偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil.   作:加賀アスナ

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◆◆第2話◆◆
第2話


 辺り一面に大小様々で意匠も多種多様な扉がある。この扉は幻想郷のあらゆる場所へ通ずる門でもある。これはあらゆるものの背中に扉を作る能力を持つ摩多羅隠岐奈が生み出した究極の出入り口だ。

 そしてこここそが秘神が座す領域である後戸の国である。

 いくつかの扉を開きそこから見える景色を監視する隠岐奈の周りには彼女の配下である丁礼田舞と爾子田里乃が控えている。

 隠岐奈は八雲紫と同じく幻想郷の創設者であり賢者の一人でもある。紫とは異なる立場で幻想郷を見ており、必要であれば異変を自ら起こす事も厭わない。

 

「舞、里乃。全ての扉を閉じよ」

 

 開かれていた扉が二人の童子が手を向けた瞬間から音を立てて閉じていく。全ての扉が閉ざされ後戸の国へ繋がる通路は消えた。秘神の秘匿された領域へと変わる。こうなればここへの侵入は何人たりとも許されない。紫の境界を用いようにも、そもそも秘められたこの空間が何処にあるのかすらも分からない為、境界の作りようがない徹底ぶりである。

 だが。

 隠岐奈はここへの闖入者を感じている。扉は既に閉ざした。紫をも侵入できない領域と化した。にも拘わらず気配があるとすれば最初から入っていた、そういう結論になる。

 疑問としていつ入ってきたか、という事が挙げられるが入られた今ではそれは些細な事だ。問題は何を目的に入って来たかという事だ。

 

「姿くらい見せてもいいんじゃないかい?」

 

 閉ざされた扉を凝視して隠岐奈は言う。言葉に反して表情は硬い。以前、舞の閉じ忘れた扉を介して博麗の巫女が乗り込んできた事があった。だが扉を通っている以上、正しい通過の仕方である。けれど今この場で隠岐奈が感じる気配は違う。扉を通った形跡がなかったのだ。紫の境界を操るようなやり方に近い。とはいえ紫すらも入れない門戸の閉じられた後戸の国に闖入者とは一体いかなる者か。

 

「お師匠様、一体誰と」

「舞、口を挟まない方がいいよ」

 

 殺気にも似た隠岐奈の鋭い様相に童子二人は縮こまるしかない。

 

「だんまりかい? 勝手に入っておいてそれはないだろう。それとも口が聞けないのかな?」

 

 隠岐奈の凝視する扉の前にその気配が移動する。陽炎のように揺らめくそれは実態がない事を証明していた。体がないのでは口が聞けないのも無理からぬ話だ。

 しかしその気配からであろうが実態のないそれは隠岐奈の問いに言葉を返してきた。まるで反響するようにどこから声が聞こえているのか分からないように。

 

「――――勝手に入ったとはなんて失礼な主なんだ。最初からここにいたというのに。気付かなかった君が悪いのだ」

「最初から? 嘘はよくないな。私が気づかない訳がない。ここは私の領域だ。どうにも清浄になる作用が働いていてね。貴方が不浄たる存在だということは分かるのだけど。ま、それは今はいいさ。今は貴方の目的が知りたい」

「そんなものはないね。私はそうあれと望まれただけなのだ」

「――――そうあれ? よく分からないな」

「今に私の体ができるさ。私はいかなる場所にもいて、いかなる場所にもいないのだから。いつだって心の深淵から私は君たちを見ているのだ」

「心の深淵? お前は――――まさか」

「ようやく気付いたか、賢者ともあろうものが情けない」

 

 その気配の正体に勘付いた隠岐奈は喉の奥でくっくと笑う。

 

「なるほど、合点がいったわ。確かに初めからここにいたようだね。不浄である事も頷けるというもの。全く、そのような化け物が私からも生まれようとは、否、幻想郷から生まれようとは、否、否々、その様子だと月も地獄も異界からも生まれ出でるのだろうね、お前は。何が切っ掛けか、それとも今までの異変のツケとでも言った方がいいのかな? あるいは月面戦争すらも入るのか、何にせよ。お前が生まれる土壌はできていた訳ね。これは傑作だ! わはははははっ!」

 

 隠岐奈は立ち上がり両手を広げ空なき空を見上げる。こんな愉快な事が起きているのだ。楽しまずにはいられない。

 

「紫ッ! これだから幻想郷は面白い! こんなものが我々の世界から生まれ出でるとはなッ! わはははっ! これから面白くなるぞ。月も地獄も幻想郷も、人間も妖怪も月人も神すらも! 全てを巻き込んだ大嵐がくるッ! これほど愉快な事があるかッ! わははははははははッ!」

 

 今一度気配へ視線を向ける隠岐奈は不敵な笑みを浮かべる。これは言ったのだ。私はそうあれと望まれただけと。そう、そうであるならば、これから逃れる事はできない。言わば己自身の影のようなもの。影を切り離せる者などいない。

 

「この秘神があらゆる所へ扉を開いてやる。好きな所へ行け。そこでお前自身と合わさってさっさと体とやらを作るがいい」

 

 隠岐奈が手を振り上げた瞬間、幻想郷のあらゆる所、地獄、月、異界の至る所へ通じている扉が開いた。全てのものの裏側に控える秘神の力は幻想郷を超える。隠岐奈自身すらも目的地を把握していないあらゆる場所へ。

 気配が散り散りになり各扉へ向かい始める。その気配の背に隠岐奈は問いかけた。

 

「行き去る前に問おう。お前の名はなんだ?」

 

 一瞬の間、気配は止まり、反響する声で答えた。

 

「――――アラディア・アーリマン」

「そうか。ではまた会おう。私達は悪意などに負けはしないぞ? 原初の悪神よ」

 

 隠岐奈の最後の言葉が聞こえていたのか、いなかったのか、気配はもう消えていた。

 気配がなくなった瞬間に扉は全て閉ざされ秘神だけの空間へ戻る。

 凝った意匠の椅子へ腰を下ろした隠岐奈は頬杖をついて呟いた。

 

「紫。お前はあんなものでも受け入れるのか? その答えを見せてみろッ! わはははははッ!」

 

 狂乱の如き歓喜に満ちる主を前に二人の童子は萎縮しこれからよくない事が起こるのだろうと想像せずにはいられなかった。

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