偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil. 作:加賀アスナ
第7話
妖怪の山の中腹部の内部に空洞がある。その空洞の一角に河童の支部がある。本部は玄武の沢にあるのだが、山でも技術研究をする際の拠点として設置したものだ。河童たちが持ち込んだ資材、作成した機械類、計器類が所せましと置いてある。
だが。
にとりの持つ御守りを目印に転移してきた神奈子と華扇は目の前の惨状に顔を顰めた。鼻孔を掠める血臭。地面に倒れ伏す河童たち。明らかな乱闘の後。いや乱闘というよりは戦闘の後のような。倒れている河童の中には手に金槌や鋸を持っている者、中には作成したであろう光学銃を手にしている者もいる。
「これは……」
「華扇。生きている者を全員助けるわよ」
「分かるのですか?」
「まだ生気がある。酷い惨状だけど殺し合いまでは発展しなかったようね。不幸中の幸いだわ。四方に結界を張るから河童たちをお願い」
「ええ。何としても助けましょう」
神奈子は支部の四隅に御柱を立てる。清浄に保たれた空間を作る為だ。その間に華扇が倒れた河童たちの手当を行った。河童たちが持ち込んだ資材の中には救急用品もいくらかあり、それも拝借し一通り手当てを施す。
「八坂様。これが悪意汚染……ですか?」
「そう。心に忍び込み、悪意に浸食される。普段なら理性で抑えられる事も悪意によって我慢できなくなる。些細な事を言われたとしても自分を否定するような声に聞こえて、まるで嫌がらせを受けているように感じる。自分だけが虐められているように思えたりもする。あるいは優秀な自分の言っている事が何故みんなは分からないんだ、となったりもする。分からないのは自分より劣等だからだ、ならば私のいう事を聞くのが正しいんだ、と自意識が過剰になるのね。それが激化していくと暴力に発展するわけ。それがこの結果よ。屋内だと悪意が蓄積するから激化するのが早かったのね」
言いながら神奈子は支部の資材置き場の端へ移動する。僅かに人一人分が入れる程度のスペースが空いている。そこへ声をかける。
「にとり。そこにいるのは分かっているわ。出てきなさい」
「にとり?」
「光学迷彩で隠れたつもりでしょうけど御守りがあるから誤魔化せないわよ」
と、僅かに壁が歪み光学迷彩の施された被布が落ちる。そこには膝を抱えて声を押し殺していたにとりが隠れていた。
「…………か、神奈子……と、華扇?」
「もう安心していい。華扇が河童たちの手当をしてくれたわ」
「あ、安心? 安心なんかできるもんか! みんな、みんな急におかしくなったんだ! 急に……急に、口論になって、手が出て……それからそれから、めちゃくちゃになったんだ! 何が安心だ、来るのが遅いんだよ! 神様ならもっと早く助けに来いってんだ! なんでもっと早く――――」
捲し立てるにとりの前に膝を着いた神奈子は彼女を抱きしめた。
「一人で心細かったね。よく頑張った、偉いよにとり。ここまで頑張ったんだ、もうちょっとだけ頑張れるね? 何せ今から仲間を助けるんだから。それにはにとりの協力が欲しいのよ。できるね?」
「……ううぅ」
耐えていた緊張が解けにとりの目に涙が浮かぶ。ちょっとした弾みから口論になりそれが激化していき乱闘騒ぎに発展し流血沙汰に推移していく様を目の当たりしたのだ。それも仲間の河童たちがだ。にとりが仲裁に入っても止まる事はなくそれどころかにとりにも手を出してくる。仲間がおかしくなっていくのを止められない。もしかしたら殺し合いになるかもしれない状況でそれでも逃げる事はできず。にとりはたった一人それを耐えていたのだ。
「なんだよ……何なんだよ……こんなのめちゃくちゃだ」
「そう。めちゃくちゃになり掛けてる。これは明らかに異変と言っていいでしょう。幻想郷中に悪意が満ち満ちている」
「なんで私だけ無事なんだ……どうして」
疑問を口にするにとりへ華扇が答える。
「それはにとり。これを貴方も持っているからよ」
懐から先ほど受け取った御守りを見せる。それを見たにとりもポケットから同じ御守りを取り出した。華扇のに比べてやや汚れている。しかし肌身離さず持っていたものだ。
「この御守りが悪意から守ってくれるの。私は先ほど八坂様からもらったのだけどね」
「これが……守ってくれた…………?」
「八坂様の分霊が宿っている御守りなの。だから悪意に汚染されなかった。ちゃんと守られてた訳だ」
にとりはかつて貰った、今は薄汚れた御守りを見る。気休めに持っていたあまり信じてはいなかった御守り。それが守ってくれたという。
「古来より、河童は人間の盟友なのでしょう? 私は妖怪も人間も等しく見ているからね。神に手を貸してくれているのだもの。ちゃんと見返りはあるわよ」
「これの……お陰で……」
「さあ、みんなを神社へ運ぶわ。十人以上か、下社春宮へ運ぶからね。行くわよ」
神奈子が再び神社へ転移しようとしたその時である。
河童の支部の扉が開け放たれる。
同時に勢いよく白いものと黒いものが入ってきた。
「わぁああ! やめてぇ! もうやめて!」
「そうはいかないんですよ! 飯綱丸様の命令なので! 私にも立場がありますからね!」
一人は因幡てゐだった。天狗に追い回されて随分とぼろぼろになっている。もう一人は射命丸文だった。てゐを見つけてからずっと追い続けていたらしい。
「華扇!」
「分かっています!」
神奈子が声を発したのと同時に華扇が飛び出していた。幻想郷一の速さを誇る文だとしても河童の支部内ではその速さは発揮されない。華扇はてゐを追いかける文の前に立ち塞がる。その背後では支部の入口へ御柱を出現させて次なる侵入者が入れないように神奈子が封じていた。
文を正面から華扇は叩き伏せた。鬼の邪気が抜けたとしても鬼の力は健在なのだ。華扇に組み伏せられた文は憎々し気に華扇を見る。
「か、華扇様……どうして。華扇様と言えどもこんな狼藉は許されませんよ……」
「何がどうなっているのかは知らないけど。文、おいたが過ぎるわ。八坂様、悪意を祓って貰えますか」
「ええ。こっちの兎もね」
神奈子に首根っこを捕らえられたてゐと華扇に組み敷かれた文はこの場で悪意を祓われた。奇しくも河童を助ける際に四隅に御柱を立てて清浄な空間へと変えていた事が役立った。
「文、もう落ち着いているかしら?」
「――――はい。みっともない姿を見られてしまいましたね」
悪意が祓われた文は毒気が抜けたようにいつもの文に戻っていた。
「因幡てゐ、ね。妖怪の山で何をしているのかしら?」
「わ、私は山の神に会いに来ただけなんです~。なのに天狗に追い掛け回されて~。仲間の兎たちも捕まっちゃってて最悪です」
「私に? まあいいわ。とにかく一旦神社へ戻るわ。いいわね。さっきから落ち着いて話もできやしない。全く。神社へ連絡するのも一苦労ね」
そういった神奈子ににとりはちょっと待ってて、と声を掛けて奥から箱を持ってきた。中を開けると外の世界でいう所のインカムが入っていた。これは以前に神奈子がにとり達に作れないかと依頼していたものだった。地霊殿の一件の際に紫が遠隔通信機能がついた陰陽玉を持っていた事に着想を得て形にできないかと頼んでいたのである。
外の世界のインカムと違い動力は使用者の霊力や魔力、妖力である。他にも神の神通力や仙人の法力なども動力へ転換できる。流石の河童の技術だ。ただの人間でも気力を転換し扱う事ができるが普段から気力を意識していない人間が使用すると通信距離が短かったり通信そのものがなめらかに行えない場合がある。尚且つ酷く気力を消耗するので非常に疲れるという問題があるにはある。その為、神奈子は主に妖怪を相手に売り込む予定である。
また開発には鈴仙・優曇華院・イナバの協力を得て、テレパシーの真似事という観点から始まり、波長を操れる彼女の元、各人物の波長を取得し数値化して入力してある。これは電波施設のない幻想郷でも各人の波長に合わせれば通信を行えるかもしれない、と実験し証明した結果である。河童の技術と鈴仙の能力、神奈子の発想が元となり作られた幻想郷仕様のインカムなのである。
しかも通信距離は動力となる魔力や妖力によるので妖怪の山から博麗神社までの距離でも事実上通信が可能であるのだ。
これを神奈子は幻想郷式相互遠距離通信端末機――――略して幻通機――――と命名した。
「最終調整が出来てるのは二十六個ほどだけど、ないよりはマシだろ? 持ってってくれ」
にとり達が山の支部にいたのはそもそもがこの幻通機の最終調整を行い、納品に行くためだったのだ。本当なら五十個を納品する予定であった。
「にとり。ありがとう。費用は改めてでいいかしら?」
「別にいいよ。仲間を助けてくれるんだ。それでチャラにするよ。それにこれ、ちゃんとご利益があるって分かったし今回は十分だよ」
そういいながらにとりは御守りを大事に仕舞った。神奈子は受け取った幻通機を早速調整し華扇とにとりに渡した。何かあった時に連絡が取れるように。
負傷した河童たちとにとり、そして乱入してきたてゐと文、それから華扇と共に神奈子は神社へ転移した。