偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil. 作:加賀アスナ
第4話
蓬莱山輝夜と藤原妹紅が衝突する数刻前。
竹林と永遠亭に住む妖怪兎、因幡てゐは不思議な気配を感じていた。
否。不思議ではなく明らかに嫌なと形容できる気配だった。
笹が風に揺られる音。聞き慣れたさわさわさわさわと流れるような葉音がやけに作為的に聞こえるのだ。周囲を見渡してみても人気はない。なのに気配だけは感じるという矛盾。
迷い人ならば迷い人特有の気配がある。藤原妹紅のように慣れた者なら慣れた者の気配がある。そのどちらでもない。
何かおかしい。
――――と。
葉音ではない音が聞こえた気がした。それは遠くで誰かが喋っているような、それに似ている。だが聞き取れない。
息を潜め耳を欹てていると嫌に自分の心臓の音が響いてくる。
一拍打つごとに鮮明に。つ、と冷汗が首筋に流れた。恐怖ではない。ただただ嫌悪感を憶える気配。
固唾を呑んで意識を全方位に傾ける。それはどれくらいの時間だったのか分からないが徐々に誰かの喋り声がはっきりと聞こえるようになってきた。しかしその声ははっきり聞こえるほどにどこから発せられているものなのかまるで見当がつかなかった。周囲を反響するように聞こえてくる。そしてその声は明らかにてゐを嗤っていたのである。
「滑稽だ。実に滑稽だ。見世物として申し分ないぞ」
嘲笑されている事はわかった。
だが相手に覚えは全くなかった。
「ちょっと初対面で嗤うのは酷いと思いますけど~」
なるべく穏便に受け答えし相手が何かを見極めようとてゐは考えた。しかし相手はさらに嗤うだけだった。一頻りてゐを虚仮にするといい加減てゐも頭に来ていた。一喝してやろうと思った矢先にてゐの前に揺らめく陽炎のような気配が現れた。目に見えるという意味ではようやく見えた相手にどうするべきかと再び思案を巡らせようとしたところで相手は言った。
「いつまで騙されているのだ。それとも君は騙されるのが好きなのか。これほど長い時を生きていながら気付かないとは滑稽でなくてなんだというのだ」
「……騙されている……私が? いや~人を騙す事はあっても騙されたことなんてありませんよ~」
「いや君は騙されている。間抜けな兎だよ。抜け兎だ」
「…………じゃあ教えてくださいます~? 私が何に騙されているのか」
「では問おう。――――因幡てゐ。君はいつまでダイコク様を殺した者を仰いでいるのだ?」
「――――は?」
「恩人なのだろう? ダイコク様は」
「ちょっとちょっと、それはどういう~?」
「この際だ。はっきり言ってやろうではないか。ダイコク様を殺したのは八意永琳だぞ」
風が止まった。笹の葉の音も聞こえない。
てゐの思考が止まった瞬間だった。
「真実を知りたいのなら山の上の神に会う事だ。ダイコク様の最期を教えてくれるぞ」
山の上の神。
守矢のことだろうか。
それだけが最後に残った言葉だった。
◆
永遠亭の縁側で庭先を見るでもなく見ていた蓬莱山輝夜は退屈をどう紛らわそうか考えていた。人里に繰り出してみるか、と思い立ち、足先を竹林へ向けた。
どことなく妹紅には会いたくない心境だった為、彼女の力を使い須臾の時間で竹林を踏破する。出口まで来たところで須臾を解除しようとしたその時である。
「他人の手のひらで踊らされている者を見るのは滑稽だ」
須臾の時間に響くありえない声。
輝夜の目が眇められ辺りに神経をとがらせる。全方位に気配があるような印象を受ける。特定の方向から届いた声ではないらしい。ましてや輝夜の須臾の時間に割り込むなどよほどの者でなければできはしない。例えば在るか、無いかの神なら須臾の時間でも在る訳だから存在はできる。須臾の時間と在るという神は矛盾しない。また試した事はないが八雲紫の力なら時間にすら境界を見出し介入して来そうではある。
そこまで考えた輝夜であったがどうせ何をされた所で死にはしないのだ。死ぬなら死ぬでいい。その内生き返る。であるならばこの珍妙な客の話に耳を傾けても面白いではないか。
「滑稽。どういうことか、聞いてもよろしいかしら?」
「長い時を騙されながら生きるというのは楽しいのか。楽しいのだろうな。楽しいからこそ知らずにいるのだな、君は」
「あら、私は知らない事の方が多いの。だから世界は楽しいの」
「無様である。実に無様である。手のひらで踊る人形はさぞかし愉快に違いないのだ」
「では私は誰の手のひらで踊っているのかしら?」
「――――八意永琳である」
その名前を聞いた途端に輝夜は噴き出してしまった。よりにもよって永琳が己を騙しているというのだ。笑わずにはいられない。
「あぁ、可笑しい。永琳が私を。そんなあり得ないわ、あはははははッ」
「無駄で無意味で無価値な永遠を過ごした者の末路は観ていて、そう。いとをかしである」
「あら。あらあらあらあら。貴方そんなに死にたいの?」
「では聞こう。何故八意永琳は君を救わなかったのだ?」
「――――え?」
「君は好奇心が旺盛で自ら望んで蓬莱の薬を八意永琳に作らせたのだろう? そしてそれを飲んだ。しかしそれを月の者どもは不死の誘惑に負け穢れを生んだとして君は地上へと落とされた。だが君は許された筈だ。月への帰郷を。しかし地上へ憧れを持ち、未練を残して帰りたくなかった君は月へは帰らない選択をした。君を迎えにきた八意永琳は君の考えを尊重し他の使者を皆殺しにして君の地上での暮らしを助けるようになった、違うか?」
「その通りよ。今の話の何処に私が救われなかったなどと世迷言が出てくるのかしら?」
「蓬莱山輝夜。君は随分と異性から好かれる性質だな。持て囃され、嫁の貰い手も引く手あまただった。有り体に言えば持てた」
「え? ええまぁ、そうね?」
突然の話の転換に流石に戸惑う輝夜だったが言われている事は間違いではない。月にいた頃から、それから地上に落ちても輝夜は異性に好かれていた。五人の公達から求婚された事は今だ記憶に残っている。ただどれもいい男ではなかったのが非常に残念だった。だからこそ無理難題を押し付けてどれほどのものか見定めたのだが。その悉くが駄目だった。挙句の果て帝までからも求婚されるとは思わなかったのだが、どうにも自分には合わなかった。何をどう言われようが駄目なものは駄目だったのだ。
「そんな君を見て、君の教育係だった八意永琳はどう思ったと思う?」
「――――は?」
「八意永琳。月の都の創設者の一人。その前はオモイカネと名乗っていたアマツカミの一柱。オモイカネに御子神はいるが配偶はいない。いわば養子のような者。月人として生きるようになってからも浮いた話などなかったのは君が一番知っている筈だ」
「――――ちょっと、待って」
「分かってきただろう。八意永琳は君に嫉妬していたのだ。君は美しく、自由で好奇心が強く、他の月の民とは違った。だから君から蓬莱の薬を作るように言われた八意永琳は喜んで作った筈だ。――――この女を月から追放できる、と」
「…………まさか」
「八意永琳の思惑通り君は追放された。月に戻る事はない、そう思っていた。だがしかしだ。君は許された筈だ。月に戻る事を。それでも君は地上へ残りたかった。であるならば君の意向を月に報告すればよかったのだ。なのに八意永琳の取った行動は同じ使者を皆殺しにして君を地上に残した。どうあっても君を月には戻らせたくなかったのだ」
「そ、それでも永琳は私を助けてくれているわ。それはどう説明するのかしら?」
「では問おう。君が地上に残りたいと言った時も初めて蓬莱の薬を作らせた時も、八意永琳は君に一言でも言ったことはあるか?」
「な、なにを――――?」
「彼女はあらゆる薬を作る力を持つ天才だ。彼女に作れない薬はない。その彼女は君に一度でも――――蓬莱の薬の解毒薬を作ってくれた事はあるのか? 普通の人と同じように生きたいと思った時に飲むようにと渡してくれた事はあったか?」
それは。
長い時の中で永琳がそんな事をしてくれた記憶はなかった。
「女の怨みが恐ろしいのは君は十分知っている筈だ。それは八意永琳とて例外ではない。彼女は今でも君への嫉妬を抱えているのだ。月に帰さぬように君の傍で君を監視しているのだ。まして蓬莱の薬を飲んだ君をあざ笑っているのだ。常人とは掛け離れた存在となった君を誰が好きになる? 誰が求婚してくれる? 永遠に変わらぬ体、子供さえ産めなくなった女を。それも永久に老いる事のない化け物を。地上での暮らしを夢見ていた君の望みはこんな事ではなかった。いつから逃げ隠れる暮らしを行わなければならなくなった? 八意永琳が月の使者を皆殺しにしてからだ。その本人は今の月の使者である綿月豊姫と綿月依姫とは親しくある。月の長とて八意永琳が月に恭順を示すなら取り成してくれるだろう。手放すには惜しい存在だ。それに彼女は自分用に解毒薬を作れる。つまり。八意永琳だけは月に還る事ができるのだ。君と違って」
言われてみれば綿月姉妹は永琳の教え子だったはずだ。仲が悪いとは聞いた事がない。
「八意永琳はずっと、君がそれに気づき言い出す事を待っているのだ。解毒薬など作るものか、と。永遠の化け物として忌み嫌われ一人寂しく人目を憚るように生きていけ、と。その言葉を言う為だけに」
解毒薬。
そんな考えが過った事はなかったが、言われて初めて気づいた。永琳であるならば作れないはずがない。だがそんな言葉は一度として聞いた事がない。
ならばならば。自分は今の今まで永琳の手のひらで踊っていた滑稽な人形であったというのか。
「罪滅ぼしとして従者になるくらいならなぜ、解毒薬を作らないのだ? 簡単な事だ。作りたくないからだ。君の破滅を見たいが故に」
思い返してみれば自分は八意永琳という人物をどこまで知っているのだ。目の前のわけのわからない気配がいう所のオモイカネと名乗っていた事など喋ってくれた事があっただろうか。
――――私は、騙されていたのだろうか。
そう思った時輝夜は全てが馬鹿馬鹿しくなった。
永琳が騙すのならそれでもいいではないか。
彼女が自分に嫉妬を抱えていたというのならばそれでいいではないか。
なるほど、完全無欠と思っていたあの女にもこんなささやかな劣等感があったのだと思うと笑いが止まらない。
こんな事であの女に勝てるのだ。なんだ、案外永琳も大した事がないではないか。
長い事。長い事、共にいたはずだが底の見えない女だとは思っていた。気を許していたのは事実である。しかしどこまでいっても永琳は他人なのだ。その心の奥底で何を考えていたかなど輝夜には想像もできない。そして、自身が辿ってきた時間を振り返れば気配の語る事に明確な反論を立てる要素は見つけられなかった。
妙にすっきりした頭で輝夜は目の前の正体不明の気配に礼を言う。
「どこのどなただか存じませぬが、この度のお心遣い誠に感謝致します」
輝夜が礼を述べて須臾の時間を解除した時、その気配はもうなくなっていた。当たり前の時間へ戻ってきた際の輝夜の顔はまるで能面のような表情のないものだった。
そこへ運悪く藤原妹紅がやってきた。いや運がいいのかもしれない。輝夜は満面の笑みを浮かべた。
「あら、妹紅。ちょうどいい所へ来てくれたわ」
「私ゃ、会いたくなかったよ。今の私は機嫌が悪いんだ。さっさと消えてくれないか。殺したくなる」
「やだ、妹紅。私と貴方の仲じゃない。やっぱり私には貴方しかいなかったのよ。うふふふふふふ」
「なんだ気持ち悪い。お前の相手なんかやりたくないんだよこっちは」
「つれないこと言わないで。貴方まで私を裏切るっていうなら殺しちゃうから」
「やれるもんならやってみろ。馬鹿が」
「うふふふふふ。やっぱりそう。そうよ。私には妹紅がいるもの。あの女なんかいなくても良かったのよ。うふふふふふふ」
「今日のお前は気持ち悪いんだよッ!」
「じゃあ早く殺して?」
竹林の出口で二人の蓬莱人の衝突が始まった。それがスペルカードルールを超えるまでに時間はかからなかった。
◆
因幡てゐと蓬莱山輝夜が謎の気配と問答を交わしていた時刻。
八意永琳は永遠亭の一室で薬の調合を行っていた。人里へ卸す薬を作成しまとめておくのだ。あとで弟子の鈴仙・優曇華院・イナバに渡しておこう。その鈴仙は朝からいない。確か紅魔館に用があるとかで焦った様子で慌ただしく出て行ったのを憶えている。
てゐはいつも通り単独行動しているようで――――おそらく竹林にはいるのだろうが――――これも朝からいない。
主である輝夜は少し前に人里へ行ってくるとふらりと出かけて行った。従って永遠亭に残っているのは永琳だけである。最近では猛暑にやられた住民が担ぎ込まれてくることが多くその対応に追われていたのだがしっかりと水分補給をすることと、納涼をする事を――――人里には鈴仙経由ではあるが――――教えてから急患で入ってくるものは少なくなった。怪我や病気がない事は良い事だ。そんなものとは無縁となったからこそ健康であるありがたみがより一層分かったのだが。
――――と。
永琳の手が止まる。
何かの気配を感じる。それも何かとてつもなく良くないものの気配だ。
闖入者というよりこれは、己から湧き出ているのだろうか。
まるで見えない影のような。
「こちらを窺わなくても結構よ。言いたいことがあるのなら聞くわ」
「――――欺瞞だ」
「は?」
「いつまで欺瞞を続けるつもりだ、八意永琳。主を騙し、部下を騙し、そんなに己が身が大事か」
「何の事か分からないわね。冤罪はやめて頂戴」
「身に覚えがないというのか。これは筋金入りだ。流石は傲慢な月の民、否、地上を欲したアマツカミというべきか」
この気配が何か今の所見当がつかないが、殺しておくべきか、と取れる選択肢に含めた時、
「八意永琳。そんなに蓬莱山輝夜が妬ましいか?」
「なにを――――」
「元から永遠の力を持っていた蓬莱山輝夜。彼女が言い出さなければ真の蓬莱の薬は作れなかった。君にとっては渡りに船だったわけだ」
「蓬莱の薬、あれは姫様が求められたから作ったに過ぎない。私はあの時、罪に問われなかった。落ちるべきは私であった筈なのに。だから私はここにいる。謂れのない言いがかりはやめてもらえるかしら」
「罪滅ぼしだというのか? 笑わせるな。蓬莱山輝夜が望んだから地上に残ったのは分かる。だが何故他の使者まで皆殺しにした? 分かっている筈だ、そんな必要はなかったと。共に残るなど君の野心ではないか。既に蓬莱の薬を服用した者に従うのであれば自身もまた同じに。よくもまあ口先三寸で言い含めたものだ。それで君も飲んだのだろう、蓬莱山輝夜の力を利用した蓬莱の薬を。それで野望が叶ったわけだ」
「姫様を地上に残すには仕方がなかった。それだけの事よ」
「ではそのまま月へ伝えればよかったではないか。それにも関わらず君は月へ報告するまえに他の使者を殺したのだ。そのまま地上で雲隠れときた。何故か? 一度月へ連れ帰れば二度と地上へ降りることは叶わなくなる。その前に蓬莱山輝夜にはもう一度力を使ってもらう必要が君にはあったのだ。そう、君が口にするはずの蓬莱の薬を作る為に」
「下らない。よくもそこまで妄想を口にできる事」
「果たしてそうか。君が一番分かっているはずだ。そうでなければ説明がつかないのだからな」
「なに?」
「君ほどの女が思いつかなかったなどと口にするなよ。この長い時を生きてきてただの一度も思いつかなかったなど有り得ない。それは蓬莱山輝夜も知っているぞ」
「なんの話だ?」
「では問うてやろう。――――八意永琳。あらゆる薬を作る天才の君に聞いてやろう。蓬莱山輝夜が蓬莱の薬を口にした時、地上での罪が許された時、君はなぜ、蓬莱の薬の解毒薬を作らなかったのだ? 蓬莱の薬を飲んだ結果の罪だ。例え月に帰りたくないとしても解毒薬を渡しておくべきだったのだ。だが君は他の使者を皆殺しにするという行動をとった。それは君が君自身が蓬莱の薬を口にし不老不死を叶えたかったからに他ならない」
解毒薬という言葉に永琳の思考が止まる。そうだ、作れないはずがないのだ。だが今の今まで作ってこなかったのだ。それどころか従者として仕える為に永琳自身が服用する蓬莱の薬まで輝夜の力を借りて作っている。
確かに輝夜が作ってくれ、とは言わなかったのは事実だが、輝夜がそもそも流刑になって地上へ落ちたのは不老不死が目的ではない。単純に好奇心から行った事であり、その結果が不老不死であり月の掟では罪に問われただけなのだ。輝夜にとっては純粋な興味が先にあり蓬莱の薬の不老不死は副産物でしかない。
――――ちょっと待て。
今この気配はなんと言った?
解毒薬を作らなかった事を輝夜が知っていると答えたはずだ。
永琳の背筋に怖気が走る。嫌な予感がする。この話を仮に輝夜が聞いていたらどう思うだろうか。
最初に気配は欺瞞と言ったのだ。そして己も立場が違えば騙された、と感じている。つまり輝夜とて永琳に騙されたと思っても当然であるという事。
永琳は立ち上がった。このままではまずい。とんでもない事になる。今の今まで生きてきた関係が崩れる、そんな予感がする。
だが気配はなおも永琳に立ち塞がる。
「言ったはずだ。既に蓬莱山輝夜は知っていると。君は自分の身のために蓬莱山輝夜を利用しまんまと不老不死になったと。永遠の命であっても信頼が崩れるのは一瞬だったな」
「き、貴様……!」
永琳は切れた。この訳の分からない気配になど構っていられない。それでも気配は纏わり続ける。
そして――――永琳の心を打ち砕く言葉を吐く。
「それと、因幡てゐに伝えておいた。アレが崇敬しているダイコク様は君がかつて殺したと」
「あ――――」
それはかつてアマツカミの一柱だった頃の話。
ダイコク――――オオクニヌシが治める国を譲る際の話。
オモイカネとして判断を下した時の事を。
永遠亭を飛び出そうとしていた永琳の気持ちが沈んでいく。
輝夜とは根気よく話せばこの誤解を解ける筈だ。まだ取り返しがつく。だがダイコクの話は別だ。こちらはもう取り返しがつかないのだ。
一瞬足元が覚束なくなり倒れそうになるのを堪えて柱に背を預ける。そのまま力なくその場にへたり込んだ永琳はゆっくりと顔を上げた。
既に正体不明の気配はなく薄気味悪さは消えていた。
だが部屋にいるのは永琳だけだというのに、何もかもが手遅れになってしまった事に思い至った彼女にはこの部屋がとても寒いものに思えた。
――――この日、永遠亭が崩壊した。