偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil.   作:加賀アスナ

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◆◆第13話◆◆
第13話


 地獄、是非曲直庁の地獄議会議事堂に上位の閻魔十王と下位の閻魔――四季映姫ら――と死神、小野塚小町ら、そして是非曲直庁に入庁している地獄の鬼、水鬼鬼神長ら、と錚々たる面子が列席していた。

 緊迫した空気の中、議長席に腰を下ろしている映姫の首筋に汗が一筋流れる。

 地獄は今、未曽有の問題が発生していた。アラディア・アーリマンの悪意が地獄の亡者に齎した影響は凄まじく叛乱が起きたのだ。否、叛乱よりも性質の悪いもはや革命といっていい状態だった。生前悪行を為し地獄へ落とした亡者、怨霊が徒党を組んで三途の川を目指しているのである。彼岸より此岸、つまり幻想郷へ侵攻を開始したのだ。十王の裁きが追い付かないほどの死者を抱える地獄である。既に一種の反乱軍と化した亡者共は数に物を言わせて押し通ってきているのだ。一部亡者は旧地獄を知っている為、そちらへ進軍しているものもいた。未だ残されている血の池地獄を経由して旧都、地霊殿を通り地上へ繋がる深い縦穴へ向かっているのだ。だがこちらは死神部隊が対処に当たり殲滅している。

 それも大事ではあるがそれを超える大問題がたった今、映姫たちに齎された。

 議事堂へ血相を変えた死神が礼節も弁えず飛び込んできた。その死神の傍へ小町が近寄り報告を受けた。

 話を聞き終えた小町は急ぎ映姫へ耳打ちする。一瞬眉根を歪めた映姫だが反乱軍の対処に意見を交わす面々に告げた。

 

「静粛に! たった今、報告がありました。畜生界にて起きていた暴動は勁牙組、鬼傑組、剛欲同盟の三組織の手により鎮圧。同盟長、饕餮尤魔の提案により三組織は結託し畜生大連合を名乗り、畜生界の大半を制圧。その後、他の六道へ侵攻を開始した模様。現在は餓鬼界と修羅界へ侵攻中との事です。勁牙組組長、驪駒早鬼自ら先鋒に立ち進軍しております」

 

 どよめく議事堂内。場合によっては地獄への侵攻の可能性もある。亡者の大反乱軍に畜生界が便乗すれば非常に厄介な事になるのは目に見えている。

 十王の一人が対処はどうなっていると訊ねる。それに再び小町が映姫へ耳打ちする。

 

「大連合の侵攻と時を同じくして、埴輪兵団を率いた埴安神袿姫が出撃しました。ですが、一つ問題があります」

 

 映姫の言った問題とは袿姫の力、兵力といっていい部分だった。彼女は霊長園の人間霊から信仰を得ていたからこそ猛威を振るっていたのだ。今回の暴動では霊長園の人間霊も大連合の傘下となっている。悪意は動物霊にも人間霊にも共通して影響を与えているのだ。つまり信仰を得られていない袿姫は全力とは言えないのだ。

 

「交戦状況は一進一退で速やかな鎮静とは言い難いでしょう」

 

 刻々と時は過ぎる。事態は悪くなるばかりである。遅刻してきた庭渡久侘歌から地上の状況も聞いている。それでも地獄に比べればまだマシであろう。

 映姫の後ろで待機している小町の元へ別の死神が書類を持ってくる。急ぎ目を通して必要な個所を抜粋した小町は手短に映姫へ報告する。それは白玉楼より春を奪うべく冥界と彼岸へ侵攻を開始した西行寺幽々子についてだった。彼女は既に彼岸へ到達し多くの春を奪っていた。だが同時に地獄より彼岸へ辿り着いた亡者をも屠っているのである。三途の川を渡ろうとする亡者は幽々子を突破しなければ渡る事はできないのだ。

 映姫は考える。状況だけみれば地獄の反乱軍と幽々子は悪意によって自身の願望を叶えるべく動いているに過ぎない。

 だが。

 ――――本当にそれだけでしょうか?

 春を奪うのならなぜ地上ではなく冥界と彼岸なのだという疑問が浮かぶ。確かに彼岸は花が枯れることなく咲き乱れる場所である。しかし地上と比べれば春の濃度、春らしさは彼岸よりも地上の方が上である。

 ――――一度敗れたから彼岸へ?

 地上での春集めを失敗している幽々子は今度は冥界と彼岸を狙ったと考えるべきか。それとも。

 ――――この状況を予感して彼岸へきた?

 幽々子の行動原理は理解できても思惑までは流石に分からない。冥界と彼岸から春を奪う行動はもちろんペナルティが与えられて然るべきものだ。だが。この場合、地獄の反乱軍を潰してくれていることは地獄にとってはプラスでもある。

 

「もう一つの懸念であった西行寺幽々子に関してですが――――」

 

 幽々子の行動は不明瞭な個所がある。彼女に関しては捕縛したのちに尋問を行うものと決定した。

 幽々子が彼岸へ陣取る限り並大抵の亡者では三途の川は渡れまい。そうなれば地獄は地獄で反乱軍の鎮圧を速やかに行うべきだ。映姫はやにわに怒号が飛び交いいかにすべきか熱い議論を述べる十王たちを前にガベルを叩き静かにさせる。

 

「静粛に! 皆様、静粛に願います!」

 

 映姫の言葉に場は一旦鎮まる。列席者が映姫へ視線を向けた所で軽く息を吸って口を開いた。

 

「十王の方々。それから死神諸君、獄卒達。現在地獄で起きている事は未だかつてない未曽有の出来事です。こんなに大規模な反乱は地獄史上類を見ません。今、世界には悪意が満ちておりそれは地獄も例外ではありません。悪意に乗せられ地獄を出ようなどと亡者たちは考えているのでしょう。ですが。我ら閻魔の裁判が覆る事などあってはなりません。よろしいですか。これは我ら閻魔に引いては地獄に従事している全ての者に対しての挑戦です。地獄の秩序は我らが担っているのです。それを壊さんとする者をどうして看過できましょうか。既に旧地獄から地上へ目指している不届き者もおります。ですが一度我らの裁きが下ったのならそれに従うのが地獄の法です。亡者が、怨霊が、そんなのは関係ありません。我らが下し、彼らが従う。その為の地獄なのです。時は一刻一刻と過ぎていきます。ここで座していても好転することはないでしょう。で、あるならば――――」

 

 映姫は席から立ち、列席者を見渡した。

 

「我々も打って出るべきです。十王の方々、閻魔の方々。ここで座して報告を待っていても埒があきません。我々が地獄の番人なのです。我々が守らねばならないのです。ここに列席されている方は皆、それをご承知のはず。知らぬとは言わせません。言うのであればご退席願いますが如何か!」

 

 映姫の言葉が列席している閻魔たちに染みわたっていく。そのうち一人が立ち上がった。

 その通りだと。

 我らが守るのだと。

 次々に閻魔たちが立ち上がる。

 地獄の裁判、覆させはしないと。

 地獄の番人たる閻魔が座して見過ごすわけにはいかないと。

 十王たちはすぐに部下の死神に迎撃部隊を編成させる。獄卒を率いて反乱軍を鎮圧する用意に入った。十王から映姫も死神と獄卒の部隊を率いて出撃する命が下った。

 映姫の進軍先は三途の川の向こう岸、即ち西行寺幽々子のいる彼岸だった。

 議長として議会の閉会を宣言する前に映姫は今一度列席者を見渡した。

 

「これにて議会は閉会致しますが最後に私個人から皆さまへ一言申し上げさせて頂きます。十王の方々、死神諸君、獄卒達。この大反乱、我らなら必ず食い止める事ができると信じております。何せ我らは泣く子も黙る地獄の閻魔ですから。亡者に舐められては立つ瀬がありません。だからこそ――――我らの存在を今一度知らしめてやろうではありませんか! どれほどの無念、執念があろうともそれが判決であり、覆る事のない結果なのだと思い知らせてやるのです!」

 

 ――――その通りだ! 

 多くの声が賛同する。

 

「どれだけの軍勢を誇ろうが我らの前には無意味だと思い出させてやるのです!」

 

 我らは閻魔であるが故に!

 ――――然り!

 我らは死を運ぶ死神だ!

 ――――然り!

 我らは亡者を躾ける獄卒だ!

 ――――然り!

 

「我らは皆、地獄の番人だ! 反乱軍の誰一人、三途の川を渡らせるな!」

 

 地獄に従事する者の心を捕らえた言葉をもって議会は閉会した。映姫の完璧なアジテーションによって士気が高揚した閻魔たちはそれぞれの部隊を率いて反乱軍の鎮圧へ向かった。

 待機していた小町へ死神部隊を彼岸に向かうよう命令を下す。議事堂は映姫を最後に誰もいなくなった。

 

 

 誰もいなくなった白玉楼に映姫の姿があった。彼女は彼岸へ進軍する予定なのだが、幽々子が侵攻後、ここがどうなっていたのか確認を兼ねてやってきたのだ。

 全くのもぬけの殻だった。白玉楼に駐在している全ての幽霊を率いていったらしい。懐から浄玻璃の鏡を取り出す。本来は罪人の過去を映すのだがこれを今回は白玉楼へ応用する。ここで幽々子が何を思って冥界と彼岸の春を奪うのか理由を確かめる為だ。これで何かが分かればいいのだが。

 あまり期待はしていない映姫だったが鏡は妙な光景を映し出す。それは十日ほど前の光景。

 古い神札を幽々子が妖夢へ渡している光景である。博麗の巫女の神札だ。渡された妖夢は神札の事を分かってはいない様子だが幽々子は知っていて渡している。間違いなく確信犯だった。となればこの時点で悪意に勘付いていた可能性がある。

 そうして幽々子は突然幽霊たちを率いて出て行ったのである。残された妖夢は幽々子を引き留めるべく後を追っていった。しばらくしてから傷ついた妖夢が一人白玉楼へ戻ってきた。幽々子を相手に戦ったのか、あるいは亡者と遭遇したのか。どちらにせよ気の毒なことだ。しかし彼女は博麗神社へ向かう命を受けていた事を思い出しらしく途方に暮れる事もなく克己して行動を開始した。

 

「映姫様、なんかわかりました?」

 

 緊張感のない声で訊ねたのは小町だ。

 

「ええまあ。それなりに収穫はありました。西行寺幽々子に関しては情状酌量の余地がありますね」

「流石に考えなしで冥界と彼岸から春を奪いはしないってことですか」

「そのようですね。少なくとも白玉楼が戦場にはならないようにしたのは間違いないでしょう」

 

 それは見れば一目瞭然だった。

 

「それじゃ、あたいらも彼岸へ行きますか?」

 

 小町に促され、踵を返した映姫の前に一体の妖精が現れた。

 クラウンピースだった。

 

「こんなところに……映姫やっと見つけた」

 

 どうにも映姫を探し回っていたようで疲労困憊にしてどこかで交戦でもしたのか至るところが傷ついている。

 

「クラウンピース。私に何か? それともヘカーティア様の言伝ですか?」

 

 クラウンピースはヘカーティアの命令で普段は幻想郷――――博麗神社の下――――に住んでいる。そのクラウンピースが冥界へ来たとなるとヘカーティアから何か新しい命令を受けたに違いない。

 聞けば彼女はしばらく地獄へ戻っていたらしい。それも十日ほど前から。その十日が映姫には引っかかった。幽々子も十日だった。妙な符合である。

 そして先ほどクラウンピースはヘカーティアに命令を受け映姫を探して尚且つ白玉楼へ向かっていたのだという。

 映姫には言伝があり白玉楼へは魂魄妖夢を探しにきたのだと語る。妖夢に関しては地上へ、博麗神社へ向かったと教えると居場所が分かったのか安堵した表情を一瞬浮かべた。

 けれどすぐに不安気な表情に戻る。

 

「ヘカーティア様から何か?」

「それが……」

 

 普段のクラウンピースからは想像のつかない態度だ。一体何があったのか。

 

「ヘカーティア様が……」

「ヘカーティア様が?」

 

 一旦言葉を切ったクラウンピースは意を決して口にした。

 

「ヘカーティア様がコキュートスでアラディア・アーリマンと戦闘に入っちゃった」

「なんですって……!」

 

 コキュートスは地獄界にある地獄の門を潜った先の第一圏から第九圏まである大穴の最下層である。もっとも重い罪を犯した者が落とされる永久凍土だ。神に叛逆した魔王が落ちたとされる嘆きの場所。そしてヘカーティアの領域でもある。

 そこへ現れたという。原初の悪神が。

 それは確かに想定はしていた。

 だがこんなにも早く現れるとは。

 

「アイツ無茶苦茶なの。自分は不滅の悪そのものだって言って……ヘカーティア様は負けないけどアイツ絶対に斃れないの」

「原初の悪神。その姿が顕現するほど悪意が満ちているのですか。クラウンピース。報告ご苦労様でした。引き続きヘカーティア様の命に従い魂魄妖夢を探しに行きなさい」

「映姫。ヘカーティア様、大丈夫かな?」

「むしろヘカーティア様だから良かったと言えます。相手は悪という点に於いて一種の世界そのものです。世界そのものと正面切って戦えるのはヘカーティア様くらいでしょう。だから安心なさいクラウンピース。ヘカーティア様が負ける事はまずありえません」

「そうだよね、うん! そうだよね! じゃああたいは行くから!」

 

 クラウンピースはヘカーティアの加護がある。だからこそヘカーティアも単独での行動を許可しているのだろう。

 事はここにきて変局を迎えている。

 

「まずいことになりましたねぇ。映姫様、どうします?」

「ヘカーティア様が負ける事はありません。ですが、原初の悪神も地獄の女神に足止めされることくらいは分かっているはず。小町。地獄はまだ荒れるでしょう。私達はまず亡者の叛乱を食い止めねばなりません。相手が何を弄しているかは分かりませんが悠長にしている時間はないことは確かでしょう」

「じゃあ、とっとと終わらせますか」

「普段もそのくらいやる気を見せてくれればいいんですが」

「あはは……それはそれ。これはこれですって」

 

 映姫と小町は部隊を率いて彼岸へ進軍する。その道中の反乱軍を鎮圧しながら。

 敵の策が早いか、こちらが悪を鎮めるのが早いか、映姫は口にこそしなかったがまだ、白黒つけられない事態に焦燥感が募っていた。

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