つの命を燃やし、法を守ることを絶対に諦めないという秘めたる意志を持って、公安局に居る人間として、そうして当事者となってここまでやってきた。そんな君が俺の信念を否定するのか?社会が人の未来を選ぶんじゃない、人が社会の未来を選ぶと言った君が?』

「なら、私達はそれを知らずにのうのうと生きていろとでも言うの?知る権利も失い、ただただ貴方達の犠牲があった上で、嘘っぱちの幸せを掴めとでも?」

『そうだ。これは君のようなか弱い乙女1人が背負って良いようなものじゃない。…最早呪いだ。悍ましい宿命だ。ましてや、俺のしていることは到底正義とは程遠く、醜く、愚かな行為だ。シビュラ同様、もう後戻りなど出来やしない。その事実もまた、君自身がよく理解している筈だ』

「…私は過去に学んだことがある。“人々の犯した悪は、彼らの死んだ後まで生き続けるが、行なった善は、その骨とともに葬られる”」

『シェイクスピア…アントニーの演説か』

「それでも、血を流す選択肢以外に方法がなかったとしてと…諦めることはしたくない。けど…そうであったとしても!」

『仮に君が俺自身の選択を肯定しようと否定しようと、俺は君を評価している。意思を捨てることなく武器にして来た君を。信念を持って挑んできた君を。故に、予てより俺は君に全てを捧げると決めていた。

とりわけ、シビュラは罪と罰に染まりすぎた化け物そのものだ。謂わば、自身を映す鏡だ。そして、人々はその鏡に依存した社会を望んでいる。苦しみから逃れる為に、藁にも縋る思いで「助けて」…と、手を伸ばしている。この問題を天秤として支える役目、それこそがこの世界における法律の役割なのだ。

だからこそ、俺は俺のやり方で改めて正義とは何かを問いかけるとしよう。

正義は議論の種になるが、力は非常にはっきりしている。その為、人は正義に力を与えることができなかった。正義や力。正しいものに従うのは、正しいことであり、最も強いものに従うのは、必然のことである。力の無い正義は無力であり、正義の無い力は圧制的である。そして、力の無い正義は反対される。何故なら、悪い奴等がいつもこの世に蔓延り存在しているからである。そうして、正義の無い力は非難される。従って、正義と力とを一緒に置かなければならない。その為には、正しいものが強いか、強いものが正しくなければならない』

 

 

時は悲しみと口論の傷を癒す、と言うが…果たしてそれは確かなのか?『人はみな変わる。過去の自分はもはや現在の自分ではない。悩む者も悩ます者も、時が経てば別人になる』…と、パスカルは述べていた。

 

 

『愛には1つの法則しかない。それは愛する人を幸福にすることだ』

 

 

祈りは神を変えず、祈る者を変えるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前7時。朝の日差しは夏の時に比べて鋭さを抑えている。巨大な塔から伸びる影は、私には些か光を覆い尽くすまでの闇を表しているかのようで、少しだけ不気味に感じていた。建設途中のノナタワーは内装工事も佳境を迎え、今やその名を聞くだけで首都整備計画としての象徴たる存在となっている。

私が唐之杜取締官から招集を受けたのは、今から約1時間前のことだった。

指定した場所に出頭しろ、と命じたきり連絡が来ないというのは、これ迄にも幾つか経験があった。そういう時は決まって、彼が何らかの事態に巻き込まれているか、はたまた自分から巻き込まれに行ったかのどちらかである。

だから私は、ある程度の覚悟はしておくという心境を持っていた。

 

 

「神の兵士は死を恐れずどこまでも残酷になれる。それは巫女に仕えている人間も同じ、か…」

 

 

かつて聞いた独り言を、私は未だに憶えている。

 

 

エントランスを抜けホール内へと向かいエレベーターを待っていると、オーストリアにて第二国家とも称されたシュトラトスが控えめな音量で流されていた。水は冴かに美しく空のように青く限りなき美にドナウは充ちる…こうして耳にするのは、学生時代の音楽の授業以来である。

 

 

「厚生省のお膝元で、こうした古典音楽が流れているのは珍しい。公共的な精神衛生の考え方が人々に浸透するにつれ、感情に過敏な影響を与える作品の類は自然と忌避される傾向にある。そういった論文を書いた君の兄もそうだが…厚生省もまたそれに倣わないのかな?」

 

 

黒いスーツ姿を着た大柄の女性が、会話を続けたそうにそう口にして私の隣に近付いてきた。骨格から予想される引き締まった筋肉、目許の皺、そしてその佇まいからは一端の官僚らしさが伺える。

 

 

「程度の問題でしょう。『薬が毒に成り、毒が薬になる』や『薬有ればとて毒を好むべからす』などといったことわざがあるように、そうした芸術作品が厚生省推奨の精神治療の分野にてよく活用されている…とも聞き及んでいます。その中でもヨハン・シュトラウスの楽曲は、規制指定されている訳ではありません。まあ、これがベートーヴェンの交響曲ともなれば、話は変わってくるでしょうが…」

「成程、第九だな。そういえば…この国では昔、歓喜の歌として流行っていたとか。何でも年末の代名詞だったと」

「ええ。諸外国に比べ、この国の人々は交響曲第九番を非常に好んでいたとか。とりわけ、旧時代のアニメ作品を鑑賞することもありますので…その一環で、bgmとして耳に入ってきたことはあります」

「…若い厚生省官僚にしては珍しい。君のような子もまた、こんな古臭い音楽を嗜んでいるとはね」

「そうした曲や作品は、私の養父や兄が好きでして」

「悪くない趣味だな。私としては…ベートーヴェンなら第四が好きでね。聞いたことはあるかい?」

「数回程度ですが…」

「ああ…少しばかり残念だ。いっそ、もっと深く聞いてみると良い。英雄と運命の間に挟まれた乙女は、卓越した指揮官とオーケストラが演奏すると、他の追随を許さない傑作となる。そうなれば…否が応でも病みつきになるだろうさ」

 

 

と、丁度そのタイミングでエレベーターが到着した。もう少し彼女と会話を続けても良かったが、職務を放棄して雑談するわけにもいかない。

 

 

「すみません。私はこれにて…失礼します」

 

 

私はお辞儀をし、エレベーターへと乗り込んだ。話していた女性は、そのままホールへと残った。

 

 

「いや、ありがとう…と言わせてくれ。私は君に感謝しなければならない立場の人間だ」

 

 

エレベーターが上昇する。ステンレスに薄く映った私の顔は、彼にお礼を言われた時と同様に怪訝な表情を浮かべていた。

 

 

指定された上層階で降り、がらんとした廊下を抜ける。

厚安の捜査要員は、中目黒にある厚生省麻薬取締局のオフィスに自身のデスクを置いている。だが、捜査員たちは、同僚にさえ自らの取り扱い案件を明かさないことも珍しくはない。よって、それぞれ独自の捜査拠点を持つという意味では、こういった場は非常に便利である。人の出入りが途絶えている工事中の建物、とりわけその建物がノナタワーという点…こうした好条件はそうそう無い。監禁と尋問には悪くない立地であるというのも利点だ。怪しまれることもない。

この拠点を根城としている唐之杜取締官は、職務に徹底して忠実でもあるが故に、こうした場は適合性が高かった。無論、私達もだ。

 

 

「(とは言っても…静かな職場でないことも確かだし)」

 

 

私は2年前、兄を追うようにして厚生省に入省した。シビュラの職業適性、試験成績は2人同時に過去最高得点を記録するという快挙を達成している。だが、その知識が官僚同士の利害が衝突する省庁官対立で役立つことは基本的に無い。とりわけ、私は特に政治的な駆け引きについては得意ではなかった。

それをぶち壊したのは紛れもない私の兄だった。

 

 

「真守です」

「入れ」

 

 

尋問が終わったであろうその匂いは、濃い汗のそれだ。私達が拘束した少女…いや、未成年テロリストの拷問が今しがた終わったことを告げるように、私の上司は黒のネクタイを少しだけ緩めている。

手足に拘束の跡、床には結束バンドの残骸はあるが、髪が乱れるほどではない。このことから、身体的苦痛を伴うような自白の強要はされていないのだろうことが伺えた。

 

 

「思っていた以上にすんなり進んだようですね」

「本来であれば、テロリストに一切の人権は与えられない。が、薬物を使用している痕跡もなく、ましてや嘘をついている様子もない。とりわけ、あのバカのせいで緊張感が失せた。彼女も彼女で思うところがあったのか、大人しく白状するに至った。つまるところ、人道的な扱いの範囲のみでしか尋問は行えなかった」

「尋問者や対象の色相悪化については?」

「問題ない…どちらもクリアカラーを維持している。彼女に関しては、先ほど意識を失ったが…恐らく、テロの決行以来張り詰めていた緊張が解けたせいだろう」

「成程…詳細の程は掴めました?」

「ああ、彼女の名前は衣彩茉莉。自爆した山岳ゲリラの残骸から回収した携帯端末の通信データから、一致する名前が確認された」

「やはり、あの少女が本当に自爆テロの指揮を…」

「それだけではない。彼女の証言によれば、他にも国内インフラを狙った連続テロが画策されていた。今回の標的となった二瀬ダム以外にも、福島の太陽光発電システム、千葉のメタンハイドレート貯蔵施設、新潟のハイパーオーツ加工施設が自爆攻撃の標的とされており、これら全ての実行グループの連携役を、その少女が担っていた」

「警察には?」

「情報は既に流している。既に実行グループが拘束されているとの報告も受けている。極めて確度の高い情報を提供してくれたと言っても過言ではないだろう」

「…となると、彼女は何処かのグループに属していたのでしょうか?いや、それは考えにくいですね」

「そうだ。彼女は、今回の犯行に及んだゲリラ組織のいずれにも属していない。自らを《帰望の会》と呼ばれるテロ・グループの一員であったと明かしている」

「聞いたことのない組織ですね。新興のものなのでしょうか?」

「公安警察に便宜を図り、国内過激派組織のリストと照合した。だが、そこに一致する名前は無かった。この事から、全くと言っていほどに未知の組織であると予想される。それに…その組織は設立から少なくとも30年以上も前から活動をしていたと、彼女が述べていた」

「いくら何でも警察当局がマークしていないのはおかしい…となると、海外からの刺客ということになりますね」

「だろうな。彼等は入国許可が出た難民達が一時的な居留地とする九州を経て、国内に密入国したそうだ」

 

 

成程…彼等が何らかの手段を使って、2020年代から国家存続の為に継続されてきた鉄壁とも称される鎖国政策の、しかも国防体制をすり抜けてきたということか。となると、論理的に説明が付かない点が存在することになる。

 

 

「その場合、この事件は国防省の管轄になるのでは?」

「この事件は引き続き、我々の捜査案件となる。現在、議会での審議がほぼ完了し、厚生省が国内の薬物流通の一切を管理し、違法薬物の即時規制を可能とする改正薬事法案…通称ラクーゼ法案が成立間近の状況で、今回の事態の発生は極めて重要となる。そこで我々は、警察機構と一部の捜査領域を共有しつつ、独自の捜査を実施する」

 

 

私達厚安局は、精神色相に影響を及ぼす未確認精神作用物質…所謂違法薬物の摘発と、これに伴なった事案の制圧を任務としている。

今回の場合、自爆テロにおける政府施設襲撃という過大なストレス状態、また違法薬物使用による色相無効化の疑惑が確認された。だからこそ、私達はあの場にいた。だが、これらを実行させたグループが国外のテロ組織となれば話は変わってくる。事件の質が数段飛ばしで重くなり、国防案件として対処されるのが基本だ。

だからこそ意外だった。

つまるところこの事件においては、国防省及び警察機構には、国外グループが関与した情報は伏せた状態で捜査資料が通達される。

 

 

「公的には、関東一帯を活動拠点とする反体制ゲリラ連合による、大規模な首都圏インフラを狙った連続テロとして扱われるだろうな」

「テロを実行した国内ゲリラは警察に任せるというのに、彼等に真実を明かさず都合の良い形で利用するつもりですか?」

「適材適所だ。我々は別の真実の面を追求しなければならない」

「今回のテロを実現させた原因と道具の追跡ですか」

「その通りだ。自爆テロを教導した組織の全容解明と、彼らが手配したとされる未確認精神作用物質の供給ルートを摘発する」

「了解です。捜査人員については?」

「基本的に変わらないが、私も現場に出る。君は小隊長2名、捜査協力者1名、バカ1人を入れて事件捜査を担当してもらおう」

「捜査協力者…まさか彼女を?」

「察しがいいな…そうだ。衣彩茉莉は司法取引に応じた。よって事件捜査に協力させる」

「…本気ですか」

《君が彼女を監視するんだ、真守》無線通信が起動した。

《私が…ですか?》

《あのバカがペラペラと喋ることから内通者、もしくはノックということは無いとは理解しているんだが…まあ、念には念だ。偽の情報を吹き込まれた囮の可能性も踏まえると、用心しておくに越したことはない》

《了解しました》

《あと、彼女の健全すぎる精神色相についても気になる。不審な点があればすぐに報告してくれ。但し、私に直接だ。厚生省の上層部に知られれば、解析用の検体として多摩の研究機関に身柄を奪われ、操作の継続が困難になる。現状、それは避けたいし…上層部が何かしようとすれば、尚のことあのバカは何が何でも噛み付くだろう》

《…拘束判定に分類した彼女を、ここにおいても良いのでしょうか》

《事が済めば正式な手続きを踏む。今、彼女を最も必要としているからこその判断だ。身柄を拘束していることについても、一部の人間を除き、部局内の人間にも明かされていない。表向きは、職務研修中の新人官僚として扱う。その為の偽造身分証も発行済みだ。真守、君は後輩を持ったつもりで捜査を進めてほしい》

「彼女もまた理不尽な犯罪の被害者であるが故に、自ら進んで捜査に手を貸すことを望んでいる。頼んだぞ」

 

 

感情が抜け切った声、かつ安心する冷徹な響きが自然と背筋を伸ばしてくれる。私の…猟犬としての務めを、その役目をこなすためには彼のような存在が必要だ。

 

 

…だって、あの人は無鉄砲で自分勝手に進んでいくだけだから。

 

 

「可能な限り、尽力しましょう…彼女は私が守ります」

「良い心がけだ。実際、アイツよりもお前が1番適任だろうからな」

 

 

すると、オフィスフロアの扉をノックする音がした。私と唐之杜取締官の視線が一点へと向けられる。私は咄嗟に予期せぬ侵入者の対処を考えたが、彼自身が警戒を解いていた為、直様気を整えた。

差し詰め、もう1人の捜査協力者…と言ったところだろう。

そこで目に入ってきたのは、偶然にも私が見知っている人物だった。

 

 

「紹介しよう…中へ入っていただけますか?流域管理官殿」

「失礼する。国土交通省国家保全局流域管理官、野芽瑞栄(のめみずは)だ。今回の事件捜査においては、オブザーバーとして参加する」

「あ、あなたは」

「先ほどエレベーターホールで会った女の子が麻取だったとはな…やはり、運命とは奇妙なものだ」

 

 

数度に亘り会釈、自己紹介を一通り終え…そうして話題は変わっていった。

 

 

「そういえば…例の厚生省の問題児は何処に居るんだ?見たところ見当たらないようだが…」

「例のメタンハイドレート貯蔵施設に向かっている。事実、千葉でのテロは今日決行される予定だったからな」

「ああ、そういう…」

「報道管制がなされていたのは、やはり警察と厚生省の意向ですね」

「国民の不要な色相悪化は、思考汚染の観点から言っても望ましくはない。警察は警察で面子の都合がある。まあ、そんなところだろう」

「世の中、俺がもしくは私が、と出しゃばるのはよくある事だ。しかも、その立場を利用し綺麗にして整理してやろうという意気込みもあるにはある。まあ、その想いは間違いでは無いからな…」

 

 

私は色々な意味合いも込めて、天井の方へと顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──その頃、同時刻の千葉では混沌が渦巻いていた。

 

 

「ほら下がって下がって!」

「来るな…来るな!入ってクルるるるなあああああああああ!!」

「これ以上犯人を刺激するな!」

「所轄は下がってろ!」

「わかってます」

「流石にこれは本店じゃないと無理か…」

「我々が絡むと余計な二次被害が発生しかねないっすからねぇ」

「なら支店で待機しますか?」

「アホか、流石にこれは待機案件にはならねえだろうよ」

 

 

呂律の回らない声で男が鋼を持って叫ぶ。

本来であれば、テロ実行犯からすればすんなりと済む手筈だった。何故なら、指定された場所で自爆すれば自らの命共々終了する算段だったからだ。

だが、麻取の情報源と迅速な対応が、その判断を鈍らせた。

犯人達は混乱した。こんなことは聞いていない、と。そもそも何故こんな国の為に自殺しなければならないのか、と嘆く者も居た。そうして、次々と捕まって行く仲間を見たその内の1人が…一つの刃を潜めながら我へと返った。

否、目覚めてしまった。

極限状態に陥った生物としての生きたいという欲が、強いストレスと共に発火する。

『私は疫病と流血を以て彼を裁く。私は漲る雨と、雹と、火と、硫黄を、彼とその軍隊及び彼と共におる多くの民の上に降らせる』

今正に、ラーマヤーナではインドラの矢とも伝えられている硫黄が、旧約聖書に記されたソドムとゴモラを滅ぼした天の火が降り注がれようとしていた。

 

 

「車を用意しろぉおおおうおうおうおうおう!!」

「お、おちちゅけ!け、警備員を放しなさい!」

「車だぁ!!」「ひゃいいい!!助けてくださいいいい!!」

「警戒態勢を広げろ」

「朝から自爆テロとは…また厄介な」

「夜勤明けの身にもなってほしいよ、ホント勘弁」

 

 

そんな中、最近はまた一段と肌寒くなってきたなぁ、と手慣れた様子でコートを手に取って羽織る人物が居た。悴んだ手を口の前にして息を吐き、少しだけやる気を出している。

 

 

「おい、あれって…」

「ん?」

「ゲッ…」

「うわっ…」

 

 

エリア内の戦闘係数…基準値はクリア。思考汚染は低レベルと言ったところか。

 

 

「泉宮寺…?」

「…良かった、まだ救える段階だ」

 

 

やれやれだぜ…全く、世話が焼けるったらありゃしない。そんなことを声に出しながら、現場へと入る。

犯人の意識が警官の方へと向いている。俺は視線を合わせないように少しずつ、かつ確実に音を立てることなく一歩一歩近寄って行く。そして、テリトリーへと入った瞬間、人質(・・)の目に入るようにして手を上げた。

 

 

「どけぇ!!」

 

 

視線が一気に俺へと移る…それで良い。

まずは、思考をズラす作業から取り掛かるとしよう。

 

 

「所轄か!」

「いや、いっ一般人です…」

「じゃあ逃げて!」

「足すくんじゃって…」

「向こう行けよぉおおおっっ!!」

「ってか、何で一般人がここに居るんだ…?」

「職員とかじゃねえの?」

 

 

託宣の巫女は、自分より自分を認知している。

人類にもたらされた恩寵に不可避的に宿ってしまった弊害、即ち…思考汚染のメカニズム。

前頭葉の特定領域は、共感神経系に連携したことによって、その活動をコントロールする機能を有している。つまり、相手の意図や行動について、何処まで模倣すべきかを操作する。しかし、現生人類の脳は、基本的に自他の区別をするくらいしか、この領域を動作させていない。そも、シビュラの導きに対して、どの程度まで従うべきか…などといった曖昧な事を判断する能力を持ち合わせてすらいない。

この事から、今の社会の構成員達は、シビュラシステムの言う通りに最適化されてはいるが、その従う先の区別までは出来ない訳だ。

生得的な脆弱性における、精神災害。その内容が如何なるものであろうと伝播していく。善き行いも、悪しき行いにも流されやすい種、それがPSYCHO-PASSにおける人類である。

 

 

「フッ」

「何だぁ?何がおかしいんだぁっ!!」

「あー…そのやり方はおすすめ出来ないんじゃないかなぁって」

 

 

対処法は主に3つ(・・)

1つは、思考汚染が発生した際における現象全てを取り締まり、強制的にターゲットを隔離し速やかに鎮圧を行う。この場合は、潜在犯の執行を犯罪係数を重点的に活用する事で、社会統治とそれに伴う人間の選別を的確に判断しその裁き手の正当性を担う為の口実を以つ。

コレと真逆のことをやったのが、鹿矛囲桐斗である。

 

 

「…何が?」

「単独犯ってのは人質を取っちゃうとリスクが大きいんすよ。1人で周りの警官と人質とを気にしなきゃいけないから…2つのマルチタスクが発生しますしおすし」

「あにぃ?」

「早く逃げなさい!」

 

 

もう1つは、常守朱がやったように思考の行き先を変える事にある。言うなれば、悪しき行動を取りそうな人を善き行動へと変えれば良い。その為には、精神力が強固であるか、被害者が冷静で状況判断能力が下せる状態にまで回復させなければならない。

つまるところ、感染しなければ問題にはならないのだ。

 

 

「それとね?警備員を人質に取るってのは…ちょっとどうかなって思う訳ですよ。このご時世ですから、尚のこと柔道の有段者とか精神色相が濁りにくい人達で構成されているんで…」

「…!」

 

 

メラビアンの法則とは、人と人とのコミュニケーションにおいて、言語情報が7%、聴覚情報が38%、視覚情報が55%のウェイトで影響を与えるという心理学上の法則である。ここには、表情や身振り手振りも活用することや、声の高さや抑揚に変化をつける要素、内容が伝わるよう言葉を選択するといった行いが重要となる。

自分という枠…自分が何者なのか、ということを自覚すれば思考汚染は低レベル状態であれば脅威ではない。とりわけ、俺のような『いかにもあなたを助けようとしてますアピールをした人物』から、そうした冷静な発言が発せられたのだ。

この点に関して言えば、上手く行った。あとは救出をすれば良いだけだ。

 

 

「(この対処は早めに効いたな…さて、次は犯人の精神状態にメスを入れるとしよう)」

 

 

「なら、お前を人質にしてやるよ!」

「ぐわっ」

「ああっしまったぁ!すいません許してください!何でもしますから!」

「ん?」

「「「何やってんだああ!!」」」

 

 

警察官からの怒涛のツッコミは置いておくとして…トリガーオフ完了。

精神疾患や精神汚染におけるストレス障害、それを抑えるための抗うつ薬に必要な条件は以下、休養、環境調整、薬物治療、精神療法だ。こうした心理療法は、何も薬のみに当て嵌まることではない。

旧時代の遺物の影響力を侮る事なかれ。遺伝子に刻まれたミームを取り除く事は不可能なのだ。…勿論、嘘である。

 

 

「あのっ!誰でもいいんだったら私を人質にしてください!」

「誰だテメェは!刑事の差し金か!」

「いえ、ただの一般女子高生です!ピチピチのJKです!」

「何故女子高生がこんなところに!?」

「まさか、情報が行き届いて無かったのか…?」

 

 

結局、俺が折れて彼女を連れてくる羽目になるとは思っても見なかったが…伊達に鍛え上げている訳ではない。

対処法3つ目、怒涛の展開で思考自体を強制的に鈍らせる。付け加えると、起きている物事に対していつも以上に深く考えさせることで脳に負荷を掛ける。行動を制限すると言い換えてもいい。

 

 

「何なんだお前らぁ!!来るなよぉおお!!」

「こんな世界で生きていたってしょうがないんですよぅ…」

「来るなって言ってんだろうがああ!!」

「職業適性検査で仕事は決まっちゃうし、色相でどういう人なのかもわかった気になるし、他人にも興味がない人ばかりで人間って感じもしないし…。希望がないまま生きていくってこと自体が辛いんですよね…」

「わかる」

「いや、刑事が共感してどうすんのさ」

 

 

常守葵はそんなこと言わない。言わないでしょ、そんなことっ!!言わないよねェッ!!という葛藤はあるが、合図が出るまでは沈黙する他に手段はない。

 

 

「何だったら、私の人生の幕引きをあなたが閉じてくださいよぉ…自らの手で」

「…!なら、お望み通り殺してやるよ!おりゃあっ!!」

「太刀筋が寝ぼけているよ」

「なっ!」

 

 

一瞬にして俺は腕から解放され、流れ行くままに常守葵にナイフが向く。だが、そんな状況は彼女にとっては取るに足らない代物だ。なんて事はないままに自然と彼女の脚が上がり、犯人の腕からボキィイッ!と痛ましい音が鳴る。

「あ゛あ゛っ゛!!」

悲鳴と悶えが露わとなる。その隙を俺達狩人は見逃さない。

元より、この国に住んでいる人達は地獄とも称される暗黒時代を生き抜いてきた。ましてや、彼女は将来…常守朱に寛容なわけではないが、特別厳しい訳でもない健全な精神を持ち合わせてもいた。それは偏に、彼女の運の良さもそうだが、実力故のものだ。

まあ…魔改造し過ぎた節はあるんだが、仕方がない。

 

 

「ほいっと」

「ぐああっ!」

「よっ!美しいよ最高だよっ!」

「あらよっと」

「ほがああっ!」

「いいよいいよあーちゃんその調子ィ!たまんないねぇっ!」

「よいしょ」

「うげぇっ!」

「頑張れ頑張れあーちゃん!頑張れ頑張れあーちゃん!よおおおおっ!」

 

 

俺が技をかける度に、一種の煽りのような合いの手が入る。一体全体、誰がこんな子に育て上げてしまったんだ…。

 

 

「終了です」

「いよっしゃあ!」

 

 

何はともあれ、制圧完了。

 

 

「征陸さん、手錠よろしく」

「ったく、相変わらず無茶しやがって…この命知らずのお茶目小僧が!」

 

 

最早定型句と化した反応…寧ろそれは褒め言葉だ。これは大真面目な仕事なのだ。無茶はほどほどにするものだ。

はあああ゛っ…と、溜息混じりの疲れた声を出す。

 

 

「ところであーちゃん。色々と動いたからか、お腹が空きましたね」

「このタイミングで食事の話をするとは…随分と図太いんだね」

「へへっ、生憎と私食べ盛りなもので…ってな訳で、何か奢ってください!例えばラーメンとかどうです?」

「相変わらず君は退屈させてくれそうにないね…」

「この辺にぃ「やめなさい」…むぅ」

 

 

と、楽しい雑談をしていると横から「一体何者なんだね、君は?」との声が聞こえてきた。

「先輩、奴は…」と、口にする者も居る。

 

 

そこで俺は堂々とこう答えた。

 

 

「硬いペニスの泉宮寺です。厚生省国家安全保障麻薬取締局所属、帝都ネットワーク建設の会長と同じ名前の泉宮寺です」

 

 

 




 


メラビアンの法則について何かおかしいなぁ…と思って再度調べ直したら、喋る内容とジェスチャーが異なっていたらジェスチャーの方が優先されるよって感じやったわ。大変失礼した、スマソ。


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