PSYCHO-PASS GOSPEL   作:2Nok_969633

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故に、作れるのだ。(コピペペタペタ)





神は妄想である。

 

 

 

『全ては、成しうる者が為すべきを為す為に。

常に悪を欲し、常に善を告げる。

あの力の一部、即ち法律や制度というものは、永遠の病気の様に遺伝して、脈々と受け継がれていく。親から子、子から孫へと伝えられたそれは、ひいては人を超えた国から国へと徐に移り動き、伝染していくものである。

故に、政治の本質とは権力であり、政治において最終的な決め手となる手段は暴力である。加えて、暴力を用いて地上に絶対的正義を樹立しようとする者は、手下という人間的【装置】を必要とする。よって、政治及び手段としての権力と強制力に関係する人間は、悪魔の力そのものと契約を結ぶものである。

また、大きく正義を行おうとする者は、細かく不正を働かねばならない。大事において正義をなしとげようとする者は、小事において不正を犯さなければならない。

主は言われる。さあ、われわれは互に論じよう。例えあなたがたの罪が緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。もし、あなたがたが快く従うなら、あなたがたはこの国の良い物を食べることができる。しかし、もし拒み、背くのであれば、あなたがたは剣によって滅ぶだろう』

 

 

 夜空の空気を切り裂くようにして重量を感じる機体が、大胆な音を立てて移動している。その内部、殺風景なカーゴスペースには私を含めた公安局の人間、宜野座伸元、須郷徹平、外務省の花城フレデリカ、狡噛慎也、そして雑賀譲二先生がそれぞれ座っていた。

 

 

 高度一万メートルもの上空にいる分だけ、ピリピリとした空気が肌に触れる。

 

 

「主犯格の情報は?」

「隊長は砺波と言って…」

「お前に聞いているんじゃない!」

 

 

 私は「(相変わらず仲がよろしいですね)」と心の奥底で思いながら、平常心を保つようにしていた。今更振り回されるにしても、彼女達シビュラシステムよりかは遥かにマシだからだ。

 …いや、マシではないな。

 半ば30過ぎの男が理由があっての帰国をしたのは百歩譲って良いとしても、この空気感は明らかに不自然である。

 言うなれば「すまんな。色々とやらかしたけど、一身上の都合で戻ってきたやで!心機一転!昔のことは水に流そうや!改めてよろしくニキ〜www」といった、それこそ槙島聖護のような精神状態の図々しさを漂わせている。仕事とはいえ、自然体のままに溶け込んでいること自体が異常だというのに、当の本人はそれに気付いていない。いや、ほんの少しは気付いてはいるし、気にかけてはいるが…一周回って気にしていない。

 巷ではゴリラとか呼ばれているけど、ゴリラのように繊細ではない生き物こと彼は、果たしてどのような反応をするのだろうか。…まぁ、大体予想は付くけど。どうせムスッとするしかないんだろうなぁ。

 

 

「…」

 

 

 不貞腐れたようにしている顔そのものが、何よりの証拠そのものだった。やはり、彼は鈍感である。…本当に朴念仁だ。多分、六合塚さんや志恩さんが居たら呆れながら笑っているんだろうけど、私達はそうはいかないし、そうも言っていられない。

 

 

「では、私が」

 

 

 見るに見かねたのか、フレデリカさんが口を挟む。流石、国内外を問わず汚れ仕事を引き受けて来ただけはある。彼女の精神性は高く評価したいところだ。…勿論、冗談である。

 

 

「砺波告善。適性診断に従い、18歳で国防軍に入隊。長らく海軍特殊部隊に所属。これと言って目立たない真面目な男だったそうよ。上官の推薦でピースブレイカーに転属、それ以降の情報はない」

 

 

 良いお年を迎えた大人であれば名付けることは到底考えられないだろう名前を、一体全体誰がその名前を考えたのか、痛々しすぎるその名前に疑問を持たぬまま何故いいよとGOサインを出したのかすらよくわからない、『ピースブレイカー』という如何にもな厨二かつ胡散臭いキラキラネーム。

 省庁の汚点を体現した組織、その正式名称を【外務省海外調査部現地調査隊】と呼ぶ。厚生省大臣官房であり統計本部長でもある慎導篤志、そして外務省海外調整局局長である矢吹省吾を始めとしたメンバーを創設者とする秘密部隊。

 5年前に解体されたとされていたが、現在も独断で活動中である。その実態は、外務省の強硬派が破壊工作の為に海外に潜伏させた部隊であり、それと同時に別の汚れ仕事を引き受けていた特殊部隊である。かつて、シビュラシステムが正式に稼働する前に適性外として海外に排出した日本棄民や、少数精鋭の公安局では対処することが出来ないような反シビュラ組織を武力を行使して抹消させるよう命じられた他、時には現地のゲリラを扇動させて共倒れを誘発させるなどの行為を促し実行へと移した、法や倫理の概念を捨て去るよう強制的に言い渡された現代の生贄。

 私達、厚生省公安局刑事課を光とするのであれば、彼等は…旧日本人をも含めたありとあらゆる危険な要素を殺して消す、日本国を守る為に形成された、謂わば闇の実働部隊。

 

 

 そして今は、平和を求めながらも偽りの平和を破壊する、制御不能の暴力装置…獣の名である。

 

 

 そう…彼等は犠牲になったのだ。

 

 

 古くから続く因縁…その犠牲に。

 

 

 今の日本が生まれた時からある大きな問題…それが彼等の生き様を決めてしまった。

 

 

「何も、ですか?」

 

 

 その言葉に対して、長い沈黙。

 

 

 私は、出世したことによっていくつかわかることが事象に交えて総じて増えていた。機密情報の閲覧…それを知る為の権利を得れば、否が応でも目に付くことが多くなってしまう。そしてそれは、霜月監視官が、脳の生体排出の技術や移植手術を閲覧したように、ハッキリとした記録となって保存されているものだ。

 

 

 それは、東金美沙子と東金朔夜のような歪な親子関係すらをも超えるものとなって蔓延っている。この国で行われている悍ましくも危ないネタの数々、これはシビュラシステムの国外輸出も含めての事柄である。

 

 

 この際、言葉を濁さずに述べよう。今現在、この国で起きている厄介絡み、所謂国をも巻き込んだ大きな事件は大抵内ゲバによるもので占められている。

 

 

 今回の出来事に関して言えば、元よりピースブレイカーに至る全ての任務は極秘事項だ。それ故に、外務省や厚生省上層部が、組織にとって都合が良いことは言わないように真実を覆い隠していた。加えて、肝心の要であった指針であるシビュラシステム自体が、その事態を全くと言っていいほどに把握していなかった(・・・・・・・・・)のだ。これらの要因に対する不信感と、日本人を含めた同族殺しが重なり、彼等を目覚めさせてしまった。

 この条件下で色相を濁すこともなく狂うこともせず任務を遂行しろ、と言う方が無理があるだろう。そも、シビュラシステムの判定の有無に関わらず自覚ありきで殺戮の限りを尽くせば、任務であろうとなかろうと、余程のことがない限り免罪体質者を除いて色相が曇るのは確定だ。人を殺せば殺人者、ひいては精神色相が濁れば、直様潜在犯として処分されるのがオチである。偏に命じられた人達は優秀な軍人で占められている為、こと命令に関しては非常に敏感だ。そんな中で、厚生省や外務省などの省庁上層部だけが手を汚すこともなく命じるだけ命じて人を捨てていくというのは、あまりにも面白おかしい滑稽話にしか聞こえてこない。そんな人達とは、付き合える筈も無い。

 至極、傲慢である。これで人を信じろと言われる方が、無理な話だ。

 彼等は人という種、日本という国、国を守る仕事、日本人そのものを捨てて、生まれ変わらなければいけなかった。死、再生、再臨。かつて、救世主と呼ばれゴルゴダの丘で処刑された男のように。

 かつて、須郷さんが所属していた名護基地において発生した反乱、大友逸樹の死を利用した妻燐が招いた事件…フットスタンプ作戦において生じた乱れと嘆き、仇討ちのために戦い方を学びたいと狡噛さんに懇願したテンジンという少女とその家族、いや…それ以上に積み重なるようにして絡まってしまった、酷く歪で醜いまでの同様の構造が原因となった問題と非常に酷似している。

 

 

 こうなることは目に見えてわかっていた筈なのに、誰1人として疑問を持たなかった。故に、これらの出来事が起きることは必然だった。

 

 

 結局のところ、厚生省、外務省、国防省、経済省、過去を述べれば警視庁も含めた省庁間同士の争いによる人間の根深いところにあるであろう業、それ以前に生じていた棄民政策による犠牲が生んだ軋轢だ。それは、例え色相や犯罪係数といった市民を守るシステムがあろうとも、未だに根本的なものとして蔓延っている。

 

 

 あちらを立てればこちらが立たず、世の中はいつだってトレードオフ、全てが水の泡へと帰すのだ。

 

 

 組織を守ろうとすれば、争いは避けられない。国民を守ろうとすれば、生贄は避けられない。世界を守ろうとすれば、ありとあらゆる破壊は避けられない。他者を助けようとすれば、そこには必ず利己的な愛が芽生え、分断が生まれる。過度に利他的であれば、暴力や恐れ、信仰に繋がり、対立構造の溝が深まる。挙げ句の果てには、戦争へと発展する。残虐性は、更に過激さを増していく。

 

 

『天に順う者は存し、天に逆らう者は滅ぶ』

 

 

 朱い意図…感情、即ち共感とは、正義でもあり、悪にも繋がるのだ。例え、法という名のシステムがあろうと、それは変わらない。

 

 

 道徳の時期が四季と同じようにして移り変わるように、総じて人間は、その狭い本性の中に愛と憎しみという二重の感情を必要とする。人間は昼と同じく、夜を必要としないだろうか。

 よって、愛とは人間の本質である。つまるところそれは暴力であり、それを偽るが為の演技が必要となる。これは嘘も方便…物事をスムーズに運ぶためには時として嘘も必要である、といった意味に近く、また、嘘吐きは泥棒の始まりという対義語があるように、それと等しい状況が生じることとなる。故に、愛は別の愛をも殺すのだ。

 

 

 …ジャララ、とイヤリングが鳴る。

 

 

 重い。空気が、重力が、愛が、現実が、全てが重く苦しくのしかかっている。

 

 

 それに耐え切れなかった狡噛さんが「おい」と、口を開いた。覚悟を決めろと言わんばかりの圧は猟犬の頃から変わらないどころか、更に迫力が増し、磨き上がっていた。刑事の勘も健在なようで、正に切れたナイフである。その緊迫感が放たれた分だけ、私達は警戒を高める。

 

 

「────ええ、そうよ。…あるのは、彼が実行した記録だけ」

 

 

 破壊が追いかける。決して、目を逸らしてはいけない。緊張感を拭うことは、我々には許されていない。

 魂に言葉を刻め。

 そうして、デバイス越しに流れてきた映像を皆が一斉に確認にあたる。

 

 

 ザッザザッ…と音が鳴る。

 

 

 東南アジア諸国連邦。

 上空から颯爽と登場した、ステルス仕様の多用途戦闘機、彼等は『ミカエル』と呼んでいた。

 レーダーに見つかりにくく、電波吸収にも特化した航空機。生き物のように滑らかな機動を可能とした、所謂可変翼機というものだろう。

 そこから、殺意無き狩人が現れる。

 ものの数秒で現れる黒い翼を持つ死神達。これが義務だと言わんばかりの背筋の通った一本の剃刀が、地へと落ちる。

 発狂しながら赤黒い光を放ち執行する姿…「エ゛クズベリア゛ア゛ア゛ーーーーッ!!!!」「おマンさんのはブーブー。おいどんのはチギュア゛ア゛アア゛アア゛アア゛ア!!!!」と叫びながら、相手の武器を持つ腕ごとチェストして切りにかかるところから始まったことを除けば、執行する姿は正に猟犬のそれに匹敵する。

 

 

 家畜を殺すかのように素早く処分をする、機械仕掛けのオレンジがそこに居た。

 

 

 場所は中国の上海へと移る。そこに詳細な記録が残されていた。

 

 

 赤黒い光の矢。黒金の鋭利な銃から放たれた硫黄の雨。滅びの象徴。それは、私達にも通ずるものがあった。彼等が持っていた銃は、ドミネーターのような形状をしていた。それらは、対照的な光となって相手を貫き、指や腕、時には生殖部分をボロボロと硫酸を浴びたかのようにして溶かしていく。エリミネーターよりも残酷かつじんわりと侵食していく光景は、恐怖を植え付けるそれだ。

 

 

 とりわけ、身体の一部分…命を奪わないようにしているであろう処置に至っては、丁寧に武器や腕だけを処理している。医療現場においての的確な切断をするかの如く、計算された施しが催されていく。予めそうなるように設計されているのだろうか、尚のこと酷い有り様が映されている。

 

 

 朝鮮人民共和国跡地、男の大事な逸物が切り落とされ、女は子宮が剥き出しの状態となっている。何らかの実験をするかのようにして白衣姿で現れた人物等が、遠くにぼやけているのが見えた。

 

 

 旧マクマホンライン地区。世界紛争の惨劇場所の1つであり、今も尚、大量の血が流れて止まない地獄と化した戦場。今度は銃撃戦の様子が映されていた。正確に心臓を狙う狙撃…痛みは一瞬だと言わんばかりに的確に急所を撃ち抜く彼等は、ゲームのキャラクターのように次々と処理をしていく。そこに迷いや葛藤はない。

 

 

 中東。第二の世界紛争の現場。過去、戦いから逃れようとアジアから押し寄せる難民と、それらを徹底拒否する欧州諸国の狭間はいつだって混沌に満ちていた。元々、民族主義者勢力による難民排斥が横行する一方で、逆に反体制勢力や宗教原理主義者たちが難民の人々を戦闘員として取り込んでいたと伝えられている、誰も近寄りたがらない複雑怪奇な地だ。戦術小型核の使用もあってか、世界紛争は欧州諸国をも巻き込んだ内戦によって滅んで行った。

 その再現とも呼ぶべき度し難い行いを、まじまじと見せ付けられる。処刑される民兵の指揮官を皮切りに、一斉に射殺していく。ここいらで脱落者が出ていてもおかしくはない。

 

 

 旧ロシア西部クルスク州。戦火に晒された歴史のある土地。遺体を積み上げた山が火事となって、生贄のように捧げられている。モスクワだった地では、永眠しているであろう兵士に対して機械の解体を行うかの如く、人々には見せられないような解剖が行われていた。口など要らないと顔の筋肉を剥ぐだけに止まらず、歯を抜き歯茎を露出させるといったその残酷な所業を行う姿に、言葉が出ない。

 

 

 フランス凱旋門跡地。エッフェル塔が崩れ去った街では、虐殺の文法が放たれたかの如く、大勢の人々が暴れ、再建を目指していた街が壊れていく。善人に戦争をさせているような悍ましい惨劇は嘆きとなって、かつての栄光は最早何処にも感じられない。自由、平等、博愛は皮肉と化している。

 

 

 元アメリカ合衆国、反サイマティックスキャンNGO跡地。北米暫定自治政府の役人共の首が、花壇に植えられている花のように丁寧に並列化されて並べられている。脳みそはぐちゃぐちゃに解き放たれて開花しており、骨が剥き出しとなった状態で晒されている。

 

 

 南アメリカ、オーストラリア、アフリカも例外ではない。ピースブレイカーが立ち寄ったほぼ全ての紛争地域は、今までの比ではないまでの…かつてないほどに暗黒で残酷な、血みどろの世界が広がっていた。

 

 

 何故だ、何故こんなふざけたことを…!?『命の大切さ、重さを知っている。それは何があっても、絶対に無くしてはいけないよ』って言っていたのに…!!

 

 

 ふと我に返ると、突如として脳内に電流が走った。記憶の片隅に塞がっていた蓋が外れかかり、そこから異臭が解き放たれるようにして溢れ出る。その瞬間、お婆ちゃんが持っていた本の台詞が頭に蘇って来た。

 

 

『これはこれは大旦那さま、またお見回り御苦労さまで、 そして手前どもまでお心におかけ下さって、私如きにも悦んでお会い下さるから、御家来の間にまじって、また罷り出でました。御免下さい。御一統さまには馬鹿にされるかも知れませんが、どうも私には気取った口はきけませんので。気取ってみたところで、あなたに笑われるのが落ちでしょうから。それとも、もうあなたは笑うなんてことはとうの昔にお忘れでいらっしゃるかな。日がどうの、星がどうのということは、一向にわかりませんが…ただ、いかがですか?この人間界の修羅の有り様は。人間という、この世の小さな神さまは、昔からずっと同じ性質で、天地創造の日以来、奇妙なことをやり続けています。いっそ、あなたがあいつらに天の光の照り返しをおやりにならなかったら、あいつらももう少しマシな暮らしができたかもしれません。あいつらはその照り返しを理性と呼んで、どんなけだものよりも、もっとけだものらしく振舞うために、その理性を利用してるんです。あなたの前だが、この人間というやつは、いつも飛んだり跳ねたりしてはいるが、たちまち草の中にもぐって昔ながらの歌をうたう肢の長い蝗虫のように思われてならない。草の中でおとなしくしていりゃまだしもだが、溝さえ見つけりゃ、鼻を突っこみやがる』

 

 

 ただのタンパク質と化した燃えカスが、ミサイルの衝撃によるブラックノイズに掻き消される。

 

 

 タンパク質…?燃えカス?あまつさえただの肉塊だと頭に過ってしまった思考に、私は驚きを隠さないでいた。瞬時に、思考を元に戻すべくして、画面へと集中する。────ブラックノイズからの回復。暫し、画面の乱れ。世界各地におけるピースブレイカーが齎した被害状況が、再び映し出された。

 

 

 復興していく平和な地域とは対照的に、未だに紛争が続いている地域では地獄のような惨状が相次いで発生している。

 

 

 意思のない空っぽな人々が、無惨な姿のままで自然と一体化した夥しい数の命となって、文字通り無垢となり消え、昇華した。

 

 

 失われた感情の代わりに(アレキシサイミアスペア)放たれた一撃は、世界が泣くには十二分すぎるものだった。

 

 

 極め付けはこれだ。東南アジア連合、SEAUnにおけるシャンバラフロートの建物が遠方に見えている。…奇しくもその場所は、私が狡噛さんと再会した戦場という名の荒野に似ていた。

 

 

 血のようにドロドロとした赤黒い部隊が、人だった何かを運びながら呪いを撒いている。

 

 

 閲覧をしている私達に、当たり前のようにして怒りが湧く。されど、彼等はそれすらも欺けていく。お前の本当の腑の奥底から出たものでなければ、人を心から動かすことは断じて出来ないのだ、と告げているかのように。

 

 

 そこには、憤怒も不公平もなく、さらに憎しみも激情もなく、愛も熱狂もなく、ひたすら義務に従う人間が居た。

 

 

 帰国者…旅をしながら略奪をし続ける、戦闘民。必要な戦力として優秀な子供を攫っては、薬や暴力によって洗脳し、兵士として作り変える残忍な集団。かつて、棄民として捨てられたからこそ、日本に帰り着くという目的の為にはありとあらゆるもの、その為ならば自身の命すらをも犠牲にする人達が居たことを思い出す。その亡霊が持ち合わせていたであろう怒り…人間の皮を被った本物の獣の姿を。

 しかしながら、それらに通ずるであろう同等の感情は、とうの昔に捨てられていた。しかるべき仕事をしようという人間は、その仕事に最も適した道具を使おうとするものだ…とでも言わんばかりに、誰であろうと平等に接している。

 

 

『父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる』

 

 

 私は、もしあの惨劇の場に居たら、多分…言いたいことはそれだけか?と尋ねるだろう。いつも愚痴をいいに出かけてくるのか。地上のことは永久にお前の気に入らないところなのか、と。

 

 

『仰せの通り、大旦那、相も変らず全然気に入りませんですな。人間どもが来る日もくる日も苦しんでいるのを見ると憂鬱です。意地悪をしてやろうという気がなくなるくらいなんだから』

 

 

 そうしてあの人(・・・)は、心の内に静かな、かつ密かな闘志を隠しながら燃やすのだ。

 人間は努力をする限り、過ちを犯すものである。だから、焦ることは何の役にも立たないし、後悔は尚更役に立たない。焦りは過ちを増加させ、後悔は新しい後悔を作るだけだ。そう、『ファウスト』の物語で学んでいる筈なのに…彼は止まることを知らない。『わたしは疲れた魂を潤し、衰えた魂に力を満たす。そうすれば君達の勝利が約束される。神の愛が無限であるように、神の怒りもまた際限がない。…兄弟よ、この世の邪悪に鉄槌を下せ』と、告げるかの如く、魂を揺さぶり、奮い立たせ、あらゆるものが一個の全体として織り成していく。ひとつひとつが互いに生きて働いているのだろう。

 

 

 私は、頬に流れた一粒を皆にバレないように拭った。

 

 

 雨が降っている。雨が降つてゐる。

 

 

 雨は蕭々と降つてゐる。

 

 

 祝福の雨が降り注ぐ。歌声が脳裏に響く。全ての死者を悼む喜びの歌。世界の真実、痛みがそこかしこに散らばっている光景をノイズが掻き消すようにして生まれた、哀に満ちた歓喜の歌が聞こえて来る。抗え、苦悩しろ、我々に進化を齎す糧として、と言った慈悲の言葉が頭に過ぎる。新世界の設立を願う、無垢なる祈りを口にした彼女達の本当の姿が、ただそこにはあった。Verweile doch du bist so schön…彼等の感情が蘇る。

 

 

「『まだ日は暮れない。働けよ、あくことなく、そのうちに誰も働くことのできない死が訪れる。この世すべて濁るとき、清めるは己れだけ、人々みな酔えるとき、正気なのは己れひとりだけ、されば追放の身となった』」

「114514」

「1919810」

「暴れんなよ…暴れんなよ…」

「信じられないかもしれないが、僕は…お前のことが好きだったんだよ!」

「愛の反対は憎悪ではなく、無関心です…」

「やっぱ好きなんすねぇ(呆れ)」

「あくしろよ」

「お ま た せ」

「俺もやったんだからさ」

「†悔い改めて†」

「俺の犯罪係数か?見たけりゃ見せてやるよ」

「犯罪係数810、執行対象です」

「ファッ!?ウーン…(心停止)」

「そうして俺は黒く染まった…」

「Y A J U & U」

「澄み渡った空に白線!あの地平を越えて!」

「すっげぇ白くなってる。はっきりわかんだね」

「わかってないけど、わかっているんだ」

「AI史における、最大の汚点」

「君達は何を見ている?僕は君達を見ている。つまり、ホモはホモを見ている。よって、ホモはホモ」

「やはりホモしか勝たん」

「ストレスを受け入れろ。この世に生きている証を…」

「生きているって…素晴らしい」

「One for all, All for one」

「逝キスギィ!イクイクイクイク…ンアッー!」

「ゼェハァ…ゼェハァ(ホォン!)…アアッ!ハァッ…ハッ イキスギィ!(ホォン!)イクゥイクイクゥィク…アッハッ、ンアッー!!アァッアッ…アッ…ハン、ウッ!!…ッア…ッアァン…ッアァ…アァ…ッア…(絶命)」

「人は生きているだけで、気付かぬうちに他人を傷つけている。人が存在し続ける限り、同時に憎しみが存在する」

「例え利己的な遺伝子であろうと、人が平和を望んでいることに変わりはない。…しかし、その一方で争いを望んでもいる。その二つを持ち合わせている、生まれながらにして罪と罰を背負う生き物…それが人たる所以だ。不覚にも、傲慢な我々は平和を心の底から望んでいるが故に、争いだけを摘み取ることは出来ないのだ。それを目指せば、鯔のつまり…人でなくなるという事に他ならない。不運で理不尽で不器用だからこそ、何かを守る為には何かを犠牲にしてしまう。平和を追い求めると同時に、争いを求めてきた現実がある。これが全てだ。力があるから争いを望み、力が無いから全てを失う」

「痛みを感じろ」

「痛みを考えろ」

「痛みを受け取れ」

「痛みを知れ」

「神ィ!私は、神ィイ!!」

「あなたが神か?」

「失礼ですが神としての証は」

「僕が、新世界の神となる…!」

「やはり神!」

「神だ。やっと神と…」

「では後は、神の召すままに…」

「削除!削除!削除!削除!削除、削除削除ォォォォオオ!!」

「削除削除削除削除削除削除削除削除削除削除削除… 」

「神!私は仰せの通りに!」

「あんたなんか神じゃない…クズだ!」

「俺は宗教なんかに興味ねーんだよ!二度とくんじゃねーよ!」

「うびびび」

「暇を持て余した神々の遊び」

「いったい神は何を望んでおられるのか?神は善良である事を望んでいるのか?

それとも善良である事の選択を望んでおられるのか?

どうかして悪を選んだ人は、押し付けられた善を持っている者よりも優れた人だろうか?」

 

 

 首から先がない死体(仔羊)を祀るその祈りは、正しく野獣の咆哮だった。

 

 

 そして私は、彼等の所業に対して思い当たる節があったことを疑うことなく捜査を進めていくこととなる。

 

 

 彼等と対峙して抱いたそれは、益々確信へと変わっていく。

 

 

 私は悟った。これは新たな挑戦なのだと。

 

 

「獣の群れを野に解き放ってしまった。この責任は取らねばならない」と、慎導篤志は口にしていたが、私はそうは思っていなかった。

 

 

 獣の群れ、野生。即ち、野獣…それは、表向きの口実に過ぎない。

 

 

 私は惑わされることがないように注意を払いつつ、このように解釈していた。

 

 

『正義とは、己れにふさわしきものを所有し、己れにふさわしきように行為することなり。我々は、善なるもの全てを支持し、善ならざるもの全てに反対する。俺たちは鬼だ…神をも喰らう鬼だ』

 

 

 会ったこともなければ顔も知らない、金八先生のようなエセ漢字漫談を説法のようにクドクドと言う、時代錯誤のウスラトンカチ。五月の蝿と書いて五月蝿いと呼ぶに相応しいその人は、機械で作られた巨大な彫刻《かまえる蜘蛛》のオマージュを白く纏って、私にこう語りかけてきた。

 

 

『遺伝子は単独では生存できず、個体を作るために他の遺伝子と協力し合わなければならないのだから、単独の単位たり得ないだけだ。

それ故に、弱さとは罪である。我々は、それを受け入れた上で乗り越えなければならない。

しかし、人類はその弱さに対して目を背けている。弱さが信念を曇らせ、道を誤らせる。証拠に基づかない信念、即ち信仰とは世界の最も大きな悪の一つで、ウイルスによるものよりも根絶が難しい疫病である、とはよく言ったものだ。

“もう誰も、真剣に神様や教会のご機嫌なんて気にして生きていない”… 思想家であり古典文献学者でもあったニーチェの言葉だ。更に、彼は“神は死んだ、しかも我々が殺してしまったのだ”という言葉を残している。これは、現代では科学が発達しているために、信仰が役に立たないどころか、必要性がないことを意味している。だが、人類はその始まりから今まで人間はなぜ存在するのかという疑問に答えを見つけられずにいた。どんなに高度な科学を持ち合わせても、誤った宗教も、自分の頭で考えようとも、時代がどんなに進んでも、人間はなぜ存在し、いかに生きるべきかという問いには明確な答えを用意されてはいない。

そもそも、考えたところでろくでもない答えが出るだけだ。ならばいっそ、自身の頭で考えることを放棄した方が賢い選択であると言わざるを得ないだろう。

しかし、それでは旧時代のいざこざと何ら変わらないことを意味している。

かつてのキリスト教では弱体化することが善とされ、努力することが悪とされてきた。そうすることで、兎に角民衆が勝手に動くことを阻止しようとしたのが狙いだった。その結果、自分で考えるという人間の尊い能力が損なわれた。

皮肉にも、人類は再びその時代へと戻ってしまった。否、今も昔も根本的には何も変わっていないのだ。

矛盾があることはまだ良い。矛盾があるからこそ、人は葛藤し前へと進むことが出来る。それこそイレギュラー…一般倫理に囚われない特徴的視野を持つ免罪体質者たり得るもの、何かが致命的に欠けている代わりに、別の何かが特出した特徴を持つ人物が存在することこそが何よりの証だ。

だが、その矛盾を放置することは、それ即ち…この世に再び災いが起きる可能性を孕んでいることと同義である。

君が何かを訴えようと、特定の人物以外は誰も気にしないし、気にしようともしないのと同じようにね。

人は愚かで尊いものだからこそ、美しいのさ。

では…刑事である君に、敢えて問うてみるとしよう。

果たして、今のシビュラシステムが行なっていることは、数ある宗教や失敗してきた主義と大差があるだろうか?

イギリスの進化生物学者、或いは動物行動学者で有名なクリントン・リチャード・ドーキンスは、かつてこのように引用した。

“我々の多くは宗教を無害なナンセンスだと考えている。信仰はあらゆる種類の証拠を欠いているが、松葉杖を必要としている人たちの安らぎとなることができる。どこが危険なのだ?と。

2001年9月11日以降、全てが変わってしまった。寧ろ、その危険性は天然痘や黒死病を含めた歴史が証明していたというのに、誰もがそれらを忘れてしまっていた。宗教信仰は無害なナンセンスなどではなく、致命的に有害なナンセンスとなり得るのだと。宗教は、人々の持つ正義感に強固な信念を与えるために危険である。他人を殺害することへの抵抗心をなくし、殺人への誤った勇気を与えるために危険である。異なる伝統を持つ人々に、敵というレッテルを張るために危険である。そして宗教は、特別に批判から守られるべきだという人々からの奇妙な賛同を得たために危険である。忌々しい敬意を払うことはもうやめるべきだ。我々は、自然選択の実質的な単位である遺伝子という名の器に過ぎない”と。

日本にだって、そうした信仰やそれに伴った主義、生物的側面が原因となって歪となってしまった人達、或いはそうした人達によって発生した事件があっただろう?炭疽菌やサリンをばら撒こうとした宗教団体、内ゲバによる大学生リンチ殺人事件や首相暗殺、暗殺未遂事件、元幹事長の強制起訴案件、偽装献金、学生運動、ありとあらゆる裁判問題、天下り先のみならず起きている各界隈の汚職、誹謗中傷による炎上、デマ、フェミニスト同士の争い、根拠もなく何かと反対を訴える人々、中世におけるゴタゴタ、ひいては武装集団によるテロや革命なんかが良い例だ。

つまり、権力となり得る暴力はひとつの機関に集中させてはいけないのだ。歴史には敬意を払うべきだ、と君が述べたことがあったように、歴史を軽視した試みは全て失敗した。

歴史を忘れた民族に未来はない。

人間は、神に似せられて作られたという。そして、グノーシス主義という名の真実(笑)に目覚めやすい性質持ちだ。だからこそ、有象無象な俺たちが人間そのものの真似事を行なうことで、より本質的な進化を促そうとしているだけさ。勿論、その進化とは生物学的な意味合いではない。どちらかと言えば突然変異や変態の方ではあるが、人から神へと成長出来るのであれば何であれ、お見事だ。結果さえ良ければそれで良い。

俺のクソ親父も言っていただろう。“そろそろ人が神に似ても良いのでは?”と。

それで嫉妬深いヤンデレメンヘラ暴君の神へと至ったのであれば、所詮はそれまでの生命体だったというだけのことだ。何も不思議なことではない…ろくでもない《焔》なら消えて当然である。

深遠な宇宙や生命の数十億年にわたる進化の理解、生物の分子的な解明は、神話や疑似科学よりも遥かに美しく、驚異の世界を我々に教えてくれた。人間の基礎はDNAであり、DNAは肉体を構成する設計図である。多くの人々はDNAが螺旋状であることはよく知っているだろう。これは絡まる2本のスパゲッティなのだ。男女から1本ずつ引き継がれたスパゲッティにより人間は誕生する。神よ、どうか罪深き我らをお赦しください。ラーメン』

 

 

 彼等は、口を揃えてこう述べていた。

 

 

 残念だが、これ以上の戯れはナンセンスだ。平和は目の前である、と。

 

 

『あ、やべっうんこ漏れそう…。神様、仏様、シビュラ様!どうか…どうかお慈悲を!(メンタルトレース中に出したら人生終わるナリ…そうだ、大声出して音をかき消すナリ!)あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! !!!!!!!あっ、やっぱりダメだこれ、俺の八百万の神が漏れりゅ♡ケツからデコンポーザーが出ちゃうのぉ♡あ〜良き天気、下痢鬱ナリ。TDNトイレ、脱糞の音。行って来ます!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )お父さんかっこいい!』

 

 

  彼は、幼少期から現実という名の暴力を受けてきた。皆に自我が目覚め始めると、彼らは男が催す心の排泄まで抑制し始めた。何時間も排泄に行かせず、悶える様子を見て楽しんでいたのだ。しかし、彼はそれのみが自分の生き残る唯一の方法だと気付いていた。その為、周囲を喜ばすために脱糞時に絶叫し、笑いをとって生き延びてきたのだ。

 これが脱糞時に絶叫する所以である。

 

 

 だからこそ、彼等は罪と罰の狭間に居る。

 

 

 免罪体質者。────それは、社会的共感能力に乏しいが故に、独自の価値判断や倫理基準によって意志選択を行い 、時に社会のルールを著しく逸脱した判断を躊躇いなく行ってしまう人々のことを言う。つまるところ、社会との繫がりを持たずして独自の精神形質を有し、完全に独立した個である者達を指す言葉である。

 

 

 そんな彼等を、完全なる個となった者達をシステムという枠に強制的に放り込む。それこそ社会という名のシステムに依存している人間と同様に、シビュラという仕組みが偏にそこにあるだけなのだ。

 

 

 要するに、免罪体質者が初めて他者との精神活動の影響を受けられる状況こそがシビュラシステムとなっているだけなのだ。つまるところ、シビュラシステムもまた取るに足らない文化に過ぎない。脳を介したあの場もまた社会であり、それが他者との精神活動の影響を受けるという意味合いとなる。結果として、免罪体質ではなくなる個体が複数体存在することに繋がるのだ。これに関しては特例措置が働いたことによって、彼等は優位性を保てている。

 

 

 そんな彼等は、何も特別な存在ではない。人間の心理状態や性格的傾向はあくまでも目安である。重要なのは、人が起こした行動の履歴とそれにおける拡散反応だ。

 ならば何故、彼等の出現率が確率的に低確率に陥りやすいのか。

 それは『人生に対して完璧なまでの方向音痴、かつ無敵の人並に制御不能でどうしようもない究極的かつ完全無欠な愚か者、孤高すぎる頑固な馬鹿』であるが為という、実にしょうもない理由が存在するからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜査の予定が全て覆った為、一同は出島へと向かった。

 長崎の出島…東京を模倣して作られた箱庭。日本人の称号を得るために、偽りの都市として発展した地。かつて、イラク戦争時に米国が行っていた、帰還兵キャンプ…その応用。外に居た人達を日本の生活風土に馴染ませる為に、数多の資金を投入し埋め立てし再開発された、楽園の複製品。

 そんな場に、わざわざ今の日本人が向かうというメリットはない。長崎から東京にかけてはあるだろうが、東京から長崎にかけてはない。特段、このような特例な事例があった場合や旅行好きといったモノ好き、ひいては仕事を除けばの話だが。

 ここまでして巨大な機械にちっぽけな人を数人乗せたところで、現代では非効率極まりない話である。

 

 

「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇だ。君が言うように、長崎でテロが行われれば司法取引は継続となる。しかし、君が放った証言に対して信憑性が少しでも欠けてしまったが最後…どうなるかは神のみぞ知る、だ。肝に銘じておくように」

「うるさいわね…わかっているわよ」

 

 

 東京を発って暫くの間は、自由に身動きが出来る。上の空にいる状況下での自由とはこれ如何に…といった雰囲気ではあるが、少なくとも独房や戦場に居るよりかは遥かにマシだろう。

 衣彩茉莉は、パーカーを毛布がわりにして寒さを凌いでいる。…にしては何処か様子が慌ただしい。それこそ、ADHDの症状のように落ち着きがなく、ソワソワとした姿を見せていた。現状の報連相の確認を済ませた彼女は、いつになく緊張気味であった。それもその筈だ。これは、彼女にとっては一種の賭けなのだ。震える手と、柔い唇を噛み締めているのが、何よりの証拠そのものだった。

 俺は、彼女を少しでも楽にさせてあげたかった。そして、何とかしなければいけないと思い行動へと移した。

 

 

「お!そのパーカー、あったかそうだな。ってな訳で、俺も仲間に入れてくれよ~」

「ちょっ!!」

「何だこの服は…たまげたなぁ。デザインは気に入ったけど、兎に角サイズが小さすぎて金玉どころかヘソも隠せないじゃないか。こんな非常識な服を着て外出をしたら、大変なことになっちゃうよ」

「義兄さん…成人を迎えたというのに、そんな子供用の服を着たらダメじゃないですか。着るのであれば、洗っていないわたしの上着にしてください。遠慮することはありません。是非、さぁ…早く、さぁさぁ!!」

「嫌だ。女物の服を着るのは実験の時だけだって決めているんだ。そうすれば、実験対象物のストレスも和らぐからな」

「明らかにツッコミをするところそこじゃないでしょ!?ってか、返しなさいよ!!それ大事な服なんだから!!」

「フッ…なら、心配はご無用さ。何故なら、それら全てを知った上で行っているからね」

「こんのっ!!あんた曲がりなりにも役人なんでしょ!!そんな人が秩序を守るどころかマナーすら守っていないだなんて、酷いったらありゃしないわ!!この国もおしまいね!!あと、周りのお客様にも迷惑でしょうが!!」

「童貞だから膣女は守ってるよ」

「漢字が違うし!!結局秩序は守られてねぇし!!役に立たねえなっ!!」

「うるせぇなぁっ!!この世の中の方が怖ぇだろうがよぉっ!!ボケッ!!」

「逆ギレ!?」

「こちとら限界超えてんだよっ!!」

「そんな時は!ピコン!ピシャピシャピシャピシャァア!(のぶ代時代)ラクニナローゼ!!これを飲むと、一瞬にして眠りに付くことが出来るんだ!!(精一杯の濁声)」

「おっ、(蓋が)開いてんじゃん!おー、こっち(ペットボトル)も空いてんぞぉ~↑おい、出しちゃおうぜ… サッー!(迫真)」

「お婆ちゃんの粉レベルで入れてやがる…ってか、自分で効果音を言うな。迫真でも理科の実験でもないんだよ」

「キーン…キンキンに冷えてやがるっ………!あ…ありがてえっ……!ズズッズチュッゴキュッゴクッゴクッゴッゴッゴッチュルルルルルッ…!おいしーかもー!!………zzz」

「いや、色々と汚いし眠りに付くの早スギィ!!ちょっ、こいつもたれかかってきたし…滄、何とかしてよ!!」

「さんをつけろよデコ助野郎!」

「あんたもか!良い加減にしろ!あぁ、もうっ!本…当にムカツ…く………………」

「………………………寝たか?」

「………………………寝ました」

「…ふぅ、漸くか。意外と効き目が薄くてヒヤヒヤした。ったく…これだから純粋な子供は疲れる」

「あの、大丈夫ですか?」

「…あぁ、CAドローンか。どうもどうも。いやはや、どうにもちょっとね…この子、私の妹なんですけどね?実のところ、今正にそういう時期でして。アタマがオイタで脳みそ脳足りん状態(・・・・・・・・・・・・・・・・・)なんですよ。所謂厨二病ってやつです。なので、お気になさらず」

「かしこまりました。何かあれば、いつでもお呼びください」

「ありがとうございます!…ぬわああん疲れたもおおおおおおん」

「………休息を取らせるには、これが一番手っ取り早くて済む。何はともあれ、結果オーライだ。ご苦労」

「お疲れ様です」

「緊張をほぐす為の一芝居助かったわ。滄、唐之杜取締官も謝謝茄子」

「彼女が目覚めるのは、大体何時頃になる?」

「さっき食べさせた料理に俺お手製の自信作を入れておいたんで、かれこれ長くて7時くらいでしょうかね。早ければ、明朝には目覚めます」

「…それなら良いが、相手は未成年だ。万が一にも、脳に負荷や悪影響といったものはないだろうな」

「(問題は)ないです。寧ろ、以前の何百倍にも頭が冴えていることでしょうよ。寝る子は育つとも言いますからね。健康状態も良好となるに違いありません。

しかしながら、発育の方は手遅れでしょうなHAHAHA!」

「そうか、彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだな」

「辛辣すぎません?…にしても、参りますよね。酒も薬物も規制が繰り返される度に効果が弱いものは消えていき、とびきり強いものだけが生き残って好事家だけの趣味になるだなんて…実に残念です。まっ、私お酒なんて飲まないんですけどニョホホホホー!!」

「狐を馬に乗せたようだ。いや、これこそが本当の狐狩ということか」

「それこそ『狐につままれたような気分』ってヤツですか。ったく、これだからガミガミメガネは…」

「言うほどガミガミしてないだろ。お前がしでかしたことに関して、おれは大方黙っているんだから」

「流石上官様でいらっしゃいますね。俺の扱い方がよくわかっていらっしゃる」

「注意するだけ無駄だな…と呆れて、何も言えないだけだ」

「やめたくなりますよ~仕事〜」

「え、義兄さん…仕事をお辞めになるんですか?」

「辞めてもらって結構だ。こちらとしては胃が痛まずに済む」

「その痛み、明らかに煙草の吸い過ぎによるものですよ。あなたの痛みは何処から?僕は頭から…なんちって!」

「誰のせいだと…」

「義兄さん、どうか…どうか辞めないで!こんな現実に負けてはダメ!」

「君がボケに回ったら収拾が付かなくなるんだが?」

 

 

 そんなこんなで空港へと着いた後、長崎市内のホテルへと移動する。

 まず始めに、野芽と俺が寝ている彼女の監視をすることとなった。その隙に、滄と唐之杜取締官が装備を整える。因みに、滄が寝ていた彼女をおぶった時、衣彩茉莉が着ている服の隙間からはチラリズムが感じられなかった。やはり発育はよろしくはないようだ。14歳、司法取引が上手くいった上での人生はやり直せても、発育はやり直せない。 ん、心安らかなり。実に面白くないものである。

 

 

「各自、装備の確認と整備をしておけ。必要なものは全て揃えてある」

「了解です」

「ウッス」

 

 

 そうして別れた後、俺は流域監査官と同じ空間に居ることとなった。

 部屋に用意されていたバンド用に使われるベースケース他を含めたいかにもな荷物、その中をそれぞれ確認する。ベレッタM92、イタリアのベレッタ社が設計した自動拳銃。 AN-94、AK-74の後継として開発されたロシア製のアサルトライフル 。M200…正式にはM200 Intervention.408と言う。アメリカのCheyenne Tactical社で開発された狙撃銃。そして、例のテーザー銃。それぞれを運びやすく、かつ運用しやすいように魔改造された俺独自の装備だ。とはいえ、M200なんて物理的に重たいものを使用することはあまりないが。

 盗聴器の心配がないことを確認した後、銃の状態などを確認しつつ、適度な距離感で会話を行う。

 

 

「そんな軽装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない。…と言いたいところだが、いかんせんキツイものはある。外務省管轄特別区域故の権限。本土とは違う出島という土地。前回、二瀬ダムにおける爆破テロ対策のような特例措置もなし。とはいえ、支給されないものに対して文句を垂れても虚しくなるだけだかな。…時に、君には聞いておきたいことがあった」

「何です?」

「一体いつから、彼等と接触をしていた?」

「それはどちらの意味合いですかね?…敵か、それとも味方か」

「後者。前者に至っては同類だろう」

「I<3U」

「…何だって?」

「俺はS3、つまるところただのゴミ(・・)ですよ?これもシビュラの賜物です」

「エボンの重罪人ネタで誤魔化そうとしても無駄だ。…鎖国政策に乗じてDNA情報の登録を義務付けられるようになったのは、何ら不思議ではない。だが、君ほど遺伝子に興味を持っている人物が居るというのは珍しい。例えば、知能に関する遺伝子、染色体の異常や環境、とりわけ伴性遺伝に対して君はかなりの支援と対策を強調していた立場に居た。そうなれば、自然とその一端を担っているのは君にあるんじゃないかと、私も含めて思うようになるんだがね」

「断言をするほどの根拠があるとは到底思えませんし、年代も年齢も一致しないんですけどね。…で、それを聞いて何になるんです?」

「今ではOW製薬と名乗ってはいるが、権限を持っているのはかつての東金製薬とその財団だ。その上に立つ東金美沙子、彼女の動きは厚生省上層部に都合の良いように動いている。少し頭が回る人なら、各行政機関のトップもそのように動いていると察知することが出来る筈だ。彼女達は…一体全体何に従っている」

「藪から棒にどうしたんですか?らしくないですよ」

「私は、君みたいなタイプの官僚は見た覚えがない。ましてや、麻薬を取り締まるような仕事が務まるとは到底思えない。寧ろ、国防軍や警視庁側の気質持ちだろう」

「何かと失礼ですね。昔の司法制度があれば、名誉毀損で訴えていてもおかしくないというのに、あなたは本当にズバズバとモノを言う」

「何を今更言うのかと思えば、そんなことを…」

「建前は辞めておこう。…本音は?」

「適性職種から察するに、まさかとは思うが…君は【シビュラ運用部局】の人間の1人なのか?」

「その勘…あんた、まさか酒を飲んでいないのか?」

「酔えてたらこんな巫山戯たこと、逆に言えないものさ。…で、どうなんだ?」

「仮にもし…俺がその部署の人間だとしたら、今みたいに真っ先にバレた時点で執行されていると思いますよ?少なくとも、あのシビュラシステムに対してそんな大層な役回りを俺が担うだなんて言った暁には、命がいくつあっても許してくれないでしょうから」

「シビュラ運用部局に関しては否定しないんだな」

「そもそも該当する厚生省官僚を見かけたことがありませんからね。ましてや、俺なんてただの末端ですよ?この話自体が冗談だとわかっていなければ、話にも乗ってないですって。真剣に付き合っていたら、普通に色相濁りそうですし。まず、あの話の元ネタって組織内で発せられた都市伝説的な噂から始まったものじゃないですか」

「なら、君はシビュラ運用部局のことについて…どう思う?」

「少なからず創設者は居るんじゃないですかね?一応公表されている限りではシステムってことなんで、機械であることに違いはない訳ですし。その運用を決定するにも、人の手は欠かせませんから。まあ、今となっては用済みでしょうね」

「では、仮に彼等が生きているとして…今頃何をしていると思う?」

「順当に考えれば、政治の一環じゃないですかね?シビュラシステムがあるとはいえ、政策協議は人間がやるしかないんで。あとは…余生としてゲームでも楽しんでいるとか、そんなところでしょうよ。

そんなことより、あんた…ちゃんと色相を保てるのか?」

「あまり私を見くびるなよ。命が燃え尽きるその時まで、私はこの国に尽くすつもりだ」

「なら良いが…官僚という仕事に就いた上で頭が回る人が失われていくのはどうにも惜しい。やはり、今からでも考えを改めてはくれないか?この国に尽くすというのであれば、内側からではなく外側から守るというのも1つの手だが」

「それについては以前にも述べた通りだ。謹んでお断りする」

「しかし…」

「配水システムは予定通り破壊された。彼等の目的は十二分に達成している。我々は我々で、敵と味方の区別が付いた。それだけで十分さ」

「そうか。では、せめてもの償いとして…彼女に棄民政策の実態を話してくれ」

「…良いのか?その選択は、彼女にとっては辛いものとなり得るぞ」

「それが彼等との約束だ」

「あいつはこの国を本当に滅ぼす気でいるぞ」

「少なくとも、今の外務省を含めた省庁に潜んでいる狐よりかはまだマシだ。その点に関して言えば信用は出来る。何より義理堅い男だ。あちらさんはやることが決まっている分だけわかりやすい。それよりも…問題なのはこちら側だ。敵が何処に潜んでいるかは、本命のテロが行われて初めてわかることになる。とりわけ、内部となると厄介だ。あまつさえ、こちらの警告を無視するような省庁もあるくらいだ」

「今の外務省と同じように、ということか」

「ああ。今頃は…後釜を誰に据えるか等々、色々と揉めているに違いないだろう。ならば、こちらも好き勝手にやらせてもらう」

「しかしまあ…よりにもよって護衛をするのが、その外務省職員である難民認定室室長とはな。確か…お相手さんは彼の双子の兄(・・・・)だったか」

「そうだ。唐之杜取締官の実の兄にして元麻取である、唐之杜秋継。元既婚者、子供はいない。その分だけ、のらりくらいとほっつき歩き回ることが多い。外務省職員向けの集合住宅に帰ることすら稀な分、準日本人が暮らす街で寝泊まりしていることも珍しくない。護衛をやるにしては一番やりにくい相手だ」

「危険は承知の上、テロがある中での綱渡りか…ギリギリの勝負だな」

「油断は禁物、慎重に行くぞ」

「了解した」

 

 

 現在、長崎沖の出島に居る難民達は、難民認定室の者が管理をしている。一時の庇護の為に上陸許可が必要となり、その申請が通れば居留が許される。

 領海と排他的経済水域が接する境界、通称殺戮海域は国防軍の無人フリゲート艦が発見次第抹殺をしてくる、文字通りの死の領域だ。

 そんな地獄を超えた場で、海外からの密入国者によって室長が暗殺されてしまったが最後、世論が難民受け入れを断固拒否の方向として判断することとなる。九州北部へと移設することも出来ないまま、人口密集地かつ狭い地域で不安定な状態が続けば、移民は移民で黙ってはいられなくなる。最悪、難民への国籍付与は殆どゼロに等しくなるだろう。そうなれば、難民申請者達をより厳しく取り締まらなければならなくなる他、遺伝的な多様性が失われるリスクが高まってしまう。どちらに転んでも、ロクな結末は迎えない。いつ虐殺が起きてもおかしくはないのだ。

 

 

 そんな島での明朝。滄の仮眠も済み、少女が起きた後、俺も1時間ほどリラックスの時間を取る。そして野芽とカフカ、ラブクラフトに見張りを任せた後、彼女達と合流した。

 

 

「おはYOおはYOおはYOYO!YOYOおはYOおはYOYO!」

「おはYOおはYOおはYOYO!YOYOおはYOおはYOYO!」

「…朝っぱらから元気だな」

「おはようございます。まっ、無人タクシーの中じゃないとなかなかこういうことは出来ませんから。…で、対象はどうです?」

「昨日、日中に出島の視察を終えた後、長崎港で入国管理局職員とは別行動を取っている。それ以降の情報はない」

「未だ行方はわからず…ってことですかい。まあ、話を伺った限りではそういう人なんで仕方がないっすね」

「ああ。…だが、夕方過ぎに一度だけ、市内の繁華街にあるクラブの監視カメラに姿が映っていた。それも大量の錠剤を抱えてな」

「っとなると、朝に出勤してくるのを待つしかないっすね」

「既に〈帰望の会〉に拉致をされたという線はどうでしょうか?」

「連中の目的はただの暗殺ではない。暗殺テロだ。そうでなければ、テロとしての効果が薄まってしまう。それに、彼は準日本人にとって国籍付与を左右する重要な存在だ。そういう役職には、取り巻きが常に接触している。可能性としては低いと思うが…」

 

 

 前提として、この狭い島を担当している統治者が行方不明にでもなれば、テロ関係無しに瞬く間にバレる。逆にそっちの方が敵対組織にとって危険だ。その手だけは取ることはないだろう。だからこそ、一刻も早く彼と接触しなければならない。

 しかし、焦ったところで無駄である。現状として、外務省は健全な状態で機能していることに間違いはない。であれば、ここはひたすら待機あるのみだ。辛抱たまらんだろうが、致し方がない。

 

 

「あっ、そうだ(唐突)。さっきコンビニでテキトーに朝飯買って来たんすけど、良かったら食べます?」

「ありがとうございます。いただきます」

「ああ、いただこう。…しかし、何故チョイスがあんぱんにラーメンに唐揚げに牛乳なんだ」

「いや、張り込みって言ったら定番はコレでしょ」

「ドラマの見過ぎだろ。というか、色相が濁るというのによく見れるな…」

「慣れですよ慣れ」

「義兄さん、私はラーメンでお願いします」

「ん」

「これが若さか…とりあえずおれはタバコを買ってくる」

「そんなこともあろうかと、もう買って来てますよ。あと…一応これを渡しておきます。以前使用していたものの改良版です。ストレスの反応を鈍らせつつ、数時間だけ睡眠作用が働かないようにする、所謂眠気覚まし的なヤツです。但し、副作用として数日後に一時期的な精神色相の乱れと眠気に襲われます」

「具体的に何時間だ?」

「丸一日動けなくなります」

「わかった、助かる」

「義兄さん…それって大丈夫なものですよね?」

「市販には出回ってないって点を除けば大丈夫…効果と安全性は作った俺が保証する。体感としては一種の覚醒剤みたいなものだから」

「いや全然大丈夫じゃないですよそれ。唐之杜さん。そのまま休憩を取られた方が良いのではありませんか?一昨日の尋問からまともに眠っていませんよね?」

「安心しろ。仮眠と投薬の調整は行っている。それに、その症状は以前に経験済みだ」

「なら尚更です。そのまま放置すれば、致命的なまでの悪化を辿る危険性もあります」

「精神色相…厄介なものだな。これのせいで仕事を無理やりにでも離脱しなければならないこともあるくらいだ」

「重篤な色相悪化は、精神の均衡を崩します。判断力の低下のみならず、倫理観の欠如、他者への攻撃的言動や自らの肉体への損壊欲求など、不利益しか生みません。これを未然に防止出来るなら、停職措置も仕方がありませんよ」

 

 

 …これだから本物の天然は困る。

 

 

「滄さんや…それはあまりにも攻撃的発言じゃないかね?限界を超えて重篤な色相悪化を見せれば、精神色相の保護の観点から職務遂行を停止しなければならなくなる。それはその通りだ、何も間違ってはいない。ただ、一切の薬剤も頼らずに色相をクリアに保てている人がそれを言ってもなぁ。説得力こそあれど寄り添いってものがないんだよ」

「…あっ。す、すみません」

「いやいい。これに関して言えば真守の言う通りだ。耳に痛いとは、正にこのことだろう。そして泉宮寺…」

「ふぁい?なんれすかぁ?」

「食べながら喋るな。ったく、どの口が言うんだ」

「へへっすいやせん。でも、上官…こういうの好きでしょ?」

「いや、普通に嫌いだ」

「なっ…ば、バカな…。なら、俺がこの数年間にもかけて計画していた『ドキッ!ちょっとドジだけど頼りになる後輩との禁断の恋!?』作戦は一体全体何だったんだ…」

「ある意味で凄いな。これからテロが起きるかもしれないって時に…」

「そんな…唐之杜さんと義兄さんがデキていただなんて…信じられない…」

「真守。君は頼むから早く現実に戻って来てくれ。こういう時ほど奇跡の聖女(・・・・・)と呼ばれている君が、あまり羨ましくないと感じてしまう」

 

 

 公衆精神衛生が社会常識として浸透するにつれて、精神色相の清らかさが絶対の美徳として尊重されつつある。俺からすれば、ある種のアルハラみたいな価値観ではあるが…これは仕方がないのだろう。この先もその価値観が続いていくように、そういう時代が始まったばかりなのだ。そこに現れた紛うことなき純白…正に生きるクレイジー・ダイヤモンドだ。

 

 

「わたしは…、義兄さんとその家族に拾われるまでは廃棄区画に居ましたから。生まれも廃棄区画ですし、その分だけ精神的負荷に対して耐性が高いだけですよ」

 

 

 嘘である。紛うことなき嘘である。本当の生まれはもっと地獄にある。そも、元を辿れば密入国者である。

 

 

「…そうだったな。すまない」

 

 

 目を伏せ謝罪をする唐之杜。…ただただ気まずい。彼女がどうやってこの国へ辿り着いて、この職に就いたのか。一方的にとは言え、ほぼ全てを網羅して知っている分だけ、その言葉に重みが生じる。

 

 

『いかなる真実によるものであれ、それによって生かされる者がいるならば、わたしはそれを守る選択をするだけです』

 

 

 異常者なりの正義が、彼女達が持つ愛が、この空間を支配している空気が、ありとあらゆる現実が、重くのしかかってくる。

 

 

 俺は、頬に流れた一粒を皆にバレないように拭った。

 

 

 雨が降っている。雨が降つてゐる。

 

 

 雨は蕭々と降つてゐる。

 

 

 祝福の雨が降り注ぐ。歌声が脳裏に響く。全ての死者を悼む喜びの歌。世界の真実、痛みがそこかしこに散らばっている光景をノイズが掻き消すようにして生まれた、哀に満ちた歓喜の歌が聞こえて来る。抗え、苦悩しろ、我々に進化を齎す糧として、と言った慈悲の言葉が頭に過ぎる。新世界の設立を願う、無垢なる祈りを口にした彼女達の本当の姿が、ただそこにはあった。

 

 

『わたしは孤児でした。発見されたとき、死に瀕していました。世界は何て残酷なんだろうと思って、憎み、そして絶望していました。けれど、赤の他人に過ぎないわたしを愛し、育ててくれたひとたちがいました。この社会は、わたしに生存の可能性を与えてくれた。だから今度は、自分の番なんです。かつてのわたしのような人間をひとりでも多く救うこと。そのために、わたしは今、ここにいる。だからこそ、これ以上の犠牲は増やしたくない。破滅に繋がるしかない転落へ道連れにするやり方を、わたしは絶対に認めません』

 

 

 そうだったな、巌永望月。…いや、滄。そして茉莉。

 

 

 そうだ…この国は苦しみから逃れようと必死に足掻いている。世界が、救いを求めているのだ。

 

 

 俺はまだ生きている。

 

 

 正義は生きている。

 

 

「君の言うとおり判断能力が落ちている気がする。すまん泉宮寺。あの薬を飲むのは後でも大丈夫か?」

「ええ。寧ろ、今の唐之杜取締官に最適な休息方法は適度な睡眠でしょうから」

「後はわたし達に任せてください」

 

 

 そうして薬を渡し終えた瞬間、無人タクシーの後ろで激しいエグゾーストノイズがした。皆がそちらを見る。

 カワサキのH2Rに乗っていたライダー、空気をぶち壊すようにして現れた男はこちらに近付いてくると、無言で唐之杜取締官の腕を摑む。その衝撃で、彼の掌に載っていた錠剤が地面に落ちる。そして、それを躊躇なくパロティーヌ靴で踏み潰した。

 明らかに難癖を付けるような態度。だが、今度はスーツの内側から、革製のシガレットケースを取り出し、中に入っていた錠剤の幾つかを彼に手渡しで載せた。

 

 

「色相が濁っているのなら、俺のを使え。双子なら効く薬だって同じ筈だからな」

 

 

 ライダーはヘルメットを外す。長く波打った髪を手で梳き上げた。無精ヒゲに塗れた顔をニヤリと歪める。

 

 

「よう、瑛俊。久しぶりじゃないか。10年も連絡のひとつすらしてこなかったくせに、一体全体どんな風の吹き回しだ?それとも、お前が踏み台にした奴が(・・・・・・・・)、どこまで落ちぶれているのか確認でもしに来たのか?」

「……兄さん」

 

 

 護衛対象の到着だ。うん、40歳とは思えない身のこなし。この世界のおじさま方には、毎度のことながら惚れ惚れしてしまいそうだ。だが、そんなことよりも俺には大事なことがあった。

 

 

「あの…感動の再会中横槍を入れてすみません」

「あ?」

 

 

 彼には、どうしても言っておかなければならない事実がある。

 ────真実とは、虚飾を剥がした後に残る無そのものだ。

 それは、彼が踏みしめている大地に無惨な姿となっていた。

 俺は、あっけなく殺されてしまった大事な大事な子供達について語らねばならない。

 

 

「その薬、一応俺が作ったんですけど」

「へぇ、自作か!そりゃ凄いな。…で、それが何だってんだ?」

「………一粒114514円です」

「…は?」

 

 

 再び、空気が重くなった。

 

 

 




 


Gott ist todt! Gott bleibt todt! Und wir haben ihn getödtet!
Wie trösten wir uns, die Mörder aller Mörder?


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