PSYCHO-PASS GOSPEL   作:2Nok_969633

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 勝利への讃歌は美しく散って逝く。よって、私は貴方たちへこの歌を送ろう。隷属を憎み真実を愛する者の為に、強い自由は雄叫びとなって…


『「君は僕を失望させた…だから罰を与えなくてはならない。己の無力さを後悔し、絶望するがいい」』





名もなき怪物は人類の夢を見るか

 

 

 

「お目覚めですか、お姫様?それとも…彼女の自宅に着くまで再び眠っていてもらおうか?」

「こちらとしては、いたずらに彼女を刺激するような発言は控えていただきたいのですが…」

 

 いつから彼女達は、あたしが目覚めたことを知っていたのだろう。

 ハンドルを握っている野芽の冷たい声が、喉元に剃刀を突きつけられるようにして入ってくる。この殺気から見るに、恐らくは血塗れの修羅場を何度も潜り抜けて来たのだろうことが伺える。

 まあ、そんなことはあたしにとってはどうでも良いのだが、ここで下手に暴れて命を落としては無駄になることは確定である。故に、彼等にとって自信が手許に留めておくべき情報源であり続けなければならない。厚生省の連中を利用するというのは、即ちそういうことだ。自分の目的を見失ってはいけない。

 すると、左隣からスッとか細い手が重なってきた。真守滄…彼女は、労わるように、また急に暴れ出すのを防ごうとするようにして抑えて来る。彼女の横顔を見ればどこか人間離れをした人形のようでいて、生気に乏しい。その手の重みは冷たく、まるで死者のようだった。秩父のセメント工場の時もそうだが、この女は、何が合っても表情の一つも変えないのだろう。…あの兄を名乗る人物とは真逆だな、とあたしはふと思いを述べようとして踏み止まった。

 野芽のような殺意もないままに、この女は…誰かを殺す時でも眉間に皺を寄せることもなく、文字通り眉ひとつ動かさないまま執行するのだろう…などと述べるのは、彼女に対して失礼だと思ったからだ。

 

「それに、わたしの家は台場にあるマンションですから、わざわざこうして送っていただく必要はないかと」

「誰かに聞かれたくない話をするには、車の方が都合が良い。…シン・ウルトラマンでもそういうシーンはあっただろう?」

「いや、普通に慣れた手つきで運転している以上、これってあんたの車じゃないの?盗聴器とかそういうのを普通は仕掛けていてもおかしくはないでしょ」

「ほう、テロリストである以前に国外からの密入国者にしては珍しく威勢がいいな…」

 

 野芽がくつくつと笑うようにして喉を鳴らす。あの男のように感情を表に出し過ぎている分だけ、逆に不審に感じられた。

 

「相手は子供ですよ」

「捕虜とはいえ、子供なら尚更純粋で危険だろう。それに、ちょっとしたストレス発散も兼ねているんだ。人は、それぞれに色相とその特徴を持っている。私のような古い人間にとっては、やや抵抗はあるにしても、これを基盤とする社会制度を立て直したことで、日本社会は世界各国と違い再び繁栄し、その維持に勤めて来た。今の時代、精神色相の管理こそがもてはやされているのは事実だ。しかし、多くの難民が国籍取得を望みつつも、いつまでも狭い出島地域での居留生活を強いられているというのに、テロリストの方が手厚い待遇を受けるとは皮肉なものだ…とは、思わないかね?」

「しかしながら、シビュラシステムが判断を下している以上は公的な援助が受けられるといった保証はされています。…失礼ながら、あなたはシステムを疑っているのですか?」

「自らが犯した罪の重さの理解もせずにテロに加担したそこの少女とは違って、私がシビュラを疑っていたら…まずこの場には居ないさ。だが、ブラックボックス化されている演算処理ユニットである厚生省が擁する信託の巫女が、執行をすることもなく挙句の果てには犯罪者のケアまでやってくれるとは…随分と甘すぎるのではないか?とは言いたくはなる。私は言いたいことは言う性質持ちでね」

 

 ごもっともである。それはそれとして腹が立つ。瞬時に頭に血が昇る。自分の犯した罪の重さなど、とうの昔に知っている…誰があんたなんかに、と口を開こうとした時、再び滄が手を握って来た。彼女の真っ直ぐに見つめて来る瞳に免じて、あたしは黙る。

 

「他者への攻撃的言動は、長期的に見て双方の精神色相に悪影響を及ぼします。僭越ながら、今後は慎まれた他が良いかと。…それに、難民の国籍取得と彼女の処遇については別の問題です。ここで乱暴に纏めても議論に得が生まれるとは到底思えません。必要であれば、薬剤を処方いたします」

「そこまで私も落ちぶれてはいないさ。職務に私情を挟むつもりはない。しかし、君はあの惨状を知っているだろう。今回は偶々(・・)我々側に死者が出ていなかったから良かったものの…」

 

 

 ────暫し沈黙。

 

 

「司法取引を交わしたようだが、あまり調子に乗らないほうがいい。お前が何を考えて厚生省に寝返ったのか、それもこの際どうでも良い。しかし忘れるな。私は23名の同僚をお前が仕掛けた自爆テロによって喪いかけた。全員が善良な市民であり、優秀な公僕であり、大切な家族を抱えている。上の意向に対しては従うが…もしも、同じような真似を少しでもしてみろ。次はないと思え」

 

 

 彼女なりの忠告と共に、実験発生時の二瀬ダムにおける堤防と管理施設のいっさいの監視記録だ。後で上司に渡したまえ…と、角砂糖ほどの小さな記録媒体が取り出され、後ろに放られた。

 それと同時に、先ほどの殺気とは打って変わって彼女は「あっ、そうだ」と唐突に口を開き、いつの間にやら彼女もまた滄の手を掴んでいた。

 

 

「ところで君は、同性との性交渉をした経験はあるかね?」

「(ありません。今のところ興味も湧いて)ないです」

「なら、どうだろう。私で試してみるかな?薬に頼るよりもよっぽど健全で、精神的にも満たされるし人間性も豊かになるが」

「…ハッ!ちょっとあんた!運転中にナニをおっ始めようとしているのよ!?」

「ナニって…ナニだが?」

「何『当たり前だよなぁ?』みたいな雰囲気で言ってんの!ってか、よくもまあ前を見ないで運転出来るわね!頼むから集中以前に前を向きなさいよ!」

「安心しろ、既に自動運転に移行してある。…で、どうだろう。ここいらで1発…」

「申し訳ありませんが、わたしはそのようなやり方で色相を維持していませんので。…後、自動運転とはいえ交通ルールや法律的観点から配慮が欠けています。彼女の意見同様、流石に前を向いた方がよろしいかと」

「なんだお前根性なしだな(棒読み)…まあ、その点に関しては私も知っているから別に頭にクることもないがね」

 

 

 パッと手を離す野芽、全く同様の色もない滄。そして威嚇をするように吠えたあたし。奇妙な構図である。日本に来るまで、こんなことになるとは思っていなかった分、調子が狂う。

 

 

「君の精神色相はそこの少女共々、これまで殆ど濁りを見せたことがない類稀なる強さを宿していると聞いている。劣悪環境な廃棄区画出身者でありながら、多くの捜査員が色相を濁らせるであろう麻取の過酷な業務に従事していて尚、一切の色相が濁らない。君は、厚生省派閥にとって、正しく奇跡の聖女と呼ぶに相応しい存在だ」

「わたしは、兄共々職務に従順なだけです」

「あの問題児は兎も角、君は自らの役割に疑問を抱いていないだろう。抱く理由がないほど、正しい道を歩んでここまで来た。大多数の国民と同じように…そう、君はとても真っ当な人間だ」

「わたしはそこまで出来ている人間ではありません。寧ろ、兄の方がそれに該当すると思いますが」

「君が何故そこまで彼に拘っているのか不明だが…一先ず、先程の無礼は許してクレメンス」

 

 

 それにしても…不思議なものだ。彼女の冷静さ、冷酷さはかなりのものだ。先程の会話ですら、心情的には野芽の方が理解出来る部分さえあるというのに、そこまでしてあたしを庇う必要は職務の有無関係なしに必要性があるとは到底思えない。寧ろ、あたしのことを過剰に憐れんでいる甘ちゃんのようにさえ感じてしまう。

 だというのに、暴力を振るう際には一切の戸惑いも躊躇も無いままに容赦なく振るう。

 この麻取の理性的な認識と力のオンオフといったちぐはぐさは、一体全体何処から来るものなのだろうか?あの男や上司が身に付けさせたというのも考え難い。

 あたしは、隣に居る猟犬の正体に興味をそそられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────一方その頃…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前さんと関わると退屈なことが起きないんだよな」

「いや〜それほどでも…」

「褒めてないからね」

「レインボーブリッジが封鎖されたり、地下鉄が勝手に暴走したり…マジであの時は大変だったんだからな?」

「いや〜あはは…その節はどうもです〜…」

「にしても、こうも爆弾絡みの事件が起きるとはな。…マッサージチェア爆弾事件以来無いだろうと思っていたら、こうも立て続けに起きるだなんて、ここは米花町だったか?」

「いや、あれはマッサージチェアの方が異質なだけで…」

「ハッピークソハロウィンが終わったと思ったらこの有り様かよ。…クリスマスの時といい、本当に厄介な事件ばかり持ち込みやがってバカヤローお前ェ…」

「偶然なのか、あの日も雪が降っていましたからねぇ。怖いなぁ怖いなぁ…」

「クモの件では大変お世話になりました!」

「いやいや!こちらこそですよ!皆様のご協力があった上での対応ですから!」

 

 

 俺は千葉での事件が無事に終わった場で、和気藹々としながらも熟練の刑事から探りを入れられている。今でこそ…いや、ここより先の未来では刑事の勘というものは重宝されているが、旧時代には役に立たない場面もあるにはあった。科学技術が発展する前のDNA判定など様々な原因もあってか、そうした事例は国内外を問わずいくつか存在している。有名どころでは、ゲインズビル・リッパーやヨークシャー・リッパーなんかが該当するだろう。

 だが、今ではそうした汚点はシステムの発展と共に改善が見られ始めている。…改善というのも、システムのアップデートにおける事象ありきであって、現場は酷い状況であることに変わりはなく、本当は以前にも増してグロテスクな出来事が犯罪件数の減少と共に反比例の如く増加している。だが、進化とはまさにそういうものだ。退化のように見える事柄にも、理由は存在し得る。

 社会の変化とは、常にそういうものだ。そこで割を食うものにとっては、ふざけるなと嘆いていることだろう。それこそ津波のような絶望感が押し寄せているに違いない。

 であれば、その津波はいつ押し寄せて来るのだろうか?これは発生してからでないとわからないし、わかっていても止めることは出来ない。だが、いつ何時発生してもおかしくない代物であることにも変わりはない。いつ大地震が発生し、甚大な被害を生み出すのか?タイムリミットは刻一刻と迫っている。だからこそ、少しでも使えるものは使っておきたい。例えそれが人であったとしても、だ。どの道、今いる日本国に携わっている官僚共はもう少し年月が経った末に執行対象となるか、そこから逃げ出した先にある廃棄区画へと導かれ、悲惨な末路を辿る運命に陥りやすいことに変わりはない。故に、俺が情報を多少漏らしたところで、結末が変わるということもない。勿論、今現在稼働しているシステムは徹底した官僚主義を目指しているのだから、それこそ情報の内容は機密事項以外での事象のみとしなければならないが、その結論に至るのは極々自然なことであり、その答えに導かれるのは時間の問題であった。

 国を守るとは、国民を守るとは、つまりは未来に託していくための下準備となる屍となるということだ。

 つまるところ、生贄だ。

 そして、それらに携る国民を守る為として要となるのが、社会の秩序を用いて統治する国家の役割となっている。

 国家とは、謂わば檻である。何故なら、組織化された暴力の独占こそが国家の本質であり、それらを管理し閉じ込めておける存在だからだ。その中にある官僚、とりわけ警察機構とは、そのコントロールを自在に制御することを任せられている合法的な暴力装置の一端を担っている。その力を扱える代償として、自らの正当性を立証し慎重に運営することを義務付けられている。

 ただし、それはあくまで昔の話だ。厚生省一辺倒の時代ではあまり効力をなさないものとなっている。そう仕向けているのもまた厚生省上層部、シビュラ運用部局というシビュラの鏡が決めている。

 本音を言えば、省庁同士の争いなどという無駄な柵に囚われたくはない。元より、共感機能における弊害が無ければ、ある程度約束された食料の自動配給と電力の安全確保、そして世界各国の混乱状況からなる覇権国家となった日本において、無理に働く、出世といった概念は最早意味を成さないものだ。だというのに何故か、皆が何も考えたくはないにも関わらず、人の役に立ちたいなどという詭弁を述べて奴隷の頂点を目指し、あまつさえ国の主導権を握ろうと躍起に走る。治安の維持も兼ねてそうした取り組みをする方が確かに合理的ではあるが、その分だけ集団思考汚染というのも起きるリスクは確率的に不可避となり得る。本来であれば有益な筈である都市一極集中型が、実際には不利益にも繋がりやすい…謂わば諸刃の剣であるという事実を、政府並びにシビュラシステムは頑なに目を背けている。

 どちらも実にくだらない。もうそんなことをしている余裕はないというのに…本当に無様である。

 それはそれとして、彼等との交流は実に楽しいものでもある。無論、それは潜在犯も同じだ。どんな考えを持ち、どんなに脳の機能が変化しようと、彼等は部品や歯車なのではなく、1人の人間であることに変わりはないからだ。

 俺には、殺人鬼の特徴のように幾つもの矛盾を抱えた信念がある。

 

 

「ところでよぉ、コレってまだ続いたりするのか?」

「もっとやべぇ事件が絡んでいるだろ」

「報道もどうにもきな臭いしなぁ…」

「公安の動きも慌ただしい」

「そこんところ、どうなんですかねぇ?」

「先輩方!何してんすか!!やめてくださいよ本当に!」

「暴れんなよ…暴れんなよ…」

「警察さん!?ちょっと、まずいですよ!ン何だお前?!(驚愕)」

「オロナイン、抑えろ!(公務執行妨害)」

「何すんだおまっ・・・流行らせコレ!(ステマ)」

「〆サバァ!」

「ん何だコイツら?!(驚愕)・・・・・・ドロヘドロ!(名作)や~めろお前!(思考汚染)チッ!(舌打ち)あ”~もう!(乙女)」

「転校しても無駄だ!!(KMRTKMR)」

「ウザってぇ・・・!(激怒)」

「素晴らし菓子・・・(下北沢銘菓)ウザコン、お前らに、お前ら6人なんかに負けるわけねえだろお前オゥ!(猛者)流行らせコラ・・・流行らせコラ! 郵便屋GOお前放せコラ!(人違い)」

 

 

 カラカラカラカラ・・・

 

 

「何だお前?!(困惑)常守だと!? チッ!(謎の舌うち)」

「しばらくホッとしたろう!!(指摘)」

「コラドケコラ!」

「7人に勝てるわけないだろ!!」

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!!(天下無双)どけお前!コラ!」

「繰り出すぞ!(切り札)フル焼きそば!(大盛り)」

「ゲホッゲホッ!!(致命傷)あ~やめろ!(舌打ち)あ~ヤメロ!!(舌打ち)あ”~!お前らニュートリノだからなお前!(博識)お前らにとりだからなお前!(申東N)」

「そっち持って!」

「放せコラ! ア”ッー!!(クルール)」

「シュバルゴ!(炎四倍)」

「ゴホッ!!(喘息)」

「あ~もう・・・もう抵抗しても無駄だぞ!」

「嫉妬がぁ!(抵抗)」

「鼻糞がぁ!(暴言)」

「やめろォ(建前)、ナイスぅ(本音) ンアッー!」

「オラ!」

「あ~やめろお前、どこ触ってんでぃ!(江戸っ子)どこ触ってんだお前!」

「オラ見してみろよほら」

「お前なんだ男の乳首…チンコ触って喜んでんじゃねぇよお前(歓喜)」

「思った通りいいカラダしてるじゃねぇか!(天地明察)」

「やはりヤバい(分析)」

「エェ!?」

「何だお前ら?(今更)」

「何だお前男、男大好きなのかよ(全笑い)」

「なんだその派手なパンツはよぉ」

「イイじゃねぇか俺のとんかつー…カッテーナほんならよぉ(意味不明)お前らにごちゃごちゃ言われたくねぇぞ!(正論) 」

「もっとよく見せてみろホラ!」

「ンァイ・・・どけコラ!(強気)ヤぁメロこのやルルォこのへん・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~GAME SET~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。助け舟にも思える無線がタイミングよく入った。見るに見兼ねたのだろう…どうやら怒らせてしまったようだ。

 

 

「げっ」

「何だ、デートのお誘いか?」」

「…まあ、そんなところっす」

「…?呼び出しだろ?早めに出た方が良いんじゃねえか?」

「………」

「何でそんな露骨に嫌そうな顔をするんだよ」

「嫌だから以外に答えがあるとは思わないんですか?バカなんですか?死にたいんですか?」

「そこまでの相手とか、一体どこのドイツだよ」

「ドコ中?ヤク中?」

「………東金財団の女王様」

「あ?東金だぁ?」

「…東金だと!?」

「まさかとは思いますが、東金というのは…」

「………あの?」

「その」

 

 

 目が点となっている彼等の隙をいち早く察知した俺は、彼女を連れて一目散に事件現場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 常守葵と旨い屋台のラーメンを食べ、近所まで送り届けた後…呑気にデザートでも食べようかとしていると、車輌の自動操縦システムが外部入力に切り替えられ、瞬く間に加速していく。俺より上位の権限を持っている上に人を操る立場に居る分にはそうした気遣いは無用だとしても、もう少し手加減をしてもらいたいものである。…やれやれだぜ、と俺は軽くぼやきながら、持ち合わせていた本を手に取っていた。

 

 

 暫くした後、キキッと特有の音を立てて1人の男を乗せた車輌が止まる。本来であれば、人が立ち入ることも待ち合わせることも不可能な場所であるここは、旧地下鉄浅草線、銀座線、大江戸線の近くに存在する旧国税局跡…かつてここは新橋や銀座、築地といった都市部の賑わいを見せていた場所の1つだったが、今では見るに耐えない廃棄区画となっている。加えて、ここはその中でも医療廃棄物のマークがあちこちに貼られている、閑古鳥が鳴いているどころか誰1人として人が入ろうとすることはない危険な場所とした認識されている。

 このようなセーフティネットは2050年頃に終了した地下開発計画の影響もあって、とりわけ一般人以外の人々、ビフロストや官僚の一部、密輸入等の違法なものに携わっている人達などの、所謂物好きな輩は多数所有していることが多い。よって、こうした穴場を使うことは暗黙の了解となっている。シビュラもシビュラでこのような本来の意図とは違った使い方をされている、謂わば必要とされていない場を潰すこと自体は簡単ではあるが、準備不足かつ必要以上に介入したところで得はないと認知している以上、廃棄区画同様ある程度は放置しているのが現状だ。そも、記録というものが存在しない。故に、シビュラ自身もそこに付け入る隙が生じるという利点もあるし、何よりもそうした連中の大半はどの道潰されることが確約されているに近しい為、どう転ぼうがお構いなしとしていると言っても過言ではない。

 故に、順番が狂うことは万に一つもありえないのだ。全ては、最大多数の最大幸福を実現する為の過程に過ぎない。

 

 

 手順を間違えれば即廃液混じりの汚染水が流れ込むようになっている階段を下り、ホログラムで偽造された壁のスイッチを押す。そうして開かれた旧地下鉄の駅改札に通ずる地下通路を越えて線路を渡り、いくつかの手順を踏んで国立がん研究センター中央病院の方向へと進み、1つの地下施設へと入る。

 人はシビュラシステム関係無しに立ち入り禁止であるという看板を立てただけでは、効力を持たず近付くものが多数存在してしまう。

 だが、こうした心理状況は意図も容易く改善することが可能だ。例えば、ビーチにて『サメが出現します!危険ですので入らないでください!』というメッセージを、立ち入り禁止という文字の下に大きくわかりやすい形で看板に書いたとする。すると、これだけの文章で大半の人が去っていく。

 サイコロジカルオペレーションを利用した、いかにもという名の胡散臭い空間。国交省の取り組みを杜撰にしたことによって生じたおまけと、東都ネットワークの力を存分に扱って作り出した、地図に映ることすらない秘密の会合を行うスピークイージー。シビュラシステムを運用する上で必要とされる精製された特殊な超純水に対して何らかの障害が発生した際におけるレシピの保管場所、及び予備として設けたセーフティネット、並びに彼等との密会場所でもあり、囮を誘き出す為の罠を貼る場所でもあるそこから、透き通った声が響いてきた。

 

 

「遅い」

 

 

 上下共に黒い装い、そしてそれを覆う純白の白衣、紅が目立つ彼女が、足を組みながら黒塗りのソファに座って居る。その姿は、さながら白衣の天使とも呼ばれたフローレンス・ナイチンゲールに瓜二つだった。

 

 

「どうもです、東金美沙子医院長」

「どうもじゃないでしょ。私が戻れとわざわざメッセージを送ったというのに、あまつさえ助けた恩を仇で返すだなんて…一体全体何を考えているつもり?しかも何でフルネーム呼びなのよ…鳥肌が立つわ」

「あー…本名呼びについては、これから自我が消えるであろうあなたに対しての餞別の意味も兼ねてですよ。それにほら、メッセージに関しては通信が途切れていたので…それこそ千葉って何もないじゃないですか」

「しらばっくれても無駄よ。それに、千葉に関して言えば某ネズミーランドくらいはあるでしょ」

「アレは東京」

「ドイツ村もあるわ」

「アレはドイツ」

「チーバくんのチーバくんだって真っ赤に染まっているじゃない。チバニアンなんてものもあるわけだし、歴史も落花生のように豊富にあるわ」

「真っ赤に染まっているのは、過去の三里塚闘争他含めた事例に関係する政党の影響と台風の時だけですよ。あと彼が誇らしげにしていた朕やお豆は、奇しくも温暖化とハイパーオーツの影響で沈みました。もう2度と勃ち治ることはないでしょうね。地盤沈下も酷い有様で大変ですよ?おマメ クリクリ… クリッ! じょわ~。なんて音が似合うくらいには」

「天然ボケのあとに毒を浴びると、中々に効くわね」

「ガスだけにですか?それとも、これが本当の反知性(反磁性)ってか?」

「………」

「………」

「元素記号Iと掛けまして愛と解きます。その心は?」

「どちらも昇華して消え失せるでしょう。宜しく候」

「………」

「………」

「クソみたいな問答ね」

「チーバくんの頸椎や脊髄からはヨウ素が滅茶苦茶取れるんで、へへっ」

「…そのまま命綱無しで潜っていれば良いのに」

「水に溶けにくい分だけ楽しいもんですよ。試しにやってみます?」

「あなたのそれは、中枢神経なんてものがないただの天然よ。軽くて柔軟でふわふわして漂っているだけの、取るに足らない代物じゃない」

「失礼極まりないですね!!微妙必須元素ですけど!?包接性や殺菌性もありますけど!?」

「…穢らわしいわね。あなた、かなり匂うわよ。いえ、匂うだけじゃないわね…触れただけでも燃え上がりそうだわ。インターネットじゃあるまいし…まるで地雷よ地雷」

「黒く染まりすぎましたかねぇ。強化プラスチックと反応した分だけ燃え上がることもありますしおすし」

「ニンニク臭いわ」

「なっバカな!?アレだけ消臭をしたのに何故!?」

「嘘おっしゃい!!どうせわざわざツッコミをさせる為だけにマシマシで頼んだ挙句、消臭すらしていないとかそんなところでしょうが!!」

 

 

 ポコポコと鳴り響くヤカンの音に負けじとスパァアアン、という効果音が的確な指摘と共に心地良く入る。

 

 

「…」

「…」

「テヘッ」

「…チッ」

「あの、なんだろう。。。ものすごく蔑んだ目で見るの、そろそろ辞めてもらっても良いですか?」

「シビュラも同然であるこの私に、こうまでして喧嘩を売るってことは、あなた自身の生命を賭けても良いと…そういうことで良いのかしらね?」

「それって脅しの道具じゃないんですよ」

「それ私の台詞」

 

 

 この絵面は精神面を安定させる為にちょうど良い。免罪体質者ほど、嫌がらせをするには打ってつけなのだ。あなたも想像してみると良い…槙島聖護の眉間に皺がよる姿を。それだけであなたはご飯が何杯も行けるだろう。

 

 

「…はぁ、まあいいわ」

 

 

 少し時間が経って互いに人間性を取り戻した後でコーヒーを嗜んでいる最中、彼女が口を開く。

 

 

「ところで、あなた…私との性交渉については検討していただけたのかしら」

「ブハッ!」

「やだ、汚いわよ。あーあー…もう、つまらないことで赤面しないでくださる?」

「ゲホッゴホッ…ンンッ。《Don't be shy over peanuts.》とかけてくるのは、少し卑怯なんじゃないんですか?」

「私だって仕返しくらいはしたくなるものよ」

 

 

 全くあなたという人は…的なお決まりの台詞を彼女がブツクサと吐き捨てながらティッシュを何枚か取って拭いている。ああは言ってはいるものの、こうやって俺の調子を崩してくるのは何回かはあった。その分だけ落ち着きを取り戻すことに関しては早くはなっているが、いつだって予測は付かないものだ。…やはりどうにも慣れないものは慣れないのである。

 

 

「ってか、その件に関しては何度も丁重にお断りしているでしょうが!」

「なら言い方を変えましょう。私と共有結合する気はない?」

「………Hやないかい。叡智に言い方を変えただけで、一旦火が付けば爆発するだけのHやないかい」

「槙島君。エッチなことはね、相手の事を理解すればするほど、気持ち良くなると私は思うんだ」

「幾ら先輩で東金医院長からの誘いといえど、その身なりと風貌で悍ましい台詞を言われたら興奮よりも恐怖が勝るのですが…」

「悍ましいとは失礼ね。私だって1人の人間よ」

「この人にあの漫画は貸さない方が良かったか…」

「ふふっ…発禁本となったチェンソーマンがこれほどまでに面白いものだとはね。…迂闊だったわ。やはり若さとは侮れないものね」

 

 

 実際の所、これがマキマさんだったら気持ちいいことをしていたかもなぁ…なんて淡い夢を思っているのは秘密だ。当然、この東金美沙子にもその魅力が備わっているのは事実ではある。上から目線に思うかもしれないが、疑う余地もない程に彼女は妖艶な魔女そのものであることは間違いないのだ。

 

 

 ただ、それはそれとしていかんせんキツいものがある。

 

 

「ってかあんた、もう35を超えたでしょ。無理はしない方が良いですよ?」

「35歳を超えたからといってSEXをしてはいけない…だなんてことはないわ。司法的にも、道徳的にも…ね」

「うん、まあ…肉体的な年齢は別に良いんですよ。寧ろ、最高じゃないですか。…ただ、その年齢で『なあ、暁。私に挿れてもらうことできるか?前と後ろ、両方から攻めてほしいんだけど』とか『ちゃんと知っておきたい。これから私の性奴隷になる変態の本当の姿を』とか『暁ちゃんのツルツルは確定!よろしくお願いしまーす(*´ー`*)』とか、挙げ句の果てには『もう赤ちゃんが作れそうな身体だね』とかを誘い文句にするのだけは辞めてくれませんかね!偶に寝ようとしていたタイミングでオホ声を送ってくるのとか、アレ絶対わざとでしょ!!」

「あら、あなたってこういうのが好きなんでしょ?」

「いや好きですけど!何か違うんですよ!」

「ったく、面倒臭いわね。四の五の言わずにヤりなさいよ!」

「理不尽!『お尻見せなさいよ!』のイントネーションで言われるのもクソ怠いし!」

「私の何が不満なのよ!」

「全部!そうして無理をしているところも含めてですよ!」

「私は無理をしていないわ。普通に本心から言っているだけよ」

「だったら尚更東大卒をもっと良い方向性で活かすようにしてくれませんかねえ!後もう少し実験には気を遣いなさいよ!頭は良いのに変なことばかりに拘るから、実力の『じ』の字も発揮しないで失敗作ばかり作ってこちらとしては大変なんですから!後処理をする身にもなってください!ってか、あなた『アルジャーノンに花束を』とか色々と所持して読んでいたでしょうが!あの作品から少しは学んでくださいよ!」

「あらあら嫉妬とは醜いわね!所詮あなたが向いているのは芸術家よ!無様ね!お似合いだわ!ましてや実験も碌に出来ない分際でそんなことを言うだなんて、みっともないわよ!」

「やーい!三十路になっても結婚もお付き合いも出来ないウスラトンカチ処女女郎!」

「はぁ!?20を超えても童貞を貫き通す人の気持ちも女性の恋心の気持ちもわからないクソ野郎に言われたくないんですけど!」

 

 

 何故我々はこんなふざけたやり取りをしているのか。それは単純明快…息抜きである。それはそれとして…

 

 

「不毛すぎません?」

「あなたにとって必要なコミュニケーションをやらされる身にもなってごらんなさいな」

 

 

 …それに、どちらかと言えば無理をしているのはあなたの方じゃない、と耳元に近付いて小声で呟いてきた。こういうところが余計に心臓に悪い。免罪体質者でも心があることを知っている。心が壊れているか、キャパシティが異常なだけで…まあ、それを心がないと言うのであれば仕方がないのだろうが、俺はそこも含めて人として認めてはいる。

 

 

「…相変わらずですね」

「それを言うならあなたもでしょ?多方面に敵を作ってばかりで、一体全体どうするつもりなのかしら」

「別にどうもしませんよ」

「ただでさえ色相が濁りやすいというのに…そうまでして自分が可愛いの?」

「ええ、帰ったら真っ先に自身の筋肉と対面するくらいには」

「本当に呆れるわよ」

 

 

 コーヒーのおかわりは要るかしら?という彼女の声に、是非と答える。一対一の対話。特別なことを言うわけでもない、俺達にとっては何てことのない、特殊な意味すら持たないただの普通の、他愛のない会話。

 

 

「ああ、そうそう。あなたが欲しがっていたデータ…一応経過観察と共に渡しておくわ。目を通しておきなさい」

 

 

 そうして渡された紙の束は、何重にも重なっていてそれなりに重いものとなっている。ジェームス・ファロンが照らし合わせたデータのように、CT画像やMRI、及び他の機能との比較を表した画像をペラペラとめくり、グラフや結論部分とを照らし合わせる。

 

 

「…やはり前頭葉を無理やりにでも弄るってやり方、やめませんか?まるで、人工的に天廻龍シャガルマガラを作ろうとしているかのような無茶振りだ」

「バグを解決する為の手段だったとしても、あなたならそう言うと思っていたわ」

 

 

 ────オプトジェネティクス。科学における光学(optics)と遺伝学(genetics)を融合させた学問領域を指す。通称『光遺伝学』とも呼ばれるそれは、2005年に光応答性蛋白質であるチャネルロドプシンを用いて、神経細胞の活動を光で制御する研究手法が報告され、06年にオプトジェネティクスと名付けられた。具体的には、チャネルロドプシンやハロロドプシンなどの光応答性の蛋白質を、培養細胞や生きた動物の脳に導入し強制的に発現させ、それらの細胞や脳に特定の波長の光を照射することで、標的の神経細胞を興奮及び抑制をすることが可能になる。さらには、神経細胞のネットワークの構造や機能を解明できることから、以降、脳神経科学分野を中心に、オプトジェネティクスを使った様々な研究手法が用いられることとなった。また、オプトジェネティクスの手法は、光を使って神経障害に関わる脳の神経ネットワークを調節する機能がある他、喪失した視力などを回復させたりするなどの応用力に関して可能性があることから、治療のみならず他分野をも巻き込んで研究が進められている。

 無論、サイマティックスキャンを応用したことによる後天性免罪体質者に関してもこれは例外ではない。涅槃を摂取した人間には、脳内に特定の分子サイズにおけるバイオプリンタが形成される。そこに、サイマティックスキャン実行時において特定波長の光をトリガーとして反応させることで、報酬系や衝動に関わるニューロンの活動を一時的に抑制させる。

 要するに、通常の人間に関する脳の機能、及びそれらに至るであろう思考汚染状態において、行動履歴を潜在意識を含めて把握し参考にしつつ優先とした上で裁こうとするその時、瞬間的に免罪体質者にする。これが一連の仕組みである。

 

 

「仮に人工的にサイコパスが作れたとしても所詮はソシオパス、間接的にシリアルキラーと化す人間と変わらず、また免罪体質者のような天然物にすらなれず、通常のサイコパス同様執行対象となる。我々が求めている結果とは程遠い。サイコパシーが高い人間が指揮に向いているのであれば、それは旧世界の仕組みと何ら変わらない」

「ただの人間には興味が湧かないもの。それはあなたもわかるでしょ?犯罪係数から逃れられた犯罪者だからと言って、普通の人殺しや狂人がシビュラを目指すものになるなんてことはまずあり得ない」

「ええ。だから別の手段で脳を根本的に変える必要があった。だが、それは不可能だった。ならば、脳自体を変えるのではなく、それに携わるであろう構造に関わる機能の仕組みを変えなければならなかった。その結論を導き出した我々は、後天性免罪体質者を強引に作り出す仕組みを生み出して、数多の人間に施し、計画を実行へと移した。もし、特異体質の発生メカニズムが思考汚染のように理論化出来るのであれば、その対象は計測不能の例外存在ではなくなるからだ」

「そうすれば、我々が織りなす社会自体が、後天性免罪体質者の魂の在り方そのものを理解することが可能になる。同系統たる偽物の獣達全てを例外なく既知の家畜へと変化することが出来る。そうなった時、〈帰望の会〉だけでなく、色相を欺瞞しようとする反体制勢力の大半が瞬く間に葬り去ることが不可能ではなくなる」

「で、結果として至った人物が彼女(・・)だったとして、果たして彼等の元まで辿り着けますかね?…試すにしてはあまりにも無謀、無茶極まりない下劣な行為でもありますが」

「その無茶を飲んだ…いえ、私達よりも乗り気になっていたあなたこそが真の実行犯よ。私が行ったことなんて、あなたがやったことに比べれば雲泥の差も良いところ…せいぜいが共犯者ね」

「その返し方、まんまモノホンですよね」

「その返し方、本当に退屈だわ。まあ、彼女達はどんな姿になったとしても、何れあの場…その中心へと導かれることでしょうから」

 

 

 そうでしょ?と首を傾げながら髪の毛をクルクルと弄ぶ。可愛げのある仕草と共に聞いてくる彼女は、相変わらず人の心を演出することに関して容赦が無い。全く、こればっかりは敵わないな、と感じながら再びコーヒーを静かに啜った。

 

 

「…」

「沈黙は肯定…とはよく言うものね。故に、私はあなたを信じている。あなたはあなたで、彼女達をあの場へと祀りあげる気なのは元よりわかっていたことだから、尚更余計に…ね」

「はい。それについては嘘偽りはありませんからね」

「普通の人間であればそうはしない筈なのに…何故なのかしら。彼等にもその理由を明かしていないのよね?」

「ええ。無論、あなたにも教える気はありません。サイマティックスキャンを使用しても読み取れないように硬く封印しましたから」

「…残念」

「そうは見えませんが」

「酷い男ね」

「寧ろ優しいと言ってくれませんかね。俺はこう見えて慈悲深いんですよ?それもかなり」

「仮に本当だったとしても、自分からは言わないものよ。それこそ、美徳に欠けるもの」

 

 

 互いに見つめ合いながらも、腑を見せ合う。

 

 

「あなた達は情がないようで居て、情があるような立ち振る舞いをするから困る」

「あなたは情があるようで居て、情がない立ち振る舞いをするから私達が困るの」

「それは好都合というものでは?少しは息抜きも必要でしょうに…」

「いえ、もうあんな要件を聞くのは2度とごめんだわ…」

「あなた達は実に独特で多角的な感性をお持ちだ。…いつも驚かされますよ。自身の意見を全くと言っていいほどに曲げないし、曲げることすら知らない。にも関わらず、いつも本質を付いてくる」

「彼等、今頃ホクホクしているわよ。もうホクホクする顔がないけど」

「まだ脳を取り出していないにも関わらず、寸分違わず一言一句全く同じ回答をするとは…思いもしませんでしたよ。サブシステムやCPUで拡張されている分だけ知能が大幅に上昇したのにも関わらず皮肉という言葉を知らない、なんてことはないですよね?」

「皮肉であろうと、我々をただの人であると評価する人材は稀なのよ。あの場は自己なんてものはないのだから…」

「それは地獄でしょうね」

「その地獄に彼女達を送ろうとしている時点で、あなたはろくでもない人間であることに違いはないわね」

「否定はしません。…実際のところどうなんでしょうね。1つ聞きたかったんですよ。あなた達は天国や地獄を信じるのかって」

「あった方が面白そうだけど…私からしてみれば、あの場所こそが天国でもあるわ。神様ってそういうものじゃない?」

「あなた達はあなた達という存在そのものを無くした方が良いのだから、そのように感じるのは無理もないでしょうねぇ…。それこそ望んで手に入れた代償では?」

「須くあなたはあなたのままで居てほしいわね。一体全体どんな施しを受けたらそうなるのかしら」

「育ちのせいですかねぇ」

「…私が言うのも何だけど『Harmony』の言葉を借りるわ。『あなた方は程々ということを知らない。勢い余ってその信仰を我々に押しつける。だからこうして我々も闘わざるを得なくなる』」

「…それ、融通性皆無な癖してイキっているあなた達にだけは言われたくないです」

 

 

 フッと互いに互いを笑う。

 

 

「ええ、だからこそ私も、彼女達も、そして彼等も例外たり得る存在なのよ」

「…あなた達がやることです。どうせ何か良からぬことでも企んでいるんでしょう?あなた達がやることは全て碌でもないことばかりだ。ああ、わかるとも。あなた達も、そしてあなたもそういう人間だということは…十分承知の上だ。そして、あなた達がそういう人間であると知っていて、それに対して良くはないと思っている気持ちが私にあるとわかっていても尚、話し合いの場を設けて打ち解けているのも」

「今更ね。もう何年もそうしてきたじゃない」

「あなたも屁理屈がお好きなようで」

「いつの時代も世迷言ばかりが蔓延っている。私がそれを述べたところで何かが変わる訳ではないでしょ?」

「とは言いつつ、あなたもまた何かから抗っているように見受けられますが?」

「無駄だと言うのに…相変わらずね」

「無能には無能なりのやり方ってものがあるんですよ」

「生まれながらにして聖人(罪人)だと認定されている私に説法をかましても、どうにもならないわ。虚しくなるだけよ」

「それでも、私にはやらなければならないことがあるんですよ」

「少しは楽な道に逃げなさいよ。このままだと、あなた…自滅するわよ」

 

 

 勿体無い、と言わんばかりの物言い草だ。

 

 

「逃げてますよ…信念を曲げても曲げなくても変わらないんですから。いずれ、あなたもそうなる。だからこうなった」

「あなた、そういうところは頑固よね」

「…それはあなたもでしょ」

「お互い苦労しているわね」

「私はあなたのそういうところが本当に嫌いです」

「あら、私はあなたを結構気に入っているわよ?それこそ好意を持つくらいに」

「何だかんだ言って、あなたは人を信じていますよね。その部分に関しては尊敬しています」

「あなたが人を信じていなさすぎるからそう見えるだけよ。いえ、違うわね…あなたは人を信じている度合いが大きすぎる。しかしながら、人の性質を知った気で居るから行動に移せるということかしらね」

「家畜と称しておきながら?」

「家畜だからこそよ。あなたならよく理解しているはずでしょうに…」

「ある意味ではシビュラと同じってことです。まあ、私の場合は猿真似なのであまり意味はないでしょうが」

「ええ、あなたは本質的に言えばシビュラとは到底かけ離れた所に居る性質持ちでしょうからね」

「何を今更…私はごく普通の一般人と同じ立場の人間ですよ」

「あなたって人は本当につまらない男になった(・・・・・・・・・・)わね」

 

 

 もしかしたら、俺と彼女は逆の立場になっていたのかもしれない。上から読んでも下から読んでも、それは須く本音ではあったのだ。

 

 

「一先ずデータは渡したわ。この続きは数日後に取っておきましょう」

「ありがたいお話なのですが、仕事が溜まっておりまして…出来ればまたの機会に」

「あら、連れないわね。無能さん」

「…」

「………私が言うのも何だけど、あなた、こんなので興奮するだなんて異常者よ?ひょっとして、免罪体質者より異端じゃないかしら」

「失礼ですねぇ!性分なんですから仕方がないでしょ!」

「例えそれが興奮しているふりだとしても?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、俺は何も返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中島らもは、このような言葉を残している。『「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある』…と。

 

 

 『Garbage in, Garbage out』という言葉をご存知だろうか?

 これは、欠陥のある、または無意味な(garbage)入力データは無意味な出力を生み出すという概念である。直訳をすると「ゴミを入力するとゴミが出力される」ということになる。即ち、「『無意味なデータ』をコンピュータに入力すると『無意味な結果』が返される」という解釈にも繋がる。

 これはある種の皮肉でもある。そう…これこそ正に、シビュラシステムそのものではないか。

 

 

 真実というのは、こんなにも嫌で元気が出ないものなのか…と、熟痛感する。

 

 

 ハリウッド映画でお馴染みの展開、世界には「勧善懲悪」の物語が氾濫している。具体的な例で見れば、実写化されたキングダムの映画は正にその典型だ。

 流れとしては大体同じで、世界を「悪」が支配していて、それを「善」が正そうとするが苦戦し、「もうダメだ…おしまいだぁ…」という間一髪のところで主人公側にのみ形勢が逆転し、善が悪を倒して世界に「公正さ」が回復する。こうした物語はシュメール神話にも見られることから、少なくとも5000年以上前から語り継がれて来たお決まりなのだろう。

 

 しかし、この世界に善や悪といった概念は存在しない。あるのは、そこで起こった事象…つまるところ事実だけだ。

 

 これは何も、創作に限った話ではない。真実なんてものは、その実ろくでもない代物なのだ。

 

 例えば、民主主義には多くの構造的欠陥がある。民主政府自体は、たいして能力も徳も高くない民衆が選んだ人物が運営するのであって、寡占政府より立派でも効率が良いわけでもない。

 しかし、民主政治下においての狙いとは、民衆が積極的に政治に参加し、法と個人の権利が守られた中で各自の利益が最大になるように経済活動に勤しむことだ。

 このことが、活力のある「人」を生み出し、国全体も力を持つようになる。

 但しそれは、民主主義に参加している人のレベルに左右される、という前提があり、かつ民主主義を運用することを国に所属している人間全員が、全ての学びを蓄積し知った上での内容だ。加えて述べるならば、そんな民主主義ですら、人類史上まだ比較的マシな部類である文化である…ということも念頭に置かなければならない。

 

 つまり、人が運営する社会では、人が要となる。これは、至極当然のことだ。

 だが、全員が全員民主主義に参加出来るほどの才能があるか、と問われれば、それに関する答えもまた否である。

 

 我々もまた同様である。俺も含め、大半の人々はPSYCHO-PASSの作品に出てくるような優秀な人間ではない。そも、優秀な人間ばかりがゴキブリの如くわんさかと湧いてきたらそれこそ気持ちが悪いだろう。

 

 故に、巡り巡って官僚主義が生まれるのは時間の問題であった。つまるところ専門化や階統化された職務体系、明確な権限の委任、文書による事務処理、規則による職務の配分といった諸原則を特色とする組織や管理の体系が重要となる。

 より簡潔に述べれば、リスクの分散と安定を取得する為にはこれが1番手っ取り早く効率が良かったのだ。

 

『どこかの誰かが愚かな人類どもと言ったとして、その人類には当然自分自身も含まれている。人間について知りたいと思ったら人間を見ているだけではいけない。人間が何を見ているのかに注目しなければ。君達は何を見ている?僕は君達を見ている。信じられないかもしれないが、僕は君達のことが好きだ。昔からよく言うだろう?愛の反対は憎悪ではなく無関心だ。興味が無いのならわざわざ殺したり、痛めつけたりはしないんだ。…余計なことばかり考える』

 

 では、俺達はそうした物事に参加出来ない社会的弱者を切り捨てるべきなのだろうか?

 これもまた、答えは否だ。

 そも、弱者を切り捨てないようにと遺伝的にも社会的にもシステム化してきたそれらの構造を、今更変えるといった許可は降りていないし、例え許可を与えられたとして、それを担う決定権が我々に与えられることはないのだ。生物としての進化、とりわけ人における進化とは、実に人権に配慮された神秘主義的なもので支えられており、そこに人為的な付け入る隙があるということ自体が到底許されることではない。そこまでして人間を辞められるほど、我々は強い存在ではない。何故なら、我々もまた弱者の血を受け継いでいるからだ。

 故に、我々は弱者を切り捨てることは出来ないし、しようとすらならない。どんなに自己肯定感が低くプライドが高い人達が弱者に対して戯言を述べようと、現実は同類でしかない。我々はその痛みを引き入れつつ、互いに適度な痛みを発散するべくして存在している。

 しかし、単なる好き嫌いで決めてしまっては、人間の本質として見ればそれはそれで豊かではあるが、おいそれとその通りに罷り通って行ける程の能力も持ち合わせてはいない。

 そんな我々ですら、必死こいて走り続けなければならない。赤の女王仮説のように立ち止まることもまた、決して許されていないのだ。

 繁栄や発展の根本を支えているのは、紛れもなく経済や文化といった人類が積み上げて来た様々な物理現象、即ち遺伝情報物質だ。それらを前提とした上で本質的に述べるのであれば、社会とは、どんな弱者であったとしても1人の人間が1人の人間としてしっかりと生きていける世界を築くことを理想としている。これこそが、我々の望んだ結果であり、過程に至る為に課せられた贖罪であり本質である。

 

 現に、データで見れば2020年頃には、犯罪自体の件数や残虐な事件といったものは、暗数も含めて減少傾向にある。

 

 であれば、尚のこと弱者は弱者同士で結託しなければならない。にも関わらず、我々は過度なまでに結託をする人間を選んでいる。そして、我々は致命的なまでに嘘を吐き、残酷なまでの暴力と自然現象に支配されている。元々、人類が自然に身を任せて取捨選択し、適者生存してきた流れがあるにも関わらずだ。

 

 生物の根本に存在する原理、それは繋ぐ力のことだ。人類に限れば、人と人との精神や肉体との繋がりを断たないようにするものだった。シビュラシステムがそうであるように、例え言葉が無くとも、互いに心というものを理解し合い、安定を齎すものとして成立することを目的としていた。

 

『われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか』

 

 それは、相対的に見ればいかなる野生の環境下よりも、隣に居るであろう人間の方が危険だとかなり前に学んでいるからだ。そうした性質に対抗する手段として、自衛のために相手が何を考えているのかを予想するという、所謂コミュニケーションを取らなければならない。

 おまけに、狩猟民族から農耕民族へと変わって行った時、そこには格差が発生し、人口が増えていくにつれてより複雑化されていく。元来、警戒していた嘘吐きや協力しない個体を排除する傾向は、社会が発展していき相手のバックグラウンドがわかりにくくなればなるほど効力が薄まっていった。

 進化心理学で読み解く人類の驚くべき戦略というものは、こうしたつぎはぎの繰り返しで出来ている。性悪説によれば、元より人間は嘘吐きであるという前提の上で成立していることからも、そうした根本的な事実があることが伺える。

 遥か昔のことを話題として掘り出すのであれば、糖尿病が良い例だろう。人間は、血糖値を上げることには特化しているが、下げる能力には特化していない。これは、古代において飢餓に耐えてきた個体が適者生存によって淘汰が発生したことで偶々生き残り、その個体が子孫を残した。過激なことを言えば、病気というものは発症していると認知されていなければ問題ではないのだ。その他にも、多々ある難病にも同様の点が含まれているという点も踏まえて考えれば、この説明は立証されやすい。

 

 

 より簡潔に述べれば、発症する前にその個体は死を迎えていた可能性が高い…ということだ。

 

 

 だが、人間はこういった事象すらも克服しようとしてきた。

 しかし、そうした経済や文化、今までの遺伝的資質が揺らいだ世界に再び陥ってしまったことで、人は生きてはいけなくなった。死が近付いたことで、何かに縋る他なかった。だからと言って、今まで築き上げて来た仕組みそのものである経済、文化、科学、宗教、倫理…ありとあらゆる人間が生み出した藝術そのものを排除することは出来ない。

 何故なら、進化とは本来長い年月をかけて徐々に浸透していくものであるからだ。

 俺がかつていた世界ですら、民主主義と官僚主義が合わさった社会は衰退の一途を辿った。この世界では、さらにそこに格差における経済の崩壊が畳み掛けるようにして押し寄せた。

 人々は、痛みから逃げるようにして暴れるだけの野生へと戻った。或いは野生であることを捨て、人類であることすらも忘れて、人に関して興味や関心を持たなくなってしまった。

 人類は、痛みを知らなければならない。

 痛みというものを、思い出させなければならない。

 何故そういうことをするのか、と。

 明日は我が身であるということを、ありとあらゆる人間の脳みそに刻みつけなければならない。

 では、どうすべきなのか?

 

 

 今までの神が頼りないのであれば、別の神を作ってそれらと戦われせれば良い。つまるところ主義という名の宗教戦争だ。簡単に述べればグノーシス主義の誕生である。人間の本質である創造、維持、破壊…日本で言うところの守、破、離というやつだ。

 

 

 シビュラ自身、孫子の兵法書の言葉を借りて常守朱にこう引用した。『友は近くに置いておけ、敵はもっと近くに置いておけ』…と。

 

 

 それに対する俺の回答はこうだ。『一つの神が安定を求め陰と陽に分極した。相反する二つは作用し合い森羅万象を得る』

 

 

 政治に関して最も有力的かつ最大の公益を得るには、絶対に間違うことがない独裁主義の設立だ。だが、そんなものは現実には存在しない。であれば、それに近しいものに成長する他手段がない。

 

 

 我々は、再び進化しなければならない。

 

 

 俺が思う進化の本質とは、こう定義している。

 それは『複雑なシステムを分割して単純化し、安定した状態で供給に望める状態を目指す現象を指す。加えて進化とは、死者に呪われる副産物でもある』

 

 

 天秤と剣を手にし目隠しをしたユースティティアがどれだけ微笑みを浮かべようと、正義(システム)は終わりを迎える。

 

 

 ならば、進化というシステムそのものも捨てなければならない。全てを捨て完璧に至る他解決する以外に、人類の歩む道は残されていない。

 

 

 人類は、共感系が壊れる以前から過剰な学習過程を得るために人の行動を模倣するように予め設計されている。

 

 

『俺はとなりのトトロを作ったぞ!さあ、子供達よ!野山へと走れ!』

『お前の嫁はこんなうんこをしているぞ!さあ、見るんだ!』

 

 

 バカと無知から醸し出される調和の取れた精神…その光景たるや、実に美しいではないか。正しくアートである。

 

 

 正義とは何か。正義とはその場しのぎの価値である。正義のないところに自由はない。自由のないところに正義はない。肉体という名の器、精神という名の監獄がある限り、人は人として生きることは許されない。

 

 

 いつの世も、どこまでも現実が押し寄せて来る。故に、物事や事象はナスカや飛鳥が発見されたように、上から俯瞰して見なければならない。尚、ソースはない。

 

 

 正義は武器と良く似ている。武器は金を出しさえすれば、敵にも味方にも買われるであろう。正義も理屈を付けさえすれば、敵にも味方にも買われるものである。

 

 

 そんな世の中で、賢人政治なんてものを望むのは至極傲慢である。幽霊、風水、占い等といった根拠のないものから、科学、システム、数学といった具体性のあるものに全てを押し付ける。そのような行いは愚行に過ぎない。しかし、その愚行が人を成長させるのだ。

 

 

 この世は思い通りにはならないものだ。

 これは過去の出来事ではあるが…例えば、俺が好きなことを好きなように書きたいと思い調べに調べ尽くして、それでもわからないまま現状を書くしかないと言って筆を取ったとしても、有名人が「このお店のこの料理が美味しかったな」とか「この本…オススメです」などといった短文を書くだけで、その瞬間には負けが確定してしまう。

 とりわけネット文化が発展すればするほど、その流れは加速し、明確に差が開いていくのだ。

 これを解決するには、愛に逃げなければならない。

 しかし、長く生きれば生きるほど、現実とは嘆きにも似た苦しみと痛みと虚しさだけが漂っていることに気付く。愛を守る為に、別の愛との闘いが発生する。これらは因果関係にあり、切り離すことは出来ないのだ。

 

 

 かつての偉人もまた、こう唱えている。『道徳の支配なくして自由の支配を打ち立てることは出来ない。信仰なくして道徳に根を張らすことは出来ない』…と。アレクシ=シャルル=アンリ・クレレル・ド・トクヴィル著作の『アメリカのデモクラシー』だ。

 

 

 よって、道徳を破壊するのもまた共感である。道徳のジレンマとは、進化という名の『善と悪のパラドックス』に他ならない。最も温厚で最も残忍な種とする、ホモ・サピエンスに相応しい特徴だ。

 共感に喚起された利他主義とは、その実没道徳的なものとなる。エゴイズムに塗れた衝動的で取るに足らない空っぽの愛に等しいのである。

 

 

 なればこそ、夢を夢で終わらす訳には行かない。

 

 

 免罪体質者からの脱却、即ち免罪体質者に全てを委ねることを辞めて自らが成長することを選ぶか。

 

 

 或いは、免罪体質者とそうでない人達との差を埋めるか。

 

 

 免罪体質者とそうでない人達との差を理解させるか。

 

 

 自身が免罪体質者へと進化するか。

 

 

 俺は選ばなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「将軍…あんたは言ってた。『俺達に明日はない。だが、未来を夢見ることは出来る』と…。けれど、俺達が必死に生きようとすればするほど、未来は遠くなっていった。もう生きている内には無理だろう。…だからこそ、今始めなければならない。自分の中の鬼を捨てて、今日より良い明日を築く。それが俺の…俺達の生きた証になる。そうだな、将軍」

『そうだ。コレが俺達の選んだ選択だ。贖うものの魂の耀きを、死んでいった者の証を無駄にするな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりと終わりは同じところにある。

 天国でもあり地獄でもある、この理不尽で残酷な世界。

 その外側の世界に居ることで、見えるものがある。

 だからこそ、未来は変えられる。

 ありのままの世界の為に最善を尽くすこと。他者の意見を尊重し、自らの意志を信じること。

 

 

 それが俺たちの意思であり、務めである。

 

 

 

 

 

 

 

 

『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────愛とは何だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの答は正しい。その通りに行いなさい。そうすれば、生命が得られる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に、俺は…俺達は、あるがままの姿を保っている世界を守る為に、今ある社会を揺るがす物事全てを壊すのだ。

 世界はまだ子供なのだ。その為には、人は人を無理矢理にでも捨てなければならない。

 弱者や強者という概念すらない。善や悪といった相対的価値観を排斥することで、極めて全能で絶対的な存在へと成るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────そう、人から人へ…神へと至るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦2118年、8月。

 

 

『あなた達に期待しています。私に心を委ねなさい。私達が目指す新世界…約束の地を目指して』

 

 

 隊長────砺波によるクリアリングが始まる。外務省職員の脳に埋め込まれている、オフラインでも使用可能な超小型マイクロチップ。味方同士であれば視覚、音声、地形等全ての情報を補助し伝達させる役目を持つそれに、砺波が瞬時にハッキングをし、精神を分断していく。本来であれば、ハッキング他含めた緊急時の際には、チップに搭載されている機能が全停止するのがセオリーだった。機密レベルも当然高いというだけあって、その運用方法は慎重に行われていた。

 だが、開発時に用意されていたバックドアまでは完全に塞いではいなかった。例え塞がれていたとしても、それはそれで別の強行手段があった為、状況が変わることはなかった。機密情報というものは、内部の人間であればあるほど、対策方法を持ち合わせている。

 センタービルに待ち伏せをしている外務省の職員に、独自の計測が行われていく。

 

 

 それと同時に、公安局の主要武器である犯罪係数の測定も行われた。

 

 

《携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター・起動しました・犯罪係数・オーバー999・執行モード・リーサル•エリミネーター・落ち着いて照準を定めて・対象を…対象の脅威判定が更新されました・犯罪係数0・執行対象ではありません・トリガーをロックします》

 

 

 互いが互いを計測し合う。

 

 

「監視官!ドミネーターは使えず、敵は重武装で襲撃中!」

『我々を止めたければ、そんな役に立たない鉄屑よりも、今所持しているであろう銃を使うといい。引き金を引けば弾は出る』

 

 

 その言葉に、常守朱が反応する。

 

 

『まだだ、まだお前の役目は終わってない…』

「何なんだ…こいつら」

 

 

 ────光が当たるところには、必ず影がある。

 

 

「んおっ!!すっげぇ俺好みな美人さんが居るぅ!!やべえって!!俺には眩しすぎて目が痛いっすよ!!」

『花城フレデリカ。狡噛慎也を直接外務省にスカウトした海外調整局の人間の1人だ。ただでさえ、人口減少もある中で外務省も人材不足。優秀な人物ならば、喉から手が出る程に欲しいだろう。宜野座伸元を含めた執行官のメンバーも、何れは引き抜かれるかもしれないな』

「はぇ〜…俺もこんなボンッキュッボンなドスケベ姉ちゃんにスカウトされる人生だったらなぁ」

『…悪かったな』

「にしても、いかんせん状況が悪いっすねぇ」

『劣勢だが、時間稼ぎは可能か?』

「こういうのは柄じゃないんすけど…どうします、俺1人でやっちゃいます?」

『その方が良いだろう…ここは任せた』

「全部隊へ告げる、やはりここに文書はない。繰り返す、ここに文書はない」

「やはり…ねえ。まあ、実際のところそれは計画通りとはいえ…物の見事に空振りをする立ち振る舞いを行うともなると、結構心に来るものがあるんすけど。少しは現場のことも考えてくださいよ」

『こればっかりは許せ』

「ったく。これじゃ飼われていた時と何も変わってねえ」

『であれば結構…訓練より苦しい実戦はない。現場は天国確定だ、安心して任務にあたれ。首尾はどうだ?』

「問題ない…ターゲットAを確保した」

「ターゲットBも確保済みだよ」

『よくやった。皆、撤退せよ。基地へと戻り次第、次の作戦と命令系統を伝える。アメンドメント、カラシニコフ共々それぞれの役目を果たせ』

「了解〜」

「了解」

 

 

 




 


…で、味は?


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