偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil.   作:加賀アスナ

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◆◆第18話◆◆
第18話


 彼岸側の賽の河原に陣を敷いた四季映姫の姿がある。陣からは死神、獄卒の混成部隊と亡者の反乱軍とが大混戦を繰り広げている光景が見える。陣の隅には牛鬼の牛崎潤美と水子霊の戎瓔花の姿もある。軽度な悪意汚染されていた彼女達を保護し瓔花には水子霊たちの確保をしてもらい潤美には牛鬼としての力強さで陣まで迫る亡者の排除を手伝ってもらっていた。

 さらに映姫たち地獄の勢力から半里ほど離れた所で陣取る西行寺幽々子率いる白玉楼の亡霊達がいた。恐ろしきは幽々子の能力である死を操る能力だった。三途の川を渡ろうとするという事は即ち生きようとする事に他ならないのである。つまり生きようとした瞬間に生気が発生するのだ。だがそれは幽々子の力の格好の的となる。川を四分の一も超えた者はその全てが幽々子によって川底へ沈められている。幽々子の力で生を奪われた者は皆、彼女の支配下に置かれる事になる。その結果、白玉楼の勢力は膨大な数を誇っていた。しかし数が増えれば増えるほど幽々子の負担もまた増していた。

 幽々子の様子を随時監視していた映姫はその負担による疲労がかなり蓄積している事を見抜いていた。幽々子が落ちれば三途の川を守り切る事が厳しくなるのは目に見えていた。

 事実、幽々子がいる事は地獄にとって大分有利に働いているのだ。彼岸の春を奪われる事を差し引いても御釣りが来るほどの働きだ。

 だが。

 幽々子が落ちた場合を考えると頭が痛くなる。映姫が動員できる人員にも限界があるのだ。ましてや現在地底へ向かう亡者が増えた所為で獄卒をそちらに回されていた。

 ――――やれやれ。地獄の縮小計画が裏目に出たとは。

 地獄のスリム化はやらなければならない事だったが地獄が溢れるほど死者が満ちるとは流石に想定外であった。そして叛乱を起こすとは。

 映姫は小町を呼び一つの命令を下した。

 

「…………命蓮寺、ですか?」

「ええ。念のためです。口頭での簡易的なものですが私からの正式な要請です。お願いしますよ、小町」

「まぁ。映姫様の使者に獄卒を使うわけにも行きませんしね」

「ではこれを」

 

 映姫が懐から持ち出したのは閻魔の木簡である。所持しているだけで地獄への通行手形になり何より閻魔の加護が保証される公用旅券だ。

 

「またえらい破格の手形ですねぇ。じゃあひとっ走りしてきますかね」

 

 小野塚小町は距離を操る能力を持つ。それは三途の川の船頭として発揮されるものだが通常の道でも使える能力でもある。小町はこれによって瞬間移動の真似事ができるのである。小町本人は普通に歩いているだけだが目的地までの距離を縮める事で傍から見れば瞬間移動をしているようにしか見えないという訳だ。

 小町が歩き出してすぐにその姿が見えなくなる。これは消えたのではなく姿が見えなくなるほど先に進んだからだ。

 これで保険は掛けた。後は悪意汚染がどれだけ続くのか、そしてそれに映姫たちが耐えられるのかが争点となる。

 陣へ迫った亡者を潤美が沈める。いよいよ映姫が陣取る場所まで迫ってきた。大将である映姫が腰を上げる。出し惜しみはしない。楽園の最高裁判長、閻魔――四季映姫の出陣であった。

 

  

 三途の川より直接無縁塚へ降り立った小町は目の前でダウジングロッドを構えたナズーリンと目が合った。ナズーリンからしてもいきなり小町が現れたものだから目を瞠って驚いている。

 そういえばと小町は思い出す。無縁塚にはナズーリンの家がある。彼女が言うには無縁塚の地下には宝物が埋まっているとかなんとか。

 無縁塚は幻想郷でも人妖問わずあまり訪れない外れにある。

 不運にも幻想郷へ迷い込み、妖怪に襲われて、あるいは戻り方が分からず外の世界へ帰る事も叶わず亡くなってしまった外来人の共同墓地がある。また人間の里でも縁者のいない者が弔われる事もある。

 現在は命蓮寺が――――正確には聖白蓮が供養や葬式を行える身内がいない故人の為に――――無縁仏として寺の墓地の隅に埋葬している。

 無縁塚での埋葬は杜撰なもので墓と呼べるものはなく墓標代わりの石が置いてあるだけである。それも人間の里の故人なら寄り合い衆が当番を決めて埋葬するが外来人だと遺体を埋めただけという有様だったりする。最低限の事しかされないのだ。その所為で無縁塚は冥界や三途の川へ通じている。それは冥界と顕界の結界に綻びができている事にほかならず、故に外の世界の人や物が紛れ込む事が多い。

 秋の彼岸は特に外界の道具が落ちている事が多く香霖堂こと森近霖之助はよく通っている。

 幻想郷の中でも非常に不安定な土地柄であり人間はおろか妖怪もあまり近づかないのがこの無縁塚だった。

 そうであるにも関わらずナズーリンがここに小屋を建てているのは無縁塚の地下の宝物を探しているからだ。そして彼女がこの不安定な土地に腰を落ち着けていられるのはナズーリンは仏教の守護神である毘沙門天の弟子であり使いでもある為、当然その加護の下にいるからである。よってナズーリンもまたこの悪意汚染が蔓延る幻想郷に於いても正常でいられたのだ。

 そのナズーリンは無縁塚へ降り立った小町を訝し気な表情で見据えている。

 

「君は死神の……」

「小町、小野塚小町。そういうお前さんはたしか毘沙門天の」

「ナズーリンだ。一体何の騒ぎかと思えば君たちが噛んでいたんだな」

 

 ナズーリンのダウジングロッドは忙しなく動いている。明らかに宝以外の何かに反応していたようで彼女はその原因を探っていたらしい。

 ナズーリンの態度に小町は何かを勘違いしているようだと察して何が起こっているのかを手短に伝えた。状況を飲み込んだ毘沙門天の弟子はやや逡巡したが納得したらしい。

 

「それで、死神の君がここにいる理由を聞いてないんだけど」

「私は、まあ使いっ走りさ。お宅の寺の村紗水蜜に用があるんだ」

「ムラサ船長に? それはまたどうして?」

「さてね。四季様がな~にを考えているのかは分かんないけど、いやま、察しはつくが、村紗水蜜への出頭要請が下ってるんだ。四季様からの要請なもんで獄卒を使う訳にもいかないからこうして私が使いっ走りをしてるって訳さ」

「閻魔からの直々の要請とは穏やかじゃないな。ムラサ船長が裁きを受けるようなことは…………」

 

 そこで言葉が止まる。心当たりがあったからである。

 ナズーリンは主人である寅丸星からの呼び出しがなければ命蓮寺には滞在している事は少ない。だが命蓮寺が主催する行事には呼ばれるナズーリンである。その際にいろいろと情報が入ってくる。その中に村紗は舟幽霊としての習性で三途の川や血の池地獄へ赴いているらしい事を聞いた覚えがあった。それだけでなく霧の湖や玄武の沢、挙句の果てには守矢神社の神の湖まで、有名どころの水場へ顔を出している。

 霧の湖などはともかく三途の川で死神に迷惑をかけている事は想像に難くない。とうとう罰が下ったのだろうか、とナズーリンは嘆息した。

 それを見た小町はナズーリンの心中を察した。

 

「あー。心当たりがあるんだろうけど、今はそれじゃないから安心しなって。じゃあ私は先に行かせてもらうよ」

「待った。私も行くよ。それに私がいた方が話がしやすいはずだよ」

「なるほど確かに。旅は道連れってね。それじゃ向かうとするかい」

 

 二人は連れ立って無縁塚を後にする。無人となった無縁塚には誰もいないはずなのに何かがいるかのような気配が漂っていた。

 

 

 再思の道を通り魔法の森を半ばほど進んだところで化け茸の瘴気とは違う魔力の残滓がそこら中に残っている事に小町とナズーリンの二人は気づいた。それは魔法を行使した跡であるのは間違いなく、明らかに攻撃魔法の類であった。

 

「……どうする? 死神さん。これ悪意に汚染された連中じゃないのかい?」

「そうらしいな。サボタージュしたいところだけど、見て見ぬふりしたら四季様にどやされそうだ。これも仕事の内、か?」

「私に聞かれても」

「お前さんだって見て見ぬふりしたら、あの住職に説教をもらうんじゃないか」

「……う。否定できないね」

「お互い上司が生真面目すぎると大変だな」

「聖は上司じゃないけど。ま、仕方ないか」

 

 周囲を警戒しながら進んでいくうちに耳に届く爆発音。行使された魔力の残滓が濃くなっていく。それはすぐ目と鼻の先で戦闘が行われている証左だった。

 ――――と。

 蔓まみれになった太い木に背を預け、やや背丈の高い草むらで隠れるように倒れている者が二人を怯えたように見ていた。

 リグル・ナイトバグだった。

 見るからに負傷しておりどこかで一戦を交えてきたらしい。どうにか戦火から逃れてきていた所を小町達に見つかってしまったようだ。

 

「ひッ。物騒な事はしないで……何もしないから」

「汚染されてるね。ま、今は恐怖の方が勝ってるか」

「分かるのかい?」

「あら、死神様の眼を疑うのか?」

「いいや。ダウジングロッドも無縁塚の時と同じ感じだし、君の眼は正しいだろうね」

「そいつはどうも。――――で。蛍っ子。何があった?」

 

 小町に水を向けられてリグルは萎縮しながらもぽつりぽつりと語り出した。

 始まりは冬でもないのにエタニティラルバを魔法の森で見かけた事だったらしい。

 ラルバはアゲハチョウの妖精で大体は太陽の畑や暖かい場所を好んでいるのだが寒くなると魔法の森の洞穴で過ごしている。この暖かい時期でここにいるのは珍しいと彼女を目撃したリグルは声を掛けようと近づいたという。

 リグル自身悪意の汚染を受けていたが彼女は蟲を操る力を持つ蟲の大将的存在である。妖精とはいえアゲハチョウの妖精であるラルバを思って近づいたのだが何やら様子がおかしい事に気づいた。温厚な性格のラルバが何かに憑りつかれたが如くぶつぶつと呟きながら宛てもなく浮遊して回っているのだ。どう贔屓目に見ても何らかの病気に罹っている、あるいは魔法を掛けられているくらいの行動なのだ。

 そのラルバが何を呟いていたかというと――――私は神なの。私は神様なのよ。みんな私に従うのよ。だって私と同じ人が言ったんだから。同じ人が言ったもん――――と。

 ずっとそういった同じような事を呟いていたのだ。ラルバの身になんらかの異常が起こっていると思ったリグルは面倒な状態のラルバを見つけてしまったとうんざりしたのだが――――うんざりするあたりに汚染が進んでいる事が窺える――――それでも永遠亭に連れていこうと考えて手を取った事で事態は一変した。

 問答無用でラルバが攻撃してきたのだ。始めは落ち着くように声を掛けていたが直にそれが通用しないことをリグルは悟った。この状態では相手にできないと逃げようとしたのだがなんとラルバが追いかけてきたのである。それからは逃げては追いつかれの繰り返し。だがそれが最悪の結果をもたらす事になる。

 ラルバの攻撃が石像となっていた矢田寺成美に直撃したのである。非のない成美は謝罪を要求したがラルバはまったく話を聞かずそれどころか――――私に従うんだー! 今の私は神様なんだー! と成美に言い放ったのだ。成美の機嫌が悪くなるのを察したリグルだったがどうすることもできず、事態を見守っていると――――そっちがその気なら痛い目に遭って貰うしかないわね――――と生命操作の魔法を得意とする成美はラルバを止めようとしたのだが、驚くべき事にラルバは耐えきったのである。それどころか尚も成美とリグルへさらなる攻撃を仕掛けてきた。そのまま徐々に魔法の森を移動し戦場が変わり、これまた運が悪いことにアリス・マーガトロイド邸のすぐ近くまで来てしまったのだ。家の前でいつ被害を受けるか分からない戦闘を行われては心穏やかではいられないだろう。案の定、非常に機嫌の悪いアリスが戦闘人形を引き連れて家から出てきた。一応アリスは今すぐ立ち去るのなら手は出さないと警告をしてくれたのだが、異常をきたしているラルバが聞き入れるはずもなく、ラルバが立ち去らないのでは成美だけ去る訳にもいかずアリスの警告も空しくアリスをも巻き込んでの戦闘が始まってしまったのである。誰も彼も引っ込みが付かなくなりアリス邸前の戦いから再び徐々に戦場を変えながら交戦が続いていたという。

 その中でどうにかリグルは戦域から脱する事ができた所で小町とナズーリンに出会ってしまったというわけだ。

 

「なあ、死神さん。悪意をどうにかすることはできるかい?」

「ん? そうだな、死神ってのは地獄でいろんな職に就いてるわけなんだけど大きく分けて三つの職があるんだ。魂を刈り取る仕事、それから事務係、私のような三途の川の船頭。ま、魂を刈るのは最近じゃ鬼が担当してるんだけどね。なにが言いたいかっていうと私ら死神は地獄の職はなんでも担当する事ができるわけさ。それに人妖の生き死にの気配も読めるしね」

「……悪意をどうにかできるかって聞いてるんだけど」

「おっと済まないね。要するに、四季様たちみたいに保護することはできないんだけど魂を刈る応用で悪意を刈り取る事はできるのさ。我ながら器用だろ?」

「分かったから彼女の悪意を刈ってあげなよ」

「はいよ」

 

 小町が大鎌を構えてリグルへ向ける。顔を青くするリグルだったが大鎌は彼女に当たることなく振り切れられた。

 

「あれ?」

 

 斬られると思っていたリグルは安堵したと同時に汚染されていた悪意が刈り取られたお陰で精神的に気が楽になっていた。

 尤も刈り取った小町はやや表情が硬かった。

 

「刈り取るのはいいんだけど、根本的な解決策ではないのが難点なのよねぇ」

「応急処置ってことか」

「そうだねぇ。だから早い事、終えないといけない訳さ」

「つまりその、汚染されておかしくなった妖精が始めた戦いに首を突っ込むというわけかい」

「乗り掛かった船さ。それとも毘沙門天の弟子ともあろうものが戦いを恐れると?」

「言ってくれるじゃないか。まあ戦わなければそれに越したことはないが、しょうがないな」

 

 肩を竦めたナズーリンに共に戦ってくれる意思を確認した小町は怯えるリグルへ――――ちょっと行ってくると告げて猛火が飛び交う妖精と魔法使いの戦いへ身を投じた。

 初撃は派手に。

 先手をナズーリンへ任せた小町はラルバとアリスと成美を引き付ける派手な攻撃を注文した。それに応えたナズーリンは黄金の塊を上空に出現させる。

 

「黄金ほど天然の宝はないだろう。黄金に埋もれるなんて君たちは実に幸せだな」

 

 次々に降り注ぐ金塊が眩く輝く。まさにゴールドラッシュさながらの光景がラルバ達を飲み込んでいく。

 金塊が現れた時点でアリスや成美はナズーリンに気づいており

アリスは人形を突撃させ金塊を巻き込んだ自爆でこれを防ぎ成美はバレットゴーレムを使役して金塊を受け止め防いだ。唯一ラルバは防ぐことをせず器用に飛んで躱している。

 アリス達の戦意がナズーリンへ向いた瞬間である。

 

「無間地獄って知ってるか?」

 

 アリスと成美の周りに紫色に迸る無間の狭間が出現する。二人をその場から逃さないよう封じる為の一手を小町が打ったのだ。

 

「お前さんに恨みはないが、運が悪かったと諦めてくれ」

「なッ! いつの間に!?」

 

 距離を縮める力を使いアリスの横っ腹へ移動した小町が大鎌を振るって意識を刈り取る。アリスから見れば突然側面へ現れたように見えただろう。

 小町は二十体以上の戦闘人形を動員しているアリスを一番の脅威と判断し一番初めに無力化したのである。

 

「峰打ちさね、安心しな」

 

 アリスを奇襲した後、無間の狭間が消えぬ内に成美の背後へ移動する。彼女はゴールドラッシュに対応するあまり、小町の出現に構っていられなかった。

 

「こんなところに死神なんて……!?」

「出張サービスってね。お代は意識を頂戴致すってな」

 

 アリスに続き成美を下した小町は金塊を避け続けるラルバへ視線を向ける。なるほど確かに普段とは様子が違うようだ。四季異変時にパワーアップしていたのと似て非なる状態である。まるで何かの影響を受けてそれに浸蝕されているかのようだ。生死、善悪の気配を死神の感性で測った小町にはラルバの気配は二種類のものが存在している事を見抜く。それが本来のラルバを蝕んでいるのだ。

 

「そろそろ限界だぞ、死神さん」

 

 上空に出現していく金塊に終わりが見えてくる。そこを狙ってアゲハの鱗粉が撒き散らされていく。ゴールドラッシュが終わるとラルバの鱗粉がナズーリンを襲った。その場から退いて回避へ回るナズーリンへ小町から間に合ったぞ、と声が届く。

 

「アゲハってのは濡れると飛べないんでしょ? 私ゃ船頭なもんでね、こんな事もできるのさ。――――河の流れのようにってね!」

 

 三途の川の水を呼び出して洪水の如くのそれをラルバへ浴びせた。本来なら舟も召喚しそのまま激突させる派手な技である。

 ずぶ濡れになったラルバの翅は水を弾きはしたがこの状況で飛翔するほど無謀な事は流石にしなかった。

 普通の蝶や蛾といった虫の場合、鱗粉が取れ、翅が濡れてしまうと飛ぶことはできなくなる。また一度取れた鱗粉は再生しない。あれは目には粉のようにしか見えないが蛹の時に作られる細胞の死んだものが鱗粉となり翅を守る役割を果たしているのである。ラルバの場合はアゲハチョウの妖精であるのでアゲハのように鱗粉のある翅であろうが妖精の特徴として大怪我を負っても治る

のだ。つまり一時的に鱗粉が取れたとしても再生はするのである。もっとも再生するまである程度の時間はかかるのだが。

 飛べなくなることは事実上ラルバを無力化したと言っていい。そのまま汚染源である悪意も刈り取った。

 すると、異常をきたしていたラルバの雰囲気が見るからに変わった。同時に先ほどまでの事をあまり覚えていないような素振りを見せる。それは演技などではなく、そうしなければならないと認識をさせられていたような、一種の洗脳染みた状態だったらしい。

 意識はあるが動けないラルバ。

 気絶しているアリスと成美。

 動けるが負傷しているリグル。

 放っておく訳にもいかず小町とナズーリンは逡巡し一旦命蓮寺へ行く前に博麗神社へ向かう事にした。魔法の森からならば命蓮寺より博麗神社の方が近いからだ。

 リグルにラルバの事を頼み、小町が成美を、ナズーリンがアリスを抱えて神社へ足を向けた。

 魔法の森はアゲハの妖精と二人の魔法使い、蟲の妖怪の戦いの跡がしっかりと刻まれていた。

 

 

 未だ十六夜咲夜からの連絡がなく苛立ちが募っていた博麗霊夢は鳥居を潜ってくる小野塚小町とナズーリン、リグルの姿を認めた。それぞれ矢田寺成美、アリス・マーガトロイド、エタニティラルバを抱えている。神社へ来たという事は避難してきたということだろうと先頭を歩く小町へ駆け寄った。

 

「あんたたち――――」

「おっと博麗の巫女。聞きたい事があるんだろうけど、この子らを安静にすることが先だよ。頼めるか?」

 

 言葉を小町に遮られた霊夢だったが気を失っているアリスと成美に意識はあるが動けないラルバ、負傷しているリグルの姿に頷いた。だが負傷しているのは何もリグルだけではなくアリス達も多少の手傷を負っていた。間違いなく戦闘での傷であろうことは一目で分かった。魔理沙や神奈子、パチュリー、紅魔館から避難してきた妖精メイド達の力を借りて座敷へ運びアリスと成美は寝かされそれぞれを手当てを受ける事になった。

 ほぼほぼ無傷の小町とナズーリンから詳しい事情を聞いてアリスの姿に魔理沙が悔しい表情を浮かべている。自分でなんとかしたかったのだろうことは容易に読み取れた。

 

「あんたが思い悩むことじゃないでしょ。悪意に汚染されてたんだからアリスの所に行っても戦闘になっていた可能性は高いのよ」

「わかってるさ、そんなことは。だけど何か、私にも何かできたんじゃないかって。だって最後にアリスに会ったのは私なんだぜ。あの時、逃げるように霊夢んところに来た時に一緒に来ていれば」

 

 魔理沙はアリスと弾幕勝負を行っていた。悪意に汚染され始めておりアリスに怒鳴られて逃げるように博麗神社へ来たのである。その後は輝夜と妹紅の戦いを止めるべく神社を飛び出し魔理沙自身も汚染されることになったわけだが。

 

「魔理沙。今、あんたが悔やんでも仕方ないでしょ。むしろ小町達が被害を最小限で抑えてくれた事が不幸中の幸いよ。もっと酷くなった可能性だってあったんだから」

「ああ、そうだな」

「まだこの異変は終わっていないのよ。解決を手伝う気があるなら腑抜けないで頂戴」

「もちろんだぜ。こんな滅茶苦茶な異変、私らで解決しなきゃ、誰がするってんだ。その為に紫も隠岐奈も神奈子も咲夜たちもみんな協力してるんだから、解決できないはずがないんだぜ!」

 

 魔理沙の目に闘志が宿っている事を確認した霊夢は胸をなでおろした。実の所、アリスが運ばれてきた際には一番不安な顔を浮かべていたのだ。

 霊夢が魔理沙とアリスに付き合っていた頃、紫たちは小町、ナズーリンと情報共有と行っていた。

 地獄の有様と四季映姫が村紗水蜜の出頭要請を出した事。

 またナズーリンから無縁塚、再思の道、魔法の森と悪意の気配が漂っている事。

 現状ではまだ事態の好転は厳しい状況にある事を再認識したに過ぎなかったという事実に各々の表情が硬い。特にラルバの状態を聞いた際の隠岐奈は厳しい表情を浮かべていた。彼女にはラルバの様子に何かしらの思い当たりがあったらしい。けれど確信と呼べる情報がない為に結論は口にしなかった。

 小町にしても地上の状況は余り芳しいとは思えない状態に苦いものがあった。悪意の伝播により人妖が相争う事は好ましいとは言えない。少なくとも地獄が持ちこたえられている現状で地上、できれば地底も含めて悪意を一掃してもらいたかった。それは万が一地獄の守りを突破し地上へ脱出した亡者の反乱軍が現れた際に、速やかな排除を行う為にも地上の意思の統一は不可欠だからだ。最悪のシナリオは悪意に汚染されたものが亡者へ肩入れし地上で生者死者入り乱れる大乱が起こる事である。それを防ぐにはどうしても地上の意思統一は最低でも行っていて欲しいのだ。

 その大きな一歩となるのが蓬莱山輝夜と八意永琳の捕縛だ。それに西行寺幽々子やレミリア・スカーレットの事もあるし妖怪の山の混乱もある。幽々子に関して小町は大きなペナルティを受ける事はおそらくないと答えた。幽々子が三途の川で結果的に果たしている役割は非常に大きく亡者を食い止める事に一役買っているからだ。

 一通り情報の共有が出来た所で小町とナズーリンは命蓮寺へ向かうと告げた。命蓮寺に関しての情報はなかったが寅丸星が虎の妖獣とはいえ毘沙門天の代理であるので彼女には加護が付いている事が一つ安心できる点として挙げられた。

 だがナズーリン曰く、代理である為、毘沙門天本人が有する仏力による加護を寅丸が行使することはできないという。あくまで代理人であり業務の代わりや化身として信仰を受ける事は可能であるが寅丸星は七福神の一角の毘沙門天本人ではないからだと。ただし化身である彼女がいる事で信仰による影響は大きく作用し悪意の汚染は限りなく低いのではないかと推察できる。聖白蓮の性格からしても高確率で命蓮寺に何らかの被害が齎されるような、あるいは齎す状態にはならないだろうとナズーリンは言った。

 改めて命蓮寺へ向かおうとする二人へ紫が空間へ切れ間を作り命蓮寺前に送ると提案する。

 小町が、助かるねぇ、と口にし切れ間を頼んだ。

 ――――そこへ。

 妖怪の山の情報を語ってから聞き手に徹していた神奈子が口を開いた。彼女は彼女で全く違う事を考えていたらしい。

 

「毘沙門天の。これを白蓮に届けてもらえないかしら」

 

 神奈子が差し出したのは三体の神札と一つの幻通機だった。

 

「こっちの機械はともかく神道の神の神札とはね。仏に対して……恩を売るつもりかい?」

「まさか。むしろ感謝ね」

「感謝?」

「ええ。あなたのお陰で永琳に一矢報いる方法を思いついたからね」

「ふーん? まあいい。聖が受け取るかどうかは知らないが」

「白蓮にはこう言って欲しいのよ。――――普賢菩薩と千手観音から、とね。おそらく彼女ならその意味がわかるはずだから。大黒柱に貼ればこの悪意から身を守れる清浄な空間を保てるわ」

「おいおい、神が菩薩を持ちだすのかい?」

「その価値はあったわ。だからお願いね」

「わかったよ、仕方ないな。で、こっちの機械は何をするものなんだい?」

 

 幻通機の使用方法を伝え、ナズーリンが受け取ったところで、それを見ていた小町が神奈子へ近寄った。

 

「聞いてれば面白そうな代物じゃないか。なあ神様、私にも一つ、あ、いや二つ譲ってはくれないか?」

 

 言い直したのは小町の分の幻通機は結果的に映姫に没収されてしまうと思ったからだ。そんな彼女の不安をよそに神奈子の脳裏に浮かんだのは外の世界でいう所の霊界通信という言葉だった。

 ――――地獄と連絡が取れるなら実質霊界通信ね。

 しかし小町の登録ができていたか、念のため確認する。すると流石というか見事というか、にとりの仕事は完璧だった。小町だけでなく映姫も登録できているのである。

 ナズーリンへ渡したのは白蓮が持ってくれれば命蓮寺と情報共有が可能になるからだ。小町ならばおそらく映姫へ幻通機が渡るはず、と考えて二つの幻通機を手渡した。これで地獄とも連絡がつけられる。

 

「こいつは済まないね。ありがたく頂くとしようか。じゃあ私らは命蓮寺へ向かうよ」

 

 小町とナズーリンは紫の切れ間へ入り、消えた。今頃命蓮寺の近くへ移動している筈だ。

 切れ間を操作している紫を尻目に神奈子の言葉に感じるところがあったのか隠岐奈が不敵な笑みを浮かべていた。

 

「なにやら面白そうな事を口走っていたね。永琳に一矢報いるとか。どうするつもりかな?」

「ねぇ、隠岐奈。忘れ去られたものと実現していないものは実質ないものと捉えていいのよね?」

「ん? そうだね。そう捉えて差し支えないよ」

「つまりそれは夢であったり理想であったり想像したものでも形がないのなら幻想郷では存在する事が許される、そう考えていいわけね?」

「ああ、それで相違ない」

 

 隠岐奈が肯定した瞬間、神奈子の口から息が漏れる。それは一種の諦観めいた覚悟が定まったようなそんな一息。その表情を見逃さなかった賢者は続きを促した。返事を聞くまで動かないとばりの隠岐奈に神奈子は答えた。

 

「先ほどの白蓮への感謝にも通じるけれど。礼を言うわ、隠岐奈。貴方のお陰で確信した。一矢報いる方法、それは――――永琳には人類の夢を見せてあげるのよ。不老不死と並ぶ人類が持つ無限の欲の到達点の一つ。おそらくだけど――――」

 

 そこで神奈子は言葉を切る。やや思いつめた表情で隠岐奈を見返し口を開いた。

 

「私がやろうとしている事を永琳が見たら、あの人は真っ先に私を殺すでしょうね」

「何を仕出かすかは分からないが、月の賢者に一矢報いると言っているんだ。そのぐらいの報復はあって然るべきだろう? だが、俄然興味が湧いた。見せて貰おう、人類の夢とやらを。それとも軍神ともあろうものが月より落ちた者を恐れるとでも?」

 

 隠岐奈の煽りに神奈子は肩を竦める。神奈子にとって永琳はそれほどの存在なのだ。月の賢者云々の前に彼女は――――。

 ――――しかし。

 

「恐れてなお、挑む。武勇発揚、それが私の神徳でもある。挑まずして、戦わずして何が軍神か。だから安心していいわ」

「当然さ。もちろん例の作戦も上手くいくことを祈っているよ」

「それは光栄ね。ただタイミングは上手く見計らって頂戴。そこは任せるから」

「ああ、心配はいらない。必ず決めるさ」

 

 表面だけ見れば軽い会話のようだがその実、裏に潜むプレッシャーは計り知れないものがあった。隠岐奈にしても神奈子が提案した策に乗っているのだ。失敗などありえない。その為の確認の意味が込められていた。神奈子もまた隠岐奈の意図を汲み取っており失敗は許されない事を突き付けられている。

 永琳の捕縛が後の戦いに作用することは間違いなく、なんとしても彼女を捕らえなければならない。

 小町から入手した情報は幻想郷を管理する賢者の隠岐奈にとって、顔には出さないが全く持って厄介な事この上ないものだった。だからこそ作戦の結果は成功だけがどうしても必要なのであっだ。

 

 

 手持ちのナイフは残り四本。時間に介入できるのは十六夜咲夜だけではない。その事実が咲夜の本来の戦闘スタイルのリズムを著しく崩していた。ナイフの回収ができないだけでなく蓬莱山輝夜は自身の肉体にナイフが刺さろうともそれが致命傷でない限り受け入れているのである。既に背中には針山の如くナイフが刺さり腕や肩など頭部を守る為に防いだ時に刺さるがままになっている。

 ――――正気じゃない。

 人間として破格の能力を持つ咲夜をして輝夜はデタラメだった。不老不死の体を持ちながら咲夜と同じく時間へ介入できる能力まで手にしている輝夜の戦闘スタイルはあまりにも、そう。退廃的過ぎる。死なないからこそ死を度外視した戦い方。

 輝夜の桃色の上衣は彼女自身が流した血によって赤く染め上げられているし切り裂かれた部分は妙に煽情的でもある。

 しかし咲夜は狙って血を流させたわけではない。そもそも鈴仙に殺すなと釘を刺されている。咲夜は飽く迄牽制にナイフを投擲していたに過ぎないのだ。だが刺さるのを構うことなく突っ込んできたのは輝夜の方だ。

 躱すでなく、防ぐでなく、受けてなお突き進む。滅びを良しとした彼女の戦い方は目に毒過ぎた。しかし倒れない。

 咲夜、鈴仙、妹紅と三人を相手にして、だがその脅威は未だ顕在ときている。それでも血を流し過ぎたのかややふらつく様子と体力は削っているのか肩で息をしている所から見て咲夜達の方が優勢とみていいだろう。

 殺さず捕縛。これがどれだけ難易度が高いことか。一番戦い難そうなのは藤原妹紅だった。殺し合いであるならば彼女の炎は輝夜にも届く。だが生かして捕縛というオーダーである以上、殺し合いより生温い攻撃になるのは仕方ない。鈴仙にしてもその元軍人としての格闘は目を瞠るものがあるが、当然輝夜はそれを知っているので近接戦闘へ持ち込む度に須臾を使って逃げられる。その間は咲夜が相手をする、という状態になりつつある。とにかく輝夜には休める時間を与えない。与えたら最後、蓬莱の薬の効果で短期間で回復されてしまう。

 そこで咲夜は輝夜を殺さず生きたまま落とす方法を思いついた。そしてそれは既に実行済みである。後は残りのナイフ四本で合図をすればいいだけだ。

 輝夜の戦闘線上は鈴仙、輝夜、妹紅、咲夜の順になっている。主に妹紅が矢面に立っているが、やはり致命傷となる場合は須臾で逃げられる。その時間は咲夜が変わり、時が動き出すと一早く鈴仙が突撃している。この状態が数度続いている。そろそろ輝夜が打開してもおかしくない。だが一番いいタイミングがまだ来ない。咲夜が狙うのは戦闘線上が輝夜、鈴仙、妹紅、咲夜となる事だ。輝夜は必ず誰かを背後にして戦っているのだ。特に鈴仙を背後にしている。おそらく狂気の眼を見ないようにするためであろう。

 しかし、必ずそのタイミングは来る。

 須臾を使われ妹紅から距離を取る輝夜へ咲夜が肉薄する。輝夜と戦っている中で気付いた事があり、それは輝夜の近接格闘術は完全な我流でありおそらくは以前から妹紅と戦い合っている中で

培われたものであると推察された。故に経験に基づいた喧嘩殺法であろうが殺し合いの蓄積で身についたそれは完全に相手を殺す為のものでいかに効率よく壊すかに重点が置かれている。そうであるならばやりようはあり、咲夜は紅魔館で鍛えた体術を駆使して輝夜に対しては組み合う事はせず一撃入れては離脱を主軸として行っていた。それは同時に輝夜を落とす作戦のタイミングを計る意味も入っていた。

 そして。

 輝夜が須臾を解除した瞬間、それは訪れた。理想の戦闘線上になったのを確信した咲夜はナイフを投擲する。それは輝夜を狙ったものであったがやや高く飛んでいる。輝夜から見れば頭部あるいは首を狙ったものと思うだろう。

 しかしそのナイフは果たして本当に輝夜を狙ったものだっただろうか。投擲されたナイフこそが合図。

 輝夜の背後が誰もいない。この瞬間、この一瞬を作り出す為だけに咲夜は戦場をコントロールしてきたのだ。

 その刹那である。

 ナイフの合図を読み取った風見幽香と戦っていたはずの紅美鈴が輝夜の首へするりと腕を回していた。

 さらに、美鈴は輝夜の反撃を見越して背後を取った直後に彼女の肩を外していた。それも正しく処置が行われれば綺麗に治る外し方で。

 中国拳法には擒拿法という関節と絞め技に特化した技法がある。当然頸部を絞め、相手を失神させる術技、その仕組みを美鈴は

熟知している。蓬莱人であっても――――妹紅が殺している以上――――体の仕組みが違うわけではない。殺さず無力化する事にこれ以上適したものはあるまい。傷跡が残る訳でもましてや殺すわけでもなく相手を五体満足で無力化する。

 故に。

 頸動脈を圧迫する事で失神させ気を失わせる事は可能と見た咲夜は幽香と戦っていた美鈴へ彼女だけが分かるように敢えて美鈴の戦闘領域へ輝夜に悟られることなくナイフを投げ咲夜の意図を伝えたのである。

 美鈴の戦闘領域を咲夜が侵す筈がない。ならば何か理由があるのは明白と読んだ美鈴と目配せを行い、輝夜の背後を取れる一瞬の隙を作り、そこを美鈴が完璧に決めたのだ。

 

「妹紅! 風見幽香を!」

 

 咲夜が叫ぶ。

 美鈴が加勢する事は流石に妹紅も鈴仙も気付けず、しかも幽香の相手である美鈴が輝夜へ相手を変えたものだから、ほったらかしにされた幽香にしたらとんでもない侮辱である。

 戦いで気を張りつめていた妹紅は咲夜の言葉を正しく受け取り幽香へと戦意を変えた。二人は刹那の時間で相手の意図を汲み取った。それを確認した瞬間、咲夜は時を止めた。美鈴に頸部を力一杯絞め上げられた状態で時が止まった輝夜にしてみれば時が止まれば美鈴は微動だにしない万力も同然である。つまり時が止まった世界で輝夜を絞め落とそうと咲夜は考えたのだ。

 しかし輝夜とて咲夜の作戦に後手に回ったとしても読み取れている。この――――時の止まった世界さえ突破できればどうとでもなる。

 

「な…………な、められた、もの、ね……永夜、返し……!」

 

 頸部の圧迫を受けながら再び永遠を持って介入してきた。序盤の攻防の再演である。最初は絡め捕られてしまったが二度目はない。しかし咲夜の時間がとんでもない速さで過ぎていく。

 咲夜が永夜返しに耐えられるか、輝夜が先に落ちるかの勝負だった。

 時が流れない世界で咲夜の感じる時間は凄まじい体感を齎していた。常人では発狂ものである。さしもの咲夜も二度も受けては厳しいものがあった。思わず膝を着き美鈴に絞められる輝夜を見上げる。

 ――――まだ、落ちないの!?

 身体中から汗が吹き出し、ぽたりと赤い雫が地面へ落ちる。時を操れるとはいえ咲夜は人間である。永遠の体感に肉体がついていかなくなったのだ。鼻腔から血がぼたぼたと落ちていく。それだけでなく視界も赤く滲んでいく。

 血涙が流れ、前が見えなくなる。それでも時止めを解除はしない。ここで解除したら全てが無駄になる。

 咲夜の脳裏に過るのは主であるレミリアの言葉。

 ――――この異変を首尾よく解決なさい。

 偉大なる夜の王、赤い月の吸血鬼から直々に下された命を遂行する為にここで咲夜の果たす役割は非常に大きい。

 異変自体はまだ序盤に過ぎないだろう。しかしその解決の大いなる一歩となるのが蓬莱山輝夜の捕縛なのである。輝夜を捕らえなければ永琳の捕縛作戦も決行はされない。仮に全てを放り出してレミリアの救援に向かった所で彼女からは失望されるだけだろう。ましてや解決しろと厳命を受けたのにもかかわらずレミリアの下へ向かうのならば命令違反と捉えられるかもしれない。

 ならば今はまだレミリアの許へは帰れない。

 咲夜の忠誠心が肉体の悲鳴をも凌駕して永遠に抵抗する。傍からみれば一瞬の攻防だが後に与える影響を考えると時を解除することはあり得ない。この一瞬はもう訪れることはないのだ。ましてや一度絡めとられた身として、時を扱う者として、絶対に負けられない。そう、同じ時を扱う者である輝夜へ二度も負ける事はプライドが許さない。

 さあ、十六夜咲夜。なに、簡単な仕事だ。輝夜が失神するまで待つだけのただの待機だ。紅魔館へレミリアの友人や紫などの要人が訪れるとき、いつだってやっている、ただの待機。手筈通りに動き、イレギュラーにも対応できるように待機するだけの簡単な仕事だ。瀟洒なメイドなら初歩の初歩だ。ただそれだけの仕事だ。メイドならできて当たり前の簡単な仕事だ。十六夜咲夜、それもできずして何が紅魔館のメイド長か。

 やるべき事をやる。ただそれだけだと咲夜は己に言い聞かせる。初歩の仕事もできないなんて主の顔に泥を塗るも同然だ。

 

「ああッ! ああァああァァああアああァあああああッ!」

 

 咲夜の絶叫が輝夜へ届く。

 時を扱うとはいえただの人間がこれほど抵抗するなど有り得ない。事ここに及んで輝夜は咲夜への認識を改めなければならなかった。

 ――――これは強敵だ、と。ここまで追い詰められたのは自身に非がある。相手は有限の人間であり無限を生きる己に対し短い時間の中で輝夜を超える作戦を作り上げそれを実行し、この状況を作り出した。それは素直に敬意を表する事である。

 だが輝夜とてそれで打ち負かされるのは面白くない。どれだけ耐えようが発狂寸前であるのは違いない。輝夜にしても早く時止めを解除しなければ身動きが全く取れないどころか失神してしまうのだ。すでに眩暈のような揺れを感じる。自身が落ちそうである事を認識してしまう。

 ――――早く時を進めなさい!

 輝夜も耐える。自身が落ちる前に咲夜が耐えきれなければ勝ちなのである。普段なら時を意識しない己がこの時の止まった世界で時間が進む事をこれほど意識させられるとは。

 しかし。

 それでも時は止まったままで。

 

「落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろ、落ちろッ!」

 

 呪詛めいた咲夜の声が。両手両膝をつきながらも顔だけは輝夜を見上げ、その瞳は今だ狂気の色はなく信念が宿っている。

 ――――嘘でしょう!? 永夜返しに耐えるなんて!?

 一瞬の視線の交差。

 咲夜の双眸が言葉でなく態度でなく瞳だけで輝夜へ訴える。一歩も退かないと啖呵を切っている。その意志の強さが否応なしに輝夜へ伝わる。

 何故こうも、そう思った時、この戦いで己と相手とで何を背負っているのかに思い至った。相手は咲夜だけでなく美鈴、鈴仙も妹紅もいる。少し離れて妖夢、てゐ、小悪魔もいる。対して輝夜はどうか。一人ではないか。輝夜は自分の為に。相手はきっと何かの為に力を合わせて立ち向かってきているのだと。

 多勢に無勢。

 孤立無援。

 何故私は一人で戦っているのだろう――――と。

 ――――その時、輝夜の意識が暗転した。

 刹那。意識が途絶える最後に輝夜の脳裏に浮かんだ顔は。

 何故か、八意永琳だった。

 輝夜の意識消失と同時に咲夜を襲う永遠も消える。それは普段通りに己が時を止めている世界に戻ったという訳だ。

 それでも。

 咲夜は限界だった。

 耳に手を当てる。そして時は動き出す。

 最後の気力を振り絞り幻通機を起動し霊夢へ連絡を入れる。

 

『霊夢よ、何かあった?』

 

 やや硬いがいつもの博麗霊夢の声。何故か随分懐かしく感じる。

 

「……輝夜を捕まえた、わ。後は……よろしく」

『は?』

 

 時が動き出した瞬間に美鈴の腕にはぐったりした輝夜がおり、目の前には血だらけで膝を着く咲夜の姿があった。

 

「咲夜さん! 大丈夫ですか!?」

 

 美鈴の声が幻通機を通して霊夢へ届く。

 

『ちょっと咲夜、どうしたの、ねえ! 紫! 今すぐ咲夜んとこへ向かって! 捕まえた――――』

 

 霊夢の声が途切れる。咲夜が幻通機へ注いでいた魔力が止まったのだ。同時に、ぐしゃり、と地面に咲夜は倒れ伏した。

 輝夜を地面へ寝かせて美鈴は咲夜を抱き起こした。血涙と鼻血とで顔は真っ赤になっている。美鈴には想像するしかできないが時が止まった世界で輝夜と繰り広げた攻防がこの結果なのだろう。そして、咲夜は見事に輝夜を捕まえたのだ。

 咲夜もまた気を失っているが息はあり、体に外傷も見られない。美鈴は己の服が血に汚れるのも無視して咲夜の顔を拭いた。この流した血がやり遂げた鮮血なのだ。

 そこへ紫の切れ間が開く。

 紫を押しのけて飛び出してきたのは霊夢と魔理沙だった。

 

「霊夢さん!? それに魔理沙さんも!」

「咲夜は無事!?」

 

 言うが早いか美鈴の抱える咲夜へ霊夢は近づく。美鈴がある程度は綺麗にしたものの血に塗れているのは見て取れた。

 

「気を失っていますが、大丈夫です。ちゃんと生きてますよ。時間の止まった世界でどんな戦いがあったかは分かりませんが咲夜さんは輝夜さんを止める事が出来たようです」

 

 美鈴の言葉に霊夢と魔理沙は安堵に胸をなでおろした。

 しかし安心できるほどこの場所は安全地帯ではない。

 切れ間から出てきた紫が咲夜と輝夜を回収するわ、と告げる。けれど二人の視線の先には風見幽香と戦う妖夢達の姿がある。救援に来て咲夜と輝夜を回収するだけでは流石に気が収まらなかった。

 

「悪いけど、紫。私は幽香を止めるわよ。こんな事になった以上、博麗の巫女が出ないでどうするってのよ」

「気持ちは分かるけど許可できないわ。異変の黒幕と言えるアラディアが姿を現さない以上、博麗の巫女は温存します。――――霊夢、貴方は幻想郷の切り札なのよ。異変を起こしている悪神が相手なら文句はないわ。だけど輝夜も幽香も既に幻想郷の住人よ。ましてや汚染されている彼女達の退治は博麗の巫女の仕事ではない。言っている意味、分かるわよね?」

 

 紫を射殺すほどの視線で霊夢が睨み返す。今まで手を拱いてみる事しかできなかった彼女からすればこれほど歯がゆい事はないだろう。けれど紫の言葉もわからないではない。幽香にしても輝夜にしてもアラディア・アーリマンの被害者という立場でもあるのだ。拳を握り締めて戦慄く霊夢の肩に魔理沙が手を置く。

 

「だったら私が出るぜ。私は巫女じゃないからな、文句はないだろ賢者様よ?」

「ええ。貴方なら文句はないわ」

「という訳だ、霊夢。ここは任せてくれ。それに、霊夢には霊夢にしかできない事があるだろ? 輝夜の悪意を祓ってやれよ。それができるのは巫女であるお前だけなんだぜ?」

「――――魔理沙」

「じゃあ魔理沙様、出陣ってな、いっちょ本家マスタースパークに挑むとするぜ」

 

 箒を持って立ち上がる魔理沙へ紫が声を掛ける。

 

「魔理沙、終わったら幻通機で連絡して頂戴ね」

「分かってる。吉報を待ってろよ、紫」

 

 八卦炉を構えて箒に飛び乗り魔理沙は上空へと躍り出た。

 それを見送り霊夢は咲夜を背負い、美鈴は輝夜を抱えて紫の切れ間へ戻った。

 美鈴に代わり参戦した魔理沙が幽香と白兵戦を行っている妖夢と妹紅へ退くように声を掛けた。幽香も既に魔理沙の存在を感知しており退いた妖夢と妹紅を追う事はせず魔理沙を眺めている。八卦炉の励起具合から魔理沙がマスタースパークを撃つ事は予測がついた。幽香はそれに合わせて極大の閃光を放つつもりでいる。

 

「行くぜ。一発で決めてやる――――マスタースパーク!」

 

 八卦炉に込められた魔力が臨界を迎えて撃ち放たれる。

 

「本気で行くわ。原子の霧にしてあげる」

 

 一筋の線が煌めいた瞬間、大極光が迸った。

 地上と上空で撃ち放たれた閃光は衝突し削り合う。マスタースパークは魔力を散らし大極光は光が星屑めいて霧散していく。

 拮抗していたそれは徐々に幽香の優勢となっていく。相対している魔理沙が一番押されている事を感じている筈だ。

 威力は大極光に比肩しうるものだった。ならばなぜ押されているのか。

 ――――持続力の違いか。これだから妖怪ってのはズルいぜ。

 原因を瞬時に突き止める辺り、魔理沙の魔法知識も相当なものである。普段のおどけた様子とは裏腹に魔法研究は怠らない努力家なのだ。

 劣勢の原因が分かったのは魔理沙本人だけではなかった。出力の維持が続かなくなったと推測できたのは小悪魔である。伊達にパチュリーの下にいるわけではない。無論魔法そのものを使うとなると話は別だが今回のケースでは小悪魔でも協力ができる。マスタースパークが押されてしまうのは注ぎ込む魔力量の消費が追い付かないからで、つまり供給さえ滞らなければ幽香に競り勝てる可能性がある。ならば小悪魔にできる事は魔力そのものを魔理沙へ譲渡する事である。魔理沙の背後へ回った小悪魔は彼女へ向けて魔力を分け与えた。

 八卦炉へ供給される魔力が増えた事でマスタースパークが盛り返していく。小悪魔の行為は妖夢と妹紅、鈴仙、てゐに行動を起こさせた。持てる力を魔理沙へ託す。

 てゐの能力、人間を幸運にする力が魔理沙に十全に働き託された力が最高の効率で動員される。過去最高のエネルギー充填を感じた魔理沙はマスタースパークの威力を底上げする。相手は幻想郷最古参にして大妖怪の風見幽香だ。魔理沙をして本家マスタースパークと言わしめる力の持ち主。彼女の大極光を打ち破ったとして致命傷になる事はおそらくあるまい。そこまで計算した魔理沙は託された力をつぎ込んでいく。

 対して幽香にしてみれば有象無象がどれだけ束になったところで、という大妖怪としてのプライドがある。故に先に退く事はあり得ない。だが事実、魔理沙に押し返され始めている。幽香とて無尽蔵、無制限に妖力がある訳ではない。ましてや魔理沙が参戦するまで美鈴、妖夢と接戦を繰り広げ小悪魔とてゐの援護射撃を受けていたのだ。美鈴と交代した妹紅、輝夜が落ちてから鈴仙まで対幽香へ回っている。疲労がないわけではない。今までの戦いの影響は間違いなくある。

 徐々に。徐々に大極光が劣勢になりつつある。しかし退けない。退くものか。――――こんなところで。

 

「いっけぇッ!」

 

 魔理沙の声が響く。それが合図かマスタースパークに大極光が飲み込まれた。

 魔力の奔流を浴びながら幽香は真正面から耐える。全身を焦土と化す見事な威力。素直に称賛せねばなるまい。例え仲間の助けを得た物だとしても仲間に助けられるだけの繋がりという力もまた本人の力なのだから。

 マスタースパークの光が弱くなり一筋の線となり消えていく。その中でも立っている幽香の姿を認める。

 

「――――まじかよ。こいつを受けて立ってられるのか」

 

 魔理沙の首筋に汗が一滴落ちていく。

 けれど。

 魔理沙を見上げた幽香は口元に笑みを浮かべるとそのまま背後へ倒れた。

 彼女へ警戒しながら妹紅が近づく。

 どうやら罠ではないようだ。

 

「あんた、もう大人しくしてくれるな?」

「仕方ないわ。こうなってはね。ただ――――」

「うん?」

「メディスンはどうなったかしら?」

「は?」

 

 聞けば幽香と輝夜が敵対していたのは、元は輝夜がメディスン・メランコリーを痛めつけていたからだという。メディスンは永琳と交友関係にある。無名の丘の鈴蘭畑の一角を因幡てゐに貸し鈴蘭の毒を永琳に渡しているのだ。

 妹紅は少し考える。輝夜は悪意に汚染され、どんな事情があったかは知らないが永琳と仲違いしているらしい。妹紅や鈴仙が永琳と口にしただけで機嫌が悪くなった彼女だ。輝夜と出会ってしまったメディスンは永琳の名を出してしまったのだろう。

 そして気の毒な事に腹の虫が悪かった彼女の反応を楽しんだか、揶揄ったかして何らかの被害を受けた、そんなところだろうか。

 それを止めようとした、あるいは報復しようとして幽香は立ちはだかった、という事か。

 

「あんた、悪い奴じゃなさそうだな」

 

 そんな妹紅の言葉に幽香はくっくと笑う。

 

「人間が妖怪に悪い奴じゃない、か。不思議な事をいうのね、貴方」

「ま、私も並みの人間とは違うからな。千年も生きりゃ、むしろ妖怪の方が馴染みがあるってもんだ」

「そう。じゃあ妖怪よりの人間さまにメディスンの事を頼んでもいいかしら? 無名の丘にいるはずだから」

「ああ、いいよ。ちょっと待ってな」

 

 妹紅はマスタースパークを限界まで放って疲労困憊の魔理沙に事情を伝え、幻通機で紫と連絡を取ってもらいメディスンの回収と幽香の回収を頼んだ。

 するとすぐに切れ間が開き幽香ともども妹紅達も回収された。

 続けて無名の丘へ切れ間が開き鈴蘭の草原の中、倒れているメディスンを回収した。

 太陽の畑は激しい戦闘の後を残し、確かに悪意汚染されたものの影響を色濃く刻み付けていた。

 

 

 紫の切れ間によって人間の里の外れに降り立ち、命蓮寺へ辿り着いた小町とナズーリンの二人。周囲には人気はなくいつもと変わらぬ長閑な様子だ。耳を澄ませば寺の方から読経が薄っすらと聞こえてくる。普段なら門前にいる幽谷響子の姿はなかった。おそらくは読経に混じっていると思われる。

 門を潜り敷地内に入ると読経はより聞こえやすくなる。

 灯篭の並ぶ石畳の参道。奥に石造りの階段がありその先に本堂が鎮座している。階段の脇から墓地へ続く道がある。

 目を眇めて小町が見ている事に気づいたナズーリンはどうしたと問うと彼女は剽げた様子で――――だがその仕草とは裏腹に鋭い気を放っている――――誰かいるねぇ、と言った。

 言われてナズーリンも墓地を見渡してみる。墓石の間を動く影が確かにある。それもどうにも挙動が不審である。だがそれはどちらかというと夢遊病というか眩暈というか具合の悪いものの言動に近いものに感じられる。

 

「あちゃあ。汚染されているねぇ」

 

 死神らしく悪意汚染を一目で見抜いた小町はそれでも焦った様子はない。

 

「あれはぬえじゃないか、って!」

 

 影の正体が封獣ぬえだと見抜いたナズーリンは小町と違って焦っていた。ぬえの周囲の墓石が粉微塵になっていたからだ。状況だけみれば下手人は明らかにぬえである。

 ――――と。

 ぬえの手にしている三叉槍が閃く。その正確無比な一突きで墓石は音もなく無残な石ころと化した。

 悪意に汚染されていたぬえはものに当たる事でその鬱憤を晴らしていた。墓地の惨状を見れば後で白蓮に打擲されるのは目に見えている。それを想像したナズーリンは気が重かった。何故なら惨状を知っていながら放置した事を白蓮は咎めて来るだろうからだ。

 

「すまないが、私はアレを止めなければいけない」

「ま、乗りかかった船さね。私も手伝うが、まずはお宅の住職に助けを求めたらどうだい? 幸か不幸かあの神様から神札をもらったんだろう? ここでアレを見張っておくから行ってきなよ」

「悪いな、頼む」

 

 ナズーリンは本堂へ向かい小町は立ち止まり墓地を徘徊するぬえを注視したまま身を隠した。ぬえはふらふら歩いては墓石に八つ当たりの如く槍を振るう。どうにも調子が悪いという風だ。

 ぬえに作用した汚染がどういう反応、あるいは症状を齎したのか。ぬえが物に当たっているのはまさしく症状と言ってよかった。その原因は緱婉姈が送った悪意であり汚染された結果がこれである。これにより本来正体が分からないはずのぬえに悪意という正体不明の中であっても明確に開示される情報が植え付けられた。得体の知れない物は本来何の理解も出来てはならないのに理解できてしまう不純物が混じってしまったのだ。彼女のアイデンティティが歪められた所為でこのような状態へと陥っていた。

 それでも命蓮寺の墓地内にいたという事実はぬえなりにここが己の居場所である、と主張している事と同義だった。

 ――――と。

 何基目かの墓が石くれになった瞬間である。墓の中空に仙境が開き、中から霍青娥と宮古芳香が飛び降りてきた。

 流石に見逃せなくなった小町は墓地へ足を踏み入れる。

 

「ちょっと失礼するよ。仙人さん、こいつへ手を出すのは待ってもらえるか? 今、ここの住職が来るんでね」

「あららら。こんなところで死神さんと出くわすなんて珍しい事もありますわね」

 

 真意を読み取れない笑みを浮かべる青娥とやや機嫌の悪い芳香が小町の傍に寄った。

 

「それはこっちの台詞でね、邪仙のお前さんがどうしてここに?」

「ここは芳香ちゃんのお気に入りの場所ですからね。ああも破壊活動に精を出されては困りますので、大人しくして頂こうかと」

「うおぉ。正体不明の奴がうろついては困るのだ」

「なるほどね。それが言い分という訳だ。とはいえ、ここは一応寺の敷地内。戸主に責任を取ってもらうのが筋ってもんじゃないかい?」

 

 小町としては住職である白蓮に事を収めてもらうのが一番波風が立たずに済むと考えていた。ここで青娥と芳香に乱入されてぬえと一戦交える事になってしまえば、神霊廟に属する青娥と白蓮率いる命蓮寺との間に禍根が出来、無用な争いの種が生まれる可能性があったからだ。普段なら勝手にすればいいのだが、この時、この瞬間では非常によろしくない。争いの種が蒔かれれば、それが新たな悪意の温床となり得る。

 それは引いては地上での悪意の蔓延が長引く事に繋がる。どう転んでもマイナス要素しかないのである。

 笑みを貼り付けたまま青娥が逡巡し一歩引いた。どうやら小町の言葉を受け入れてくれたらしい。無論青娥としても命蓮寺と意味のない対立をしてもメリットなどある筈もなく、白蓮がこの場を収めるというのならわざわざ青娥が手を下す必要はないと判断したからだった。

 

「そういうことでしたら、お任せしましょう」

「助かるねぇ。――――と、責任者登場ってね」

 

 小町が振り返ると駆け足で聖白蓮、寅丸星、雲居一輪、村紗水蜜、ナズーリンが向かってきていた。

 軽く手をあげた小町に白蓮が走りながら頭を下げた。そのまま小町を抜き去りぬえへと肉薄する。

 続いて追いついた寅丸が小町の隣に立った。

 

「ナズーリンから話は伺いました。詳細はまだですが、まずはお礼を言わせてください」

「お礼って……私はなにもしてないけどねぇ」

「いえ、ぬえを発見してくれた事にです。まさか寺へ戻ってきていたとは」

「というと、行方不明だったわけかい?」

「ええ。妄念が広がるという怪異が起こってすぐに我々は諷経を始めました。各々の貪瞋癡を払う為です。ですがぬえは普段からサボり癖がありまして諷経を始めた際もいつの間にか姿を晦ましていたので。心配ではありましたが、この怪異は人の心を惑わすものでしたから人員を割く訳にもいかず」

「今の今まで分からずじまいだった訳だ。けれど、寺の敷地内に戻ってきていたところを見るとどうやらここがあの娘の居場所だってことなんだろうねぇ」

 

 小町の視線の先で厳しい表情を浮かべた白蓮が一切の容赦なくぬえを撃ち据えている。対するぬえも妖怪としての本能で抵抗しているものの不調を来たしている状態では超人化している白蓮の猛攻は止められない。

 ぬえを救う為にぬえを押さえなくてはならない白蓮の心中を察して小町は思う。

 ――――己の心を殺せるのは良い人だけだ。茨の道を行く、その思い、覚悟は見事なものだねぇ。

 ぬえの抵抗を悉くいなして戦意を失わせる。元より本調子どころか自意識もぼやけてしまっているぬえは撃ち据えられた末に戦闘不能へ追い込まれた。そうなった瞬間に小町が助け舟を出す。

 

「後は私に任せな。悪意――――あんた達風に言うなら妄念を根こそぎ刈り取るよ」

「そんな事が可能なのですか?」

 

 振り返った白蓮に問い返される。その答えは小町ではなくナズーリンから齎された。

 

「聖、それは信用していい。その死神が妄念を刈り取れることは私も実際にこの目でみた」

「そうですか。ではお願いしても?」

「はいよ」

 

 小町が大鎌を振るいぬえの悪意を刈り取った。すると不調を来たしていたぬえの様子が目に見えて変わった。どこか夢遊病者のような虚ろな表情が消え、普段の表情へと戻った。だが聖に打擲された肉体は結構なダメージを負っていたので苦悶に顔を歪めていた。

 

「ぬえ?」

 

 地に伏したぬえを白蓮が抱き起す。意識はあるようだ。

 

「…………ごめん、聖……迷惑、掛けた……。声は聞こえてた、けど、私が私じゃない……ような感覚で……」

「貴方は悪くありません。ぬえ、貴方は悪くないのです」

 

 うっすらと意識のあるぬえと話がしたいのは分かるのだが、一先ずは落ち着ける場所への移動を提案する。

 

「取り敢えず。彼女を安静にできる場所はあるかい?」

「本堂へ運びます。貴方の用もあるでしょうし、話はそこで伺います」

 

 白蓮がぬえを背負うと次に霍青娥と宮古芳香へ水を差し向けた。

 

「それで。あなた方は当寺へ何用ですか?」

「いえ。私達はただ、ここで暴れている方がいましたのでね。止めるべく参上したにすぎませんわ。もっとも手を出すまでもなく貴方が来たのですけどね」

 

 青娥の言葉が信用できるかどうかはこの際、置いておくとして白蓮はまずは安心して話せる場に移動する事が必要であると考え、この場にいるもの全てを本堂へと受け入れた。

 彼女に促されて本堂へ向かうべく足を向ける小町にナズーリンが近寄った。

 

「山の神からもらった札だが、本堂の大黒柱に貼っておいた。あの神の言葉が本当なら本堂はまず大丈夫だろう」

「そうかい。いや、やはりお前さんについて来てもらって正解だった。私一人ならここまで円滑には行かなかっただろうからね」

 

 小町は礼を言うと白蓮たちに続き本堂へ歩き出した。

 石造りの階段を上り本堂へ招き入れられる。本堂には幽谷響子と秦こころが座っており戻ってきた白蓮たちの姿を認めて安心した風に頭を下げた。

 奥には毘沙門天王像と善膩師童子像、吉祥天像が鎮座しさらに内陣の奥には二十八使者像が安置されているのが見える。

 白蓮から指示を受けた一輪と村紗がぬえの為に布団を持ってきて壁際へ敷く。そこへ意識が朦朧としているぬえを寝かせた。

 ぬえの様子を一輪へ任せて毘沙門天王像を背後に白蓮が座り車座になってそれぞれが腰を落とした。白蓮の対面に小町が座り、ようやく落ち着いてから口を開いた。

 必要な話を掻い摘んで語り、時折ナズーリンが口を挿み紫たちと情報交換した事柄を伝えた。

 寺の外で起こっていた数々の異変に白蓮たちの表情に影が差す。無論、命蓮寺以外でも妄念が――――今では悪意汚染だという事が分かっている――――広がっているだろうことは予測していた。しかしそれが幻想郷全域、それも地獄や月も含めての大きすぎる規模だったとは流石に言葉を失くした。むしろぬえの件は被害という点に於いてはかなりマシな部類に入った事は不幸中の幸いだった事に驚かされた。

 命蓮寺在住者としては後は二ツ岩マミゾウがいるが今の所彼女がどこにいるのかは小町の持つ情報にはなかった。だがマミゾウの居場所に心当たりがある一輪が言うには人里に出かけたまま帰ってきていないらしい。

 もう一人、命蓮寺で暮らしている訳ではないが目を掛けている多々良小傘がいるが彼女も現状ではどこにいるのか不明である。こちらもおそらく人里のどこかにいるのではないかと思われるが。

 話が脱線しかけた所で小町は本来の役目に立ち戻り村紗水蜜の出頭要請が四季映姫から出ていることを伝えた。村紗には何かしらの心当たりがあったようで冷汗を拭っていた。見事に勘違いしている彼女にこの状況下に於ける出頭要請であり、想像しているような何らかのペナルティを負うのでは、という考えは違うと小町に指摘されると村紗は心から安堵の溜息をついた。

 ついては今すぐに来てもらえないかと小町が頭を下げると、白蓮より力になってあげてと言われた村紗は仕方ないな、と了承の意を示した。その村紗に小町は懐から閻魔の木簡を取り出し手渡した。これがあれば加護が得られ、閻魔のお墨付きで地獄へ行ける公用旅券なのだと語った。

 小町は白蓮に礼を言って村紗と連れ立って命蓮寺を後にした。

 まずは第一関門突破という所か。後は無事に三途の川へ辿り着ければいい。

 残された白蓮たちの間には重い空気が漂っていた。

 小町とナズーリンより齎されたこの異変の黒幕――――悪神アラディア・アーリマンの存在。

 そして悪意汚染。その影響は様々な形で発露し、住人の一人である封獣ぬえが被害を受けている。

 幸いにもナズーリンが八坂神奈子より神札をもらっていたので本堂内は清浄な空間を保つことができている。普段なら丁重にお返しするべき所だが白蓮が受け取ったのは普賢菩薩と千手観音から、という言葉があったからだ。

 神仏習合という神道と仏教の融和した思想がある。神と仏は一体であるという考えだ。神道の神である神奈子が仏の名を持ちだす。それがいかに仏教側である白蓮に対し譲歩したかが窺える。

 なればこそ白蓮もその意志を汲む事にしたのである。

 尤も。

 お礼の為、ということがいまいち白蓮には理解が及ばなかったが神奈子にとって何らかのメリットを齎していたという事だろう。そう納得した所でもう一つの贈り物を手にする。

 なんでも幻通機と呼ばれる離れている相手と話ができる代物だという。面妖な機械の使い方を教えられてもにわかには信じらないが実際に使えるらしい。動力には魔力を注ぎ込む必要があるのだとか。

 それはともかく。

 白蓮の視線はもう一組へ向けられる。霍青娥と宮古芳香である。彼女達はぬえが墓地で暴れていたからそれを止めるべく現れたというが本当なのだろうか。改めてそれを質してみると青娥は特に隠し立てをすることなく墓地は芳香のお気に入りの場所でもあるから見過ごせなかったのですわ、と答えた。それ以外に他意はないらしい。余裕のある態度から彼女達も悪意汚染は免れているだろうことは読み取れるが、仙人ともなれば何らかの方法があるのだろう。他に知っている事はあるかと訊ねてみるものの青娥にはとぼけられてしまった。ただ黒幕に与している訳ではないと言質は取った。

 もう青娥から得られる情報はなく、白蓮が伝えられる事もないため、神霊廟へ戻りますと告げる彼女を見送ろうとしたときである。

 

「待……て。貴方はあいつを……知っているはず。あれは一体……誰なの?」

 

 布団から状態を起こしたぬえが青娥を睨む。

 ――――そう。

 この中で封獣ぬえだけは神仙、緱婉姈の姿を見ているのである。

 

「誰とは……ぬえさん、何を見たの?」

 

 ぬえを看病していた一輪が訊ね返す。

 

「寺の前で……その邪仙と、同じような奴がいたの。たぶん…………神霊廟へ行ったはず」

 

 見送ろうとしていた白蓮の表情が怪訝なものになる。ぬえの言葉が本当であるなら――――いや、この状況下で虚言をつくメリットなどない。いくらぬえが悪戯好きだとしても、ここで青娥を陥れる嘘をついて何になる。ならばぬえは青娥に似た何者かを確かに目撃したのだろう。

 

「お引き取りは待って頂きましょう。ぬえの言葉通りなら貴方はまだ私達の知らない事をご存知ですね? 答えて頂きますか?」

 

 白蓮の声音に凄みが宿る。青娥としてもここで白蓮を敵に回して得する事は何もない。ましてやここは命蓮寺の本堂である。寅丸星も雲居一輪もいる。また秦こころが身を寄せている状態で白蓮を相手にするのは後のちに豊聡耳神子の耳に入ると面倒ごとを起こしかねない。利を考えるなら答えてしまった方が得だろう。何より喋ったところで邪魔立てした事にはなるまい。そもそも封獣ぬえに見られていたとなるとそれは青娥の落ち度ではない。

 肩を竦めた青娥は芝居がかった仕草で諦めを表現した。

 

「別に嘘を言っていたわけではないんですけれどもね」

「ですが真実を語っていたわけでもないのでしょう。いえそれでは語弊がありますね。虚言も真実も語らなかった、正しくはこうですね?」

「まあいいでしょう。痛くもない腹を探られるのも不愉快ですからね。それにそちらのお嬢さんが目撃していますし。彼女が目撃した方は――――緱婉姈という方です。神仙の女神にして蟠桃園の女仙。あの方は同じ女仙である私に釘を刺しに来たのですよ」

「釘をさす? というと?」

「一言でいうなら邪魔立てするな、という事でしょう。あの方はどうやら月との因縁があるようでしてね。その清算の為に月への道を悪神に開いてもらったみたいですね」

「月……因縁…………。それに貴方が関わっていない証拠はあるのですか?」

「証拠、ですか。そういわれると証拠はないんですが。しかし証明はできます」

「どう、証明すると?」

「神霊廟も被害を受けているのですよ。布都さんと屠自古さんが汚染対象となりましてね。悪意を受けてから何というか仲違いのような状態に陥りまして道場を飛び出して行ってしまったんですよ。まあ道場で暴れられても困るので出て行って頂けたのは不幸中の幸いと申しましょうか」

「そのお二方がどちらにいるのかは」

「残念ながら分かりませんね。道場は今、私しかいませんので神子様がお戻りになるまで待つつもりでしたが、墓地が荒らされている事に芳香ちゃんが我慢できなかったので現れた次第、という事ですわね」

「そうですか」

 

 どこまで青娥の話を信じたものだろうかと白蓮は考える。

 神仙の女神――――緱婉姈なる人物が悪神アラディア・アーリマンに与して暗躍している。ぬえが見たと言っている事からその人物がいるのは確かなのだろうが。

 ――――と。

 ナズーリンに声を掛けられる。

 

「聖。こういう時にそれを使ってみるのはどうかな?」

「ナズーリン?」

「その機械、幻通機を使って誰か神霊廟の奴を目撃しているかどうかを訊ねてみるのさ。ま、分かれば儲けもの程度だけどね」

 

 一理ある意見だ。それに本当に幻通機が使えるものか試す意味もある。

 これは神奈子が作った物らしい事から彼女も持っている筈だ。取り敢えずは神奈子へ通信会話なるものを試してみる。チャンネルを神奈子へ合わせて呼び出してみる――――と。

 

「あの――――」

 

 ――――が。

 

『ごめんなさいッ! 取り込み中だから霊夢へ掛けて! 以上ッ!』

 

 切れてしまった。

 声は確かに八坂神奈子のものであったと思うがどうにも間が悪かったのか一方的に会話が終わってしまった。

 

「なんだったのでしょうか、聖。確かに今のは八坂様の声だったと思いますが」

 

 隣で聞いていた寅丸が首を傾げながら言う。

 

「そうですね。神奈子さんの声でしたが、何やら切羽詰まっていた様子でしたね」

「博麗の巫女へ掛けて、と仰っていたように思えますが、掛けてというのは会話を差し向けるということで良いんでしょうか?」

「おそらくそうでしょう。ではチャンネルを霊夢さんへ変えて呼んでみましょうか」

 

 改めて霊夢にチャンネルを合わせて呼びだしてみる。

 ややあって。

 

『霊夢よ。このチャンネルは……聖ね?』

「ああ、よかった。これが通信会話というものなのですね」

『アンタから呼び出して来てるって事は小町とナズーリンは無事に寺に着いたのね』

「はい。小町さんは閻魔様の用でうちの村紗を連れて行きましたが」

『地獄も大変な状態みたいよ』

「ええ、事情は聞かせて頂きました。ところでこちらからもお聞きしたいことがあるのですが」

『何よ?』

「今、当寺に神霊廟の青娥さんがいるのですが、布都さんと屠自古さんの居場所に心当たりがないかをお聞きしたいのです」

『布都? 屠自古? ちょっと待ってよ。――――ねえ布都と屠自古を見た奴っている?』

 

 通信が繋がったまま霊夢の声が遠くなる。どうやら心当たりがある者がいないか訊いているようだ。

 何やら会話をしているらしいが上手い事聞き取れない。

 

『聖。悪いけど見た奴はいない――――って、何よパチュリー、え、妹紅が? あ、そう。はいはい分かったわ。聖、聞いてる?』

「はい、聞いていますよ」

『あのね、あ~、えっといろいろあって今、妹紅が紅魔館にいるのよ。妹紅分かる? 藤原妹紅。竹林で案内してる奴だけど』

「ええ、存じています。以前、人里で……あれは寺子屋でしたが挨拶をさせて頂いた際にお近づきの印代わりに筍をもらった事があります」

『そう、そいつ。事情は聞いているようだから端折るけど、この異変の影響で紅魔館でもちょっと面倒ごとが起きてんのね。それで、その解決というか手助けに向かってもらったんだけど、どうやらそこにいるらしいのよ、布都と屠自古』

「紅魔館、ですか」

『その二人がどうして紅魔館にってのは聞かないでね。私も今それだけ聞いたから』

「なるほど。ところで霊夢さんは今、どちらに?」

『神社よ神社』

「そうですか。貴重な情報、ありがとうございます」

『それで寺の方は被害は大丈夫なの?』

「はい。被害はありましたが、取り返しのつかないものではありませんでした。ですので安心して頂いて大丈夫ですよ」

『そう。じゃあ寺は任せるから』

「ええ、任されました」

『じゃあ切るわ』

「はい」

 

 ぷつん、と通信が終わる。

 初めての通信会話に奇妙な感動を憶えながら青娥を見据える。

 

「確かに、その二人は飛び出していたようですね。今は紅魔館にいるそうです」

 

 青娥の話の裏付けが取れた事でほぼほぼ彼女の話は信用していいだろうと白蓮は結論付ける。つまり黒幕である悪神、その悪神に与する神仙へ協力している訳ではない。

 白蓮は青娥へ向けて頭を下げる。

 

「あらぬ疑いを掛けて申し訳ありませんでした」

「いいえ。疑いが晴れたのなら結構ですわ」

 

 意に介した様子もなく青娥は笑みを浮かべたまま流した。

 

「それで、布都さんと屠自古さんですが、紅魔館にいるようですが、青娥さんは助けに?」

「そうですね。居場所が分かった事ですし。迎えに行こうかと」

「でしたら、罪滅ぼしではありませんが私も同行させて頂けませんか? 微力ながら力添えさせてもらえたら、と」

「あら。それは心強いですわ」

 

 立ち上がった白蓮が寅丸と一輪へ視線を向ける。

 

「星、一輪。寺の事は任せますよ。響子、こころ、異変が解決するまでは寺から出ないように、いいですね? ナズーリンはどうしますか? 無縁塚へ戻りますか?」

 

 寅丸と一輪は固く頷き、響子とこころも分かりましたと頭を下げた。ナズーリンはやや逡巡して肩を竦めた。

 

「いや、この状況では単独行動は流石に避けるべきだろうね。私もここにいる事にするよ、聖。それと外へ向かうならこれを渡しておくよ」

 

 ナズーリンが取り出したのは神奈子から渡された神札だった。合計で三体貰っているのだ。一体は本堂に貼ったが二体ほど余っていた。

 

「これは。確かにこれがなければ汚染されるところでしたね。神奈子さんにはいずれ日を改めてお礼をしなければなりませんね」

 

 神札を受け取り懐へ仕舞った白蓮が青娥へ向き直る。

 

「では、青娥さん。紅魔館へ向かいますか?」

「そうですわね。行きましょうか」

 

 青娥が立つと芳香も続いて立ち上がる。

 二人を促して白蓮が本堂を後にする。

 寺を任された寅丸は一息つく。結構な時間が経ったように思える。かなり濃い時間だった。

 ぬえの不調、そのぬえと白蓮の戦闘、霍青娥と宮古芳香、小町とナズーリンが齎した情報。

 現在起きている異変。

 悪神アラディア・アーリマン。

 神仙の女神――――緱婉姈。

 ぬえが受けた被害はあれど命蓮寺が受けた被害は軽微と言っていいだろう。ぬえの仕業と思しき墓の被害も立て直しはできる。ぬえに関しても悪意を刈り取られ、調子を取り戻したようであるし本格的な復活は白蓮に打擲されたダメージが回復すれば大丈夫だろう。

 

「実に厄介な事が起こっているようですね」

 

 誰に向けて喋ったわけではないが返答はナズーリンから来た。

 

「ああ、全くだよ。ご主人様。私達もこのままではいられないかもしれないな」

「その通りです、ナズーリン。これからさらに何が起こるか、しっかりと見極めなければなりませんね」

 

 寅丸が口にした事は皆が思っている事だった。

 これで終わりではない、という予感が誰しも懐いていた。

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