偽書 第18.8弾 東方禍福宴~The world of justice and evil.   作:加賀アスナ

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◆◆第8話◆◆
第8話


 時は少し遡る。

 博麗神社へ魂魄妖夢が助けを求めて訪れての事である。

 妖夢に託された以前の博麗の巫女が奉製した神札はこの悪意の中でも所有者を守る力が宿っている。つまり神でなくとも悪意の満ちる幻想郷でも活動が可能だという事を証明していた。

 

「なるほど神札か。紫、幽々子はこうなる事を見越して妖夢へこれを託していたらしいね。だが朗報だぞ。霊夢に奉製させれば多くの者が活動可能になる」

「そうね。だけど誰が霊夢を呼びに行くのかしらね? 私は貴方に見張られていて動けない。貴方は私を見張るから、やはり動けない」

「おっと。そうだったね。となると動けるのは――――」

 

 隠岐奈の視線が伊吹萃香へと向けられる。あうんは妖夢の手当を行っている。

 

「するってえと私か?」

「そうなるね。神札は妖夢のを借りるとして霊夢を追いかけて貰えるかい?」

 

 身を起こした萃香は不敵な笑みを浮かべていた。今まで行動に制限が掛かって満足に動けなかったのだ。悪意だか邪気だか知らないがそんなものに縛られるのはごめんなのだ。

 

「じゃあちょっくら行って来てやるよ。竹林の方だったな」

 

 神札を受け取った萃香は跳ぶように走って神社を後にした。

 

「さて。しばらくはできる事はないね」

「妖夢の手当を手伝ってあげなさいな」

「それはあうんの方が適任だよ」

 

 あうんの手当を受けた妖夢は寝かされている。白玉楼から博麗神社まで怨霊亡者を切り伏せてきたのだろうが邪気によって増長し襲い掛かってきた数は計り知れない。

 幽々子の行動といい冥界、地獄では大変な事態になっているはずだ。それは隠岐奈が語った通りだろう。となれば月はもっと大混乱になっている事は想像に難くない。月の民同士の月面戦争が起こっているだろう。

 だが。

 隠岐奈の推測した事は正しいはずだ。紫自身もそう思う。

 月、地獄、そして幻想郷の順で悪意が浸透し自滅に向かう。

 だが。

 冥界、地獄は怨霊亡者の叛乱が起きているのは幽々子の行動で分かる。神を除いてこの悪意に左右されないのは閻魔である四季映姫や死神の小野塚小町が当たる。この騒動では閻魔や死神は総動員されている筈だ。

 だが。

 悪意は伝播する。そうして拡大していく。だから月の崩壊は早い。傲慢は罪で悪だからだ。地獄は既に悪を成したもの達の巣窟だ。悪意の浸食が早いのも分かる。幻想郷はまだこの時点でもこの程度で済んでいるが。

 にも拘わらず紫は一つの懸念がどうしても拭えなかった。あまりにも早いのだ。妖夢の話では幽々子は十日前には感知していた事になる。たった十日なのだ。

 あまりにも早い。

 隠岐奈はアラディア・アーリマンの事しか語らなかった。

 しかし――――本当に一人なのか。

 どうしてもその懸念が拭えない。そしてその懸念は間違っていなかった。

 紫の脳裏に響く痛み。それは己の式神からの信号だった。

 九尾の狐に憑けている筈の式神、八雲藍からの信号。

 そこで気づく。九尾の狐を媒介に式を憑けているのが八雲藍なのだ。それが術式としての式神からの信号だったのだ。それはつまり、九尾の狐から式神、八雲藍が外れた事を意味する。

 単なる悪意に紫が施した式を外す事はできない。となると悪意をもって外した者がいる。それも相当な術者だ。

 懸念が確信へ変わった事で紫は新たに考える事が出来た。そしてここからは隠岐奈より先に異変を終わらせる脚本を立てる必要がある。

 それから。

 式神、八雲藍を外した術者にどう落とし前をつけるか。どんな相手だろうが容赦などするものか。それを思案し始めた。

 

 

 迷いの竹林からは黒煙が上がっている。それは藤原妹紅が操る炎が原因だろう。けれどそれが目印になる。そこへ向かったはずの霊夢を萃香は追っていた。しかし。

 竹林が迷いの、と言われる所以は常に深い霧が立ち込めており視界が悪い事と、日々成長する竹の所為で目印になり得るものがないため入ったが最後、竹林で遭難する事も多々あるからだ。

 その霧は竹林へ入る前から立ち込めている。

 霧を視認できたことで萃香はようやく竹林の手前まで来たと一息入れた。けれど、ほっと息をついたのもつかの間、手前だというのに既に争っている気配がある。蓬莱山輝夜と藤原妹紅が移動してきて戦っているのか。輝夜と妹紅には悪いが戦いの仲裁などする気はない。今は霊夢を呼び戻すのが先なのだ。

 と、思っていると。

 星型の弾幕が飛んでいく。あれは確か霧雨魔理沙のスターダストなんとかというスペルカードではなかっただろうか。

 だが、スペルカードとしては威力があり過ぎる。ルール以上の威力に見える。

 弾幕が向かった先へ視線を向けると、ぎりぎりで避けた霊夢の姿がある。どうやら輝夜と妹紅の争いを仲裁する前に霧雨魔理沙が悪意に飲まれたらしい。

 急に敵意を向けられた霊夢はそれに戸惑いながらも魔理沙に呼びかけている。

 聞いていれば――そんなに私が信用できないか――私だってやれるんだぜ――ここまで強くなったんだ――というのが魔理沙の言い分らしい。対して霊夢は冷静に落ち着きなさいと宥めている。

 この状態がいつから始まったかは分からないがこれでは仲裁どころではない。それに霊夢には悪意を防げる神札を奉製してもらわなければならないのだ。

 魔理沙の弾幕の前に萃香は躍り出る。なかなかの威力だが、まだ耐えられる。

 

「よお霊夢。私も混ぜてくれ、って言いたいところだが一旦神社へ引き上げるぞ。今回の異変はちょいと厄介だ。解決にはいろいろと準備がいるみたいだぞ」

「ちょ、萃香、あんたいきなり」

「魔理沙は私がぶん殴って神社へ連れ帰るからよ。紫の奴がお前を待ってる。お前じゃなきゃ駄目なんだ。だから行け!」

「急に出てきてなんだ萃香。お前も私を認めないってか。それなら上等だぜ! 私でもできるってとこ、見せてやるよ!」

 

 魔理沙が八卦炉を構える。

 あれは――――マスタースパークを放つつもりか。

 こんなところで放たれては堪らないと萃香は魔力が溜まる前に魔理沙の手を弾いた。

 

「弾幕勝負ならいい戦いになりそうだが、そうじゃないなら私に勝てると思うなよ、魔理沙」

「く、早い!」

 

 懐に入られた魔理沙は放つつもりだったマスタースパークの魔力を暴発させた。その場での単純な爆発――――それでも結構な威力だが――――は煙幕と距離を開ける迎撃の代わりとなった。

 爆風に逆らわず飛ばされた萃香と爆風を利用して距離を取った魔理沙。自爆を躊躇なく使う魔理沙には恐れ入るがそれでダメージを負っているのは明らかに魔理沙なのだから割に合わない。

 もっとも。

 萃香としては好ましい部類に入るのだが。

 

「いいねぇ。酔狂だねぇ。派手で見応えがあるってのは好きだぞ。それで強けりゃもっと好きなんだが。今は時間がないんだ。悪く思うなよ」

「何を――――ッ!?」

 

 目の前に萃香がいるというのに後頭部に走る衝撃に魔理沙は何が起こったのか理解できなかった。脳震盪を起こして倒れ込む。その背後に体型の一回り小さい萃香が立っている。能力によってもう一人の自分を作り出していたのだ。小さい萃香は霧のように散っていく。

 倒れた魔理沙を担ぎあげると萃香は博麗神社へ足を向ける。

 ――――と。

 霧の中に人影が写る。耳には何かを引き摺る様な音が届く。何より、血臭が鼻をつく。

 

「うふふふ。楽しそうね? 私も混ぜて欲しいのだけど」

 

 物言わぬ藤原妹紅を引き摺りながら蓬莱山輝夜が姿を見せる。妹紅は心臓を潰されているようだ。

 萃香には分かった。妹紅の様子と引き摺られた跡に残る血痕からして、心臓が復活したと同時に何度も潰してここまで輝夜は歩いてきたのだと。

 蓬莱山輝夜は元月の民であり不老不死の蓬莱人だ。決して死なぬ死に嫌われた存在。

 ここで無視して逃げたらこいつは追ってくるだろうか、と萃香は考える。おそらく追ってくるだろう。何が目的かは分からないが妹紅の仕打ちを考えると大分悪意に飲まれているらしいことは萃香でも分かる。

 萃香は再び能力で霧状にまで広がった分身を作り魔理沙を神社へと向かわせる。そして本体である萃香本人は蓬莱山輝夜と向かい合った。

 

「身形のいいお嬢さんがやる事じゃあないな。相手を仕留めるってのはもっと綺麗にやるもんだ」

「うふふふふ。駄目よ。だって逃げちゃうもの。ちゃんと息の根を止めておかないと私のモノにならないじゃない」

 

 軽口を叩きながらも凄まじい殺気を振りまく輝夜にさしもの萃香も冷汗が流れる。

 ――――不老不死ってのはこうもイっちまってるのか。

 輝夜の様子からして逃げる事はできないと判断した萃香は拳を構え戦闘態勢を取った。取り敢えずは魔理沙を神社へ送り届けられればそれでいい。あとは霧状になって退散するだけだ。輝夜と遭遇することは想定外の事だからだ。

 

「まあなんだ。このまま素通りってわけには行きそうにないな」

「ええ。こんなに楽しい事をしているのに私だけ仲間外れというのは酷いと思わない?」

「そうかい。だったらちょっくら遊んで行けよ!」

 

 地面が抉れるほどの膂力で輝夜へと躍りかかった。魔理沙を送り届ける時間稼ぎだ。

 ――――しかし。

 振りかざした拳は輝夜までわずかな距離であるにも関わらず届かなかった。輝夜が一歩だけ引いた瞬間に靡く髪の毛に萃香の拳は触れていた。そこまで一気に距離を詰めた萃香は確実に一撃を入れたと確信していた。

 だが、気づいた時には地面に倒れ伏しているのは自分だった。

 ――――なんだ⁉ 何が起こった!?

 

「遅くてよ。欠伸が出そうだわ」

 

 妹紅を引き摺ったまま口元に手を当てる輝夜を見上げながら萃香はこの一瞬の攻防で起きた答えを弾き出した。

 むっくりと起き上がる。まだ一撃貰っただけだ。相手は無傷ではあるがこちらも戦闘は続行できる。

 

「なんて速さだよ。いや速さじゃないな。瞬間移動――――か? にしては少し遊びがある。そうか、それが須臾ってやつか」

「あら、ただの一撃で分かるなんてすごいじゃない」

「紅魔館で時間を止める奴と戦った事があるんだよ。でもお前さんの力はちょっと違うな」

「時間を止める事と永遠と須臾は似て非なる事だわ。そこまで分かっちゃうなんて、鬼って賢いのね」

 

 萃香は以前、挨拶がないという理由で木枯らしの真似事をしながら命蓮寺を襲い、ついでに博麗神社も襲った事がある。

 似たような理由で吸血鬼も鬼なんだろう、ならば鬼の頭領である自分に声を掛けるのが道理だ、と紅魔館へ襲撃を行った事がある。

 門番の紅美鈴は気を使う能力で木枯らし状になった萃香も感知していたが実力差を考慮した上で素通りは怒られるので適度に戦ってくれますか、と交渉し萃香もこれを了承し美鈴を撃破。

 続いてメイド長を務める十六夜咲夜と遭遇し時間止めを経験した。気付いた際には目の前にばら撒かれたナイフがあり相手は瞬間移動をしたかの如く場所を変えて現れる。しかし時間を操る事は咲夜自身で完結している能力故に咲夜が無意識に時間止めの範囲に含めていないものあるいは意識的に含めているもの――――ナイフがその顕著なものであるが――――がある事を突き止め、さらに咲夜が認識できないものは時間操作に含まれない事を見出した。結果的に紅美鈴には気を使う能力で見破られた木枯らし状になることで打開した。木枯らしの大きさよりさらに小さい微粒子の大きさとなることで咲夜の死角に潜み気配すら読み取らせない奇襲を仕掛ける方法にて咲夜を撃破した。

 そうして紅魔館当主のレミリア・スカーレットの自室へ乗り込んだ。西洋の鬼だが鬼なら鬼の頭領の自分に挨拶をしろ、とむちゃくちゃな理由ではあったが相手も一勢力の長である。長である風格を持ち、萃香の要求への対応とレミリアの挨拶を怠った姿勢の意図をまず説明された。戦えばどっちが上か分かるぞ、と正面突破を試みた萃香だが戦うのは互いの格に納得がいっていないから起こることでしょう、と言い返され、互いの格に納得がいくのなら戦わずともおのずと答えは出るでしょうと優雅に紅茶を飲みながら言われては流石の萃香も態度を改めざるを得なかった。相手は乱入してきた萃香へ敬意を表して歓迎の姿勢を取っているのだからここで暴れては鬼の威厳に泥を塗る事になる。

 問答の席に着いた萃香にはワインが出されそれに相応しい料理も提供された。

 問答は萃香が問い、レミリアが答え、互いに納得のいく結論を導き出した。萃香はレミリアの吸血鬼としての格を認め、レミリアは萃香の鬼の頭領としての行動を認めた。洋の東西こそ違うが鬼同士の誇りは通ずるものがあったのだ。

 結果として萃香は紅魔館への出入りを自由とされた代わりに時季の挨拶は無用という事で落ち着いた。

 紅魔館で咲夜と戦った方法が輝夜へ通じるかは怪しいが元月人だろうが不老不死だろうが体の構造は常人と変わらないだろう。となれば咲夜との戦闘経験が役に立つ。萃香としては反則級の技であるし一歩間違えば自身が危険な状態に陥る事を鑑みて通常では使う事は絶対にない手段を用いる事に決めた。だがあくまでそれは最終手段。

 まず萃香は可能な所までこの非常識な姫に挑むと決めた。己の拳がどの程度まで届くかは分からない。あるいは全く届かない可能性もある。だがそうだとしても最終手段を用いる際の準備にはなる。それに。奥の手を使うのは魔理沙を神社へ届けてからだ。

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