偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil.   作:加賀アスナ

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◆◆第28話◆◆
第28話


 人里には夥しい数の篝火が焚かれ、人々は提灯を持ち、未明の時を照らしていた。家々の前に家財が出され、酒や貢物が並べられている。

 その人々の中心に橘迦玖能が立っていた。皆が蜜柑を掲げ異様な熱気で声を上げている。

 

「さあ祀りなさい。富と長寿の象徴です。貧しき者は富を、老いた者は若さを得ることができます」

 

 迦玖能に跪く様に大の大人たちが平伏している。

 

「皆、見るがいい。こんなにも富は溢れているのです。皆で富と長寿を得ようではありませんか。私を信じれば全て上手く行くのです」

 

 人々の家財を指して、これが富であるという。

 そこへ――――。

 寺子屋から出てきた神子達が真っ向から対峙した。

 

「これはなんとも醜悪な光景だ。悪意と欲の権化ですね」

 

 人垣を割って神子が橘迦玖能へ痛烈な言葉を浴びせた。

 

「失礼ですが、初対面で随分な事を仰れる方です。人々は富と長寿を手にしているのです。それを醜悪とは言葉が過ぎますね」

 

 迦玖能を信奉している人間達から心無い罵倒が神子へと向けられる。それだけではなく守矢の巫女である早苗にも邪教徒、異端者などと雑言が飛んだ。

 

「分かっていた事だが酷ぇ言われ様だ」

 

 怒りを通り越して呆れた屠自古が言う。

 

「みんな、目を覚ますんだ! 家財を捨ててどうするというんだ! 明日からの生活があるだろう!」

 

 黙っていられず慧音が声を上げると彼女の周りに集まっている子供達の両親であろう里人から慧音から離れるんだ、と異様な雰囲気で声を掛けられる。慧音には子供を誑かしただの、騙しているだのとやはり酷い言葉が差し向けられた。

 言葉の刃に慧音の表情が曇るものの、子供達はさらに彼女に縋った。悪意に汚染されなかった子らは普段通りではない両親よりも先生である慧音を信じたのである。

 

「みんな、おかしいぞ。人間はこの時間には寝るもんじゃないのか。大人はみんな寝ろっていうのに何で起きているんだ」

 

 チルノならではの視点で彼女が里人を咎める。しかし妖精如きがうるさい、と非難ですらない暴言が返ってきただけだった。

 その反応に大妖精、ルーミア、ミスティアがじっと睨み返す。

 幼いとはいえ妖怪に敵意を向けられた里人達はやや気圧される。そんな人間達を鼓舞するように迦玖能が言った。

 

「分かりますか? 人々は私を信じているのです。それが正しいと知っているからです。どこの誰かは存じませんが私達の祈りの邪魔をしないで頂きたいですね。それとも、貴方達が改心するというのならこの蜜柑を差し上げてもいいのですけれども、ね」

 

 里人達は迦玖能を信じない神子達へ迫ってくる。周りを囲まれて蜜柑を突き出してくる。何と異様な光景だろう。人間達は疑いなく信じ切っている。それがこんな状況を生み出している。傍から見ればおかしいはずなのに誰もそれに気づかない。

 ――――と。

 

「そんなに素晴らしいのなら、是非私も教えを請いたいところだ」

 

 人垣を外れた所からそんな声が朗々と響いた。

 声の持ち主へ皆が振り返る。

 そこには。

 摩多羅隠岐奈と八意永琳が立っていた。

 人垣を割って隠岐奈が進む。神子の隣まで来ると不意に笑みを溢した。

 

「――――貴方がここに来たのなら、私は命蓮寺へ向かわせて頂こう」

「そうだった。向こうも向こうで揉めている筈だからね。聖徳王が行くのなら面白い事になるだろうね」

 

 二人にしか分からない雰囲気を湛えながら神子はきっぱりと人垣から外れていく。

 

「神子様、ここは任せても?」

「ええ、彼女が来た以上、これ以上の適任はいないでしょう。屠自古、行きますよ」

 

 神子と屠自古の二人と入れ替わりに隠岐奈と永琳が橘迦玖能と対峙する。

 

「隠岐奈さん。わざわざすみません。でも――――」

 

 連絡を入れた早苗が頭を下げようとすると隠岐奈はそれを留めた。

 

「いいさ。早苗、君はよく学んでいるらしい。そのお陰で私はここにいるのだからね。いやはや惜しい。我が元に来る気はないか?」

「いや、まあ――――」

 

 返しにくい言葉に愛想笑いを浮かべてから早苗は呼んでいない永琳がいる事へ話を変えた。

 

「あの、それでどうして永琳さんが?」

「何、彼女がいればこの下らない集まりを終わらせられるからね。立会人みたいなものさ」

 

 隠岐奈の下らないという言葉に里人から抗議が飛び交った。けれど隠岐奈は意にも介さずむしろ楽しそうだった。

 

「さて。八意先生の見立てはどうかな?」

「そんな呼び方をした事がないくせに。ま、いいでしょう」

 

 一歩前に出た永琳に里人達も流石に抗議の言葉を飲み込んだらしい。何せ、彼女に治療してもらった者も多い。怪我や病気を治す医者の権威にたじろいでいるのだ。一通り永琳は人間達を観察すると嘆息して言った。

 

「異様な熱に浮かされた様子や、集団的である点、行動や思想の急激な変化があったと診られる点などを加味して意図的にこうなるように誘導されている事は間違いないでしょうね」

「それを直接的に言うと?」

「言っていいのかしら?」

「もちろんだとも」

「そうね。私の見立てではみんな、詐欺に遭っているようなものね」

 

 その言葉を聞いて満足したのか隠岐奈ははっきりと言った。

 

「聞いたか、諸君! 八意先生は君たちは詐欺、騙されていると仰っているぞ! それをどう思う?」

 

 里人達に僅かな動揺が走る。騙されている――それを信頼する医者から聞かされたのだ。

 しかし動揺を押さえるように迦玖能がすかさず言った。

 

「そうやって不安を掻き立てる事を信じない者は言ってくるのです。何故ならそれは私達が羨ましいからです。皆、強く信じるのです。戯言になんて耳を貸す必要はありません」

 

 すると人々はいくら八意先生でも言っていい事と悪い事がある、と言って永琳にも苦言を呈してきた。

 けれどそれを聞いていた子供たちから怪我や病気を治してくれた永琳を庇う声が上がった。

 ――――八意先生が嘘を言うもんか。

 ――――先生のお薬で熱が下がったもん。

 ――――父ちゃんだって足を折ったのを治してもらったじゃないか。

 ――――母ちゃんも風邪薬を貰ったでしょ。

 子供たちが永琳を信じ、大人たちと対立している。

 子供は純粋だ。人知れず永琳の胸は熱くなっていた。こんなにも自分を無垢な子達が信じてくれている事に。

 その声は大人たちを圧倒していた。何故ならそれは全て事実であるからだ。自らの経験を否定する者は多くない。

 異様な熱気がピークを迎えた事を隠岐奈は感じ取った。

 一人、前に進み橘迦玖能の手前にまで近づいた。

 

「橘迦玖能と言ったな。人心掌握はやはり見事としか言いようがないが、相変わらずやり方が下品だな、お前は」

「な、何をいうんです? まるで私を知っているかのように」

「知っているとも。それともお前はまだ私が誰か、気づかないのか?」

「――――え?」

 

 虚を衝かれた迦玖能の耳元で告げてやる。

 

「私は摩多羅隠岐奈。随分と久しぶりだな。橘迦玖能、否――――常世神と言った方がいいのかな? ラルバを誑かしたのはお前だな?」

 

 瞬間、迦玖能は後ずさった。それはあり得ないものを見てしまったかのような表情で。

 それが余りにも不自然すぎる行動だったから人々からも不審な視線を向けられる。

 

「ま、摩多羅、摩多羅――――隠岐奈? そんな。そんなはずは……」

 

 常世神とは大生部多が祀った神であり、常世虫とされた虫を崇め人々へ家財を喜捨させ福を求めるものだ。

 だが、民は惑わされるだけで財産を失う者が増えるだけだった。そこで社会問題にまで発展したこの騒動を鎮圧する為に選ばれたのが秦河勝である。

 そして――――秦河勝は摩多羅神の化身とも言われる。つまり隠岐奈は秦河勝の姿を借りて常世神を征伐しているのである。

 

「お前のやり方には芸がない。今回は虫ではなく蜜柑を持ち出したようだがな。差し詰め、トキジクノカクノコノミというところか。さて、橘迦玖能。お前にはもう一つ言う事がある」

 

 息を呑む迦玖能に隠岐奈はねっとりとした声音でゆっくりと伝えてやった。

 

「ここにいる八意先生はただの医者ではないぞ。彼女の正体を教えてやる。八意思金神と呼ばれた高天原の知恵の神だ。そして正真正銘の常世の神でもある」

 

 そう。永琳には知恵の神とは違うもう一つの側面がある。それこそが常世の神である。天岩戸にアマテラスが引きこもった際に常世長鳴鳥を集めるように指示したのは永琳だ。それは彼女が常世の神でもあったからだ。

 永琳は何故自分が連れられてきたのか合点がいった。橘迦玖能が常世神を名乗るのなら隠岐奈は本物を連れて現れてやろうと考えた訳だ。

 

「……嘘……。そんななんで……」

「嘘なんかではないさ。で、どうする?」

「――――え?」

 

 隠岐奈が周りを指し示すと里人達は怪訝な表情で迦玖能を見ている。明らかに怪しまれている。

 

「お前の教えはもう信じられないらしいな。さあ! 諸君! 各々言いたい事はあるだろうが、家財を拾って家に帰ろうではないか。夜はまだ明けない。眠りについても罰は当たらないだろう。この者は私が責任をもって預かろう」

 

 人々は顔を見合わせて居た堪れない表情を浮かべて永琳や慧音、早苗に頭を下げて家路に帰っていく。ようやく家に帰れる子供たちが両親の手を引いて嬉しそうにしている。

 里の長い夜がようやく終わろうとしていた。

 蜘蛛の子を散らすように熱から冷めた人々はいなくなった。残されたのは隠岐奈たちと迦玖能、そして捨てられていった蜜柑。

 

「言った通りだ。橘迦玖能。お前はこの幻想郷でやってはならない事をした。その責は負って貰わねばな」

 

 何せ人間を洗脳めいた方法で纏め上げ幻想力を著しく低下させたのだ。人間達の目が覚めた事で直に幻想力は戻っていくだろう。

 

「ま、待って……わた、私が悪かったから、まさか、摩多羅神の国だとは……し、知らなくて……」

「もちろんだとも。お前はお前の出来るやり方で人に福を齎そうと考えたに過ぎないのだからね。だがそれによって多くの迷惑を被ったのも事実。だから責は負ってもらう。何、ちょっとした罰を受けてもらうだけさ」

 

 そういった隠岐奈は永琳の背中の扉を開いた。中には見た事もない形容しがたい生物が蠢いている。蛸のような触手に粘液がぬらぬらと光っている。おそらく口であろう口腔から覗く鋸歯。明らかにこの世のものではない。存在してはならないと思わせる冒涜的で唾棄すべき忌まわしさを纏っている。

 

「…………ひッ」

 

 そのあまりにも悍ましい光景に迦玖能は言葉を失くした。

 

「ちょっとあの世界で贖罪をしてもらおうと思ってね。なに、常世神ならそんなに難しい事じゃない。生きて出てこれたら恩赦してあげよう」

「ま、待ってよ、ちょ、ちょっと待って……」

「ん? 待たないよ」

 

 瞬間、触手が勢いよく伸びてきて迦玖能の足に絡まった。そのまま彼女を引き摺って行く。

 

「いや、待って……助けてッ! 謝るッ謝るから、やめて、助けてッ!」

「一度くらいはあの世を知ってから常世神を名乗るといいよ」

「いやああああ、止めてえええぇええぇぇ――――ッ!」

 

 ずるずると迦玖能を引き摺って扉は閉まった。残された蜜柑だけが橘迦玖能がいた痕跡を示していた。

 

「人の背中に物騒な扉を開かないでもらえるかしら?」

「どうせなら君の背中がちょうどいいと思ったんだがね」

 

 悪びれもしない隠岐奈に嘆息して永琳は言った。

 

「人里は橘迦玖能の消失によって平穏に戻るでしょう」

「だろうね。だが念には念を入れようか。上白沢慧音、君の力を借りたい」

 

 隠岐奈に声を掛けられ、肩の荷が下りて放心していた慧音が振り向く。

 

「私か? 何をすればいい?」

「人里の歴史を食べてくれ。人里をあの蜥蜴から隠したい。もちろん一時的なものだがね」

「それなら任せてくれ」

 

 慧音に人里の歴史を食ってもらう。

 おそらく蜥蜴には見えなくなるはずだ。

 

「――――よし。これで知る者以外には人里は見えない」

「人里は君に任せていいかな? 私達は戻らねばな。早苗はどうする? 守矢の神社へ戻るが」

「こんな時間ですけど一応私は慧音さんを手伝うって事で出てきてるので残ります」

「あたいも残るぞ! 慧音を手伝うんだ!」

 

 チルノに続き大妖精とルーミア、ミスティアも頷いている。

 人里の一番の脅威は取り除けたと判断した隠岐奈は扉を開き永琳と共に山へと帰還した。

 そして。

 早苗の幻通機を通して一報が幻想郷に駆け巡った。

 ――――摩多羅隠岐奈と八意永琳により橘迦玖能を倒した、という報告が。

 それは事実上の反撃開始の合図となった。

 

 

 人里で別れた神子達は命蓮寺の門前へ仙境を経由して現れた。境内に入る前に中で交わされる問答が耳に届く。

 仏教について、そして命蓮寺の在り方について激しい論争を行っているらしい。

 

「これは面白い。私がここへ来たのは正解だったようです」

「神子様?」

「さあ行きますよ」

 

 先陣を切って人だかりの中へ神子が突き進む。

 その背中を見送りながら屠自古は門前で隠れるように中を窺っている鈴瑚の姿を見つけた。

 

「おい、何をしてるんだ?」

 

 呼びかけられた鈴瑚は弾かれたように体を震わせたが、やってきたのが味方であると分かり安堵に胸を撫で下ろしていた。どうやら命蓮寺へ向かった六天主たちの動向をテレパシーでずっと伝えていてくれたらしい。

 

「なるほど。ここの状況をずっと伝えてくれてたのか。だが、神子様が来た以上何とかしてくれるはずだ。聖徳王が仏教を説く――――さあてどんな屁理屈を見せてくれるやら」

 

 神子に続き屠自古へ促され鈴瑚も境内へ入っていく。

 突然現れた神子達に寅丸達と人間達は驚いたが六天主魔波は何者かと観察しているようだ。

 

「神子さんに屠自古さん、それに確か団子屋の鈴瑚さんも、どうして……?」

 

 寅丸達の傍へ移動した神子は援軍として来てくれたらしい。 

 

「どうも面白い話をしていたようだったのでね、私も混ぜてもらおうかと。それに――――」

 

 六天主を見据えて神子は言った。

 

「この国に仏教を取り入れたのは、この私。ならば私も口を出す権利があるでしょう」

「ほお? 少しは話が出来そうな奴が出てきたな。取り入れたというからには教えに精通している訳だな?」

「それなりには、ですがね」

「なら分かるだろう。この寺は寺に非ず。間違った教えを説き民を惑わす邪教だと」

「それは如何なものかな?」

「なんだと?」

 

 神子は人間達の前に歩き出した。

 

「君たちの家に仏壇はあるかな?」

 

 と、そんなことを訊き出した。里人達はあるはあるが、と遠慮がちに答えた。

 それを聞いた六天主は鬼の首を取ったかのように、そらみろ、仏教には必要ないものだ、と言い放った。

 神子と六天主のやり取りがどう転ぶのか、寅丸は屠自古へ何をするつもりでしょうか、と訊ねた。

 

「さて、な。言った通り神子様が仏教ってもんを取り入れた。私は一応崇仏派って事になってるからな。六天主って奴が言ってることも分からないではないんだが、な」

 

 歯切れ悪く屠自古は難しい顔をして神子を見る。

 

「ま、仏教に隠れて道教に傾倒した人だからな。奴の言い分を切り崩す屁理屈を披露してくれるだろうよ」

「うちの信用が失われるかどうかの瀬戸際なんですよ?」

「そりゃこっちも同じだ。もし命蓮寺の信用が失われたら前例ができちまう。そうなりゃ人間達は信仰そのものを信用しなくなるだろうよ。その果てにあるのは金と情報と技術知識だけを信奉する集団の出来上がりだ。うちもだし、守矢ん所にも波及するだろうさ。博麗も神社としての役目は形骸化するだろうな。だから屁理屈だろうがなんだろうが神子様が言い負かさなきゃ全ての信仰が危ないってこった。一蓮托生だ。信用しろ」

 

 里人達を巻き込んで神子と六天主の話は白熱していく。

 

「だったら位牌なんて家に置く必要などありませんね? 仏教に先祖祭祀はないのでしょう? あれは儒教的なものです。さあ、皆さん、この六天主に従うというのなら自分の家の位牌やら仏壇やらを薪代わりにして焚べてもらって結構です。あんなものは必要がないらしいです」

 

 神子の言葉に里人達は明らかに動揺していた。それを神子は見逃さなかった。

 

「どうです? 六天主を信じるのならそれができるはずです。先祖の位牌だのなんだのはいらないというのですから。ですが、私は違う。そもそも仏教とは天竺で生まれた教えだというではないですか。それが中国へ渡り、この日ノ本へ来た。天竺がどのような場所かは知りませんが人々や環境が日ノ本と全く同じだという事はないでしょう。お釈迦様の教えが天竺という環境に沿ったものであるのなら環境が変わった日ノ本では日ノ本に合う形になるのは必定。大体この日ノ本には神道という教えがあり、神道は多神教であり自然崇拝でもあり原始的な精霊信仰でもある。それらが根付いている民たちに仏教を広めるのなら日本式に変容、といっても本質を曲げるわけではなく融和していく必要があったのですよ。だから本来の仏教にないものを我々は仏具だと言ったりして、しなくてもいい事をしている。だが、それらが仏教の教えを妨げているとは私は思いませんがね。先祖祭祀も死者を悼む人も私は間違っていないと考えます」

 

 いよいよ里人達は混乱の極みに達していた。六天主を正しいと思うのなら今までしていた仏壇で手を合わせる事も位牌も正しくない行為であるという。だが神子の言葉を信じるならば日本式に変容した仏教を学んでいるという事になる。

 ――――果たして一体何が正しいのか人々は分からなくなっていた。

 ――――と。

 

「もう結構です。神子さん。この続きは私が」

 

 命蓮寺の門から聖白蓮と霍青娥、宮古芳香が入ってきた。

 

「今まで青娥さんの仙境から聞かせて頂いていました。神子さんの話の妨げにならないように。ですがもういいでしょう。私の代わりにありがとうございました」

 

 頭を下げる白蓮に神子は言った。

 

「私は前座のようなものです。ここは貴方の寺だ。貴方の言葉でなければ通じないでしょう。いいタイミングでした、青娥殿」

「ええ、ここが一番面白いタイミングだと思いましたので」

 

 六天主と向き合った白蓮は真っ直ぐに見据えた。

 

「他化自在天の主、六天主様ですね。よく命蓮寺へお越しくださいました。六欲天の魔王ですが、同時に仏法の守護尊でもあらせられる尊いお方でもある。このような問答が出来た事はとても光栄至極に存じます」

「お前は何者だ?」

「申し遅れました。私、当寺で住職を務めております、聖白蓮と申します」

「して、聖白蓮とやら。お前はどうだ? この在り様の違いをどう説明する?」

「そうです、ね……」

 

 瞼を閉じて白蓮は一呼吸する。

 

「私はこの違いを間違ったものとは思いません。本来的ではない事を承知した上でそう申し上げます。輪廻転生を唱える仏教では肉体には意味がない。本来ならば土葬ですらない。燃やしてしまう火葬が主流なのでしょう。従って先祖をお祀りするような仏壇もない。けれどご先祖を祀り、手を合わせ拝むその心は否定できないものだと考えます。それがこの国に根付き人々の心を救ってきた仏教の形なのだと私は思います。それは釈尊の教えとは相反するものではないはずです。それとも釈尊は他の信仰は己の教えとは違うから弾圧してもよいと教えていたでしょうか? いいえ、そんなことはない。何故なら出家した者が悟りを得る為に修行をするのですから彼らの邪魔になるようなことではなかったからです。だから本来的でないといって間違っているとは言えないと思うのです。それに。私は改めてこの幻想郷で勤行に励む事のすばらしさを思い知りました。六天主様、これを見て頂けますか?」

 

 取り出したのは守矢の神札である。

 

「なんだこれは? こんなものに何の意味がある?」

 

 六天主には分からない。だが白蓮は知っている。

 

「これを下さったのは幻想郷におわす普賢菩薩様です」

 

 そう聞いた六天主が目を瞠った。

 

「なに? なんと言った?」

「普賢菩薩様から頂いたと申し上げました」

 

 普賢菩薩は既に悟りを得ているが仏陀の代わりに現世で救済を行う菩薩であり――――釈迦の働きの象徴でもある。

 その普賢から渡された札を白蓮が持っているという事は釈迦の働きと白蓮の在り方は矛盾しないという事であり、認められているという事でもある。

 

「如何でしょうか、六天主様。私の在り様に曇りがありましょうや?」

 

 白蓮の言葉で我に返った六天主は神札を返すとゆっくりとその場に跪いた。そして頭を下げた。

 

「――――曇りなきその在り様、見事なり。私の負けだ」

 

 それはまるで菩提樹に寄りかかり今まさに入滅せんとする釈迦をあらゆる手段で惑わすも何一つ波打たない曇りなき心に屈した彼の日と重なる光景だった。

 六天主が白蓮に平伏した姿に人々も平身となっていく。

 屈服を受け入れた六天主はもはや逆らう気はないようだった。

 

「一輪、里の方々を本堂へ案内して何か温かい飲み物でも出してあげてください。夜が明けてから里へ戻った方が安全でしょう」

 

 指示を受けた一輪と雲山が人々を先導していく。響子も手伝う為について行った。

 残った白蓮達は一人跪く六天主の降伏を認めた。

 寅丸の幻通機を通じて六天主を無力化した事を報告しようとした矢先である。

 摩多羅隠岐奈と八意永琳により橘迦玖能が倒されたと連絡が入ったのだ。

 

「――――敗れたか、橘迦玖能。侮っていたのは私達の方だったな」

 

 誰にでもなく呟く六天主へ一瞥くれると寅丸が幻通機をフルオープンにして伝えた。

 ――――聖白蓮と豊聡耳神子により六天主魔波の調伏に成功、と。

 

 

 橘迦玖能と六天主魔波の二人が倒された事で幻想力の低下が止まり、徐々に回復に向かっていた。

 そこへ――――新たな報告が上がってきた。

 無縁塚のパチュリーからだった。

 それは。

 レミリアとフランにより、悪行の魔王アカ・マナフを撃破した、と。それによって黒い孔が閉じていき蜥蜴の出現数が減っているのだという。

 これは朗報だった。

 魔王を倒せば黒い孔は消える。この事実に幻想郷で戦っている者達の士気は上がった。終わりを終わらせる事ができる。

 それは大きな進展だった。

 

「へぇ。やっぱり魔王を倒すと黒い孔が閉じるのね」

 

 太陽の畑の上空へ移動していた輝夜が呟いた。

 ここからなら無名の丘に現れている黒い孔がよく見える。

 植物をモチーフにしたドレスめいた服を着た女性と風見幽香が戦っていた。地上へ視線を向けると下賤な蜥蜴が咲き誇る花々を食い散らかしている。

 その中で一角だけ炎に包まれた場所があった。

 炎上している原因を認めると楽しみを見つけたように輝夜の姿が消えた。須臾の時間で移動を始めたのである。

 そうして。

 大炎上している最中に姿を現した。

 

「あらあら、随分と手古摺っているのね、妹紅?」

 

 瞬間、背後に現れた輝夜に妹紅が振り向いた。

 

「うおッ! なんだよ、輝夜か。悪いけどお前の相手なんかしてられないんだよこっちは!」

「ええ、残念だけど私も妹紅の相手をしてあげられないのよね。さっさと終わらせてお茶会の準備をしないといけないから」

「はぁ? お茶? 何言ってんだお前。誰がお前と茶なんか飲むかよ」

 

 それを聞いた輝夜はくすくすと笑いだした。

 

「なあに、妹紅。まさか誘って貰えると思ってたわけ? お生憎様。招待するのは貴方じゃないの。もしかして自分だと思ったの? 可愛いわね貴方」

「なッ!」

 

 炎上する火にも負けないくらい妹紅の顔が真っ赤になる。それを見て輝夜は袖口を口元にあてる。

 

「でも、いいわよ。いい出会いがあったから、今の私は気分がいいの。貴方も誘ってあげる」

「誰が行くかよッ!」

 

 勘違いを誤魔化すように妹紅が腕を振るうと蜥蜴の群れが爆炎に包まれる。

 

「あら? それは残念ね。私が振舞うなんて滅多にないのに。普通じゃ飲めない逸品よ? ま、貴方の分も用意してあげるわ」

「余計な事だぞ。どうせ捨てる事になる」

「じゃあもったいないから飲みに来てくれる?」

「……気が向けばな」

「だったら。さっさとこいつらを始末しないとね」

「それは同感だ!」

 

 輝夜の加勢を得て無名の丘に蔓延る蜥蜴の群れは確実に数を減らしていく。

 上空からそれを風見幽香は認めていた。

 ――――あのお姫様は、全く出しゃばった真似を。

 しかしそう思いながらも幽香は楽しそうであった。

 

 

 夜空を彩るその弾幕群は美しくも惨憺たる様を彷彿とさせた。

 純狐と緱婉姈の弾幕はよく似ていた。

 それもある意味では当然と言えた。

 ともに嫦娥に恨みを募らせてきた。それが弾幕という形で現れるのだからその方向性、属性はどうしても似てしまうのだろう。

 けれど純狐の弾幕は『掌の純光』を始めとして自身を中心に広範囲へ弾幕を張るのに対し緱婉姈は相対している者を中心として弾幕を張る傾向が強かった。

 純狐は己の怨みを純化させた存在である。故に怨みの起源が己自身にあるからだろう。

 対して緱婉姈の怨みは嫦娥が犯した罪が起源なのだ。罪には罰が必要だ。だからこそ相手を中心として弾幕が展開されるのだ。

 この怨みの起源の差に純狐は気づき始めていた。

 

「私と貴方では怨みこそ嫦娥へ注がれているが、その在り方は大きな隔たりがあるようですね……!」

 

 すぐ傍に展開された弾幕をグレイズする。緱婉姈のスペルカードはなんと耐久型スペルカードが四枚という意地の悪さである。よほど相手に罰を与えたいという意思が具現しているのだろう。

 

「そのようです。同じ怨みと言えどこうも違うのは驚きましたね。我が弾幕はどうやら相手を苦しめる事に特化しているようです。やはり罪には罰を与えなければならない」

 

 純狐は三枚目の耐久型スペルカードを避け切った。あと一枚である。

 もう分かっていた。純狐と緱婉姈の大きな違いを。

 

「それが私と貴方の大きな差でもある。我が怨みの起源――――それは夫に我が子を殺された事。つまりは復讐を遂げなければ浮かばれない。だがお前の怨みは――――罪に対する罰、即ち報復である事です。だからこそ報復から生まれた怨みでは私には届かない!」

 

 難なく避けていった純狐へついに最後のスペルカードが発動する。

 

「元を正せば確かに報復だったでしょう。しかし、私も神仙とよばれた女神。我が面目を潰しておいてのうのうと月で生き永らえる嫦娥を許せると思いますか? 我が矜持に掛けて罰を与えねば

私の名誉は回復しないのです。故に私のスペルカードはそれを具現しているのです。さあ、これが最後のカードです。勝ちたいのなら避け切ってみせよッ!」

 

 純狐の周囲に五枚の花弁の椿を象った弾幕が展開する。花弁が散る事に変化を遂げる弾幕が美しく、煌びやかに夜空に咲き誇る。

 ――――なるほど。確かにこれは緱婉姈に相応しい最後の弾幕です。

 椿には西王母という名の種がある。

 己が名の付いた花をモチーフにした弾幕という訳だ。そしてその花が全て散ってしまうまで耐えきれば純狐の勝ちとなる。

 五枚の花弁が一枚、また一枚と散っていく。

 そうして最後の花弁を避け切った。

 この瞬間。

 全てのカードを使い切った緱婉姈の敗北が決まった。

 

「……ここまでですか。その復讐心に敬服しましょう。貴方の勝ちです、玄妻、いえ――――純狐」

 

 互いに向き合った二人は先ほどの激闘が嘘のように落ち着いていた。

 

「私から言う事は一つです。今回は手を引いてもらいましょう」

「ええ。どの道、私の勝負はもう終わっているのです。貴方に従いましょう。ですが貴方達はまだ相手をしなければならない者がいるのをお忘れなく。私は精々アラディアが本懐を遂げるか、貴方達が抗うか、その顛末を眺めるとしましょう」

 

 緱婉姈を無力化した事を八雲紫へ告げると彼女は逡巡しアリスの幻通機から寅丸へ連絡を入れ、緱婉姈の拘束を命蓮寺で行ってもらうように言付けた。

 魔法の森ではまだ熱の魔王タルウィと蜥蜴の群れがごった返しているのだ。他の場所、博麗神社は元より拘束しておける場所は現時点では命蓮寺しかなかったのだ。

 紫が切れ間を開き命蓮寺へ緱婉姈を移送させると、そのままアリスの幻通機を通して報告を上げた。

 ――――純狐により神仙の女神、緱婉姈の拘束に成功、と。

 

 

 緱婉姈の拘束の報に続いて、更なる吉報が地底より届いた。

 杖刀偶磨弓と霊烏路空により地底に出現した背信の魔王タローマティの撃破の報告だった。これにより黒い孔が閉じていき蜥蜴の無限供給が止まり、後は地底に蔓延っている残党の蜥蜴と亡者の殲滅にシフトしているという。

 徐々に。

 徐々に流れが変わってきている。

 それは妖怪の山も同じだった。橘迦玖能の退場により幻想力が回復したお陰で妖怪たちの不調が消えたのだ。

 ならば、と永琳は現状を打開する為に一手を講じた。

 蜈蚣衆を指揮していた姫虫百々世と遊撃隊として回っていた坂田ネムノを巨竜アジ・ダハーカへ投入するという策を。

 百々世とネムノが指揮していた蜈蚣衆と天狗達を飯綱丸龍の指揮下へ編入し豊姫には重度の穢れ、毒性の瘴気の浄化に専念してもらう。

 アジ・ダハーカの最も厄介な点こそが異常な耐久性と穢れ、そして瘴気だ。だが虹龍洞という厳しい環境下、有毒ガスが充満する中でも活動ができる百々世、そして聖域を作る力を持つネムノであれば瘴気と穢れに対して耐性と対抗手段がある。

 さらに百々世は龍を食べる力がある。アジ・ダハーカが有しているデタラメな耐久性に対してもおそらく特効である筈だ。豊姫よりもことこの相手に対しては相性がいい。だが百々世では撒き散らかされる瘴気と穢れの浄化はできないので引き続き豊姫にその役割を負って貰わねばならない。

 上空で暴れまわる巨竜へ百々世とネムノが接近していく。

 ある程度の距離まで来るとネムノが聖域を作成した。その空間にいる間は瘴気に耐性を持つ事ができる。そもそも山姥とは巫女の成れの果てと言われる。呪物、呪詛の類には非常に明るいのだ。当然瘴気に対抗する術を導き出す事ができる。

 アジ・ダハーカと接敵する間に百々世が出し惜しみなく鉤爪状に尖鋭な剣先めいた弾丸を掃射した。ドラゴンイーターである。

 巨竜はその巨体故に避ける事叶わずドラゴンイーターの餌食になる。

 これがとんでもない大戦果を挙げた。凄まじい硬さを誇る鱗を破壊し――――傷がついたのではなく文字通り破壊だった――――内側の肉にまで届いたのだ。ネムノが作った聖域に血飛沫が舞い血臭が一気に広がる。同時に傷口から瘴気と穢れ、さらに蛆の如き毒虫があふれ出てきた。毒に耐性のある百々世もこの不快の極致を前に流石に食う気は起きなかった。

 巨竜から発した瘴気や毒虫は浄化に専念した豊姫のお陰で完全に地上に降り掛かるのを阻止出来ていた。

 アジ・ダハーカの攻略の目が出てきた中、甕星禍那が大攻勢をかけてくる。五つの火球を広域に配置しそれぞれから光の筋が伸びて五芒星を描き上げる。中心の五角形だけで山全域を覆うほどの広さを持つ。この五角形が大問題だった。

 禍那は星の神である。そして神奈子が持つ乾を創造する力と同等の力を有していた。差し詰め、天を創造する力とでもいうべきか。

 この五角形には宇宙が広がっていた。その宇宙には煌々と星が瞬いている。それらの星が妖怪の山目掛けて落ちてきているのだ。

 

「よくここまで戦ったよ。だけどな、もう終わらせてやる。恐竜を滅ぼした絶望の雨を降らせてやる」

 

 五芒星の中心に禍那は立ち宣言する。

 その意味を神奈子は正しく読み取った。奴は――――。

 甕星禍那は――――流星雨を降らせるつもりだ。

 五つの火球が軸となり作られた五芒星を壊さなければ中心の宇宙から豪雨の如く流星が落ちてくる。それだけは阻止しなければならない。

 もっとも近い火球へ急行しこれを破壊する。

 だが――――。

 光で繋がっている為に壊しても復活するのだ。

 ――――同時に壊さなければ駄目か……!

 サルワの相手をしながら神奈子を見ていた依姫がすぐに事態を察して手近な火球へ移動する。けれどそれを無秩序の魔王が許すはずもなく。

 

「禍那様の邪魔はさせぬ!」

「アラディアの眷属風情がいい加減しつこいッ! そこをどけぇ!」

 

 刀を一閃。

 サルワを切り飛ばす。尻目にまだ器用に致命傷を避けていることを確認したが今はそれでいい。火球の破壊が先だ。火球へ向かう前に豊姫へ声を掛ける。彼女は頷きだけで把握している事を示した。アジ・ダハーカから齎される瘴気を浄化できる位置での火球の破壊を担当し百々世とネムノへ火球の破壊を優先するよう声を掛けたが巨竜もまたそれを許さない。魔法を行使できる巨竜はネムノが作成した聖域を自身事包む結界で封鎖した。

 

「こいつ、この図体で味な真似しやがって!」

「うちの聖域ごと閉じ込められただ。うちらはせめてこやつがあちらの邪魔だけはせんようにするしかないべ!」

「くそったれッ!」

 

 百々世が悪態を吐く。それでもアジ・ダハーカの進軍を食い止めているのだから大したものである。龍王殺しのプリンセスは伊達ではなく対龍に於いてまさに特効を有した彼女だからこそだった。

 しかし五つの火球を潰すにはあと二人が必要なのも事実でありもう時間がなかった。

 こうなれば禍那の作り出した宇宙へ飛び込むしかない、と神奈子が思った瞬間である。

 

「依姫! ヤサカ! 破壊しなさい!」

 

 豊姫から破壊命令が飛んできた。

 もう迷っている暇などなかった。依姫も神奈子も目の前の火球を砕いた。

 ――――と。

 一筋の光が地上より空へ突き抜け、大地から嵐如き拳圧が吹き抜けていく。 

 光と嵐が残り二つの火球を破壊したのだ。

 その筋を辿り地上へ視線を向けると神社の端に立ち、弓を持ったまま残心を取っている永琳の姿がある。

 さらに嵐の上がった方を見ると山の八合目辺りで拳を突き上げている勇儀がいた。

 実は地上で禍那の流星雨に最初に気づいたのは針妙丸だった。勇儀の後頭部にしがみ付き索敵を担当していたのである。針妙丸が蜥蜴の多い箇所を予め判断し勇儀へ伝えていたのだ。

 針妙丸が上空の様子がおかしいと勇儀へ伝えた頃、同時に永琳も五つの火球の意味を読み取っていた。百々世とネムノの動きを封じられた今、豊姫と依姫そして神奈子では二人足りない事を把握していたのである。

 神社の端にいる永琳の姿を認めた針妙丸が彼女へ声を掛けると同時に火球を破壊しなければならないと伝えられ、地上から永琳と勇儀で残り二つの火球を破壊したのである。

 火球の破壊と共に五芒星が霧散する。その一瞬、禍那の動揺を見逃さなかった神奈子がついに彼女を捉えた。

 

「絶望の雨は降らなかったようねッ!」

 

 神奈子に掴まれた禍那が組み合った。神奈子を見る瞳には同族嫌悪が滲んでいる。

 

「八坂、神奈子……! お前が、お前だけが国譲りを止められたんだ! そうすれば、この国の皇統は天孫ではなく出雲だったんだ! 皇統の祖に名を連ねていたんだ! お前が荒船山ではなく国譲りの時にちゃんと戦っていれば……!」

 

 その言い分に神奈子は禍那を哀れだと思った。

 

「貴方を見て、確信したわ。やはりオオクニヌシ様は正しかったのだと」

「何!?」

「オオクニヌシ様は聡いお方だった。遠く長い未来をも見据えた先に国を譲る事を決断された。国造りをし、多くの者が幸福と繁栄を享受できるにはどうあるべきか、と。そうしてアマテラスの伯母上へ譲られたんだ。永琳やタケミカヅチもついている。きっと天地悠久の大道を実現為さってくれるとそう判断を下したのよ」

「何を巫山戯たことを……!」

「分からないか! 天孫降臨から今日に至るまで続く万世一系の皇統が一体どこにある? 世界中を探し回ったとしてもこの日ノ本以外に於いてそれはない。君が世が幸福な千世であるように、さざれ石が巌となるほどの時を経て、神さびたその上に苔が生える日まで、アマテラス様はこの国を見守ってくださっている。それは今でも続いている。それこそがオオクニヌシ様が間違っていなかった何よりの証拠。だからこそ、私は何も恨んではいない。全てはこの国を良くしたいと思う一心がこれまでの繁栄を導いてきた! それを貴様、否定するなど今日まで営まれてきた全ての民達への侮辱に他ならない! 多くの時代があった。民同士の争いもあった。国同士の戦争もあった。それでもなお、よりよい世界へと少しでも変わるべく全ての人間が努力を重ねている。その人間達を神々はずっと見守っている。人々がその存在を忘れたとしても国譲りの約束は果たされ続けている。故に甕星禍那! お前の言葉は神代の夢などではない。もはや幾重にも集積した垢そのものだ。いい加減洗い落とす時が来たようだ!」

 

 神奈子の叫びを永琳は感慨深く受け止める。

 何故、タケミナカタ――――神奈子があれほど情けない惨めな歴史を綴られたのか。

 国譲りなのだから本来はオオクニヌシの名が記されるはずだった。

 だが。

 ――――オオクニヌシにそれはできなかった。彼を扱き下ろせば彼を慕う人々はアマツカミには従わないだろう。

 では兄のコトシロヌシは?

 ――――コトシロヌシにもそれはできなかった。彼はオオクニヌシの子、彼を含めて百八十一柱を従える立場にいたからだ。コトシロヌシに責任を負わせることはできなかった。

 だから。

 国譲りが気に入らない人々を纏め上げる役はタケミナカタしかできなかったのだ。タケミナカタが無様に惨めに描かれる事で国譲りが成ったと証明する為だけに。

 ありもしない汚名の烙印を甘んじて押されたのだ。

 だからオオクニヌシを語る際に彼の子を百八十柱とする場合がある。除外された一柱がいるのだ。

 その除外された一柱こそ国譲りで出雲を出て諏訪に鎮座したタケミナカタだ。彼がオオクニヌシの子であると不都合だからだ。いずれ出雲を取り戻そうと考える者達がタケミナカタを担ぎ出すかもしれない。

 無論神奈子にその気は全くなく彼女は信濃国の繁栄に力を注いだ。そうしてこの国――日ノ本は天孫が治める国へとなったのだ。

 しかし。

 それを認めない者がここにいる。

 

「納得できるものか! 私は星の神だ! アマテラスにも負けない流星の輝きを持つ神だ! 私がタケミナカタの神核を持っていれば勝てたんだ。封印され砕かれる事もなかったしお前も惨めな描かれ方はされなかったはずだ!」

「ああ、勝てただろう。けれど、貴方はきっと国を滅ぼす。貴方は民の為にではなく己の為に戦っているからな。私と貴方の違いはそこね」

「だから何だというんだ!?」

「だから、あれだけ惨めに刻まれた私が治めた信濃は明治になるまで続いた。現人神も輩出した。記録上では天保十二年に立職した諏方頼武が最後となっているけれど、でもその後も現人神は残っていた。人々の信仰が薄らぎ神々を忘れていった中でも受け継がれていったものは確かにあったのよ。それが私の残したもの。でも貴方は違う。民の為ではなく自分の為に戦った貴方は今もまだ自分の為に戦っている。その結末は何度繰り返した所で同じだと言ったのよ!」

「この……言いたい放題言いやがって……!」

 

 神奈子は高空に御柱を一柱出現させた。この分からずやの星の神は言葉で語っても分からないらしい。ならば、民の為に戦う力がいかなるものか教えてやろう。

 これこそが日ノ本第一と呼ばれた軍神の力だ。

 

「甕星禍那。確かに貴方は強い。それは認めるわ。だけど貴方は自分で口にしたわよね。アマテラス様にも負けない流星の輝きを持つと。だったら――――」

 

 禍那と組み合う態勢を力尽くで離した刹那である。

 浮かせた御柱を禍那へ撃ち放った。

 

「ぐッ! くそぉッ! 重い……! こんな柱如き……!」

「貴方が流れ星を称するのなら、最後まで体現してもらわないとね。確かに煌めく流星は輝いているわ。だけどね、流れ星であるのなら――――墜ちるのが定めでしょう!」

「馬鹿な……! 私、私は……お前なんかに……八坂神奈子ォ! ぐぁぁああああああぁぁッ!!」

 

 御柱の威力を受け止めきれず甕星禍那はそのまま地上へ墜ちた。御柱は神湖へ墜落し、ややあって禍那が浮いてきた。余りの衝撃に意識を失ったらしい。

 アラディアとは違うもう一人の悪神はここに撃破された。

 神奈子が振り向くと依姫がサルワを下していた。黒い孔が閉じていく。

 ――――そこへ。

 百々世とネムノが力づくで黒い孔へアジ・ダハーカを押し込んだ。

 倒すより送り返した方が手っ取り早いと百々世が判断したのである。

 

「さっさとここから出て行きやがれッ!」

「ここはうちらの縄張りだべ! 余所者は帰れッ!」

 

 胴体が黒い孔へ入った所で豊姫が浄化の風で追い打ちを掛ける。

 

「立場を弁えなさい。貴方の居場所はここではないわッ!」

 

 進化の終着点側の世界で巨竜が暴れているが、もう幻想郷へ出て来れるほどの孔はなかった。

 上空の様子を具に見ていた永琳が幻通機で各地へ通達する。

 ――――八坂神奈子により星の神、甕星禍那を撃破。及び綿月依姫により無秩序の魔王サルワを撃破。さらに深淵の怪物、アジ・ダハーカを綿月豊姫、姫虫百々世、坂田ネムノにより送り返す事に成功、と。

 続けて永琳は、これより天狗達と蜈蚣衆を各地の黒い孔へ向かわせると通達した。無名の丘、魔法の森、博麗神社だ。

 残党の蜥蜴は勇儀と華扇がいればどうにかなるだろう。

 流れは完全に幻想郷側へ傾いた。ここで手を緩めるわけにはいかない。各地で歓声が上がる中、永琳だけは恐ろしい程に冷静だった。

 

 

 戦況はどんどん変わっていく。

 アラディアの仲間である四人を撃破した。

 さらに嬉しい報告が三途の川より届いた。

 庭渡久侘歌、伊吹萃香により不浄の魔王ドゥルジ・ナアスの撃破に成功、と。地獄の黒い孔は閉じて地底と同じく残党と亡者狩りへ移行したらしい。埴安神袿姫の埴輪兵が大分戦線を維持していたことが大きかった。死神部隊と獄卒達は疲弊の極みに達していたからだ。

 続けて無名の丘より報告が入った。

 風見幽香、蓬莱山輝夜により渇きの魔王ザリチュを殲滅した、と。こちらも残党狩りへ移行したらしく天狗達も合流し掃討作戦に切り替わったようだ。

 時間を置かず上がってくる報告を聞いていたのは地獄界にいた四季映姫だった。余りにも距離が開いている為にノイズが混じっているが必要な情報は拾えていた。

 無残どころか憐れみすら感じるほど崩壊した異端者の地獄において決着は近かった。

 巨人の戦士クリュティア・コーラルはヘカーティアの炬火に傷付けられ弱った所を妖夢の楼観剣に斬られ、徐々に、本当に徐々にダメージを蓄積させていった。

 ヘカーティアの猛攻は苛烈で容赦がなかったが、どれだけの傷を負おうともそれが神からの被害であるのなら例え致命傷クラスでも回復してしまうのだ。だが妖夢から受けたダメージはどれだけ小さな傷でも回復しない。

 かつて――――ギガントマキアでもそうだった。

 ゼウスの雷霆で。ディオニュソスの霊杖で。モイライの棍棒で。アポロンの銀矢で。

 アテナが、ヘパイストスが、ポセイドンが、ヘラが、ヘルメスが、アルテミスが。

 そしてヘカーティアの炬火で。

 ギガースは倒された後に最後はヘラクレスに止めを刺されている。

 だからこそ妖夢の付けた傷だけは回復しない。

 巨人の戦士と言えども消耗はするのだ。ヘカーティアの猛攻に耐え続け、肉体を焼き尽くされる度に再生に力を使い、復活してまた戦闘を続行する。

 肩で息をするクリュティアに余力はもうない。妖夢の参戦から流れが変わったのだ。

 

「反抗はもう終わり?」

 

 ヘカーティアが挑発染みた声を掛ける。拳を握りクリュティアが睨みつけてくる。

 

「……誤算でしたわ……ヘラクレスはいないと、踏んでいたのですけれど…………こんな、隠し玉を持っていたなんて……! 半端者と侮ったこと、謝罪しますわ」

「地獄を舐めないことね? 地獄にはいろんな奴がいるのよん」

「その、ようです。死者の、国である地獄……生きた人間はいない。ならば――――貴方にも勝てると、思ったのですが……半人半霊……そんな者がいるとは……」

「考えが甘かったわねん。じゃあ、そろそろ終わりにするわよ。精々、悔しがりなさい。――――妖夢ちゃん!」

 

 楼観剣と白楼剣を構える妖夢の姿がある。

 けれど巨人の戦士も素直に敗北を認めるつもりはないらしい。

 

「掛かって、きなさい。この場に、おいて……私に勝ち得る……

小さき……剣士のお嬢さん。全力で――――相手をして差し上げますわ!」

 

 半端者と思っていた認識をクリュティアは改め、妖夢を対等な敵と見做した。

 

「――――いきます」

 

 静かに呟く妖夢は二振りの刀を納刀する。

 楼観剣の鯉口を切り、柄に手を掛ける。走り出した彼女へ巨人の振り被った右手の拳が襲う。

 しかし間に入った地獄の女神に止められる。けれどまだ左があるとばかりに半人半霊の剣士を握り潰さんと勢いよく手が伸びる。

 それも。

 四季映姫に止められる。無防備となった胴体へ一閃。

 居合めいた抜刀を浴びせる。

 まさに一刀必殺。確かな手応えを感じ取った。

 残心を取ったまま血振りを行い刀身を鞘へ納める。

 

「楼観剣に斬れぬものなど――――あんまり無い」

 

 鞘送りの最後に鯉口が小さく金音を立てる。

 瞬間、巨人の戦士が崩れ落ちた。

 

「……見事……! 私の完敗……ですわ……!」

 

 倒れ伏してもまだ意識があるらしい。オリュンポス相手に大戦争を起こしただけの事はある。

 映姫はすぐさま幻通機で報告を行った。

 ヘカーティア・ラピスラズリと魂魄妖夢により巨人クリュティア・コーラルを撃破、と。

 だが同時にアラディアがまだ現れていない事を知らされた。

 続けて八雲紫と霧雨魔理沙により渇きの魔王タルウィの撃破の報も入ってきた。

 これによって。

 常世神――橘迦玖能。

 他化自在天の主――六天主魔波。

 神仙の女神――緱婉姈。

 星の神――甕星禍那。

 巨人の戦士――クリュティア・コーラル。

 熱の魔王ザリチュ。

 渇きの魔王タルウィ。

 悪行の魔王アカ・マナフ。

 背信の魔王タローマティ。

 不浄の魔王ドゥルジ・ナアス。

 無秩序の魔王サルワ。

 アラディアの軍勢を悉く打倒した。

 しかし肝心のアラディアはまだだった。映姫はクリュティアへ止めを刺そうとしているヘカーティアへ待ったを掛けた。

 魔王達は進化の終着点へ消え失せたようだが、アラディアの仲間は現在、幻想郷で拘束しているらしい。クリュティアも連れて行きアラディアの居場所を吐かせるしかないと踏んだのだ。

 現在命蓮寺に六天主魔波と緱婉姈、守矢神社に甕星禍那を捉えているようだ。中有の道を通るなら守矢神社が一番近い。

 クリュティアを守矢神社へ連行する旨を提案するとヘカーティアはあっさりとその提案を呑んだ。クラウンピースたち地獄の妖精に巨人を運ぶよう命令を下した。

 巨人が運ばれた後の第六圏は先ほどの戦いが嘘だったかのように静寂を湛えていた。

 

 

 幻想郷に残る黒い孔は残り――――博麗神社上空の一つだけ。

 地上の四つと地獄と地底の二つは魔王の撃破と共に消滅した。各地の蜥蜴の群れも終わりが見えてきた。

 ただ博麗神社の黒い孔だけは今だ胎動し蜥蜴を吐き出し続けていた。それが現世の幻想郷の状態だった。

 けれどそれを書割の博麗神社にいた、博麗霊夢は知る由もなく己と戦っていた。

 正直な所、未だ勝ち筋が見えずにいた。それほど博麗靈夢は強いのだ。掛け値なしに強敵。同じ巫女なのだから相性の優劣もない。純粋に巫女として上回らなければ勝てない。

 ――――勝ちたいと思った。

 他の誰でもない。自分自身に勝ちたいと思った。

 これで負けたなら言い訳が立たない。

 だからただ――――勝ちたいと思った。

 今を生きる博麗霊夢として。過去を生きた博麗靈夢に。

 

「私は……私を超えてやる。そうしなきゃ勝てないっていうのなら乗り越えてやるわよ!」

 

 自らを鼓舞して陰陽玉を八つ浮かべた。

 霊夢の能力――――空を飛ぶ能力の真骨頂。

 ラストワード、夢想天生を仕掛けたのだ。無敵を誇るこの技で自分を乗り越える。逃げ場のない霊撃が立て続けに靈夢へ襲い掛かる。

 夢想天生は霊夢に触れることができなくなる反則技。相手が音を上げるまで続けてやる。

 そう意気込んでいた――――が。

 霊夢の直感に凄まじい悪寒が走った。理由はない。根拠もない。だがしかし。

 ――――このままでは負ける、と。

 八つの陰陽玉に囲まれる霊夢へもう一つ自分は霊撃を避けて飛び込んできた。触れられるはずがない。

 ありとあらゆるものから浮くのだ。スペルカードではないのだ。時間制限などない為、一方的に攻勢を掛けられるはずなのだ。

 しかし。霊夢は直感に従って何かを仕掛けられる前に避けた。

 そしてそれは正しかった。

 霊夢が避けた一瞬後、もう一人の自分の霊撃が直撃する。それは触れられるはずのない霊夢へ僅かに届いた。

 はらはらと霊夢の髪の毛が散っていく。

 

「……そう。そういう事。これで決めるつもりだったけど、自分自身からは浮けないってことか。考えてみればそりゃそうよね」

 

 かつての自分があって今の自分がある。運命で刷新されたとしてもそれは変わらない。ハクレイレイムの本質は同じという訳だ。奥の手が通じないのなら、後は――――。

 

「こうなったら、あんたが参ったっていうまで付き合ってやろうじゃないのッ!」

 

 自分が果てるか、相手が倒れるかの勝負。

 もはや意地の張り合いだ。

 これで折れるようじゃ博麗の巫女なんてやってない。

 脳裏に浮かぶのは数々の異変を解決した記憶。

 レミリア・スカーレットを。

 西行寺幽々子を。

 八意永琳と蓬莱山輝夜を。

 伊吹萃香を。

 四季映姫・ヤマザナドゥを。

 八坂神奈子を。

 比那名居天子を。

 霊烏路空を。

 聖白蓮を。

 豊聡耳神子を。

 茨木華扇を。

 秦こころを。

 少名針妙丸を。

 宇佐見菫子を。

 純狐を。

 摩多羅隠岐奈を。

 依神女苑と依神紫苑を。

 埴安神袿姫を。

 饕餮尤魔を。

 天弓千亦を。

 いかな相手であっても挑んできた。

 そうして解決に導いてきた。

 ならば、己が相手でも退くものか。

 二人の勝負は制限時間も能力の縛りもなくどちらが最後まで立っているか、無制限の延長戦へ突入した。

 

 

 まるで喜劇だと博麗靈夢は思った。

 かつて運命に刷新され、今の霊夢へなった自分。

 そして今、世界を刷新され立つはずのない世界に立っている自分。

 悪神があらゆる世界を一つに繋げ変えた。己もその一つなのは分かっている。己が繋がった世界にいる事、それに何らかの意味を悪神は持たせているのだろう。

 ただやるべきことは一つだけ。

 巫女として騒動を収束させること。

 目の前の自分も倒して、悪神も封印する。

 そう――――思っていた。

 けれど、あの博麗霊夢を見れば見るほど、戦えば戦うほど己とそっくりだ。騒動を収束――あの霊夢は異変を解決と言っていたが――――させる為に必死で巫女の役目を為そうとしている。

 まるで鏡を見ている気分だ。互いが同じ思いを抱いて向き合っている。

 これを喜劇と呼ばずして何というのだろう。

 この勝負に果たして意味があるのだろうか。

 靈夢が勝っても。

 霊夢が勝っても。

 その結末は同じだ。この騒動、異変を収束、解決させる。

 

「私は……私を超えてやる。そうしなきゃ勝てないっていうのなら乗り越えてやるわよ!」

 

 霊夢は己を倒す為に持てる力を惜しまず立ち向かってくる。

 八つの陰陽玉を浮かし何かを仕掛けてくるようだ。

 だが。同じレイムならば意味はない。だからこそ相手の懐へ飛び込んでいく。

 何かを狙っていたようだが、肉迫した靈夢を避けた。きっと誤算があったのだろう。

 

「……そう。そういう事。これで決めるつもりだったけど、自分自身からは浮けないってことか。考えてみればそりゃそうよね」

 

 思い通りにはならなかったらしい。

 

「こうなったら、あんたが参ったっていうまで付き合ってやろうじゃないのッ!」

 

 音を上げるまで戦い続けるようだ。

 陰陽玉同士が衝突し、退治符が舞う。

 手の内は所詮同じ。ならば後は――――。

 

「参ったっていうのはあんたの方よッ!」

 

 もう一人の己が言った通りだ。

 どちらかが倒れるまでやり合うのみ。

 霊撃を撃ち合い、隙を突いて相手の懐へ潜り込み、体術を用いる。妖怪退治ではあまり活躍しないが武術も心得がある。

 しかしそれは相手も同じ事。

 霊撃が、陰陽玉が、止められるなら。

 直接叩くだけだ。

 伸ばされた手を弾く。服を掴まれたら引き倒されるからだ。

 弾かれた勢いを利用し体を捻り蹴りを放つ。

 一つの攻防で何度も攻守が入れ替わり出現した陰陽玉から霊撃を撃つ。

 ――――書割の博麗神社は二人の戦闘の余波で硝子に入った罅のように亀裂が生じていく。

 亀裂の先は霊夢が始めにいたよく分からない空間が広がっている。天の川のような光が瞬いている。

 書割の世界に綻びが生じたからだろうか。

 戦っている中、博麗靈夢の脳裏に奇妙な光景が過った。

 ――――それは己ではない記憶。霊夢の記憶。

 数々の異変へ立ち向かい解決を導いてきた記憶。

 博麗霊夢の――――その姿を。

 ――――ああ。全くもって笑えるじゃない。

 ――――私はちゃんと私だった。

 ――――運命に刷新された世界でも。

 ――――私は私をちゃんとやってた。

 その姿が余りにも博麗の巫女だったから。

 こんな笑える話があるだろうか。

 

「――――こんな姿を見せるなんてズルいわね……」

 

 博麗靈夢の手が一瞬止まった。

 それを『私』が見逃すはずもない。

 霊撃を直接受けてしまった。

 ――――ああ。やるじゃない、私。

 

「――――悪いけど。私の勝ちのようね」

「――――どうやら、私の負けのようね」

 

 相手を倒す事だけに集中していた所為で、能力以上の力を引き出していた肉体が悲鳴を上げている。

 酷く、苦痛を感じている。――――それでも。

 気分は晴れやかだった。

 運命に刷新された世界でも私は私だったと見せてもらった。

 だから。

 

「――――ねぇ『私』。幻想郷は楽しい?」

 

 もう一度その問を。

 『私』はなんと答えるだろうか。

 

「――――もちろん。私の大好きな場所よ」

 

 ――――ああ。これほど救われる事があるなんて。

 博麗靈夢の存在が希薄になっていく。

 それは敗れたと悪神に判断されたからだろう。

 

「ちょ、ちょっとアンタ、このまま消えるっていうのッ!?」

 

 どうやらそうらしい。

 世界の刷新に靈夢は不必要となったのだろう。

 

「そう……みたいね」

「そうみたいって」

 

 焦る霊夢へ靈夢は笑顔で言ってやる。

 

「頑張りなさいよ、『私』。なんてったって博麗の、巫女なんだから」

 

 書割の世界で博麗靈夢は――――消えた。

 一人残された霊夢は書割の世界も消え始めていると気づいた。

 博麗神社は亀裂だらけで罅からは煌めく星が瞬いている。

 ――――そこへ。

 霊夢と同年代くらいの少女が音もなく現れた。

 透き通るような白磁めいた肌。

 闇を溶かしたかのような黒い長髪。

 ビスクドールを思わせる玲瓏な顔立ち。

 まるで作られた優美さを持っている。

 それでいて黒一色のシンプルなワンピースだけを着ている。

 この少女は――――。

 霊夢は直感した。

 この少女は間違いなく。

 

「あんた……アラディア・アーリマンね?」

「そう。私はアラディア・アーリマン」

「あっさりというのね?」

「もう終わりが見えたから」

「終わり?」

「貴方達は悪意を上回ったの。私が用意した世界を否定した。――――貴方達の勝ち」

 

 淡々と述べるアラディアだが表情は酷く悲し気だ。きっと彼女が口にしている事は事実なのだろうと霊夢は思った。

 

「あんたは、戦わないのね?」

 

 挑発めいた言葉をぶつけてやると少女は困ったように言った。

 

「私はずっと。今までずっと戦っていた。悪意を生み出し世界に満たし、深淵と繋ぎ、世界を塗り潰そうとした。それが私の戦い方。だけど、世界は私を否定した。それは貴方達全ての者がそう望んだから。人々の心から生じた悪意はもう世界を満たせない」

 

 この少女は。

 アラディア・アーリマンはただ一人。

 今までずっと世界を相手に戦っていたのだ。

 仲間を用意し六人の魔王を呼び出し、悪意を創造し、ただ一人。

 これが今回の異変の元凶なのだ。

 

「この偽りの世界ももう消える。貴方の世界へ戻るの」

「それは、どういう――――」

 

 霊夢が訊ねた刹那、書割の世界は瞬く光に飲み込まれた。

 どれだけの時間が経ったのか、あるいは全く経っていないのか、それは分からなかったが、気づくと霊夢は幻想郷の博麗神社の境内へ戻っていた。

 変わった所と言えば上空に現れていた黒い孔が消えていたし東の空が白んできていた。夜が明けたのだ。

 黒い孔はおそらく博麗靈夢が消えた事で消失したのだろう。

 周囲では天狗達が飛び回っていた。確認するに残った蜥蜴を倒しているらしい。

 見れば悪神も目の前に佇んでいる。

 

「ここは、元の世界ね?」

「そう、言ったはず」

 

 戦う気は本当に無い様だった。

 ――――と。

 

「霊夢!」

「霊夢さん!」

 

 藍と文がいち早く霊夢の傍へ駆け寄った。

 

「霊夢、こいつは――――」

「今回の元凶、アラディア・アーリマンよ」

 

 霊夢が答えると文が隣で厳しい視線を向けている。

 

「やはりそうでしたか。ただ思いの他、質素な姿でしたのでね、拍子抜けしましたが。しかし常のものではないのは分かります」

 

 アラディアは藍と文をゆっくりと見たが焦る素振りもない。

 書割の世界で言った通りのようだ。

 

「アラディア。あんたは何故、この異変を起こしたの?」

 

 それを聞かねばならなかった。

 

「私はただ、そうあれと望まれただけ」

「望まれただけ? それは誰に?」

「みんなに」

 

 抑揚なく告げる悪神は真実を口にしている。

 心の深淵から世界を見ていた彼女は。

 彼女のいう『みんな』の心にあった悪意を彼女は目にし、耳にし世界を覆ったのだ。

 悪神は悪を為す事が存在意義。

 つまりは――――あらゆる人々の心が望んでいた世界を作ろうとしただけなのだ。彼女のやり方で。

 霊夢は分かってしまった。

 悪神として存在している彼女は誰よりも悪意なく今回の異変を起こしたのだと。何故なら悪神が悪を為す事は正しい事だからだ。それがこの異変の原因だ。

 

「あんたの事はわかった。もう私達が勝ったって事もね。それで? あんたは大人しく消えてくれるの?」

 

 そう訊ねるとアラディアは困った表情を浮かべた。

 

「悪神だもの。悪は最後まで足掻くもの。だからまだ終わらせない。例え勝てなくても」

「で? あんたは何を仕出かすつもりかしら?」

「――――星落とし。緱婉姈に約束した。月の裏側を破壊する。私と禍那で作った大彗星」

 

 アラディアは何気ない動作で空を見上げた。

 

「本当なら一日経たず衝突するはずだった。だけど運命か、奇跡か、あと三日くらいの猶予がある。大彗星はもう走り出している。禍那は昔、隕石を破壊された経験がある。だから簡単に破壊できないように壊れやすい目を移動させると言っていた。後は貴方達次第」

 

 原初の悪神は最後の最後にとんでもない事を言い放った。

 それが本当であるならあと三日で月は崩壊するのだ。

 この情報は瞬く間に幻想郷中へ知れ渡った。残存する蜥蜴という脅威もまだあるにはあるが、悪神と星の神の大彗星が事実だった場合、残された時間は三日しかない。

 しかし相手は悪神である。虚偽の可能性もゼロではない。

 アラディアの真偽を確かめる為に、急遽古明地さとりを招集することになった。

 八雲紫が機転を利かし地底と博麗神社を繋ぎ、すぐにさとりは現れた。紫自身も神社へ移動し事の真偽を見守った。

 けれど、導き出された真実は残酷だった。

 大彗星は事実であり、星の神、甕星禍那はかつての経験――――フランドールに隕石を破壊された事を生かし破壊の目を捉えさせない策を施した。それがアラディアの悪神の力であり、破壊の目が運悪く見つからないという常に最悪の状態を維持しているのだ。

 そこへさらなる凶報が届いた。

 夢の世界を管理しているドレミー・スイートが現れたのだ。

 何故、彼女が現れるのだ、と怪訝な表情を向けられるがドレミーはそれどころではなかった。いつになく切羽詰まった状態だった。

 彼女が言うには先ほど、本当に先ほどの話だというが、悪神が悪夢を通じて夢の世界へ避難している月の民へ大彗星の話をばら撒いたのだという。

 その所為で月の民は大混乱に陥っており、急ぎ幻想郷への遷都をするべきだ、と主張する者と大彗星の破壊、あるいは軌道を逸らす手を講じるべきだ、と主張する者で意見が真っ二つに割れているのだ。さらに彼らは現在夢の世界に避難している最中なので大彗星の破壊を行う事が非常に難しい立ち位置だ。なおかつ大彗星の話自体が本当かどうかも分かっていない。

 現役の月の賢者達も意見の一致が見られず大事に発展している。仮に幻想郷へ移住するとしても悪神が相手である。何かしらの悪い事が起こる可能性もある。それがもし取り返しのつかない事だったら、月の民は破滅してしまうという危惧があるのだ。

 そしてそもそもの話、もし月の民の移住が行われるとするならば幻想郷は月の民が住める環境へされてしまう。つまり浄化だ。

 原初の悪神は最後の最後に最悪の悪足掻きをしたのだ。

 だが。さとりが心を読んだ限り、悪神の用意した策はこれが本当に最後だった。

 時間の猶予もない。しかし大彗星の話が真実である事を知っているのは幻想郷の者達だけだ。もし月を破壊されれば月の民は否が応でも幻想郷へ遷都してくるだろう。それは純狐とヘカーティアが吹っかけた戦いで証明されている。

 幻通機を通して各地の有力者たちと急ぎ話を纏めるべく幻想郷創設以来の大会議が行われた。

 時間の猶予がない中、大彗星は破壊、あるいは軌道を逸らす事が決められた。問題はその方法だった。

 フランドール対策を施されている大彗星だ。彼女の力で破壊はできない。そもそも宇宙空間に流れている大彗星を破壊できるのか疑問もある。幻通機を通しフランドールへ霊夢が訊ねると彼女からは――やってみなくちゃ分からないと返ってきた。ある意味ではそうだろう。出来るかどうかなんてやって見なくては分からないのだ。ましてや前例がない。

 ならば、と。守矢神社にいる依姫から提案があった。

 まずは月の都へ帰還し月の技術で破壊できる手段を講じると。

 しかしそれは他でもない永琳に却下された。まず綿月姉妹が月へ帰還したとして、ドレミーの夢の世界から現実の月の都へ民を移送し都の機能を復活させる必要がまずある。さらにその上で大彗星の話が事実であると上層部に報告し、上層部はその情報が正しいかを審議する。それから破壊命令が下り、破壊に必要な手段を検討し、破壊作戦にはいる。

 報告して、審議して、命令が下って初めて破壊を実行できる。とてもじゃないが三日では終わらない。

 有効な手段が出ないまま、無為に時間だけが過ぎていく。

 既に朝日が眩しい時刻へなっていた。

 ――――そんな中である。

 最初に口を開いてから黙っていたフランドールがパチュリーの幻通機を通して言った。

 

『要は破壊できれば、いいわけでしょ? だったら大彗星の邪魔をしてやればいいの。それならいい方法があるわよ』

 

 誰もがその方法に悩んでいたというのに何でもないようにフランは言う。その言葉に無縁塚ではレミリアやパチュリーの声が混じって揉めている。

 そもそもそれが出来ればこんなに苦労はしないのだ。

 だが、フランはなぜそんなことが分からないのだ、と言わんばかりに面倒臭そうに続けた。

 

『あーもう、うるさいなぁ。大体お姉様が分からないってのがおかしいのよ』

『人の所為みたいな言い方しないで。フラン、いい加減な事を言うと怒るわよ』

『本当の事なのに』

 

 姉妹喧嘩が始まる前に霊夢がフランへ続きを促した。仕方なくレミリアが引っ込むと不貞腐れたような声で吸血鬼の妹は言った。

 

『お姉様が無駄に作ってたロケットがあるのよ。それを大彗星にぶつけてやればいいと思っただけよ』

「ロケットぉ!?」

 

 思わず霊夢は叫んでいた。

 

『そう。前に月に行って悔しい目に遭ったから今度は火星に行って月を見下すんだって』

『おいおい、火星だってよ。聞いたかアリス』

『行動力は評価するけれど。もうちょっとマシな事に力を注ぐべきと思うわ』

 

 魔法の森から魔理沙の面白そうな声とアリスの呆れた会話が聞こえてくる。

 しかし真剣に捉えていた者が一人。

 

『詳しく聞かせて頂戴。そのロケットはどの程度まで完成しているのかしら?』

 

 永琳である。

 答えたのはパチュリーだった。

 元は月へ行ったロケットの改良版を建造していただけだったのがレミリアの思い付きで火星仕様へと変更になったのだ。パチュリーの設計では幻想郷から火星へ行き、また戻ってくるまでを想定しているのでまだ八割強くらいまでの完成しかしていないが、仮に飛ばすだけで戻る事を考慮しないのであればほぼほぼ完成しているという。

 

『それを使いましょう。貴方の設計なら大彗星まで飛ばせられる。多少の仕様変更は必要だけれど』

『私は構わないけれど。レミィ、どうする?』

 

 幻通機の向こうでパチュリーがレミリアへ訊ねている。

 元は火星へ向かうロケットでパチュリーが建造していたとはいえレミリアに決定権があるのだろう。

 

『もちろん、オーケーよ。私のロケットで大彗星を破壊してやるわよッ!』

『さっきまで忘れてたくせに』

 

 フランの余計な一言でいよいよ姉妹喧嘩になりつつある中、パチュリーからレミリアの許可も下りたからロケットによる破壊作戦が決定した。

 それからの行動は早かった。

 まずは残っている蜥蜴の殲滅メンバーとロケットの改修メンバーを永琳が選別した。

 パチュリーを筆頭に綿月姉妹に、にとりやたかね、また資材を運ぶのに伊吹萃香、星熊勇儀らがロケットメンバーに名を連ねた。

 風見幽香や飯綱丸龍たちが中心となって地上の蜥蜴を。

 霊烏路空や驪駒早鬼たちが地底の蜥蜴を。

 庭渡久侘歌と埴安神袿姫たちが地獄の蜥蜴を担当するメンバーとなった。

 また博麗霊夢、聖白蓮や八坂神奈子らは博麗神社、命蓮寺と守矢神社でそれぞれアラディア・アーリマン、六天主魔波、緱婉姈、甕星禍那そして地獄界から連行されたクリュティア・コーラルの拘束および監視を担当する。

 ――――幻想郷に住む全員が自分の出来る事を担っていた。

 時間との勝負の中、急ピッチでロケットの改修作業が進められた。

 ――――そうして。

 運命の三日目の早朝にロケットは完成した。

 永琳とパチュリーの計算上発射後およそ九時間後に大彗星と衝突すると推測された。

 月へ落ちる直前だ。だが上手くいけば大彗星は二つに割れる。それが叶わなくても軌道が逸れる筈だ。

 ロケットの先端部分にはアラディア・アーリマンと甕星禍那の頭髪が封入されている。これで間違いなく大彗星へ向かう。

 衝突したかどうかの観測は豊姫が担当することになった。

 彼女は月へ戻り間近で確認する役を負った。誰よりも先に成否を確認しなければならないプレッシャーの掛かる役だったが豊姫は、私がやるべきでしょう、と受け持ったのだ。

 そして。

 誰もが息を呑んで見守る中、ついにロケットは打ち上げられた。

 

 

 そのロケットが齎すであろう結果を魅魔は見る事はなかった。

 ロケットが打ち上がった時、彼女はもう消えかかっていたから。

 ――――そう。夢はもう終わりなのね。

 諦めではなく、達成感とでもいえばいいのか。

 屋敷の屋根へ上って月をも越えて宇宙へ飛び出すロケットを眺める。悪神の悪意に負けないと全ての者の願いが託されたロケットだ。

 そして。

 己が今、消えかかっている事実。

 それはもう無理矢理繋げられた全ての世界の繋がりが断たれようとしている事に他ならない。

 つまりは。

 魅魔が消えるということは悪意に打ち勝ったという事なのだ。それが齎す結果はいうまでもない。

 

「あんた達は――――すごい。この人間界を守ったんだ。……ったく。悪霊の私からそんな言葉が出るなんてどうかしてるねぇ」

 

 一人苦笑して彼女は博麗神社の方角へ視線を向けた。

 

「楽しい夢だったわ、霊夢。こんなことでもなければ出会えなかった。その点でいえばあの悪神にも感謝しなければいけないのかしらね」

 

 一息入れる。

 もう時間切れだ。

 

「――――じゃあね。あんたがもっと強くなった時。また逢おうね、霊夢」

 

 誰にも知られることなく。

 イレギュラーによって存在できていた彼女は静かに。

 ただ静かに。

 この世界から姿を消した。

 誰の記憶にも残らず。

 彼女の消失と伴って屋敷もなくなっていく。

 まるで最初からそこにはなにもなかったかのように。

 世界はありのままの姿を取り戻したのだった。

 

 

 豊姫からの報告を聞いた一同は、その意味を認識した瞬間。

 大歓声を上げた。

 大彗星の軌道が変わり月の破滅は回避されたのだ。引いては幻想郷への脅威も完全になくなったということ。

 ――――かくして。

 原初の悪神アラディア・アーリマンが引き起こした悪意異変はここに解決を見たのである。

 しかし結果を聞いたアラディアは悲しそうでもなく悔しそうでもない。しかしさとりが心を読んだ通り、もう何の手も残ってはいない。

 それでも彼女は立ち上がった。

 

「おめでとう。貴方達は最後まで私を否定した。用意した全てを乗り越えられた」

 

 それでも彼女は霊夢達を前に立ち塞がっている。

 

「その割にはまだ、何か企んでいるって感じがするけれど」

「何も。もう私には何も残されてはいない――――だけど」

 

 悪神はただ溜息を吐いた。

 

「悪神は悪であることが存在意義だから。用意した手はもうないけれど、でも最後に。私は貴方へ挑む。博麗霊夢」

 

 悲嘆も諦観もなくアラディアは霊夢を見据えた。

 

「この状況でよく言えるわね?」

 

 神社の境内には霊夢に魔理沙、紫、隠岐奈、藍に文もいる。

 けれど悪神は意にも介していない。

 

「世界を見続けてきて分かったことがある。この幻想郷は博麗の巫女、博麗霊夢の存在が大きい事に」

「大袈裟な言い方ね」

「だから貴方が逃げられない方法が一つだけある」

「へぇ?」

 

 一体この悪神は何をするつもりだろうか。

 彼女が口を開くのをじっと待つ。

 そしてそれは宣言通り霊夢が逃げられないものだった。

 

「――――博麗霊夢。貴方へ弾幕勝負を挑む。逃げてもいい。そうすれば私の勝ちだから。でも逃げないというのなら――」

 

 その言葉に誰もが目を瞠る。

 霊夢へ弾幕勝負を挑む――――それは。

 

「こいつ、マジなのか。霊夢へ弾幕勝負って……おいおい」

 

 流石の魔理沙もこの状況でそんなことを言いだすとは思わなかった。

 

「言ったはず。悪神は悪である事が存在意義。だから。最後の最後まで悪足掻きをする。戦い方は緱婉姈を見て知っている。――――博麗霊夢。この勝負、受けてくれる?」

「もちろん。受けてあげる。本気でね」

「これが私、アラディア・アーリマンの正真正銘最後の悪足掻き。さあ、始めましょう」

「ええ! 博麗の巫女として退治してあげるわ!」

 

 どこか楽しそうに霊夢は言った。

 原初の悪神と博麗の巫女による、悪意異変の最後を飾る戦いが色鮮やかに始まった。

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